黄昏の森
「〝炎の証〟」
その手の平から現れた炎は明確な質量をもち、さながら槍の如く形を変えた。鋭く尖った炎の槍は飛来する怪鳥の胴を見事に貫き、内側から燃やし尽くす。そうして臓器を焼かれ、血液を蒸発させられた怪鳥は再び空を飛ぶこともなく、そのまま悶え苦しみながら地に落ちた。
手の平に炎を出現させ、槍や剣または盾といった武器防具にする。それがウィーストリアが有する魔法だった。その赤髪によく似合った魔法だ。
「随分とまぁ……」
黒い煙を目や口から立ち上らせる死骸を見て、思わず声が出た。
「なにが言いたいんだ?」
「いや、炎の魔法なんてちょっと格好いいなって思ってたけど。これまで焼け死んだ魔物を見て考えが変わったんだよ。なんつーか、意外と凶悪だなって」
「ふん、魔物を確実に仕留めるには、これが一番手っ取り早いからな」
かつてこいつと殴り合いの喧嘩をしようとしていたなんてな。この魔法を目にした後になって考えると、ぞっとしない。先生の接近を読んで有耶無耶にしておいて良かったと、いま心の底から思っている。
「というか、お前。何時になったら魔物と戦うんだ? さっきから見てりゃ、何もしてねーじゃねーか」
「現れる魔物、現れる魔物、ぜんぶお宅が見敵必殺してるからだろ。俺はきちんと魔法を発動して周囲を警戒しているよ。ほら、一匹こっちに持って来た」
決して何もしていなかった訳じゃあない。そう証明するため、周囲を見張らせていたうちの一匹を手元まで引き寄せる。近くの茂みを越えて姿を見せたのは、四足歩行の狼に似た魔物だ。鋭い牙と爪を持ち、ふさふさの毛皮を纏っている。
「……魔物を操る能力、それがお前の魔法か?」
「当たらずと雖も遠からず、だな」
自分がネクロマンサーだと言うことは隠さないことにした。だが、自分から言いふらすことはしない。ウィーストリアが正体に気が付いたら、素直に認めるとしよう。
「相変わらず、惚けるのだけは一人前だな。まぁ、いい。先に進むぞ」
「あぁ」
背を向けて歩いて行くウィーストリアを視界に納めつつ、俺は足下の怪鳥に手を翳した。
「〝死の先〟」
空からの俯瞰視点も確保しておこう。この鬱蒼とした森の中だ、木々でかなり視野を遮られるが無いよりは良い。
魔法を唱え、焼かれた内臓と外傷の修復を終わらせて、怪鳥を空へと舞い上がらせた。
「何してる! 置いて行かれたいのか!」
「そう急かすなよ、いま行くところだ」
今のところ地上に二匹の魔物と、空に一匹の怪鳥を操っている。
それが俺の魔法で操れる死体の限界数だ。動かせる死体は必ず三体だけだ。新しく死体を操りたいのなら、どれか一つを捨てなければならない。いま捨てたのは地上を警戒させていた他の魔物だ。今頃は死体に戻っている頃だろう。
「ん。早速、良いことがあった」
「やっと追いついたかと思えば今度はなんだ」
「空にいる奴が見付けたんだ。この近くに川がある。足りなくなる前に、水の補給を済ませておこうぜ」
「……場所は?」
「あっちだ」
「……行くぞ」
随分と無愛想なことで。
指さした方向へと、ウィーストリアの背中を追いながら向かう。すると、幾ばくもしないうちに水の流れる音が聞こえ始め、更に奥へと進むときちんとした川を目視することが出来た。
淀んだりしていないし、土が混じって茶色くなってもいない。普通に魚も泳いでいるようだし、飲んだりしても大丈夫そうだ。
「ちょうど昼時だし、飯にしよう。今なら水も飲み放題だ」
「食うなら此処がベストか。周囲の見張りは怠るなよ」
「はいはい」
いちいち一言多いウィーストリアの嫌味を軽く流して、背負っていた小さめのバックパックを地面に下ろした。この中には学園からの支給品が詰め込まれている。水を確保するための予備の水筒もこの中だ。
「魚、魚か。どうする? 捕まえられるなら、食料はまるまる残しておけるけど」
「捕まえたところで捌けるのか?」
「捌かなくても支給品のナイフで腹を裂いて腸を取り出せば丸焼きに出来るだろ? あぁ、あとエラと鱗もか。まぁ、塩がないから素朴な味にはなるだろうけどな」
火の心配はいらない。人間発火装置がペアだから。
「いいだろう。お前はそっちに行け、俺はこっちだ」
「そっちって、川の中か?」
「そうだ、早くしろ」
指さされたのは川の中、ウィーストリアも靴と靴下を脱いでいる辺り、二人で川に入るつもりらしい。川に入るからには魚を捕るのだろうけれど、いったい何をするつもりだ? まさか手掴みで魚を捕獲するつもりでもないだろう。
ウィーストリアの意図が掴めぬまま、とりあえず靴と靴下を脱いで言う通りに川に入る。水深は深いところでも腰の辺りまで。今は膝が水に浸かるところで足を止めておこう。
それにしても川の水は冷たくて気持ちが良い。歩き通しでたまった疲労が解けていくみたいだ。
「きちんと掴めよ」
向こうの準備も終わったようで、これから何かをするらしい。
掴め、とは魚のことか? やっぱり手掴みで魚を捕れなんていう無理難題を言うつもりなのか。そう、思ったのも束の間、俺の予想は良い意味で裏切られる。
「〝炎の証〟」
川の水面に炎が走る。まるで上流で油でも流したかのように燃える炎は、真下にある水を熱して熱湯にしている。初めは何をしているのかと思ったが、その直ぐ後に理由が分かった。ウィーストリアは魚を仕留めているのだ。川を熱湯に変えて、魚を茹だらせることで。
熱にやられた魚は水面に浮き、下流にいる俺のほうへと流れてくる。ウィーストリアが掴めと言っていたのは、つまりこのことだったのだ。
「あっつッ」
だが、同時に問題も発生する。魚が流されてくるということは、熱湯も流れてくるということだ。熱湯になっていない川の水で幾らか温度が下がっているとは言え、それでも熱いものは熱い。
さっきまでの冷たさは何処へやら。俺は足を撫でていく熱さに耐えながら、流れてくる魚を捕獲していった。
「――十五、十六、十七、十八匹っと。まぁ、これだけあれば大丈夫だろう。今後、食糧確保のことは考えなくて大丈夫そうだ。むしろ余るくらいじゃあないか?」
「腐らなけりゃいいがな」
「流石に腐りはしないだろ。火を通せば遠征訓練中は問題なく食えるさ」
食料関連の問題は解決した。あとは無事に森を横断することだけを考えればいい。
近くに生えていた大きな葉っぱをまな板代わりに、支給品のナイフで魚の食えない部分を取り除いていく。そうして全ての魚の処理を終えた所で、適当な枝を口から尻尾に掛けて通していった。
後は焼くだけ。その段階に差し掛かったころ。
「ん?」
ふと何気なく目を向けた川の向こう岸に、何者かの存在をみる。この森には似つかわしくない格好をした、不可解な誰かを。
「なぁ、おい。ウィーストリア、川の向こうに誰かいる」
「なに? ……どこだ? 誰もいないぞ」
「そんなはずは……あれ? いない」
ウィーストリアに声を掛けたときに、一瞬だけその誰かから目を離した。その間に姿を消したというのか? いや、あんな格好をしていてそんなに素早く動けるものなのか?
「単なる見間違いか。余計な気を張らせやがって」
「んー……見間違いにしては、やけにはっきり見えたんだがな。漆を塗ったみたいに綺麗な長い髪をしててさ。黒の生地に緑が走ったようなドレスを着てたんだよ」
「……そいつ、もしかして目を隠していなかったか?」
「良く分かったな。黒い包帯みたいな物で目を隠してた」
「はぁ……そいつは黄昏の魔女だ」
黄昏の魔女?
「この黄昏の森を目的もなく彷徨っている魔女だよ。まぁ、魔女と言っても人間じゃあないがな。とにかく、そいつは無視してて良い。こっちから何かをしない限り、何もして来ない奴だ」
「ふーん。目的もなく彷徨う魔女、か」
もはや誰もいなくなった川の向こう岸を見つつ、俺はすこしだけ安堵した。
また俺にだけ見えているんじゃあないか。俺がネクロマンサーだから見えていて、ウィーストリアに見えていないんじゃあないか。そんな考えが脳裏を過ぎっていたからだ。
パトリシアの一件があったからと言って、そう頻繁に生き霊を見るものか。頭ではそう分かっていても、やはり身構えてしまう。近くに人間の遺体があるのではないか、と。
「手順が逆になってしまったな。おい、薪を探すぞ。お前も手伝え」
「あ、あぁ。分かった」
ウィーストリアの言葉に引き戻されて、思考の渦から抜け出した。
それから俺達は川の向こう岸にたびたび目をやりながら食事の準備を続けていく。薪を拾い、落ち葉を拾い、手頃な石で囲いを作り、火を付ける。魚はすべて焼き、食べ切れない物は洗った葉っぱに包んで保存した。




