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訪問者は突然に

夜見坂楽土よみさからくど。お前さんには二つ選択肢がある。一つは自分の意志で魔法学園に向かうこと。もう一つは力尽くで魔法学園に向かわされることだ。どちらか好きな方を選ばせてやる」


 そう俺に告げたのは、突然この家に訪問してきた見ず知らずの男だった。

 歳は恐らく三十代。無精髭を生やし、煙管を咥えて紫煙を燻らせている。風貌を言えば、それは正しく魔法使いだ。喪服のように黒い服装をしており、隣には使い魔とおぼしき白い猫がいる。

 猫はこちらを見たまま、じっと動かない。


「言っている意味が分からないな。魔法学園? なんだ、それは? そんな与太話をしに遠路遙々この家を訪ねて来たってんなら早々に帰ってくれ。そんな馬鹿げた話に付き合っているほど、俺は暇じゃあないんだ」

「悪いが、そうも行かない。お前さんの入学はすでに決定されている。こちらとしては出来れば自分の意志で入学してもらいたい。その方がのちのち面倒が起こらないからな」


 依然、変わりなく。無精髭の男は俺の前に立ったまま、出て行こうとはしない。

 この男はいったい何者なんだ? 嘘や冗談を言っているようには思えない。


「どうしてそんなに俺を魔法学園なんて言うメルヘンチックな場所に通わせたがる。理由はなんだ?」

「血統」


 血統だ?


「お前さんの両親は魔法使いだ。そしてその血統は子であるお前さんに受け継がれている。もう既に感づいてはいるんだろ? 自分が普通じゃあないってことくらい」

「……」


 返事は返せなかった。図星をつかれたからだ。

 俺が無精髭の男を一目見ただけで魔法使いのようだと思ったり、隣の猫を使い魔だと推測したのも、すべては俺が普通じゃない能力を有していたからだ。まるで解明できない、魔法のような能力を。


「魔法学園。うちはヘレスオキナって名前なんだが、とにかく魔法使いの血統を受け継いだ子供達を集めている。理由は色々とあるが、一番は魔法の教育も受けていないガキが悪さをしでかすのを防ぐためだな」

「俺が将来この力を使って罪を犯すって言いたいのか?」

「あぁ、そう言ったつもりだぜ。このまま普通じゃあないお前さんが、正体を隠して普通の生活をしていれば確実にな。お前さんだって此処の人達に迷惑を掛けたくないだろ? 身寄りのないお前さんを、ここまで立派に育ててくれたんだからな」


 こちらの事情は把握済みってことか。

 いや、だが、そうか。この家――この孤児院を訪れた時点で、俺が孤児だってことは予め分かっていたはずだ。何処に居るかも、生きているのかさえ分からない両親から受け継いだたった一つの物が、こんな出来事を招き寄せるとはな。


「ここの院長には話を付けてある。かなり渋っていたが、こっちも引くに引けない事情があるんでな。執拗に食い下がってようやく折れてくれたよ。最終判断はお前さんに任せるとさ」

「……」

「そこで、だ。一つ提案がある。お前さんが魔法学園に通うと決意したなら、この孤児院に多額の寄付をしてやろう。何年、何十年と、この孤児院が問題なく経営していけるだけの金額だ」


 その提案は、この孤児院に深く関わりのある者なら、頷かざるを得ないものだった。

 例え、交換条件として俺が此処から去ることになろうとも、この孤児院が存続し続けてくれるのなら。そう思わずには居られないほどに、無精髭の男が出した提案は魅力的だ。


「ここの経営、かなり傾いているんだろ? 来年には、ぺしゃんこになるくらいに」

「……この卑怯者が」

「大人ってのは卑怯でズルいんだ。で? どうする? 行くのか? 行かないのか?」

「行くよ。行くに決まってんだろ。ここには物心ついた頃から居た。院長にも感謝している。もしこの孤児院が潰れずに居られるのなら、俺はなんだってするつもりだ。魔法学園にでもなんにでも通ってやるよ。通えばいいんだろ、チクショウがッ」


 本心を言えば、此処を離れたくない。

 ずっと此処で、家族同然に育ってきた奴等と共に暮らしていたい。けれど、こんな提案をされて断れる訳がないだろう。本当に、大人って奴は卑怯で狡賢い。卑劣で狡猾だ。


「それじゃあ別れの挨拶をして来い。それくらいなら待ってやるからよ」

「必要ない。このまま誰とも会わずに行く。……決心が鈍る」

「そうかい。なら、行くとしようか」


 さして興味もなさそうに、無精髭の男は煙を吐く。


「気を付けろ、踏ん張ってないと尻餅付くぞ」


 その瞬間だった。ぐるりと視界が回ったのは。

 独楽のように横回転したんじゃあない。観覧車のように縦回転した。見えるもの全てが流動的になり、左の方向へと流れていく。遠心力の影響か、体勢が崩れた。このままだと倒れてしまう。

 そう反射的に危惧してから一秒と経たず、俺は案の定、床のフローリングに激突した。


「だから言っただろ、踏ん張れって」

「言うのが遅いんだよ! つーか、今のはなんだ!」

「この部屋を百八十度ほど縦に回転させた。此処はもうお前さんが暮らしてきた世界じゃあない。簡単に言うなら裏の世界、魔法使いの世界だ」

「魔法使いの世界……って、なんにも変わってないように見えるが」


 周囲を見渡してみても、なにも変わっていない。いつもの部屋だ。俺が毎日寝て起きている自室に間違いない。さっきは確かに遠心力に攫われて倒れたが、だからと言って此処が別世界だとは思えない。


「あ、お前さん信じてねーな? なら外を見て見ろよ。腰抜かすぞ」

「外を? 外には庭しかないはずだ……け……ど」


 立ち上がって窓の外を見てみると、そこには知らない風景があった。西洋風の石畳の地面が広がり、その中心には巨大な噴水が水を噴き出している。行き交う人々は殆どが外国人で、みな一様に同じ色のローブを羽織っている。

 これはいったいどう言うことだ?


「だから、言っただろ。ここはもう別の世界だって」

「ここは……どこだ?」

「場所って意味か? それならお前さんが通う魔法学園の敷地内だよ。玄関前だ。此処を出たら直ぐにでも学園校舎に入れるぞ。よかったな、手間が省けて」


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。本当に来てしまった、魔法学園なんて言うメルヘンチックな場所へ。

 ちょっと刺激が強すぎるぞ。俺はさっきまで科学と機械の世界にいたのに、今では魔法と奇怪な世界にいる。拒否できない提案を突き付けられたとは言え、自分から魔法学園に通うことを俺は決意した。それでもだ、それでも脳が理解を拒んでいる。


「いいか、今から軽く今後の話をするからよく聞け」

「あ……あぁ」

「お前さんはこれから行われる入学式をもって、このへレスオキナ魔法学園の生徒になる。規則はこの生徒手帳に書いてあるから後で読め。今後お前さんが寝泊まりするのは寮になる。これがそいつの鍵だ。無くすなよ」


 無精髭の男は手帳と鍵を順番に近くのテーブルに置いていく。


「それから制服だな。今年のカラーは黒だ。よかったな、汚れが目立ちにくいぞ。白は最悪だから苦労するんだ、これが。生まれた国、地域で生じる言語の違いを気にする必要はない。この生徒手帳にかかった魔法で自動翻訳されるから同級生とも難なく話せるぞ。お前にコミュニケーション能力があればの話だがな」


 黒の制服をテーブルに置きながら、無精髭の男は余計なことを言う。

 余計なお世話だ。


「えーっと後は……そうだ、金について話しておかなくちゃあな」

「なんだ? 上手い金儲けの方法でも教えてくれるのか?」

「心配しなくてもお前さんが働くようなことにならねーよ、贅沢しなきゃな。身寄りのないお前さんには学園から奨学金が出る。その範囲でなら何に使ってもいい、常識の範囲内でな。纏まった額を毎月もらえるが、将来きちんと働いて返すことになるから気を付けろ」


 奨学金、か。嬉しい話だが、恐ろしい話でもあるな。将来、まともな職に就けなければ借金地獄か。でも、それで孤児院が救われるなら安いものだ。


「話は以上だ。詳しい話はまた後々してやるよ。それじゃあそこの制服に着替えたら此処を出て校舎に向かえ。他の先生方がお前さんを誘導してくれるから、それに従うんだ。出来るだろ?」

「当たり前だ」

「はっはー、その意気だ。なら、俺は一足先に出てるぜ。野郎の着替えに興味はないんでな」


 そう言い残して無精髭の男は白猫と共に、この部屋を去って行った。

 俺もこの部屋を出るとしよう。新しい服に身を包んで、新しい世界に足を踏み入れよう。生徒手帳を持っていれば言語の違いに関係なく言葉は通じるらしいから、なんとか人並みの生活は出来るはずだ。

 部屋着を脱いで、学園の制服に身を包む。ちょっとしたコスプレをしている気分になって、すこしだけ気恥ずかしいが、まぁ良いだろう。みんなも同じ格好をしているし、変に思われることもないはずだ。ローブを羽織って外に出るとしよう。


「ほえー……」


 外に出てまず驚いたのは、学園校舎の大きさだ。見上げんばかりの高さと広さがある。もはやこれは学園というより一つの城だ。何も知らずにこの建物を見ていれば、絶対に古城だと誤解する。それくらい荘厳で、貫禄がある。まるで御伽噺だな。


「……元には戻れないのか」


 見上げていた視線を戻し、振り返って部屋の扉を開いてみる。すると、その中にはすでに俺の部屋はなく。あるのは閑散とした何もない空き部屋だった。俺の部屋には、もう戻れない。退路を断たれた気分だが、逆にそれが良いのかも知れない。余計な未練を断ち切れる。そう前向きに捉えるとしよう。


「よし、行くか」


 こうして俺は新たな一歩を踏み出した。

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