第八話 とある馬車に乗って その2
とある馬車の中。
男のすすり泣く声が延々と響き渡る。
俺とレオナルドとジュリア以外に人が乗ってなかったことがせめてもの救いだ。
「うぐっ えぐっ おま、お前、苦労してんだな……うえ、うえ」
止めどなく涙を流して泣いているのはレオナルドだ。
俺がここに来るまでの経緯を話したら、大泣きしてしまった。
そして少しもらい泣きしているジュリアも続く。
「それにしても貴族様だったとわね。しかもあのフォンタリウス家と言えば王都の王族にも繋がりがあるっていう有力貴族」
そんなに凄い貴族だったとは知らなかった。
ゼフツは仕事の方にも全く余念がない。
まさかそこまで力のある貴族だったとは。だが俺にはもう関係ないというのも事実。
「け、敬語とか遣った方がよろしいでございますか?」
俺の超絶お涙物語の余韻から復活したレオナルドが得意でもなさそうに敬語で聞いてくる。
「いや、いいです。話した通り、俺もう貴族じゃないんで」
「そ、そうか?」
「よかったあ。私達小さい時からギルドの依頼ばっかりで勉強とか、そっちの方はさっぱりなのよ」
「俺たちもアスラと同じ年ぐらいにギルドに登録したが、アスラ程しっかりしてなかったしな」
「そうね。その頃は雑用の依頼ばかりだったわ」
昔を懐かしむように話す二人。
「お二人はどこで出会ったんですか?」
「ああ? 俺たちは元から一緒だよ」
「私達、兄妹なの」
「え?」
と言われて、俺は二人を見比べる。
はっきり言ってしまうが、全然似てない。
髪や肌の色からして全然違う。
「この国は一人の男と何人でも女は結婚できるでしょう? えっと……」
「一夫多妻制?」
「そうそれ。だから、私達は兄妹でも父親を通してしか直接の血の繋がりはないの」
俺とミレディみたいな感じの関係か。
確かに、俺とミレディも全く似ていない。
兄妹だと言われなければ、十中八九他人だと思うだろう。
「じゃあ、モーリスも?」
「いや、あいつは違う。兄妹じゃない。ちょっと前まで同じパーティだったんだが、あいつ結婚したからな」
確かに年が違いすぎるか。
サザ○さんとカツ○くん並に年に差がある。
それにしても、かつてのパーティ仲間か。だとしたら、モーリスのあの巌のようなガタイにも納得がいく。
「あ、そうだアスラ」
そこでジュリアが何かを思い出したように急に尋ねてくる。
「あなたの無属性魔法って、どんな能力だったの? お父さんはそれを知らずにあなたと縁を切ったんでしょ?」
「おい、ジュリア、ストレート過ぎるぞ」
「ははは、いいですよ全然」
気を回してくれたレオナルドに礼を言ってから、俺はジュリアに魔法を使って見せる。
宿の時と同じく、周りの金属に意識を集中させる。
すると、前回同様、金属が含まれる俺の金貨袋や目に付いた二人の剣が宙に浮いた。
「わあ、ものを飛ばせるの?」
「俺たちには魔力がほとんどないから、どうなってるかわからねえな」
「いいえ、金属を操れるだけです」
「ああ……」
「き、金属ね」
と俺が言うと二人はバツの悪そうな顔をして、俺から目を逸らす。
なんか、申し訳ないことをしてしまったみたいな表情。
そうなる理由はわかっているのだが、今度はレオナルドが歯に衣を着せぬ物言い。
「アスラ、お前剣士向いてんじゃねえの?」
「ちょっと兄さんっ」
みなさん俺が項垂れた理由が、俺が自分の魔法に絶望し始めた理由が、二人に慰められることになった理由が、おわかり頂けただろうか……。
そう、この名も無きとある馬車の上で俺の魔法は十倍返しも百倍返しもできないゼロなのだと知る。
******
とある馬車の中。
男のすすり泣く声が延々と響き渡る。
俺とレオナルドとジュリア以外に人が乗ってなかったことがせめてもの救いだ。
先程とどこか似た状況。
ただ、泣いている人物が違う。
「うう、ひっくっ ひっくっ どうせ俺の魔法なんて……」
朝のハイテンションはどこへ行ったのだろうか、俺は男泣きをしている。
モーリスをからかった嘘泣きとは違い、ガチ泣きだ。
産声も上げなかった俺が、ここにきて泣いている。
「ちょっと、兄さんのせいだよっ」
「わ、悪い、アスラ。剣のことなら俺が教えてやるから、な?」
「ひっく、ひっく……ぐすんぐすん」
剣の道か。考えた事もなかったな。確かに、その道に進むのもアリかもしれない。逆転の発想だ。魔法の才がないと分かれば、いっそのこと別の選択をする。
レオナルドやジュリアが良い例だ。
彼らは生まれて早々に魔力がほとんどないと分かったから、剣を握ったのだ。
実際、今はこうして上級にまで上り詰めている。
その二人が教えてくれるというのなら、似た境遇の人間として、剣に手を出してみるのも手段の一つだろう、とも思う。
俺の中で激しい葛藤が巻き起こる。
今回も、理性と今後の事を真剣に話し合い、厳正な会議の結果――――――
「じゃあ、アスラ、私が教えてあげるわ。ね?」
―――――――剣士を目指すことに決まった。
「ほんとですか?」
「ええ、アスラのような可愛い弟子なら大歓迎よ」
「ちぇ、何でジュリアばっか……」
ジュリアが俺にいったいナニを教えてくれるって?
それだけで俺が剣士を目指す理由としては十分過ぎた。
なし崩し的に話が進んだが、王都に着いた後は剣を教わることになった。
まあ、お試し期間みたいなもんだ。
だけど俺には、魔法に知識のないレオナルドとジュリアから見ても、それだけ才能がないということには変わりはないのだ。それだけ魔法の才能がゼロに近いのだ。
もしこのまま魔法学園に入学しようものなら、同級生にゼロのアスラと罵られ、平民の使い魔を召喚するのが関の山かもしれない。
が、これは単なる魔法からの逃げだ。これではゼフツの思うツボじゃないか。それは絶対に嫌だった。
俺のチンケなプライドが静かに腹の底でくすぶる。
「でも、魔法、やっぱり諦め切れないんです。同時進行でもいいですか?」
「ええ、別にいいわよ。魔法剣士という人もいるぐらいだもの。」
「おお、それいいな。魔法剣士!」
二人とも快く、そう言ってくれる。
そうだ。
もうここはあの窮屈で制限される屋敷ではないのだ。
俺の中で、僅かに世界が広がった気がした。
そんな風に、なあなあだが、俺は確実にこの先しばらくの足場を固める事ができた。
*****
そして、翌日。
朝日が遠くの山の谷間から覗いたころ。
馬車は王都に到着した。
遠くに見える山に日光を浴びせる太陽が眩しいぜ。
この朝に山の端から顔を出した曙光の輝き。
例えるのなら、ニーハイソックスの口ゴムとボトムスの間から除く僅かなふとももの輝き。
それに似ている。
まあ、俺としては後者の方が輝かしいのだが。
俺は昨日と同様、朝になると元気百倍だった。
まるで顔がアンパンで作られているみたいだ。
というのも、俺は馬車の中で寝る際に用いた枕の寝心地が旭日昇天の勢いで気持ち良かったためだ。
それは男子なら誰でも夢みる、膝枕だ。
俺はジュリアのふとももを枕にして寝た。
まさに夢見心地だった。
「アスラ、ここがエアスリル王国の王都だぜ」
「ようこそ、王都へ」
「おお……」
王都は高い城壁に囲まれた街だった。
この世界には魔物という、凶暴な生き物がいるらしく、その侵入を防ぐためらしい。
その城壁に組み込まれた巨大な門をくぐる。
そこには門兵が立っているが、日中なら常に開門しているとのことだ。
ここは南門で、北の方角に城のような、屋根がとんがった建物が見える。
めちゃくちゃ刺さりそうだという感想は置いといて、初めての街、初めての風景に俺は圧倒されるばかりだ。
入ってすぐに噴水の広場があり、地面は石畳が敷き詰められている。
民家や商いをしている店はすべて石造りの建物で、堅いイメージかと思いきや、様々な塗装がされており、見る者を楽しませる趣向が凝らされてある。
「私達はギルドに依頼達成の報告をするから、その後にアスラのギルド登録も済ませちゃお」
そう言って、北へ向かって歩き始める。
俺も後に続く。
さすがに王都なだけあって、人口密度が高い。
俺は人の波に押し流され、流れるプールで流される子供よろしく二人とはぐれそうになる。
「おい、何やってんだアスラ。捕まってろ」
「あ、ありがとうございます」
「へへ、やっぱりお子ちゃまはお子ちゃまだな」
「うるさいですね」
俺はレオナルドに手を繋がれている。
俺はこの男に今小馬鹿にされたような気がするんだが。
どうしてくれよう。
俺達は王都の中心部の商業区に着いた。
ここには食料品から生活用品まで、様々な物が売られている、というのは置いといて、そこから東へ向かう。
そこにギルドがあるのだそうだ。
ギルドの建物は、木造の大きな酒場のような造りだった。
外からでも中の喧騒の音は聞こえてくる。
先に到着していたジュリアは入口で手招きをしてから、中に入っていった。
それに続いて俺とレオナルドも両扉を開いて、中に入る。
入ると、ギルドのエントランスだった。
その横には酒場があり、モーリスの宿の食堂の雰囲気を拡大させたような騒がしさだ。
職員なのだろうか、西洋の給仕服に三角巾を頭につけた女性が何人かトレイに肉やら酒を乗せて駆け回っている。
まっすぐ行ったところにはロビーがあり、受付カウンターもある。
そこですでにジュリアは依頼の報告をしていた。
「おい、レオナルド、そのガキはなんだ?」
酒場の方から酒に酔っているであろう、冒険者がレオナルドに声を掛けてきた。
俺はここぞとばかりにニヒルな笑いを浮かべる。
そして俺はこう言って、レオナルドの足に抱きつくのだ。
「パパーっ」
「!?」
「れ、レオナルド、お前、とうとうジュリアと……」
もうこのくだりの先は見えているだろう、レオナルドの顔から血の気がサーっと引いていく。
「アスラ、てめえ」
「ん? なあに、パパ」
俺はしたり顔でレオナルドに最上級の笑顔を振りまく。
レオナルドが返してくれた笑みは苦笑いという、もっともな反応だった。
******
「焦ったぜ。俺はてっきりレオナルドとジュリアの間に子供が出来たのかと……」
「まさか俺がモーリスの二の舞いを演じるとは・・・」
酒場は一部、妙な雰囲気となって、騒然としている。
俺はそんな様子を尻目に、カウンターでギルドの登録手続きをジュリアに手とり足とりナニとり教えてもらっている。
「この石版に手を置くと、アスラの情報を読み取ってくれるわ。それでギルドカードを発行するのよ。受付の人の言うことを良く聞くのよ?」
「わかりました」
いい子ね、と頭を撫でてからジュリアは酒場で顔を赤くしたり青くしたりしているレオナルドの方へ歩いて行った。
俺は言われた通りに石版に手を置く。
石版が短く発行する。
そのあと、俺はカウンターに石版を持っていく。
「ギルドカードの発行をお願いします」
「まあ可愛いお客さん。ボク一人?」
明るい笑顔を浮かべる受付嬢が対応してくれる。
この人も酒場の職員と同じ服を着ている。
「はい、連れはいますが、親はここにはいません」
ここで、パパとママが来てるの、というネタのテンドンは野暮だろう。自重する。
「じゃあ、確認するけど、ここに登録しちゃったら後は全部自己責任だよ?」
「はい、承知の上です」
こんな子供がギルド登録しにくるなんて、何かの間違いじゃなかろうか。
そう受付嬢の顔に書いてある。
だが、俺の毅然とした態度を見て、怪訝そうにしながらも、手続きを進めてくれる。
「じゃあ、ちょっと待ててね。ギルドカード作るか……」
そこで受付嬢は言葉を詰まらせ、目を白黒させ始めた。
すると、顔が青ざめていき、悲愴な表情を浮かべて、俺に頭を下げてきた。
「貴族様でいらっしゃいましたか。とんだご無礼をお許しください。フォンタリウス様」
所々で彼女の声と身体が小刻みに震える。
ヴィカから貴族は平民を比べて身分が非常に高いと話を聞いたことがある。
それを目の当たりにして体感すると、その身分の差とやらが大層なものなんだと実感する。
貴族というのは、平民の人間をここまで恐れさせる存在なのだと知る。
「気にしてません。普段通りにして下さい」
安堵の表情を隠そうともしない受付嬢の額には汗がびっしりだった。
気持ちいい程に豪快に額の汗をふぃー、と拭う。
だが、それでも敬語は抜けなかった。
「ありがとうございます。ですが、これは規則ですので」
「わかりました」
このやり取りをしている間に出来上がったのであろう、ギルドカードを受け取る。
それは小さなガラス質のカード状の物だった。
ルースに貰った物と同じ。
そして引き続き、ルースに言われた通りにルースの名前を伝えて、預かったギルドカードを提示する。
「俺はルース=フォンタリウスの息子です。ここに来ればある情報をもらえると本人に聞いたんですが」
「少々お待ち下さい。こちらで預かっている物があります」
そう言って、受付嬢はカウンターの奥へ引っ込んで行った。