第七十五話 遺跡
「話は逸れたけど、あのおじいさん、なんて言ってたの? アンタの前世の言葉と同じだったんでしょ?」
俺の困惑をよそに、ソーニアは続ける。
「あ、ああ……近くに巨大遺跡があって、その調査によく外国人が来るものだから、俺たちもそうなのかって……」
「で、なんて答えたの?」
「ちがうって」
「バカね、あんた」
「?」
「遺跡の調査に来たってことにしときなさいよ。何かもっと情報くれるかもしれないじゃない」
「お前……頭いいんだなぁ」
素直に彼女の先見の明に感心する。
ソーニアは照れたように得意顔をした。
「さすが怪盗。ずる賢いな」
「一言多いのよ」
わいわい言いながら食事を終えると、俺たちはさっそく巨大遺跡とやらを目指した。
町を歩きながら準備を整えた。
まず水分はソーニアの魔法でどうにかなるとして、砂漠を歩く装備を整えたい。
俺たちはオリオンによって転移させられる直前の格好なのだ。
俺は寝巻き、ソーニアは怪盗の格好という、一見、大道芸人のような奇抜さである。
それぞれ麻のような通気の良さそうな生地の服を上下で購入し、肌を晒さないようにするため、マントも身につけた。
貨幣はエアスリルのものが通貨として扱えなかったため、身につけているものを渡すという物々交換で商談は成立した。
特にソーニアの怪盗の服が良い値段になったようだ。
町を出たのは、準備を整えてすぐのことだった。
町があまりにも小さい。
「町の人の話では、遺跡はあっちの方だったわね」
「ああ、ぼちぼち歩くか」
「何か乗り物ないのかしら」
「あっても金ないよ」
「あの怪盗衣装、お金かかったのにな……こんな安っぽい服に早変わりだなんて」
「あんなピエロみたいな服より全然いいよ」
「何がピエロよ。機能的には優れてるんだからね!」
「今ここで必要なのは砂漠を歩ける服装だぞ。お喋りもいいけど危機感持って歩いてくれよ」
「なによ、偉そうに」
ソーニアはうだるような暑さということもあって、ぶー垂れているようだ。
しかし、三十分ほど歩くと、遺跡は見えてきた。
巨大と言われるだけのことはある。
東京がまるまる収まってしまうような大きさが……。
「んん?」
と言うよりも。
古びた東京の景色がそこにはあった……。
建造物がかなり風化しており、俺の知る日本の建物配置を考えても滅茶苦茶だが、東京タワーに酷似した塔が、古びた状態で砂漠から歪に生えていた。
いったい、どういうことだ?
「変な形の建物ばっかりねぇ。先の尖った細長い塔に、鉄の骨組みだけで作った丸い建物……丸い足のついた箱も沢山……変な遺跡よね」
ソーニアが言うのは、東京タワーと観覧車、バスや乗用車のことだ。
ランダムに切り抜かれた東京の景色を、無造作に散りばめられたような風景だ。
全部、砂漠の砂埃をかぶってしまっているが、間違いなく東京の建物だ。
「ソーニア、これは俺の前世でいた日本の建物だよ」
「え……でも、どうしてここに?」
ソーニアは、俺の前世の記憶とやらを信じてくれているようだ。
心強いしありがたい。
あんたたちも嫁にするんならああいう娘にしな、とドーラなら言うだろうよ。
「さっぱりわからない」
そうよね、と言って辺りを見渡し始めたソーニア。
情報がないなら探す。
できた娘だよ、本当に。
が、その後、ソーニアは急に遺跡に向かって駆け出した。
脇目も振らずとはこのこと。
砂漠だというのに、よく足を取られずに走れるものだ。
「ソーニア! どうしたんだよ!」
「いいからきて!」
先を行くソーニアが足を止めたのは、遺跡と呼ばれる謎の東京に踏み込んですぐのことだった。
「すごい……綺麗なままだわ」
そこには、周囲の建物や車のように砂漠の環境では痛んでいない、乗用車が一台だけ置いてあった。
「どういうことだ……なんでこれだけ」
「今、私見たのよ。この四角い鉄の塊が黒いゲートから出てくるのーーーーたぶん『空間魔法』だと思う……」
「空間魔法?」
「そう。私の精霊、オリオンの瞬間移動も空間魔法の一種。ある場所から場所へ飛び移れるの」
ソーニアの話は突拍子もなかったが、理屈は通っていた。
ある場所からある場所への空間を操り、一瞬で移動する。
無属性魔法の一種だと言うのだ。
解放軍が人工精霊を開発する折に、研究を重ねて知り得た事実なのだとか。
そしてその資料を怪盗として盗んで手に入れたソーニアは、空間魔法の知識を持って、黒いゲートを空間魔法に関連するものだと紐づけた。
知られていないだけで、無属性魔法とは案外凄いものなのかもしれない。
「待て待て待て! じゃあここにあるものは全部日本から来たものってことなのか?」
そうなのだ。
実際にソーニアがここに乗用車が転移された瞬間を現認している。
「ニホンって……あんたの前世のことね。その可能性が高いってだけの話よ」
いや待てよ。
だとすれば、一体ここはどの時代の日本と繋がっているんだ?
俺は目の前にある転移された乗用車から情報が得られるのだと考えた。
もしこの黒いゲートの転移先が日本に限定されているのなら、俺がこの世界に転生したことに、何か理由が生まれる気がしてならない。
車種は……◯ズキのジ◯ニーだ。
鍵は開いている。
助手席のダッシュボードから車検証を取り出した。
「登録年は平成二十五年……西暦二〇一三年か。購入後に一度も車検をしていないとなると……俺が日本で死んだ時代から一年と経っていない時間の車だってことになるな」
「あんた……本当に他の世界にいたのね。こんな文字をスラスラと……」
俺がぶつぶつ言いながら情報を整理していると、ソーニアが驚いたように言う。
「だから言ってるじゃないか。信じてなかったのか?」
「半信半疑よ。普通疑うじゃない? 正気を」
確かに正論である。
俺だって日本にいた頃、友人などから前世の記憶があると語られれば、何の与太話だと一蹴するに違いない。
しかし、今はこの世界にないはずのものの知識があり、異世界である日本の文字も読める。
きっとこの周辺の町の『古代語』と呼ばれている日本語は、日本から転移してきたこれらの建造物の中から得られた言語なのだ。
これらの遺跡と呼ばれる他に転移してくる物は、現代日本から転移するものが多いはず。
念のために他の車も見てみると、どれも同じ年代の車だった。
日本から物体物品が届いている。
それもある時代のものだけが。
ランダムに切り抜かれたように。
「でも何で繋がった先が日本なんだ……」
別に他の世界に繋がるためのゲートなら、日本でなくても良いはずだ。
なぜよりによって日本なのだ?
疑問が疑問を呼ぶ。
が、それらの疑問は危機も呼び寄せたようだ。
「ねぇ……」
ソーニアがいの一番に気が付いた。
遠くも遠く。蜃気楼か何かなのかと目を疑ってしまうくらい遠いのだが、そこには確かにサンドウルフの大群がこちらを向いていた。
「なんだありゃ……あんな数相手にできないって」
「逃げましょ!」
「賛成っ!」
ダッと二人揃って駆け出した。
するとサンドウルフの群れも一斉に動き出す。
やはりおれたちを狙っていたようだ。
もう少しこの枯れ果てた東京遺跡を探索してみたかったのだが、背に腹はかえられない。
明日は我が身だ。
と、そこで例の車が目に入る。
今しがたゲートでこちらに飛ばされてきた乗用車だ。
これだと思った。
「ソーニア! これに乗って逃げよう!」
「は!? 何言ってんの!? って言うかそれ乗り物なの!?」
「いいから!」
「無理よ無理っ! そんな見たこともないような箱信じられないわよ!」
ソーニアは思わず足を止めたが、今にも俺を置いて駆け出して行きそうに小刻みに震えている。
俺は説得もほどほどに、その車両、ジ◯ニーのダッシュボード下をひっぺがえし、電気系統の配線を確認した。
今の俺……この世界の磁力操作があれば、仕組みはわからなくても電気の流れがわかる……はずだ。
キーがなくてもバッテリーを作動させてエンジンをスタートさせられれば確実に逃げ切れる……はずだ。
「何してんのよ! 早く!」
焦るソーニア。
「早く乗れってっ!」
俺も焦る。
この前のサンドウルフの群れを仕留められたのは、砂鉄を上手い具合に使えたからだ。
しかしここには砂鉄はない。
磁力操作で操れる鉄といえば、車など日本からゲートを通ってきた物が山ほどあるが、それは戦いで使って壊しなどしてみろ。日本と繋がった理由も手掛かりもなくなっては元も子もない。
まあ、本当に元も子もないと言えば、ぐずぐず考えてサンドウルフに追い付かれてしまうことだが、今はこの車と言う、この状況に持ってこいの代物がある。
これを使わない手はないではないか。
「俺を信じろ! 俺がこの砂漠でソーニアを見捨てたかよ?」
「う……ううん……」
元はと言えば、俺の口を封じようとソーニアが襲ってきて、オリオンのミスでここに飛ばされて一緒に行動しているという奇妙な関係。
でも今は運命共同体。
絶対に見捨ててはならないのだ。
いや、俺に見捨てるなどという手段がない。
ソーニアは恐る恐る、慣れない手つきで車両の助手席へ乗り込んだ。
俺は電気配線を見るのを切り上げ、運転席に乗った。
思い描いた回路で電気を流してやると。
ブロロロロロ!
「ぃやった!」
「え? 馬は? 馬で引くんじゃないの?」
「なわけあるか。これは俺の元いた世界の乗り物だよ。馬なんて古いよ」
ジム◯ーはマニュアル車だった。
クラッチを踏み、ギアを入れ、サイドブレーキを上げる。
アクセルを踏みつつクラッチを上げると、◯ムニーは思ったとおり走り出した。
「え!? えっ!?」
ソーニアは車両の発進に驚き、何かしがみつくものはないかとバタバタするも、俺の左腕に掴まることで落ち着いた。
俺はソーニアにシートベルトをしてやり、助手席窓上部の取手を掴ませた。
ブウウウウン!
ソーニアのバタつきが収まるのを確認してから、また車両を走らせた。
「きゃあああ!」
いきなりの車両のGに驚いたようだ。
順調に走り出した車両のギアを上げていく。
みるみるうちにサンドウルフの群れは引き離されていき、あっという間に見えなくなった。
「な、なんて早いの!」
「そういう乗り物なんだよ! サンドウルフを振り切るまでは飛ばすから、舌噛むなよ!」
さらにアクセルを踏み、砂を巻き上げながら砂漠を疾走した。
燃料は半分くらい。
バッテリーも生きているようだ。
今は逃げ切れさえすれば、この車がガス欠になろうとバッテリー切れになろうと、どうでも良い。
が、今だけは保ってくれ、と切に願った。
しかしサンドウルフはあっという間に見えなくなり、振り切った。
間も無くして、街に戻ってきてしまった。




