第七十三話 砂漠の真ん中で
話の進捗が滞っております。
すみません……。
随時、進めていけたらと思います(汗
温かい目で見守って頂けると幸いです。
「絶対うそ」
「うそじゃない」
岩影で休みながら、磁力操作の魔法の説明をざっくりした。
まあ、反応は見ての通り。
「だって聞いたことないもの。あんたが強力な磁石ってことでしょ?」
色んな手を尽くして説明した。
そもそも、この世界の人々は科学的な現象について、ほぼ無知である。
そして無知であることに、何ら疑問を持たない。
なぜなら、この世界には日本にはない魔法があるのだから。
ある程度のことは魔法が起こした現象なのだと片付いてしまう。
実に狭い解釈である。
虫眼鏡で日光の焦点を合わし熱することができる、程度のことは知っているようだが、磁力で電流を起こしたりできることには、理解すら示さない。
とどのつまり、あまり興味がないのだ。
「わからないわ。雷とあんたの言うデンリュウ、どう違うのよ?」
「いやいや、モノは同じなんだけど、俺が言ってるものとは電圧が違う……ってこれさっきも言わなかった?」
「言ってない! さっきはたくさんビリビリするってあんた言ってたじゃない!」
「たくさんビリビリするって表現は、この手の話に取っ付き易くするために言ったんだ。電圧が高いと、とにかく痛いんだよ」
「デンリュウが流れて痛いってどういうことよ? 知ってるわよ、雷に打たれると死ぬの。雷がデンリュウなら、デンリュウが流れたら死ぬじゃない」
バチっ!
「いっっったぁッ! 何すんのよ!」
「今のが電流だよ」
「誰もデンリュウ流してなんて言ってない!」
「話すより早そうだし」
「っ!」
バシっ!
「ぶっ」
頰を思いっきりぶたれた。
とまあ、この世界の人々はこんな調子である。
昔、レオナルドに磁力をもとに電流を生み出す原理を話しても、チンプンカンプンといった顔をしていたのを思い出す。
「と、とりあえずはサンド・ウルフ追い払ったんだから、約束は守ってもらう」
「な、何よ、約束って……」
「いやだから、ははは……何でもしてくれるって言ってたじゃない」
「……! い、言ってない!」
「今思いっきり『うわ、そんなん言ってたな確か』って顔したぞ」
「人の心読まないでよ」
「どうしよっかなぁー、何を頼もうかしら」
俺は岩に背を預けるソーニアを、頭の先からつま先まで眺めながら、思案する。
「ちょ、ちょっと、変なのはダメだからね」
ソーニアは自身の体を庇うように、俺に背を向けて、未だ求められていない要求を拒む。
「変なのって?」
「だ、だから……変なのよ……」
何を勘違いしているんだ? この娘は。
この場合、年頃の女子がいう所謂「変なの」の内容はだいたい相場が決まっている。
十中八九、エッチなことだ。
とらぶる風に言うと、えっちいやつである。
確かに、俺という人間は元来そういう欲求が、もしかすると他の男子より強いのかもしれない。
しかし、しかしだ。
いくらなんでもこの砂漠のど真ん中で、生き残る術でなく、えっちい要求ができる男がいれば、是非あってみたいものだ。
砂漠で生き残る術も、エッチな要求も、どちらも男の本能に起因するものだ。
しかし、この砂漠という極悪な環境において、生存本能を無視して性欲を優先できる脳の持ち主は、余裕で砂漠の一つや二つ、乗り越えてしまう化け物に違いない。
見ろよ、この三百六十度、砂漠のパノラマ。
サウナ? そんな生易しいものじゃない、この俺たちを殺しにかかっている日光。
一度口を開けば、唾液ごと口内の水分を奪い取られる乾燥した空気。
誰がこの灼熱の大地でエッチな要求をできようか。
「水浴びがしたい……」
切実な願いだった。
飛びに飛んだ俺の中の水分たち。
今はそれらをこの身に受け、我が体内に取り込みたい一心なのだ。
「あ、案外普通なのね。いいわ、お安い御用よ。あんたがそれだけ強いなら、魔力温存する必要もないかもね」
ソーニアは、この砂漠に来てから、初めて笑顔を浮かべた。
焼け付く暑さに火照った頬に、止めどなく溢れでる汗。
そんな表情で微笑まれたら……ああ、エッチなお願いにしとけば良かった……。
後悔先に立たずとはこの事だ。
「水の精霊よ、我に力を。アクア・ウォール」
すかさず呪文を唱えたソーニア。
目の前には、小さな滝が生み出されていた。
宙にどこからともなく溢れ出る水源。乾きの大地にどんどん吸収されるも、その滝はとどまるところを知らない。
俺は無我夢中で滝に頭を突っ込んだ。
後頸部に思い切り水の流れを当て、暑くなった体を冷やす。頭をずぶ濡れにした後は、浴びるように水を飲んだ。
飲みすぎては体に悪く、今後砂漠を歩くのにも支障が出るとわかっていながらも、やめられなかった。
それほど、俺の中の水分は枯渇していたのだ。
ソーニアも両手で水を受け、それで顔を洗ったり、上品に口に運んだりと、二人とも水分補給は十分にできた。
「さあ、また進みましょう」
「うん……」
久々に思い切り水を浴びて、依然灼熱の大地であるが、モチベーションというやつは戻って来たようだ。
頭を切り替えて進む。
目下の目的は、人のいる街に辿り着くこと……いや、その前に生きてこの砂漠を出ること、だろうか。
あいも変わらず見渡す限りの砂漠地帯。
砂丘が岩場になったり、岩場が砂丘になったり、進むにつれて地形に多少の変化があるものの、やはり灼熱の大地に変わりはなかった。
岩場地帯にちょうど良い洞穴があったため、野宿をすることになった。
日はまだあるが、この先ここより好条件の岩場がないだろうという判断のもと、体を休めることにしたのだ。
「あっち向いててよね」
ソーニアが汗でびっしょり濡れた服を脱ぎ始める。
彼女は俺に夜襲を掛けて失敗し、逃げていたノームミストの格好そのものだ。暑かったろうに。
自業自得とも言えるが……。
お互い服を脱ぎ、ソーニアの水属性魔法で水洗いしてもらい、日の照る岩場に衣服を広げた。
最初は下着姿をお互い隠そうとしたものの、馬鹿馬鹿しくなり、すぐにソーニアは下着を隠す手を地面に付き、体を休めた。
日があるうちの洞穴の日影は、快適だった。
汗が気化し、久しく忘れていた爽快感が、砂漠の不快感を忘れさせてくれる。
が、その爽快感もすぐに凍えるような寒気になった。
日が暮れたのだ。
砂漠の夜は極寒である。
衣服はわずかな日で乾いていた。
それを着るも、やはり寒い。
腹も鳴りに鳴るが、眠気はすぐにやってきた。
お互い身を寄せ合うようにして寝ることに、その寒さのもとでは抵抗感はなかった。
翌日、暑さで目が覚めた。
洞穴の外はすっかり灼熱の世界に戻っており、その熱風で目を覚ましたのだとわかる。
目の前でまだ寝息を立てているソーニアの肌にも、じんわりと汗が滲んでいた。
気が付けば、ソーニアと俺は抱き合うようにして寝ていた。
昨日はかなり冷え込んだ。お互いの体温を求めてこうなったのだ。
ソーニアの感触は、手放すには名残惜しい。
女性らしい柔らかさがありながらも、細身の引き締まった肢体。重くもなく、かと言って痩せすぎではない程よい肉付き。
暑さのせいにして彼女を手放し起床するには勿体ない。
もう少し洞穴の日影で淫靡な感触に浸ろうと思い始めたそのとき。
「ん……あ?」
終わりは早かった。
目覚めたソーニアの顔はみるみるうちに赤く染まり、体はわなわなと震え始めた。
つくづく思う。
女の子って、どんな環境でも女の子なんだな。
次の瞬間には、腹の辺りを蹴られ、悶絶した。当然、目もすぐに覚めた。
ドス!
「うぐっ!」
「離れなさいよ! 変態!」
ソーニアの目もパッチリだ。
空腹に耐え忍んでいる胃腸ゆえなのか、余計に衝撃が強く感じられる。
ずるずると体を引きずるように洞穴から出て、岩場を登る。
ソーニアが水属性魔法で、寝てる間に失った水分を補給してくれると、すぐに出発した。
ひたすらに真っ直ぐ進んだ。
が、岩場地帯を抜けると、自分たちが小高い岩山の頂上に来たことがわかった。
そこからの景色は文句なしの最高なものだった。
しかし、これは砂漠の優雅さや広大さを言っているのではない。
「街だ……」
「やっと砂漠を抜けられるのね……」
もうひと踏ん張りだと思うと、力が湧いてきた。
残り数キロの砂の世界。ようやく終わりが見えた。
目を凝らし、目を擦り何度見ても、確かに街はある。
蜃気楼でも幻覚でもない。
気持ちが軽くなると同時に、足も軽くなった気がする。
その足を二人で踏み出した時だった。
「……っ!」
「どうしたの?」
「サンド・ウルフが追い掛けて来てる」
磁力で生み出したレーダーに引っかかる個体が数十体いた。
「え……嘘でしょ? 前に追い払ったじゃない」
「つけて来たのかも。とにかく数が多い。この岩山を下ろう」
俺はソーニアを連れて駆け下りる。
「どうしてよ! 前みたいにあっという間に倒せないの?」
「数が前の比じゃないんだ。それにこの岩場には砂鉄が少ない。砂地に行けば何とかなるかもしれない」
気付くのが遅かった。
サンド・ウルフの方が速い。
転がるように岩山を駆け下り、砂地に足を踏み入れた。
「……!」
ここなら砂鉄は十分だ……!
しかし前のように一体一体を相手に蹴散らしていたらキリがない。
しかし。
幸い、この場は砂鉄が砂中に大量に含まれている。
サンド・ウルフが、俺たちを追って岩山を駆け下りた瞬間が勝負だ。
「来たわよ!」
岩山の頂上を指差し、ソーニアは注意喚起する。
振り向いた時には、岩山を覆い尽くさんばかりのサンド・ウルフの群れがあった。
いち、にい、さん……数えるのもばからしくなるくらいの量だ。
「まだだ! あの砂丘の上まで走れ!」
余裕がない自分に気がつく。
思わず口調がキツくなった。
自分の磁力を操る魔法のおかげで、砂鉄の位置を探れた……が、ここにいては俺たちにも被害があるのだ。
二人とも起き抜けの上に連日の砂漠生活で体力が極端に消耗している状態なのだ。
俺は自分の足と、ソーニアに鞭を打つ勢いで喝を入れた。
ドドドドと後ろから迫るサンド・ウルフの群れの足音が、轟音となる。
いち早く砂丘の上にたどり着くと、俺はソーニアの手を掴み、引き上げた。
が、間一髪である。
「うっぐ……!」
大量の魔力を投資し、砂中の砂鉄を操作した。
ドォォオンッ!
すると、サンド・ウルフの群れの真下に巨大な空洞ができた。
それはアリ地獄のようにサンド・ウルフを滝のように飲み込む。
「ガァッ」「グゥアッ!」
獣のもがく声がする。
しかしそれも、砂の流れが収まるとともに、聞こえなくなった。
砂中の砂鉄は、一点に大量に固まっていた。
もちろん、たまたまだ。
そして、それを見つけたのもまた、たまたまである。
固まっていた砂鉄を一気に砂中の中で散り散りにばらけさせ、緩くなった砂がサンド・ウルフとともに地中に滑り落ちたのだ。
サンド・ウルフは、生き埋めである。
俺はこれ以上這い上がってくるのを恐れてか、それとも元日本人としての習慣なのか、合掌した。
「これで……倒したの?」
「たぶんね。なんとか」
自信を持った返事はすることができなかった。
もし仮に砂中から群れが這い上がってきては、また策を練り、地道に一匹ずつ倒していくしか手はなくなる。
何より砂漠を進む速度はサンド・ウルフの方が圧倒的に速い。
追いかけられたくはなかった。
岩山の上から見えた街に向けて歩き出すのに時間は掛からなかった。
砂漠という環境を舐めていたわけではないが、環境だけでなく生存競争もここまで過酷となると、のろのろゆっくり歩きたくはなくなった。
サンド・ウルフが這い上がって来るのを恐れるように、街へ急いだ。




