第七十二話 対決サンド・ウルフ
とりあえず、今の現状をまとめてみた。
現状を理解しておけば、悲観的にはなるだろうが、より効率的に今後の対策を考えられる。
まず、俺とソーニアがこの砂漠にどうやって来たかということ。
それについては、ソーニアが人工精霊の魔法で飛ばされたのだと証言していた。
つまり、その人工精霊は、対処の人間、もしくは生物、または物質を、瞬時に別の場所に移動させる、テレポーテーション能力を持っているはず……。
そんでもって……なんでこの砂漠に、敵である俺はともかく、契約相手であるソーニアも瞬間移動させたのかという疑問だが、ソーニアに尋ねてみると。
「彼女、寝起きが悪くて……能力を使いこなせないのよ……」
との苦し紛れの供述をしていた。
てことは、俺とソーニアを砂漠に瞬間移動はせた、その人工精霊は、寝起きで力の制御ができなかった、と?
馬鹿馬鹿しい言い訳だが、今はそれを飲み込むしかない。真相がそもそもわからないのだし……。
移動先が砂漠という意味のわからない環境である理由も、寝起きの悪さで片付いてしまうのだから、腑に落ちないことこの上ない。
なにが悲しくてこんな砂漠を旅せにゃならんのだ。
自分の精霊の不手際に、文句も言わず黙々と砂漠を進んでいるソーニアを心底尊敬するよ。
「ねえ、休憩しない?」
「あなたねぇ、さっきからそればっかり。言ったじゃない。日影もないのに休んだところで、余計に体力奪われるだけだから。せめて水のある所に……」
「うえぇ……」
「嫌な顔しない。ほら歩く」
くそぉ……。
昨日まで殺しあってた相手に、子供に言うかのように諭された。
しかもその相手と休戦状態だというのに、おんぶに抱っこしてもらってる状況だ。
日の出の方向から、だいたいの方角を割り出し、どこの砂漠なのか見当をつけ、地図の記憶を頼りに、近くの集落や街を目指してくれているのが彼女だ。
その上、今のような声掛けをしてもらっちゃってる。
何気に俺ってソーニアいなかったら死んでたな、これ。
「ねぇー、街まだ?」
「まだだってば。黙って歩く」
おいら、ソーニアみたいな、おねいちゃんがほしいだ。
びっくりするほどしっかりしてるし、行動に理屈と方向性があって、ついて行くのに不安がない。
あるのは体力の限界のみ。
止めどなく流れる汗……でもその汗も、体表に出る前に蒸発してしまう暑さ……。
ソーニアは、怪盗ノームミストの服で全身覆われているが、俺は寝巻きだ。
日光で熱せられた砂で足は一歩一歩熱いし。
服のない部位は燃えるように熱く、乾燥していく。
口の中なんて、水分がからっきしで、カサカサしてきた。つばの一つも飲み込めない。
それでも、一歩一歩、砂丘を登っては下り、サウナのような環境の中、徒歩で進む。
サウナの方がまだマシか……。
と、今にも倒れそうにフラフラと歩いている時だった。
前を歩いていたソーニアが立ち止まる。
「やった……! なになに、休憩?」
ようやく座れる。
もう足が棒のようだ。
「ちがう……」
と思いきや、絶望感が一気に俺の中で膨らむ。
え、なに、なんで?
なんでそんなアゲアゲドスンみたいなことするワケ?
アゲて落とす意味あった今ねぇ?
「サンド・ウルフよ……凶暴な魔物。群れに囲まれてる……」
「ああ、さっきから遠巻きに俺たちを見てた犬っころか……」
「気付いてたのっ!? いつから?」
「うーん、俺が最初に休みたいって言った時ぐらいかな」
「なんで言わないのよ! このバカ! 逃げ場ないじゃない!」
「だってすぐに倒せるし。問題ないかなって」
「へ……?」
実のところ、砂漠に来た時から、サンド・ウルフとやらの魔物の存在には気付いていた。
魔法を使い磁場を操って電場を生み出し、生み出した電場により、さらに磁場が生まれる。
その繰り返しを操作し、成立させると、電磁波になった。
あとは周波数を調整して、マイクロ波を生み出してやると、即席レーダーの完成だ。
キーリスコール家の使用人になる時に思い付き、今回初めて実践に移したワケなのだが、反射し帰ってきたマイクロ波を受信する際、体がゾクゾクして癖になる。みんなも一度試してみると良い。
そんなワケで、対象の生き物のようなものが、こちらに近づいていたのは知っていたりする。
魔法でレーダーの真似事をしていると、面白いもので、反射し受信したマイクロ波で、頭の中に勝手に対象物の形がイメージとして掘り起こされる。
この魔法を授かって十数年だが、ようやく自分の魔法が無属性魔法でよかったと思い始めた。
これを使えば、敵索、地形把握にはもってこいだ。
試しにこのマイクロ波の範囲を広げると、街などが見えてくる。俺は楽観的である。そこに至った時点で、勝った、と今思った。
俺はこの砂漠を制したんだ……!
と、今はそれどころじゃなかった。
サンド・ウルフだ。
「近寄って来ても、すぐに倒せる」
依然、素っ頓狂な顔をしていたソーニアに念を押す。
「そ、そんな、だって相手はサンド・ウルフよ!? 一匹ならいざ知らず、群れに襲われたら一巻の終わりよ? 分かってる?」
「おいおい、精霊がいないと随分と弱気だな。王都じゃあんなに伸び伸びと盗みをしていたのに」
「それとこれとは別でしょ? あれは精霊の瞬間移動があったから、成し得たことよ。今は無理なの、バカねアンタ!」
反論ついでに貶される。
ソーニアには、そんなことにかまけている暇も余裕ないということだ。
まったく、人工精霊の力に頼りきりになるからこういうときに困るんだ。
と、ため息をつこうとしたところ。
サンド・ウルフの群れに動きがあった。
「こっちに向かって来てるなぁ」
俺のレーダーに引っかかり、脳内にこちらに走ってくるサンド・ウルフの群れが、白黒の映像になって浮かび上がってくる。
この迷いのない足取りからするに、サンド・ウルフもこちらに気がついたようだ。
「え、うそ! うそうそうそ!?」
ソーニアは焦る。これ以上ないってくらいに。
「十二……いや、十四? もっといるな……」
「え、なんでそんなことわかんのよ!? ほんとに来てるの!?」
「ああ、もうすぐそこの砂丘まで迫ってる」
俺が指をさした方角に、サンド・ウルフの群れの先頭となる一匹が、間も無く頭を覗かせた。
サンド・ウルフ。
砂漠の砂に紛れ込むような茶色い、砂塵の中でも活動できる剛強な毛並みをもつ狼。
その先頭の一匹は、まっすぐに俺とソーニアを見据えていた。
敵だとか、味方だとか、そういうものを見る目じゃない。
生き物だと認識すらされていない。
今のあいつらにとっちゃ、俺とソーニアはただの獲物に過ぎない。ただの肉だ。
今にもヨダレを垂らさんばかりの食欲に取り憑かれてやがる。
何の前触れもなしに、その先頭のサンド・ウルフはこちらに駆け出した。
「き、来たわよっ!」
一匹目のサンド・ウルフに、後の群れも続いた。
一つ向かいの砂丘の坂を、滑るように降ってくる。
ソーニアはサンド・ウルフの反対側に駆け出した。
逃げ出したのだ。
「お、おい……どこ行くのさ!」
「逃げるのよ! オリオンがいなきゃアイツらに八つ裂きにされるわよ!」
オリオン……おそらく、ソーニアの人工精霊の名だ。
解放軍に潜入した俺が王都で戦った時の怪盗ノームミスト……のちにソーニアだと分かるが、彼女の素早い動きは人工精霊によるものだったのだと合点がいく。
だから人工精霊のいない今はこんなにも弱気なのだ。
怯えてすらいるように見えた。
そんなに走ったらぶっ倒れる。
この炎天下だぞ。
ソーニアはいいさ。
適正魔法がある。水属性魔法だ。魔力さえあれば砂漠にオアシスだって築けるかもしれない。
でもおれはどうだ。
もうここまで歩いてヘトヘトさ。
休憩もさせてくれない。水属性魔法の水もたまにしか出してくれない。
「俺はいいよ……こんな猛暑の中、走るなんてごめんだね」
「あんた死ぬ気!? あいつらの餌にでもなりたいの? それともあのサンド・ウルフの群れを倒すっていうの? 馬鹿馬鹿しいったらないわ!」
「うーん、倒すって言ったら?」
「バカね! そんなの出来るわけないでしょ!? もし仮に倒してくれるなら何だってしてあげるわよ! 水もたらふく飲ませてあげるし、休憩も好きなだけしていいわ! なんなら肩でも揉んであげる! でも倒すのは無理なの! わかったら逃げるわよ!」
なかばヤケになっているようだ。
「その言葉、頼むから忘れないでくれよ」
ソーニアは言った。
肩まで揉んでくれるのだそうだ。
頼んだら同衾もしてくれるかもしれない。
希望が湧いてきた。
さて、問題は目の前の犬っころ。
こいつらを蹴散らさないことには、ソーニアのボディサービスも始まらない。
さーてどうやって倒そうか。
何か使えるものは……。
「…………」
あった……!
この砂漠だ。
魔力で周囲に操れる金属がないか磁場を発生させたところ、あるわあるわ使えると金属が。
ここは砂漠だ。
足の下には腐るほど砂鉄が埋まっている。
先手必勝だ。
あ、いや……サンド・ウルフの方が先に仕掛けて来たんだから、先手ではないな。
後手だ。
後手必勝……なんだか語呂が悪い。
なんて、どうでもいいか。
今度は思いっきり砂鉄を搔き集めるイメージで磁場を発生させる。
ドッ………バァ……ッ!!
目の前の砂漠から、大量の黒い砂が浮き上がって、宙を舞い、目の前で丸く固まる。
ドズンっ!
巨大な球体に圧縮された砂鉄の塊を地面に落とすと、地響きがした。
「さあ、どこからでもおいで!」
そう挑発したところで、先頭のサンド・ウルフが飛び掛かって来る瞬間だった。
「ほい」
瞬時に砂鉄を圧縮しボーリング大の球を形成。
サンド・ウルフに向かって磁力で弾いた。
「キャウンっ!」
サンド・ウルフはその球を見事にくらい、隣の砂丘まで吹っ飛んだ。
それを見て、他のサンド・ウルフも俺を目掛けて襲いかかってくる。
「面倒だ……なっ!」
こんなのを何十回も続けていたら日が暮れてしまう。
俺は磁場を爆発的に広げて、散弾のごとく一斉に先の砂鉄の球体を放つ。
「キャンっ」
「クゥン」
何体かのサンド・ウルフに命中し、また隣の砂丘まで。
しかしその弾幕の中、すり抜けて来た数匹のサンド・ウルフが、一斉に飛び掛かって来た。
その内の一匹は蹴り飛ばし、もう一匹は砂鉄で飲み込み、ソーニアに襲い掛かろうとした一匹は……砂鉄を鞭のようにしならせ、薙飛ばす。
その際、うまい具合に後ろに控えていた残りのサンド・ウルフにも砂鉄がヒットし、また隣の砂丘まで吹っ飛んだ。
「あ、ぶ、なぁ……」
さらに残ったサンド・ウルフは、考え無しに突っ込むのを愚策と感じたのか、俺から距離を置いて、様子を窺う。
面倒だなぁ。
威嚇のつもりで、砂鉄を俺の背後でうようよ浮かせて、大量に操って見せる。
最初こそは敵意剥き出しで唸っていたサンド・ウルフであったが、やがては後退り始め、最終的に背を向けて仲間の元へと逃げ去って行った。
「ふう……」
この暑さの中、わけわからん狼の群れと戦闘……追い払いはしたが、どっと疲れた。
そう言えば、ソーニアに襲い掛かったサンド・ウルフもいたっけ。
怪我などはしていないだろうが、様子を見に振り返る。
すると、ソーニアは何とも間抜けた顔で、唖然としていた。
「あ、あんたって……」
とうとう腰まで抜けてしまったようだ。
どさっと砂の上に尻餅をつく。
「ああ……」
言いたいことはわかる。
無属性魔法使いじゃなかったのか、という疑問だろうか。
一体どんな無属性魔法を使えば、砂鉄を操れるのか、という疑問だろうか。
それとも、その両方だろうか。
この世界には磁場に関してなどの、科学的な知識は発展していない。
代わりに魔法が発展した世界なのだ。
「おれの魔法は、磁力操作だよ」
「ジ……ジリョクソウサ……?」
赤子が初めて耳にする言葉の意味を聞き返すかのように、しっくりこない発音で復唱するソーニア。
俺は、ソーニアに、磁力や磁場の力を、少しだけ説明するのだった。




