第七十話 ノームミストとアスラ
大変更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
頑張って続けていきますので、今後もよろしくお願いいたします。
さて、第七十話ですが、その前に軽く告知です。
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それでは第七十話です。
〈ロイア視点〉
私は訪れた宿の一室に案内された。
以前、課題を始める前に、一度キーリスコール家の件に関してどう手を突っ込もうか悩んでいた時、ここを訪れたことがある。
編入生君のアテが、ここにあったのだ。
ノノ=キーリスコール。
もう夜も更ける。
ノノは馬車の御者らしい。
日中は不在だった。結局、ノノの部屋に明かりが灯されたのに気付いたのはこの時間だ。
宿の名前は『酒盛りの宿』。
しかしここ最近は誰も馬車には乗せていないのだという。
一体、一日中何を外でしているのだろうか……。
はあ、しかしなぜ私がこんな冒険者みたいに人探しをしなければならないのか。
全ては、あの編入生君が私を巻き込んだからに他ならない。
この貸しをどう返させようか。
この一件が終われば恩着せがましく取り付けよう。
案内された部屋は、ノノの部屋。
ノックをした。
「誰かな」
落ち着いた老人の声が聞こえる。
「アスラという者の……知人です」
編入生君の使いと名乗るには、些かプライドが許さなかった。
内側から扉が開く。
「君か……この前、アスラ君とここに来ていたね」
ノノは柔和な笑みを浮かべて、私を宿の中に通してくれる。
私は少し躊躇した。
この老人が何者なのか、私は知らない。
何の因果があって、編入生君に関わり、そしてこの件の重要人物となっているのか。
が、逆に懐疑心と言えそうな、好奇心があった。
もうこの件に首を突っ込んでいる。
底まで覗いてみたくなったのだ。
私は、部屋に足を踏み入れる。
ノノは、せっせとお茶を沸かし、ティーカップに注ぐと小さなテーブルに出した。
テーブルに椅子を付けて、私に座るように勧めるノノ。
「ありがとう……ございます」
「外は寒かったろう。私が帰るのを待っていたのかな?」
ノノは椅子に深く腰掛けて、腰を痛そうにトントンと叩く。
「ええ。以前、アスラが話した件について、事情を聞きに来ました」
私は単刀直入に言った。
こちらの目的は早めに明確にしておきたい。
が、ノノは笑顔を絶やさず、まるで知っていたと言うような笑い声を上げた。
「あはは。いつかまた来ると思っていたよ。ソーニアとのことだね?」
しかし、ノノは以前のように私を邪険に扱うことはせず、むしろ彼の方から話を進めてきた。
この前は、この件に関わるのはやめた方がいいとまで忠告してきたノノがだ。
「え、ええ」
「何か疑っているね? 当ててみようか。この前、ここを訪れた時と、今との私の態度の違いに驚いているね?」
「ま、まぁ、そうです」
ノノは愉快そうに笑い、自分の分のお茶を沸かした。
口髭をお茶に浸しながらも、口に少しずつ流し込んでいる。
「あはは、アスラ君は賢い子だからね。きっとこうすると思ったよ」
「へ、編入生君が、賢い?」
私は耳を疑った。
彼は猪突猛進、唯我独尊。
確かに解放軍と戦っていた時は強い、凄いと思ったけど、先々まで考えを巡らせているタイプではないと思うのだが。
「ああ、彼は聡明だと思うよ。なぜ私がこの件から手を引くように言ったのか、ちゃんと理解していた」
「ど、どういうことですか?」
「まあまあ、落ち着きなさい。もう私はこの件に関わるなとは言わない。危険は去ったからね」
「危険?」
私は聞き返した。
「解放軍のことさ。それにゼフツ=フォンタリウス」
「か、解放軍? ゼフツ=フォンタリウスって……あのフォンタリウス家の?」
な、なぜ、いち老人と、いち孫の仲直りに解放軍、それにフォンタリウス家まで名前が出て来るんろう?
話がまだ見えない。
「そうだ。新聞で大きく記事が載っていただろう? 解放軍の解散と、幹部の一人、ゼフツ=フォンタリウスの投獄。これでもう私たちに手出しできる者はいなくなったワケだ」
私は、先を急かすように、ゼフツの目を見返した。
「いいかい。この件が公になれば、国の機関が大きく揺らぐ。そこには解放軍を動かすゼフツの名前がかなり関係しているんだ。もし、あのまま君らがキーリスコール家の秘密に手を出していれば、ゼフツ、もしくは解放軍の邪魔が入っていただろうね」
そ、それを編入生君は理解していたというの?
あの短時間で?
だから先に解放軍を……あっ、そうか。だから先立つ危機である解放軍とゼフツを潰したのか、編入生君は。
「何か知っている顔だね……?」
ノノは鋭かった。
「は、はい。その……解放軍解散に、アスラが関わっていました……割と大きく」
言って良いことか、いけないことかわからなかったが、話の辻褄が繋がるのなら、問題はないと思った。
「あっははは! 国民はその事を知らないね」
ノノは笑った。
そして言ったことも正しい。その通りだ。
ノノはひとしきり笑うと、椅子に深く座り直した。
「どうもアスラ君絡みの話は面白いね。君、名前はなんだい?」
「ろ、ロイアといいます」
唐突に名前を聞かれ、僅かに言い淀む。
「ロイアさんか。良い名前だね……。さて、ロイアさん。私たちキーリスコール家の秘密を少し話そうか。時間は大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。それじゃあまずは、私が今とは別の仕事をしていた時のことから話そうか……」
そうノノは話を始めた。
ノノの口から紡がれる昔話。解放軍やゼフツとの関係。
これが済めば、ミレディを少しでも元気付けられる、そういう思いで、私は話を聞いた。
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〈怪盗ノームミスト視点〉
この隠し部屋に辿り着いた人物は、余程頭が弱いらしい。
犯罪を犯した人間は、少なくとも三十のミスや痕跡を残すと言うが、こんなの誰が入ったかなんて丸わかりである。
まず部屋の鍵が開いている。
ここ数年、開けられることのなかった部屋の鍵が、あのアスラとか言う胡散臭い使用人が来た直後、このザマ。
入ったのは十中八九、あのアスラ、もしくは彼と一緒に来た二人の少女のどちらか。
が、それもサーシャから聞けば一発。
て言うか、こんな馬鹿なミスを犯すおバカっぽい人物など、この屋敷でただの一人……。
そう、考えるまでもなく、あのアスラとかいう男……!
無論アイツだ。
しかし口止めは早いに越したことはない。
いくらバカでも他言されて実害がないわけではないのだ、いくらバカでも。
軽くシメてビビったところで、屋敷から退出願おう。
サーシャに勝ったようだが、彼女は魔法を使わない……それにこちらには『オリオン』もいる。
負ける要素が見当たらない。
さらに奴にはびっくりするぐらいバカというハンデもある。
勝敗は見えた。
後は実行に移すのみ。
彼の部屋は、使用人の部屋が集まる二階。
隠し部屋のあるフロアだ。
「ほんとにバカだな……」
不用心にも部屋の鍵が開いている。
あの隠し部屋の中を見て、忍び込んだ自分が特定、さらには排除されると予測もつかないのか。もし自分のオツムがここまで悪いと自殺したくなるな。
……。
音もなくアスラの部屋の扉を開ける。
呑気に寝息を立てている。
「ふふっ」
余裕過ぎて笑みがこぼれてしまう。
部屋の中は月の明かりに照らされ、幻想的に薄明るい。が、その月光の中、呑気に寝てるバカ。
景観が台無しだ。
早く排除しないと。
そっとバカの寝るベッドでバカに馬乗りになってから、バカの首元にナイフの刃先をひたと当てる。
「おい、起きろ。バカ」
「誰がバカだ、このヤロー」
ベッド上のバカは、むくりと起き上がった。
しかし妙だ。
声がしたのは背後から……。
まさか——————っ!
「そうさ。お前はハメられたのさ」
後ろを振り向くと、暗がりから二人の人影。
部屋に差し込む月光の下に現れたのは、使用人の黒髪の少女。
そしてもう一人。
「お、お前……アスラ……」
そう、今自分の下で寝転んでいるアスラと、もう一人のアスラ。
「もういいぞ、アルタイル」
不意に背後のアスラが言うと。
バチっ!
目の前のアスラが、青白い弾ける閃光に突如なぞられ、赤毛の少女に姿を変えた。
いや、姿を戻した。
「くっ!」
バッとベットから飛び上がり、背後にいた本物のアスラのさらに後ろに宙で回り込み、扉を取る。
こいつらに、ハメられた……!
だが、オリオンに合流出来さえすれば、まだ何とかなる……!
一番避けたい事態は正体の露呈……。
オリオンの力、『瞬間移動』で消えたように見せ、ノームミストの服を脱いで、後日回収すれば良い。
今の交戦は悪手だ。
まずはこいつらを撒くのが先決。
私は得意な水属性魔法を使った。
「……っ!」
ボウンっ!
一気に部屋の中に、水蒸気がかなりの高密度で充満する。
もはや自分の手さえも見えないほど。
私は素早く扉を開け、廊下に飛び出した。
廊下を全力で走る。
オリオンは私の部屋にいる……!
あいつらは文字通り煙に巻かれて、私を見失っているはず! 今のうちに……!
が、しかし。
バン!
続いて後方で鳴り響く扉の解放音。
「え……」
いくら何でも追ってくるのが早過ぎる……!
背後を盗み見ると、すでに私の数メートル後ろにアスラが迫っていた。
部屋に充満していたはずの水蒸気は、扉からもうもうと溢れていたはずなのに……どうやって一瞬にして打ち消したの……!
こうなったら何が何でもオリオンの所に!
必死に階段を昇り、廊下を駆け抜ける。
辿り着いた自室のドアを乱暴に開け、寝ていたオリオンを叩き起こす。
「起きて! オリオン!」
切迫する状況に反比例するように、ゆったりと起き上がったオリオン。
「むにゃ、どうされたのですか、マスター」
「どこか屋敷の外に……でもなるべく近くに飛ばしてっ!」
バン!
そして続いて訪れた扉を開ける音。
まずい、速すぎる。どんな足してんのよ……ッ!
「早く!」
オリオンを急かす。
が、それと同時に私の腕が掴まれた。
「鬼ごっこは俺の勝ちってことで」
静かに笑うアスラの顔が、冷徹に私を見つめる。
「コイツもグルか?」
そしてオリオンも服を掴まれた。
もうだめだ。
二人とも捕まる。そして何を私達がしていたのか、正体も何もかも全て、この男に暴かれてしまう。
仮面の下で、ぐっと目を強く瞑った。
しかし、アスラが勝利を確信し、表情に余裕が戻り始めた時だった。
シュンッ!
私は瞬間移動させられた。
アスラと一緒に……。




