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第六十八話 屋敷の秘密

〈ロブ視点〉



「サーシャ、どう思う?」

「どうもこうもありません。こんなの……おかし過ぎます」

「そうだな。はっきり言って、異常だな。彼の経歴は」



アスラ君が屋敷に来てから、少しツテのある情報筋に詳しい知人がいて、その者にアスラ君の過去の経歴を調べさせたのだ。


その報告が、今手元に書面として流れて来たのだが、この経歴書にはおかしな点がいくつも存在する。


「まず生まれがどこか不明。名前もアスラだけ。ファミリーネーム不明。幼少時にギルドに冒険者登録する以前と以後の消息も不明。果てには、最近魔法学園に編入するまでの記録が一切ない」


「何者でしょう、彼らは」


「もっと奇妙なのが、アスラ君の助手という二人だ」


「クーシャさんとアルさんですか」


「ああ、あの二人に至っては、経歴書が白紙だ」


「怪しいですね。探りを入れますか?」


「……そうだな。しかし、いずれ探りを入れるにせよ、今は危険だ。慎重に、三人を見極めてからだ」


「わかりました……」



◇◆◇



〈アスラ視点〉


ここのメイドのサーシャを半裸にした後日、俺は掃除を任されていた。

理由は、その手際の良さと、知識や技術によるものだ。


掃除は本来、サーシャが担当していたのだが、俺の清掃方法を見て、掃除全般を任せてくれた。

これはキーリスコールの信頼を得る第一歩だ。

そしてチャンスである。


俺はさらに信頼を得るため、身を粉にして掃除に励んだ。



しかし、屋敷は広かった。

これを今までサーシャ一人でしていたのだとすれば、頭が下がる。


さらにサーシャは炊事と洗濯もこなしていたようだ。

どこにでも超人はいるんだな、と感心した今日この頃。


屋敷は三階建で、応接間や食堂、浴場など生活空間がある。もちろん、かなり大規模に。


吹き抜けの階段を上ると、二階には部屋だらけ。

どうやら二階は使用人の部屋と、屋敷の主ノアの部屋が並んでいるようだ。

書斎や、簡易な研究室もある。


そして三階には、大きなバルコニーと、ノアの娘の部屋があった。

娘はソーニアという。

そして、俺はいくらか接点があった。


魔法学園入学の試験にもなった対抗戦だ。

そこで話す機会があり、お互い名前を知る仲になっている。


このソーニアと、その祖父のノノを仲直りさせるのが、今回の課題だ。



俺は頭を整理しながら、掃除を続けていた。



「ソーニアの部屋か……女子の部屋って躊躇いあるなぁ……まあいいや入ろ」


ばん。



躊躇うなと考えた。

確かに考えたが、女子の部屋という言葉が持つ不思議な力に魅了され、手が勝手にドアを開けたのだ。


ええやんええやん。

入ったれ。


俺の中の欲という化け物が、目を覚ました瞬間だった。


ソーニアの部屋は、うら若き女の子としてはシンプルで、無駄な物がない印象の部屋だ。

本人は留守。

そしてここではナニを物色しても、俺は仕事で掃除をしているという合法性が立つ。


ふは、ふははは。

これが無双状態というやつか。



まずはシックなデザインの絨毯から掃除をし始めた。

以前は部屋の上から下へと掃除をしていたのだが、絨毯を最後に掃除すると埃が一番舞うんじゃないかと考え、絨毯から掃除を始めている。


絨毯の埃をとり、シミを抜き、バルコニーでさらにはたく。

そのまま天日干しにした。


次は天井の埃を落として、本棚、クローゼット、机、ソファの順に、埃を落と、水拭き、乾拭きの三つの工程で掃除した。


当初は物色だ何だと邪な心を伴いがちだったが、掃除を始めると心が洗われる。

クローゼットから生地の薄い布面積の少ない衣類を頂こうなどと思っていた目論見はどこへやら。


そのまま木製の床に落とした埃を箒で集める。

埃をチリトリに入れ、最後は床を雑巾がけだ。


水を汲んだバケツに雑巾をつけ、絞る。

しかしだ。

床を余すところなく隅々まで拭いていると。


「ん?」


床の木製板が、一箇所折れて、床下に落ちそうになっていた。


「こりゃ床板ごと交換した方がいいか?」



雑巾をその場に置き、立ち上がって折れた箇所を睨む。腰に手を当て悩むも、どうすることもできない。


とりあえず残りの床面を拭こうと、掃除に取り掛かろうとした。


そのときだった。



「ロブ? 掃除中?」


少女の声が背後から聞こえた。


しかしそれはサーシャのものでも、アルタイル、ましてやクシャトリアのものでもない。


不意に振り向くと、立っていたのは、見覚えのある顔だった。



「あ、あなた……っ!」


「ま、待て、落ち着いて。別に俺はここで生地の薄い布面積の少ない衣類など漁ってはいないぞ」



俺の言葉を最後まで聞く以前から、その娘の顔はみるみる青ざめていった。


「ご、強盗よっ! それも変態の!」


「じ、自覚はある! だが強盗じゃないんだ!」



何を言っているんだ自分はと混乱しつつも、その混乱がさらに焦りを呼び、収拾がつかなくなってきた事態を感じた。


「て、ていうかあなた、対抗戦にいたアスラとかいう卑怯者!」


「今思い出したのか!」


「私あなたに言っておきたいことがあったの!」


「今ここでか!?」


「ええ、今ここでよ! 無属性魔法しか使えないって落ち込みながらも、努力する姿勢に感心したのに!」



そう、この目の前で喚いている娘はソーニアだ。

この屋敷の主人の娘であり、ノノの孫。



「なのに! あなた私との試合を辞退したわね! それもおじいちゃんと何か関係ありそうだったし! どういうつもりなの! 何とか言いなさいよ!」


「あ、いや、節は大変申し訳なく……って、あれは俺が発熱してたかーーーー」


「ーーーーていうかあなた何でここにいるのよ!? 何で掃除なんかしちゃってるのよ!」



ああ、もう面倒な感じになってきた。

何から話せばいいんだ。


「わかったわ! あなた最近うちに雇われた使用人の一人でしょ! 騙そうったってそうは行かないわ! さしずめ、学園に編入して、うちの家が成り上がりの貴族だからって、他の貴族みたいに、うちを潰そうとしてるんでしょ!」



変なベクトルに頭が働いてしまっているようだ。

せっかく推察してもらったところ申し訳ないが、全然違う。

まず、俺はキーリスコール家という貴族には何の用もない。

あんたとノノが仲良くして、それを証明するような何かをくれれば、それでいいだけなんだ。



「違う違う。学園の奉仕活動の一環でここで働いている」


俺は否定した。


「奉仕活動? あなた何か問題起こしたの? 編入早々?」


「まあそんなところだ」


「やっぱり、何かおかしいわ。おじいちゃんとも関係あるみたいだし、あなた信用できない」



さっきから、やたらとノノのことを目の敵にするソーニア。

仲が悪いのがガセ情報って線を期待していたんだが、どうやらそう上手く事は運ばないらしい。



「おじいちゃんって、ノノのことか? 喧嘩でもしてるのか?」


「そうよ。でも……喧嘩なんて生易しいものじゃないわ……」


急に声がしぼむソーニア。

ノノと仲違いする原因から来るソーニアの感情は、激情よりも、悲しみが先に来ている。

いったい、何があったんだ。


俺の予想より遥かにシビアな理由で仲違いしているようにも見える。

奥が深いぞ、これは……。



「……とにかく、出てって。見たところ……掃除は済んだんでしょ。部屋、とっても綺麗……」



そう評価してくれるのは嬉しいが、しぼんだ感情のまま、悲しみゆえにだろうか、人払いをし始めた。



「ま、待ってくれ。せめて、何の理由でノノと仲違いしているのか、教えてくれ」



俺は食いついた。これはヤケになっていると言ってもいい。

何か悪い予感がしたんだ。

理由など、論理的な根拠などもない、直感というやつだが、これは俺が王都で解放軍と戦う前も、解放軍に潜入しているとき、捕らえられる前にも感じた嫌な予感……。

本能的な俺の何かが、警鐘を鳴らしていた。



ソーニアは、本当なら話したくない。

しかし、俺の訴え、必死さ。それらを目にして、一時的に判断力を鈍らせてくれたように見えた。


本来なら、仲の悪い祖父と、仲良くしている俺も、仲の悪い対象なのだろう。喧嘩などと可愛く済まされる言葉なんてものに収まらない事態であるとソーニアがいう、その仲違いのワケ……そんなものを、どこのだれかもわからぬ、急に屋敷に現れた俺に、普通は言わない。


しかし、後になって思うのだ、この時ばかりは運がよかった。



「……おじいちゃんはね、私のお母さんを殺したの……」


「え……」



ソーニアは、そう言い、ベッドに突っ伏した。

肩を震わせ、泣いてしまっている。


「出てって」



その言葉だけ、俺に投げつけ、閉ざしてしまった。


俺も俺で、そのショックに耐え兼ね、この後何をしたのかをあまり覚えていない。


ノノが、ソーニアのお袋さんを殺しただと?

嘘だろノノ、あの人当たりが良くて親切で、殺しなどと無縁な老けた笑顔を浮かべるアイツが、ソーニアの母親を殺した?


にわかに信じられない。


と、とりあえず報告だ……。

アルタイルとクシャトリアに話そう。


俺はショックと、その衝撃を受けた脳が生み出す脱力感と、これからの不安を引きずり、掃除を終えた。




◇◆◇




「アスラ……だいぶ攻めたな……」


「自覚はある」


「つまり、要約すると、ソーニア様はノノ様がお母様を殺害したために、怒っていると。そういうことですか?」



俺は、ソーニアの部屋での話を、包み隠さずクシャトリアとアルタイルに話した。


自分でも、かなり踏み入ったことを聞いたと思う。

身内の争い、それも祖父が母を殺したなどと身内が死んだ話など、よく俺は聞けたものだ。


「ああ、その通りだ」


俺は辟易とし、頷いた。

こりゃ仲直りなどできない。



「だがその話の通りだと、ノノとやらが処罰を受けていないのはなぜだ? 過去のこととは言え、殺人はご法度だろう?」



「確かに……クシャトリアの言う通りだ」


「ノノ様はお年を召されていらっしゃるのでは? すでに受刑済みということも……」


「た、確かに……アルタイルの言う通りだ」


「アスラ、お前さっきから他の意見に流されすぎだぞ」


「あんな話の後だぞ。ていうか、もしノノがソーニアの母ちゃん殺してんなら、もう仲直りとか不可能じゃない?」


「確かに……」



クシャトリアも、それを認めざるを得ないようだ。

もうこの課題は達成不可能だ、と。

難易度高すぎて笑いさえ込み上げてきた。


が、そこで頭を働かせたのは、アルタイルだった。



「そもそも、本当にノノ様はソーニア様のお母様を殺害したのでしょうか?」



「「あ……」」


そうだ、ソーニアの母親は死んだが、それがノノによる殺害じゃないのだとしたら?


そう考えると、まだ手はある。

解決への糸口だ。

針穴のようなごく僅かな糸口……。


アルタイルの言葉にすがるしかなかった。



「さすがアルタイルだ」


「恐れ入ります」


「それよりアスラ」


アルタイルを賞賛しているところに、クシャトリアが口を挟んだ。


なんだ? クシャトリアそっちのけでアルタイルを褒めていたのがそんなに悔しいのか?

俺に褒めてほしいのか?

嫉妬しているのか?

可愛いやつよ。


「わかってる、よくわかっているさ。クシャトリアも俺に褒めてほしいんだろう? ほら、なでなでしてやーーーー」


ーーーードスっ!


「ごっはっ!」



腹部への唐突な衝撃。

そのあまりの強さに体をくの字にして、床と平行に飛ぶ。

三メートルほど先で、転がった。



「誰が撫でてほしいなどと言った? バカバカしい。私がいいたいのは、あの娘の部屋の床板の破損を修理しなくていいのかということだ」


「あ」



すっかり忘れていた。

ソーニアの話で、頭から色々と抜け落ちている。


ソーニアの部屋を掃除していたとき、床板が一部割れているのに気がついたんだった。



「修理してきまーす」



クシャトリアとアルタイルがため息を吐く空気を背に感じながら、俺は早足にその場を去った。




◇◆◇



夕食の準備をしていたサーシャに、木材の在庫有無と、木材置き場の位置を聞いた。


木材置き場は、屋敷の裏の小屋の中にあった。

小屋は家畜小屋のような風体で、屋敷の外壁に沿うように横長に佇んでおり、藁の屋根などが、味がある……ま、ぶっちゃけボロ小屋だよね。


そこには暖炉用の木や釜炊き用の木などが並んでいた。

その中に、小屋の壁に立てかけられるように置かれている、長細い木の板を見つける。



「こいつでいいか」



同じく、その小屋の中にあったノコギリや釘、トンカチなど工具類も拾った。

その場で適度な大きさに木の板をノコギリで切り、形を整える。

表面はヤスリでサッと流してから、ささくれなどを落としていく。


「こんなもんかな……」



適度に整ったら、木材だけ抱えて屋敷に戻った。

ソーニアの部屋に再度戻り、ノックをする。


まだ……落ち込んでいるかな。

入るなと言われるのを半ば覚悟したが、返ってきた返事は無言だった。



もう一度。

こんこん。


ノックをした。


「そ、ソーニア、俺だけど。アスラ。今度は話じゃなくて、床を直させてほしいんだけど……」


が、やはり室内からの返事はない。


「いないのかー、入るぞー」



先程の掃除の際も、半ば勢いで入室したのだ。もう俺に迷いなどない。


ばん。


扉を開けると、やはり中には誰もいなかった。

さっきまでソーニアが突っ伏していたベッド上の布団が、若干乱れている。


布団の匂いを嗅いでから、乱れた布団を整えておいた。


「……」



やっぱもう一度嗅ぐ。


女子ってどうしてこんないい匂いするんだろう……。


女の子の部屋としては、質素な気はするものの、シックなデザインで統一されてて、むしろ男の俺としては好感が持てる部屋で、趣もある。


しかし匂いはやはり女子……っ!


スンスンスンスンスンスン……。


ひとしきり気が済むまで匂いを嗅ぐと、俺は再度布団を整えて、床板の修理に取り掛かる。


部屋の隅にある割れて取れかかっている部分。

もう一度そこを確認する。


グラグラとして、今にも床下に落ちてしまいそうな床板。

何らかの衝撃に耐え切れず、割れたのだろうか?

それともただ単に老朽によるものか?


グラグラと割れ目を確認しようと、床板の割れた部分を触っていると。



ばきっ!


「あ、いっけね」



割れた床板を、へし折り、床下に落としてしまった。


コォン……。


「ん?」



床下に落ちた、折れた床板が変な音を立てた。

まるで、金属の入れ物に当たったときのような、金属質の反響音。


今は仕えている主人の娘の部屋の一部を破壊したことよりも、そっちに好奇心が向いてしまった。


折れた床板の穴から、床下を除いてみる。



「鎧……? 何だ、この空間」


ソーニアの部屋の下には、どうやら隠し部屋のような空間が存在するようなのだ。



「どうやってあの部屋に入るんだ?」


そこからオートで隠し部屋への侵入方法に頭が働いてしまう。

我が好奇心よ、なぜそう昂ぶる……。


しかし屋敷の構造的に、このに一部屋設けようとしたら、下階の一室の面積を消費する必要があるはず。


この部屋の下、つまり二階にある部屋は……誰の部屋だ?


「いや、待てよ。待て待て待て……待てよ」



確か、今日掃除したとき、二階には鍵がかかった部屋がいくつかあったはず。


そのうちの一つが、ソーニアの部屋の下にあるのだとすれば、その施錠された二階の部屋が、この隠し部屋への入り口……いや、それなら隠し部屋とは呼ばないな。


まあいい。


鍵くらいなら、俺の金属操作のまほでどうにでもなる。


俺は好奇心に突き動かされ、二階へと向かった。



修理用に持ってきた木材を、ソーニアの部屋に置いたままで……。






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