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第六十七話 屋敷のおしごと

すみません、短めです。

〈アスラ視点〉


サーシャというメイドが、ククリナイフで乱撃を仕掛けてからは、俺も無我夢中だった。

隠れるところを探し、何とか手早く戦闘を終結させたかったのだ。

結果として、何とか押し倒して、サーシャを無力化することができた。


「……っ、こんな子供に……」



サーシャは恨めし気に俺を睨んだ。

俺に下着姿で押し倒され、涙目になりながらそういうことは言うんじゃない。

余計に俺の欲が沸き立つだけだ。

嗜虐心が盛りを見せてしまうじゃないか。


「やっぱり……」


代わりにアルタイルは、サーシャに嘆息した。

だから言ったじゃたいか、と。

戦闘を一つや二つこなしたことがあるメイドが一丁前に俺に挑むなどと片腹いたい。

わざわざストリップしに来たのか?


「そこまで、言っていません、マス……アスラ……」



あ、いっけね。アルタイルの能力ですでに俺の思考すらコピーされているのだった。

ほぼ考えは筒抜けだ。



「ははは、大変結構。アスラ君、君の腕は確かなようだね」



監督していた執事のロブが愉快に手を叩く。

そう言いながら彼が来ていた燕尾服をサーシャの肩にかけるあたり、真摯な性格が窺える。


「どうかな? アスラ君さえ良ければ、このまま私ともう一戦……というのは」



えー。

もういいじゃん。さっきメイドと手合わせするだけでいいって言ってたじゃん。

往生際が悪い大人は、子供から見ると大層醜いものだと知った。



……と思ったが、何やらロブの表情を見るに、裏がありそうな笑みだった。

解放軍の面々が時折見せる、あの不気味な表情に似ていたのだ。

何事も経験だな。



「いいえ。随分と疲れたので、またの機会にお願いします」



裏がある話には乗らない。

俺の惰性が生んだ信条である。


「疲れたようには見えないんだけどね……まあいい。また今度お願いするとしよう。それでは。さっそくだが仕事を覚えていこうか。屋敷に戻ろう」



薄い笑みは崩さず、あくまで快く俺の意思を受け止めている。

しかし言葉に含みがある。何かしら思うところはロブにもある証拠。

俺とアルタイル、クシャトリアは促されるままに、屋敷に戻った。




◇◆◇



「まずはお掃除を覚えて下さい」


「着替えたんですね」


「……お掃除と言っても、やろうと思えばいくらでもできます」


「さっきと少しだけデザインが違いますね」


「…………まずは自分なりに工夫してやってみてください」


「……はい」



真面目にするのは苦手だ。

集中力が持たない。それに着替えたメイド服や下着が気になる。

サーシャの第一印象はストリッパーなイメージが強い。本人に言ったら絶対殺されるだろうが、その印象が俺の脳裏に焼き付いてしまっている。



それにこういうお堅い感じも慣れないんだよなぁ。

もっとこう……ラフに、フレンドリーに、グダグダで行きたいんだよ、俺としては。



しかし今の目標はこの屋敷の主ノアの娘であるソーニアと、ソーニアの祖父にあたるノノの仲介。

そのためには、この屋敷である程度の足場を築きつつ、ソーニアの信頼を得なければならない。

そのために、まずは使用人としての土台を整えないと。


俺は平に、サーシャに従った。

手近な窓を拭く。

まずは上部から。汚れを下に落としていくイメージで窓を雑巾で磨く。


「くそう、なんで俺がこんなことを……」


「独り言が聴こえていますよ」


ちっ、呟いたつもりがアッサリとサーシャに聞き取られていた。

こういうところでボロを出してしまうあたり、まだまだ甘いんだろうと、自分を戒める。



「そう言えば、助手として連れてきた二人はどこです? あなたを半裸にしてからは見ていませんが」


「〜〜〜〜ッ!」


サーシャは声にならない唸りを喉で鳴らす。それに伴い眉がピクついた。

こういった嫌味を俺に言わせると天下一品である。

しかしさっきから俺は何がしたいのだろうか。サーシャをからかっては窓を吹き、目標を見失っている。



「……アルさんとクーシャさんですね。あの二人でしたら、ロブのところで指導を受けています……」


しかし出来たメイドである。

努めて怒りを抑え込み、平常と何ら変わりない抑揚のない声で答えて見せたのだ。


アルは、アルタイル。クーシャは、クシャトリア。偽名……うおっほんうおっほん、もとい渾名でこの屋敷においては通すつもりだ。


その二人は、メイドという立場で、執事のロブに指導されている。兼務として屋敷の用心棒も担っているが、平時は使用人だ。


その中で、ソーニアの内情を聞き出すに至るには、まだまだ長い道のりが続いている。

何か、何か一足飛びにことを運べないものか。


このままではソーニアとの接触に時間を要し、今の立ち位置からソーニアの信頼を得る立場になるまで時間をさらに要し、その上ノノと仲良くさせるに至るまで、また時間を要す。


これでは先が思いやられる。


俺は現状の打破を、目下目論み、無心で掃除を続けた。


「意外と手際が良いですね。それに、絨毯のシミ抜きも見事です……。初めて見る手法ですが……どこかで経験が?」



窓拭きを終え、家具の埃を取り、絨毯のシミ抜きをしていると、サーシャが箒で床を掃く手を止めた。


「ええ、過去に何度か」


嘘じゃない。

前世を過去と呼んで良いのなら、間違いはない。


高校で年に何度かある大掃除のときかな……校長室の絨毯をよく掃除させられたものだ。

俺の学業に関係ない箇所をよくもまあ掃除させると辟易としたのを覚えている。



「やはりそうでしたか。そのシミは、いかにして取り除いたのですか?」



サーシャは初めて見せるような、感心の表情を見せた。


絨毯にあったシミは、簡単に取れる水性の汚れだった。


シミがこれ以上広がらないよう、乾いた雑巾で押さえ、ある程度固まった汚れを始めに取る。


中性洗剤があれば一番良いのだが、こんな魔法にしか特化していない文明の世界に期待しても、洗剤は出ないため、衣類を洗う石鹸を少し水に溶かしたものを、別の雑巾につけて、汚れを溶かして浮かせる。


そしてさらに別の雑巾で水拭きし、泡と汚れを完全に拭き取ったら、最初の雑巾の汚れていない部分で乾拭き。


シミ抜きはざっとこの手順で、ある程度の汚れは取れる。


この世界には、洗濯と体を洗う以外に、石鹸の用途が確立されていないことが、屋敷にあるような巨大な絨毯を洗濯に含めるという選択肢をなくしている。

そこがキモだ。


しかし地球の現代社会の知恵を持ってすれば、そんなことは死角でも何でもない。



「なるほど……石鹸ですか……盲点でした」



俺が手順をサーシャに伝え、使っていた石鹸を手渡す。サーシャは、石鹸をまじまじと見ながら呟いた。


そして、石鹸を俺の手元に返してくる。


「少し、休憩を挟みましょうか」



サーシャは、口元を僅かに緩める。

さっと集めた埃をチリトリに移し、箒も持って、掃除していた屋敷の一室をさっさと出て行ってしまった。


「なんだ……」



少しは認められたというところだろうか。

反応が微妙すぎて、こっちがどう対応すればいいのか困る。

思わず独り言ちてしまった。


しかし今はサーシャについていく他にすることも見当たらず、俺は雑巾と石鹸を片し、サーシャの後を追った。



サーシャは、応接室に俺を導いた。


応接室は、俺とアルタイル、クシャトリアが屋敷の中に通された際、一番最初に入った部屋だ。

ここで、屋敷の主であるノア=キーリスコールと面談をした。



俺がサーシャに連れられ戻った時には、しかしその部屋はロブがアルタイルとクシャトリアの指導に使っていた。



「ほら、クーシャ君、何度言えばわかるんだ。もっと背中を伸ばして頭を下げるんだ」


「ネチネチと細かい老人だ。お辞儀のことより棺の注文を急いだ方がいい」


「……面白いことを言うね、クーシャ君。君の取り柄がようやく一つ見つかったぞ。ウィットに富んでいる」


「モウロクした頭と老眼では、その程度しか見抜けないとはな。痴呆も近いぞ」


「き、きき、君は仕事をする気はあるのかな?」


「おや、言語障害も見られるな。呂律が変だ」



いや、クシャトリア、それはロブが怒りに耐えかねて言葉を口から取りこぼしているだけだ。


頼むからクライアントをそれ以上なじるのはやめろ。


俺が応接室に戻って見た光景は、この通りだ。



「ア、アル君はこんなに出来が良いというのに、何だ君はやる気があるのか? んん?」



アル、もとい、アルタイルは背筋をピンと伸ばし、落ち着いた優雅な佇まいで、両手を体の前で重ねて直立不動。


察するに、ロブの指導が一発で身についたと見える。


しかしロブはアルタイルと、出来の悪いクシャトリアを比較してしまうのだ。

これでわかったろう?

月とスッポンだ。


「クシャト……クーシャ、お前ちょっと来い」



半眼で睨みながら呼び寄せた。

ぶすっとした不満げな顔で、腕を組みながらこちらに来るクシャトリア。

メイド服を着ているあたり、やる気があるのかないのかはっきりしない奴だ。


「何かご用でしょうか、ご主人様」


「あのなクシャ……クーシャ。からかうのも大概にしろよ」



何でロブの指導は寝耳に水のくせに、俺に対してはこうも完璧なお辞儀をするんだ。

当てつけか。

ロブに対する当てつけか。


「腐ってもクライアント側の人間だ。媚び売っとけ」


「貴様らが私を置いて課題とやらに取り組んでいたことを忘れていないだろうな?」


「おい……一応言っておくけど、聞こえてるよアスラ君」



ち、ロブの遠慮気味な呼び掛けはともかくとして、クシャトリアのやつ、まだそんなこと根に持っているのか……。


仕方ないだろう、解放軍の一件は急を要したし、あの時は仕方なかった。



「仕方ないだろう? お前寝てたんだし」


「私はお前の契約精霊だぞ? 何を他の人工精霊まで連れてるんだ?」



ん?

あれ、ひょっとしてコイツ……。


俺が、ある一つの推測に行き着いた時だった。

俺の思考を完全にコピーしているアルタイルが、俺の発言を追い越して、先に口を開いた。



「クーシャ、私に嫉妬しているのですか?」


「……殺す!」


「ま、待て待て待って待って!」



コイツらが争ったらこの屋敷を破壊しかねない。

最強クラスの身体強化を持つクシャトリアと、俺の魔法や魔力を完全に再現できるアルタイル。


屋敷の跡が残ればまだ良い方なくらいだ。



「目的を見失うな。今はこの屋敷の一員になるのが先決だ。その話はまたするから」


俺が諌めるも、クシャトリアは不機嫌そうな表情のままだ。

今は何を言ってもわかってくれそうにない。

なぜ契約精霊にホストである俺が気を使わにゃならんのだ……。



「すみません。コイツにはちゃんと言っときますんで」


俺からロブに謝っておく。

まるで出来ない後輩を持った社会人。

ロブは得意先といったところだ。


「はぁ、まあいい。しかし、くれぐれも、ノア様にご無礼のないようにね」


俺の視界の端で、クシャトリアが不満げに腕を組む姿が見える。

誰のせいだ、誰の。



「はい、それについては重々と……」


気がつけば、自分は日本人特有の腰の低さを発揮してへりくだっていた。

まだ元の世界のクセが抜けていないとは。


この屋敷の主であるノアには、くれぐれも。

クシャトリアにはしっかり頭に置いといてもらわないとな。



「……そう言えば、ノア……様はどういったお仕事を?」


興味本位で、ロブに聞いてみる。

全然気にしたこともないせいで、全く知らない。

しかし、答えたのはロブではなかった。



「アスラさ……アスラ、ノア=キーリスコール様は、『精霊還元装置』を生み出した研究者であり、貴族身分に昇格した理由も、その装置が国に認められて貴族称号を得たためにあります。装置は未完成ですが、完成も近いとのことで、最近は慌ただしくされているらしいです」



ロブは感心したような溜息をついた。

なぜお前が知っている?

俺も時事にはついていけるように、しているつもりではあったが……。


「今、ノア様は王都の魔法研究所にお勤めされている。今日は休暇を取って、屋敷でお休みになっているんだよ」



さらに、ロブは笑顔で付け足した。

魔法研究所と言えば、王都で俺が解放軍に潜入している時に、怪盗ノームミストが忍び込もうとしていた所の近くだ。

確か、過去にノームミストは研究所から資料を盗んでいると噂されていたが。


ノアはノームミストと、何か関わりがあるのか?

ノアがノームミストだったりしてな。


リッチな人間が刺激を求めて何者かに扮するのは、よくあることだ。

例えば……例えば、バットマンとか。

いやぁ、あのアメコミが映画になったときはワクワクしたね。

バットマンの他には……例えば……例えば……まぁともかくバットマンだよ。

バットマンなんだよ。


「アスラ、何を考えているんですか?」



アルタイルが俺の思考を読み、何気に辟易としている。

ふん、この世界の連中にバットマンのかっこよさをわかってもらおうなどと思っちゃいないさ。


「いや別に……と、ともかく、やっぱりノア様はすごいお方なんですね」


「そうだね。しかしそれ以上にノア様は忙しい。それを頭に置いて、業務に励んでくれ」



俺とアルタイルは、はい、と返事をする。


「クーシャ君も、いいね?」


「……ああ、承知した」



少しは……少しは乗り気になってくれたかな。クシャトリアのやつ。


俺たちは、短い会話をした後、再び仕事にもどった。








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