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第六十六話 テスト その二

少し短めです。

〈ロブ視点〉



我が屋敷で、主人の警護、家事の仕事を初めて仰せつかったのは私である。


屋敷の仕事に就く者には、試験を、それに合格出来なかった者には、厳しい訓練と教育を行ってきた。


しかしやはり人間は弱い。


試験とは、すでに屋敷に仕えている者と対戦するものなのだが、殺し合えと言っているのではない。

簡単な戦いをしてほしいだけなのだ。それだけで、実力や仕事に対する情熱、様々なことがわかる。


少し対戦するだけだ。

それで色んな情報か得られるのだから、安いものじゃないか?


しかし今時の冒険者ときたら、やれ勝てないだとか、やれ辛いだとか、簡単に弱音を吐く。


別に勝てなくてもいい。むしろ、誰も勝てるとは思っていない。


勝てない場合は戦闘に関する訓練をするだけだ。もし訓練についてこれずとも、見捨てたりは決してしない。


だと言うのに、だと言うのに、対戦や訓練で、これまで逃げ帰らなかったのはサーシャだけだ。

実に悲しい現実だ。


気合いの入った冒険者が、一人もいない。


彼らは冒険者はビジネスだと言う。

それはわかる。正論だ。

しかし、仕事上必要な訓練なのだ。受けておいて損はないはずだ。


そのための、多額報酬なのだ。

キーリスコール家が貴族になって以来、そういった方法で護衛を依頼しては冒険者が逃げ帰る。そういう日々が続いている。



それが現実だというのに、とうとう子供まで来るようになったのか……。


アスラというこの少年、アルという少女とあと一人黒髪の少女、おそらく友人か何かなのだろうが、それらを率いてやってきたかと思うと、実に生意気な態度だ。


主人にさえ敬意を払えばいいというものではない。

ここで教えるのは、世の中での生き方だ。

このアスラという少年だけは、サーシャに負けるのは目に見えているのだが、負けて訓練を受けたとしても、泣き言など許さん。逃げ帰ることも許すまい。


アルという少女も、随分とアスラ君を買っているようだが、サーシャは私が手塩にかけて育てた人材だ。

アスラ君にも負けないだろうと、信じている。

彼女だけは、訓練からも逃げ出さなかった。


そのおかげで、主人の衣食住の補佐、警護、戦闘、それら全てにおいて超一流。

それに勝とうなどと片腹痛い。


見ものだな。

何分、いや、何秒アスラ君がもつか……。


「始め」



自分でも大人気ないことを考えるものだと、つくづく思った。


ほら、さっそくサーシャが姿を消した。

アスラ君はすでにサーシャを見失っている。

これは実戦形式だ。


実際に屋敷に賊が攻め込む場合、戦闘になるとすれば、この屋敷周囲の森。

必ず多対一で、こちらが不利になる。

如何なる時も姿を敵に見せてはならない。


その訓練を嫌という程サーシャに施したのだ。

森はサーシャの庭。

もうアスラ君はサーシャの手の上で踊らされてるだけに過ぎない。



アスラ君は立ち尽くす。


目を閉じているようだ。

降参か? 諦めたか?

その姿は隙だらけだった。


隙だらけの、はずだったのだ……。


サーシャがアスラ君の背後に回ったそのとき。


迷わずサーシャの隠れた木の陰を振り向くアスラ君。



こ、これは……。


すかさず、アスラ君は鎖鎌の鎖をブンと振り回したかと思うと、サーシャの隠れた木に鎖を思いっきり当て、その反動と遠心力、慣性で鎖と分銅は木の周りを瞬時に回り、木をぐるぐる巻きにした。


「……っし!」



アスラ君がガッツポーズをする。


見たところ、アスラ君はかなり鎖鎌の扱いに慣れているようだった。

中級剣士……いや、上級剣士の腕はありそうだ。


この木々が乱立する森で鎖鎌を振り回して、他の木には干渉せず、サーシャの隠れている木だけに、狙った通り鎖を巻きつけるなど、そうそうできることではない。



アスラ君の喜び、サーシャを捕らえた感触が鎖を伝ってわかるのだ。


私は目を疑った。

そんなに簡単にサーシャが?

手塩にかけて育てた完全無欠のメイド。


アスラ君が木の裏を見に行く足に、思わず私もつられた。


木の裏には鎖に巻きつかれたメイド服が見える。


私の目には鎖によって木に縛り付けられたサーシャの姿が浮かんだ……。


が、そのとき。



「っ! くそっ!」


アスラ君の苦し紛れの声が聞こえる。


目を(しばたた)かせると、アスラ君に馬乗りになった、下着姿のサーシャがいた。


服を捕らえられたが、服を脱ぎ捨てて木の上に隠れたのだ。

部下ながら素晴らしい身のこなし。

それでこそ、与えられた任務、仕事を完璧にこなすメイドである。


アスラ君は今にもククリナイフがサーシャによって振り下ろされそうになっている。


そう、まさしく、ナイフがアスラ君の喉元目掛けて振り下ろされる五秒前で、降参をしても良い頃合いのはずなのだが、なぜか彼はサーシャの下着姿に頬を赤らめていた。


「なっ、な、なんっ!?」


「あほアスラ……」



アスラ君の狼狽に、アスラ君の助手である黒髪の少女がジト目を送る。


この死の瀬戸際で、欲情するのか!? 彼は!?


ギンッ!



しかし振り下ろされたククリナイフの刃を、鎖鎌の鎌部分で受け止めたアスラ君。


が、サーシャは武器を持ってない方の手で、アスラ君の鎌を持った手を押さえつけ、鎌を無効化した。


「くっ……」


アスラ君は歯噛みする。


そして、ついにトドメに入った。

あっという間に、ククリナイフの刃が振り下ろされる。


かと思った時。


「ひゃあっ」


振り下ろされたかと思った刃は空を切り、代わりにサーシャがアスラ君から飛び退いた。


アスラ君は地面に転がったまま、動かない。

肩で苦しそうに息をし始める。


そしてサーシャはというと、今まで堂々とアスラ君に馬乗りしていた肢体を、細い腕の狭い面積で、何とか隠そうとしていた。


私は見た。


見てしまったのだ。


いや、男として目に嫌でも入っていたのだ。

アスラ君のどうしようもなく男の部分が、起き上がり、下着の布越しに、サーシャを押し上げたのだ。


ぬかった。

完全に策不足である。

サーシャにソッチの方の訓練は、全く施してはいない……!


その証拠に、サーシャは火を見るよりも明らかに取り乱し、顔を真っ赤にしている。


「エロアスラ……」



またしても、黒髪の少女がアスラ君にジト目を向けた。



「あ、ああっ、あなたっ!」


サーシャは木の陰に身を隠し、アスラ君からは木の陰から覗いたサーシャの顔しか見えない状態になっている。


サーシャの叫びをきっかけに、アスラ君は跳ね起き、立ち上がる。


「真剣勝負の合間に、何欲情しているのですかっ! し、しし、しかも私にそのような汚らしいものを……!」



サーシャは訴える。

しかし、それは男としては仕方のないもの。

それがわかる私だからこそ、サーシャに加勢できないでいた。


すまん……サーシャ……!



「かっ、覚悟………!」


ついには涙目になってナイフを構えるサーシャ。

アスラ君も自覚はあるのか、ただただ焦りを見せるばかり。


「す、すまない。君の下着姿があまりにも魅力的でって、おわぁっ!」



ビュンと風を切る音を立てながら、アスラ君をかすめたククリナイフの刃。

サーシャが思いっきり振りかぶった刃だ。

そこには怒りや羞恥も刻まれている。


さらに連撃を繰り出すサーシャ。


しかし、それをすんでのところで、次々と躱していくアスラ君。


まるで事前に予期したかのように、刃の軌跡を避けて後退する。

が、アスラ君はついに背中が木に行き当たり、これ以上後退できなくなった。


「この色情狂っ!」



トドメとばかりに勢いよく踏み込み、ククリナイフをアスラ君に振るうサーシャ。

この対戦の目的は相手を気絶させることにあるのだが、それでは本当に死んでしまうというところまで、サーシャは考えているのだろうか。


しかし、サーシャの刃は木に突き立てられるだけだった。

アスラ君は急激にしゃがみ込み、それを避けたのだ。

サーシャの視界から消えた隙をついて、アスラ君は姿を森にくらませた。



……あの動き……プロだな。

もう疑いようはない。アスラ君はただの子供ではないのだ。

サーシャの猛撃を次々と避ける反射神経。とっさの判断力。それに経験。

サーシャに負けず劣らず、きっと私にも引けは取らないだろう。


華麗に刃を交わし、サーシャの動きを見極める。

サーシャの下着姿以外、ちっとも惑わぬその表情。

冷静沈着な回避行動。

そして気配の消し方……。


どれ一つを取っても、あの年の子供には滅多に備わることのない戦闘行動である。


これは、この戦闘は、彼にとっては舞台も同然なのだ。

サーシャも、彼を引き立たせるためのスポットライトに過ぎない。

まるでナイフで攻めているサーシャが、アスラ君のステップに歩を合わせているようだった。

言うならば、サーシャがダンスのレッスンをアスラ君につけられているような、そんな力関係にさえ見えた。



サーシャは姿を消したアスラ君に戸惑う。

あの一瞬で姿を消したアスラ君の素早さにも舌を巻いているように見えた。


さっき、サーシャがアスラ君を陥れた状況を、まんまとアスラ君に作り出されたのだ。



私自身、アスラ君の姿を目で追い切れず、彼を見失った。



と、サーシャがアスラ君への警戒心を最大に高めたとき、勝敗は決まった。



どこからともなく、木の陰からメイド服が飛んできた。

が、それは目くらましだ。

また別方向から本命の攻撃が来るはず。


サーシャもそう思ったのだろう、まるで刃物のような鋭い腕の動きで、メイド服を叩き落とした。


瞬間に。


目を見開いた……と同時に、サーシャはアスラ君に押し倒され、いつの間にか奪われたナイフを喉元に向けられていた……。


まさに瞬殺。

圧巻とも言えよう。


サーシャ目掛けて放り投げられたメイド服の陰に身を隠し、サーシャに接近したのだ。


しかしそんなことも知らずにサーシャがメイド服を叩き落とした直後、アスラ君が現れ、彼女を倒した、という流れだった。


「ま、参りました……」



大層悔しそうに地面に横たわるサーシャ。

アスラ君はそれを聞き届けると、急いでメイド服を拾い、サーシャに渡す。



「あり、ありがとう……ございます……」


納得できないと、サーシャの顔に書いてある。


なぜこんな子供に?

自分が今まで研鑽した技が一切通じない?

それどころか、自分が得意とする森での野戦で、さらに自分を上回る手法や技術を用いて、足元をすくわれたのだ。



アスラ君は、彼は、いったい……。



少し、調べる必要がありそうだ。






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