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第六十一話 クワトロとゼクス

〈アスラ視点〉



「本当にこれでよかったのか、ですか?」

「思考読むな」


しかしアルタイルの言う通り、本当にこれでいいのか? 苛立ちに任せイヴァンをそのまま馬車に残してきた。間も無くして馬車の御者が戻ってきて、大慌てだった。しかしとりあえずイヴァンとアインスだけでも牢に運ぼうと必死になっているのを見届け、俺はクワトロとゼクスを連れて立ち去ったのだ。



いや、よかったんだ。

無実の罪に等しい濡れ衣を着せられるよりか、この逃走劇の方がクワトロとゼクスは報われるはず。

しかし問題はこれからのクワトロとゼクスの所在だ。どこに身を置き、どう暮らすか。

見たところ、日本の感覚で言うと中学生そこらの二人。俺もこの世界では十四歳とお子ちゃまだが、二人はもっと幼く見える。

はっきり言って、二人だけで上手く暮らしていけるとは限らない。

いや、無理なんじゃないかとすら思えてきた。



「ありがとう、トゥエルヴ。助けに来てくれて」


が、クワトロがそんなことを言い出した。

以前はエクストリミスの薬の作用で大人の姿になって接していた。しかし今はほぼ同じ目線。

何だか照れる……なんてことはさて置き。


そう言ってくれるだけで救われる。

ありがとう、と。

二人を、仲間だったよしみという理由だけで助けてよかったものか。これからの二人の生活を保証してやれないのに、助けてよかった。

いろいろ迷っていた出口のない思考の迷路に光りが差した心地だ。



「俺はトゥエルヴではないと言っているだろうに」


俺の流れるような嘘、もとい作戦。


「ううん、トゥエルヴよ」

「そんな男は知らん」


「あ」


ダウト。

自分で勝手に墓穴を掘った。


「なんでトゥエルヴが男だって知ってるの? それにトゥエルヴがコードネームだってことも言ってないのに知ってたし」


「じゃあ背が縮んだことはどう説明がつく?」


「背が縮んだって言ってる時点でトゥエルヴよね」



うぐ……。

なんて賢しい女だ。これで今後の生活も任せられる……なんて冗談はさて置きだ。


これからどうするか、どうしたいか、どうサポートするか、相談しなくてはならない。


そのためには、『トゥエルヴ』と『アスラ』の関係の説明を欠いてはかえって説明しづらいか……?

必要最小限のことを伝えよう。


俺が潜入任務で、『トゥエルヴ』に身を窶していたこと。

俺が解放軍がどんなものか知っていたということ。

俺の後ろ盾としてギルドや騎士隊があること。


それぐらいか……?

ギルドや騎士隊の存在は大きい。今後の生活を保証する俺の意図が伝わるかも知れない。


『身を窶していた』という言葉は良くなかった。

クワトロやゼクスを貶める表現になったことは、謝っておいた方が良さそうだ。


今魔法学園にいるということも……いつでも相談に来てほしい、という意味で居場所を言った。その情報を悪用する二人でもあるまい。



「そんなことが……」


クワトロはどこか遠い目をするように、空を仰ぎ見た。空は青い。

俺とアルタイル、そしてクワトロとゼクスはウィラメッカスに向かっていた。

解放軍なくしては、クワトロとゼクスの帰る場所がない。ともすれば、俺がウィラメッカスに帰るのだから、今はそれについて行くしかない二人は、ウィラメッカスに着いたらの様子を見ながら生活をを始める。そういう手順でも問題はないと思うのだ。


ウィラメッカスには俺もいる。力にはなってやれるさ。


「ああ、騙すようで悪かった……」


「いえ、トゥエルヴがいなければ僕たちが解放軍の食い物にされていました」


そう言ってくれるのは、ゼクス。

馬車に乗るまでに手荒く扱わられていたのか、眼鏡のレンズにヒビが入っている。


「本当に解放されるべきは、解放軍……皮肉ですね、マスター」


これまでしばらく黙っていたアルタイルが、解放軍の名と在り方の矛盾を言う。


「ああ、そうだな……」


だが、これでクワトロとゼクスの家は失われた。何かと暮らすに事困らないように手配しないと。


「そう思い詰めなくとも大丈夫ですよ、マスター」

「どこがだよ、二人は職もない家もない金もない更には身分すらないんだぞ」

「それがどうしたのです。あなたならそんな子細な事モノともしないはず。私のマスターなのですから」


心強いことを言ってくれるアルタイル。

こいつは俺の思考を読むことができる。それはこの上ない理解者だ。相談するには持って来い。

だからこそ、彼女の言葉はいつも響く。


「トゥエルヴ、そんなに悩まなくても私たちは大丈夫よ」


クワトロが気丈にも、そう言う。


「何度も言うが俺はトゥエルヴじゃない。アスラだ」

「僕たちにとっては、リーダーのトゥエルヴですよ」


ゼクスはヒビの入った眼鏡のせいか、見えにくそうに目をしかめて話す。


「そうよ、トゥエルヴ。私たちに名前はないの。クワトロとゼクス。生まれも育ちもわかんないわ。あなたはギルドと騎士隊の任務だったかもしれないけど、あの時のあなたは確かに私たちのリーダーだったの。憧れだったの。目標だったの。あなたにはそんなトゥエルヴのままでいてほしいの」


「トゥエルヴの全部が、潜入のための嘘じゃない……ですよね?」


クワトロの真剣な訴え。

ゼクスの弱気な問い掛け。

その全てが否定できるものではなかった。


確かに、トゥエルヴという身分に身を置いたとは言え、人となりは俺に違いなかった。少なくとも、クワトロとゼクスの前では素でいた時間は短くない。


「ああ。わかった。お前たちの言うように、潜入のときの俺は繕ったりしてない。ゼクスの作る鎧にも興味はあるし、クワトロの慈善活動も応援している……」


と、そこまで言って、思い至った。

待てよ。こいつら、それぞれ得意な分野では抜きん出て成果や技術を発揮していたな……。

しばし首を捻る。

どうしたものか。


「覚えてくれたのね……」


クワトロが微笑む。

そうだ、クワトロは人の役に立つのが好きだったはず。それを活かす手はないか。


「僕も、また鎧を作りたいです」


ゼクスの作った解放軍の鎧のレプリカの完成度は達人のそれだった。

きっと独学で作り方を身に付け、モノにしたのだろう。いい腕だった。俺が鎧の使用者だったのだから、間違いない感想だ。



「なにか、悪だくみでも?」


アルタイルが、俺の思考を読む。


「ああ、わかるか?」


俺はアルタイルに悪い笑みを向け、アルタイルは肩をすくめる。




✳︎✳︎✳︎✳︎




ウィラメッカスに戻った俺は、真っ先にギルドへ向かった。クワトロとゼクスを連れてだ。

今回のイヴァンが二重スパイだったこと、その場の判断でイヴァンを檻に入れたままにして来たこと、それぞれ事情を伝えるつもりだ。


そして目的はもうひとつ……。


「えっ⁉︎ この子をギルドで雇ってほしいっ⁉︎」

「ああ、クワトロって言うんだ。ほら、クワトロ」


「あ、あの……宜しくお願いします」


緊張気味に腰を折るクワトロ。


俺はヴィトナに、ギルドの受付嬢として彼女を働かせてやってほしいと頼み込みに来たのだ。

だがもちろんギルドに旨味がなくては話が成立しない。

が、その点はミカルドに、つまりギルド長に直接頼むつもりだ。



俺はクワトロとヴィトナ、そしてゼクスをギルドの受付ロビーに置いて、ヴィトナの許し無しに勝手にロビーの奥、ギルド長の部屋へ向かった。



「依頼、終えましたー」


ギルド長の部屋のドアを、ノックもなしに開く。

俺は元よりこの女に敬意を払うつもりはない。


「なにかあった?」


俺は不満気にズカズカとギルド長の部屋に入る。


ミカルドが不満気に聞いてくる。


「大アリだね、イヴァンは解放軍のスパイだった」

「違うわ、イヴァンは騎士隊のスパイよ。解放軍に忍び込むためのね」


「と見せかけて、イヴァンは解放軍から騎士隊に送り込まれた二重スパイだったんだよ。証拠はアルタイルが……」


しばらく沈黙が続き。


「はああぁ……」


ミカルドが頭を抱えた。


「騎士隊になんて報告すればいいのよ……」


「おたくの隊員が解放軍のモグリだったよって」

「相手は王宮よ。そんなの言えるわけないじゃない」

「いや、言うしかないだろうよ」


「私もマスターに賛成です」


アルタイルが賛同する。

そう、どう転ぼうと騎士隊が解放軍のスパイを見抜けなかったことは変わらない。

騎士隊の人たち、あなたたちが無能だから、その尻拭いをギルドや冒険者がしてやったぞ。


どう腰を低くしても、騎士隊はそう捉える。

いや、騎士隊たちはギルドを責めはしないが、これからは依頼をギルドに任せにくくなる。また騎士隊のミスが浮き彫りになるのが怖いから。



だがしばらくは、騎士隊に良い顔できる。

ってのが、ギルドの旨味。

それしか用意できない。

というか、イヴァンが二重スパイだったという騎士隊の不手際。それを知らずに俺に依頼を斡旋したギルドの不備に繋がり、結局は俺が丸く収めたのだ。

俺が得する条件で何が悪い。



「わかった、わかったわよ。その代わり、イヴァンの尋問にはアルタイルの名前を出させてもらうわよ」


お安い御用だ、と肩を竦める。

イヴァンが例え騎士隊の前で、自分は解放軍の一員ではないと偽っても、アルタイルがいる。こいつは完璧なコピー。イヴァンが解放軍の一員であると証言するための証拠なんてものは、アルタイルがいれば必要ないのだ。名前くらい貸してやれ。



「それと」

「まだあるの?」


ミカルドはげんなりとして答えた。


「ああ、ここで働かせてやってほしい人間がいるんだ」

「どういうこと? なんなの急にここで雇ってほしい人間って」

「とりあえず、決して解放軍の人間を運ぶ馬車から逃がしてきた奴らじゃないってことだけ言っておく。金がないんだ。身寄りも」



ミカルドは俺の意図が読み取れたようで、納得の顔で話を聞いていたが……。




「……」

「……」



しばらくミカルドとガンを飛ばし合う。

何やら俺の狙いを窺っているようだが、無駄さ。俺の頼みは単純明快。


それはクワトロとゼクスの保護。

それが二人を無理矢理にでも逃がした俺がするべき責務。

逃すだけ逃して、あとは放置ってのは無責任過ぎるんじゃないのっちゅー話だ。


「だぁーっ、わかったわよ。雇えばいいのね?」

「ありがとう」

「職員食堂と、職員の宿舎はあるけど、もちろん下働きからスタートよ」


「ふたりも覚悟してるさ。ありがとう」


「もういいわ。ギルドにあれだけ貢献してくれたんだもの。これからも良い助け合いの関係でいたいじゃない?」


「悪い奴じゃないんだな……」


「私を何だと思っていたの?」

「ゼフツの分身」

「あっはは!」


少し俺はミカルドを見直した。


ミカルドは笑う。


「おっかしいっ! 政略結婚。今時珍しい話でもないでしょ」


ゼフツは俺がこの世界に生を受けて間もない時、子供には魔法の才能や技術を求めていた。

有能な子供が生まれるのなら、ゼフツからすれば何だって来い、なのだろう。

ゼフツの性格上、そう思う。


結果として、ノクトアとミレディという期待の星が二人も生まれた。二人とも魔法の才に恵まれている。

ミカルドとの結婚も、ゼフツの見据える目標を考えれば、政略的に行う価値はあるのだろう。



「世知辛いね」

「あなたは気楽でいいわね……」


うるさい、と俺は返事をしておいた。


「約束だぞ、二人を手厚くしてやってくれ」

「保護しろってわけね、いいわよ?」


誰も保護だとは言ってないが……あー、やだやだアルタイルもそうだけどみんな頭が良いったらない。

ミカルドは皆まで言わずとも、こちらの心中察して答えをいくつか準備してやがる。

アルタイルに至っては完全複製だぞ。ふざけんなちくしょー。


「あ、ああ……宜しく頼むよ」


「優しいじゃない?」


ミカルドのからかうような視線に、俺はまたうるさい、とだけ返しておいた。








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