第六十話 完了と思いきや
「これでギルドの依頼は終わり。学園には謝礼の手紙を送っておくわ」
ふひぃ。
そんな気の抜けた溜息がでそうになった。
それをミカルドに言われ、ようやく達成感が湧いてきた。
「と、言ってあげたいところだけど」
「……」
でたよこれ。人の気分上げるだけ上げて、一気に落とすやつ。アゲアゲドスンね。
おれって何でもハイハイ人の頼み聞く感じに見えるかな。いや、見えるんだろうけどさ。見えるからこうなってんだろうけどさ。
「騎士隊から潜入していたイヴァンがまだ戻っていないらしい」
話始めるんかい。
あのゲイが戻らないとしても、問題ない気がするのは俺だけだろうか。
アルタイルの完全複製なら、俺のこの気持ちもわかってくれるだろう。
試しにアルタイルを振り返って見ると、青い顔をしている。俺のイヴァンのゲイ活動に対する戦慄を感じ取ってくれていることだろう。
さて、長期休暇中に学園に帰れるか心配になってくる話だ。
「それを調査しろって?」
「ええ、そんなところね」
「それって騎士隊の仕事なんじゃ……」
「でも今回に限って、イヴァンと最も近くにいたのはあなたじゃない」
ミカルドにブー垂れてみたが、正論を返され逃げ場を失う。
しかし、そんなものどう探せばいい?
俺はまだ一日しか休んでないからやる気もない。
「不安そうにしなくても大丈夫。居場所は大体掴んでいるわ。イヴァンを含め、アスラが潜入した解放軍の……えっと、国境支部だったかしら……? そこにいた解放軍の隊員に限っては、王国の平和を脅かす行為を行っていた場所はあくまでエアスリル王国内。正確には地下だけど、王国内の土地に変わりはないわ。従って、罪人はエアスリルで裁かれるの。その罪人たちが馬車で運び込まれて、投獄される前に、解放軍のメンバーに未だ紛れていると考えられるイヴァンを回収してほしいの。イヴァンが騎士隊の人間だということは、馬車の御者に言えばわかるように話はつけておくから。ギルドから使者が訪ねるってね」
矢継ぎ早に今回の依頼の概要を説明するミカルド。
「どこに投獄される予定なんだ? ミカルド」
「ギルド長、よ。王都の地下牢屋に投獄されることになるわ。そこも含めて話を通しておくから」
ミカルドがどんと胸を叩く。握った彼女の拳は豊満な胸に押し返される。
目がいってしまった先はさて置き……。
今回も依頼というカタチだ。あまり下手には動けない。そして現時点ではイヴァンは罪人として認識されているということだ。
王都まで護送される罪人の馬車にイヴァンが、容疑者だと誤認されて解放軍のメンバーに紛れている。
ということは、護送されめいるイヴァン以外の解放軍の面々は、国境支部に潜入した際、一緒に仕事をしたクワトロとゼクスだという可能性が極めて高い。
いや、国境支部という言葉からして、そうとしか考えられない。
共に仕事をしたよしみだ、クワトロとゼクスだけでも逃してやりたい。二人は間違いなく善人だ。解放軍の上層部に、平和主義らしい言葉で踊らされていたに過ぎない。何とか無罪を証明してやれないものか。
解放軍の全てのメンバーが脅威を働いていたわけではないことを、訴えたい。
「マスター、私から」
アルタイルが進言する。彼女は俺の思考を読める。きっと俺の細やかな悩みも分かち合ってくれている。
従って、俺に不利益になるようなことは言わないはずだ。
「あなたは……さっきの話に出ていた人工精霊の?」
「ええ、アルタイルと呼ばれています。一つよろしいでしょうか」
「は、初めて見ますけど……まったく人間みたいですね……」
同席していたヴィトナがミカルドに耳打ちする。
元はこの世に存在せざる存在。人の手と人の強欲によって生み出されてしまった、可哀想な存在。
解放軍の情報によれば、元は人だったのだ。その過去の記憶がないにしろ、その人間の強欲との遭遇は同情せざるを得ない。
「え、ええ。構わないわ」
ミカルドは、初めて目にする人工精霊に慄きつつも、努めて平静に返事をした。
「マスター、アスラ様が先ほどお話された通り、その罪人の馬車とやらで運ばれてくる者たちは、イヴァン様以外は潜入先の罪のない解放軍。それはお分かりでしょうか」
俺の話を追って説明するアルタイル。
ミカルドに報告した話には、解放軍全員が罪人ではなく、あくまで解放軍幹部の者が、解放軍末端の隊員を操り、末端の隊員本人たちは無自覚のまま、上手く使われていたという弁明を混ぜ込んでいた。
「ええ、承知しているわ」
「それは何より」
ひと呼吸置いてから、アルタイルは続ける。
「私も解放軍に使われていた身……願わくば、潜入したマスターのよく知る解放軍国境支部の面々だけでも、免罪として頂きたく思うのです」
極めて丁寧に、それでいてあくまでこちらの思惑を開示するだけで、相手に何も要求はしていない。
その罪人への措置は、ギルド長が決めることではないのは百も承知。
ただ思いを伝えただけ。
上手い手口だ。
「うーん、そうねぇ」
ミカルドは逡巡、いや、わざとらしく考え込むフリをしただけで……。
「私の口からは、あくまでギルドの依頼を受けた者としてイヴァンを回収してほしいと頼んでいるだけで、もし他の人間が、あなたたちより先に罪人の馬車を襲撃して罪人たちが逃げ出したりする可能性がある、とは言えないわ。そしてもし仮に罪人が逃げたとしても、馬車を襲撃した者、そして逃げた元解放軍の面々を特定するだけの材料が揃っていないから捜査のしようがないということも言えない。さらにあなたたちが馬車が襲撃された後に駆けつけ、イヴァンしか回収できなかったとしても依頼は達成。お咎め無しとなることも口が裂けても言えないわ」
な、なんてご丁寧な……。
アルタイルに負けず劣らず、逆に気持ち悪いくらいの丁寧さと思いやり。
みなまで言わずとも察するよ、アルタイルは。
ミカルドは続ける。
「だから余計な事は考えないことね、私は立場上あまり関与できないから」
そう締めくくった。
うーん、もしかするとミカルドは良いやつなのか?
子供のノクトアが父ゼフツに似て嫌らしく育っただけで、母ミカルドは善人なのかもしれない。
屋敷を追い出されたとき、何も助けてくれなかったからと、よく本人を知らず毛嫌いしていただけなのかも……。
「わかりました、残念です……」
アルタイルもミカルドに合わせる。
もともとアルタイルは無表情な方だ。落ち込んだフリはあまり板に付いていない気がしたが、この際なんでもいい。
ミカルドの言質もとったし、いや実際に言質にするわけじゃないけど、ある程度暴れても問題ないことがわかったので、罪人を運ぶ馬車の御者には悪いが、ムフフ、悪いこと考えちゃお。
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ギルドを去る際、ヴィトナが不安そうな顔をしていたが、笑顔を返しておいた。
解放軍を解散させたんだ。嫌でも荒事に関しては自信がつく。
しかも今回は仲間を助けるための行動。
楽しんだモン勝ちだ。
「アルタイル、解放軍の地下牢で貸した黒いウサギの仮面、まだ持ってるか?」
「はい、ここに」
「ありがとう」
俺は王都で購入した、黒ウサギの仮面をアルタイルから受け取る。
これはクワトロとゼクスが、助けに来たとわかる唯一の記号だ。
俺は二人に素顔を晒していない。二人といたときは、潜入用の王都の宮廷魔法研究機関サマが開発しなさった『エクストリミス』という薬の効果で、十八歳にまで成長していた。だからこの小柄な俺の姿も二人は初めて見ることになる。
多少混乱はあるだろうが、この際なんでも良かった。
「さあ、しまっていこう」
どこの野球部だ。
アルタイルに俺がそう自虐しているのを読み取られつつ、俺はしまっていった。
「しまっていこう……」
アルタイルがそう呟いたのは予想外過ぎたが、楽しくなりそうだと、勝手に心が弾んだ。
自然と、疲れも飛んだ気分になった。
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〈クワトロ視点〉
「アインスは知っていたのかしら、解放軍の目的を」
私は力なくゼクスに問い掛けた。
アインスは解放軍国境支部の支部長だった男だ。人当たりのいい風を装って、私たち何も知らない解放軍の下っ端を操っていたのだ。
数々の慈善活動と偽られた悪行。
私たちは知らないうちに、そんな闇に手を染めていた。
「さあ。でもアインスがレシデンシア王国で捕まったってのを見るに、アインスも解放軍の幹部で、解放軍の真の目的を知っていたのかもしれないね……」
ガタゴトと馬車が揺れる。
重く冷たい首枷、手枷を嵌められ、出口を鉄格子で塞がれた馬車の荷台で揺られ初めて数日。
馬車の荷台には、私とゼクス、エイト。
そしてアインスが乗せられていた……。
アインスは私たちと一切口をきこうとしない。かつて一緒に仕事をしていた頃の、優しげな風体は見る影もない。
荷台の木の壁にもたれかかって、壁に顔を押し当てているだけ。目は開いているものの、虚空を眺めていた。
対してエイトは、終始いつもと変わらず通常運転。笑顔を顔に貼り付けている。
私とゼクスは、何も答えようとしないアインスに訴えるように、アインス本人の話をし続けていたが、その嫌がらせも効果がなさそうだ。
こうなったら叩く?
解放軍が解散した。
その事実が私たちの支部にまで明るみになったときから、アインスはずっと抜け殻のようにぼーっとしている。
エイトは話そうとしないが、笑顔。
いったい、誰がどうやって解放軍を解散させたのか。
と、そのとき。
「おいっ! どうやって逃げやがった!」
馬車の御者の声がする。
そして馬車荷台の後方にある鉄格子から外を覗いてみると、小柄で栗色の髪の少女が、駆けて馬車の御者から逃げている背が見えた。
「え、あれ私?」
が、その少女の後ろ姿は明らかに私のものだった。
栗色のショートカット、私が着ていた服。私自身が、馬車の外で走っていたのだ。
呆気にとられたが、自身の服を今一度見直してみても、あの馬車に背を向けて走っているのは、私だった。
「クワトロ……が二人?」
ゼクスが苦虫を噛み潰したような、よくわからない顔で私と、馬車の外の私を見比べる。
行っちゃった……。
私の後ろ姿に似た人物を追いかけて、馬車の御者は見えなくなってしまう。
私たち、どうなるんだろう。
が、さらに。
バキャッ!
ガコォンッ……!
「なっ⁉︎」
「なにっ⁉︎」
この事態には、流石のアインスも目を見開いた。エイトの顔からも笑顔が失せる。
こ、こんなことって……。
「と……トゥエルヴ……?」
馬車の荷台に嵌め込まれていた鉄格子を、手も使わずに外し、ぽっかりと口を開けた馬車の荷台。まるで逃げてくださいと言っているかのよう……。
「ま、魔法……っ?」
その黒いウサギの仮面をした人物。
トゥエルヴが、アインスに裏切り者と言われ捕まったときに着けていた仮面……。
しかし明らかにトゥエルヴの背丈から比べると小さい、その黒ウサギの仮面の人物。
トゥエルヴが着ていた黒い服が、その体にフィットしないまま、ブカブカに着こなされていた。
しかし、間違いなく仮面も服も、トゥエルヴのもの。
その人物が、無機質な仮面越しに、馬車の外からこちらを眺めていた。
私たちを、逃しに来たの?
「そのクサレ肉団子以外は逃げていい」
く、クサレ肉団子? 誰のこと?
「と、トゥエルヴ、あのときは悪かった」
あ、返事した。肉団子ってアインスのことか……。
解放軍の悪行を知っておきながら、慈善活動を装い私たちにその手伝いをさせていた。
トゥエルヴも、そのことを言っているか。
アインスは、筋骨隆々な肉体だった。だから肉団子?
「トゥエルヴ? そりゃ誰だ。俺は解放軍を葬った側だ。なぜ解放軍のコードネームが俺の名なのか、片腹痛いね」
「か、解放軍を葬った?」
「君が解放軍を解散に追いやったって言うのかい?」
アインスとエイトが舌を巻く。
トゥエルヴじゃないの? 声からすると完全にトゥエルヴだけど……どう違うっていうの?
「何度も言わせるんじゃない。肉団子以外は馬車を降りろ」
冷めきった冷たい声と重圧。
仮面に隠れた目を見ずとも、その鋭さは声色が物語る。
私とゼクス、エイトは馬車を降りた。
アインスは驚愕に目を見開き、見送るしかできない様子。
「ま、待て! なぜその野郎も逃す⁉︎ そいつを逃すなら、俺も出してくれ!」
アインスはなおも追いすがる。エイトのことを指す。
「くどいぞ、肉団子」
「ま、待て! 聞いてくれ!」
しかし酷い悪口だ……。
が、何を思ったのか、エイトもトゥエルヴと思しき人物に加勢した。
「そうだ! 黙っていればいい!」
こんな形相で叫ぶエイトは初めて見た。
アインスの悪行に、よほど腹が立ったのか……?
「黙りゃしねえよ! 俺がコイツに告げ口してやるよ! てめえがスカした二重スパイだってことをな!」
「なっ⁉︎」
ここにいた誰しもが、混乱した。
黒いウサギの仮面の人物も、押し黙っている。
「違う! 僕はスパイなんかじゃない!」
「へ、馬鹿だお前。トゥエルヴ、お前を俺に売ったのは、この男だぜ。名前も言ってやろうか? イヴァン君?」
「え、ねえ、どういうこと?」
「さ、さあ……」
私とゼクスは置いてきぼりのようだ。
イヴァンとは?
エイトの名前は、イヴァンなの?
「あ、アスラ君、君なんだろ? 信じてくれるよね? 僕は騎士隊のイヴァンだよ」
今度はイヴァンと名乗ったエイト……どちらが本当の名前なのかわからないが、今は黒ウサギの仮面にアスラ君と呼び掛け、懇願するように訴える。
「わかったわかった、イヴァン」
「信じてくれたかい?」
「ああ、信じるさ……アルタイルをな」
と、そこで。
「あっ!」
思わず声が出た。
私と似た……いや、完全に私と同じ顔、同じ格好の少女が現れた。スッと黒ウサギの仮面の人物の背後から、前に歩み出た。
が、矢継ぎざまに事は続く。
その少女から小さく電撃が走ったと思えば、青白い光がその体を上から下へ伝っていき、別の赤毛の少女が現れたのだ。
私より少し年上くらい。赤い目に赤い髪。
その人の異形な光景に、息を飲み、目を見開く事しかできなかった。
「なっ……なっ……」
ゼクスも魚が口をパクパクさせるように、上手く言葉にならない声を上げている。
「ど、どうなっている……ッ⁉︎」
アインスが続けて、驚愕した。
「おや、お前はアルタイルを知らなかったのか?」
「あ、アルタイルだと? なんだその女は!」
「これは解放軍が、つまりお前たちが生み出した兵器だ。その兵器で解放軍を潰されるとは、皮肉だな」
トゥエルヴ……なの?
その黒ウサギの仮面の人物は、アインスを嘲笑う。
アルタイル……。
私もゼクスも聞いた事がない名前。
見るからに人間だが、その異様な技は人間では決してありえないものだ。
「さてアルタイル。イヴァンをコピーし、記憶を複製できたら正体を教えてくれ」
「はい、マスター」
黒ウサギの仮面の人物がアルタイルという名の少女に下命する。マスター、と仰ぎ承諾するアルタイル。
見たところ、主従関係を結んでいるようだ。
この世でそう言った関係は、奴隷……?
いや、精霊契約でも人間側と精霊側との力関係において、大きく人間側に力があるときは、人間が主として精霊を遣うこともあると聞いたことがある。
いやまさか。彼女が精霊? 人間じゃないか。とてもこの人の形をした彼女が、精霊とは思えない。
さっきと同様。
青白い光が体を伝ったと思えば、エイトの形をした人が現れた。
異様だ。この技は異様すぎる。
が、すぐに元の赤毛の少女の姿に戻ったアルタイル。これは……他人に変身できる能力?
「残念ですね。彼は解放軍のスパイです。騎士隊に潜入し、さらに騎士隊の潜入任務と称して解放軍に戻ってきたものとされています」
「か……」
アルタイルは、エイトを指差して、そう説明した。エイトは絶句する。
「うそ……」
私は口を思わず覆った。
「アルタイルの能力は完全複製。姿形はもちろん、思考や記憶さえもコピーする能力だ」
エイトは信じられないものを見たような、そんな顔でただ何も言わず佇んでいる。
「お前も逃すわけにはいかないな。クワトロやゼクスとは違い、明らかに解放軍の虐殺的な意図を良しとしてしたものだ。潜入なんて不穏なこと」
黒ウサギの仮面の人物が、そう言い放つ。
エイト……いいえ、イヴァンは後ずさり、へなへなと荷台に腰を下ろしてしまった。
アインスはいい気味だと鼻を鳴らし、荷台で満足げに座り、逃げようとはしなかった。
トゥエルヴ……いいえ、黒ウサギの仮面の人……アスラと呼ばれていた人物は、黒ウサギの仮面はそのままで、さっき外した鉄格子を再び荷台に嵌め込んだ。
目に光のないイヴァン。
エイトだと思って、仲間だと思って、今まで過ごしていた人が、悪者だったなんて……。
アインスに至ってもそうだ。面倒見のいい、気さくな男だったのに。それも表向きの顔。貼り付けただけの偽物だ。
私は荷台から離れ、元の檻の形を取り戻した馬車の荷台を眺め、なんて馬鹿な人間について行っていたのだろう、と自分を呪った。
また、私もそれについて行った馬鹿であるとも……。




