第五十九話 完了
身辺が徐々に落ち着いてきてます。
また更新していきたいと思います。
三日後、俺たちは王都に戻って来た。
王都の地下にある解放軍の国境支部に俺は潜入していた。
まずはギルドに寄って、今回の報告、そしてイヴァンの安否の確認をしなければならない。
が、ギルドはウィラメッカスの方。王都はすぐにたたなければならない。
あまり気にしてなかったが、魔法学園の長期休暇とやらはあと二週間程度で終わる。
学園に残したクシャトリア。
ミレディにエリカ、ロイア。各々どのように夏の長期休暇を過ごしていたのだろうか。
エリカは帰省だと言っていたが、一ヶ月近く会っていないのだ。ミレディとロイアについては、ギルド嬢のアルバイトを始めてから二週間近く経っている。ノノに日付を教えてもらったときは驚いたものだ。この解放軍の問題が解決したところで、ひと段落ついた。気にもなろう。
「アスラ、お前はギルドに向かうのか?」
「ああ、確認したいことが山ほどある」
ノノとレオナルドは、俺の事情を知っている。
俺がウサギであり、解放軍でトゥエルヴと呼ばれていたこと、そして魔法学園のアスラであることも。
ギルドを訪れたきっかけは、魔法学園に強制された慈善活動だ。世のため人のため、世の中に貢献するべく、ギルドの依頼を仰せつかった。
が、そのギルドの依頼というのが、解放軍への潜入調査だ。そしてどうしてか潜入調査員であることがバレ、解放軍の本拠地であるレシデンシア王国王城の地下にある牢獄に放り込まれていた。
だがそこには人工精霊であるアルタイルもいて……二人とも脱出したいと利害一致したことで、精霊契約を果たした。
そして出口を探していると、レオナルドとジュリアに遭遇したってわけだ。
「いやぁ、しかし、アスラ君がそんな重大な事件に身を投じているとは、思いもしなかったよ」
「この二人のせいだ」
俺がレオナルドとジュリアを半眼で睨んでやると、二人は苦笑いで頭をかく。まったく反省してるのかしてないのかわからん態度だが、あれでしっかり反省してるから叱るに叱れず困る。
が、俺は叱るぞ。
しかしこの二人も、初めは仕事のうち、つまりは生きるために解放軍になったのだ。当初は本当に世のためになると思って活動していたらしい。が、それは解放軍の末端だったからだ。解放軍のお偉いさん位置、つまり幹部の階級に近づくにつれ、知らされることは増える。やがて、解放軍は慈善団体などではなく、闇で手を血で染める悪事を働いていたこと。レシデンシアの国王が、エアスリルを乗っ取る為に水面下で発足、管理していたテロリストであることを知る。
だがその頃には解放軍を脱退できないとこまで知ってしまい、脱退者には死を、また解放軍に疑問を抱き使えなくなった者にも裁きを、の理念の下、レオナルドとジュリアは随分と荒波に揉まれていたようだ。
最終的に、レオナルドとジュリアは使えないと判断され投獄を余儀無くしていたようだ。
「ふん、嘆かわしいね」
「アスラ君、そう邪険してあげなくとも……育ててくれたんだろう?」
ノノが仲を取り持とうとする。
「ああ、随分とお世話になったよ。解放軍にな!」
「悪かったって、本当に」
「俺が許せないのは隠してたことだ! 教えてくれなかったってことは、後ろめたく少なからず思ってたからだ」
疲れているというのに、俺は妙に感情的になる。無駄な体力だ。
「ご、ごめんね、本当に……アスラ……」
ジュリアの今にも泣き出しそうな声色と表情に、やや気圧される俺。
「ま、まったく……反省してほしいね」
「すまん……」
「ごめんなさい」
解放軍の地下水路でも怒ったし、これだけ叱り付けておけば十分だ。自己満足感は否めないが、気は晴れた。だから何だという話だが、もういい。いい加減怒ってるのも疲れた。
「マスター、依頼を受けたギルドはウィラメッカスなのでは……?」
「ああ、そうだ」
アルタイルが俺に問い掛けてきた。
妙だ、俺をコピーしているのだから、思考パターンも完全再現だと思ったのだが……と、そこで思い至った。
この話題を始めるために、わざと俺に問い掛けたな。
「レオナルドとジュリアは、ここで置いて行く」
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
俺の言葉に、二人は驚愕する。
いや逆に言えばそりゃそうだと納得してほしい。魔法学園になぜ二人を連れて行かなければならないのだ。
「な、なぜだ、アスラ」
「私たちのこと、嫌い?」
「ジュリアは好きだ。でもレオナルドは……」
「なにっ⁉︎」
「冗談だよ。実は色々あって魔法学園に入学することになったんだ。だから俺が王都に留まらないのは、魔法学園に戻るから」
「んじゃなんだ、お前今いい子ちゃんの学生か」
レオナルドの言い方に含みがあるな……。
まあいい。
「そう、俺はウィラメッカスに戻るよ。ついてこられても困るし」
「その学生さんがなぜあんな危ない橋を?」
「そうだぜ、学園でお勉強してるんじゃないのか」
ジュリアとレオナルドが矢継ぎ早に質問を投げる。
俺は学園の授業中に解放軍が襲撃して、でもそれを公表すれば学園内で混乱を招くと踏んだ学園長ゼミールの措置で、俺とその他二名が授業の課題である精霊契約をしてこなかったのを、解放軍のことを伏せて、俺たちが授業を真面目にこなさなかった、これから追加の課題として慈善活動をさせる、という体裁に収めた。
その結果として俺はギルドの解放軍潜入などという課題にするにはあまりにも大掛かりな仕事を強制され、ミレディとロイアはその終わりを待つ間、ギルドの受付嬢として働く。
そして現在に至る経緯を、大雑把にレオナルドとジュリアに話た。
「無用な混乱を招くまいとしたのはわかるけどよ」
「そうよ、アスラたちに課題を与えるのはどうなのよ」
レオナルドとジュリアが俺の心中を察してくれた。
まあ学園のメンツってモンがあるのかもしれないが、俺だって辛いのよ。
学園側としても、今回の出来事を語るには、解放軍襲撃の言葉を欠いては不可能だろうし。かと言って、解放軍がミレディを攫おうと、解放軍が人工精霊を使って、解放軍が生徒を殺しに……などなど生徒を脅す言葉は有り余るほどだ。解放軍が解散したのはつい先日。まだ魔法学園で周知できない、確認を欠くほど小さな出来事ではない。
生徒への刺激を鑑みると、解放軍解放軍と連呼しない方がよろしいだろう。
「学園の方針だし……こうしてもう課題を始めてしまってるわけだし……」
「マスターの言う通り、あなた方は王都で大人しくしていてください」
と、ここでアルタイルが俺の肩を持ってくれる。完全再現。まったくこれほど俺の理解者になりえる存在は他にいないだろう。
その分、隠し事もできないが。
「なんだとこのクソ精霊。散々人を死に追いやりやがった挙句、なんだその言い草は。忘れてねえからな、お前のしてきたこと」
レオナルドがマジっぽい感じで怒る。
キレ方が冗談じゃなさそうで地味に怖い。よくあれだけレオナルドのこと責められたもんだ、俺は。
が、アルタイルは涼しげな表情でどこ吹く風。
この精霊もこの精霊で、大した度胸だ。
「ちっ、わーったよ。ここにいりゃいいんだろ」
「兄さん、そもそもウィラメッカスには用はない。アスラがいるくらいで……」
格好つけて悪ぶるレオナルドに、ジュリアが的確にツッコミを入れる。
一時和やかな雰囲気に戻った。
「悪さするんじゃないぞ」
「レオナルドさん、今度は本当に慈善活動をしてみては?」
俺の事情をすべて知るのはここにいる五人。
そのうちのノノが、レオナルドに一つ進言する。
「考えとくよ」
「いいや、レオナルド。育てられた弟子として恥ずかしいから罪滅ぼしはしてくれ」
「ああ……」
ん? レオナルドの声が震える。
「兄さんはね、まだ弟子って言ってくれて嬉しいのよ」
ジュリアが解説。
そしてレオナルドの強がりの一言、その名も「違うわい」。
でも鼻はすする。
「じゃあな」
レオナルドは顔を隠すように背を向け、手を挙げた。素直じゃないやつ。
「バイバイ、アスラ。いつでも顔出してね」
続いて、兄を追うように手を振って、気持ちいいくらいの笑顔と少しの悲しみを含んで離れていくジュリア。
「……」
王都、城壁の前で二人を見送る。
そして二人の姿が人混みに紛れて見えなくなったとき。
「よかったのですか?」
アルタイルが問い掛けてきた。
「なにが? って返すのは野暮だな……いいんだよ、これで」
「あのお二人には平和に過ごしてほしい?」
「ああ」
「レシデンシアを出るときには、決めていたんですね……」
「ああ……」
「寂しい? 久しぶりの家族だから?」
「うるさい……」
「またいつでも来られます」
アルタイルは、俺の思考を読んだ上で意見が出せる。カウンセリングにも持って来いだ。俺の格好つけた情緒も読まれる始末だ。
「じゃあ、ウィラメッカスまでかい?」
「頼めるかな、ノノさん」
お安い御用だと、ノノは胸を叩いた。
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うわ。
しんどい。
解放軍解散して、王都経由でウィラメッカス。
「お疲れですね、一度潜入のためギルドに用意された宿に戻られては?」
そのつもりだ。
「もう少しで宿ですよ」
疲れの最果て。アルタイルの声と、俺の思考パターンのみで会話するに至る。これぞアルタイルの真骨頂。
冗談はさておき。
ノノには助けてもらってばかりだった。ノノはレシデンシアを出られさえすればよかったのに、ウィラメッカスまで連れてきてもらった。
幸い、今回は発熱はない。
ノノに笑顔で見送られてから、赤いツインテールを揺らすアルタイルの横で、俺は宿を目指す。
懐かしき『迷宮食堂』。
もうこの際どんな環境下でもベッドさえあれば、俺はそれでいい。
それほどに疲れていた。
宿に帰ってからは、もうすべて投げ出して、俺は眠った。
✳︎✳︎✳︎✳︎
翌日。
夜が明けて、さらに数時間経ったころ。
体を揺すられる感覚。
「マスター」
抑揚はないが、しかし丁寧な声。
アルタイルだな。俺の、ギルドに報告に行かなくては、という義務感を思考からコピーし導き出したのだろうが、その義務感を押してでもベッドでまどろみたいのが、人間のさが。
「あー」
赤ん坊がごねるような声をアルタイルに訴え、寝返りを打つ。
窓から差し込む朝日を背に受け、アルタイルが立っている。赤い髪と日光が明色を鮮やかに映し出し、彼女を飾る。
昨日寝る直前の記憶がない。
おそらく部屋に入ってすぐベッドインだ。他意はなく。いや、ほんとに他意はなく。
疲れてヘトヘトだったのを、辛うじて覚えている。
「ギルドへ行くのでしょう?」
「うーん」
俺はアルタイルに引きずられるようにベッドから下ろされ、顔を洗う。着替えてから、朝食は食べずに宿を出た。
「はぁ、眠い」
時刻は昼前。
あくびをしながらギルドへ歩く。
その横を歩くは、会ったときからなんの変化もない赤い髪の少女……いや精霊。
解放軍に開発され使役されていた精霊。
一億五千万という数値の魔力を人体に流し込めば、精霊化の現象……。
それは解放軍の研究室と思しき場所で手に入れた情報だ。
もし解放軍が人体にそういった実験を施し、このアルタイルや、クシャトリア、オリオンが生まれたのだとすれば、世に大変な脅威になるだろう。
静かに危機感を自分に煽りながら、ギルドに到着。何とも後味の悪い話だ。
✳︎✳︎✳︎✳︎
「あっ」
懐かしい顔ぶれが集まるギルドのロビー。
一番先に目があったのは、受付嬢のヴィトナ。宿の手配をしてくれた女性だ。
「アスラくん」
「やあ、おはよう」
「もうお昼ですよ」
ヴィトナが軽口で俺を迎える。何も変わっていない。が、そりゃそうか、実際には二週間程しか時間は経っていない。
「解放軍は解散された」
俺は単刀直入にそう報告した。
が、ヴィトナは俺の口に細い人差し指を押し当ててそれを制した。
「続きは奥で」
ギルド長への直接の報告になるのだそう。世はまだ解放軍の解散の事実を知らない。公衆の場所でどうどうと宣言しては騒ぎになるだろう。
ヴィトナはアルタイルに一目くれるが、詳しい事情は奥で聞くと言った手前、問い詰めてくることはなかった。
俺はアルタイルに来るよう言い、受付カウンターの奥へ。
そして待ち構えていたのは忘れようにも忘れられまい、我が親父の第一夫人。
ミカルド=フォンタリウス。フォンタリウス領主の第一夫人。領主、ゼフツの妻。ノクトア=フォンタリウスの母親。流れるような赤毛に、気の強そうな切れ目。
この女がギルド長なのだ。
「ご苦労さま。さっそくだけど結果を聞こうかしら」
強気な声。
高圧的ではあるが、報告を待ち侘びた期待感が声から窺えた。
しかし自分の夫が解放軍の幹部だと知り、さらに解放軍解散によってレシデンシアに拘留されていると知ればどうなる?
ミカルドにとってはショックだろうか。
しかし俺は気をつかうことなく、ありのままを話した。解放軍のこと、ゼフツのこと、そして人工精霊の秘密。
さらには解放軍の解散。
話のあと、しばし考え込むような沈黙を見せたミカルド。が、それもたった数秒のこと。すぐに俺に向き直った。
「信じられないわ……」
「ゼフツのこと……?」
「いいえ、それは知ってたの」
「知ってたの?」
予想外な答えだ。しかし知ってて解放軍として働くのを止めなかったのか?
いや、止めても無駄だと知っていたか……。
ゼフツの最後の様子からは、勢いとルースを求める気持ちで、ここまで這い上がってきたような、言い得て妙だが、ゼフツらしくない必死さが感じられた。
止まらない勢い。
戻らぬルースを求める気持ち。
燃え尽きたような、後悔はないが、哀れさを与えられた……そんな感じだった。
「ただ、あの人がルースを諦めて商売を畳む日が来るなんて思わなかったものだから……」
ミカルドも知る、ルースとネブリーナのあやふやな関係。今、この国の姫、ネブリーナに寄生するのはルースの意思だ。ルースは死んだわけではないが、ゼフツの求めるところとする彼女が、もうこの世にはいないのだ。
俺は何も言えなかった。
ただただ、ゼフツを哀れんだ。
「ありがとう、解放軍の解散は、後日国の方に報告して事実確認をしてもらうわ。学園の方にも謝礼書でも送っておくわ。ご苦労さま」
「わかった」
これで一件落着。
こんな任務、二度とごめんだね。Aランクも楽じゃない。




