第五十八話 王都へ再び
更新遅れて申し訳ありません。
身の周りが忙しい、というのは言い訳ですが、いろいろと、てんやわんやでした。
今後も、どうぞよろしくお願い致します。
結論から言うと、今回ばかりは上手く事が流れた。
ジュリアは、よく人を見ている。
それがどうした、と言って片付けられるような特技なのだが、彼女ほど人の感情の機微に敏感な女性はそういない。
おかげで、解放軍が解散したようなものだった。
「アスラの言ってた、潜入の任務を持ちかけた騎士隊に合流してみよう」
レオナルドが提案した。
もちろん、俺は賛成。同じことを考えていた。
ここは、レジデンシア王国の首都、スミソニアという街なのだそうだ。
広さはエアスリル王国の王都など、比べるのが馬鹿らしくなるほど、広大だった。
すべて統一されたレンガ造り。いかに厳正に厳正を重ねられたか、いかに国が厳しく規制していたか、物語っているよう。
誰にも文句は言わせない。
ただし、国王にそれでも国をやっていく力があったからこそ、この国は持っているのだと言う。
国王は封建主義とも言えるが、有能だったため、国がおよそ瓦解せずに保っていたのだ。
まあ、それをずっと傍らで見ていたアイゼンシュタットなら、もっと良い国を創り上げられるだろうと、勝手に勝手を重ねた判断を、俺はした。
国王は有能、ただ自身の野望に貪欲すぎるあまり、解放軍などという非生産的な組織を生み出し、あまつさえ、その組織に取り込まれた末端の隊員は、なんの罪も犯していないにも関わらず、解放軍に組した罪を濯がなくてはならなくなっていた。
その国王を王座から引きずり下ろし、解放軍のトップだと白日のもとに晒すのならば、末端の者に課せられる罰はまず免れない。
が、それでも……。
今でも迷う。
短い間、しかも潜入という形で触れ合うだけだった国境支部の面々。
クワトロにゼクス。イヴァンはまぁ同じ潜入仲間だが、一応。
特にクワトロとゼクスには、悪いことをしたと、自責の念がなかなか晴れなかった。
「マスターは正しいことをされました」
アルタイルは俺の感情がわかる度、そう言った。
それにどれほど救われているか……。
全く肝の小さい男だよ。俺は。
俺はゼフツに、すべてを背負ってもらった。
国王、もとい解放軍のトップの殺害は想定外だったが、結果として予想以上の効果を生んだ。
国王の意思がなくなり、王城が解放軍の巣窟である証拠が明らかになる。
ゼフツを利用できた鍵は、アルタイルだ。
ルースに化けてもらった。
しかし、アルタイルはルースに会ったことはなかった。アルタイルは見て知った人間にしか変身できない。
が、しかし、アルタイルは俺のすべてをコピーしている。
ならば、記憶もコピーの範疇内だろう?
記憶を元に、精製したルース像。
それにより、ダメ元ではあったが、アルタイルがルースになった。
おそらく、これがアルタイルの能力のミソなのだろう。
しかし、それには膨大な魔力が個人に求められるため、解放軍の実験では日の目を見なかったのだ。
だが、俺の魔力を持ってすれば、まあ足りると見た。そのおかげで、俺がアイゼンシュタットを揺動する際の戦闘は、すべて体術と鎖鎌術で間に合わせるしかなくなる。
魔力温存のため。記憶を元に、存在しない人間を複製するのに必要な魔力量は未知数なためだ。
だが、上手くいった。
俺の魔力全損と引き換えに……。
ゼフツの恋心を利用し、偽のルースを使った。
ゼフツはルースをまだ想っている。その想いとは、良心だ。
彼は、良心に従い、国王を殺害したのだ。
俺はゼフツとは話していないが、そう思った。
え? ゼフツはこの世界では俺の父親?
知った事か。やつは俺を一度見捨てている。父親となど、もとより考えていない。
でも、そう割り切れるのは、一重に俺に前世があるから。
でなければ、どう考えていたのだろうか……。
わからない。
でも、俺はそのことに興味はない。
支えてくれる仲間は、ちゃんといた。
「普通にエアスリルまで歩いたらかなり時間がかかるぞ」
「馬車でも探す? 兄さん」
レオナルドやジュリアもそうだ。
初めは仕事と割り切って、解放軍の介助をしていたかもしれないが、結果的に二人の状況は悪くなった。
使い古されたボロ雑巾のように、実験で使っては捨てられるだけ。
代えならいくらでもいた。
人命をいとわない、解放軍の精神。
アルタイルは、おそらく少量の魔力で効果を発揮する算段で作られたのだろうが、そんなに事は上手くいかない。
契約主の命を脅かすほどの魔力を必要なとしたアルタイル。
従って、欠陥品の烙印を押され、魔力還元装置とやらの実験台にされるところだった。
誰だって、自分を悪だと認めたくはない。
正しいと信念を持って、戦っている。
でもそれは信念のぶつかり合い。
相手の信念に、押し負ければ、自分が正される。
誰だってそんなの嫌だろう?
だから認めたくはないけど、ゼフツは認めた。
それは、一重に愛のチカラだと言っていい。
なにを今更純情な感情を、とゼフツには似合わなそうな話だが、ヤツにもそういう部分は、少なからずあったのだ。
だからこそ、自分でも信じられないくらいに、自分を見つめ直し、それが信念に反すると、悟った。
その答えは間違ってもいないし、正解でもない。そもそも、信念に正解などない。
彼の信念の望むところは、解放軍にはなかったのだ……。
言って見れば、ゼフツに信念など、あったのだろうか?
彼の心に根強く残っていたのは、そんな高尚なものなんかではなく、純粋な恋心、そんな甘ったるいものだったのかもしれない。
全くもってゼフツには似合わない話だ。
だがそのおかげで国王は死に、解放軍は消滅した。
読みが正しければ、次期王は、定評のあるアイゼンシュタットだ。
きっと、いい国になる。
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スミソニアの街のはずれ。
本当にはずれだった。
あと一歩でも街から離れれば、見渡す限りの大平原が広がっている。
風が通り抜けて涼しい。
風と虫の羽音しか聞こえなかった。
スミソニアは、初めて足を踏み入れた街だが、長居は無用だった。
なんたって俺たちはここ、レジデンシアの首都、延いては王城でとんでもない事件を引き起こしたばっかりなのだから。
観光じゃない。
それに、何より疲れた。まず眠い。
今は昼過ぎ。もう数時間で日が暮れる。
「あそこ、馬車のサービスがあるらしい。行ってくる」
レオナルドが、馬車を頼みに行った。
牧場の納屋のような建物と、レンガの民家が併設してある。
この眠気に、サンサンと照りつける太陽。そしてそよ風。なんてアンマッチなことか。
全く景色を楽しめない。
誰も話さない。
疲れ切っている。
みんな、長時間拘束された上での、強度の強い活動と神経をすり減らすような緊張が漂った作戦。
ふかふかのベッドがほしい……。
「すぐ馬車を出せるとさ。王城が最近不穏だったみたいで、すぐに出たそうだったぞ」
レオナルドが戻ってきた。
渡りに船だ。
これだけ人が出回ってない街だ。情報が街の隅まで行き渡るのには時間がかかる。でも王城に不穏な動き、つまり何かしら事件が起きていることを嗅ぎつけてはいるようだ。
騒がしい、という程度ではあるが。
今までの国王の厳格な風潮がたたってか、それともこの馬車の経営をする国民が特別なのか、どうやら早く他国に行きたいらしい。
レオナルドの後ろから、馬車を引いた男が出てきた。
馬は二頭。屋根ありの馬車を引いている。
手綱をもった男は、高齢気味。
「やあ、おどろいたよ、アスラ君。しばらく」
俺のことを知っている?
誰だ、こんなオジン知らんぞ。オンジみたいな風貌の彼は誰だ。
俺が首を傾げていると。
「無理もないか……ノノだよ、覚えているかい?」
あー。
疲れのせいか、それとも前世通算でもう中身はいいオジサンだからか、恩人だとすぐにわからなかった。
俺が魔法学園入学前、発熱で苦しんでいるときに、治癒魔法をしてくれていた人だ。
そして王都から魔法学園のあるウィラメッカスまで馬車で送ってくれて、さらに魔法学園への編入をかけた、対抗戦に体調不良ながらも臨む俺に、治癒魔法をかけ続ける対症療法まで手掛けてくれた恩人。
……。
振り返ってみると、めちゃくちゃお世話になってるな。
それを忘れるなんて。とんだ恩知らずだ。
しかも別れてからそんなに期間を空けていないにも関わらず、だ。痴呆だなコリャ。
「誰だ? 知り合いか?」
レオナルドが、俺とノノを見比べる。
「うん、ノノさんって言う人。ちょっと前お世話になった」
「そうか、俺はアスラとは古い仲なんだ、よろしく」
レオナルドは軽く挨拶。
ノノもこちらこそと笑う。
古いっつってもおれはまだガキだがな。
おれたち四人は、さっそくノノの馬車にのった。
以前乗った時と変わらず、雨よけの屋根がある荷台、小気味良くなる手綱の音。
ガラゴロと転がる車輪は、牧歌的な風景をより際立たせた。
すんなりスミソニアを出た俺たちは、一路、王都へ向かう。
騎士隊に、今回の出来事を知らせるため、そしてイヴァンの安否を確かめるためだ。
王都まで草原の風景が道のりのほとんどを占める。
晴れ渡る空。
小鳥たちのさえずり。
そよ風の心地いい音。
アルタイルを除き、俺とレオナルド、ジュリアが眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。
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二、三時間ほど眠ってしまっていた。
馬車の揺れは、睡魔と仲良くするにはちょうどよかったのだ。
ノノは話すこともなく、一人手綱を握ることに集中しているような面持ち。
ただ、何やら悩んでいるようにも見えた。
「アスラ君、もう少し眠ってていいよ、王都はまだまだだ」
ノノは俺の視線に気がついた。
「いいよ、眠くなったら寝るし」
みんなはまだ寝息を立てているが、レオナルドが一瞬薄目を開けたのを、俺は目ざとく見た。
が、レオナルドはまた目を閉じる。
「アスラ君、その後、どうだい。魔法学園は楽しいかい? なぜあんな街に来てたんだい?」
寝ていいと言っておきながら、ノノはちゃっかり話し掛けてきた。気になる話題もあるのだろう。
ノノは、国王が不在となり、解放軍の本拠地が発見されたという情報が飛び交う、不穏な街に俺たちがいたことに、戸惑っているようだった。
ノームミストのこと、オリオンのこと、シニカのこと気になる問題は山積みだ。
すべて解決し、解き明かしていくとなると、相当な時間がかかる。
解放軍の解散も、その足がかりに過ぎないのかもしれない。
「あんまり満喫していないかな、学園生活……。この街には解放軍に連れてこられたのさ。たまたま王都にいたとき」
うん、嘘は言っていない。
「それはそれはどうして学園生活を満喫できないんだい? それにどうして王都で?」
ノノはまるでおしゃべりマシーンみたいだった。言葉を言葉でまくし立ててくる。
「魔法の世界では、どこに行っても適正魔法がない者は疎まれるさ。それで気晴らしに王都に来たってわけ」
いや、なんでこんな恩人に本当のことを隠すように話す? いいんじゃないか?
ノノは秘密は守るし、悪人ではない。
いや、違う。
俺は本能的に心配をかけまいと隠しているのだ。
ノノがなぜおしゃべりマシーンになったのか、わかった。
彼も彼で、俺を心配したい。何も出来なくても、心配くらいはしてやりたい。そういう老婆心なのかもしれない。
レオナルド以外は寝息を立てていた。
「?」
空気が変わったのを、ノノは感じ取った。
俺の表情に、疑問符を浮かべる。
俺は、ノノに包み隠さず話した。




