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第五十七話 解放軍の解散

ネブリーナが、人工精霊クシャトリアと契約できたのは、全くの偶然だった。

クシャトリアは魔力に貪欲な精霊。

仮契約などは、あの精霊に存在しない。

契約さえすれば、魔力を吸い取り、枯渇させる。

それと上手く付き合っていけるのは、超膨大な魔力をその身に宿す者だけだろう。



しかし、クシャトリアとネブリーナの契約は、レジデンシアには最高に嬉しい誤算だった。



クシャトリアに魔力を吸い取られ、吸い取る魔力がなければ、記憶をも奪われる。

クシャトリアは記憶を魔力に変換し、喰らう。

記憶をクシャトリアと共有すれば、クシャトリアと契約するすべての者に、共有される。



記憶を奪われたくなければ、魔力を提供し続けるしかあるまい。



しかし、エアスリル王国とレジデンシア王国の二人の姫君は、何のいたずらか、クシャトリアと契約し、さらに記憶も共有するまでに至った。



記憶、つまりこれまでの人生、意識すらも共有すれば、お互いの体を意識が行き来するようになる。



そうなれば、レジデンシアは、姫であるルースに意識が入れ替わった機会に、エアスリルの内政に干渉することが容易になる。



しかし、それはルースの意思ではない。

誰しも進んで他人と記憶を共有にたいだなんて思わない。

ルースは、一重に父、ザレイラス=レジデンシア国王のために、動いていた。

父に認められたいがために、働く。

好きでもない者とも結婚し、子どもも産む覚悟もあった。



しかし、当の父、ザレイラスは、ルースのことなど、一つの駒程度にしか思っていなかった。


そのことに気付きつつも、ルースは健気に尽くした。



しかし、そのことに、我慢ならないのが、俺だ。


俺はルースを愛してしまった、エアスリルの貴族、フォンタリウス家の長男だった。



自身の父に駒と思われて、そう扱われようとも、いつも元気に明るく振る舞い、太陽のように笑う彼女に、自分にないものを感じ、惹かれた。



だが、それだけでは彼女は満足しない。

国のため、王のために尽くし、認められ、初めて彼女の中の目的達成になる。



そんな矢先、ルースの体が、ネブリーナの意識とともに死んだ。



アスラの無知さ加減にはしてやったと思いもしたが、やはりルースの体の死には、どう頭を整理すればいいのか、わからなかった。



それでもルースへの想いは消えない。

会えない鬱積は大きくなるばかり。

それは、俺の中で解放軍がどうでもいいものに成り下がってしまうには、十分な原因になった。



だから、自分でもわかっている。

ここにルースの体があるのことが不自然なことくらい。

でも、それでも、目の前にいるルースを逃してしまっては、全てを手から落としてしまいそうだった。



少なくとも、その時はそう感じたさ。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




時を現在に戻して。



俺はアイゼンシュタットを連れて、解放軍の隠し通路などを見せた。レジデンシア国王が、レジデンシア王国が、解放軍の根源なのだと証明した。



レオナルドとルースと思しき人物は、謁見の間で待っていた。

時折話をしている。

どうやら待ち人がいるようだ。



アイゼンシュタットは、無念を湛えた表情で、隠し通路のある大聖堂で座り込んでいるが、どこか吹っ切れたような清々しい顔にも見えた。




「私たちは、知らず知らずのうちに悪に手を染めていたんですね……」


アイゼンシュタットが、誰に投げかけるでもなく、そう言った。


俺も俺で気まぐれだ。

我が王国の国王を亡き者にしたというのに、軽口を叩いていた。



「お前は常に善であり続けようとしていたよ。お前は、お前のすべきことをしてくれ。お前には、それができる」



「ゼフツ様……」



俺はエアスリル王国内で顔が効く貴族でありながら、レジデンシア王国内でも、国王の側近という、睨み合う王国の間ならではの矛盾した立ち位置にいた。



それが日の目を見て、俺が裁かれるのもそう遠くはなかったはずだ。


少しタイミングが早まっただけ。



そっとアイゼンシュタットは、腰を重そうにあげ、俺に指をさした。


アイゼンシュタットの目は据わっていた。

決心がついたようだ。


彼はいつも正しくあろうとする。

おそらく、彼の正しいとは、十人が十人、その行いは善だと言えることだ。


だから、アイゼンシュタットの次の言葉に、心配はなかった。


「その者は解放軍だ。それに国王殺しの犯人。今すぐ捕らえろ」


アイゼンシュタットが、ともに駆け付けた兵士に命じ、兵士は混乱気味に、俺の手首に縄をキツく結ぶ。


兵士は、俺の手首を結ぶとき、謝りながらキツく縄を縛りつけた。

すみません、と。

俺は、兵士の信頼を、それほどに得ていた。国の敵になってなお、これだ。



しかし、それは俺が彼らの信頼を裏切り続けていた何よりの証拠。


兵士が謝る度、涙が瞳を覆った。



が、しかし。



「待て、手荒には扱うな。解放軍の頭を潰した、功労者でもある。丁重にお連れしろ」



アイゼンシュタットが、そう言う。

もはや何を信じて、何を道標にして進めばいいか、わからなくなっているはずだ。

しかし、このままでは国が止まってしまう。

導く者、国王がいなければ。



兵士たちも、無念さか裏切られていた悲しみか、目に涙を湛えていた。



俺は、人にこんなに申し訳なく思ったのは初めてだ。

思い返せば、気持ちのいい成功など、この解放軍にはなかった。

ただのエアスリル王国の転覆を図る悪者だ。

俺はルースに盲目になり、ルースの属する解放軍に何の疑いも持たずに、良しとしていた。

ルースという存在が、俺の良心の呵責を壊していた。



兵士に連れられ、大聖堂を出たあとのことだ。俺は謁見の間にいた、ルースの形をした者を見る。



やはり、俺は変わらんな……。


今の、ルースを盲目的に求めて悪事を働いたことを後悔していない。



あれが、本物のルースなのかどうなのか、わからない。

でも、おそらく違うというのは直感した。

だが、最後に、ルースをこの目で見ることができて、むしろ俺は満足していた。



おそらく、俺は気違いになっていたのだ。

兵士に連行されてなお、ルースを一目見ることができて、俺の胸は高まっていた。



俺には、悔いはない……。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎





数十分前。


〈アイゼンシュタット視点〉




「くそ! どこに行った!」

「すばしっこい奴め……必ず捕らえろ!」

「特徴は黒ずくめの服装に、黒いウサギの仮面! エアスリルの王都でも目撃情報がある! 解放軍で間違いない! 絶対に捕らえろ!」


近衛兵士たちが、苛立ち始めて間もなくのことだ。

くそう、突如どこからとも無く現れた黒ウサギ。


いったいこの王城にどうやって入った。


そして黒ウサギは、開口一番にこう言ったのだ。


『おぅおぅおぅおぅッ! 俺ぁ解放軍だぁ! 国王の命を頂戴するぅ! 国王の首が飛ぶぅ!』



やけに幼い声だった。

それにふざけたような声音。

子供の様な声。が、解放軍に違いないのだ。何かの性癖が高じて、そういう意味不明な変態気質になったのだろう。

解放軍になるような輩には、十二分に、性格に障害が生じるはずだ。



でなければ、解放軍などという乱暴集団に与そうとは思わない。


子供の風体で現れるとは……舐めた真似を!



私は解放軍から全ての者を守りたかった。

いくら睨み合っている隣国エアスリルであっても、その対象外にはならない。


私は、レジデンシアを中心に、世界を平和にする。


気の遠くなるような話だが、こんな解放軍の小物にこんなところでつまづいていてはいけないんだ。




あの黒ウサギを、何としても捕らえる。

が、まずは国王の身の安全が最優先だった。



しかし私たちが真っ先に王の元へ向かっては、王の居場所を教えるようなもの。



ここは近衛兵士が二手に分かれ、片方で黒ウサギを足止めし、片方で王の元へ急ぐ手筈を、兵士たちに言い渡した。



彼らは訓練を受けた兵士。

すぐに行動に移る。

が、神出鬼没に黒ウサギは現れ、兵士たちを蹴散らす。



いとも容易くにだ……。



近衛兵士は、王国内でもトップクラスの戦闘集団と言ってもいい。


それを、鎖鎌一つで、渡り合う黒ウサギは、相当の手練れ。


油断はますますできない。



兵士がまた一人また一人と、次々と鎖鎌の分銅で吹っ飛ばされる。


兵士は皆、臓器へのダメージにより気絶している。



「くそっ! 化け物め!」

「この多対一だぞ⁉︎ どうなってやがる!」

「この戦力が解放軍にいるのか……いよいよマズイぞ」



が、黒ウサギに攻撃を受け、倒れる兵士は、特に目立った外傷がない。

何かに気遣って戦っているのか?



いや、考えるのも馬鹿馬鹿しいほどの強さ。こいつを王の元へ通しては、近衛兵士の恥。絶対にここで食い止めて見せる。



黒ウサギは、スピードが尋常じゃなく速い。目で追うのが精一杯とはこのこと。

王城の廊下通路内での戦い。


壁を蹴り、柱などの地物を上手く使い、さらには天井すらも足場にする、その素早さは目を見張るものがある。



近衛兵士にもしこのような者がいれば、間違いなく近衛兵士隊長クラス。



「どこいきやがった!」

「おまっ! 後ろだ!」

「ぐおぁっ‼︎」




また一人、また一人と、黒ウサギは兵士たちを行動不能にしていく。




「おぅおぅおぅっ! どうした腰抜け腑抜けめ! おれぁ一人だぜ⁉︎ 」



話し方に違和感がある……慣れてないようにも聞こえる乱暴な言葉遣い。

悪ぶっているだけか……?



「くっ、何が目的だ⁉︎」


私が尋ねると。



「言ったロォ⁉︎ あんたらの王様の首だぁ! さぁさぁ、もうすぐ王はいなくなるぅ! すると次の王はお前だろぉなぁ、げひゃははは!」



何を……?

何を言っているのだこの者は?

王の殺害を阻止するのは元より、次の王はゼフツ様だろう?


が、しかし、後でわかった。


次の瞬間、黒ウサギは忽然と逃げ去った。


そして我々にこの事実を突き付けた。すべては、この者のはかりごとだったのだ。


あの、黒ウサギの……。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




〈アスラ視点〉





「これでよかったんかなぁ……」



王城から、王城兵士に連行される解放軍が、続々とでてくる。


俺は惚けながら、その様子を、王城から少し距離を置いた建物の屋根の上から眺める。

屋根の頭頂部に腰掛け、膝の上で頬づえをつく。


空は晴れに晴れ渡っていた。


絶好の解放軍解散日和。



王城から抜け出してきたレオナルド、アルタイルが、合流してきた。



「よかったんじゃないか? そもそもこの作戦を考えたのはお前じゃないか、アスラ」


「早かったね」



「ああ、アルタイルに兵士をコピーしてもらって、俺を連れて出た」



アルタイルが兵士。

さながら、レオナルドが解放軍の一員で、それを連行する兵士だ。

すんなり王城から出てこられるわけだ。




王城から外に出ると、景色は一転した。


レジデンシアに来るのは初めてだ。


レジデンシアの王城がある街。

名前も地理も俺は知らない。


ここは見渡す限り、レンガだ。

道も、建物も民家も、屋根まで赤褐色の瓦のようなものだ。


人気はなく、ガランとしている。


野鳥の鳴き声がよく聞こえた。



レジデンシアは、エアスリル国土の三倍の広さはある。

そのくせ、人口が少ない。


なぜそのような人口密度が下がる状況なのかというと、レジデンシアの情勢が原因としてある。


まあ、あの傲慢な王様の国だ。


圧力のある政治、解放軍を上手く回すための金は、国民の財布からでていた。



しかし、国民は解放軍の存在を、自分たちが維持しているとは知らない。




国民たちは、疲れたんだ。



だと言うのに、そんなタイミングで俺たちの作戦が国王を殺した。


みんな、路頭に迷うだろう。


流れとしては、次はゼフツが王だろうが、奴は解放軍だったことが判明している。



では、次期王座は誰の手に渡る?



「上手く行ったらいいけど」


「上手くいくさ。アイゼンシュタットは善人だ」



レオナルドが、何を根拠にそんなことを言って、俺の背を叩く。


まあ俺たちも他を心配してる暇はない。


明日はわが身だ。エアスリルに戻り、騎士隊のレイナードと合流しなければ。

今回の解放軍潜入の話を持ちかけてきたのは、レイナードだ。

それに、解放軍国境支部の面々も気になる。支部のメンバーは、解放軍の目的を知らない。

レオナルドの話から、アイゼンシュタットなら、そのあたりを情状酌量してくれると思うのだが……。




しかし、解放軍だという理由で、支部メンバーは裁かれなければならない。


そんな無意味な罰があってたまるか。


俺は、そんな世の不条理を濯ぐ気持ちで、今作戦を思いついたにすぎない。



レオナルドと共に出てきた、王城兵士に扮したアルタイルが、電子的な音とともに、元の姿に戻った。


ここで、俺の魔力が吸い取られることが中断される。



結論から言うと、ルースなどはここにいない。

アルタイルだったのだ。


しかし、ゼフツもそのことには気付いていたはずだ。レオナルドの話から、ゼフツはここにいることは知っていた。


それに、何を求めているかも。



それはゼフツが口にせずとも、ジュリアはわかっていたらしいのだ。


想い人に気持ちを馳せるように、宙を見るゼフツ。ルースの存在を知っていれば、なおさらの話だった。




「ゼフツは……夢を見ているような感じだった……」



ふと、レオナルドがこぼした。



「夢?」


「ああ……」



それ以上は、レオナルドは語らない。


まあしかし、ゼフツがどう思おうと、何をしようと、作戦は成功。


解放軍は、解散した。



ジュリアの情報、レオナルドとアルタイルの連携、その二つが上手くいった。



ゼフツが国王を殺害したのは、イレギュラーだったが、まあこの際どうでもいい。


目的は、ゼフツをこちらに引き込むこと。


あいつは解放軍の中でも最も国王寄りだった。

その分、不満や鬱憤、ゼフツの場合はルースの肉体の死も、必ずプラスに働く。

これは、俺では到底知りえなかったもの。


ジュリアのおかげだ。




はぁ……。

疲れた、の意のため息。にっくき解放軍。

それが今、滅んだ。

そのことも、それ以上になにも知らない支部の面々。

やつらの拠り所は、今俺が潰した。



解放軍は、解散したのだ。





さらに遅れて、ジュリアが合流する。

時間は昼前。


「すごいじゃない、上手くいったわね」



ジュリアは観察役。

最悪の場合。国王が城外へ逃れたとき。

ジュリアに捕らえてもらう予定だった。



「みんな、ありがとう」



これで、罪のない支部のメンバーは捕まる。

時間の問題だ。本人たちは主張するだろう、知らない、と。

それに、どこまでアイゼンシュタットが耳を貸すかだ。



でも、これは正しいこと。俺がやるべき事だったのだ。悔いようにも、世の中のためすぎて、どうしても自分のした事の重大さから目を背けてしまう。



これで、いろんな人の人生が救われ、一方で狂うのだ。



最後にするから、もう一度、思う。

これでよかったのかな、と。



しかし。


「あなたは正しい事をしました。マスター」



アルタイルが言う。

そうか、こいつは俺の完全コピー版。思考までコピーだ。

俺の気持ちが、わかる、ただ一人の人間……じゃない、精霊か。




「マスターは、いろんなことが一気に起こりすぎて、それに最後の解放軍解散で、混乱しているだけです。大丈夫、すべて上手くいってますよ」



アルタイルの優しさに、思わず口が緩んだ。


精霊のくせに、一丁前に気遣いやがって……。


しかし、アルタイルからすれば、自分を精霊に変えた挙句、魔力還元装置とやらの実験と偽り廃棄されそうだったのだ。



アルタイルが前向きなのも、頷ける。



そうか考えると、アルタイルはこれで浮かばれたのか。



そうやって微笑んでくれるのには、その意味はあるか?

これでよかったのか?


頼むから、精霊にされた事を、気に病んで、死にたいだなんて言い出すなよと思いながら、抜けるような空を見上げ、ふと思った。



これでよかったのだと。







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小説版と併せて、どうぞこれからも宜しくお願い申し上げます。




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