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無属性魔法の救世主(メサイア)  作者: 武藤 健太
フォンタリウス屋敷編
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第六話 ミレディの決意

私はフォンタリウス家の長女として生まれた。

長女と言っても、兄妹と半分しか血が繋がっていない。

と言うのも、一夫多妻制が敷かれている世の中だから、お父様の第二夫人が私のお母様だ。

だから一つ上の兄とも、同い年の兄とも、血の繋がりはお父様を経てしかない。



でも最初は同い年の兄がいるなんて知らなかった。

お母様から聞いて、初めて知ったのだ。

何故今まで聞かされなかったかというと、次期当主の継承権が一番低くて、さらに第三夫人の息子だから、あまりお父様には相手にされないどころか、見限られていたから、というのが理由らしい。



私はその話しを聞いて、私は恵まれていて、運が良かったということを感じた。

実際にそうだ。

少しでも立場が違えば、私がお父様に見限られていたかもしれない。

兄のノクトアはそんなこと露ほども感じていなさそうだったが。



私は大人の顔色を伺うということを覚えた。

というより、何をすれば大人が嫌な顔をしないかだ。

今の年齢で言えば、ひたすら親の言う通りにすれば、みんなご機嫌だった。

私はそうして自分を偽っているうちに、どんな顔をすればいいか、わからなくなってしまった。


だが、そんな時に私は、初めて同い年の兄であるアスラに会った。

いつも別々の食事の時間だったのに、彼のメイドのミスで食事の時間がカブってしまったのだ。

私達子供の手前、お父様がアスラを追い払うことも憚られる。

結局、一緒に食事をすることになった。



「ねえ、あの子だあれー?」


お兄様がこのピリピリした空気の中、まったく空気の読めないことを言った。


それをお父様が優しくあしらいつつ、アスラへの興味を削ぐ。

全く、大人というのは子供が分かってないと思って、非道なことを簡単にする。

子供が分かってなければ良いというものでもないだろうに。

アスラも何を言われているかわかっちゃいないだろう。

どうせアスラも所詮は子供だ。

私は大人の顔色を良くするための手段を的確に選んでいるに過ぎない。

どちらかと言えば、私が少し異常なのだ。



そう思っていた。



でも彼は、お父様の言葉に一瞬、ほんの一瞬だが、確かに薄ら笑いを浮かべた。

そしてあまつさえ、メイドのソフィとユフィにも好友的な印象を的確に狙って与えたのだ。

彼は言葉を喋れないと周りに思わせているに過ぎない。

彼からはどこか私と似たものを感じる。


私は少し興味を持ったんだと思う。

今よりずっと幼い頃のことだから、うっすらとしか覚えていないけど……。


「あの子はまだ話せないの?」


すると、面白い具合に私の思った通りに事が運んだ。

彼には少し酷だったが、結果オーライだ。

そしたら、彼は信じられない言葉をお父様や第1夫人ミカルドさんに投げかけた。


「うっせーんだよ、この野郎共。ハゲろ」


こんな不遜な態度、誰もとらない。

彼はやはり何かが違う。

その時からだろうか。

私の興味は急速に彼の方へ向いていた。



結局アスラはメイドのヴィカさんに連れられて、食堂から出て行った。



「なんだ喋れるんじゃない」



おっといけない。

口に出してしまっていた。

アスラは勘も良いようで、振り向かれた時には少しドキッとした。



でも、どこかつまらなかったこの生活に、光が射したような気がした。



******



次に彼と会ったのは屋敷の書庫でだった。



私がユフィに頼んで書庫に行かせてもらって、面白そうな小説を探している時のことだ。

アスラが書庫に入ってきた。

私は少しびっくりしたが、彼も驚いている様子だった。


彼は兎に角言葉遣いが悪かった。

こんな表裏のない会話は初めてで、とても気持ちが良かった。

彼は感じたこと、思ったことをありのままに口にする。

何も取り繕う事などしない。

表面的に楽しそうにしたりもしない。

ただただ真正面から私を見て話をしてくれる。

私にとっては、それはとても新鮮で、この上なく嬉しかった。


アスラはお父様から見放されて、お兄様からは見下されている。

それは彼自身もわかっているはずだ。

なのに、アスラは努力することをやめない。

期待をされていないとわかっているだろうに、この書庫へ足を運んで魔法の勉強を独自にしている。

才能の塊のお兄様や私とは違い、彼には才能が無いとお父様が散々言っていた。

だけど、本当に大切なものは何だろうか。

私にとっては、お兄様や私のようにただ単に運が良かっただけで恵まれた才能よりも、アスラのように才能がないと言われても熱心に努力する姿の方が、たまらなく美しいと感じる。



アスラは親に見放され、チャンスを不当に奪われ、才能がない落ちこぼれと後ろ指を指されて笑われても、決して諦めることはなかった。

それは、私が欲して止まないもの。

彼は私の遥か先を行っている、そう感じた。



その翌日から、私も書庫へ通うことにした。

私は依然、面白そうな小説をあさりに来ているのだが、それは建前だ。

本当は、彼がどんな風に魔法を学んで、どのように身につけていくのか、その過程や姿が気になって仕方ない。

私は小説を読むふりを続けつつ、アスラの隙をついてはずっとその姿を眺めていた。

そんなことを毎日続けているうちに、私はアスラのことが好きになっていた。



ある日、またいつもの書庫で、アスラが魔力を手から放出して部屋を半壊させた。

とてつもない魔力が放出されたのを感じた。

これに比べたら、お兄様や私の魔力など無いに等しい。

だけどそう思うのも束の間。


彼は魔力の消費により、倒れてしまった。

最悪、命の危険もあると聞いたことがある。

私はそう考えた瞬間、発狂しそうになった。彼が死んでしまう。そう思うとたまらなく悲しくて悔しくて感情がぐちゃぐちゃになった。



アスラは知っているだろうか。

壁や天井がアスラに向かって、今にも押しつぶさんとする光景を見たとき、私の心臓が止まりそうになったことを。


アスラは知っているだろうか。

どれだけ揺すっても起きない彼を見たとき、私が泣き叫びそうになったことを。


アスラは知っているだろうか。

私がどれだけあなたのことを大切に想っているかということを。



******




翌日、アスラは何もなかったかのようにケロリと食堂に顔を出した。

今日から一緒に魔法を教わるらしい。

差し詰め、お父様がようやくアスラの力に気付いたと言ったところだろう。


授業を聞くアスラの態度は至って真面目で、今までの恨み辛みを忘れているかのようだった。

あんな扱いを受けたというのに、アスラは優しすぎるのだ。


そして、その後に私がアスラに言葉遣いを教える役を仰せつかった。

アスラと二人きりだ。

下手に顔を見ることができない。

恥ずかしさで、思ってもないような事を口にしてしまう。

嫌われていたらどうしよう。



そんな不安を払拭すべく、私は今日も書庫に足を運んだ。

書庫は壊れているが、ユフィ達がある程度掃除してくれたおかげで、使用は可能だ。

そこにはもうすでに、アスラがいて、熱心に本を読んでいる。

勉強の邪魔をするのも躊躇われたけど、私にはどうしても伝えておきたいことがあった。


―――――――私、好き。アスラのこと。


言っ……た…………。



私はその時、生まれて初めて本心を口にしたと思う。

アスラは、どうせ子供の恋だ、と思っただろうか。

いずれ目が覚める盲目な幼い恋だと思っただろうか。

父方だけとは言え、血縁がある。

成り立つことのない恋だと思っただろうか。



そう思われても仕方がない。

アスラは私より大人で、物事の考え方もしっかりしている。

だけど、そんな彼が戸惑いながらも、十年経っても思いが変わらなければ気持ちを受け止める、そう言ってくれた。


別にすぐに返事がもらえるとは思っていなかった。

家族という立場の問題もある。

その答えが聞けただけで十分だった。



******



それからはというもの、私はいつも通りアスラに接することができなくなっていた。

意識してしまって、まともに顔も見れない。

声が上ずって、まともに喋れない。

気づけば、彼から逃げてしまっている。

書庫でのことを思い出すと、心臓が焼け切れそうになる。

書庫にいるアスラにも会いに行き辛くなった。



だけどそんな日々は一瞬で消え失せてしまう。

こんな生活が続いていく中で、少しずつ少しずつ、彼に近い存在になれればいい。

その考えが甘かった。


率直に言うと、彼はお父様に勘当された。

適正魔法がなく、無属性魔法しか使えないというのが、その最たる理由だった。

彼は何もかもを背負い過ぎていたのだ。

書庫での爆発の日から、みんなの期待を一身に背負い始めたアスラ。

すごい魔力がある。

そう思われていた矢先の出来事だったから、尚の事タイミングが悪い。



その時、私はなんて声を掛ければいいのか分からなかった。

頑張って?

私よりも遥かに努力をしている人間に言って、何になる。

アスラなら大丈夫?

私が想像もできないような辛い日々を送ってきた彼に、私が言えることではない。


何も言えないままの私に、皮肉にもお父様は青い魔石が付けられた杖を渡した。



***



アスラの家をでる準備はすぐだった。

私は急いで杖の魔石を取り外して、いつでも携帯できるようにペンダントにした。

玄関に大急ぎで向かうと、今まさに玄関を出ようとするアスラがいた。



アスラに私のことを忘れて欲しくないという一心で、私は魔石を手渡したが、彼の今までの重荷になっていた期待から解放されたような、清々しいまでの肩が軽くなった顔は、正直見てられなかった。

落胆、絶望、困惑、不安、後悔。

そんな感情がいっぺんに感じられて、私の胸は何かに締め付けられるようにキリキリ痛み、アスラの顔を見るのが辛くて追い出してしまった。

だけど彼は私と違い、辛い、と言うことすらできない。

それを聞いてくれる人がいないのだ。



そんな彼がこの屋敷を出て、さらに遠くへ行ってしまう。

そう考えた瞬間、今まで我慢していた私の何かが一気に決壊した。

私は玄関の扉に死に物狂いでしがみつく。

大声で情けなく、人目も憚らず、わんわん泣いた。

私はただ、玄関扉を引っ掻きながら床に崩れ落ちる。



そうだ、私がこんなところで泣いてはならないのだ。

泣きたいのはアスラの方だ。

何の愛情も与えられず、見捨てられたのだ。



なら、その愛情を私が与えよう。

親子愛も、兄弟愛も、恋愛も、全て私が一手に彼に与える。

お父様ですら文句の言えないような立派な魔術師になって、彼に私の全てを与えよう。

私は1年後に魔法学園へ入学して、この家の歴代の誰をも超える。

世の中を全く知らない私が目指すにはたくさんの荒波が待ち受けているだろう。

それは痛いほどに分かる。

今回のアスラとの別れが初めての荒波。

だが、これに比べると先に起こるだろう、どんな困難も辛くはない。

そう思えた。



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