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第五十五話 王との謁見

「で?」

「え?」



大聖堂の床でノビた解放軍の二人を見下ろし、レオナルドは投げやりに尋ねた。


「これからどうするんだ? ホントにレジデンシア王と会うのか?」


「そりゃもちろん」


「なんで? 私たちの逃走を邪魔する者はもういないわ。そのまま逃げるじゃダメなの?」


ジュリアも、王に会うことには否定的だ。

まあそれもそうだ。

王に俺たちの存在を知られずに逃げ切ることは、俺たちにとって大きい。

存在、延いては人相を知らなければ追うことはとてもじゃないが、できない。

王、つまり解放軍のトップが俺たちの追跡を部下に命ずる前に身を潜めることは十分に可能。

俺たちの投獄をした人間には顔が割れていようが、それが王の耳に届くには大きなタイムラグがあるはず。

そもそも、王が俺たちの存在を関知していない可能性もある。

逃げるのは得策だ。



だが。




「しかし解放軍の支部で操られている者たちの安全を見捨てることにもなります」


アルタイルが、俺の考えを読む。

さすが完全複製。俺の思考までも複製だ。

こんなものが魔力のある者の手に渡り、実戦に投じられていたら今頃エアスリルは大混乱だ。



「その通り。おれは少なからず支部の連中と関わった。解放軍の本当の目的を知らずに、一途に国のためと信じて疑わないやつらを、放ってはいけない」



そう。ただの良心の呵責というやつだ。

実際問題、ここで逃げても何も問題はない。でも、やつら、支部の連中と関わった時間は、少なくとも俺の中の何かを揺さぶった。



レオナルドとジュリアは、肩をすくめ、お互い見合う。



「アスラらしいぜ」



と、いうのが二人の総括した意見となったらしい。



「ありがとう、そこで、一つ提案がある」

「なに?」



ジュリアの問いかけと共に興味を示してきたレオナルド。

俺たちを追ってきた解放軍二人を無力化する作戦時のごとく、四人が輪になって、ひそひそと話す。



小さな声が大聖堂に響いた。


さあ、正念場だ。



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎





我は王なり。

そして解放軍を統一する者でもある。言わば、迷える者を導く者。

この国をより良くするため、あの計画を実行する必要がある。



「ゼフツ」



「は」


同志である彼は、我の右腕と言ってもいい存在。彼を大層信頼した。



「外が騒がしい。様子を見てこい」

「は」



ゼフツは大変使える。我が娘に気を持ち、さらに娘を当てがうことで、掌握も容易い駒。さらにエアスリル国内でも顔が効き、都合のいいパイプとなった。



それに加え、魔法も申し分ない。

裏の護衛役としては持って来いだった。



が、何が運命の歯車を狂わせたのだろう。

今の 我は傲慢だったのだろう。王に相応しいと自負し、その自尊心そのものが、自身が王たる素質にしていた。



要は、思い上がり。

などと、本来の我なら思いつきもしない情けないことを思うのは、まだ先の話だった。




「その必要はないぜ」



ゼフツが、謁見の間を出ようと扉に近づいたとき。

扉がひとりでに開放された、いや、何者かによって開けられたのだ。




「レオナルド…… 」



ゼフツは声の主を知っているようだ。


「なぜ……お前が生きている……⁉︎」



珍しく、ゼフツが慄いている。

しかし不測の事態でこそ、ゼフツの本領は発揮される。

彼の機転で、いくつもの困難を乗り越えてきた。

そう、我が野望に、一寸の狂いも許されないのだ。



「へへへ、亡霊でも目にしたかのような目してるぜ、ゼフツさんよぉ」



しかし、何かが違う。今までと、何かが。

ゼフツにこれほど厚顔無恥な態度を取り、さらにゼフツを一歩、いや、それ以上退ける者など、今までいようか。



「貴様、何者だ」



私の問いに。



「あんたの元部下だよ、間抜けな王様よ」



「小僧……」



怒りに、震えた。

思わず笑みがこぼれる。

間違いない、反逆者だ。

無策な反逆者か、それともある程度の反逆者か。



「しかし、ここまでよく辿り着いたものだ。賞賛を捧げよう、貴様の死に」



ここに単身で乗り込んでくるほどだ。ある程度の力はあるのだろうが、ゼフツ、延いては我の敵ではない。


もし、万が一にともありえないが、それでも対処が間に合わなくても、ここには約千を超える数の部下がいる。



やはり、我の敵ではない。



「どんだけ自信過剰なんだよ……」



が、レオナルドとゼフツが呼んだ男は、怯むことはない。命を賭しても、我を打つ覚悟の部類の者か。



今まで幾度となくそういう輩は見てきたが、皆一様に頭に血が上り切った単細胞。

そやつらの死に際ときたら、むしろ己が死しか頭にないのではないかと疑うほどの、犬死。

我に傷一つ付けられずに死ぬタマ。



思わず、笑みがこぼれる。


その哀れさに。



だが。



「その余裕、保っててくれよ? 」



奴はなおも、勝つ気でいる。

しかし命を懸けて乗り込んで来た者の顔つきではない。確実に勝利を確信した顔。

稀に見る阿呆か?



が、すぐに我の笑みは固まった。



奴が開き切った扉の向こうにいた人物は。



「ルース‼︎‼︎‼︎」



ゼフツが、叫んだ。

謁見の間に、その切羽詰まった声は反響する。

彼がこうも取り乱す原因は、彼女、我が娘にしてゼフツの妻。

整った容姿に、特徴的な黒い髪。

まさに、彼女だった。



しかし待て。

ルースの肉体はネブリーナの意識とともに死んだはず。

今あるのは、ネブリーナの体と、それに定着してしまったルースの意識のみだったはず。



ならばこの肉体はどこから……?



「レオナルド……貴様、どういうつもりだ。もう十分楽しんだろう。目をかけてやった恩がこれか」



ゼフツが、顔を歪ませて、腹が煮えくり返ったと表情が語る。



「馬鹿野郎。何が目をかけただタコ。結局は人工精霊契約の実験の被験者じゃねーか」



しかし、あのレオナルドと呼ばれた青年も一向に退かない。



「ふん、貴様のような魔法の才の欠片もない輩に、幹部の地位をやり、魔法の進歩に必要な踏み台にもなれたのだ。その幸福がわからんか」



「俺を馬鹿だと思ってんだろ? それのどこが幸福なんだよ、ただの殺人じゃねえか」



ゼフツの意識は完全にルースに向いている。それは彼の視線から明らかだ。

焦った様子で、会話を続けているが、今にもルースを取り戻したい衝動でいっぱいだろう。



しかしよく考えろ。

ここにルースの肉体があること自体、不可能なことだ。

彼女の肉体は、数年前のエアスリル王都での反乱で滅んだ。



ここにあることがおかしい。

それに気付かないゼフツでもあるまい。

しかし、ゼフツのルースに対する心酔のしようは異常だった。

目が、ルースの現れにより曇ってしまっている。



「小童、そのルースが本物だとでも? 馬鹿を言え、彼女の肉体は数年前に死んでいる」



それに、アルタイルという人工精霊の存在を我が知らぬとでも思ったか。

アルタイルはゼフツが単独で研究を進めていた人工精霊の二作目。

人体に一億五千万という数値の魔力を送り込めば、人は精霊化する。

その魔力を送り込むには時間がかかる。それ故に、人工精霊の実験が始まってから、人工精霊の成功例はわずか二体。



クシャトリア、オリオン……。




そういった報告は受けている。


そして成功例かと思われたアルタイル。実戦においての実用性が極めて低いことから、廃棄と決まった人工精霊、と廃棄の理由は決められた。



その実戦にアルタイルを投入する実験、確か被験者の名は……。



「レオナルド」


我は呟いた。

そうか、そういうことか。



「くくく、くははははは」



思わず我の口から笑いが漏れた。



「な、何がおかしい!」



レオナルドが焦った様子で叫ぶ。



「貴様、いや、レオナルド。先の失敗実験の被験者はお前か?」


「だったらなんだよ!」



おおかた、こういうことだ。

レオナルドは実験の被験者。でもアルタイルの実用性の低さ、つまり魔力の燃費の悪さから、アルタイルは廃棄。

そしてそれを使えこなせなかったレオナルドも同様。

しかもレオナルドはその事例を知ってしまった。




アルタイルの魔力消費の大きさ、それに相反するように、適正魔法のないレオナルド。



その肩書きは、解放軍でやっていくには、致命的な欠点だ。

無属性。

それはどこにおいても、何においても、不利益なものだ。


失敗と言わざるを得ない結果の実験内容を知ったこと、さらにゼフツが嫌う無属性。



二つの要因は、レオナルドを解放軍から除名するのに、都合がよかった。



幹部のシェフォードは、以前そう話していた。

彼もアルタイルの実戦に参加したメンバーの一人。

シェフォードの報告内容は、大変、ごくつぶしどもを排斥するのには持ってこいだった。



その復讐のためか、レオナルドは、同じく投獄されたアルタイルと組んだ、そんなところだろう。



「レオナルド、お前の実験の報告内容を思い出したぞ。これもお前とアルタイルの無力が生んだ不幸だ。恨むなら自分を恨め。大人しくした方が身のためだぞ、くくく」



「アルタイル? 知らねぇな。ここにいるのは正真正銘あんたの娘、ルースその人だ。こいつの命が惜しくば、言う通りにしろ」



レオナルドは、何をするのかと思いきや、アルタイルの喉元に、自身の剣を向ける。



「ま、まて!」



ゼフツが、先に声を上げた。



「何をしている、ゼフツ。こやつはアルタイルだ、間違いない。シェフォードからルースの肉体が滅びたことは周知の事実とされている」



「しかし! ザレイラス様! 仮にアルタイルだとしたら、どうルースをコピーしたというのです⁉︎ アルタイルの能力は、他人に完全になりすますこと。しかしそれは対象を肉眼で見ないと成立しない能力です! アルタイルを作ったのはルースの死後! 彼女は、間違いなくあなたの娘、ルースです!」



ゼフツの言葉を聞き、ルースの格好をした何者かは、不服そうな顔を、ルースの顔で体現する。


ゼフツがここまで食い下がったのは初めてだ。余程、必死なのだと見える。

しかもゼフツの言い分は最もだ。彼女をルースと認識した方が、得心がいく。

逆に、彼女をルースとみなさない方が不自然な状況。

我も進んでルースを失いたいわけではない。



では、それでは……レオナルドの人質は、今、初めて人質としての効果を得ることになってしまう……。



あれをアルタイルではなく、ルースだと我が言い始めてしまっては、我らには大きな痛手となる、人質を与えてしまうことになる。



こ、ここは一旦。



「ふん、それの正体が何かは、一時保留とする。レオナルド、何が望みだ」


「話が早くて助かるぜ、お偉いさん。望みは一つだ」


レオナルドは、一世一代の大名言を口にするかのように、たっぷり沈黙を持ったあと。



「解放軍を、解散させろ」



「は?」




なんだ……こいつは。

目的は、自身の安全や後腐れなき解放軍からの脱退かと思えば……。


解放軍の消滅を望むのか?



「なぜだ」

「簡単なことさ。解放軍の末端連中は、解放軍の真の目的を知らない。手下を騙して、自分だけ美味しい思いしようってか? そうはいかねえからなって話だ」



「馬鹿め、奴らは使いやすい駒だ。国のため、と都合よく何でも解釈する。これはな、レオナルド、言わば宗教みたいなものだ。支部の末端連中に国のため、ああしろと言えば本当にする馬鹿なやつらだ。彼らにとってはな、国は神に等しく大事なのだよ。それを奪ってしまうと言うのなら、どちらが悪者かわからなくなるなぁ?」




何かと思えば……やはり阿保は阿保だ。

レオナルドの目的は、見た目ほど大層なものではない。


ここで潰えてゆくのだ。奴の目論見は。

ただの偽善者ごっこのつもりか?

この組織として働いた時点で、もう悪の一員だ。

今更馬鹿馬鹿しい。

身の程を知れ。



レオナルドは答えない。

ルースに剣を向けたまま、動こうとしない。



いや、ルースと断ずるには、些か問題がある。

確かに、いくら完璧なコピーと言えど、ルースを直に見れないアルタイルではコピーはできない。



が、しかし、それはルースの肉体が滅びたという事実を無視できる理由にはならない。

結果、やはりあの女は。




「……ルースじゃないな?」



我の目は騙せん。

そう確信しかけたその時。



「やっぱり、お父様に認めてほしいだけなのに。こんな時も疑惑の念に囚われているの?」



「ルー……ス?」



いや。おかしい、これは確かにルースだ。

ルースはいつも我の力になることを目的として生きてきた。


ゼフツとの結婚も、我の野望のため。


ゼフツの妻になってなお、我に認めてもらおうと、力になろうという姿勢。



今の彼女からは、確かに、それが切実に感じ取られた。



いかん、頭の整理がつかん。

アルタイルのコピーが不可能な今、このルースは一体どこから湧いたルースなのだ?

そもそも、アルタイルは廃棄処分になったはず。ここにいることもできない。



彼女が、ルースという事実がより濃厚になる……‼︎



「ルース……なのか?」



ゼフツが藁にもすがるように、目の前のルースを求め始める。

心から愛した女性。

貴族同士の政略でも何でもない、綺麗な恋心。その対象が、失われたと思われていたその女性が、今目の前にいる。

それを盲目的に求めるなと言う方が、今のゼフツには難しい……‼︎




「待てゼフツ! それ、その女は、ルースなどではない!」



と、我の言葉にピクリと動きを止めるゼフツ。

やはり、いい。この男は。

使える、一番使える人間だ。



が、振り向いたゼフツの表情は、我の予想とは大きくかけ離れていた。




「彼女は……ルースだ……‼︎」



まだそんなことを言っているのか、この男は。


面倒なのはゼフツのルースに対する想いかもしれん。



「馬鹿かお前は! こやつはルースなどではない! 奴らの策にまんまとハマるというのか⁉︎」



ゼフツはしばらく俯いた。



ふう、ようやく我に帰ったか。

ゼフツにも操りにくい部分はあった。


しかし返ってきた返事は、腹の底から唸るような、そう、さながら猛獣が猛り狂う前兆を思わせるような……。

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