第五十四話 レジデンシア王城にて
かっけんの間の、かっけんの変換ができませんでした。
すみません。
↓
解決しました。
お恥ずかしいことです。えっけんでした、謁見。
重ねて、申し訳ありませんでした。
地下牢獄で脱獄があったと連絡があった。
ここは解放軍のレジデンシア本部。何か問題でもあれば大打撃は避けられない。
それほど、密度の濃い情報がここには詰まっている。
私は準幹部の警備部隊ということもあり、脱獄囚の捕縛を命じられた。
必要であれば、殺してもよいとも……。
「マリーナ、いくわよ」
同僚が先に準備を済ませて、私を促す。
解放軍には部隊と言えど、同じ目的を持ったものが無作為に集まるため、女性も数多くいる。
彼女もその一人、ナルファという女性の警備兵だ。
「ええ」
私は軽く返事をして、ナルファの後を追う。警備兵と言えど、準幹部。
相当な実戦を積んできたつもりだし、それを裏付ける階級だってある。
脱獄囚は元幹部の一員だったレオナルドとジュリア兄妹。
上級剣士の称号は厄介だが、解放軍の使い捨ての駒という認定を暗にされていた二人だ。相手にとって不足はないが、午後の運動程度に、その時は考えていた。
あとはエアスリル国境支部の下っ端戦闘員? だっけ? なんでも解放軍を脱退しようと目論んでいたのだとか。
解放軍を知っておいて抜け出したいだなんて、甘い人間もこの組織で増えたものだ。
私は一層、気を引き締めた。
やつらとは違う。
私は準幹部なのだから。
誇りやプライドがある。それはナルファも同じはず。
この仕事、手早く済ませてみせる。
私とナルファは、駆け足で脱獄囚目撃情報の場所まで急いだ。
目撃情報の場所は地下牢獄から一階層上がってすぐの研究室。
「ここで一体何が……⁉︎」
ナルファが研究室を見渡して、驚愕する。
それほど凄惨な光景。
研究室は破壊の限りを尽くされていた。
研究機械について明るくはないが、素人目にも明らかだ。
ここはもう使い物にならない。
「ど、どうやらアルタイルが……脱獄囚側についているようです……」
「なんてことなの⁉︎」
「廃棄処分予定だったとの上からの情報でして……私どもはアルタイルと脱獄囚が結託したものかと憶測しております」
研究室からの破壊音を聞きつけた兵士達の話だ。
兵士たちは概ね気絶しており、彼は戦意喪失し身を守っていたのだという。
本人は自分を責めていたが、貴重な情報元だ。同行させよう。
廃棄処分予定だったアルタイルと、脱獄する力が必要だった脱獄囚。
利害一致して共闘したといったところか。
「しかしアルタイルとの契約には相当な魔力が必要だったはず……」
「精霊側が契約主になる仮契約というものがあると聞くわ」
私の疑問に、ナルファが答える。
仮契約……。精霊が契約を自由にできるが、魔力消費は激減される。
アルタイルはイカれたように魔力を食う。おそらく仮契約を一時的にしているのだ。
私たち本部の物は、解放軍の計画を、ある程度把握している。
支部の連中とは違うのだ。
だが責任もその分伴う。
早急に脱獄囚を捕らえないと。警備部隊の恥だ。
「研究室をでて壁を破壊しながら進んだようね」
「この方角は、確かにレオナルド、ジュリアペアが捕らえられていたわ」
「合流したってことね……」
「ええ、追うわよ」
私はナルファ、そして生存した警備兵と破壊された壁の穴を進む。
それにしても一体どんな魔法を使えばこうなるのか。
壁の修理もそうだが、よほど強力な魔法を使うのだとあれば、厄介だ。
それにアルタイルは誰であれ、魔力さえあれば他人のすべてをコピーできる。
強力な魔法使いをコピーすれば、このありさまも頷けた。
前の幹部限定の任務で何か問題があったと聞くが、それが原因でレオナルドとジュリアが囚われ、アルタイルが廃棄予定になったそうなのだが、そうなる経緯や詳細は知らされていない。
組織の上層部で情報は止められている。
いったいアルタイルは誰をコピーし、何が起こったのか……。
そうこうしているうちに。
「ここがそうね……」
「見事に枷が破壊されているわ」
「ここからは壁が破壊されていませんよ……」
確かに。
この警備兵は目の付け所がいい。
ここからは、おそらく脱獄囚たちは通路通りに進んでいる。
壁が破壊された痕跡はない。
「あなた、名前は?」
警備兵に尋ねる。
「はい、ヤントです」
「そう、ヤント、あなたは目の付け所がいいわ。生き残れたのも納得ね」
「ええ、それでヤント、ここから先はどこに繋がるの?」
私とナルファの質問に、緊張をもって、ヤントは答えた。
「……レジデンシア王城内、謁見の間直前の廊下かと……」
私とナルファは固唾を飲んだ。
それでは……この通路を進めばレジデンシア王の目の前……。
確か、謁見の間はこちらの通路が近道。先回りできる。しかし二人ともそれは熟知していたようで、三人の足は自然とそちらへ向いた。
私たちは先を急いだ。
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長く暗い通路だった。
久しぶりの日光を目にしたのは、聖堂のような、大きな部屋に入ったとき。
壁面に設けられた窓から、日光が差し込む。どうやら夕暮れ時らしい。どれほどの間、地下にいたのだろう。
「なんだここ」
「大聖堂だ。出口はすぐだぞ」
俺の独り言に、レオナルドが口を挟む。
俺はレオナルドとジュリアと行動を共にしてきた。
彼らはここに詳しい。
話を聞いてみると、解放軍に利用されていたらしい。しかし解放軍に入ったのは彼らの意思。それを咎めるか咎めないか……。
まあそれは後にして、今はここからの脱出だ。
クシャトリア、怒ってるかな。
予定外のことが起こりすぎた。長期休暇も無限ではない。
早く、学園に戻らないと。
解放軍に潜入していたことがなぜバレたのか。それは定かではないが、同じく潜入してた騎士隊のイヴァンの安否も気になる。
「くそ」
気持ちが急く。
「アスラ」
レオナルドに呼ばれた。
「なに」
「焦るな」
「……」
レオナルドは、理由があって解放軍に入り、解放軍に利用された。
理由がどうあれ、解放軍に入っていたことを俺に隠していた。
隠しながら、俺と生活していた。
もうそれは過去。
しかし腐っても、レオナルドは俺の師だ。
剣術と戦闘の術は、みんなレオナルドから学んだ。
彼の言うことは、正しいと思えた。
俺はレオナルドが解放軍に入ったことを言いたいんじゃない。
なぜ俺にそんな大事なことを隠していたのか、だった。
今頃、それに気付いた。
「ふん、偉そうに」
「すみません……」
しかしそれはそれ、これはこれだ。
解放軍の目的を知っていながら脱退せず解放軍に力を貸していたレオナルドをぞんざいに扱わずにいられるわけがない。
しばらくこれを盾にレオナルドをいいようにできるかも。
ご覧の通り、彼は平謝りしかできないのだ。
なんてったって俺を裏切り続けてたんだから。
レオナルドの初めて見る情けない姿に、吹きそうになる。
「冗談だよ」
「……くそ、なんて言ったらいいのかわからなねぇ!」
がはは。
いつものレオナルドであれば、からかったな! この野郎! と袖を捲り上げるところだが、今のレオナルドはヘコミにヘコんでいる。
俺への罪悪感からだ。
しかしいつまでもこの調子では困る。
敵は確実に俺たち三人を追いかけている。
「レオナルドにはレオナルドの理由があったんだろ? 隠してたのは反省してもらうけど、そんなに落ち込まなくていいよ。もうあやまったんだし。今は今に集中してよ、お師匠さん?」
「わ、わりぃ……」
なんなんだこの男は。繊細過ぎて逆に気持ち悪いぞ。
とは言うものの、俺の中でもレオナルドを断罪する気持ちと、許して今まで通り過ごしたいという気持ちがせめぎあっている。
今に集中できていないのは俺も同じか。
そうしばらく宙を仰いでいると。
ばん!
突然、今いる大聖堂の大扉がけたたましく弾かれるように開けられた。
「見つけたぞ……反逆者め……」
二人の女騎士と、それにもう一人、解放軍の警備兵と同じ格好をした同行人がいる。
女騎士は黒い甲冑を要所にだけ取り付けており、堅牢な雰囲気を持ち合わせながら、実にフットワークは軽そうだ。
「反逆者はあんたらだろ。国をなんだと思ってやがる」
女騎士はジリジリとにじり寄ってきた。
二人とも手には槍を持っている。
「ふん、我々の目的を知ったところで調子付くなよ……。これからが本番だ」
黒い女騎士は言葉を綴るが、殺気がどんどん強まる。
が、やつらはすでにこちらの手の中だ。
なぜだと思う?
「ん? 貴様ら……アルタイルはどうした」
今女騎士二人と対峙しているのは、俺とレオナルド、ジュリアの三人。
しかし、アルタイルはこの大聖堂内にいる。
「そこにいるじゃないか、アルタイル」
と、俺の言葉を聞くや否や、女騎士二人の額にはありありと汗が浮かぶ。
「ま、まさか……」
女騎士二人の後ろをついてきた、解放軍の兵士の格好をした者を、二人は振り返る。
「貴様ッ⁉︎」
二人が振り返った兵士は、突如として青白い閃光に包まれ、一瞬にして人工精霊、アルタイルに戻る。
「バラすのが早いです、マスター」
「細かいことは言いっこなしだっ! その二人をコピーしろ、アルタイル。魔力は好きなだけ使ってくれ!」
「なッ⁉︎」
「貴様! 仮契約ではないのか⁉︎」
「あんたたちが捕らえたのは誰だと思ってるんだ?」
俺は悦に浸りながら、久しぶりに白いウサギの仮面をつける。
久しぶりに上機嫌な自分がいた。
アルタイルという圧倒的優勢の要。
レオナルドとジュリアとの再会と和解。
そして潜入した俺をまんまと捕らえた、にっくき解放軍の仲間二人の戦慄に歪む表情。
そのすべてが俺に味方する。
「すでにコピーが完了しています、マスター。マスターの魔力総量の二十分の三を消費」
アルタイルは味方になれば仕事が丁寧だ。
クシャトリアのときのような混乱はおおよそなかったと言っていい。
アルタイルの力を使ったときの効力、効果範囲、持続力。
説明は細かにしてくれた。
一度にコピーできるのは、今の俺では二十人。
アルタイルと俺の距離、コピー対象とアルタイルの距離にも制限がある。
しかしコピーしてしまえばこっちのもの。
「マスター、どうやらここはレジデンシア王国の王城のようです」
「うそ……だろ……」
少なくとも、エアスリル王国内だと思っていたが、まさか敵の本拠地に囚われていたとは。
「しかもレジデンシア王城内にいるようですよ? 近くに国王との謁見の間があるようです」
最悪だ、よりにもよってレジデンシアの、さらに解放軍の中心部じゃないか。
逃げるのは難しくなってきた。
しかし、打つ手もない。計画もそこまで想定していない。ええい、ままよ。
「くっ、予定が狂うな……まあいい、国王様に挨拶していこうじゃないか」
「貴様ッ!」
「正気か⁉︎ よせ!」
俺は解放軍への怒りを抑えきれない。
支部の人間は使い捨て、支部長しか解放軍の実態を知らない。
そんな国を思う無垢な支部員たちを駒扱いするような組織は、潰した方がいい。
そうに決まっている。
クワトロにゼクス、そして潜入仲間のイヴァンたちの身が危ないのだ。
それも未然に防いでみせる。
「俺は正気だ、よさないぞ。アルタイル、俺の魔法でこいつら二人を一掃してくれ」
そして、潜入中に付けていた黒いウサギの仮面を、アルタイルに投げる。
「大丈夫、安心してくれ」
俺は声のトーンを一転、和らげた。
「殺しはしないから」
と言う途端に、口角を捻じ曲げ、顔に影ができるのを感じた。
そして最後に。
「えげつねぇ……」
レオナルドの呟きと、女騎士二人の断末魔が大聖堂にこだました。




