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第四十九話 王都の怪盗と黒い甲冑

更新が大変遅れまして、申し訳ありません。

が、ここでお知らせです。



読者のみなさんのおかげで、ヒーロー文庫様より書籍化することが決定しました。

発売は2015年8月31日です。

そして本日よりアマゾンで予約開始となります。

イラストは、『機巧少女は傷つかない』などで有名な、るろお先生に担当していただきました。


書籍化に伴い、タイトルと著者名を変更しました。なろう版とは異なる物語を楽しんでいただければ幸いです!

どうぞ今後もよろしくお願いします!



それでは、第四十九話、お楽しみください。

ここは都市ウィラメッカス。そしてその冒険者ギルド。

さらにその建物内の酒場だ。

ここで働き始めて四日が経った。

はあ、今頃アスラはどこで何をしているのだろう。もしかして他に女を作ったりなどはしていないだろうか。

彼も十四歳だ。思春期真っ只中。いくら大人びているとは言え、思春期を迎えないワケがないのだ。

一番多感な時期だと聞いたことがある。

でもそれは私にも同じことが言える。他の男に目がいく。それは一度限りのことだが、されどその一度は重い。

アスラが他に目移りしても文句は言えない。そもそもアスラの気が私に向いているとは決まっていないのだ。

私はただ待つことしかできない。しかしそれは苦ではない。

人を待つのがこんなにも胸が高鳴るものだと私は知っている。



「ミレディー、五番テーブルに巨肉のソテー持って行って!」



ここで働き始めて知ったのだが、私は魔法に関する分野には長けていても、こういった日常仕事は向いていない。

ロイアは要領が良くて、機転も利く。昨日のうちに酒場のサブフロアチーフに任命されている。

フロアチーフの下に三人だけが就ける名誉ある地位なのだとか。

まあ私には興味のないことだ。私の興味はこの世でただ一つ。

だから今日も今日で私はこう答える。



「男性客には持って行きませんから」





******





「お疲れさん」




アインスは腰に手を当てて笑った。

俺の初任務。初隊長。初町内清掃。甲冑を身に着けて騎士隊から逃げ回ったこともあり、と言うかそれが現在疲弊している一番の原因だが。



「エイト、トゥエルヴはどうだった?」



アインスは分隊の補佐役であるイヴァンに任務の達成率を尋ねた。

 尋ねられたイヴァンは、ふと俺に目配せをしてから口を開き始める。



「うん、前分隊長のイレブンとは違い、個々の考えや認識を中心に任務指定をする感じかな。僕としてはとても動きやすかったし、トゥエルヴは直接手を出さず見守っているスタイルをとっていたから、もしもの時に待ったを掛けることもできる」



アインスは腕を組んで、イヴァンの分析を聞きいている。

要所要所で頷くアインスの顔は、心なしかいつもより一層険しく見えた。



「端的に言うと、非常に合理的かつ効率的で、理想の分隊長かと」



イヴァンは嬉しいことに、そう締めくくった。

イヴァンはこの支部内では発言力が高い人間だ。おそらく支部長のアインスの次くらいには。いくら支部と言ってもその立ち位置に届くことも留まることも難しい。

それを可能にしているのは、一重に彼の功績と能力だろう。

だから、アインスに対しても、こんなにも発言の影響力がある。

ことの運びを上手に、そして俺の動きやすい状況を作る。それがイヴァンの潜入任務の要だ。




「クワトロ、ゼクス。お前たちも同じか?」

「まあまあってところね。少なくとも前隊長のイレブンよりかは有能だけど、本部の精鋭ってこんなものって拍子抜けした気分よ」

「相変わらず素直じゃないですね。こんなに楽しい任務始めてだって言ってたじゃないですか」

「い、ぃぃぃ、いつ誰がそんなこと言ったのよッ!?」

「いたたたた!」



クワトロは顔を真っ赤にしてゼクスの襟首を締め上げる。アインスはそれを見て、どこか安心したように高笑いを始めた。クワトロの話した通り、こいつらは解放軍でも、こんななんだ。みんながみんな悪い奴じゃない。



「何はともあれ、支部初任務ご苦労だった、トゥエルヴ」



 はははは、となおも高笑いを続けるアインスは、俺の肩をバシバシと叩いてきた。甲冑の上からでもそこそこの衝撃が体に伝わる。



「ありがとう、骨は折れるけどやりがいはあった」


 と言いつつ俺の肩を打つアインスの手をそっと除けた。このままでは本当に骨が折れてしまいそうだ。



「よしよしその意気だ。このペースでいくと今年中に清掃ノルマを達成できそうだ」



 聞けば、この清掃活動には支部ごとに範囲が定められているようで、それを基準に活動しているようなのだ。

 どうやら本部、と言われる所属は清掃などといった末端の仕事はあまり関与していないと聞く。末端で勝手にやってくれというスタンスらしい。

 ならば本部は本部で、解放軍の真の目的を主眼に置いており町内清掃などの解放軍の慈善活動兼、テロのカモフラージュに関してはあまり重要視していないようなのだ。

 面倒なことは何も知らない末端にやらせればいい。そんな意思を暗に感じる。



「今日はゆっくり休むといい。明日からまた忙しくなる」



 アインスは本日の終業を告げるとともに、何やら不穏な言葉を残した。

 忙しくなるだと? 俺がもっとも嫌う言葉の一つだ。



「アインス、忙しくなるとは?」



 イヴァンも気になったのか、俺の考えを代弁するようにアインスに手を挙げた。


「ああ、ついさっき王都支部から通達があったんだが、『怪盗ノームミスト』がまた王都に現れたという情報が回っているようなんだ」


 怪盗ノームミスト? なんじゃそりゃ? 濃霧ミスト? おまけしてもこのダジャレは二点だぞ。もちろん百点満点中だ。

 しかし首を傾げているのはどうやら俺だけのようで。




「ノームミスト……。今更、どうして……」

「しばらく現れないんじゃなかったんですか?」

「ああ、騎士隊に捕まったという噂もあっただけに、残念なことだ」



 クワトロ、ゼクス、アインスが口々に無念を漏らす。

 俺はそっとイヴァンに耳打ちした。



「なあ、怪盗ノームミストってなんなんだ?」

「王都をしばらく騒がせていた怪盗だよ。本当にキザな野郎さ。僕は好きじゃないな」



 別にお前の好みは聞いていない。

 怪盗でキザな野郎か。キ〇ド様を連想するんだが、それで正しいか?


「言わばコソ泥さ。何でもないものを大げさに盗んで、僕に言わせりゃ、ただのパフォーマンスさ。目立ちがり屋なんだよ、ああいう輩は」



 イヴァンがそこまで否定的な意見を口にするのも珍しい。

 キザで男なら、いや、男であればイヴァンはすべてが恋愛対象なのだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。



「俺たちの次の任務は、王都にてノームミストの調査及び捕獲、ということになっている」

「嘘でしょぉ」

「嘘ならいいんですけどね」




 アインスの任務伝達に不満を垂れ流すクワトロとゼクス。

 アインスも好きで無理難題を押し付けているんじゃなかろうに。その証拠にほら、額に血管が浮き上がっている。上司も大変だなこりゃ。



「まあ、どうせこんな高難易度な任務は本部対応だよ、僕たちはいつもどおりパトロールしてればいいさ」


 イヴァンは飄々と言ってのけた。

 ノームミストのことは癇に障ったようだが、いつもの笑顔を崩さず、落ち着き払っている。



「トゥエルヴが今回もいるさ。どっしり構えて行こう」

「ふん、あんたも言うようになったじゃない、エイト」

「クワトロ、君エイトの後輩でしょ……」



 ゼクスはあたかもクワトロがもう手におえないとでも言うかのようにげんなりする。

 どっしりって言ったって。

 おれは何をしていいかわからず、ただただ状況に流された末に何もしないから大人しくしているだけで、決して落ち着き払って構えているわけではないのだ。

 甲冑を着て表情が見えないのもそれに助長しているようだが。

 もう少し軽装備なものはないものか。

 せめて支部のメンバーのような各々が自分に用意した、オリジナルな黒を基調とした解放軍ユニフォームみたいなのがあれば。

 いつまでもこのデフォルト甲冑でいるわけにもいくまい。すぐに、というわけにもいかないだろうが、なるべく早めに新たな解放軍ユニフォームを手配してもらおう。……イヴァンに。




「さあさ、みんな今日は体を休めてくれ。明日の準備をするのもいいだろう」

「アインスさん、明日からなの? その怪盗を追っかけまわすのは」

「ああ、早急に事にあたるよう通知が来たんだ。明日から頼むよ」

「もお! 何よそれ! 最近人づかい荒くない? 本部」



 クワトロはぶーたれている。

 今日わかったことなのだが、彼女はとりあえず人の意見と食い違いがあれば噛み付く習性がある、まるで犬のようだ。

 しかし自分の意に沿う人間がいた場合はその逆。彼女のやたらと明るい性格がそういった職場内の不満を肩代わりして訴えてくれる。




「トゥエルブとエイトも何とか言いなさいよ!」

俺は一瞬たじろぎ、イヴァンとアイコンタクトをとると、イヴァンは何かを察したようにニコリと微笑み。

「クワトロ? うるさい」

と一言言い放った。

なによ! とクワトロの講義も爽やかに無視するその嫌味キャラ、あっぱれだ。

同性以外にはとことん厳しい。



「なによなによ!」

クワトロはお約束通り、不満を吐き出した。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






翌日、天気は雨だった。

もちろん、日本のようにアスファルトで舗装されていないこの世界の地面はいつもより拍車をかけてぬかるんだ。

昨日、クワトロのぶーたれた顔に別れを告げて、騎士隊指定の宿、迷宮食堂へ戻った。

ところで、エクストリミスの効果は切れた。

十四歳のアスラに戻ってしまった。

まいったな。

一日もたないじゃないか、薬の効果は。




ひとまずはイヴァンと合流して、新しいエクストリミスをもらわなければ。

今度は服が破けることを予想し、十三歳にしてはかなり大きなサイズの服を着ていく。

そうすれば。




「おはよう、アスラくん、とりあえずこれ飲んでね」


ごくん。

ビリビリビリ!

この通り。ぴったりサイズになるスンポーである。

なんたる先見の明。などと自画自賛したまま、イヴァンと解放軍国境支部へ足を運んだ。

また今日も任務だ。ヘマをしないようにしなければ。




「おはよ!」

「おはようございます」



クワトロとゼクスはすでに集まっていた。

クワトロは元気いっぱいに笑顔満点で手を挙げ挨拶。

一方、ゼクスは作業片手間につぶやくように挨拶。

何をしているのかと気になり近付いてみると、何やら防具を作成しているようだった。



「おはよう、何してるんだ?」



イヴァンとクワトロが軽口を叩き合い始めたのを見届け、ゼクスに尋ねてみる。



「防具製造です。僕の趣味みたいなものですよ」

「へぇ! 趣味で防具を作ってるのか!」



そう言えば鎖鎌を使い始めたころは、レオナルドとジュリアの影響で、防具にも興味を持ったものだ。

もっとも、おれに剣術を教えたあの二人はもう遠いところへ行ってしまったが……いや、ある意味解、放軍潜入中の今は近いのか。



ゼクスにおれは興味深々だと言わんばかりの声音で言った。

解放軍の甲冑を今日も着ているから、それくらい感情を声にして表現した方が丁度いいのかもしれない。

見たところ、ゼクスはおれの纏っている甲冑と同様の防具を作っているようだった。




「はい、でも予算の関係で解放軍特性の甲冑と同じものが作れないんです」

「へえ、そうなのか、でも同じように見えるが?」

「いえ、これは模造品もいいところです。解放軍特性の甲冑であれば、こんな鉄一色の重苦しい防具ではなく、もっと軽量化された実戦用のちゃんとしたものなんです」

「そうなのか?」



意外だった。

とても精巧に作られていて、材質を言われるまでは全く同じものだと思っていたくらいだ。



「ええ、僕には解放軍の本部のような防具製造の技術もなければ、材料や費用も乏しいので鉄の材質でしか作れないんです……」

「そうなのか……」




こんなに光る才能があるのに環境のせいで人の目につかないなんて惜しい。惜しすぎる。



「よし、ならそこにある完成済みの防具、すべて買い取ろう」

「はい、いいですけど……って、え⁉︎」



ゼクスの心底驚いた声に、クワトロとイヴァンも興味を寄せる。



「それが売れれば少なくとも費用は用意できるだろう?」


ゼクスはいかにも信じられないと言いたげな顔で、口をパクパクさせるばかり。

イヴァンは、いいのかい? と耳打ちしてきが、手をサッと上げてそれを制した。

こんなチャンス滅多にない!

解放軍特性の甲冑と外観はなんら遜色なく同等のものが、解放軍の甲冑とは別材質の金属製で手に入るのだ!

しかもオプションとしと部下の信頼もつく。



かなり打算的な理由だが、これは絶対に役立つ。

俺はその確信があった。




「いいんですか⁉︎ トゥエルヴ⁉︎」

「ああ、もちろんだ」



趣味で防具を作っているのだ。それが売れるとなれば、当人は嬉しいはずだし、何より値段をある程度踏み倒しても、文句はないだろう。



「そんなに僕の防具をほしいと言ってくれたのはトゥエルヴが初めてですよ……」


「お、おい……」



なんと、ゼクスは涙ぐみ始め。



「ありがどゔ! ありがどゔ! もらってください! あなたに差し上げたい!」



感極まって泣きだしてしまった。

この唐突な感動シーンっぽい展開に甲冑の下で困惑する俺を他所に、ゼクスは話を進める。



「無償で差し上げます!」

「いや、しかし」

俺はたじろぐ。姿形をエクストリミスで変え、上司らしい毅然とした態度を意識していた俺の口調も、若干揺らぐ。



「いいえ、もらってください! もらってほしいんです、あなたに!」



なんだこいつはなんだこいつは。

何がゼクスをここまでさせるんだ?

でもそんなのわかってる。きっと、一重に防具への熱意だろう。

ここまで言わせるつもりもなかったが、ゼクスの申し出を断るような野暮な真似もできなかった。




「あ、ああ、ありがたくいただくよ……」



まさかここまで事が発展するとは思わなんだ……。

俺は甲冑の上からでも焦りが見えるのではないか、という勢いで嫌な汗をかきながら、ゼクスの申し出を受けた。



そしてゼクスは、人目をはばからず、ワンワン泣いていた。




******




「落ち着いたか?」

「はい」



のちにアインスが顔を出し、何事かとひと騒ぎあった。



「トゥエルヴもあまりゼクスを興奮させるな。こいつは防具のこととなると目がない」



カチャ、と甲冑を鳴らして頷く。

釈然としないの意を全身で体現すると、アインスはバツの悪そうな顔をした。




「さて、昨日言った通り、今日は怪盗ノームミストの捜索及び捕縛だ。この任務で功績をあげた者には、本部からご褒美があるとかないとか……」



バツの悪さを取り繕うためか、アインスの元からの性格故か、明るい声で支部の面々に言い聞かせる。

そしてアインスの思いに応えてか否か、支部の面々は、ご褒美、というワードに顔色を変えた。

そしてアインスは続ける。



「まあひとしきり頑張れということだ! 以上!」




さも良いこと言った自分、みたいな満足げな顔をするアインス。

 しかし周囲の冷たい目線に汗を滲ませ、完全に満足していなさそうな表情が、アインスの憎めないところだったりする。



 しかしこの国境支部のみの特性なのか、解放軍全体の問題なのか、良く言うと面白い人間が多い。

 素直じゃないくせに根底に隠そうとする本心が丸わかりなクワトロ。

 普段は冷静沈着を装っているが、防具のこととなるとその言動はまさにサイコなゼクス。

 そして支部長ということで、支部内で幅を利かせるが、威張ることがどうも苦手そうで結局格好つかず終わってしまうアインス。

 おまけにゲイのイヴァン。



 よくもまあ、俺の所属にここまで個性的で不愉快な仲間たちが揃ったもんだ。




「トゥエルヴ、準備を整え次第、出発しようか」



 俺のげんなりした表情が甲冑の上からでもわかるよ、と言いたげな笑顔でイヴァンは言う。

 ほんとに腹黒いやつだよ、あんたは。

 ならば俺は。



「ああ、各自、準備ができ次第、再度集合」


 と分隊に示達するしかないだろう。

しかしまあ、怪盗と名乗る人物に興味はある。怪盗などと、空き巣と変わらない働きを生業とした職は、日本にはなかった。と言うか職と呼んでいいのかどうかも不明だ。普通に罪だし。

空き巣との違いなんて、見た目と目立ちたがること以外、つまり外見以外はなんら大差ない。

ただダイナミックに大胆に物を盗み、自ら証拠を残すようで、俺はエンターテインメント性があると思っている。

 一方、空き巣は一目を気にしながらコソコソと物を盗むコソ泥だ。

 まあ結局のところ、空き巣と怪盗の違いなんて自己顕示欲がないか、あるかだ。

 後者に関しては盗人猛々しいと言うのもいいところ。

 どちらにしろ、胸を張って言えることではない。

 が、しかし。




「っと、言い忘れたことがある。ノームミストは怪盗と言えど、一部の市民から人気がある。怪盗の中でも美形な部類らしく、支持する市民は数多い。敵はノームミストだ。市民ではない。いいか、市民に妨害されても、決して反撃するなよ?」



 アインスが言ったのは、そんな面倒臭そうな付加情報だった。

 そんなこと知ったことあるもんか。しかし邪魔者は消す、それだけだ、なんてみんなに言い放つ

勇気もない。

 そんなことをしてはまた解放軍の品位が落ちる。いや、すでに本部せいで落ちるところまで落ちている気もするが。

 何はともあれ、それがこの支部の方針なら異議はない。これは潜入任務なんだ。出る杭になってはいけない。上手くやれば騎士隊からの謝礼も期待できるだろうか。

 まあそんな下世話なことは後でいい、とにかくノームミスト捜索および捕縛に臨むにあたって、何かいい案は……。



 分隊員を見回してみるも、イヴァンの気味悪いニコニコ顔以外は、クワトロもゼクスも難しい顔をしていた。

 やはりそんなすぐに良案は浮かばないか。

 ゼクスに譲ってもらう金属製の解放軍甲冑のお披露目も楽しみにしていたんだが、やはり動きやすく当たり障りのない格好の方がこの支部のカラーにあっているか……。



 しかしそこで思いもよらない考えから良案が生まれるということは、得てしてありえる。

 往々にして、と言ってもいいだろう。

 今回もその一つだと思いたい。

 つまり、良案は浮かんだ。甲冑で顔が隠れているのをいいことに、俺の口角は自然と上がった。





******





『本日、王都が寝静まったころ、王城にて参上する。怪盗ノームミスト』




 そんな張り紙が王城の門に張り付けられていたらしい。

 その噂はたちまち王都に広がり、お祭り騒ぎをする都民もいれば、争いを避けるように家に閉じこもる者もいる。

 馬車で丸四日かけて移動する遠さの、都市ウィラメッカスの魔法学園にまでその噂が届くほどの大騒ぎ。

 だが私はそのどちらでもない。いつも通りに過ごすだけ。

 いつも通り長期休暇中の魔法学園へ通い、いつも通りに魔法の特訓をして、いつも通りの放課後を過ごすだけ。

 私は力を手に入れた。

 私は倒すべき者が増えた。

 一人はアスラというこの学園の生徒。もう一人はまだ顔もしらない。

 知っているのは名前だけ。そいつは忌むべき母の敵だ。その事実をおじいちゃんはずっと隠してきたのだ。私の身を案じて、危険な行動にでないように口を閉ざしていたようだが、対抗戦でアスラと関係していたことも相まって、不信感が募るばかりなだけ。

 でも、もうそれはいい力を得て、すべてに得心がいった。おじいちゃんとはまたちゃんと話をしなければ、とも思う。

 私は復讐に生きる定めなのだろうか。

 父にもらったこの力で、すべてを暴き、倒すものすべてを倒す。

 私はソーニア=キーリスコール。

 今は魔法学園の対抗戦での雪辱を果たすのは後回し。長期休暇でもあるし、アスラの姿は学園にはなかった。

 そんなことよりもっと大きな敵がいる。





「また王都で怪盗ノームミストだってよ」

「でもノームミストって何も盗みはしないんだろ? 予告状だけで」

「いや、一度だけ国の重要機密を盗んだって噂だ」

「全身白の民族衣装に、目の周りに仮面ですって。ピエロのようにも見えるって」

「いったいどんな人なんだろう、神出鬼没で霧を操り身を隠す、か」




 校内は怪盗ノームミストの話題で持ちきりだった。

 長期休暇中であるため、生徒の数もかなり減っているが、過疎化した生徒同士のネットワーク内でも話題になるのだ。

王都を賑わしているだけはある。

一度だけ盗み出した、というのは、おそらく王宮の魔法研究所の資料だろう。

盗まれた、ということですら機密扱いなのに、その日のうちに王都ではその話が知れ渡っていた。

耳が早い者が聞きつけたのか、それとも王宮内部の者がバラしたか。

まあそんなことは私に関係のないことだ、どうでもいい。



今日も私は水属性魔法の技の練習をする。この長期休暇を利用して、魔法の腕を上げ、私の仇を淘汰する力を手に入れる。

私の適切魔法は水属性。

水の状態を変化させる魔法が得意だ。

魔力はまあ多い方だとは思う。

贔屓目なしに見て、学年では上の中には位置しているだろうと自負している。と同時にそのプレッシャーを自分に課している。

だから今日もこうして魔法の特訓に勤しむ。



普段は、魔力を限界まで使って、魔力の超回復をさせているが、今日は予定がある。その途中に万が一魔力切れなんかになってみろ。みんなの前で倒れて卒倒。目が覚めたら死にたくなるだろう。

恥ずかしすぎる。



気付けば空はオレンジ色だった。

さて、今日はこのぐらいにして帰ろう。

汗の滲んだ制服を着替えに、女子寮に戻る。この後の予定の準備も済ませて、新しい服に着替えた。

そして欠かせないのがこの子。



「オリオン」

「はい、御用でしょうか、マスター」

「今日もお願いね」

「承知しました」




彼女はいつもと変わらず、まるでメイドのように主人に接する。

他の者がみたら、間違いなく主人と使用人に見えるだろう。

明るくこちらの気分を軽くしてくれるような綺麗に澄んだソプラノの声。

綺麗な澄んだ青い髪に、ブルーの瞳。女性らしい体躯。細身でありながら、女性特有の膨らみはちゃんとある。私が嫉妬するくらい、優れた容姿。その上、強力な精霊の力も持ち合わせている。

でも彼女はそれだけではない。

常に尽くしてくれる、優しい人だ。

いや、人というには少し語弊がある。




「その口調どうにかならないの? もっと友達みたいに接するとかさ」

「それはなりません。あなたは主。私はシモベ。この関係がある以上、私はあなたに尽くします。なんてったって……」



オリオンはゆっくり微笑みをつくり。



「あなたの契約精霊なのですから、ソーニア」


とニッと笑った。



「そうだったわね、オリオン」


人型の精霊は極めて珍しい。

それをなんの巡り合わせか、精霊契約にまでこぎつけられたのは僥倖と言うほかないだろう。

オリオンは、彼女の能力上、普段部屋から出てもらっている状態でも、契約者の私が呼べばすぐに私の元へ来ることができる。

この寮、延いては学園の生徒に知られることなく、契約し生活を共にしている。

なぜ他者に知らさないのかって?

そんなもの決まっている。人型の精霊はある特定の条件でしか生まれない、大変希少価値の高い精霊だ。

この精霊に関しても王宮の魔法研究所が大きく噛んでいる。

それは過去に怪盗ノームミストが研究所の資料を盗み出した際に、明るみになった情報。

研究所には大きな損害だろう。



「マスター、そろそろお時間です」

「わかったわ、行きましょうか」



外はもう暗い。

王都ではおそらく、夕食時か、夜の早い者は寝床に就く時間。

私たちも出掛けよう。

今日は予定が山積みだ。さっさと片付けなければ。




目的地は王都。

オリオンの力で、馬車で四日をかけて移動する道のりは、ないものと考えることができる。

 なぜかって?


まあその力はまだ未知数の部分が多く、私がすべて把握できているわけではない。今わかっている能力はこれだけだ。



「テレポーテーション」



オリオンの声が二重に聞こえた。そんなエフェクトがかかった直後にオリオンと私は青白い光に覆われる。

その瞬間に。

目の前が青白く包まれたと思えば。

寮の部屋ではなく、王都の城壁の前にいた。




「ありがと、オリオン」

「勿体無いお言葉です、マスター。今日もなさるんですね?」



オリオンは、心配半分、誇らしさ半分といったような、微妙な笑みを浮かべた。



「ええ、だってまだ終わってない」

「左様でございますか……ご用があれば、いつでもこのオリオンめを、お呼び下さい」



オリオンは、胸に手を当て、目を閉じ、再び微笑む。

 ゆったりとした、安心させてくれる笑みだった。どんよりと曇っていた心がすっと晴れていく。

 彼女は自由を感じさせた。

 柔和な笑み、庶民が着るようなごわつきのない身軽そうな服、花屋を思わせる風体がよく似合っていた。




「わかったわ。じゃあ予定通りの場所で落ち合いましょう」

「かしこまりました、それでは」




 それだけ言葉を交わすと、オリオンは再び青白い光に包まれたかと思うと、その瞬間に青白い閃光となって霧散した。

 オリオンの精霊としての力。『テレポーテーション』。

 彼女と契約していると、魔力さえ与えれば専属的にその力を授かることができる。

 能力は、この世の至る所、あらゆる場所に瞬時に移動できる、瞬間移動。

 彼女の前では距離などという物理的な概念は無意味。

 しかし、『テレポーテーション』を行使するには膨大な魔力を必要とする。一メートル、たったの一メートルの距離を移動するにも相当な魔力量を削られるのだ。

 逆に言えば魔力量さえ確保できれば、これほど便利な精霊はいない。




 でも、彼女は望まずしてその力を手に入れた。霧散した閃光の残滓を眺めながら、そう思う。

 人間の欲に翻弄され、彼女自身が必要としない力を押し付けられ、人型の精霊という極めて特異な存在となった。

 それは幸せなのだろうか。

 いや、人生は他人がどうこうしていいものではない。それに逆らえなかった彼女にも、その環境にも、歯痒さを、虚しさを、後悔を感じる。




「さて」



 一息ついてから私はドレスコードに従った服装に着替えるとしよう。

 全身白の民族衣装に、目の周囲を覆い隠した仮面。ピエロのようにも見えると噂になっている服装に身を包む。

学園の生徒の噂は少し間違っている。護身用に剣を腰に挿しているんだけどな。やっぱり見てくれる人が見てくれないと。お気に入りの剣なのに。

 そう、これが私の正装。

 復讐者の象徴。

 奪って、屠って、暴いてやる。





******






時間は少し戻って。今は正午を少し回ったころ。

 


 王都に来ていた。 

イヴァン、クワトロ、ゼクスを率いて。

どうやら解放軍の地下通路はエアスリル王国内に広く分布しているらしい。それでもまだ開拓の途中なのだとか。



「トゥエルヴ、こんな張り紙が王都中に出回っているそうだよ」



 イヴァンがそっと一枚の古紙を手渡してきた。

 周囲を見渡してみると、ちらほら同じように古びた紙が張り出されている。民家の壁面、掲示板、街灯などに張られているのだ。



『本日、王都が寝静まったころ、王城にて参上する。怪盗ノームミスト』



綺麗とも汚いともとれない、歪な文字でそう書かれていた。

イヴァンはいったいどこからこんなコアな情報を見つけてくるのだろうか。

騎士隊の内部情報も手に入れられる、潜入中のイヴァンのことだ。さまざまな情報網を持っていることだろう。

その笑っていない笑顔で何人脅してきたんだ。考えるだけでも恐ろしい。

ゲイだし。




「トゥエルヴ、ノームミストは盗みを夜にするそうです。王都支部の友達が言っていました」



 ゼクスからの情報提供。甲冑の一件があってから、ゼクスには恭敬の眼差ししか向けられていない気がする。こと防具に関しては心酔っぷりがすごい。

 まあそれだけ今まで自作の防具を評価してもらえなかったということなのだろうが。

 そんなことで信頼を勝ち得てもな。なまじ褒めてしまったために、釈然としない形で信頼を得るとは、これはいったい何の皮肉だ。




「じゃあ夜まで自由行動でいいんじゃないかしら?」

「なぜ君が隊の方針を決めるんだい、クワトロ」

「エイト、私につっかかるのもいい加減にしなさいよ? いつか痛い目見るわよ?」

「また膝カックンでもしてくれるのかい? あれは可愛かったなぁ」

「あ、あれは違うわよ! うぅ、悔しいぃ……」



この二人放っておいたらいつまでもしてそうだ。主にイヴァンがクワトロをからかっているだけだが。



「いいさクワトロ。夜まで自由行動でいい。王都の地理でも得てきてくれ。都民に溶け込め」



「わかってるじゃないの、トゥエルヴ!」

「ははは、甘いなぁ」



女の子に甘いのは当然だろう?

何言っているんだ、このゲイは。



「今ものすごく失礼なこと考えてるでしょ、トゥエルヴ?」

「いやいやとんでもない」



イヴァンは笑顔が怖い。笑顔なのに表情が全然晴れ晴れしくない。



「では定時にここ、噴水広場に集合だ。そののちに各自周辺の警備だ」



クワトロはワクワクが止まらないと言った嬉々とした表情、イヴァンはやれやれと言いたげな苦笑い、ゼクスは相変わらずの尊敬の眼差しで、頷いた。



それを確認し。


「じゃあ、解散」



形式もクソもない気だるげな号令で、散りじりに歩きだした。



さて、おれは例によってまだ甲冑姿だ。

この噴水広場では余計に目立つ。晴れ晴れとした空、心地の良い日光と、耳に涼しげな音を届けてくれる水の音、その近くで遊んでいる子供達の笑い声。そんな中に、解放軍の規定に則った鎧で全身を覆った者が紛れてみろ。もうそれは紛れるとは言わないのだ。



しかし心配無用。

これはゼクスの手によって、解放軍の甲冑に精巧に似せて金属で作られた、オリジナルなのだ。つまり。




俺が人目につかない路地裏でこの甲冑を脱いでも、あら不思議。

魔法の力で甲冑はひとりでにパーツを寄せ集め、手のない空間に小手をはめ、胴体のない空間に胴当てをつけ、やがて人の形を成す。

まるで中に人が入っているかのよう。




甲冑から出た俺は見た目二十歳前の一般市民だ。



俺は独り言を言う。


「時間になれば、ここに戻ってくる。それまでここを離れるな、いいな?」



甲冑はピシッと敬礼をした。

みなまで言う必要はないだろう。空の甲冑を操って、自作自演するのも、意外と楽しかったり。

やめろ、小学生かおれは。



せっかく王都に戻ってきたんだ。ニコのいるギルドのことも気になる。数年前の解放軍の反乱で、年中賑やかだった王都は、少し影を落としてしまっている。

鎖鎌を買った武器屋のおじさん、商店街の親切なおばちゃん、みんなどうしているだろう。

夜まで時間を潰すことにした。




暗い色のシャツとズボンという、シンプルこの上ない格好。

最近甲冑を着て見た目を気にしなかったせいで、だらしなく見えることだろう。

まあいい。

ギルドは確か、王都中央の商業区を東に行ったところだ。

大きな木の屋根の建物がギルドだ。




数年前と何も変わっていない建物に、少し胸を撫で下ろす。

朝からギルドの前の道端で川の字になって寝ている冒険者も以前のままだ。懐かしい。




イビキをたてている冒険者をまたいで、建物入り口の両扉を、そっと押し開ける。



相も変わらずガヤガヤと騒がし酒場の客さばきにてんやわんやの西洋風給仕服を着た職員。

酒と油と煙の匂いが漂う。




何も変わっていない。

解放軍の反乱前のギルドを思い出しながら、気のままに中をうろつく。

ギルドの依頼が張り出された掲示板を何気なく見に行ってみた。



ゴブリン討伐依頼。

一番に目に入った。してたなぁ、ゴブリン討伐。あの住処のゴブリンは根絶やしにしたのに、また湧いてきてたのか。




ワイバーン目撃情報。

王都近くの森にワイバーンが現れたという警戒情報の紙もある。

そう言えば、クシャトリアといた頃はワイバーンを瞬殺だったな。

人工精霊。

精霊という、この世界の超自然的存在に、人間の欲と技術を掛け合わせれば、ああも恐ろしい力を持つ精霊となるのだ。

クシャトリア、どうしてるかな、目覚ましたかな。



なんて物思いにふける。

掲示板に目をゆっくり巡らせていると、怪盗ノームミストの文字が目に飛び込んできた。

情報提供求む、と書かれた張り紙に、いろんな報告が手書きで記されていた。



今日の任務の足しになるかと、頭をボリボリ掻きながら読み進める。


「どれどれ」




しかし内容はどれも荒唐無稽というか、要領を得ないものがほとんどだった。

 ノームミストの正体は解放軍だとか、国王や王宮を憎む者だとか。どれもこれも根拠に欠けている。いったいどこから寄せられた情報なのやら。

 しかし中にはもっともらしい情報もある。


 水属性魔法を使い、得意とするのは水を霧状に発生させる魔法で、霧の中に姿を隠し、霧が晴れたときには忽然といなくなっている。

 技術の高い魔法で上手く逃げている。


 と記されていた。

 この記載されている内容は、ありえてもおかしくはない。水の状態を変える。ミレディもしていたことだ。水属性魔法の水を、氷の状態で発現させていた。

 となると、相手はミレディレベルの魔法使い。しかも霧に紛れた一瞬で姿を消すこともできる。いったいどんな手を使っているのか。



 もしこの情報が本物だとしたら、一度イヴァンたちに詳しく聞いて対応策を練った方がいいのかもしれない。

 にしても、次に集まる時間まではまだあるし、この世界には携帯電話という便利道具もない。

 仕方ない。

 探し回ってみるか。







******









 時間は進んで、夜。王都の賑わいが落ち着き始めたころ。



 私はオリオンの力を使って王城の門前に移動する。

 次に視界が開けたら、もうそこは敵の目と鼻の先。剣を構えた王城の兵士や騎士隊が並んでいることだろう。

 一度の瞬間移動(テレポーテーション)で王宮内に入れればいいのだが、後々の残魔力を考慮すると、この距離を移動するのが精一杯だ。これでもかなり魔力を消費している。

 さあ、青白い光が解かれた。




 次の瞬間、警備中の兵士四人と目があった。

 四人ともギョッとしている。

 目を見開き、仲間を呼ぶ声がやけにゆっくりに感じた。




「ノームミストだぁぁぁッ!!」




 それを掛け声にするかのように、私は弾かれたようにダッシュする。

 兵士は目を血走らせて、剣をふるってきた。

 四人が振り回す、入り乱れる剣を、小刻みに四回の瞬間移動(テレポーテーション)で躱した。一気に長距離を移動しては、オリオンに吸い取られる魔力が大きすぎる。短距離を一瞬で移動し、走っては瞬間移動(テレポーテーション)、そして走るを繰り返して、魔力を温存する。





「やはりこいつ、怪盗ノームミストだ!」

「だめだ! 剣がかすりもしない!」

「この化け物めぇッ!」




 どんなに危ない太刀筋も、瞬間移動(テレポーテーション)さえあれば容易く躱すことができる。

 魔力の消費は否めないが、王宮に入って目的の物さえ手に入ってしまえばこっちのものだ。

 王都を出るだけの魔力が残っていれば脱出は確実。




「王都騎士隊! 誇りを見せろぉ!」



 城門を越えたところで、銀一色の鎧に囲まれた。


 騎士隊だ。


 瞬間移動(テレポーテーション)の際は、どうしても一瞬視界に隙がでる。移動前と移動後の景色が、一瞬にして変わるからだ。頭がついていかない。

 騎士隊の中に手練れがいるな。

 オリオンの契約者にしかわからないようなことを、想像し、読み、計画に反映できる者がいる。

 その隙を利用して、私が通らないであろう場所に身を潜めていたのだ。



 私は瞬間移動(テレポーテーション)をしているため、複雑なルートを選択できない。

 そんなことをしていては、移動距離が伸び、魔力を余計に消費するだけだ。ほぼ一直線に進むしかない。私の死角となる路地などに潜まれていては、囲まれる。





 ぬかった。

 どうする? 魔力の大損を覚悟で一気に騎士隊の包囲範囲外に出るか。

 いや、そんなことをしては逃げ切れなくなる。

 瞬間移動(テレポーテーション)は無理だ。

 とりあえず。




「水の精霊よ、我に力を。ホワイト・スパーツィオ……」



 小声で詠唱した。

 そして次の瞬間。



 ブワッ!



 一気に濃い霧が爆散する。

 私を含め、騎士隊の視界はゼロになる。

 霧とは水蒸気が凝結したものだ。

 私の視界範囲だけ温めてやれば。



 私の視界は晴れる。



 しかし私の視界範囲を晴らすということは、視界に入った騎士隊の視界も晴れるということ。

 これなら瞬間移動(テレポーテーション)ほどの魔力を消費しないのだが、完全に姿を消すことはできない。




「あ、いたぞ!」

「北東方向へ向かった! 追うぞ!」



 ところどころでそんな声を上げる騎士隊員がいる。

 しかし、私を見つけられない者がほとんどのため、騎士隊が部隊として動こうとはしない。

 逃げ切れないわけではない。



 時間をロスしてしまったが、騎士隊の包囲網を潜り抜けて、一息つく。

 王宮の研究所は王城の地下にある。

 もうすぐだ。

 あともう一息だ。

 一気に走り抜けて―――――




 と、そこに。


 ギンッッッ!!



 金属の塊が勢いよく地面に激突したかのような硬い音。

 突如として、だが一瞬の爆音を弾けさせたそれは、立ち上がった。



「解放軍……」




 それは数年前、王都を混乱に陥れた解放軍特有の黒い甲冑。

 くそ、こんなときに!

 


 解放軍の甲冑が落ちてきて衝撃波が発生したとでもいうのか、私の霧は意図も容易く霧散させられた。

 すると当然、騎士隊も解放軍の登場に気付くわけで。



「解放軍だと……?」

「くそ、こんなときに」

「まさか、ノームミストとグルか?」




 なんだって!?

 ばかな! 解放軍と手を組むはずがない! だって解放軍は!

 母の仇だ!

 私の仇だ!

 私が復讐すべき組織だ!

 言うに事欠けて手を組むなどと……。



 が、解放軍側もそう思ったのか。



 私を捕えようとしてきた。

 思わず瞬間移動(テレポーテーション)をしてしまうほどには、早い動きだった。

 こんな重そうな鎧をしているくせに。



「騎士隊! 二手に分かれろ! 片方はノームミスト、片方は解放軍の甲冑を追え! いいな、訓練通りだ! 騎士隊の連携を見せろぉ!!」



 騎士隊の指揮者らしき男が叫んだ。

 しかしなんたる幸運。

 私を追う王都の精鋭が半減した。今回ばかりはよくやった、解放軍。




 私はニヒルな笑みを浮かべ、再度霧を爆散させた。









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