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第四十八話 騙す者と騙される者たち

またまた更新が遅れました。申し訳ありません。もうこの作者はそういうもんなんだと思った方がいいかも知れません。

とにかく、これからも頑張りますので、宜しくお願い申し上げます。


ということで、第四十八話です。お楽しみいただけると幸いです。

「七番テーブルに豚の味噌煮込み一つ!」

「三番テーブルには怪鳥の手羽先セット!」

「五番と十三番にも同じの運んで!」




 厨房と酒場で威勢のいい声が次々と飛び交う。

 私たちはその声を一つも聞き逃すことなく、目まぐるしく反応する。ロイアは淡々とそれをこなし、一日のうちにほとんどの仕事をマスターした。先輩のキャシーがよく褒めていたのを覚えている。

 それが初日の出来事。

 そして初日から三日。私はまだ仕事をあまり覚えられていない。

 食べ物の重さに耐えられずに、その他諸々の理由で皿を割ること三十三回。

 客の顔に飲み物をぶちまけること六回。

 セクハラする客を氷漬けにすること九十七回。



「ミレディちゃん、今日もきたぜぇ。君が名門貴族なんて嘘なんだろぉ?」


 


 客が私の臀部を触った。

 これで記録更新。九十八回だ。

 アスラなら許す。それはもう全力で許す。

 あの黒髪の人ならビンタといったところだろうか。

 そんな考え事をしていると。



 パリン。



 三十四回目。記録更新だ。



「ミレディ、何やってるの。これで三十六回目」

「三十四回目よ」

「そんなのどっちでもいい。これは依頼なんだからちゃんとして」

「わかっているわ」



 

 ロイアに注意されてしまった。

 なによ。

 もとはと言えばロイアが無理矢理私を引き込んだんじゃない。まあ少しは乗り気だった部分も私には無きにしも非ずだけど。

 とは言えもう少し気は遣ってもいいんじゃないかしら。

 


 ううん、違う。私は今弱っているんだ。

 誰かに気を遣われなきゃいけないほど弱っている。せっかくアスラと一緒に過ごせる日々が続くのに、一緒にいない。

 そしてそこにアスラを思わせる黒髪の青年。その魅力はこの私が少しでも目移りしてしまうほどだ。いや、その瞬間見惚れたと言っても嘘ではない。

 学園に編入して、どこかアスラは楽しそうに見えた。

 それが嬉しかった。

 でも長続きしない。アスラは今どこでいったい何をしているのだろう。






*******








「ついに来たわね、町内清掃……」

「前から覚悟していたことでしょう」




 クワトロのつぶやきに、ゼクスがうんざりした様子で諭す。

 町内清掃。

 それはアインスが言い出した謎の活動だ。いや、もしかするとその言葉通りのわかりやすい活動内容で、謎など微塵もないのかもしれないが、一方でもしかすると町内の『人間』の掃除に勤しむことになるのかと疑問も抱く。

 いったいどっちなんだ。解放軍の活動と言うだけあって後者の説が濃厚な気もするが。




「さて、さっそくだがトゥエルヴ、分隊に分かれて活動の指揮をとってもらいたい」

「今からか?」




「ああ、もう準備はこちらで済ましてある。なに、今日は支部の仕事がどんなものか、感覚的に掴んでもらえさえすれば十分だ」





 アインスはそう言って、俺の肩をポンと叩く。甲冑が金属質な音を出す。

 彼は俺が初めて町内清掃とやらをすることに、何の心配もしていないようだが、本当に大丈夫なのだろうか。なんたって解放軍の仕事だ。何か


巧妙な作戦によって活動が決められているとか、その打ち合わせをしなければならないとか。

 それとも解放軍たる者、臨機応変に最善の活動をするべし、などといったような各自の判断に任せる方針をとっているのだろうか。

 しかし何にせよ、実際に活動を見てみないとわからない部分が多い。

 これも騎士隊の潜入任務、情報取集の一環だ。百聞は一見に如かず。ここで拝んでやろうじゃないか、解放軍の姿とやらを。





「トゥエルヴの分隊には、補佐役としてエイトが入ってくれ」

「はい」




 アインスの指示にイヴァンが頷いた。

 続いて俺の分隊メンバーをアインスがさっさと決めていく。




「それと分隊内支援としてクワトロ」

「わかったわ」

「そしてゼクスがあたってくれ」

「お任せ下さい」




 アインスが並べた名前は先ほど仲良さげに話していた二人だ。

 クワトロという栗色のショートカットの少女は気の強そうな大きな吊り目が特徴的で、その態度の割に小柄で華奢だ。印象通りに快活で明るい性格のようなので、エリカのミニバージョンとして接すれば楽だろうか。




 そしてゼクスという眼鏡の少年。黒髪の坊ちゃん刈りで、いかにもなインテリタイプ。得意げな敬語が気取って聞こえるが、言うことは正論ばかりで周囲の状況把握能力にも長けていると見た。先ほどのイヴァンとクワトロの口喧嘩を治めたのもゼクスだったりする。彼も小柄で、クワトロと身長はそう変わらない。

 クワトロとゼクス、二人とも年齢は十七歳くらいで、ブレザーでも着せてやれば高校生そのものといった具合。




「よろしくね、トゥエルヴ。本部は精鋭の集まりと聞いているわ。お手並み拝見ね」

「クワトロ、いくら声が若そうだからと言ってもトゥエルヴは上司ですよ」

「なによゼクス。あんたも初めての本部の人間を楽しみにしてたじゃない」

「それはそれ、これはこれですよ。これは重要な任務の一つなんです。そんな値踏みするような余裕があるなら少しでも多く働いてほしいものです」





 俺が「こちらこそよろしく」と返事をする間もなく、二人はテンポの良い口喧嘩を始める。



「なによなによ。誰だって気になるじゃない!」

「クワトロ、もしかするとトゥエルヴは声は若そうでも、見た目はアインスのような厳ついオジサンかもしれないですよ」

「聞こえてるぞ」





 クワトロにニヒルな笑みを浮かべながら耳打ちしたゼクスであったが、アインスが額に血管を浮かべながらドスを利かせる。

 ゼクスはあはは、と苦笑いを浮かべてクワトロの耳元から離れた。




「なら見せてもらいましょうよ」

「ん?」

「だから、その甲冑の下の顔を見せてもらいましょうよ」

「はい?」




 俺はクワトロの言葉に素っ頓狂な声を上げ、イヴァンはギョッとしていた。




「どうしたのよ、エイト」



 イヴァンの異変に気付いたクワトロ。なかなか鋭いな。

 イヴァンはすぐに表情を取り繕い、へらっと笑う。しかし彼の額は嫌な汗でしっとりと濡れていた。 



 顔を見られるくらいは仕方ないと思っていたが、こんなに早くになるとは予想外だ。そのためのエクストリミスだし、今は四、五年成長して本


来の俺の姿ではない。

 しかしあくまで変装だ。完全の完璧とは遠く言えない。言ってしまえばただの数年成長した姿だ。この世界での本来の俺は少し前に十四歳にな


ったところ。やっとシ〇ジ君に年齢が追いついた。でもそこから成長の過程での容姿の変化なんて知れている。

 今の俺と本来の俺を見比べてみろ。察しが良ければ気付くだろう。

 イヴァンはそれを危惧していた。




 しかしそうして俺とイヴァンが必死に解決策に考えを巡らせていると。

 得てして、悪い予想外と良い予想外があるみたいだ。そしてこれは後者だろう。




「も、もしかしてゼクスの言ってたことって……図星?」

「え……そうなんですか?」




 急にクワトロが申し訳なさそうに肩を落とし、ゼクスは眉をハの字にする。

 しめたと言わんばかりにイヴァンは悪い顔をしてそれに乗っかった。




「じ、実は……」


 イヴァンはそれだけ、ただそれだけを言っただけだ。

 しかし効果は絶大だった。



「いいのよ、エイト。ごめんなさいね、トゥエルヴ。悪気はなかったのよ、私もゼクスも」

「すみませんでした」

「い、いや……構わない、おれは」





 なんだこの微妙な空気は。

 別に狙ってこうなったワケでもなく、思わぬ好転を見せたが、なんか釈然としないのはなぜだろう。いわれもない顔面批評をされているからか。いや違う、これは素性を隠すための巧妙な演技なのだ。決して俺の顔のことを言われているのではない。ダイジョウブダ、自信を持て。



そんなイヴァンの適当な受け流しの対応に、周囲の俺への興味が多少薄れた……のか?

何にせよ、目下俺のすべきことは町内清掃とやらだ。かたや昼下がり近所のおばさんの生態を真似るのか。かたや目につく人間(ごみ)をお掃除するのか。いったいどっちだ。



「そんなに難しく考えなくてもいいわ、トゥエルヴ」

「その通りだ。解放軍として当たり前のことをするだけだ。そこは本部も支部も変わらない」




 俺のどんよりとした雰囲気を見兼ねたクワトロとアインスが、俺の背中を押す。

 何度も言うが俺は本部の人間でもなければ解放軍の人間ですらない。

 潜入成功と言えるのか? これは。



「さあて、それじゃあ早速指示を頂ける? 隊長さん」



 クワトロの言葉につられてゼクスもこちらを振り返った。二人とも、俺を値踏みするかのような目だった。本部の人間だった隊長に期待半分といったところだ。残り半分はあとで考えればいい。

 とにかく今はイヴァンが言った通り、解放軍らしく振舞え、だ。

 自分にそう言い聞かせ、そっと深呼吸する。




「俺から君たちへの初めての指示だ。出発の準備だ」


「任せて、隊長さん」

「了解です」

「わかったよ」



 クワトロ、ゼクス、イヴァンが思い思いに返答をくれた。

 そのうちの二人に限っては、まだ見ぬ元本部の人間がもたらす、ありもしない革新的な成功に期待を寄せて、まさにそれを訴えんばかりに目を輝かせていた。

 俺は慈悲深いのか、そうじゃないのか、少し胸がチクリと痛んだ。





******






 心底、俺は安堵していたと思う。

 だって解放軍式町内清掃の準備を指示したらスコップとゴミ袋と手袋を持ってくるんだもんな。

 スコップは片手で使えるような短いタイプ。麻で編まれた大きなゴミ袋。手袋は革製。はい、と言ってクワトロが一式渡してくれた。それが一人あたりの標準装備のようだ。




「俺たちの清掃範囲は?」

「都市ウィラメッカスの居住区の一角だ。地図がここにある」

「ありがとう」

「ちなみにトゥエルヴ率いるのは第一分隊。赤く塗られている範囲がそうだ」




 アインスに尋ねてみたところ、自隊の清掃範囲が赤く記された簡易地図を手渡された。

 地図で赤く囲われている範囲は、どうやらギルドの近くのようだ。ちょうど俺が前日宿泊した『迷宮食堂』が含まれている。

 この様子だと、本当にご近所のおばさんよろしくゴミ拾いをすることになるそうな予感がしてならない。

 いや、嫌だと言いたいのではなくて、本当に解放軍の活動がこの清掃限りで済むのだろうか、という疑念がなかなか晴れないでいるのだ。






「じゃあ出発しようか、トゥエルヴ」



 イヴァンが意味ありげにウインクしながら促してきた。

 頑張れということか。だがしかしウインクはよせウインクは。




「ああ、第一分隊活動開始だ」

「期待しているぞ」




 俺が柄にもない喝を入れると、アインスは大層な笑顔で送り出してくれる。

 本当にゴミ拾いなんだよね?

 一抹の不安をただ一人抱えて、俺たち第一分隊は都市ウィラメッカスに繰り出した。




 解放軍国境支部へ続いている通路を、来たときと逆方向に進む。この今にも崩れそうな通路を進めば、そこはすぐにウィラメッカスだ。




「あの、トゥエルヴ、聞いてもいいですか?」




 薄暗い通路を進んでいると、ゼクスが遠慮がちに口を開いた。



「なんだ?」



「トゥエルヴは……本部ではどの部門だったのですか?」



 などと聞いてきた。

 何を藪から棒に。全くわからんのだが?



 甲冑の上からでも汗マークが浮かび上がりそうなくらいに焦っていると、やはりイヴァンが助け舟を出す。

 今日こいつに何度危機を救ってもらっただろうか。




「確か、機密調査部……だったよね? トゥエルヴ?」



「そう言えばエイトがトゥエルヴの異動事務をしたんでしたよね?」



 イヴァンとゼクスの会話上、どうやらそういうことになっているらしい。

 俺の肩書が徐々に出来上がってきた。今季に本部機密調査部から国境支部に異動を命ぜられたコードネーム、トゥエルヴ。




「うん、そうだよ。さすがに本部には入ることは出来なかったけどね」



 あはは、とちっとも笑う気のない笑みを浮かべるイヴァン。

 薄ら笑いとはまさにこのこと。



 本部に入ることが出来なかったと言っているが、それが今以上に解放軍の情報が集まらない原因の一端だろうか。

 本部内に潜入しないことにはこれ以上の組織内情報を掴むことはできない。

 ならば本部に俺を送り返すという、この支部の企みもあながちマイナスばかりじゃなさそうな気がしてきた。




 今回は、行きしな程この通路を長く感じなかった。

 通路を抜けて、景色が一転して無人の民家の中だ。何度も来たことがあるのか、ゼクスもクワトロも平然と民家へ踏み入る。



 そこで、三人は立ち止まり、俺に注目した。

 俺はしばらく突っ立ていたが、イヴァンの言葉にはっとさせられる。



「隊長、次の指示は?」




 なるほど、と得心がいった。どうやらこの国境支部に限ることかどうかは定かではないが、隊長指示を中心とした部隊活動が活動規範になっているようだ。クワトロとゼクスはそれを体に覚えこませているのか、指示が出るまではまるで別人のように黙って指示を待っていた。

 完全完璧な隊長主力の分隊。

 じゃあ、いつも通りの活動をさせるには? 彼らの行動を見ないことには、俺も彼ららしく振る舞えないし、この活動の趣旨も理解できないだろう。

 それならば、俺はこう言う。





「各自、通常通り町内清掃にかかってくれ」

「まっかせなさい!」

「こらクワトロ、またそんな口利いて。トゥエルヴは上司ですって」

「何でもいいわ! さあ、かかるわよっ!」

「ま、待ってください、クワトロ」






 間髪入れずにクワトロが了解し、それにゼクスも続いた。

 俺がイヴァンを振り返ると、肩を竦めて見せた。


「もう少し威厳をもった喋り方した方がいいと思うよ」

「うるさいな、性分なんだよ」


 俺は指揮者には向いていない人間だと思う。どちらかと言うと。

 どうしてもこういうやる気なさげな話し方になってしまう。

 そして。


「二人は新しい上司が思ったよりいい人間で嬉しいんだと思うよ」

「そおか?」



 イマイチ実感がないことを言われた。



「うん、だって二人が凄い照れながらはしゃいでいるんだ。そうに違いないよ」

「そういうもんかね」



 今度は俺が肩を竦めた。



「それよりさ」



 イヴァンはふと呟いた。



「ん?」

「その甲冑、暑くない?」

「ほっとけ」




 第一これを着るのを勧めたのはあんただろ。

 脱いだら、まあ脱いでもいいけど素性の足が付く可能性は否めない。実際、四、五歳成長しただけだ。十四歳からの容姿の変化など知れている。




「僕らも行こうか」

「ああ」

「ははは、大丈夫だよ。ただのゴミ拾いだよ」



 俺は頭部の甲冑で顔が隠れていることをいいことに、そっと安堵の溜息をついた。



「わ、わかっていたぞ」




 クスクスとイヴァンは笑った。







******







 指定の範囲を練り歩き、目についたゴミを拾い、麻のゴミ袋に放り込む。

 花壇に雑草があれば抜き、害虫がいれば別の場所へ逃がす。

 花が弱っていれば水をやり、迷子がいればアイスを買ってやり、親を一緒に探した。




 なんだこれ。

 ただの慈善活動じゃないか。ただのボランティアの人たちと変わらないじゃないか。

 違うだろう。

 俺の知っている解放軍はな、人を顔色一つ買えずに殺して酒池肉林の限りを尽くしていたはずだ。

 それがどうだ?




 クワトロは地域のおばさんたちの人気者で、挨拶なんかしてやがる。

 ゼクスは野良の動物たちに気に入られて、こぞって犬やら猫やらが寄ってくる。

 イケメンのイヴァンもイヴァンで……地域のおばさんたちの人気者で以下略。




 こんなものが解放軍だとでも言うのか? 冗談だろ?

 もっと人を傷つけろよ。もっと物を壊せよ。それがお前たち解放軍たる理由であり存在意義のようなものだろう?

 それが何を楽しそうに地域の活性化と親密な関係を築き上げようと善処してるんだよ。

 お前らはもっと違うだろう。イヴァンはともかくとして、クワトロとゼクスは絶対子供の一人や二人平気で攫ってくると踏んでいた俺が恥ずかしい。

 イヴァンはゴミ拾いだと笑っていたが、半信半疑、いや、「疑」は七割を占めていた。三信七疑だったのだ。




 そして俺は何しているかと言うと、解放軍の甲冑を着けているばかりに、子供怖がられ地域のおばさんたちには騎士隊を要請される始末。

 騎士隊の極一部の人間しか今回の潜入任務のことは知らない。俺を解放軍だと本気で思って攻撃を仕掛けられたときには焦ったさ。ああ、全力でラナウェイしたさ。

 金属だと思っていたのだが、どうやらこの甲冑、金属ではない特殊な素材で作られているようで操ることが出来なかった。そのおかげで動かしなれていない十八歳の体に鞭打って、重苦しい甲冑を一身に纏い、一心にウィラメッカスの街を掛け回るハメになった。





 そうやって自分の予想が大外れと言ってもまだ優しい外れ方をして、悪者扱いされて項垂れていた時だった。

 俺は例の無人の民家に身を潜め、体を休めていた。

 そこに汗を掻いたクワトロが入ってきた。

 俺は労い、コップに注いだ水を手渡した。





「お疲れ」

「ありがと」



 そう言えばイヴァンに威厳のある話し方を勧められたばかりだった。

 ご苦労、の方が隊長っぽかったかな。



 クワトロは水を受け取ると、ゴクっと一気飲みして空になったコップを寄越してきた。

 俺はクワトロの顔を窺いながら何かを察知し、また水をコップに注ぎ返す。

 するとまた空のコップが返ってき、水を注いで返す。

 その作業をもう二度繰り返し、クワトロは落ち着いた様子で俺の隣に腰を下ろした。清掃を始めてから約二時間が経過していた。





「トゥエルヴ、あたな馬鹿ねえ。そんな格好していたら騎士隊に追っかけ回されるに決まってるじゃない」

「だからこうして身を隠している」



 そこで一旦会話は終了し、クワトロは言うじゃない、とでも言いたげな顔で空のコップを差し出してきた。

 俺は慣れた手つきで水を注ぎ、コップとともに言葉を返す。




「この格好をしていたら騎士隊に追いかけ回される理由は知っているんだよな」

「ええ、知っているわ。四年前の反乱でしょ」

「あの反乱の内容は?」

「もちろん、お姫様の拉致でしょ?」

「ああ」





 そしてまた会話は終わる。

 クワトロはコップを差し出してきた。もちろん、空の。

 そして今度はクワトロが言葉を付け加えた。




「解放軍の反逆を知っておきながら、なんでこうしているのかが気になるって言いたいんでしょ?」

「ああ」

「あなた元本部の人間でしょ? そんなこともわからないの?」




 俺はそれには答えられなかった。本部の人間じゃない。解放軍のことは解放軍の誰よりも知らない。 




「だいたいあの作戦は本部のミスで王国側に反逆って思われてんでしょ? 本部のあなたたちは何してああなったの?」

「……俺の管轄じゃなかったから何とも」

「……ふうん」



俺は適当にお茶を濁した。



 どうやら王都の反乱のことは末端には真相が伏せられているらしい。クワトロの話を聞く限りは、だが。

実際は解放軍という組織を作った張本人、もしくはその側近の取り巻き、つまりは幹部たちだ。その解放軍の内部の極々少数の人間が計画した反乱だ。

しかしその他の解放軍の大多数を占める構成員には何一つことの真相を知らされていない。

その末端の者たち、つまり支部で現場活動を主眼とする人間、突き詰めると今の俺たちだ。そいつらは一切合切みんな含めて国のための慈善活動を目的とした組織だと信じている。いや、信じて疑わない。クワトロの様子を見るとそれは明らかだ。

だから王都での反乱も、慈善活動のつもりがちょっとした手違いで解放軍を国の敵にしてしまったと本当に思っているのだ、こいつら解放軍の手足となって動く人間たちは。




それは俺にとって、とてつもなくショックで、とてつもなく悲しいことだった。

だって命令を下す上の人間、そのさらに上の人間しか本当の解放軍を知らない。組織の真の姿も知らずに、自分の属する集団のために身を粉にするこいつらの身にもなってみろ。

あとで本当のことを知ったら、俺ならしばらくは立ち直れる自信がない。

抗うつ剤処方が必要となること請け合いだ。



俺は聖人君子などではない。

善人と呼べるほど善悪の見分けもわからないし、そもそも完全な善とは何かなど哲学を引っ張り出してくる捻くれ者だ。

でも、だがしかしだ。



この組織は間違ってると確信できる。

俺をいいヤツだと言って暖かく迎え入れてくれた国境支部の連中。

俺が潜入冒険者だとも知らずに本当に馬鹿なヤツらだ。

俺は目の前にいるクワトロ、延いては支部の全員を騙している。



そしてもう一方では、こいつらは自分が精魂かたむけて働いてきた解放軍にすら騙されている始末だ。

どういう言いくるめ方をされたのかは、俺にはわからない。適当な言葉で無理矢理納得せざるを得なかったのか、それともいかにも本当らしい巧妙な言葉を掛けられたのか。

まあそんなことはこの際どうでもいい。

要はこいつらは自分が属して、尽くして、大切にしてきた組織にすら裏切られているということだ。

それは解放軍の真の目的が達成されるときには嫌でも明るみに出る欺瞞だ。薄っぺらい嘘に覆われているにすぎない。




それを知れば今ここで、この街で国のためを思って働いている者たちはどう思うだろうか?

そりゃあショックだろうよ。それこそ死にたくなるほどに。

俺もこいつらを騙している立場で偉そうなことを言うつもりはない。



でも、それでもだ。

俺はこの嘘をつき通す。微塵も、毛ほどもバレることなく、最後まで嘘をつき通してやる。

任務とは言え、依頼とは言え、こいつらが解放軍とは言え、少なくとも今ここにいる連中には罪はない。

罪なき者たちが二重で騙されていることを知るのはそいつらの精神が持つだろうか? いくら任務遂行のためとは言え、そこで真実をぶちまけるのは、俺の良心が咎めた。欺瞞の片棒を担いでおいて何をと思うだろうが、その程度には俺の倫理観は捨てたものではないのだ。

二重で騙されているのであれば、せめて俺が騙し続けることで、そのうちの一方を減らしてやることができる。

ここまで騙してしまった以上、後戻りはできない。なら、最後まで嘘をつき通して騙されているという悲しい事実を感知させない。それが俺の誠意とはとても呼べない誠意だった。

もしかするとイヴァンはここまで考えて、俺を事に当たらせたのかもしれない。

イヴァンの思惑は今はまだ謎だが。単に任務遂行を目指しているのだろうか?

そう思いつつ、ふとクワトロに目をやった。




それなのに、この少女は頑張り続ける。この国のため、何より仲間のために。



「な、なによ。不気味ね、甲冑頭のまま見られると」




俺はそれに答えず、また前を向いた。

こいつらは無知だ。何も知らない。

しかし知ることが幸福でないとしたら? むしろ絶望なのだとしたら?

なら何も知る必要などないのだ。

こいつらは、こいつらの信じた、こいつらの思い描く組織にしていけばそれでいい。

そのためなら俺は少しくらい手を貸さんでもない。

なんてったって今俺はこいつらの上司だ。部下の希望の一つや二つ聞いてやってなんぼ。それが、それこそが頼れる上司ってもんだ。違うか?




いいや、違わない。

ここ最近、俺の希望は学園生活だった。

その希望の向く先が、今少しずれ、こいつらの方へ向き始めた。

ごめんな、ミレディ、ロイア。もう少しここを離れられそうにない。

もちろん騎士隊の任務を忘れるつもりはない。ちゃんとこなして見せよう。



ただ、余裕があるなら、手助けをしたい。

それは俺の独りよがりで、こいつらは誰一人として望んじゃいないことかもしれないが、でも俺の希望だ。

俺はしたいことをする。

どうだ? 男だろ?



「トゥエルヴ、一通り終わりました」



そこまで思い至って、ゼクスが俺とクワトロのいる無人民家に戻ってきた。



「取り込み中でしたか?」

「いいや、ご苦労だった」



怪訝そうに窺うゼクスに、労いの言葉を掛ける。

うわー、今俺ものっそい上司っぽかった。上司っぽい言葉掛けたー!

もう頭部甲冑の下はニヤけるのが止まらない。

だって、今はこんなにワクワクするのだ。今後の出来事に胸踊るのだ。

さあ、どうしてこの組織を変えてやろう。こいつらの思い描く組織に。




「ご機嫌そうで何よりだよ」



そこでイヴァンも戻ってきた。



「わかるの⁉︎」

「まあね」



甲冑のおかげで読めない俺の表情を読み取ったイヴァンに、クワトロが驚嘆する。



むぅっとクワトロは険しい顔で俺の頭部甲冑とにらめっこ。

お前さんには無理だ、クワトロ。諦めな。このゲイが異常なだけだ。




この集団、なんだか馴染めるなと。

任務開始早々に不意に思った。







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