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第四十七話 本部より左遷されし者

更新が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。

感想よりいくつか問題点があるとご指摘を頂いておりますが、もしかするとこのまま話を進めることになるかもしれません。

ご了承のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



それでは解放軍潜入です。お楽しみいただければ幸いです。

時間は午前七時。『迷宮食堂』という看板の掛かった宿屋の前にいる。昨日一晩、宿泊したのだが、なかなかサービスの行き届いている、良い宿だった。中は清潔で、料理も美味しい。日本で営業をしても苦情が飛んで来ない程には良質な宿泊が提供してもらえると言っていい。

建物にひとたび入ってみると、どこが食堂だ、ただの宿じゃねーか、という批判を飲み込めば、そこそこ楽しい夜を過ごせるだろう。

 『迷宮食堂』は居住区だが、冒険者ギルドの建物直近の宿だ。居住区の外周を囲う帯状の商業区。その二区画の境界に宿とギルドの二つの建物があるといった具合で、今の俺の目と鼻の先にはギルドの建物がある。



さて、俺は現在、人を待っている。


昨晩寝ているうちに、レイナードがよこした『エクストリミス』という薬、それの効力が切れてしまっていた。

今はこの世のもうすぐ十四歳を迎える子供の姿だ。



話は前後するが、俺の待ち人というのも、例によってレイナードの言っていた騎士隊の人間だ。先に解放軍に潜り込んでいるのだと言っていた。

 俺は水分や着替え等の少量荷物を指定され、それを手に持って待ち人の合流を待つ。

なんでも残りの薬はその者が持っているのだとか。その騎士隊の人間と合流しなければ、俺に任務をこなすことは不可能だ。

そもそもなぜこのような任務を受けなければならないのか……ああ、そうだ。ミカルドの横暴によるものだった……じゃなくて、ギルドの決まりでAランカー冒険者の俺が引っかかっただけの話だ。

つくづく自分の不運を呪うよ。



待つことおよそ十分。

人目を避けるように建物の影に沿って歩く者が目に入った。

服装は地味で単色。どこにでもいて人目を惹きにくく、記憶に残りにくそうな平民テイストの格好だが、フードを目深に被っているのは目に付いた。

それにスラッと長身で、手足が長い。

服の上からでも恵まれた体型がわかる。平民の服がヤケに格好良く見える不思議だ。



向こうも俺に気付いたのか、小走りで向かって来た。

俺の前に立つと軽く手を挙げ、フードをサッと脱ぐ。

そこには金髪の美少年がいた。



婚期を逃したお姉さん! 食べ頃のがいますよー!

と大特価セールを仕掛ければハイエナのごとく群がる成人女性が目に浮かぶようだ。

騎士隊にはいい男が多いのか? それともいい男だからこそ入隊できるのか? 男前なことが雇用条件なのか?



「おはよう、レイナードから話は聞いているよ。君がアスラ君だね」



男にしてはやや高い声だった。だがそれが母性本能をくすぐるのだった!

というどうでもいい話は置いといて。

なぜか、なぜかヤツは俺の手を握ってきた。両手でガッシリと。ほんわか手の温もりが伝わって来た。

これがこの男なりの親愛の挨拶なのだろうか。少しイキナリな感じもあるが、気を悪くするほどでもなかった。




「おはよう。そう言う君がイヴァンだね、レイナードから話は聞いている。しばらくの間よろしく」

「ああ、こちらこそよろしく。冒険者の手を借りることになって申し訳ないが、世話になるよ」



そう言って彼、イヴァンはハグをしてきた。

むわっと良い香りがする。男のくせに香水付けてるのか、コイツは?

と言うかハグってこの男、嫌に初対面の距離が近い。これもスキンシップの一つなの?




「さあ。早速で申し訳ないが、すぐに潜入服に着替えもらう。付いて来てくれ」



俺が心中抱いている疑問を歯牙にもかけず、イヴァンが俺をつれて都市ウィラメッカスを歩く間、なぜ俺と手を繋いでいたのかは誰にもわからないのだった。





******






 灯台下暗し、という言葉がある。

 これがまさにそうだ。

 先ほど会った騎士隊の男、イヴァンは俺をつれて『迷宮食堂』から北に歩き始めた。居住区を抜け、ウィラメッカスの中心、エアスリル魔法学園を横切り、街の北側に辿り着く。

 居住区の、ある建物の中に入るようにイヴァンに促された。と言うか背中を押されて一緒に建物内へ入る。



 多少の不安と好奇心をはらみつつ、中を見回してみると一見どこにでもあるような一軒家だ。必要最小限の家具は揃っており、「いらっしゃい」と奥から人が見えても何ら違和感がない。



「イヴァンの家?」

「いいや、違う。ここが解放軍の入り口さ」

「はい?」


 イヴァンは何ともなしに口にしたようだが、身近に仇がいることに俺は身の毛がよだつような思いだった。

 俺がここ数週間のうのうと過ごしていたこの町が、すでに解放軍の関所になっていたなんて、おそらく誰も思いはしないだろう。

 それをしって攻め込もうとしない騎士隊は、解放軍の中心部を覗いたのか、それとももっと深淵を目の当たりにしたものか、未だに恐れ慎重になる理由があるようだ。

 俺はふと思った。そうだ、とっとと攻め込んじまおう。国の危機が一つ減る。そうなればみんな幸せだ。イヴァンの隙を見て、この組織の崩壊の糸口を探せぬものか。

 学園の課題から大きく脱線し、より面倒な問題に直面している。クシャトリアの催眠を解いた今、俺がしたいのは学園生活なのだ。こんなことに首を突っ込んでいる暇……は長期休暇だからあるが、その気がない。





ミレディとロイアはギルドウェイトレスとして足止め状態。多少時間は掛けられるが、早めに問題を解決した方が良さそうだ。

おれが見返すと過去に決めた人物、そしてその周囲が大きく解放軍と関わっている。この任務に興味がないと言えば嘘になる気もするが……。

 そ目論んでいたところで、イヴァンが手を差し出してきた。



「アスラ君、また、これを飲んでもらう」

「今から任務が始まるのか?」



 イヴァンに尋ねてみるも、俺の心の準備を待たずして、エクストリミスをズイと寄越してきた。

 そして今ようやく荷物を指示された理由がわかった。俺は手持ちの袋から水袋を取り出す。

 最初からこういう計画だったのかもしれない。最近やたらと外堀が固められていっている気がするのは何故だ。

 ちょっぴりイライラしながらも、口にエクストリミスを含んで、それを水で流し込んだ。



 ごくん、とエクストリミスを飲み込んだところでミスに気付いた。

 びりっ


 忘れていた。この薬を飲むと服がはじけるんだった。

 いや、厳密には薬の効果で成長した俺の体が服を突き破ってしまうのだ。

 今度から忘れないようにしないと。



 しかしできる騎士隊の男、イヴァンはそれも織り込み済みなのか、俺にサイズ大きめ着替えを持ってくる指示をしていた。心なしか手の平ので踊らされているような気分になった。



 さっきまでの好奇心はどこへやら。徐々にモチベーションが削られていく。


 まるで用意されたハプニングだ。俺はいそいそと着替えを始める。

 が。



「ちょっと待てアスラ君」

「なに」


 俺は若干の面倒くささを含んで返事をした。


「服を着るのはもう少し待ってもらえないか」

「また任務に関係があるのか?」

「いや、君の美しい肢体を目に焼き付けたいだけだ」

「……ッ」



 脊髄反射で俺の括約筋が今までにない活躍を見せた。

 なーんちゃって。

 なんて冗談言っている場合じゃない。この男はヤバイ。ようやく得心がいった。

 さっき手を繋いできたのも、ハグしてきたのも、すべてはこのためだったのだ.


「おいおい、そんなに驚かないでくれよ。ただゲイってだけじゃないか」

「冗談じゃない……」



 ゲイってだけ? だけだと? 正気か? これからこのパツキンゲイヤローと仕事するってのか?

 正気の沙汰じゃない。

 なんで騎士隊は解放軍より先にコイツを始末しないんだ。



 俺は何としても前のボタンをとめ、ズボンを上げなければならない。俺の生命、身体及び財産のが危険に晒されているのだ。え? 財産は関係ない?

 バカめ。俺の臀部は立派な財産だ。この男にくれてやることなど死んでも御免だ。いや他の男でも全力で回避対象だが。

 とにかく、俺は目にも止まらぬ早着替えをやってのけた。



「あーあ、残念」


 爽やかに微笑んで惜しいものを逃したように言うが、こいつはゲイだ。

 俺はジト目を送りながら早着替えで乱れた服装を、ある程度正す。


「いやしかしアスラ君、僕はその姿の方が好みだよ」

「しらねーよ!」



 思わず声を張り上げてツッコんでしまった。あまりの気色悪さとゲイ臭で俺のペースが崩されている。

 この一見爽やかイケメンはゲイなのだ。

 ウーマンズドリームブレイカー。

 恋する乙女の理想を粉砕せし者。



「スラっと長身に引き締まった体つき。たまらない……」

「き、気色悪すぎるわァァァッ!!」


 どす!


「ぐッ」


 はっ!

 しまった。あまりの気持ち悪さに我を忘れて顔面にパンチを入れてしまった。

 さすがに手を上げるのはやりすぎか。

と言うか衝動的に動いたのは久しぶりだ。それほど柄にないことをしている自覚はあった。



「はあ、はあ……。いいパンチだ。もう一度打つかい?」


 ぞわぞわぞわ。

 本日二度目、身の毛がよだった。

 うそだろ。誰か嘘だと言ってくれ。夢だと言ってくれ。こんなやつと任務なんてしたくない。


 ゲイ、もといイヴァンは俺に殴られた頬を撫でながら笑いかけてきた。



「け……結構です……」

「そうかい。ざんね……ごほん、先を急ごうか」



 わざとらしく咳き込む目の前のゲイは、俺にとって最大の鬼門になるかもしれない。

 一歩踏み出すのがこんなにも辛いと感じたのはいつ以来だろうか。このまま足を進めるとゲイと共に任務をこなすハメになる。

だがしかし趣味嗜好は人それぞれだ。イヴァンを否定するつもりはない。そう、もう一度述べるよう。趣味嗜好は人それぞれだ。だから俺がイヴァンを否定することが間違っているなどと誰が言えようか。

いや、そんなことは不可能だ。



「話は変わるがアスラ君、現在エアスリル王国とレシデンシア王国が睨み合っているのは知っているね」




イヴァンは俺に殴られて腫れた頰を、動かしにくそうに話す。


それに耳を貸しつつ、イヴァンが家の廊下に取り付けてある扉を開く様子を眺める。

扉を開いたその奥は、薄暗い通路が続いていた。




「ここはそのレシデンシア王国が秘密裏に作った地下通路なんだよ。このまま進むと国境を越えられる。次地上に上がればレシデンシアに入国ってワケさ」



俺はその通路に踏み入ることに戸惑いつつ、イヴァンは慣れた様子で通路を進む。

延々続いているようにも感じられるこの通路、話通りならレシデンシア発端の解放軍がエアスリル王国内に入るには持ってこいの便利通路だ。

土の地面がしっかりと踏み固められている。一体何人の人間がこの通路を利用したのだろうか。




「でも今日は入国はしないよ。この通路の中間にある、解放軍の国境支部に潜入してもらう」



イヴァンの声が急に引き締まった。心なしか、その低い声はこちらまでも威圧してくる。

今までゲイ道まっしぐらな軽口を叩いていたイヴァンが、目に見えて脂汗を浮かべていた。

それは、この先にある国境支部とやらが、どれほど緊張感と集中力を求められる場所なのかを窺わせるには十分すぎた。



「君はレイナードを唸らせる程の力を持っているんだろう? なんでもワイバーンを単独で討伐したとか」



「まあ、それに近いことはしたかな」


イヴァンの問い掛けには曖昧な返事をした。だって数年前のギルドが関知している俺のワイバーン討伐は、元から他のパーティが弱らせていたワイバーンだ。全部が全部俺の手柄じゃない。



「まあ自慢じゃないけど、僕もそれに似たようなことはできるつもりさ。ある特異な精霊と契約していてね。しかしそんな僕ですら、いつ正体がバレるか怯えて生きた心地がしない毎日を送っている」

「はあ……」

「要するに、十分注意しろってことだよ。最初は特にだ。わかったね」



注意しろっつっても何をどう注意すればいいのかわからない。

想定はいくらでもできるが、それ以外のことが起きるから想定外という言葉があるのだ。

俺がそう首を傾げるのに気付いたのか、イヴァンが笑った。




「あはははは。現場に馴染むんだ。いいね、あえて言うならば奴ららしく振る舞え、だ。それしか言えない。まあ心構えってやつだよ。あんまり気を張りすぎても空回る。リラックスしていこう」



陸上の試合に臨む直前に、顧問が言うリラックスしろ、に似ていた。



「もっと簡単に言うと、死ぬなだ。最悪それだけ守ってくれさえすればいいさ」

「結局はその言葉に行き着くのか」

「君が死んでも、これは依頼という体裁だからギルドは責任を負わない。損するのは騎士隊側だよ。個人的には僕も君には死んでほしくないしね」




そうイヴァンは不気味に笑う。

ゲイめ……。



それにしても、もう大分歩いたはずだ。

この通路はどこまで続くのだろうか。体感にして三キロメートルと言った辺りだろうか。でもまだ先は暗く見通せない。

通路をよく見ると天井が上階の重みで落ち込んでいる。

大丈夫なのか、この通路。

鏡よ鏡、鏡さん。この世で最も突貫工事な通路はどこでしょう?

ココだよココ!

俺の脳内鏡はそう叫んだ。




どん。


そこで、急に立ち止まったイヴァンにぶつかった。天井を見上げて歩いていた俺が悪いが、顔を赤らめて嬉しそうに微笑むイヴァンには怒りしか湧いてこないのが不思議だ。



「アスラ君……やはり君も僕のことを……ってそんな冷たい目をしなくてもいいじゃないか」



俺をここまでジト目にさせるなんてイヴァンくらいだよ。

イヴァンは慄いている様子だったが、すぐに真剣な顔つきになった。



「それよりほら、前を見てごらんよ。もう国境支部の入り口は目の前だ」



イヴァンからジト目を外し、彼が指差す方へ目を向ける。そこには通路にピッタリはめ込まれた木の扉。



「さあ、心の準備はいいね。レイナードに聞いた通りのことをすればいいから。とにかく情報収集あるのみだ。たぶん中では面倒見れないだろうから、頑張ってくれ」



固唾を飲んだ。

この先どんなことが待ち受けているかわからない。流れ流されここに来てしまった。

強制だと聞かされて断らなかった俺が悪い。これは俺の親切なのかお節介なのか偽善なのか、それとも気まぐれ?

まあ、なんにせよ、引き返せないし、その気もなかった。一度首を突っ込んだんだ。最後まで責任を持ってやり遂げよう。

解放軍にも興味はある。いずれ調査しようとも考えていた。

俺は柄にもなく、前向きに考えることにした。



いくよ、と囁いて、イヴァンは扉を開いた。





 ばっと一気に扉を開ききった先に見えたのは……岩に囲まれた広い空間だった。でも誰もいない。すっからかんだ。

 ここまでの土と木材で固められた暗い通路とは異なり、オレンジに近い色をした明るい色の岩でできた空間だ。そのせいか、少しでも明かりが

灯っていさえすれば、この空間は岩とは思えない温もりを演出する。明るい洞窟だ。

 その洞窟内には明るい岩とは対照的に、解放軍の象徴的な黒い甲冑が並べられている一角がある。

 その付近には数種類の武器や図面が広がっていた。




「誰もいないのか」

「ああ、ここは普段使うところじゃない。この先だよ」





 イヴァンの軽く、でも真剣みを帯びた言葉。

 先ほどから彼の緊張は解けない。

 ヒシヒシとこちらに伝わってくる。そのビリビリと嫌なほど感じる緊張感が、この洞窟の先にあるものへ向けて警鐘を鳴らしている。

 この洞窟に入る前に感じた怖さと胃が痛くなるような感覚が戻ってきた。




「とりあえずここでこの甲冑を着てくれ」

「この黒いのを?」

「そう、この黒いのを」





 はあ、でも潜入ってそういうことだよな。解放軍に身を染める。それは俺の中でこのエアスリル王国や自分が世話になった人への裏切りのようにも感じた。

 踏ん切りが大事だ。




「わかったよ」




 俺はいそいそと甲冑を準備し始めた。

 胸当てを背部の甲冑と肩と腰部でとめ、金具でガッチリ体に密着させる。上肢に腕部の装備をはめ、下の甲冑を脚に通して上半身の甲冑と結合する。

 体にぴったりフィットする作りの甲冑で、スラリとしたシンプルな外装だ。ただ全身黒なだけ。

 ところどころギザギザしていて、デザインは格好いい。そして、その割には軽くて着心地がいい。

 でもこの甲冑に対して抱く印象がよくない。まあそれはこの潜入するにあたって、抑え込まないといけない考えだが。



 そして俺は頭部装備を被る。




「よし、いこう」




 俺は半ば無理してそう言った。そう言うことで自分の決心を固めることができる気がしたから。

 もう引き返すことはできないし、その気もない。

 振り回されて、流されて、ここまで来たが精一杯やりきろう、とまで思うほど俺は出来た人間じゃないが上手く切り抜けたいと思うほどには心構えができた。

 もう大丈夫だ。



 多分……。




 オレンジと明るい色の洞窟を進むと、今度は荘厳と言うに相応しい扉が待ち構えていた。

 この扉だけ金属で作られており、重厚感と製作者の高いプライドが窺える。

 俺は今一度、固唾を飲んだのだった……。



「ああ、ここはトイレだよ」



 ……黙れこのクサレゲイ……。

 おっと、お言葉がお下品だったな。

 お黙り遊ばせ、ドグサレゲイ。だめだ、どうしても悪意がこもってしまう。嫌な人にはなりたくないのになぁ。ダークエ〇ジェルの主役の娘のように綺麗な心でいたいのになぁ。

 そんなこんなでイヴァンには殺意をもって睨んでおきたい。




「冗談だよ冗談。気分をほぐそうとしただけさ。悪く思わないでもらいたいな、あっはっは」



 もう何も言うまい。この男とはそういう付き合い方が一番良いのだ。

 俺は勝手にそう悟って、独りよがりに納得した。






「第一この装いの扉がトイレなワケがないだろう?」

「いいから開けろよ。この甲冑動きにくいんだよ」

「何だかさっきから辛辣だね、アスラ君。以前の優しい君には戻れないのかい?」

「それはイヴァン次第だ」

「はあ、幸先悪いね」





 これが諦めなのか、それとも克服なのか。先ほどまでの手が震えるくらいの緊張は吹き飛んでいる。

 もしこれがイヴァンの軽口の目論見なんだとしたら、大したもんだ。口に出して褒めようものなら、オートでつけ上がること間違いないだろうから黙っているが。悪いなイヴァン、おあずけだ。




「さあ、今度こそ開けるよ」



 こく。

 首肯して見せた。イヴァンはふう、と一息ついてから一層表情を引き締めてドアノブを掴む。



「ああ、それと、これからは僕のことを『エイト』って呼んでね」

「はい?」



 俺の了承も待たずにイヴァンは、がちゃ、と小さく音がするまでドアノブを回し。

 そして押し開けた。



 ばた……。




 押し開かれた扉。

 その先に広がる景色は想像していたものとは大きく違った。内装は先ほどの洞窟と同じ明るい色の岩と、そして所々ブロック状の石で固められている。

 だが俺の目を引いたのはそんなもんじゃなかった。

 その部屋と呼べるのかどうかも怪しいこの洞窟のような空間。その中にいる人々は、何というか、混沌としている。

 人々は甲冑だけじゃなくても、みんな一様に黒を基調とした格好をしている。しかしざっと見ても甲冑姿が多い。俺と同じ黒い甲冑。

 目測で人数は十人ほど。。

 黒い人たちが歩いたり、話したり、三者三様だ。それでも予想としていた、厳格とか殺伐とか静寂とか、そういう雰囲気はなくて、ここの人はみんな騒然と騒がしく笑顔だった。

 本当に解放軍とういう邪悪なイメージからは想像もつかないほどに。

 背景の岩も相変わらず綺麗なオレンジ色をしているし。これが国境支部? 部屋間違えたんじゃないのか?





「やあ、エイト。久しぶりじゃないか。そいつが例の新入りかい?」

「うん、そうだよ。紹介しよう。本部から配属された、トゥエルヴだよ。もうある程度話は通ってると思うけど」




 イヴァンは、先ほどまでの戸惑いや不安を一切遮断して、近寄ってきた黒甲冑の男と平然と話し始めた。

 その男は頭部装備を外して脇に抱えており、あらわにした顔には深々と古傷が刻まれていた。白髪に浅黒い肌。厳めしい顔つきに雰囲気が、軽い雑談なのに何故かこちらが怒られているのではないかと錯覚させる。

 察するに、イヴァンはここでは『エイト』という名前を使っているようだ。コードネームのようなものだろうか。そうすると、俺もトゥエルヴと名乗るのが無難だろう。

 そうか、さっきの『エイト』と呼んでくれというのはそういう意味か。本当に危なっかしいことをしたものだ。俺があと少しでも混乱してイヴァンと呼んだらどうするつもりだったんだろう。

 どうやら本部からの派遣? 本部からなら左遷に近いのだろうか。まあ何にせよ、上手く立ち回らないといけない。イヴァンもイヴァンでこういうことは先に言っておいてほしいものだ。まあ緊張とプレッシャーでそれどころじゃなかったのは俺も同じだから責めることは出来ないが。

 すると、俺たちの会話に周囲が興味を引かれたように、わらわらと集まってきた。




「ふーん、あんたが本部から来たトゥエルヴね」

「本部って言うと精鋭の集まりじゃないか」

「幹部にも顔が利くって噂ですよ」

「ええ、すごい経験談が聞けそうね」





 へえ、本部ってそんなにエリートの所属なのか。

 しかし悲しいかな、俺は本部の出でもなければ、あまつさえ解放軍でもないんだ。

 俺は言うまでもなく場違いだ。

 自分でバツの悪そうな顔をしていると自覚しつつ、この部屋の人を見渡す。みんな『本部』という言葉に期待を寄せ、目を輝かせている。

 そこで先ほど一番にエイト、もといイヴァンに声を掛けてきた厳めしい男が歩み寄ってきた。




「初めまして。私はここの支部長のアインスだ。まあお察しの通りコードネームだが。君は本部でもトゥエルヴと名乗っていたのかい?」

「あ、ああ」



 少し、他人には気付かれない程度に声が上ずった。それが緊張を余計に加速させる。



「ほお、声を聞くに若そうだな。しかし、若いとは言えど一度本部を体験した精鋭だ。キリキリ働いて貰うぞ。この国境支部は見ての通り常に人員不足だ。本部とは人の量が違うだろう」

「確かにな。ある程度は覚悟していりゅ」

「……」




 ……な、なにが「覚悟していりゅ」だ。思いっきり噛んだ。

 慣れないのに虚勢を張るんじゃなかった。裏目にしか出ていない。




「ははは、なんだ、本部の人間でもこういう配置換えは緊張するんだな。本部って、なんか、もっとこう……お堅いイメージというか、冷たい仕事人間みたいな印象があったから、少し安心したよ」

「そうですね、アインスの言う通り。一度本部に研修で行ったことがあるんだけど、本部の人って対応が冷たくて怖かったのなんの」

「ふふ、今のトゥエルヴは少し可愛かったわ」

「こらこら、失礼だぞ、クワトロ」




 これがこの国境支部とやらのチームカラーなのだろうか。そこでイヴァンにコツンと肘で小突かれる。そっとイヴァンを流し見ると、右口角をクイッと上げた。

 笑え、ということだろうか。しかし今笑っても乾いた不自然な笑い声が上がること請け合いだ。それに顔は甲冑に隠れていて、どちらかと言うと不気味だ。

 せめて話だけでも合わせた方が今の俺の場合、自然と言える。事なかれ主義、いい言葉だ。




「いいさ。俺も本部の堅苦しい空気は苦手だった。ここに来られて光栄だ」




 どうだイヴァン、上手く機転を利かせただろう。

 甲冑の中でドヤ顔を抑えきれずニヤニヤしていると、イヴァンが今度は俺のくるぶし辺りに蹴りを入れてきた。

 なんだ、と振り向くと。

 イヴァンは幻滅を顔いっぱいで表現していた。




「うぅぅ、トゥエルヴ、お前良い奴だなぁ……」



 すると、何ということでしょう。先ほどアインスと名乗った厳めしい男が、厳めしいなりに瞳を涙で潤ませているではありませんか。

 なんだなんだと困惑する俺をよそに、周囲ではすすり泣くような、感嘆の声が上がる。

 そしてわざとらしさ満点で嘘泣きのイヴァンが説明してくれた。




「トゥエルヴ、君ってやつはぁ……。本部から支部に飛ばされるなんて、普通は本部の人員削減としか考えられないのにぃ……うええん。ぐすんぐすん、こんな辺境の地に寄越されて普通は自分の不運を呪うのにぃ……。自分より階級が下の人間が支部長なのにぃ、ほんと普通は光栄だなんて言えないよぉ! うええん」





 イヴァンは「普通は」という言葉にアクセントを置き、嫌味ったらしく俺のミスを強調してきやがった。下手すぎる泣き真似で。

 要は、本部から支部に回された人間なんて出世コース逸脱の一択なのに、それを光栄と思うなんて常識的でないということだ。言葉にしてみると当たり前のことだ。

 この解放軍内での常識はそうなのだ。

 甲冑で顔が隠れていることを良いことに、自分のミスに顔を引きつらせていると、そこら中で歓声が沸き始めた。





「こんなにいい人が『支部流し』だなんて間違っているわ!」

「そうですね、トゥエルヴを本部に戻しましょう」



 おいおい、待て待て。なんだ『支部流し』って。島流しにかけているつもりか。

 それに話がいきなり飛躍しすぎだぞ。それはイヴァンも予想外だったのか、助け舟を出してくれた。

 しかし。




「みんな落ち着いて。トゥエルヴはここに来たばかりだ。話が急に大きくなると彼も混乱してしまうよ」

「エイト、あんたいっつもそうよね、勝算がなければいつも身を引くじゃない。少しはトゥエルヴの意気込みを見習ったらどうなの?」

「なんだよクワトロ。じゃあどうすれば本部に戻すか方法を教えてもらおうじゃないか」

「な、何よそれ……。あんたいつになく強気じゃない」




 イヴァンと茶髪の女の子が言い合う。

 ゲイと小柄なロリっ子が言い争う。

 そこに丸眼鏡をかけた坊ちゃん刈りが抑えに入る。




「エイト、クワトロ。みっともないですよ、トゥエルヴが混乱する」

「ご、ごめん」

「ふんだ」



 イヴァンは頭を掻き、クワトロと呼ばれた茶髪ロリ少女は口を尖らせてそっぽを向いた。



「僕に言わせてみれば本部らしい活動をすればいいのですよ」



 坊ちゃん刈りは、そう提案した。そこにクワトロが口を挟む。



「でもゼクス、本部らしいやり方ってあんたわかるの?」

「ふふふ、それはほら、本部の人がいるではないですか」




 二人のやり取りに注目していた一同が、揃って俺の方を振り向いた。

 そしてクワトロが、ゼクスと呼ばれた眼鏡の坊ちゃん刈りを褒め称える。



「冴えてるわね、ゼクス!」

「もちろんです」



 ゼクスと呼ばれた坊ちゃん刈りは眼鏡を知的そうにクイっと持ち上げた。








******








「さっそくで悪いがトゥエルヴ、君には分隊長をしてもらう」

「分隊長?」

「ああ、本部の管理職期間が長かったかもしれないが、ここは国内国外問わず多く点在している支部の一つなんだ。現場活動が基本になる。君にはその活動の指揮を取ってもらいたい」





 一通りの自己紹介などを終え、落ち着いたところでアインスが今後の方針を話した。

 疑問は多いが、ひとまずは話を聞いてみることにする。




「ここには君を含めて九人いる。支部長である私を除けば八人。二分隊を作る予定だ」

「隊人数の計算は王国騎士隊とは違うから、その辺は気にしなくていいよ」



 アインスの説明を、イヴァンが笑顔で補う。

 隊と言うくらいだから、やはり戦うのだろうか。そんな俺の疑問符は度外視で、話が進んだ。




「今回の異動でトロワ、セッテ、イレブンが別支部に異動となった。解放軍全体で今は人手不足。本部から支部に回された人間は他の支部でも多いようだ」

「三人も減って、その補充が一人だけって大丈夫かなって思ったけど、本部の人間だって聞いて安心したわ」




 アインスは物悲しそうに語るが、クワトロはその栗色のショートを小さく揺らして陽気に笑う。




「で、その二分隊のうちの片方の分隊長を俺が務めると」

「そういうことだ。詳しくはエイトに聞くといい。君の案内や内示報告も含めて、これまでのトゥエルヴに関しての準備はすべて彼が買って出てくれたんだ」

「へ、へえ。そうなんだ。ありがとう、イヴ……エイト」

「どういたしまして」




 分隊長のことはおいおい聞くとして、俺の潜入に関するすべてをイヴァンが一手にこなしていたのか。騎士隊さまさまと言うか何と言うか。

 イヴァンは気持ち悪いくらいの笑顔だった。





「手始めに、今日は簡単な現場活動をしてもらう」



 アインスの言葉に、急に覇気がこもった。

 この空間の面々の陽気な雰囲気が、一瞬で引き締る。一気に空気がピリピリし始めて、緊張が迸る(ほとばし)

 こおプレッシャーに俺が呑まれそうになった、その時、クワトロが言葉を続けた。





「アインス、今日の活動って、まさか……」

「ああ、その通り。今日の活動は……」




 ごくん。

 一同が固唾を飲んだ。






「町内清掃だ!」










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