第五話 無属性魔法の適正を持つ者
この日、俺は五歳になった。
ということは今日、適正魔法を知ることができる儀式がある。
この儀式は通常なら特定の施設でしか出来ないのだが、さすがは金のある貴族。
俺とミレディはこの屋敷で儀式をする。
というわけで、今俺は儀式の会場となる部屋にいる。
と言っても、客間の家具をどかして、部屋の中心に水晶のような球の形をしたサッカーボールより一回り小さい玉が置いてあるだけの部屋だ。
そして、今はミレディの儀式の真っ最中だ。
ミレディが水晶に触れ、魔力を流し込む。
目を閉じて、手に魔力を集めるべく集中する。
魔力が十分に手に集められただろう、という頃。
透明の水晶が青い色を帯びていく。
「おお! 総魔力三千! ノクトアと同じだ。そしてミレディの適正魔法は水属性! 属性は私と同じだ。水属性同士共に頑張ろう!」
「はい、お父様」
「やったな! ミレディ! お疲れ様!」
「ありがとう、お兄様」
ゼフツはいの一番に感嘆の声を上げる。
ノクトアは我が妹が才能に満ち溢れていることに、我が事のように喜ぶ。
対して、ミレディは喜びとも落胆ともとれない、無表情。
この水晶では人の持つ魔力の量も測れるのだそうだ。
ミレディの魔力量は三千。
五歳で持つ魔力量の平均は五百らしい。それを考慮すると、その数値実に六倍。
物凄い量だ。明らかなオーバーキル。
そしてミレディの適正魔法の水属性とは、文字通り水を生み出し、操る魔法だ。
だが、水属性魔法は氷の状態も指しており、戦いにおいての戦略の幅を広げるのに最も適した属性だ。
これからミレディが成長していく中で、どのように魔法の才能を伸ばすかが楽しみである。
「よし、ではアスラ、君の番だ。期待しているぞ」
「はい」
こんな言葉をゼフツにかけられる日が来るとは思わなかった。
最初は俺のことを見限って、見放して、親として接しようとすらしてくれなかった。
その時は、このクズめ、と思いもしたが、今こんな言葉をかけられると、そんなかつての感情は嘘のように消え失せて、嬉しさがこみ上げてくる。
そう、俺はこんなにも期待されているのだ。
俺は、その期待に応えてみせる!!
「頑張ってくださいね、アスラ様っ」
「おう」
小声でだが、ヴィカも応援してくれる。
こんなに健気で他人思いなメイドがいたからこそ、俺が今までやってこれたのだ。
そこには前世の記憶うんぬんは関係ない。
俺はそんな人たちの期待を一身に背負っているのだ。
俺は水晶の前に歩み出る。
そしてミレディと同様に水晶に手を当て、目を閉じる。
俺はその手に魔力を込める。
書庫では暴発させてしまったが、もうそんなヘマはしない。
程良く魔力を加減して、手に集める。
もう十分水晶に魔力が行き渡ったという頃。
おっと? もしかすると目を開けた瞬間、赤色の水晶が目の前にあったりしてな?
書庫が爆発したのも、何かしらの火気の作用だったのかもしれない。
そんな希望を抱いていたのも束の間。
「どうした、アスラ。早く魔力を込めなさい」
そんな俺のテンションとは酷く調子はずれな声をかけるゼフツ。
「え?」
驚いて目を開けると、透明のままの水晶がある。
おかしいな。魔力には人それぞれ属性ごとの色があると本で読んだ。
透明なままのはずがない。
もう一度目を閉じて、魔力を込める。
部屋中がかすかにざわめき始める。
俺の不調を心配する声が上がる。
どうしたんだろう。
体調が優れないのかしら。
ソフィやユフィの声も聞こえる。
あの二人も見に来てくれているのだ。
だが、目を開けても、何度目をこすって、瞬きをしても。
水晶は透明なままだ。
「もういい。やめろ。お前には幻滅した」
ゼフツの酷く、この上なく、寒気すら感じる低い声が放たれる。
ゼフツの表情からは何にも読み取れない。
そう、まさに俺を見放していたときの目そのものだった。
「お前には適正魔法はない。無属性だ」
無属性。
ミレディが書庫で言っていた。
無属性。
本には色の記述は載ってなかった。
そもそもの話、火とか水とか言う前に、属性そのもの自体がないのだ。
そりゃあ、色も無色透明だわな。
わかっていた。
でもただ、認めたくなかった。
自分は期待されていないということを。
期待されているのは俺じゃなくて、俺が持っている適正魔法だということを。
書庫の一件以来、ゼフツが急に俺に期待し始めたのも、俺の魔力で部屋が半壊したという規模を見てからだ。
実際に希望を持っていたのは、俺の魔力に対してだ。
だがそれも、俺の適正魔法が無いとわかった今では水の泡だ。
また前の距離のある関係に逆戻りだ。
「魔力量十万か……。魔力量だけ見ると桁違いだが、無属性魔法のできることなどたかが知れている。身体強化が関の山だ」
魔力量十万。
確かに桁違いだが、それだけでは無属性という事実を補えきれない。
不覚にも、その事実に少し喜びそうになった。
俺には属性魔法はないが、それでも魔力量にはまだ希望があると。
だけどわかっていたのだ。
途方もない程に理解していたのだ。
そんなに、あまりにも都合の良い結末が――――――
「もう貴様を息子とは思わん。この屋敷から出て行け。そして、二度とこの地に足を踏み入れるな」
―――――――――この俺に用意されていることなど、ありえないということを。
**********
「ヴィカ、どうすんだ? これから」
「私は故郷に戻ります。今回は休暇などではなく、解雇です」
俺は屋敷を出る用意を済ませ、部屋を出る前にヴィカに声を掛けた。
ヴィカは自らメイドの仕事を辞めた。
ゼフツに「あなたのような愚かな主がいる屋敷にはこれ以上いることは我慢なりません。お暇をいただきます」と言って、自主的にこの屋敷を去るのだ。
なんて度胸だ。
これがヴィカのゼフツに対する精一杯の反抗だろう。
「そっか。じゃあ、また余裕ができたらエルフの故郷にでも行ってみるよ」
「ええ。ニーヘンベルグ王国に私たちの里はあります。いつでもおいでになってください」
そういって、ヴィカは俺にハグをする。
今からヴィカと一緒にエルフの里に行きたいのだが、移動費が足りない。
これから俺はどうしようか、本当に途方に暮れている。
それでも、ヴィカは俺に可能な限り、金を渡してくれた。
それも貯金を叩いて、自分の僅かな移動費だけを残して、それ以外の金を全て譲渡してくれた。
ヴィカが言うには、半年は普通に暮らせるらしい。
俺はそれだけで十分だ。
だが、逆に言うと半年分の生活費をもってしても、2人分のエルフの里への旅費にはならないのだ。
「俺、こんな大金いらない。ヴィカがもう少し持って行けよ」
「いいえ、これはアスラ様に必要なものです。生活に必要な知識を教えておいて良かったです。これで何とか働き口を見つけてください」
ヴィカの目には涙が溜まっていた。
それがこぼれ落ちる前に、ヴィカは俺を置いて部屋を出て行った。
*****
俺も部屋を出て、別棟の廊下を歩いていると、目の前の部屋の扉が開いた。
この部屋には一度も入ったことがない。
なぜなら、ここは母親ルースの部屋だからだ。
もちろん、そこから姿を見せるのも、ルースなワケで。
「聞いたわ。あなた適正魔法ないんですってね」
「ああ」
「勘当されたのね。ゼフツは能力主義だから」
「……」
「いい目をしてるわね。ノクトアの馬鹿とは大違い。ねえ、いい事を教えてあげましょうか」
「いいこと?」
ルースとは初めて話しをする。
白い寝巻き姿のままだが、子供を産んだとは思えない程スリムな身体をしているのがすぐに分かる。
手入れされていないクセに、長い髪はサラサラと肩を流れ、いい香りを放つ。
腰をかがめて、俺の耳元に口を近づける。
「王都にあるギルドへ行って、私の息子だと言って、これを渡しなさい。とある洞窟へ案内してくれるわ」
そう言って、ルースは俺にガラスカードのような薄い小さな板を握らせる。
「私のギルドカードよ。ギルドの依頼を受ける時に必要になるわ。あなたもあとで発行しておいてもいいかもね」
ルースは一方的にそれだけを言うと、部屋に戻っていった。
わからない女だ。
今まですべてを拒絶してきたというのに、俺の去り際にいい顔しやがって。
ちくしょう。
かっこいいじゃねえか。
******
屋敷をいざ出ようと、玄関の扉に手を掛けた時、俺は呼び止められた。
振り返ると、ミレディ、ソフィとユフィが立っていた。
ミレディは小走りで俺の元へやってくると、あるものを俺に渡した。
「これ、あげる」
「これは?」
「お父様にもらった杖の魔石」
ノクトアに赤い魔石のついた杖をあげたのと同様、ミレディにもゼフツは青い、水を連想させるような魔石のついた杖を授けたらしい。
だが、ミレディはその杖に付いている魔石を俺にくれるというのだ。
その魔石は金具を通されて、ペンダントのように首からかけられるようになっている。
この屋敷の主であるゼフツへの、せめてもの抵抗だろう。
「いいのか、これ?」
「アスラに持ってて欲しい。だから……」
「だから?」
「うッ……早く出てって!」
ミレディらしからぬ大声、というか叫び声にも近い声で、俺を玄関の外に追いやると、バタンっ と勢い良くその扉を閉められた。
しばらく、俺は呆気にとられていた。
別れってこんなにもあっさりしてるもんなのか。
すると、次の瞬間に玄関の内側から大きな泣き声が聞こえてきた。
「ミレディ様、ほら、泣かないで? またいつでも会えますよ」
「そうそう、うちって、結構権力のあるおウチだから、すぐに見つけちゃうよっ」
焦った二人のメイドの声が泣き声の主であるミレディを慰める。
だが泣き声は止まることを知らない。
ずっと泣いている。
ずっとだ。
とんだ泣き声のファンファーレに門出を見送られつつ、俺は屋敷から離れていく。
俺はミレディにもらったペンダントを首にかけて、妙に清々しい勘当されて初日の朝、目的地王都を目指した。