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第四十四話 ギルドのAランカー

またまた更新がおくれてしまい、申し訳ありません。

いつも誤字・脱字のご指摘をしていただいている皆様、非常に助かっております。ありがとうございます。

近いうちに誤字・脱字修正をしたいと思います。

まだまだ拙い物語ですが、今後もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 生徒のほとんどがいなくなったここ、都市ウィラメッカスにあるエアスリル魔法学園のとある中庭にて、俺たちはダレていた。

 中庭は、漢字の口の字の形をした校舎に囲まれている。校舎に日光が遮られることなく降り注ぐ時間帯。俺は中庭の白い丸テーブルを囲んで彼女らと向き合っていた。しかし向き合っているというのには語弊があり、俺はテーブルのセットとなっている白い椅子にぐったりと体を預け、いや、投げ出して天を仰ぎ見ている。

 ちゃんと二人と向き合っていないのだ。

 その二人とは。


「編入生くん、真面目にこれからのこと考えて」

「そうよ、もう長期休暇始まってるのよ」


 ロイアはいつも通り、抑揚のない平坦な声を、まったく表情が変わらない無表情を貼り付けて俺に向けた。

 そしてこれまたロイアに負けず劣らずの無表情でミレディが危機感を煽る。


「そうは言ってもキー関はもう手詰まりじゃないか」

「キー関?」

「キーリスコール関係のこと」

「そんなバカなこと考える暇はあるんだ」


 ロイアはこれでもかと俺に皮肉を浴びせる。しかしそんなことどうでも良くなるくらいには、俺の課題達成に向けた当初の意気込みは消え失せていた。


 長期休暇の期間に入ってからは、ほとんどの生徒が帰省した。もともと全寮制の学園だ。実家に顔を見せに行くことぐらい誰でも考えるだろう。

 もちろん、帰省の予定がなく、学園に留まる生徒もいるが、極僅かだ。その一握りの学園残留組に漏れなく俺たち三人が含まれているのは、まったくの偶然だった。

 俺は帰省する家がない。ミレディは帰省する気がない。ロイアに至っては事情すらわからない。

 ちなみに、ミレディの兄であるノクトアは実家のフォンタリウス家に帰っているようだ。それはミレディから聞いたことだが、兄が帰省してもミレディはそれに付いて行こうとはしなかった。


 学園を離れてみてもいいが、クシャトリアがまだ寝込んでいる。食らった電撃が相当ダメージを与えたようだ。


 さて、これからどうするか。

 しかし何も俺には思いつかない。否、何にも思いつこうとしないと言う方が正しい。突き詰めるところ、今の俺にはやる気というものが皆無だった。


 しかし、ここでミレディが心機一転するような良案を出す。


「行き詰ったのなら、もう一つの課題を先に終わらせられないかしら?」


 もう一つの課題。それはギルドの依頼を何か一つ達成させるという、選ぶ依頼によって難易度がかなり上下するランダム性の高いものだった。

 達成させる依頼の難易度は自由だが、トイレ掃除とかの雑用でもいいのだろうか。


「ミレディ、それいい」


 ロイアがミレディに親指を立てる。

 俺の知らぬ間に、この二人は何だかんだ仲良くなっていた。あれはいつのことだったか。ノノの泊まる宿の訪問が空振りに終わった日、無表情同士で今後を話し合っている姿をよく覚えている。

 俺のアテが外れたことへの落胆も、今後どう課題を進めるかの不安も、一切見られない無表情はシュールだったが、どこか仲良さげだった。

 無表情仲間同士、何か通ずるものがあるのだろうか。


「じゃあ今日はウィラメッカス市内のギルドに行ってみる?」

「ん、そうする」


 この通り、もはや俺の意見など必要ないと言わんばかりに話を進められる仲の良さだ。

 この二人なら安心だろう。だから俺もう帰っていい? きっとこの二人なら上手いことやるよ。あのホワイトとブラックの初代の二人もビックリの仲の良さだ。課題なんて余裕だろう、と思いきや。


「でも確か依頼を受けるにはギルド登録しなきゃいけないのではなかったかしら」

「そうみたい」


 ミレディとロイアは、そう言いながら俺に視線を向けた。


「なんだよ……」

「編入生くん、ギルド登録してるんじゃない?」

「なんで知ってるんだよ」

「この前ギルドカードを教室でチラッと見た」


 どんな観察眼してやがる。チラッと見るだけでも、そんな機会は滅多になかったはずだ。

 俺はロイアにジト目を送った。


「アスラ、ギルド登録してるのね……」

「編入生くんにギルドに同行してもらお、ミレディ」

「どうやらそれしか手はないようね」


 何を鑑みて、どうやらと口にしているのやら。

 しかしおれは、この中庭でグダグダ一日を過ごすのも悪くないが、課題を一つでも終わらせるという意見には賛成だった。もしかすると、そうすることによって心に余裕が生まれて、解決のための良い考えが出るかもしれない。

 俺たちは、ほとんど藁にも縋る思いだったということは、言っておこう。



 思い立ったが吉日という言葉を体現するかのように、ミレディとロイアは早々と魔法学校を出発する準備した。

 二人とも制服が一張羅なのか、それとも私服を着る気がないのか、服装は今からギルドに行くというのに学生服のままだ。まあ俺も制服のままなワケだから人のことは言えないが。

 しかし、そうは言うものの、依頼を一つ達成すると言っても雑用などの軽微な内容の依頼目当てなら制服で十分だ。それに用意した荷物も入学時に支給されたであろう学園指定のカバン一つ。どこかバイト先のファミレスにでも行く感覚なのだろうか。

 まあいい。


「アスラ、荷物はそれだけ?」

「編入生くん、私たちは戦いに行くわけではないの。わかってる?」


 そしてかく言う俺は鎖鎌を一つ、腰に取り付けていた。そして制服の下には金属の骨格と足の裏には鉄板。いつものフル装備でいる。


「ま、まあ、念のための取り越し苦労だよ」

「案外心配性なのね、アスラ」


 ミレディはそう言って俺に笑いかける。彼女はアルルーナの森での一件から、俺の編入時と比べてだいぶ柔和になった。

 俺はその事実に内心微笑ましさを覚えつつ、肩を竦める。


 おそらく、本日中に終わらせることのできる依頼を選抜し、夕方にはここに戻ってくるだろう。ゼミールからは冒険者ギルドの依頼を一つこなして依頼達成の証明書を入手すればいいと言われている。依頼の難易度は指定されていない。

 つまり、依頼内容はワイバーン討伐でも雑用でも、何でも構わないワケだ。そうなってしまえば、そりゃあ誰だって楽な方を選ぶだろうよ。


 クシャトリアはアルタイルと名乗った精霊の電撃を受けて気を失ったまま、まだ目を覚ましていない。

一日中で終わらせることのできる依頼なら、放っておいても大丈夫だろうと思う反面、クシャトリアが目を覚ましてからは話すことが多すぎるという悩みの残滓。精霊契約を続けたまま、この先も過ごすのか。そして今後の『ウサギ』のことについても話さなくてはならない。

 しかし、それはミレディやロイアにも近いうちに話さなければならないということも、また事実。アルルーナの森で俺とウサギの関係性について話すと言ったきり、学園に戻ってからというものまったく話し出すことができないでいる。俺から話し出すことができないだけだが、もしかするとミレディたちが気を利かせて俺から話すのを待っているのかもしれない。

 まあそんなに都合よくいかないだろう。俺から言いだすのが筋と言うものだ。この課題が終わって一段落したら話そう。



 俺は実現できるか今の時点ではわからないことを心に思いながら、出発する二人の背を追った。







******







 都市ウィラメッカスの冒険者ギルドは商業区にある。円形のこの街の中心が、これまた円形の敷地で学園のものとなっている。そして学園の敷地を輪っかで囲むように帯状で広がるエリアが居住区、そしてそのさらに外周が商業区だ。

 商業区から一歩外に出れば、そこからはいきなりだだっ広い草原が続くばかり。冒険者ギルドはウィラメッカスを初めて訪れた者なら必ずと言っていいほど、まず一番に目にする巨大な建造物だ。

 この街に来てからというもの、学園編入のために動いていたため、俺がウィラメッカスのギルドに入るのは初めてだった。

 俺たち三人は商業区に入ると、まず冒険者ギルドと看板を掲げた建物を目にした。探すまでもなかった。

 そこで俺は何の躊躇いもなくギルドの建物に足を踏み入れようとするが、ふと振り返ると、ミレディとロイアは以前ノノの宿を訪れた時よろしく躊躇している。

 


 しかし経験上、易々とココは大丈夫だ安心しろ、と言える柄の良い建物でもないことは確かだ。中にはタチの悪い冒険者もいる。まあそういった輩はギルド職員が徹底的に取り締まってはいるようだが。

 俺には前世の記憶がある。ある程度の処世術もある。何より初めてギルドを訪れた際にはレオナルドとジュリアがいた。

 要は慣れと時間が解決してくれるということだ。

 今となってはレオナルドとジュリアは、もう遠い人間になってしまったが、今回は俺がミレディやロイアにとっての初ギルドの付き添いになろう。



 俺は二人の後ろに回り、とんと背中を押す。

 素直なことに二人はゆっくりとだが、確実にギルドの入り口へ向かった。



 ギルドの両扉を押し開けると、一気に多くの視線を感じた。

 このギルドに制服を着た学生が何のようか、と。前の宿のときと同様に、この制服は好奇の目で見られる。

 しかしここで立ち止まっては駄目だ。

 動揺を隠して歩き出す。後ろをアヒルの子のようにミレディとロイアがついてくる。二人もある程度プライドがあるようで、ギルドに入る前のような不安は表に出さないように努めている。

 いつもの無表情、と言いたいが、いつもの無表情を知っているだけに、目だけが不安の色を浮かべているのがわかってしまった。

 無表情の表情変化の機微を読み取る力が備わってきた今日このごろ。




 それを気にしつつもエントランスから開けたロビーに足を進める。しかしその進路というもの、エントランスからロビーに向かうには必ず酒場を通過しなければならない。

 この冒険者ギルドの建物は縦長の造りになっている。エントランスから酒場に入り、酒と油と煙の臭いを掻い潜って、ようやくギルドの入り口となるロビーの受付カウンターに辿り着くのだ。

 しかし一歩ロビーに足を踏み入れてしまえば割とあっさりとしたもので、酒場とは一つ空気が異なる空間となっていた。

 ロビーには酒場の異臭は届いて来ず、喧騒もどこか遠く聞こえる。

 受付カウンターに辿り着いたミレディとロイアは心なしか、ほっとしていたように見えた。


「依頼の届け出ですか? それならあちらの机に置いてある届け出用紙に必要事項をご記入ください」


 西洋風の赤い給仕服を着た受付嬢が、俺たちから向かって右手にある円形机に手を向けた。


「いえ、俺たちは依頼を頼みに来たんじゃないんです。この二人のギルド登録に来ました」


 すると受付嬢は驚いた様子で口に手を当て、口調を和らげた。


「あら、学生さんが冒険者希望? 珍しいわね、何かやらかしたの?」

「やらかしたとは?」

「ふふ、魔法学園で何か規則の違反のあった生徒はよくギルドに来るのよ。先生に与えられた罰をこなしにね」



 なるほど。学園の定める罰則事項に抵触した生徒は度々この冒険者ギルドに依頼達成の証明書をもらいに来ていたのか。

 俺はそれをミレディとロイアに知っているか尋ねてみたところ、二人とも揃って首を横に振った。

 まあ優等生二人には縁遠いことが確かなのはわかった。



「あなたはともかく、後ろの二人の女の子が学園の規則に違反するようには見えないのに」



 俺がともかくとはどういうことだ。極めて遺憾だ。赤い受付嬢、あなたは今、眠れる竜の逆鱗に触れようとしている。

 ジト目を受付嬢に向けつつ、カウンターに一歩踏み出す。

 受付嬢は俺の不満そうな顔に、クスリと笑って見せた。

 俺は少し食い気味にかかる。



「さっきも言ったけど、ギルド登録に来たの。この二人のギルドカード作ってよ」

「あなたはいいの? 過去に先生に罰を与えられて、過去にここに来たことがあるとか?」

「違うわい。初めてだよ」



 なおも受付嬢は面白そうにクスクス笑いながらこちらに探りを入れる。

 ちくしょう。笑った顔が可愛いじゃないか。

 照れ隠しに俺は無意識に少し語気を強めていた。



「じゃあ後ろのお二人さん、この紙を記入して、この石版に手を当ててちょうだい」



 受付嬢に笑顔を受けられた二人は、静かに頷くとペンを取り紙に走らせていく。


「あの、俺は?」

「ああ、あなたはギルドカードを出しておいて」



 まるで俺の存在を今思い出したかのように大げさに驚いて見せて、指示をする受付嬢。

 俺は観念の溜息とともに、受付カウンターにギルドカードをそっと置く。その頃には、ミレディとロイアは記入済みの用紙を提出していた。そして魔力量測定の石版に手を置く。

 ミレディが石版に手を当て、石版が淡く発光し、やがて光は収まる。


 するとカウンターから出来上がったばかりのギルドカードを、受付嬢が手渡してきた。


「ミレディ様は貴族様でしたね。ご無礼失礼致しました。魔力量は九百万越えでございます。お若いのに、これだけの魔力を手に入れるのは、さぞ大変な苦労されたことでしょう。これを、どうぞ」

「ありがとうございます」




 今までの非礼を詫びながら受付嬢は深々を頭を下げた。いつかのニコのようには取り乱していない。余裕があるんだな。

 それを受け、ミレディも特に気にした様子はなさそうにいつもの無表情でギルドカードを受け取った。そして大切そうにギルドカードを制服のポケットにしまう。

 同様に、ロイアもギルドカードを受け取り、魔力量は六百万だった。伊達に元Sクラスだと言い張っていない。

 二人とも自分の魔力量に、満足らしい反応もしなければ、落胆するワケでも、もちろんなかった。ただただいつもの無表情が張り付いているだけ。


 最後に受付嬢は俺のギルドカードを手に取り、読み上げ始めた。



「ふーん、あんたファミリーネームがないのね。何か曰く付き?」

「まあ、そんなところ」


 俺はそっぽを向いた。その時、ミレディは申し訳なさそうな表情をするだけで、何も言うことはなかった。

 俯くミレディに、ロイアは静かに疑問符を浮かべている。



「って、あんたAランカー冒険者だったの!?」



 唐突に受付嬢は飛び上がる。下を向いていたミレディの顔も途端に振りあがった。ロイアはカウンターに飛びつき、カウンター越しに受付嬢の見ているギルドカードを覗き込む。





「なんだ、あんた王都でニコ先輩に担当してもらってたんじゃない。それならそうと早く言いなさいよ」



 俺はいったいどう早く言えば良かったんだ。理不尽だ。大きな石を山の頂上まで運んでは落とされを繰り返している気分が、今となればよくわかる。

 気を取り直して、受付嬢に疑問を返した。



「ニコを知っているんだ?」

「ええ、私が新人のときにお世話になったわ。そう言えばニコ先輩言ってたわね。とんでもない子供の冒険者が現れたって」



 ここでニコの名前が挙がるとは思わなかった。しかしあの温和なニコに指導してもらっていたにも関わらず、何故こんなにも粗暴な受付嬢に育ってしまったのかが謎だ。

 ロイアに続いて、ミレディもカウンターに乗り上げて俺のギルドカードを覗き込み始めた。



「ワイバーンを一人で倒したんだってね。ニコ先輩喜んでたわよ。あんたその線の冒険者たちの中では結構有名だったみたいだし。でも王都の解放軍反乱で忽然と姿を消したって」



 そう言われてみればそんなこともあったなと、俺はしみじみ思い出す。

 自分の担当した冒険者の名が売れれば、嬉しいものなのだろうか。もしそうなら解放軍の反乱、ナイト・リベリオンで姿を晦ませた俺にはさぞ落胆したことだろう。

 最後の最後まで世話になったと、今になって改めて思った。




 そこで、唐突にロイアがポロリと溢した言葉が。



「魔力量四千万……え……?」

「ッ!?」

「ええええええええッ!?」




 ミレディと受付嬢が腰を抜かした。



「あ、あんた、化け物じゃないッ! ここ最近Aランカーは影も見せなかったのに……」



 こんなに身近にいたなんて、と受付嬢は頭を抱える。

 受付嬢が腰を抜かしてから立ち上がっている間に、ミレディが俺の制服の袖を摘まんできた。ミレディを振り返った俺に。


「アスラ、素敵……」



 と恍惚と上気の入り乱れた表情で言ってくるのだ。俺は常軌を逸したミレディの反応には、少し困ったように有難うと返すことが精一杯だった。でもまあ、ミレディのあんなにも幸せそうな顔は初めてで、戸惑ったという情けなさも否めないが。

 一方のロイアは思考停止したかのように、ただ呆然と、いやそれでも無表情で立ち尽くしていた。



 三者三様の驚き方は少し面白くもあり、照れ臭いものだった。





 しかし、そんな愉悦に俺が浸っていられるのも、あとになってみればこの時が最後だったかもしれない。

 受付嬢は、突然何かを思い出したように、カウンターの奥で慌ただしく探し物をし始めた。

 書類の山をパラパラ確認しては、いろんな引き出しを覗いたり、せわしないったらなかった。どうしたものか、と俺が疑問を投げかけてみると、受付嬢は。




「ここ数年Aランカー冒険者がここを訪れたことがなかったのよ」

「ああ、最近は影もないって言ってたね」

「そう、だからここのギルドはAランクの依頼を受注できないんだけど」


 

 受付嬢は手を動かしながら話し始めた。

 ああ、確かにそうだ。Aランク級の依頼は受け付けない。根本的な問題としてAランカー冒険者がいないから。ここは都市ウィラメッカス。この都市の中心は文字通り学園。立地も役割もだ。冒険者ギルドを目的として利用されるような場所ではないのだ。

 それはわかる。だからと言って、急に慌ただしく何をしているか、という疑問の答えにはなっていない。

 受付嬢は続ける。





「だから、ここのギルド長が決めた、もしAランカー冒険者が現れたときのための手引書があったはずなんだけどなぁ」




 ない、ないと、うわ言のように言いながら周囲を漁る受付嬢。

 もう先に雑務の依頼を探そうか。受付カウンターの上には、レストランのメニュー表よろしく、現在受注可能な依頼の一覧表が置いてある。これはランクごとに作られており、つまりAからE、そしてSランクの六つの表があるというワケだ。

 俺はミレディとロイアと一緒にEランクの依頼表をペラペラめくりながら、手引書を探す受付嬢の脚を眺めていた。

 受付嬢の屈んだときの足の曲線美が見事だと賛辞を送りたかったが、現在ミレディに二の腕を強く摘ままれて皮がそげるほど痛い。




「あッッッたぁぁぁ!!」




 受付嬢は何枚か束になっている羊皮紙を掲げて立ち上がった。どうやら例の手引書を見つけ出したようだ。ずいぶん仕事が早いことで何よりでごぜーやす。




「ほら、これが今言ってた手引書よ!」



 見なさいキョン! とでも天真爛漫な女子高生が言うかのごとく、カウンターに手引書を叩きつける興奮気味な受付嬢。

 少々慄きながらも、そろそろと手引書に俺は目を通した。

 丁寧にも、受付嬢は読み上げてくれた。興奮気味に。




「『Aランク以上の冒険者が来た場合、直ちにギルド長に申し出ること』って……どういうこと? え、どうしよぉ……」




 受付嬢の急な雰囲気の変貌で、それを眺めていた酒場にいる客の歓楽の喧騒は、少しずつ懸念のざわめきに変わってきた。

 周囲の注目が集まるのが、なんとなくわかった。



「『Aランク及びSランクの冒険者はギルド長と面談すること』とも書いてあるぅ……」


 

 受付嬢は眉をハの字にして、俺と手引書に書いてある事の対処に迷う。

 そういう規定なのだろうか。

 もし規定なのだとすれば、いや、こうして手引書があるのだから九分九厘そうなのだろうが、俺はその手引書もしくは、この受付嬢に従わなくてはならないことになる。

 と言うか、この手引書、そもそも俺たちに見せていいものなのだろうか。

 不意に、手引書の『一時身柄を拘束』という文字が俺の目に入った。同じ文字を読んでいるのか、受付嬢の顔が青くなる。

 



 そして唐突に、受付嬢が俺の手をギュッと握ってきた。それはもう真っ青な顔だった。

 この受付嬢は手引書通りに行動しているのだ。



 だがしかし、これからどうすると言うのだ。このまま手を繋いでデートよろしくギルド長とご対面ってか。

 Aランカー相手を目の前に歯をガチガチ震わせながら、『拘束』の「こ」の字もないような、無言のままただ手を繋いでいるだけの拘束。受付嬢の手汗が凄いことになっている。




 急に俺の手を握ってきた受付嬢を不審に思ったようで、後に続いてミレディも手引書に目を通した。

 すると手引書を読むや否や、受付嬢に掴まれていないもう片方の腕に、ミレディ自身の腕を絡ませてきた。



「ミ、ミレディ様、お放し下さいませ! これは業務の規程に沿った行いでございます!」

「いっ……いやっ!」



 Aランカー冒険者と名門貴族のご令嬢を相手にして、こりゃ大事だな受付嬢。

 しかしミレディがここまで拒絶を表に出すのは珍しい。と言うか初めてのことではないだろうか。

 対してロイアは無表情のまま、困ったようにキョロキョロ辺りを見回しているだけだ。俺はどうすればいいんだ、いったい。




「わかった。とりあえずあなたに従うよ」

「た、助かるわ」



 どうにかこの騒ぎの肥大を避けようと、俺が妥協案を示すと、なおも青い顔のまま受付嬢はコクコクと頷いた。



「アスラ、なんで? こんなの絶対おかしいわ」

「確かにこれは混乱する」

「じゃあ……」

「でも一旦落ち着こう。離してくれ。受付の人、あんたもだ」




 二人の手と腕が、同時にするっと俺を離れた。受付嬢は青い顔のまま。ミレディはどこかしょげた表情で。しかし、ミレディの腕が離れるときに妙に粘着質に肌を名残惜しそうにスルスルされたのは気のせいだろうか。

 まあいい。

 とにかく、俺はギルド長に会わないことには何も解決しないことはわかった。今後どういう扱いをされるのかは別として、ひとまずギルドの規定に従わないといけない。事実、規定にそうあるのだから。



「とりあえず、あなたを奥に連れていくわ」


 受付嬢の顔色は多少マシになったが、冷や汗が彼女のうなじを濡らす。そこはかとなく淫靡だ。

 ということはどうでもいいとして。



「いいよ。でも、この二人も俺と一緒に奥へ通してほしい」


 受付嬢は。

 うーん、と短く渋ったあとに。



「いいわよ」



 そう頷いた。









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