第四十三話 課題難航
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
前話でご指摘いただいた、アスラの学園残留の件ですが、活動報告欄に載せている通り加筆・修正を行っています。
重ね重ねご迷惑をおかけしております。
また、なおも不可解な点がございましたら、ご指摘等いただければ幸いです。
それでは、今後もどうぞ宜しくお願いします。
時を別にして、場所は保健室。
保健室の中には、ミリスと名乗る男性教師が仕事机の前の椅子に腰かけていた。
自然な色の茶髪にキリっとした目が、男前な雰囲気を助長する。女子生徒にモテて仕方がないと噂の保険医はこの男だと合点がいった。
「クシャトリアは?」
俺はミリスに契約精霊の様態を尋ねる。精霊のくせに電撃という物理的な攻撃で丸一日も目を覚まさないままだ。本当に王級精霊なのか怪しくなってきた。現にこの前ミレディに決闘を申し込んで完敗している。
「だいぶ落ち着いたよ」
ミリスが爽やかに笑う。
その笑顔には人を安心させる力が不思議とあった。俺は大事になっていないことに安堵する。
クシャトリアの顔色はいつも通りで、今にも起きそうなほど静かに、でも確かに寝息を立てていた。
まったく、人の心配も知らないで。
俺はクシャトリアのベッドの前で気だるげに回れ右をして、出口を目指す。
「アスラ君、もう帰るのかい?」
「顔が見れたので、それでいいです」
「優しいんだね」
「買い被りすぎですよ」
俺は照れ隠しに手をワタワタと振ってみせ、保健室をでた。ミリスのそうかなぁ、と言って何かを納得したような得意げな笑みを見て見ぬふりをし、俺はそのまま保健室の扉を閉めた。
******
みんなこう思ったはずだ。なぜ自分たちが罰を受けなければならないのかと。
もちろん、みんなというのは俺を含め、先日の合同授業で目的とされていた精霊契約を達成できなかった生徒のことだ。ミレディ、ロイア、そして俺。
授業の目的を、なんらかの理由で達成できなかった。そう、なんらかの理由で。
その問題は学校側の不備でもなければ、俺たちの不注意から招き起こされたことでもない。すべては仕方なかったことで済ませられる。今後はより一層の注意を持って野外授業に臨みますと言って丸く収まる。いや、むしろあの事態に対応できないで当然なのだ。
逆に誰が、解放軍がミレディを攫いに来ると予想できただろうか。そんなの予想できない者がほとんどだろう。ましてや教師陣の中に間者がいるなどと思いもよらないはずだ。
そんな未然に防ぐなど困難を極めた問題、それの実態を知っておきながら詳しく話そうとしない俺は、教師の目から見るとさぞ怪しく見えたことだろう。
そして結果として責任問題となったそれは、俺たち授業目的を達成できなかった生徒への罰という措置になった。
しかし、これは、事の真相を是が非でも暴いてやらんと問い詰めるメルヴィンから、なんらかの理由からそれに答えない俺たちを守るためのものでもあった。
罰という体面的な反省行動という形で、真実を有耶無耶にしてやろうという、身内からのせめてもの真心。いや、同情に近いか。
しかしそうやって助け船を出してくれたゼミールには感謝をしなくてはならない。そしてその罰を甘んじて受けることこそが、ゼミールへのせめてもの誠意だと、俺は感じた。
それに、何より俺はまだこの学園にいたい。
前世ではできなかった友達を作った。
また学生という特殊な身分でいられる上に、青春を取り戻せる気がした。
年甲斐もなく心が躍る。
おっさんがよく口にする、若い時は良かった、が今まさにこの手の中にある。
それを前世と同じくみすみす逃してたまるものか。
編入するときに考えただろう。クシャトリアの問題を解決したら学園生活を謳歌できると。そしてそれを自分への褒美として先に用意することで、クシャトリアの問題にも真剣に向き合えた。
これは俺が手にして当然のものなんだ。
だから俺にとっても、ゼミールが課した罰は受けるべき、いや、受けさせてくださいぃぃぃッ! ぐらい言って然るべきものなのだ。
そしてこのまま学園を去るということは、ミレディやロイア、エリカたちを見捨てることになる。それでは過去に俺を見捨てたフォンタリウス家と同じではないか。
自分は、自分だけはそうはなりたくなかった。
学園に残る理由など、結局は俺のエゴなのだ。だがしかし、それでも俺にとっては大事な理由なのだ。
なんて御託をならべてみる。
ゼミールは、以上ですと締めくくり、にっこりと扉の方へ顔を向けて俺に教室をでるよう促した。
家族らしい世話ばなしもなしか。まあ当然と言えば当然なのかもしれない。もともとゼミールとは血の繋がった家族と言うわけでもない。数年間屋敷で頻繁に顔を合わせることもなければ、俺自身が彼女に何かを期待したこともない。
そう考えてみると、今回メルヴィンの問い詰めに割って入ってくれたことには、せめてもの家族愛があったと思っていいのだろうか。
廊下に出るとミレディとロイアが立っていた。例によって二人ともいつもの無表情。こうして見るとまるで姉妹のように見えなくもない。
「何の話をしていたの? アスラ」
「二人と同じような内容だよ。森で起こったことについて根掘り葉掘り」
俺とエリカが事情聴取される前に、この空き教室で事情聴取されていたのがミレディとロイア、ついでにロイアのペアの女子生徒だ。扉に聞き耳を立てれば中の話声は多少聞こえた。
「そう……。編入生くんも罰の話はされたんだ」
「『も』って、ロイアもか」
あながちゼミールは突発的に俺たちに課題を与えたわけではないようだ。ミレディとロイアにも話すということは、ある程度の心積もりをしていたに違いない。では、ゼミールの真意はなんだ。課題の内容の意図はなんだ。
「ミレディとロイアは、森で起きたことをどこまで話した?」
「私は嘘も交えて。このローマワイズマン……何とかさんは決して嘘は言わなかったけどクシャトリアさんのことは伏せて話してくれていたわよ」
「ローマワイズマンワンドトーリカコリスな。まあ覚えられないのも仕方ないが……。とにかく、クシャトリアのことは知られていないんだな」
ミレディがこくりと頷き、ロイアはムッとしたように僅かに口を尖らせる。
とにかく目下俺たち三人がすべきことは課せられた課題だ。
しかしまったく何の偶然か、ソーニアとノノの関係修復が課題だなんて。巡り合わせにしては出来すぎている。まあただの偶然という線も捨て切れるわけではないのだが。
ということはソーニアの父親であるキーリスコール伯爵もただの課題の依頼人ではなくなる。この貴族も一枚噛んでいるのだろうか。さらにこの課題のほとんど、と言うか全てに人の意志や感情が働いている割とプライベートな問題だというのに、当事者や依頼人、そしてそれを俺たちに言い付けたゼミールの意図さえが謎なのだ。
もしかするとこの件、相当奥が深いのかもしれない。
前述した通り、俺はまだこの学園に残りたい。
ミレディとロイアだけにこの課題を押し付けて逃げるのも、俺の良心が激しく咎める。それにまだエリカの学校友人関係の問題も……。
よくよく考えてみると、問題山積みだな。
学園はもうすぐで長期休暇だ。
完全寮制のこのエアスリル魔法学園には、長期休暇を設けることで教師のモチベーションを保ち、生徒に帰省する機会を与える、日本で言う夏休みのようなものがある。
それは四季のないこの国では長期休暇と呼ばれていた。
課題を達成するには、長期休暇の期間こそが持って来いだ。そこまでゼミールが考えていたのなら、もうこの課題は罰でも何でもない、謎解きだ。
謎解きと言うのもその実、やはり課題の意図が分からないことに起因する。その上で複雑怪奇とも言える人間関係という人と人の結びつきを紐解いて、修繕していくのだ。考えれば考えるほど厄介なものかもしれない。
まあ蓋を開けてみれば単なる仲直りの仲介でしたってオチであるかもしれない。いや、そうあってほしいと願う。
そこでロイアが目を擦り小さく欠伸をする。
「編入生くん、私そろそろ……」
「ああ……」
俺も今日は疲れた。アルルーナの森に入って合同授業。その途中にミレディが解放軍の一団に攫われて、そしてそれを救出。いろいろ有り過ぎた一日だった。
この後、自教室に戻ってちょっとした教師からの話がある。まあ今後もこういった突飛な事件に巻き込まれないよう十分注意するように、とかそんな注意事項の伝達だとは思うが。
正直なところ、それすらもフケてさっさと寮室で寝てしまいたい。
だがしかし、存外いい子ちゃんの俺は。
「ロイア、ミレディ、戻るぞ」
トボトボと教室に向かうのだった。
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その後の学園の生活は極めて平和だった。アスラがメルヴィンに追いかけられることもなければ、解放軍が攻めてくることもない。
私はあの一件で、アルタイルと名乗る精霊が放った電撃を受けて意識というものを失った。この学園に来てからは二度目だ。最初はミレディという銀髪の少女に私が決闘を申し出た時。
まったくあの時の私は何を考えていたのやら。アスラごときのために決闘だなんて……馬鹿馬鹿しい。我ながら寒気がするほど気持ちの悪い行動を取っていたと思う。
現在、私は保健室のベッドの上で寝転んでいる。つい先ほど目が覚めた。
あの森で銀髪が治癒の魔法を使ってくれなければ、もしくは銀髪の治癒魔法の効力があそこまで強くなければ、私はサイノーシスという菌類の睡眠にかかったままだっただろう。考えただけでも悪夢だ。
と、そこで。コンコンと保健室の木製の扉がノックされた。
「どうぞ」
保険医のミリスが爽やかに訪問者を招き入れる。この職員の厄介になるのも二度目。はあ、アスラに出会ってから空回ってばかりで嫌になる。
「失礼します」
保健室に入って来た声は、なんとアスラのものだった。
相変わらずふてぶてしい無愛想な声だ。今までこんな声にときめいていたなんて考えるだけでも吐き気がする。
「クシャトリアは?」
またしてもアスラが投げやりに尋ねた。
「だいぶ落ち着いたよ」
打って変わってミリスは爽やかに答える。きっといつもの笑顔を欠かさず浮かべていることだろう。それは目を開けずともわかる気がする。
ミリスは前も人の良さそうな笑顔を顔に張り付けていた。胡散臭い奴だ。本心が見えない。代わりにアスラは態度こそ無愛想だがいつも本心で接してくる本音をぶつけてくる。それが私にとって、どれほど心地よかったことか。
それはサイノーシスの効果なしでも、心底そう思う。
私はアスラの表情が気になって、ふと薄目を開けてしまった。後になって思えば、それがすべての過ちだったのかもしれない。この一つの過ちが後顧の憂いの元になり、私のしがらみになろうとは、現時点では夢にも思わなかった。
薄く開いた目に飛び込んできたのは、私を見てほっと安堵するアスラの笑顔だった。
それは、初めて見た彼の喜びという表情。
普段は常にどこか思いつめた顔をしているアスラが、無防備に不意に浮かべた笑みは、私の中の何かを揺らしたのだ。
おそらく、アスラも気付かないうちに浮かべた表情なのだろう。その後すぐにいつもの気だるげな顔に戻った。
「アスラ君、もう帰るのかい?」
「顔が見れたので、それでいいです」
「優しいんだね」
「買い被りすぎですよ」
苦笑いを浮かべたアスラは、何の後腐れもなく保健室を出て行ってしまった。
なんだ、なんなのだアイツは。せめて私が目を覚ますまで横にいてもいいではないか。またあの銀髪と会いに行くのだろうか。
「クシャトリアさん、目が覚めてるなら起きてください。寝るところではないんだよ、ここは」
ミリスが不意に声を掛けてきた。私はムクリと起き上がり。
「なぜ私が起きているとわかった?」
私の問いかけに、ミリスはいつもの笑顔を浮かべているが、今回ばかりはどこか人の悪そうな笑顔だった。
「そんなに不機嫌そうな顔をしていたら誰だってわかるよ。もしかして彼に看病してもらいたかった?」
私は激しく顔が熱くなるのを感じた。そして柄にもなく大声を張り上げてしまう。
「ちがうッ! 死ねッ!」
「あはははは」
ミリスは、何がそんなにおかしいのか本当に可笑しそうに笑う。今日の私は、どこか変だ。
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つつがなく、俺は学園生活を送っていた。合同授業の一件は、少しぼかした情報で生徒たちに伝えられた。シェフォードの正体に心底驚いた様子の生徒もいれば、そんなの信じないと言い張って嘘で塗り固められた解放軍の一構成員を弁護する生徒もいた。
まあ気持ちもわからんでもない。
わからんでもないが、現実だ。受けて止めてくれ。
さて、ゼミールに与えられた課題をどう解決するかだが、さっぱり良い案が思いつかないでいた。
今日あたりにでもミレディとロイアを集めて案を出し合うか。そう心積もりしていた。
今日も今日で勉強の日々だ。
俺は勉強が嫌いだ。でもそれは生まれ変わる前の日本での話。この世界、延いてはエアスリル魔法学園の勉強と言えば、魔法についてだ。日本にはなかったトンデモ能力を学べる。自分に関係のない属性魔法のことにも興味津々だった。授業を受ける姿勢にも自然と熱が入るというものだ。
滞りなく、その日の授業は鐘の音と共に終了した。
時は進み放課後。
同じクラスのロイアには事前に声を掛け、放課後にミレディをSクラスから呼び出して、現在は寮棟一階のロビーのソファに腰かけていた。
「編入生くん、今日は何の用で呼び出したの?」
「え、言ったじゃん。与えられた課題をどう進めるかってことだよ」
「そんなの真面目にする必要あるの? 課題をこなさずとも何のペナルティを負うわけでもない。今回のことを不問にするだけ。最悪、学園を辞めてしまえばいい」
集まって早々にロイアが口火を切ったかと思うと、いきなり食い気味でかかってきた。
そこでミレディのフォローが入る。
「ローマワイズマン……何とかさん、その必要は大いにあるわ。あなたにどんな理由があってSクラスからDクラスに落ちたかは知らない。これからの学校側の評価なんてどうでもいいかもしれない。でも私たちには今後の学園生活が懸かっているのよ。協力してちょうだい」
さすがミレディだ。今回のミレディのフォローへの感謝というもの、もしここにツイッターがあればお返しにミレディ可愛いとつぶやいてあげたいくらいだ。
しかしロイアの名前くらいは言ってやってほしかった。おしい。
覚えられないのなら、せめてロイアと呼んでやってくれ。
「……」
ミレディの言い分がロイアにとって正論となってぶつかったのか、それとも名前の件で怒っているのか、ロイアは黙り込んだ。
「……」
ミレディも無言になった。このオールウェイズ無表情の二人が沈黙したら、それはそれで一種の迫力がある。しかしこのまま喋ったら負けゲームを続けるワケにもいくまい。
「えーっと、ミレディ。彼女はローマワイズマンワンドトーリカコリスさんだぞ……」
何を血迷ったのか俺は今回の件とは全く関係のないことを口走っていた。
「……ロイアでいい」
「わかったわ……ロイア」
ロイアの申し出をミレディ受け取る。ミレディの返事にもロイアはこくりと頷いた。
なんだ、この俺にだけ通じない二人の波長は……。
エリカ、お前の存在の必要性がたった今実証された。この気まずい空気をどうにかしてくれ。
「おほん、ともかくだ」
俺はあからさまにわざとらしく咳払いをして話を続ける。
「課題には真面目に取り組むって方針で意義はないな、ロイア?」
ミレディに対するロイアの反対意見が特に出なかったため、今度は俺が食い気味に尋ねてみた。しかし以外にもロイアはあっさりと首肯する。ミレディとは無表情同士、馬が合うのかもしれない。
「でもアスラ、何から手を付けるのかしら? ソーニアなる生徒に接触してみる? それともギルドの依頼?」
「長期休暇に入る前にキーリスコール関係の課題は済ませてしまいたい。先にそっちを片付けよう」
ミレディの挙げた二つの選択肢のうち、俺はナーバスな方を選んだ。略してキー関。長期休暇が始まればソーニアと会う機会が一気に減るだろう。そうすれば仲直りする当人のうち片方が欠けることになってしまう。そうなる前に手を打たなければ。しかし今はまだ焦るような段階じゃない。
「編入生くん、何かアテでもあるの? まだソーニアって生徒の仲直り相手にも会ってないのに……」
ロイアが俺の自信ありげな表情に無表情を向けてきた。
「もちろん」
ミレディは小首を傾げた。そう言えばこの小首を傾げる仕草、屋敷にいた時からのミレディ癖だ。少し懐かしく思えた。
******
「編入生くん、ここは?」
「『酒盛りの宿』?」
ロイアが俺に尋ね、ミレディはその宿の建物名を読み上げた。
「ここが編入生くんの言うアテなの?」
「ああ、そうだ」
あれから移動すること三十分程度。今は都市ウィラメッカスの居住区に来ていた。この宿は以前、俺とクシャトリアが宿泊したものだ。ここ、ウィラメッカスに到着してから学園に編入するまでの間に利用していた。
「入るぞ」
俺はこの宿に入るのを躊躇う二人を置いて、軽い足取りで建物の両扉を押し開ける。少し時間を置いてから、鼻を摘まんだミレディと酒の匂いに表情を歪めたロイアが続いて来た。
どうやら二人ともこういった店に入るのは初めてのようだ。でも思えば確かに、有力貴族の令嬢や元学園Sクラスの優等生が入るようなところでもなければ、利用する理由もないだろう。
まあ、この半酒場と化した宿に学園の制服を着た俺たちがいるのも奇妙と言えば奇妙なのは確かだ。
初めての環境に慣れないであろう二人を心中面白がりつつ、俺は宿の受付カウンターへ向かう。
「おや、アスラ君じゃないか。久しぶり。その格好を見ると無事、魔法学園に編入できたようだね」
「うん、お陰様で。ノノはまだ泊まってる?」
学園の寮に移り住むまでの間、世話になった宿主の老人に声を掛けられる。
「ああ、仕事がないっていつもボヤいているよ。王都までノノの馬車でデートかい?」
「デート?」
「違うのかい? 学園に入って早速女の子を作ったのかと思ったよ。しかもこんな可愛らしい子を二人も」
言われてみれば、このただでさえこの環境で学生服というだけで浮いているのに、理由はどうであれ美少女を二人も侍らせていれば嫌でも目を引く。酒でハイになり、今か今かと声を掛けるタイミングを窺っている客も中にはいた。
「ちが――――」
「おじさま、素晴らしいわ。何を隠そう私はアスラの女……。よく見破ったわね」
「――――ミレディ……この爺さんはナンにも見破ってないからな……」
「あはは……」
宿主は苦笑いをした。ミレディ、学園では完璧超人だという話を聞くのに、俺と一緒のときはその限りじゃなさそうだ。
ノノはずっと同じ部屋にいると宿主に教えてもらい、俺たちは彼に礼を言ってからノノの部屋へ向かうことにした。
部屋の扉が並ぶ廊下に出ると、酒場の喧騒は届かず静かなものだった。その廊下の一番奥にノノの部屋はある。
「編入生くん、誰に会うの?」
「見ればすぐにわかるさ。目元がそっくりだから」
「目元?」
疑問符を浮かべるロイアに含み笑いをした俺は、迷わず部屋の扉をノックした。するとすぐに、どうぞ、とノノの声が返ってくる。しゃがれているが、どこか力強い声。まさしくノノの声だ。
俺は扉を開き、ノノを目で捉える。頭を覆った白髪。今は口元にまで勢力を広げているが、清潔感を感じさせる白髪だ。長身で健康的な風体だ。
「アスラ君……。久しぶりじゃないか。その後、どうなんだい?」
俺を見ると目を輝かせたノノ。興奮気味で俺の近況を尋ねてきた。
「ぼちぼち……って言うのが在り来たりだけど正直なところかな。実は今回は学園が指定した課題のために尋ねた」
「課題? 後ろの子たちもその関係かい?」
「そうだ。単刀直入に言うけど、ノノさんにはソーニアと仲直りしてもらう」
「そ、それが……課題?」
勿体ぶらずに伝えた俺に、にわかに信じがたそうな顔を向けるノノ。やはりノノもこの課題の意図が分からないのだ。なぜこんな課題を俺たちに課したのか、それに何の意味があるのか、誰もが不思議に思うだろう。
と思いきや、ノノは唐突に何やら閃いたように目を見開いた。思い当たる節でもあったのだろうか。もしそうなら話は早いのだが、しかしなかなか希望通りの答えは得てして返って来ないものだ。
「……そういうことか……。アスラ君、悪いことは言わないから、この件からは手を引きなさい。これは警告……いや、命令だよ」
「? ……どういうことだ?」
打って変わって今度は俺が疑問符を浮かべる番になった。
「すまないが、それも言えない」
が、ノノは一向に答えようとはしない。でもそう思われた時、やはり声を上げる者がいた。
「あなた、ソーニアさんのお爺様ですね? やっとわかりました。でもここで引き下がるわけにはいきません。ワケを話していただいても?」
ノノはしばらく渋ったあと。
「……駄目だ」
やはり首を横に振った。絶対に答えまいと心に誓っている顔を、ノノはしていた。そしてノノは続ける。
「アスラ君や君たちに、この話をするにはまだ早い。積もる話もあるが、今日のところは帰りなさい」
ノノはそう言うが、諦め切れない。ノノがアテにならなければ、課題解決のために次は当然、俺たちはソーニアのもとに訪れるだろう。しかしソーニアは対抗戦での俺の棄権を、ノノと提携してやったことだと思って俺とノノを嫌っている。誤解を解こうにも、取り合ってくれる様子でもない。そうなれば手詰まり状態だ。キーリスコール伯爵を訪ねてもいいが、お手上げ状態だと言って依頼主を訪ねるのは躊躇われた。最終手段過ぎる。
宿の窓から見えた夕日は、沈みかけていた。時間帯で言うと、そろそろ寮に戻らなければいけないというのも事実。
部屋を出された俺たち三人は、しばらくの間立ち尽くすこととなった。
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はっきり言おう。この前のノノを訪ねたのが空振りだったことで、俺とミレディのモチベーションはダダ下がりしていた。ロイアにはそんな様子が見られないが、おくびに出していないだけだと信じたい。
いや、ロイアは最初から課題解決には前向きではなかった。もしかすると本当にどうでもいいと思っているのではなかろうな……。そうさ、正義感の強いロイアのことだ。一度やると決めたことは責任を持って臨むはずだ。
ノノを訪ねた日から、一週間弱の日が経った。もう長期休暇は目の前だ。情けないことだが、あの後ソーニアにコンタクトを取れずにいた。また逆上されては困る、という言い訳を盾に、俺は彼女に嫌われたくないと心のどこかで思っていた。
ああ、本当に情けない。
しかしだからと言ってこのまま放り投げるようなことはしなくなかった。なんせミレディとロイアを見限ることなど出来なかった。それでは俺を見捨てたフォンタリウスと同じだ。その苦しみが分かっているからこそ、こうして悩んでいるのだ。
どうしたものか、と。
日々、格好だけはミレディとロイアとで集まり案を出し合うが、結局は良案が見つからず仕舞いで、鬱々とした雰囲気が続いていた。
何にも解決には向かわず、そして俺たちは長期休暇を迎えることになった。
しかしこの休暇期間中に、課題を大きく解決に導くことには、誰も現時点で気付く者はいなかった。




