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第四十一話 悪者だーれだ その5

「れ、レオナルド……」


 俺は今どんな顔をしているだろう。

 怒り狂った顔?

 憎しみに満ちた顔?

 とにかく頭が沸騰しそうなくらいに熱くなっているのはわかった。


 口が渇く。変な汗が背筋を流れる。


 俺の全てが王都での解放軍の反乱、ナイト・リベリオンのときと酷似している。

 最高の裏切られ方をしたんだ。

 何でもいいから、俺の頭があいつを殺せと叫んでいるのを誰か止めてくれ。

 このままじゃおかしくなりそうだった。


 それだけレオナルドを憎んでいる。


 しかしそれだけレオナルドの裏切りがショックで、それまでの楽しい日々が嘘になってしまうのが嫌だった。それだけ、レオナルドとジュリアと暮らした生活に未練と思い入れがあった証拠なのだ。

 だから、こんなにも悲しいのだ。

 こんなにも、涙が出るのだ。



「アスラ……」

「編入生くん……」



 エリカやロイアの声が届かないくらい、俺の頭は熱くなりすぎた。

 オーバーヒートに近いのかもしれない。


「はははっ、あのガキ泣いてやがるぜっ! 怖くなっちゃったってかァ?」


 ミレディにナイフを向けたまま、甲冑男は笑う。


「動くんじゃねえぞ、ガキ。おい、あいつが動いたら遠慮なく刺せ」


 その甲冑男はナイフを他の甲冑の者に渡し、ミレディを人質にし続けるように指示をした。


「もういいだろ、さっさとずらかろう」


 しかしレオナルドが甲冑男を制止する。それでも甲冑男は止まるような奴ではなかった。


「おい、俺が今回のリーダーだ。お前は雇われただけの殺し屋だろうが。それとも何だ? ジュリアなしじゃ寂しいってか?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「なら黙ってろ。俺はこのガキに同じ痛みを味あわせてやらなちゃ気が済まねえ」

「……」



 レオナルドは黙り込んだ。

 なんだ、今は殺し屋をしているのか。それとも元からそうだったのか? どっちにしろ、よくもまあ、そんな殺し屋の分際で俺を懐柔しようとしたものだ。虫唾が走る。


 甲冑男は気が済むまでレオナルドに言い捨ててから、俺の方へとゆっくり歩いてきた。


「よお、ガキ。まずはお前の腕を折る。さっきの御礼だ。ありがたく受け取りな」


「ッ!! やめてぇ!! お願い、やめてぇ!!」


 おいおい、ウソだろ。

 なんだよ、いったい。


 誰が叫んだのか、一同は凍り付いた。


 ミレディだ。


 今までそんな声を荒げたことあったか? 今までそんなにも必死にもがいたことあったか? 今までそんなに無様になってまで猿ぐつわを外して叫んだことはあったか?

 ないに決まってる。

 あの鉄壁の無表情のミレディだぞ。

 うそだろ。


「うるせえッ! その小娘の猿ぐつわ直してろ。そっちのお嬢ちゃんたちも動くんじゃねえぞ」


 ミレディは再び猿ぐつわを付けられる。


「ンーッ!! ンーッ!!」


 それでも情けなくても必死にもがくミレディの姿は、俺の胸をかつてない程に強く打ち、熱くした。


 一方で甲冑男に脅されたエリカとロイアは、固まってしまっている。


 レオナルドを含め、あいつら解放軍は作戦上、ミレディを殺すことはできない。いや、頭に血が昇り切ったこの甲冑男に限ってわからないか。

 しかし、俺がここで一瞬にして甲冑男を倒せばまだわからない。

 だけど、それでも、あれだけ俺の身を案じてくれたミレディを差し出すことは出来なかった。



 俺はいつも後手だ。

 ミレディの必死な姿を見た後に、頭が冷えた。

 事前にそれがなければミレディのことも考えずに、レオナルドへの怒りのままに攻撃を仕掛けていたかもしれない。

 だから、その代償に腕一本くらい、無駄じゃない気がした。まったく、我ながら爪が甘い。

 ミレディのためだ。


 甲冑男が呪文を唱え始めた。

 魔法を使えるのか。


「土の精霊よ、我に力を! グラウンドロック!」



 俺の足元から突如として飛び出した岩の塊は、俺の右腕を多いつくし、そして。


 ボキ、と嫌な音がした。


「グッ……ゥッ……ッ」


「ンーッ!! ンーッ!!」


 俺が痛みを堪える。ミレディが涙をボロボロこぼしながら、なおも叫び続ける。エリカが息を飲む。ロイアが膝から崩れ落ちる。


「なんだよ、もっと大声で泣いてくれよ。面白くねえじゃねえか。じゃあ、次は左腕だな」


「ンーッ!! ンーーーーッッ!!!」

 ミレディの顔は、もう涙や鼻水や汗でわけがわからないくらいに、ぐしゃぐしゃになっている。

 もうやめてくれ。俺のために叫ばないでくれ。


 甲冑男は、一旦俺の折れた右腕を覆った岩を解くと、再び魔力を溜め始めた。

 土属性か……。

 結構魔力使うんだな、今の魔法。

 などと、どうでもいいことばかり考えていた。



 だが、そこで。



 レオナルドや甲冑男の仲間の一人が、俺の足元まで吹っ飛んできた。

 よく見ると、ふっ飛んできた者の胸には蹴られたであろうと容易に想像がつくぐらいに、はっきりと足跡がついている。



 そしてミレディを抱えて、宙に高く飛び上がった影があった。



「銀髪、一つ貸しだぞ」

「あ、あなたは……」


 その影の人物に猿ぐつわを外されたミレディは、その濡れた目を大きく見開いた。


「クシャトリア!!」


「ふふっ、来ちゃった」


 ミレディを抱えたまま綺麗に着地したクシャトリアは、俺の呼び掛けに可愛らしくウインクを返す。彼女かっ!! ってツッコミが引っ込むくらい、ありがたかった。



 最後の砦とも言える人質のミレディが奪われた今、解放軍の連中はにわかに騒然とする。


「お、おい、あれ、シェフォードさんが言ってたクシャトリアじゃ……」

「ああ、間違いない。黒い髪、赤い瞳、並外れた身体能力。格好は違うが、クシャトリアだ」

「あれが……王宮が隠してきた人工精霊……」

「ばかっ、それは最高機密事項だ……」



 形勢逆転だ。

 もうこちらは何も気兼ねすることがなくなった。


 が、そう簡単にはいかなかった。


「何をこんなところで油を売っているのです。作戦ではもうすでにミレディ嬢を確保しているはずでは……」



 そこで現れたのは、黒髪で長身の、眼鏡をかけたエルフの男だった。

 甲冑を着けていないが、話から察するに、この男エルフも解放軍なのだろう。

 しかし、その男エルフはこちらをじっと見つめて微動だにせず、今しがたまで紡いでいた言葉も途中で途切れたままだ。



「おおお、あなたは! あなた様は! アスラ様ではありませんか! お久しぶりです。シェフォードでございます! お忘れですか? ほら、ルースさんの体に乗り移った王女様を殺した!」


 覚えている。覚えているぞ。

 ナイト・リベリオンでルースの体のネブリーナと戦った、幹部の一人だ。

 暗黒魔法を使っていた、かつての甲冑男だ。


「いやはや、私どもとしてはミレディ嬢さえ捕獲できれば今回は良かったのですが、思わぬ収穫ですね」


「あ、アスラ……この人は……?」

「え、知らないの? 九学年の学年主任のシェフォード先生だよ」


「何ッ!?」


 ミレディの問いに答えたエリカの言葉に、俺は絶句した。

 まさか学園の教師として潜伏していたとは。

 今のシェフォードの雰囲気からして、本気で教師にジョブチェンジをしたとは考えにくい。



「さらにクシャトリアまでいるとなると、これは報告が楽しみですな。さて、アスラ様。ここでハイさようなら、という雰囲気ではないのでしょう?」


「へへへ、空気は読めるみたいですね、シェフォード先生」

「ははは、先生などと止めて頂きたい。私は解放軍幹部が本職ですよ」


「アスラ! ねえ、どういうこと!?」


 ミレディ、ロイアの混乱を代表して言うように、エリカが声を上げた。


「詳しくは後で話す。とにかく今は、このシェフォード先生は、学園の先生でもなんでもない。解放軍の幹部だ」


「え? ん? ね、ねえ、アスラ、それってどういうこと!?」

「ばかやろう! 敵ってことだ! そこの甲冑の連中の仲間だよ!」

「ええーー!!」

「おやおや、そこにいるのはAクラスのコーデイロさんじゃないですか。あなたの成績はとてもいいですね。土魔法であそこまで成績が取れる秘訣は日々の努力でしょう」

「え、あ、はい、ありがとうございます」

「ばか! 敵に送られた塩を受け取んな!」



「レオナルド、あなたに渡した精霊、調整は済ませていますか?」

「あ、ああ。もちろんだ」


ああ、またわからないことが増えた。

 どういうことだよ一体。レオナルドに精霊? レオナルドは確か魔力がないから剣士になったはず。

 ましてや精霊と契約できるほどの魔力なんてないだろう。


「おや、アスラ様。どういうことだ、とでも言いたげですね。いいでしょう、冥土の土産にでもして下さい。人工精霊、ご存じですよね? おや、知らない? てっきりクシャトリアから聞いているのかと。いいですか、人工精霊とはその言葉の通り――――」

「ちょっと、シェフォードさん……」

「はいはいわかりましたよ。まったくあなたは堅いからいけない……。すみませんね。これ以上は言えないみたいです」

 

 なんだよ……。

 ちょっと期待しちゃったじゃないか。言わないの結局。あげあげドスンにも程があると思うんだけど。楽しそうに笑ってんじゃねえぞ。ただ単にからかわれただけなのか?

 余計に人工精霊のことが気になって仕方がない。

 しかし、無駄話が長引いたおかげで腕の痛みが麻痺してきて、だいぶ意識がクリアになってきた。


 それにしてもこれから戦うというのに、ひどく調子はずれな口調だ。

 シェフォードの前では、俺の腕を折った甲冑男も、レオナルドも大人しくしている。それほど偉いということか。それほど強いということか。

 どっちにしろ、もう戦闘は避けられない。

 ここで、ハイお疲れ様と帰してくれはしないだろう。



「それでは、無駄話はここまでにしましょうか。そろそろ我慢できません。あなたの力、見せて頂きましょうか」


 シェフォードはかけていた眼鏡を投げ捨てた。



******



 本当に、これがあのDクラスのアスラなの?

私の目の前で舞っているその少年は、少年の動きは、三年前の精霊祭のウサギの動きそのものではないか。

本当に、全くもって、どういうことだ?


私、ミレディ=フォンタリウスは一世一代の混乱をしていた。


アスラがひとたび跳躍すれば、その体はまるで羽のように軽やかに宙を舞う。

そしてそのまま頭上を漂い続けた。まるで空から糸で吊るされているかのよう。

だが、唐突に。

鎖鎌が駆け巡る。

鎖鎌がアスラの周囲をステップを踏むように踊ったかと思うと、急に顔色を変えて解放軍の面々を薙ぎ払った。


「な、なんだよ。あいつバケモンじゃねえか‼︎」

「想定した作戦とまるで違うぞッ!」


解放軍の甲冑の中で泣き叫ぶ男たち。

続けてシェフォードが感嘆の声を漏らす。


「ま、まさかここまでとは。報告にあった力量とは桁違いですね」


戦闘の始まりは唐突だった。先に甲冑を着た五人の解放軍メンバーが、アスラに向かって駆け出した。

クシャトリアに蹴飛ばされた一人と、レオナルドと名乗った男、シェフォード、そしてアスラの腕を折った甲冑男を除くと、残りは七人だ。

その七人のうち、先に駆け出した五人は一瞬だった。

一瞬のうちに宙に舞い上がっていた。

通常の鎖鎌ではあり得ない程の長さに、その鎖は伸ばされている。

まるで金属が無理やり引き伸ばされたように、鎖は伸びている。でも、だからと言って、鎖の強度は一切落ちていないように見える。

これもアスラの魔法なの? だとすれば一体どんな魔法?


疑問が次々に湧いてくる。

それでもアスラは止まらなかった。

鎖を波のようにしならせて、その反動で甲冑たちは吹っ飛ぶ。


「あれ……アスラ……なの?」

「……」


アスラのペアの子、エリカと、攫われた私を追いかけてくれたロイアという子。二人ともかつてない程の驚愕に話すこともままならない様子。

それもそうだろう。かく言う私もそうだ。


魔法の分野では落ちこぼれと散々言われていたアスラ。

適正魔法がないと馬鹿にされ続けたアスラ。

それが原因で自分の家にまで見放されたアスラ。


しかし、今そのアスラが、解放軍を小手先一つで圧倒しているのだ。

 アスラの魔法……。無属性だとは知っている。知っているが、これが本当に世間が異端だと諦めた魔法なのか。

 いったいどんな能力なの。


 さらに二人の甲冑、そしてアスラの腕を折った甲冑男がアスラに向かって駆けてきた。狂気じみた絶叫を上げながら。しかし表情は、その雄叫びに似合わず、恐怖を目の当たりにしたものだった。


「死ねええええええッ!!!」

「このバケモノがああああッ!!」


 声から察するに女も混じっているようだ。しかし……。

 そんなことハナから気にしていないかのように、アスラは平然とそれをした。


 鎖はうねり、三つの山の形を描き、アスラはその山をそれぞれ三人に激突させた。まるで鎖はそのまま三人を襲う獣のよう。その獣は三人を地面に押し倒すと、その金属の鎖の凹凸を利用して甲冑に強くこすりつけた。

 あまりに激しい圧迫と摩擦により火花を散らす甲冑と鎖。腹部に強烈にかかる力に、地面に押し付けられた三人は今度こそ本物の絶叫を上げる。


 だがそれだけではアスラは止まらなかった。


 あろうことか。


 

 稲妻がアスラからシェフォードに向けて放たれた。


 それはシェフォードの頬をかすめ、彼の後ろの草原を大きく焦がした。


「え……あの稲妻って……」


 エリカのつぶやきの先の言葉。

 それは私の頭に響く。

 精霊祭では、優勝候補と謳われた私が足元にも及ばなかった人物。

 謎の仮面に隠された最強の魔法使い。

 その者も適正魔法に見放された無属性魔法使い。





「ウサギ……」




「あははははは!! 面白くなってきましたねえ! そうでなくては!」


 シェフォードは高らかに笑い声を上げた。

 そして。


「闇の精霊よ、我に力を! ダークブレイド!」


 シェフォードは暗黒魔法を唱えて黒く禍々しい剣を出現させ、手に握る。


 アスラは鎖の動きを止めた。

 三人の甲冑は地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。三人の甲冑の腹部にはザックリと削られた穴ができている。これで立っている解放軍のメンバーはレオナルドとかいう人と、シェフォードだけになった。



 レオナルドとクシャトリアは戦いの様子をただただ見守っている。

 まるで手を出すことを良しとしないと、心に決めているかのようだ。



 あんなにも真剣なアスラの顔、見たことない。

 精霊祭ではウサギの仮面の下であんな目をして私を見据えていたのだろうか。私はあんな目に見つめられていたんだ。


「ああ……」


 私は身震いした。


 そしてなぜか、不思議なことに確信できた。アスラの勝利を。



「アスラ様、覚悟おおおお!!」


 まるで野獣のような、今まで見せていた品など欠片もない不気味な叫び声を上げるシェフォード。アスラはそれに表情一つ変えず、鎖だけでシェフォードの剣を防ぐ。


 しかしシェフォードもそれくらいは予想していたのだろう。

 シェフォードの剣から、黒い斬撃が生み出され、それは目に見える形となってアスラに放たれた。

 すると、まただ。

 ああ……。綺麗……。



 アスラは稲妻を放つ。

 稲妻を数本縦横無尽に放ちながら、アスラは跳躍し宙に舞い上がった。


「キレイ……」

「……」


 エリカとロイアもその戦う姿に見入っているようだ。うっとりとした顔で、宙を舞うアスラを見つめる。たなびく学生服はアスラを彩り、私たちが着ているものとはまるで別物のようだった。

 鎖に飛び散った返り血が日光をさらに赤く染める。


 アスラは、まるで宙を舞う精霊のようだ。

 しかし戦いの相手から見るとその姿は、自身の周囲を血で飾る死神に映ることだろう。


 稲妻に気を取られていたシェフォードが、鎖鎌に右腕を持って行かれたことに気付いたのは早くても五秒後だった。



「凄い……凄いですよ……アスラ様。凄い凄い。凄すぎる……」


「うっ……」

 エリカが思わず目を伏せた。


 それもそうだ。アスラはそれだけのことをしている。相手の腕一本を切断したのだ。今でも血が滝のように流れている。



「レオナルド……手を貸してください。これは規格外です」

「はっ」



 アスラの表情が一瞬曇った。

 レオナルドとはいったいどんな繋がりがあるのだろう。気になった。アスラに関することは。

 でも今はそれどころじゃない。アスラも腕一本を使えなくされいるのだ。


「私だって……」



 私は歯噛みした。

 アスラはさっきから私たちから徐々に遠ざかっている。

 それはシェフォードの注意を私たちから逸らすためだと、容易にわかった。アスラはずっと私たちを気にかけながら戦っていたのだ。


 そこに私が入っていっていいのだろうか。

 現状は二対一。

 アスラなら、もしかすると勝つかもしれない。そんな気はするのだが、ただそれを見てるだけなんて嫌だった。


 アスラは迷惑がるかもしれない。

 

 私が解放軍に攫われたとき、私のペアだった先輩は一目散に逃げていった。

 私はそんなのにはなりたくない。

 アスラの力になりたい。


 レオナルドが参戦すると決まってから、アスラの表情は浮かない。

 何か気にすることがあるのだ。


 少しでも、力になりたい。

 アスラがフォンタリウス家を追い出されたとき、決めたじゃない。もっと強くなって、二度とアスラを失わないようにするのだと。


 だから!



「水の精霊よ、我に力を!!」


 ウサギ……いや、アスラには魔力では遠く及ばないかもしれない。


 でも、それでも私は全力で魔力を込めた。


 私の全身全霊の魔法……治癒魔法だ。



「あの小むす……ミレディ嬢……やってくれましたね……大人しくしていれば無傷で本部まで連れ帰ろうと思っていたのですが」


 シェフォードが私を睨む。それにはかつてないほどの殺気が込められていた。

 私は恐怖で泣きそうになったが、アスラはそれとずっと向き合っていたのだ。私だけが怖がっていてはいけない。

 でもこれで。これでやっと参戦する理由が生まれた。



「ミレディ……」



 アスラが私を振り返り、このおせっかいめ、と鼻で笑ってきた。


 ああ、この笑顔だ。

 学園で散々向けられてきた、私を我が物にせんと、欲望を覆った愛想笑いとは正反対の笑顔。

 バーカ、とでも言うような無愛想なその笑顔が見たかったのだ。

 また改めて思い知らされた。私はどうしようもなく彼が好きなんだと。


 気付けば私はさらに魔力を込めて、治癒魔法の効果をより高めていた。



 周囲が緑色に輝く粒子でいっぱいになる。この辺り一帯が淡い緑色に包まれた。

 倒された木が復元される。

 焦げた草原の草が元通りになる。

 

 アスラの折れた腕が完治する。



 これが私が最も得意とする治癒魔法。

 私が治したくないと認識した物以外のすべてを完全な状態に戻す魔法。


 緑の光に溢れたこの空間は、再び元の草原に戻り、やがて緑の粒子はどこかへと消えていく。



「これが治癒魔法とでも言うの……? これはもう過去の再現に近いわ」


 エリカが驚きの言葉を漏らした。



 だけど驚きの声を漏らしたのはエリカだけではなかった。



「銀髪、さっきの貸しを返すのが早すぎるぞ」


 クシャトリアが髪をいじりながらアスラに近づいて行った。


「どういうことかしら? まだ借りは返したつもりはないのだけど」


「いいや、やっとあの忌々しいきのこの呪縛から解かれた」

「言っていることがよくわからないわ」


 私はクシャトリアの言葉の意味が本当にわからなかった。忌々しいきのこ? 呪縛?

 なんのこと?


 さらに、驚きの声を漏らしたのが……。


「マジかよ……おい……」



 アスラだった。

 さっきまであれだけ熾烈な戦いで顔色一つ変えなかったアスラが、今は顔を引きつらせて、顔を青くしている。


「アスラ、これは今までのお礼だ」


「い、いらない……」


「遠慮する必要はない」


「い、いやだ……いやだあああああごふッ!!!」


「「「!?」」」



 あろうことか、クシャトリアはアスラを殴り飛ばした。

 殴られたアスラの体は宙を舞う。しかし、今回は全然美しくない。ただ打ち上がって、地面に落ちただけの不格好なものだった。


 エリカもロイアも、もちろん私も訳が分からず目を見開くことしかできない。



「クシャトリア、何をするの? 私のアスラに」

「ああ、銀髪。今まで変にいがみ合って悪かったな。これからはコレは間違いなくお前のものだ」

「え、あ、ありがとう」



 いったいどうしたのだろう。クシャトリアは。

 私が治癒魔法を施してからクシャトリアの様子がおかしい。今までのアスラ大好きの姿勢がまるで感じられない。

 まあ敵が減って私としては嬉しいのだが。



「レオナルド、そろそろ私の腕の出血量が限界です。相手方の話の間を割って入るようで気が引けますが、一気に攻めましょう」

「は、はあ……」



 私たちが急に始めた茶番劇があまりにも場違い過ぎて、シェフォードとレオナルドの毒気が思わず抜かれてしまう。



「アスラ、ひとまずは力を貸してやる。話は学園に戻ってからだ」


「はあ……戦いをなるべく長引かせるか……」


 アスラのさっきまでの威勢が見られなくなっている。


「アスラ、どういうことかしら。クシャトリアさんとの話ついでに私にも詳しく説明してちょうだい」

「ああ、わかったよ。ミレディ」




 この間にシェフォードは自身の腕に簡単な止血をしていた。



「さあ、ここからが本番ですよ」


 シェフォードが再びダークブレイドを構える。


 アスラは鎖鎌を構え、体からは小さな稲妻が青くバチバチと漏れ出している。

 私も「魔石なし」の杖を構えた。その魔石はアスラの胸元に。

 それだけで戦う勇気が湧いてきた。



 でも、それの勇気も長くは続かなかった。


 不意にレオナルドが言葉を紡ぎ、そして唱えたのだ。

 

「じゃあ、シェフォードさん、アレを使っていいんだったよな。アスラ、見てろ。これが適正魔法がなく魔法を一度は諦めた者の力だ。……汝、我と契りをかわし(くみ)する者よ、今ここに姿を示せ! ……アルタイル!!」



 それは精霊を呼び出す詠唱。

 しかし彼からは一切魔力が感じられない。

 魔力の提供なしに精霊を呼び出す? いったいどうやって……。



 そしてその精霊は瞬時に現れた。


 白い光を激しく発光させ、レオナルドのかたわらに顕現した人型の精霊。



 燃えるような赤い髪に、虚無感で満たされた瞳。そこには精霊の自由意思などまるでないように感じられた。

 人間で言うと私たちと変わらないくらいの女の子の型をとった精霊。

 赤い髪を二つに分けて、エリカのようなツインテールにしている。



「あの学生服の者を戦闘不能状態にしろ。いけ、アルタイル」


「はい、マスター」



 アルタイルと呼ばれた赤い髪の精霊はゆっくりとこちらへ歩み出た。

 レオナルドの言葉にまるで隷属させられているかのような、単調な返事。


 その瞬間、シェフォードの口が醜く笑った。









感想の返信が滞ってしまっています。

申し訳ありませんが、近々気になった感想をいくつか取り上げ、活動報告欄にて載せる答えを返事とさせて頂きたく考えています。

感想はすべて拝読させて頂いておりますので、誤字・脱字の指摘、他にもどんな感想でもお待ちしております。


これからも、どうぞ宜しくお願いします。

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