第四十話 悪者だーれだ その4
「全員馬車に乗り込みました、メルヴィン先生」
「よし。ありがとう、モルノティエ。では馬車を出発させる」
ケイル=モルノティエは学級委員だった。起立、礼、とか言うあの役職だ。編入して約1ヶ月経った今になってわかったのだが、ケイルは正義感がとても強く、責任感やクラスメイトへの献身の姿勢も大したものだ。
だから、自分の聞知していたカテゴリーにない魔法を使った俺を怪しいと疑い、つっかかってきたのにも頷けた。
そう、これでこそ大人の余裕というやつだ。
しかしながら高が十三歳のガキに、これが大人の余裕だ、とふんぞり返る俺の大人の余裕のなさは否めなかったが。
メルヴィンは出発を高らかに言い放ち、馬車を進めた。
馬車はひとクラスのうち約四分の一程度の人数を乗せて都市ウィラメッカスを出る。ひとクラスに四台の馬車なわけだから、ひと学年総数二十四台の馬車の列だ。物々しいったらありゃしない。
目的地は北にあるアルルーナの森。メルヴィンの話によると、魔物の少ない、基本的に穏やかな森らしい。そんな和やかな環境に、精霊は多く集まるとのことだ。
「ロイア、今日の合同授業、自信あるの?」
俺は森に着くまでの暇つぶし兼、緊張ほぐしにロイアに話し掛ける。
俺とロイアは席順が前後のため、馬車では隣り合っていた。横並びに座っているのだか、割と距離が近くてドギマギしてしまう。
「ん、一応」
ある、ということなんだろうなあ。何せ一年前はSクラスにいたのだ。精霊と契約を結ぶ程度の授業はお茶の子さいさいというワケか。
「さすが元Sクラス生徒」
「あなたはどう? 編入生くん」
「そんな自信なんてあるわけないだろう」
はっきり言おう。俺は今回の授業はサボるつもりだ。万が一クシャトリアが精霊だとバレてみろ。もうこの学園にいられなくなるぞ。精霊契約について俺は大した知識は持ってないが、知識がないが故に、何が起こるか予想できないのだ。
はあ、こんな事になると分かっていれば予習復習はきっちりしたのに。
「自信いっぱいに言ってるけど、胸張れることじゃない」
「うるさい。こちとら元々Dクラス生徒なんだよ」
「……」
ロイアはそっと、押し黙り、俯いた。
「別に、好きでDクラスに来たわけじゃないのに」
ロイアは、いつも抑揚のない声だから、話し声から感情を読み取れない。だから俺はそれほどロイアの異変を気に留めなかった。でもそれは、俺の不注意だったと言えば、不注意だったかもしれない。
「どういうことだ?」
「……別に」
ばかやろう。妙な空気になっちゃったじゃねえか。俺のばかやろう。
沈黙がしばらく続きながらも、馬車は進む。気づけば周囲の雰囲気が変わってきた。
馬車は乗り組み席の上に大きな布を被せて、日光を遮っている。周りの風景は見えないが、馬車の後方にある出入り口から覗く景色に植物の緑が増えてきた。
森に入ったのだ。
空気が心なしか、涼しくなった気がする。
太陽の光を、葉が遮り、薄明光線のような光の柱が建っている。
しばらく進むと、川のせせらぎが聞こえてきて、木々が開けた野原が現れた。
川の近くに馬車は停まる。
「よし、到着だ。みんな降りろ」
各クラスの教員が自クラスの馬車から生徒を降ろす。すぐにメルヴィンが俺の乗っている馬車を叩きに来て、下車を促す。
馬車を降りると外光の眩しさに、思わず目をしかめる。
見回すと、一つ上の学年、第九学年の生徒たちはすでに到着して、集まっていた。
すると全教員が集まり、しばらく話し合いをしたのちに、生徒たちに伝達事項を周知する。
言わずもがな、うちのDクラスはメルヴィンが伝達した。
「さて、さっそくだが現時刻をもって自由行動とする。先日指示したエリアから出ないようにしろ。指示エリア外には凶暴な魔物もいる。夕刻にはここへ戻ってくること。それでは既定のペアと行動を共にするように」
最後に解散、とメルヴィンが言い放ち、それに従い生徒たちはわらわらと掃けて行った。緊張半分、期待半分といったところだろうか。
時刻としては、午前十一時くらい。
「じゃあな、がんばれよ」
俺はロイアに一言かけて、エリカを探す。
ロイアも。
「そっちこそ」
とボソッと吐き捨ててペアの生徒を探しに生徒の波に姿を消した。
さっき馬車での微妙な空気はこの合同授業の間に忘れてくれることを祈ろう。
雨降って地固まるということわざが日本にはある。でもそんなのは嘘っぱちだ。雨降ったら大体は警報か何かがでて、結局土砂崩れとか起こす地域もあるくらいだ。自らが動いて復旧作業に着手しないといけない。
あとでロイアに謝ろう。考えすぎかもしれないけど。無神経なこと言ってごめんって。
「アスラー、こっちこっち」
すると、どこからともなくロイアとは正反対の元気いっぱいの声が俺を呼んだ。毎回この温度差には混乱させられる。
「エリカ」
「おはよ、とりあえず、どうしよっか」
どうしよっかって、おまえ、デートじゃねえんだぞ。勘違いするだろうが。
というのはさておき。生徒たちはペアと合流すると、すぐに森の中に姿を消していく。みんな張り切っている様子だった。
しかし何たって、今回の合同授業は個人の成績に大きく関わってくる。来年度のクラスの上下を左右する重要な授業の一つだ。そりゃ、みんな息巻くだろう。
かく言うそばから、エリカも息巻いている。
何だかんだで、俺とエリカはアルルーナの森に入って行った。
方角は、西。
******
「メルヴィン先生、シェフォード先生のこと見てません?」
私に第八学年の学年主任の先生が尋ねてきた。それはこのアルルーナの森に到着し、生徒を解散させてからおよそ二時間経過した頃だった。
「いいえ、見てません。あ、でもそう言えば五分程前に西のエリアに見回りに行くって言ってたかな……」
「ええ!? 困ったなあ。学年主任の先生は集結地点待機なのに……」
シェフォード先生は第九学年の学年主任。見回りは各クラス担任がすることになっている。
それに西のエリアの見回りの教師は十分なはずだ。
どうしたんだろう。
第八学年の学年主任の先生は、おかしいなあ、と頭を掻きながら難しい顔をした。
******
アルルーナの森に入っておよそ一時間。
俺とエリカは黙々と言うほどではないが、というか、やかましく精霊探索を続けていた。
エリカは気付いていないようだが、ある一定の距離を空けて、教師が散らばって警邏していた。これなら魔物などを気にすることなく安心して精霊探しに専念できる。
「うるっさいな! さぼってなんかないぞ!」
「嘘よ! 今お菓子食べてた!」
「違う! これはさぼりなどではない。糖分を摂取することで頭の回転を持続させるんだ」
「トウブン……。何それ?」
「細かいことを気にするな。足が止まってる」
今朝、寮棟のロビーで購入した板チョコのようなお菓子を食べながらブラブラ歩いていた。しかしこれはお菓子と言うより、携帯栄養食に近い。遠出するには持って来いのカロリーが詰まっている。
よくも悪くもこの世界での俺の体は燃費が悪かった。食っても食っても腹が減った。
それはクシャトリアと契約してからというもの、加速度的に空腹感は増していった気がする。
「大体エリカは――――」
「しっ、あれ見て」
エリカは俺と茂みに隠れる。
エリカの指さした方向に無意識に目が行った。
「精霊よ」
緑色のドレスを纏った少女のような形をしている。見たところ、数羽の小鳥と戯れているように見えた。何とも可愛らしい姿をしている。
「アスラ、あんた契約してきなさいよ」
「は、はあ?」
エリカさん無茶ブリが過ぎるぜ。俺は今日の初っ端から精霊とは契約しないと決めているのだ。
勘弁してくれ。
「いや、俺は前も言った通り、精霊のことも含めて勉強不足だ。ここはエリカを手本にさせてもらいたい。頼むよ、先輩」
俺は知っている。こういう言葉を投げられては、エリカはより扱いやすくなる。
それを抜きにしても普段は俺に先輩扱いされなくて威厳もクソもないのだ。ここぞとばかりに先輩扱いしてやれば……。
「なによアスラ、ヘタレね。いいわ。先輩の姿をよぉく見ておくことね」
ははははは。
「ああ、頼むよ。エリカ」
言うや否や、エリカは緑色の精霊ににじり寄って言った。何だか、手をワキワキさせていて気持ち悪い。
と、そこで精霊がエリカに気が付いたようだ。
「みゅ?」
みゅて、オマエ。あざとっ!
精霊あざとっ!
精霊と遊んでいた小鳥たちはどこかへ飛び去っていく。精霊はおびえた様子でエリカの行動を見つめていた。
おそらく、エリカの行動はマニュアルになぞられたものなのだろう。その証拠に精霊は逃げもせず、エリカに危害を加えようともしない。
怯えているように見えはするが、それ以上の行動を起こさない。
なんとなくだが、安心して見守ることができ――――。
「みゅっ!」
ズゴンッ!!
――――なかった。
精霊が手を高く上に掲げ、それを思いっきり振りかざす。すると、エリカがさっきまで立っていた地面から尖った岩がせり出してきた。
「きゃっ!」
エリカは一瞬よろけたものの、すぐに態勢を立て直し、一気に精霊に向かって駆け出した。
「やってくれるじゃないっ!!」
俺はそれを制止しそうになったが、エリカはすでに精霊のすぐそばまで駆け寄っていた。ええい、もうどうにでもなれ。俺も茂みから飛び出し、咄嗟に腰から鎖鎌を取り出す。
魔力は十分。最近魔力増強の訓練をしていなかったが、それであっても十分な魔力はある。編入試験時の魔力測定では魔力をクシャトリアに持っていかれたままだったため、俺の魔力は少なかったが、試験時にクシャトリアが持っていた四千万超えの魔力は本来俺のものだ。
俺は鎖を操り、地面に潜らせた。
精霊に向かって、土の中を鎖に進ませる。土を鎖で押しのけながら操るのは、ちょっと消費魔力が増えた。
だが、俺の魔力をもってすれば、数には入らない。
「みゅっ!?」
突如、地面をぶち割って現れた鎖に、精霊は驚嘆の汗を流す。
まばたきも許さぬ間に鎖の分銅は精霊の足に巻き付いた。
一気に地面に引きずり込む。
ズボッ!
精霊の緑色の左足の股関節辺りまで、地面に沈んだ。
緑の精霊はジタバタ暴れる。
「みゅっ、みゅッ!」
「え」
エリカが一瞬驚いたようだが。
「チャーンスッ!」
好機と見たようで、迷わず精霊の肩を掴み。
「精霊よ、我に与する契約を結べ! 精霊契約!」
エリカが唱えると同時に、精霊の肩を掴んだ手から眩い光が放たれる。
俺はその眩しさに、顔を背けた。
次、正面を向いた時にはエリカが精霊の足に巻き付いた鎖をほどく姿があった。
精霊は完全にエリカに身を任せている。
「ちょっとぉ、この鎖アスラがやったの?」
「ん、ああ」
「助かったと言えば助かったのだけど、この子が可愛そうよ。結果論だけどさ」
結果論、この精霊が可愛そう。
つまり契約は成功だ。
「それよりアスラの魔法ってどんな力なの? 無属性なんでしょ? この鎖に関係あるの?」
「そんな矢継ぎ早に聞かれても。それより契約は?」
俺は分かり切っている質問をする。そして話題転換。
「ああ、契約なら完了よ。私の魔法で、この子も納得してくれたみたい。と言ってもまあ、中級精霊なんだけどね。人型をとれるくらいには優秀さんなのかしら?」
エリカが精霊の頭を撫でると、精霊は嬉しそうに目を細める。
あの一瞬でお互いのことを分かり合っているのだろうか。もしそうでなくとも、それに近い信頼感は生まれたように見えた。
精霊の魔法を見る限り、土を操るなどの力を持つ土属性の精霊のようだ。
「さて、次はアスラの精霊見つけなくちゃね」
「別に次もエリカの精霊にしていいんだぞ」
「ダメよっ、今回は私の精霊にしたんだから次はあんたのでしょうが。何のための見学だったのよ。それに基本的に精霊一体につき人間一人よ。余程魔力が有り余ってるのなら話は別だけど。私だってこの子と契約してから魔力を少しずつ吸い取られてるわ。習わなかったの?」
「い、いあや。忘れてたよ」
「ほんと馬鹿ね。いいからキリキリ探すっ!」
俺はげんなりしつつも歩き出した。
エリカの話から察するに魔力さえあればいくらでも精霊と契約できるということだろう。俺にだって魔力はある。しかしそれは同時に、俺にはクシャトリアという王級精霊が吸っても底を見えないぐらいには魔力はあるが、次に契約する精霊によってはまた二年前のように魔力を増やす努力をしなければならないということだ。
あの時はサイノーシスの催眠効果があったから苦には感じなかったものの、万が一の場合、今回はどうなることやら。
と、その時。
身の毛がよだった。
身の毛がよだつような女の悲鳴。
鳥たちが身の危険を感じ、木々を飛び立つ。
森に住む動物たちが騒がしく鳴き声を上げて、お互いの危険を知らせあう。
「な、なに今の……」
「大丈夫。心配ないさ」
俺は心にもないことをエリカに言った。
「なんの悲鳴だろう……。助けに行った方がいいかな……」
「いや、一度集結地点に――――」
「ううん、助けに行くべきだよね」
駄目だ。まずい駄目だ。
やけに嫌な予感がした。そして、この世界に来てからというもの、俺の予感は当たる。
俺は珍しく声を荒げてしまった。
「エリカ! 駄目だと言っている!」
「ッ!……」
エリカが一瞬怯えた表情を見せる。
「アスラ、顔怖い……」
俺はふう、と一度呼吸を整えた。
「元からだバカヤロー。とにかく今は、このことを先生に知らせよう」
しかしエリカは釈然としない表情を浮かべる。
駄目だ。これはまずい。
「嫌よ……」
「でもエリカ、これは危な――――」
「アスラはっ!」
「っ……」
エリカの絶叫に近い大声に、今度は俺が一歩退いてしまう。
「前に私がいじめられてた時、机の陰に隠れてるだけだった」
「……」
「ごめん、怒鳴ったりして。でも、私は行くから。アスラは先生たちにこのことを知らせて」
「お、ちょ、待て!」
久しぶりにガチで焦った。
エリカはそんな俺の気なんて知らずに、どんどん森の奥へと消えて行く。
エリカの精霊の姿もない。一緒に行ったのか。
でも大丈夫だ。エリカの走る速度は俺の追いつけない速さじゃない。
クシャトリアの身体強化の魔法付与をしてもらえば、このな距離、一発で――――。
って、あれ?
クシャトリアの身体強化魔法が付与されない。契約していれば、俺が求めた時には応じてくれるはずなのに。
しかし俺はここで思い至った。
この森は学園と距離が離れすぎている。きっとクシャトリアは今、俺のことなんぞ知らずに、また呑気に窓の外でも眺めているだろうコンチクショー。
なまじ授業で聞いていた分、こういう時には悪い知らせとして、記憶に蘇る。契約精霊と物理的に距離が空きすぎると、契約の効果を得られない、と。
俺は死にもの狂いで駆け出した。
もうエリカとその精霊の姿は見えないほどに離れていた。
******
ここは都市ウィラメッカスのエアスリル魔法学園。第十二学年Sクラス。授業中。窓際の席に私は座って外の景色を頬杖を突きながら見ていた。
「アスラの魔力が弱まった……?」
悪い予感がする……。
私はすっと挙手した。
「先生、お花を摘みに行って来てもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。クシャトリアさん。行ってきなさい。君はいつも上品だね」
「はい、ありがとうございます」
この教師も私の容姿と魔力だけしか見ていないのか。やはり、すべてちゃんと見てくれるのはこの世でアスラだけ。
そのアスラの魔力の様子がおかしいのだ。
私は急いで廊下を駆けた。
******
いくら足を回しても、エリカの姿は見えない。
方角はこれで合っているはずだ。
エリカは走るのが速かった。
二年前、王都での解放軍の反乱事件以来、俺は念のためと体に金属の骨格を服の下に纏い、足の金属板の中敷きを靴の中に入れている。
まあこれが二年前から俺の一張羅だからという理由もあるが。
しかし足の裏の金属板に魔力を込めて回転を速めても、一向にエリカの姿は見えてこなかった。
「あっ」
ある意味朗報。ある意味凶報。
ロイアのペアの女子生徒が座り込んでいた。
「あ……」
女子生徒も俺に気付いたようで、目を丸くする。その女子生徒はロイアのペアの生徒だった。
「おい、あんた。ロイアのペアの人だよな。この辺でさっき悲鳴が上がっただろ。何があった」
「たっ、助けて! 助けて!」
「わかったわかった落ち着け。先生をすでに呼んでおいた。もうじきにここに駆けつけてくるだろう。だから教えてくれ! 何があった!?」
俺は大嘘をつきながら、その女子生徒の肩を掴んだ。
完全に怯えきっているこの表情は尋常じゃない。絶対なにかある。だからビービー泣いてないでさっさと教えてくれ!
「かっ……」
「か?」
「……解放軍って言ってた」
「!?」
俺は絶句する。戦慄を禁じ得なかった。
いくらなんでも行動が早すぎるだろう。
俺は続きを急かす。
「で、解放軍がどうした!?」
「えっと……なんだか、ミレディさん……あ、フォンタリウスさんね。その子を仲間にするとかで攫って行って、それを目撃したロイアちゃんが追いかけて行っちゃって、でも解放軍の人たちとても強くて、私なにもできなくて、それで、それで……うえぇぇぇぇん!」
また思い出してしまったのか、泣き出す女子生徒。ちっ、使えない女だ。
いまいち要領を得なかったが、有力な情報源に変わりはない。
ミレディを仲間にするために解放軍が誘拐を働く。ロイアがそれを追う。どちらも十分にあり得る。
ミレディの兄、ノクトアはすでに解放軍の一員だ。それは二年前の王都の反乱事件で、ゼフツが言っていた。
そしてそのノクトアの妹であり、そして解放軍幹部のゼフツの娘でもあり、さらに王級精霊と知らずにそれを無傷で倒してしまう程の強力な魔法使い。十分、強引に仲間に引き込む動機にはなる。
そしてエリカのいじめの現場にも躊躇なく飛び込んでいった正義感の強いロイア。
あいつなら絶対に追う。
この世に絶対とかはないらしいけど、こればっかりは絶対あり得る。
ようやく泣き止んだ女子生徒はまた口を開いた。
「あ、君、アスラくんだよね。ロイアちゃんがずっと君の話ばっかりしてたから……。そ、それで、先生たちはいつ来るの……?」
こいつ、話の内容はさて置き、それだけロイアと話し合う仲でありながらロイアを見捨てた上に、自分の心配ばっかりかよ。
いい度胸してるよ、ある意味。
「先生はすぐに来ると言ったな……」
「え、あ、うん。来るんだよね。すぐに」
「あれは嘘だ」
「うえぇぇぇぇん!!」
その鳴き声を目印にすぐ教員が駆けつけるだろう。この周辺には教員が見回りで散らばっているのだから。
でもこのままエリカを追い続けると、あと数百メートルもすれば授業で規定されているエリアの外に出てしまう。そうなってしまえば、教員の目にも止まらないし、危険な魔物もいるという話だ。
すぐ追いついてくれよ。
それから体感にしておよそ十五分は走り続けただろうか。距離にして約四キロ。
エリカは唐突に見つかった。さっき契約した精霊も一緒だ。
そこは森の木々が一部だけ開けた草原だった。
猿ぐつわをされたミレディを抱えた十人の大人たち。黒い甲冑で全身を隠している。二年前、王都の反乱を起こした解放軍と同じ甲冑。間違いない。
「アスラ!?」
「編入生くん……」
エリカの驚愕の声と、ロイアのいつも通りの抑揚のない声が掛けられた。
二人は解放軍と向かい合った状態で、顔だけこちらに一瞬だけ向ける。そしてすぐに解放軍と向き合う。
「編入生くん、下がってて。これは対抗戦のような模擬戦じゃない。本気の殺し合い」
「そうよ、対抗戦入賞者でも、アスラは結果的にはDクラスなんだから。アスラよりか、私たちの方が魔法学園で戦闘経験は積んでいるわ」
「いいやッ!!」
唐突に甲冑の一人が声を上げた。ミレディに小さなナイフを向けて。運の悪いことにナイフは木製のようだ。魔法で取り上げることはできそうにない。
声を聞く限りは男。
ミレディの頭が下にぐだんと下がっている。気を失っているようだ。
「お嬢ちゃんたちこそ下がれ。この娘の血とか見たくな――――」
ギュンッ!!
グギャッ!!
「――――ぐ、あああああッ!! 俺の、俺の腕があああッ!!」
「やりやがったな! このクソガキ!」
「動くんじゃねえ!」
「その鎖鎌をこっちに投げろ!」
「クソッ、妙な武器使いやがって……」
「あ、アスラ……今……何したの……?」
「……!!」
ミレディの首元にナイフが向けられているのを見た瞬間、俺の頭に血が昇ったことは覚えている。
あとは感覚的に、と言うか、反射的にしてしまった。反省はしていない。
鎖鎌の分銅を魔法を使って、一瞬にしてミレディを抱えている甲冑男のナイフを持つ腕に直撃させた。
結果的に、その腕はありえない方向に曲がってしまっているが。
茫然自失としているエリカとロイアは後回しだ。説明している暇なんてない。何から話せばいいかもわからないレベルの話だし。
「このガキがッ!! 舐めたマネしやがって! 今度は刺すぜ……」
「ッ!!……」
俺は息を飲んだ。
もう一本ナイフを取り出した男は、ミレディを他の甲冑に預けると、折れてない方の手でナイフをミレディの首筋に押し当てた。
ゆっくりとじわじわと滲み出すミレディの血。
ツーと首を流れる。
と、その首から来る痛覚のせいか、ミレディは目を覚ました。
「ッ……」
やはり、まあ当たり前のことなんだが、さすがにミレディの鉄壁無表情も崩れた。表情を崩しはしないものの顔を真っ青にしている。
元々の肌が白いだけに、病的なまでに白いミレディの顔は、死の宣告を告げられているようだった。もっとも、今ナイフを押し当てられてまさに死の宣告なワケだが。
俺もこうして平然としていられそうにない。
しかし、俺より先に動いた者がいる。
予想外なことに、それは解放軍の甲冑だった。
「待て。俺たちの任務はこの子を生きた状態で本部まで運ぶことだ」
ん?
その声にはどこか聞き覚えがあった。
そう、その声の主は。
「レオナルド、お前堅ぇこと言うなよ。今俺はこのガキに腕をやられて最高にイラついてんだ。黙って見てろ」
「レオナルド……?」
俺がレオナルドの名前を呼ぶ。それにピクリと反応したレオナルドと呼ばれた甲冑の男は、頭の装備のみを外す。
「よお、アスラ。久しぶりだな」
その甲冑男、もといレオナルドは、金髪をかき上げながら頭の甲冑を脱いだ。




