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第三十七話  悪者だーれだ

更新が遅れて申し訳ありません。

今回はおとなしめの話です。

どうぞ、お付き合いください。

「ん、う・・・・・・」

 体が凍えるように寒かった。きっとあの銀髪の女と決闘をしたときにくらった氷の魔法のせいだ。

 私が目を覚ました時には外は暗くなっていた。

 白いベッドに白いカーテン。薬液の淡い匂い。床に反射する天井魔石の光。ここは保健室だった。

「目が覚めたかい? 決闘で負けて意識を失っていたよ」

 白衣を着た男性が、保健室の戸を開けて入ってきた。

「Sクラスのフォンタリウスと決闘するなんて君も怖いもの知らずだな。僕なら決闘しないね。申し遅れた。保健医のミリスだ」


 ふさふさで手触りの良さそうな明るい茶髪、整った顔。いつもアスラがぼやいているイケメンというやつだろうか。

ミリスは手近な椅子を引き、腰かけて足を組んだ。なんだか一つ一つの所作が上品というか優雅というか。嫌味なほど様になっている。

「もう今日の授業は終わってるよ。早めに寮へ戻るといい」

 言われなくとも戻るさ。

 しかしなんだ、このモヤモヤした気持ちは。なんだかやるせなくて、なんだか寂しい。

 私は失ったのだ。

 あの銀髪に負けてアスラを失った。いや、そんなに落ち込むくらいなら決闘の約束なんか破って会いに行ってしまえばいい。

 でもそれだけではおさまらない。あの銀髪に負けたのが悔しくてならない。今度、今度こそ。こちらからもう一度挑んで、圧勝してやればいい。

 そして胸を張って、堂々とアスラの隣に寄り添おう。

 そうとわかっていても、アスラに会えないのは口惜しくてならない。

 正直、我慢ならない。

 はあ、我ながらなさけない。私はあの銀髪の娘に嫉妬しているのだ。美人だったし、アスラと仲良さげだったし。

「はあ・・・・・・」

 溜息が自然と漏れた。

「お疲れのようだね。さあ、帰った帰った。もうここは閉めるよ」

 ミリスは朗らかに笑う。アスラの捻くれた笑みと比べれば、とても爽やかだけど。だけど足りない。それはアスラが持っている。

 私はミリスに短く礼を言って、その日は寮に戻った。



******




 夢をみた。走馬灯みたいに、過去を振り返る夢だったけど、別に俺が死にかけてるわけじゃない。

これは夢だ。

昔、もう記憶もおぼろげだが、屋敷に住んでいた情景が頭の中に流れ込んできた。フォンタリウス家。俺が見放される前に住んでいた屋敷。

その中でも書庫にいた時間は長かったように思える。

この世界に転生して、慣れない生活に知恵が欲しくて、書籍を求めたのが始まりだった。

でも確か、なにも俺一人でその書庫にいたわけでもあるまい。他にも人がいたはず。

親? メイド? それとも。

綺麗な銀髪が印象的だった。

今思えば、日本ではプラチナブロンドなんて見たこともなかったけど、初めてみた銀髪の少女は妙にしっくりきていた。

そして、その好奇の視線を歯牙にもかけない無表情。

青い瞳。白い透き通るような肌。

まるで精巧に作られた人形のようだった。欠けたもの、足りないものが、何一つ見当たらない完璧な人形。

そんな風に思えた。

しかし、人形には操り手が必要だった。

彼女は父親には逆らえない。父親の跡を継いで、次期領主になるかもしれない、そういう可能性のある立場なのだ。

親に逆らって下手なマネはできない、大人の顔色を窺っていよう。

そんな顔をしていた。

それがミレディという名の少女なのだ。


そうだ。その子と確か、書庫で会った。一緒に本を読んでいた。彼女は小説、俺は学本。

ミレディは気にしていた。俺というイレギュラーを。

今までにないタイプの人間。

そして、なぜか、甚だ疑問で、不思議なことに、俺に好意を寄せていると告白したことがあった。


ーーーー私、好き。アスラのこと。

ーーーー十年後も気持ちが変わらなかったら、その気持ちを受け止めるよ



そして俺は何かに急速に引き戻された。真っ白な空間が目の前に広がり、まぶしさに目をつむった。

光がおさまった頃。目を開けると、自分の寮室の天井が見えた。




******


 


 目が覚めると頭が痛かった。寝違えとかじゃなくて、頭痛の方。

 起きる直前まで見ていた夢が思い出せない。

 確か昔の出来事の夢だったような。



 思い出そうとするも、まるで霧を掴むようにするすると手の内から抜けて落ちていく記憶。

 そのうち思い出すだろう、と考えるのをやめた。




晴れた日だった。朝日を遮るカーテンを開く。午前七時。まだ登校には早い時間帯。

俺は顔を洗い、制服に着替えると、なんともなしにラウンジへ向かった。俺の寮室は三階。一階のラウンジに下りて来ると、まばらに人がいた。ラウンジの一角で軽食を摂っている制服姿の生徒が数名。

 その中に見知った金髪の女子生徒がいた。

 金髪を左右に分けて、長く下に垂らした特徴的なツインテールの小柄な生徒。

 何気なく近づいて声を掛けてみた。

「エリカ=コーデイロさん?」


 すると名前を呼ばれた彼女はキッと睨むように俺を振り返り、怒鳴ってきた。

「本名でよぶなッ!!」

「な、なんでだよ」

 一歩後ろに退(しりぞ)いてしまったが、俺も食い下がる。

「あはは。言ってみたかっただけ。おはよ。どしたの? 学校で会うのは初めてね」

 今のすごみにはいったい何の意味が・・・・・・。

 入学直前に『エリカの仕立て屋』で会ったときと同じ笑みを向けてきた。

「朝飯くいに来たらたまたま見つけたから声を掛けた」

「あんたって何の理由もなしに声掛けんのね・・・・・・」

「悪いか」

「悪くないけどさ、一応私あんたより一つ上の学年なのよ? 上級生を敬いなさい」


 俺は嫌味なほど眉間にシワをよせて見せた。

 エリカは、なんか文句でもあるわけ? と目で脅してくる。こんな目できる女なかなかいないよ。

 

 そのあとエリカはくすりと笑う。

「とりあえず座れば?」


 俺は促されるままラウンジの軽食カウンターの席につく。エリカの隣に腰を掛けた。

「店の方は今は休みか?」


 エリカが首を左右に振るのと同時にツインテールが揺れる。

「放課後、時間があればお店を開いてるわ」

 そんなので客は寄り付くのか。開店時間がランダムすぎる。


「そういや、あんた。服のセンスはなかなかよかったじゃない。一度私と一緒に服を作ってみない?」


 うーん、日本とパリのファッションセンスの差が、この世界と日本くらいの時代というか、風土の差なんだろうな。そう考えればエリカにとって俺の服はいい刺激なのだろうが・・・・・・しかし。


「お断りだ。そんな暇じゃない」

「なによ、それじゃまるで私が暇みたいじゃない」

「あ、俺ハムサンドとオレンジジュース一つずつで」

「聞きなさいよッ! なんで今注文なのよッ!?」

「わかったわかった。ほら、おれのサンドのハムやるから」

「えへへ、ありがと」


 へへへ。この女チョロキュー並みににちょろいぜ。って、どんな比喩だ。


「て、違うッ!! 服の話よ!」

「あはは、ごめんごめん」


 なんて楽しいんだ。この女をからかうのは。

 娯楽の新境地だぞ、これは。


「で、どうなの? 一度試しにやってみない?」


 と、エリカは急に真剣な眼差しをした。

 すると俺はふと思い浮かんだ簡単なあしらいの言葉を口にできなくなった。なんとなくわかった。エリカは自分の店になにか誇りのような、言い過ぎかもしれないが人生にも似たようなものを賭けている気がする。

 でもしかし、だからと言って本来の目的であるクシャトリアを元に戻すことが先送りにするのは嫌だった。

 俺は考えていた。

 クシャトリアにかかったサイノーシスの催眠効果は回復魔法で治せるのだから、回復魔法を含む水属性魔法の使い手を探すのが一番手っ取り早い。

 そこでだ。傷一つ負わずにクシャトリアを倒せる凄腕の水属性魔法使いがいる。そいつに頼めば一発じゃないだろうか。

 そう、ミレディに。

 でもミレディは目に見えてクシャトリアを嫌っている。それはクシャトリアも同様。ミレディが何を目的として俺に近づいて来たかはわからないが、俺を介して頼めばあるいは・・・・・・。と思う反面、いくら仲のいい兄妹と言っても、さすがにクシャトリア関連の頼み事は断られそうな気がしてならなかった。



 頼み事の内容をミレディに聞かせれば気がかわるかもしれないが、いかんせん今のミレディにとってクシャトリアの催眠効果を解くことははたして彼女の損得勘定の上で損か得かどちらなのか。

 もしかすると、ミレディが昨日俺に言った、昔の忘れていること・・・・・・それに関係するのかも、とふと思った。

 あくまで可能性の話だけど。

 不意に、さっきの夢のことが頭に浮かんだ。でもそれは寄せては返す波のように、頭浮かんでは消えて行ってしまった。

 それを頭にとどめることはできない。今日の俺はどうもおかしい。



 だからクシャトリアのサイノーシスの問題は面倒であったし、最近ではクシャトリアのおかしさに拍車がかかっいる。

 なんとか上手い具合にミレディがクシャトリアに気を良くしてくれたらな。なんて、ありえないか。

 話を戻そう。

 とにかく、服より厄介なことがあるのに、さらにエリカの仕事を手伝うのは、クシャトリアを治すと言った手前、誠実さに欠ける。


「今は忙しいから、またあとでな」


 返事をうやむやにする常套句(じょうとうく)


「忙しいって何が?」

「ほら、俺適正魔法ないからさ、エリカも対抗戦で知っただろ? だからとりあえず学園生活に余裕ができたらな。ただでさえ授業で置いてきぼりなのに」


 そんなのは今思いつた嘘だ。いや、あながち間違っちゃいないから悲しい。

 俺はさも困り果てたかのように言う。 


「じゃあ、私が勉強教えてあげるわ! それなら私の方を手伝う時間も、そのお礼っていう口実もできて一石二鳥! 困ったときはお互い様ってね!」


 な、なんだと・・・・・。

 こいついつから俺に勉強を教えられる立場に・・・・・・ってそう言えばエリカは俺より上級生だった! しまった! すっかり忘れていた! なんてひどい騙し討ちだ! 詐欺容疑で告訴できるレベルだぞ。


「はい、決まり! じゃあ今日の放課後、私のクラスにきて!」


俺がここで仕方ないで済ませるのも、この場合はどうかと思う。

いやまあ確かに、実物や実態を知らないのに俺には向いていないと決めつけるのは失礼だ。

せめてモノを見てから断ろう。



いや、でもしかし。



「エリカ、店で会った時に学園ではあまり会いたくないとか言ってなかったか?」



 エリカはしばし目を見開いて呆然とした風に驚いていたが、すぐに明るい笑顔を浮かべた。



「そんなこと言ったっけ? 私」



 エリカはこの学園では先輩だが、人生においては俺が大先輩だ。

そんな見え透いた嘘は逆に不信感を抱かせる。それをまだ知らないのは仕方ない年齢。エリカから言わせれば俺はおっさんだが、俺に言わせてみればエリカはまだガキだった。

 そういうことだ。


「ふうん、ならいいんだけど」


 俺はそれ以上問い詰めることはよした。面倒事なんだろうなと思うのが半分、踏み込んではいけないと思うのが半分だ。目の前の少女はうら若き十四歳だ。まだ綾○レイと変わらない年齢。

 でも背負っているものは人類存続とか、そんな大層なものでないにしろ、彼女にとっては重大なことのように思えた。そんな顔を隠しているように見えた。



 しかし、いつまでもクシャトリアとミレディの仲のことで悩んでいても仕方がない。俺がアクションを起こさなければずっとこのままだ。

 エリカの謎勉強のこともあり忙しくなりそうだが、忙殺の生活を覚悟の上で対抗戦で上位に組み込み、編入したのだ。



「じゃあ、とりあえずは服についてより深く知ってもらわなくちゃ。今日、放課後に私のクラスに来て。九学年のAクラスよ。いいわね」


 なんだよ。こいつ地味にAクラスじゃないか。魔法上手なんだな。俺が必死こいて対抗戦上位をもぎとったっていうのにDクラスなんだぜ。なんだか無性に腹が立ってきた。


「ちょ、ちょっとっ!! 髪ひっぱんないでっ! なんなのよ急に」

「うるさい、このツインテール娘。ほら、このオレンジジュースで許せ」

「わーい、ありがとっ えへへ」


 ぷっ、やっぱりちょろい。


「あんた何笑ってんのよ。さっきも言ったけど私の方が年上なんだからって、ちょっと、顔怖いわよ分かった分かったっ 謝るから許してッ」


 俺はちょっとした全能感に朝から浸った。いい日になりそうだ。



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