第三十六話 決闘
更新が大変遅れてしまい、申し訳ありません。未だに別途作業が立て込んでおり、今年はこのペースで更新することになるかと思います。改めて、申し訳ありません。
それと、ご感想、ご意見は全て読ませて頂いております。とても元気や、やる気がわきます。本当に、いつもありがとうございます。心から、そう思います。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
それでは第三十六話 決闘。短いですが、お楽しみください。
「誰だ、そこの銀髪」
「・・・・・・」
昼飯がないのは仕方がない。大人しく寝ていよう。そう思って机に身体を預け、ふと起きてみると。ミレディがいた。
懐かしい。久しぶりだ。
積もる話がたくさんある。きっと彼女もそうだろうと思った瞬間。
安全日だと知らされた。
別にミレディの生理事情は知らなくてもいいのだが、とりあえずざっと周期の計算をしたことは秘密だ。
わけがわからないまま、クシャトリアまでDクラスに来て。
現在に至る。
クシャトリアとミレディが静かに火花を散らして睨み合っている。 お互いに反目したままの硬直状態が数秒間続き、やがてクシャトリアが先に動いた。
クシャトリアもズカズカと俺の席まで歩いて来た。
「誰だと聞いているんだ。銀髪」
「私は」
「いやいい、答えなくて。まずはここから少し離れてもらおうか」
「なぜかしら」
「貴様が近くにいると不愉快だ」
「ならばあなたが離れたらいいんじゃないかしら」
売り言葉に買い言葉とはこのことだ。埒が明かない。この調子ならクシャトリアのサイノーシスの催眠をミレディに解いてもらう日は近そうだ。
しかしそれは事情を話せば、の話だが。
俺のことなどお構いなしに、ミレディが畳みかけた。
「第一、私はアスラの兄妹よ。家族水入らずなの。おわかり?」
「何が言いたい」
クシャトリアも食い下がる。
「私とアスラの邪魔をしないでくれるかしら」
「なっ、邪魔だと?」
「久々の家族の再会なのよ? そこに割って入るなんて野暮というものじゃないかしら。例え対抗戦優勝者のウサギでも、分別というものが必要だと思うわ」
何年たっても変わらない。
ミレディの顔に貼りついた無表情が、クシャトリアにそう言い放つ。
だが彼女の言い分はもっともだと、俺も思う。要はクシャトリアに気を遣えと言っているのだ。
しかしクシャトリアも普通に学園で過ごせるほどの教養を身に付けていない。当然だ。クシャトリアは、そもそも精霊であって、人間ではない。
それに人に触れて生きてきたならまだしも、ずっと洞窟で人と距離をおいた場所で生活をしていたんだ。
そんな非常識人にミレディの理論は。
「うるさい。だまれ。お前が邪魔だ。銀髪」
通用しなかった。
「・・・・・・天はあなたに強い魔法を授けたようだけど、備え付けの頭は欠陥品だったようね」
ミレディの頬は、珍しく引きつっていた。彼女の表情が変化する貴重な場面だ。
それから、しばらく終わりのない罵り合いが続いた。まさにいたちごっこである。授業の鐘の音で教員が教室に入ってくるまでは、少なくとも続いたのだ。
俺をそっちのけにして。
ひどく、疲れた気がする。
このクラスの担当教員であるメルヴィンが手を叩いて二人の美少女の言い争いを止めるまで、俺には居場所がなかった。
授業が始まり二人がそれぞれのクラスに戻ると、自席がこんなにも落ち着くのだと、初めて実感した。
******
この学園では魔法を使用した私闘は禁じられている。しかし、決闘は別だった。
決闘は必ず1対1で戦い、教員の監視下のもと、魔法の攻撃が許される。
これには決闘を挑む側がまためんどくさい申請をしなければならないのだが、決闘を受ける側はサインするだけでいい。
これは校則なのだが、なぜ編入早々そんなことを知っているかって?
その日のうちに、実際に決闘があったからだ。
俺はメルヴィンに呼び出されたおかげで、決闘自体は拝めていないが、相当激しい攻防戦だったらしい。
しかしそれも、決闘を挑んだ側の勝利に終わった。
そりゃあ、あんなに面倒くさい書類を作っておいて、負けてしまったら、とても損した気分だ。
というか、損だ。
ああ、でもこれは入学して間もない俺がこんなに校則に詳しい理由になっていなかったな。
それは今から2時間ほど前のことだ。
******
「さあ、今朝お前にした質問だ。アスラ」
「はい」
「なぜ私が教室に入ったときに、お前の隣に男子生徒が気を失っていたんだ?」
「俺が気絶させたからです」
「なぜ気絶させた。怒らないから言ってみろ」
放課後、俺はメルヴィンに職員室に呼び出されていたことを思い出し、帰る前に訪ねた。案の定、メルヴィンの用は今朝、俺が気絶させた生徒のことに関することだった。
しかしいざ行ってみるとこれだ。
怒らないからと前置きをした奴が怒らなかった試しがない。
これもパワハラだと、俺は思う。
「俺が気絶させた男子生徒、モルノティエ君が俺を馬鹿にしたことが頭にきたからです」
「その程度の逆恨みで取り乱すな。馬鹿者めっ」
「いたっ」
そらみろ。俺は頭をはたかれた。
ケイル=モルノティエ。今日、お前のせいで散々な目にあってる人間がこの世に一人いたのだと、心しておくことだ。
「まったく。その手のことは日常茶飯事だろ慣れろ。お前は曲りなりにも対抗戦で入賞しているんだぞ。モルノティエが何ともなかったから良かったものの」
「俺は頭をはたかれて全然良くないで――――」
「口答えするな」
「――――いたっ」
くそう。メルヴィンめ。なまじ相手が教師なだけに、反論しにくい。
その時だった。
バッコオオオオンッッ!!!
校舎の外で激しい爆発音が鳴り響いた。
「!!?」
しかしメルヴィンは落ち着き払った様子。
「せ、先生。今のは?」
「ん。決闘でもしているんだろう。この時間に決闘をすると申請があった」
「はあ、決闘・・・・・・」
「ウサギが決闘を申し込まれたそうで早くも噂になっている。なんでも負けた方が勝った方の言うことを聞くという賭けまでしているらしい」
「え」
「ん、どうした」
「いや、ちょっと僕も気になるんで見に行ってもいいですか」
「ああ、言いたいことはもう済んだ。行ってよし」
「ありがとうございます。じゃ」
ウサギの正体をクシャトリアに任せるのはこれだから嫌だったんだ。俺が熱で倒れている間のことで関知してなかったとは言え、こうなるのは避けたかった。そしてまさか魔法による私闘を禁じているだけで、正式に認可が下りた決闘は許されるなんて。
何はともあれ、そしてクシャトリアの相手が誰であれ、俺の魔力はクシャトリアによってゴリゴリ削られていく。もう決闘は始まっているのだ。
クシャトリアは王級の精霊だが、身体強化しか使えない。その身体強化自体、驚異的な威力なんだが、それを封じる魔法を使う魔法使いが相手だったらまずい。
そう、例えば遠距離攻撃を得意とする魔法なんか使われては、クシャトリアが勝てないとまでは言わないが不利なことに違いはない。
どうする。
対抗戦のときのように俺が遠距離でサポートするか。
先程の爆発音の方向に足を速める。
職員室は本館の一階にある。窓は南側を向いていた。その窓の西の方から爆発音が聞こえて、煙が立ち上っているのが見えたから、おそらく漢字の口の字をした本館の建物のすぐ西で決闘があったはずだ。
思えばそこは石畳の地面が続く、広間だった。
教員たちは暗黙の了解で、生徒たちにそこを決闘の場として与えていたのかもしれない。
そんな風に思案を巡らせているうちに、本館西側の広間に到着した。
たくさんのギャラリーが直径五十メートルくらいの大きな輪になって、決闘をする二人を囲んでいる。しかし立っているのは一人の女子生徒だけだった。俺は大盛り上りしているギャラリーをかき分けて、その様子を確認する。
クシャトリアはどこだ。
やっとギャラリーの前に出られた俺は目を疑った。広間の石畳をことごとく砕いた跡。忽然と現れるクレーター。そして。
そのクレーターの真ん中で倒れている、体の所々を氷漬けにされた黒髪の女子生徒。
クシャトリアだった。
気絶しているようで、ピクリとも動かない。
「うおおおおお!! あのウサギに勝った!!」
「なんて魔法なのかしら!!」
「それでいてとっても綺麗」
どうやらたった今、決闘が終わったようだ。一足遅かった。
というのは置いといて、今はクシャトリアだ。
俺が職員室で爆発音を聞いてからそんなに時間は経っていない。せいぜい五分程度だ。その間にこの王級精霊はやられたと言うのか。
相手は誰だ。
上級生か?
それでもクシャトリアに勝てる者などそうそういないはず。
三十メートル程先にいる決闘相手の女子生徒を見た。
右手に杖を持っている。なぜか、本来その杖の先端に付いているはずの魔石がない。魔力の増幅はできない。でもその魔石がないせいで、魔法の属性はわからなかった。
決闘の勝利に喜ぶでもなく、胸を張るでもなく、はしゃぐでもなく、ただただ無関心に立っている。
冷気を纏っており、ここまで肌寒さが伝わってきた。
そして冷気の風にたなびく綺麗な銀髪。
それには見覚えがあった。
つい今日の昼休みにも顔を合わせたばかりの女子生徒。
「さすがミレディさんだ!」
「これなら来年の対抗戦も優勝間違いなしね!」
「『魔石なし』の魔法使い、噂通りだな・・・・・・」
「こっち向いてー!」
その女子生徒はこちらに目を向けた。
もう間違いなく、それはミレディだった。
「きゃーッ! こっち向いた!」
俺のとなりの女子生徒が叫ぶ。耳が痛い。
「きゃー! きゃー! こっち来たッ!」
となりの女子生徒は嬉しさのあまり卒倒してしまった。俺はそれを体で受け止めた。ミレディは俺の前まで来て足を止めた。無表情で確信はもてないが、心なしか、不機嫌そうに見える。
俺はミレディに向き合うために、女子生徒を他のギャラリーの人間にそっと頼む。
ミレディの無表情から不機嫌さは消えていた。
「アスラ、私、決闘をしたわ。彼女、クシャトリアっていうのね。そこそこ強かったわ」
澄ました顔で言うミレディは傷一つどころか、汚れ一つついていない。
「そうかよ」
俺はこの事態になんて返したらいいのかわからず、相槌を打った。
「彼女と賭けをしたの。負けた方は勝った方の言うことを聞くって」
「知ってる」
「負けた方はもう二度とアスラに近づかないっていう賭けよ」
それを聞いて俺は少しおののいた。
それきり、ミレディは何も言わない。
こちらの様子を伺っているようにも見える。ギャラリーもそれに釣られてか、静まり返っている。
白衣を着た学園の職員が、クシャトリアを運び出し始めた。
その様子を眺めて十数秒後、ミレディが口を開いた。
「ここは人が多いわ。場所を変えましょうか、アスラ」
俺は、ああ、とだけ頷き、ミレディの後をついていった。ミレディが通ると、自然と人の輪が割れる。
それに見向きもしないミレディはとても堂々としていた。
いや、それとも他人に関心がないだけか。
無表情も相まって、何を考えているかまったくわからない。
ミレディの後をついて行き、寮に辿り着いた。
男子寮と女子寮が唯一繋がっている一階のフロアにはラウンジがある。放課後の時間、ラウンジには人が少なかった。チラホラ見えるくらいだ。ここに来る途中、訓練棟、俺とクシャトリアが編入試験をした建物で、魔法を放つ激しい音が聞こえた。そこで自習をしている生徒もいれば、クラブなどの活動をしている生徒もいると聞く。
期せずして、静かに二人で話ができる。
適当なソファに向かい合って座った。
「で、なんだ。話があるんだろ」
俺は少し強い口調で言った。少し、クシャトリアのことが気にかかる。
「ええ」
また黙った。それから数秒後。
「九年前のこと覚えてる?」
「九年前?」
九年前と言えばまだ屋敷にいた頃だ。書庫でしょっちゅうミレディと顔を合わせていたが、俺はそのときの本の内容しか頭に残っていなかった。
「いいや。九年も前のことはあんまり」
「・・・・・・そうよね」
いつも無表情のミレディは、いつになく落ち込んだ表情をした。
「私ね、『魔石なし』っていう二つ名があるの」
「杖のことか?」
話が変わった。さっき見せた表情以来、また無表情が続く。
「ええ。その魔石、あなたに渡したものなの」
「これか」
俺はおもむろに首にかけた青い魔石のペンダントを取り出した。これのことは覚えている。屋敷を追い出されたときにミレディに渡されたものだ。ずっとつけているからもう傷だらけだ。
「毎日つけてるぞ。首にかかっているのが気にならないくらいに馴染んだ」
今度はミレディの顔が赤くなった。目元まで赤くなるから泣いていると思ってしまったぐらいだ。
今日のミレディは珍しく、表情がころころ変わる。
「それね、私のこと忘れて欲しくないなって思って渡したの」
「ああ、ちゃんと覚えてるよ」
「うそ。忘れてるわ。ちゃんと思い出して。私が言ったこと」
ミレディは、すっと立ち上がった。
「また明日、会いに来るわ。その時はお茶でもしましょう」
俺の返事も待たずに、ミレディは女子寮の方へと、ラウンジを抜けていった。俺はその背中を見送る。
不意にミレディの手が目元に当てられた。後ろからではっきりとはわからないが、とにかく前を見ていなかったらしく、前から歩いてきた男子生徒にぶつかりそうになった。
ごめんなさい、とミレディの声が遠くから聞こえる。それきり、ミレディは女子寮の方に消えていった。
そして前から歩いてきた、さっきミレディにぶつかりそうになった男子生徒が俺に迫ってきた。凄い形相で。
「おい、てめえ卑怯者じゃねえか。フォンタリウスに何したんだ。彼女泣いてたぞ。またてめえ悪巧みするようならただじゃ――――」
なんだ、よく見たら朝気絶したケイル=モルノティエ君じゃないか。だめだよ、乱暴な口をきいちゃ。特に君のせいで今日俺はメルヴィンに二回も頭をはたかれたからね。また眠ってもらうよ。
俺はミレディが泣いていたと聞き、胸がチクリと痛んだ。何か、彼女に関して忘れてしまっていることがあるのだろう。
また、明日ミレディと顔を合わせづらくなってしまった。




