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第三十四話 自己紹介

「そんな、嫌だ。なぜアスラと私はクラスどころか学年も別なのだ?」

「いや、おまえ明らか俺より見た目年上だからだよ。ま、精霊だって気が付かれなければ、俺はそれでいいから」

「後生だ。何とかしてくれ」


 懇願するクシャトリア。

 どこの精霊に後生があるのやら。


「こればっかりはな」

「・・・・・・」


 俺は困った顔をわざとする。クシャトリアはこれにかなり弱い。

 結果的に教師に言い渡された学年は俺が第8学年。今年から対抗戦に参加できるようになった13歳の学年だ。そしてクシャトリアが第12学年。17歳の生徒が集まっている。

 クシャトリアは見た目だけで言えば、十分若い大人で通用するそれだ。


「じゃあ、また放課後に」

「次の休み時間だ」

「へ?」

 俺は我ながら間抜けな声を出したなと思った。


「次に会うのは放課後ではなく休み時間だ」

「そんな小刻みに会わなきゃダメなのか?」

「不満なのか?」

 不満という訳ではないが、もっと他に会いようはあるだろうに。

「とにかく、クラスの件については諦めろ」


 不満かどうかについての答えは返さずに捨て置く。

 クシャトリアは返事はせず、眉をひそめ、口を尖らせるだけで、他に何も言わずに俺の前を去って行った。

 なんなんだアイツは。去り際に体を(ひるがえ)した動きに合わせてさらさらと舞う髪が綺麗だったことぐらいしかわからない。考えが読めなかった。



 俺が今年度から入ることになったクラスの教室の壁に小さく吊るされた札には『D』と書かれてある。

 緊張気味の自分を平静を装うことで隠す。

 教室の扉をがらっとスライドさせて開けると、中にはなかなか広い空間が広がっていた。

 大学のキャンパスを思わせる、惜しみなく場所を使っている長机。机1つにつき2つの椅子があり、2人掛けにしては大きすぎる長机だという印象。ひな壇状に5段ほどの段差が設けられていて、そこを2つの階段が貫いている。

 階段の両脇に長机があり、全部で長机が20個ある計算になる。



 ひな壇状の長机群の前には教卓と黒板があり、黒板に席順表が貼り出されていた。

 俺の席は4段目の、教壇から見て右中間にある。

 教室には俺の他に2人の生徒がいる。かなり早い時間の登校となった。明日からは朝まだまだ眠れそうだ。

 俺は席について、荷物を足元に置く。荷物と言っても今日は始業式のみで、ペンや学生証などが入っているだけだ。荷物としてはとても軽い。

 椅子の座り心地はまあまあだった。木製の椅子で、ひじ掛けと背もたれがある。まあまあだった。

 


 それから30分間は暇だったので、まあまあな椅子のひじ掛けに頬杖をついてみたり、ぎこぎこと椅子の脚を2本のみにして揺れてみたり、椅子とのコミュニケーションを図っていた。



 教室の机を人が埋め尽くしたころ、俺のすぐ左横の階段で立ち止まった男がいた。


「お前アスラだろ、卑怯者のアス―――――」


 俺の隣で男子生徒が一人倒れた。察するに、体内の鉄分を操作されて血液が脳に行かなくなってのことだろう。かわいそうに。

 俺は生意気な子供が嫌いだ。子供のナリで何ほざいてやがる、と思うかもしれないが、嫌いなものは嫌いなのだ。あの青い猫型ロボットがネズミを嫌うのと同じ。



 この魔法は俺が使い手だとバレないのがいい。もっとも、すでに対抗戦でお披露目してしまっているため、俺が犯人だということは自明の理だが。

 

 そこで、鐘の音が響いた。この部屋の屋外から聞こえてくるゴーンという音。

 教会で鳴っていれば雰囲気ぴったりだと思う。


 すると、鐘の音に合わせるかのように教室に大人の女が入ってきた。


 失敬。今の表記は完全に異性として見てしまっているな。改めて、女教師が教室に入ってきた。

 ルビはジョキョウシでも、オンナキョウシでもいい。個人的には後者の方がそそるが、そこは任せる。

 とにかく、教員が入ってきた。


「おはよう。今日からこのDクラスを担当するメルヴィンだ。よろしく」


 メルヴィンと名乗った教員は、見るからに良い腰つき・・・・・・げふんげふん。

 見るからに、俺とクシャトリアの編入試験を担当した女だった。

 黒縁のメガネに、青い髪。女性物の黒いスーツのような服。それにきりっとした目鼻立ち。

 見た目、性格がキツそうだ。 


「早速だが、先生からみんなに質問がある。そこの通路に何故、男子生徒が倒れている? 答えろアスラ君」

「先生、みんなに対する質問ではなかったのですか?」

「減らず口をたたくな。いいから答えろ」

「たぶん、おそらく、おれ・・・・・・いや、僕が思うに、貧血ではないかと・・・・・・」



 俺は嘘は言っていない。

 俺が引き起こした症状とは言え、貧血には変わりない。脳に行くはずの血液が足りないのだ。れっきとした貧血だ。


「ふむ。そうか。ありがとう、アスラ君。放課後職員室に来なさい」



 俺の口はたぶん、今必死に笑おうとして歪んでいる。

 最初から俺を職員室送りにするつもりだったのだ。あのメルヴィンとかいう教師とここに倒れている生徒はグルなのでは? とすら被害妄想できてしまう。


 その後、何人かの教員に抱えられて、倒れていた男子生徒は教室から運び出された。

 それにしても意識がなかなか戻らなかったな。倒れた直後には血流は元に戻したというのに。

 俺は死んでないことを願いながら、運ばれる様子を見送った。



「さて、今日が始業の日だ。式をとり行う。各自、屋内訓練場に集まること。それでは解散だ」



 切り替えが早いのだろう、メルヴィンはそれだけ言うと、さっさと教室を出て行った。

 

 はっきり言って、これだけの数の生徒が誰一人として規律を乱さずに、時間通りに集合するということは、それだけで凄いことだと思う。

 日本の高校生でも、こうはいかないだろう。

 式、というのは、いわゆる始業式で、どうせ校長の長いグダグダした話があるのだろうと、内心げんなりしていた。


『初めに、学園長のお言葉を頂きます』

 司会の声が音響で響いた。


 しかし、この学園の式というものは、なかなかおもしろかった。

 なんと、校長の座である、学園長が女だったのだ。日本ではなかなか見ない光景。しかもプラチナブロンドの美人。

 もう少しで気分じょうじょうじょう、と歌い出していたかもしれない。危なかった。

 

 講壇に上がってきた学園長は、箸のような長さの杖を取り出して、それを喉に当てた。

 

「おはようございます、生徒のみなさん。今日は天気も・・・・・・」


 まるでマイクで話しているかのような、音響の効いた声だった。杖がマイクの代わりなのだろうか。そう言えば、この式の司会の声や、対抗戦の時の実況の声もこんな感じだっと思い出す。

 そしてもう一つこの声を聞いて思い出したことがある。

 それは俺がこの学園長の声に聞き覚えがあるということ。


 こいつはゼミールだ。ミレディの母親。



 遠目にしか見えないが、ゼミールだと思い始めると、その姿恰好も彼女のものに見えなくもないような気がしてきた。特に銀髪が決定打だった。




 学園長、もといゼミールの話は手短に終わった。この学園には6歳から23歳までの生徒を抱えている。低学年の方から緊張が解けて、ざわざわとしてきた頃合いを見て、去り際を上手に掴んでいた。


 話の内容は、魔法の技術向上に努めようとか、そんなんだったような気がする。



『生徒会長からの言葉』



 司会の声を聞いた途端に、この式場がにわかに騒がしくなった。

 登壇したのは、ブロンドの髪をふわっとカールさせた、十代後半から二十歳ぐらいの女子生徒だった。

 その姿を見た式場の生徒たちは、一気に騒がしくなる。


「セレア生徒会長!」

「今日もお美しいですわっ」



 どさくさにまぎれて、よ、いい乳してるぞ、とか叫んでも許されそうな盛り上がりだった

。いや・・・・・・許されないか、そうか・・・・・・。あたりまえか・・・・・・。


 まあ、ともかく、凄い人気があるには変わりない。


 その証拠に、生徒会長が喉に杖を当てると、生徒たちは息を合わせて静まり返った。物凄い統率力だな。



「みなさん、おはようございます。生徒会長、セレア=クレイドルです」


 高い、よく通る声だ。


「1学年のみなさんははじめまして。あと、編入生のおふた方も。初めての学園に戸惑うこともあるでしょうが、我々はみんな仲間なのです。助け合いのあるこの学園なら、すぐに馴染むことでしょう」



 助け合いか。今日来ていきなり卑怯者と言われかけたのだが、それも一種の助け合いだろうか?

 クシャトリアはいいだろう。ここ最近見る限りでは、要領よく人との距離を詰めている。

 ところがどっこい。もう一人の編入生は初日から悪目立ちをしてしまったよ。

 どうなるんだろう俺。


 その後も、生徒会長のセレアは心に染みる言葉をつらつらと並べ、過不足なく生徒会長なお言葉だった。




*******




「ケイル=モルノティエです。適正魔法は火属性。特技は対人戦で・・・・・・」





 自己紹介なんて高校以来初めてだ。

 生徒会長セレアの力説が終わると、生徒たちはわかりやすく、一気にお通夜ムード、とまではいかないが、目に見えてだらけた雰囲気だった。その後、早々に終わりを迎えた。

 そして教室に戻ってみると、ご覧の有様だ。


 自己紹介? 何言ってんの?

 と言うより、俺は何を言えばこのクラスに受け入れてもらえんの?

 もう何を言っても無駄な気がする。それほど、俺の評判は予期せず、俺の意に反して、不本意甚だしく、地に落ちたということだ。残念でならない。

 第二の人生初の学生生活の今後を左右するイベントだ。ここで少しでも好印象を与えなければ。



 ちなみに今自己紹介した生徒は、始業式前に俺に失神させられた男子生徒でもある。

 死んでなくてなによりだ。



「次、ローマワイズマンワンドトーリカコリス」


 メルヴィンは俺の前の席の女子生徒を呼んだ。

 その女子生徒は教壇の方へ階段を下りていく。


「はい、ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスです。適正魔法はありません。よろしくお願いします」


 お、ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんは無属性魔法使いなのか。

 なんだか身近に同じ適正魔法のない人がいると心強いぞ。ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんか。

 ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさん、どんな人なんだろう。

 


 黒い髪を肩までのショートできれいなラインに切り揃えていて、見るからにさらさらした手触りをしていそうだ。しかし俯きがちなため、前髪が目を覆ってしまっている。

 全体的に黒い印象を与える子だ。

 若干見える白い肌がより黒を引き立たせていた。



 ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんと一度無属性魔法の知識を共有してみたい。ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんも無属性魔法のことをどう思っているのだろうか。ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスは俺とは違う種類の無属性魔法なのだろうか。ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんは初めての俺以外の無属性魔法使いである。ロイア=ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんは・・・・・・・。



 ・・・・・・名前長いな。

 それが第一印象だった。



「ではローマワイズマンワンドトーリカコリスの後ろ、アスラ。お前の番だ」


 メルヴィン、よく噛まずに言えたな。

 俺は教壇へ向かう。ローマワイズマンワンドトーリカコリスさんとすれ違った。


「アスラ、お前はファミリーネームがないな。理由は学院長から聞いている。好きなように名乗れ」

 メルヴィンは俺に耳打ちした。

 彼女なりの気遣いなのだろう。


「ありがと」

「ありがとうございます先生、だろ。言葉に気をつけろ」

 ゲンコツが頭に降ってきた。


 格好のつかないスタートだ。


 嫌な目つきでこちらを見てくる生徒もいれば、俺の悪い噂と俺自身が当てはまるか吟味するように興味深く見てくる生徒もいた。

 俺は少し緊張気味に短く呼吸する。



「こんにちは。アスラだ。家庭の事情でファミリーネームはない。みんな知っての通り、適正魔法はない。悪い噂もあるようだが、俺は嫌なやつではないつもりだ。よろしくたのむ」



 言えた。無難であたりさわりのない、自己紹介らしい自己紹介が。


 そこで手を挙げる生徒がいた。

今回の話は短めです。

最近、別途作業が立て込んでおりまして、なろうの方の更新が遅れたり、話の進行が悪かったりします。


申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください。

今後とも、よろしくお願い致します。

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