第三十三話 エリカの仕立て屋と入学
対抗戦から1週間は編入の準備で慌ただしい日が続いた。
教科書や寮生活で必要となる雑多なものはすべて学園側が揃えてくれるという至れり尽くせりの待遇なワケだけど、それでもこちらで買っておかなければならない物は多かったように思える。
衣類から始まり、懐中時計といったような小物まで。
今になって考えてみると、俺とクシャトリアの持ち物には生活感のある物はかなり少ない。
でもそれも当然か。
なんせ洞窟とかいう生活感の「せ」の字もないような所で2年も暮らしたのだ。
いくらこの世界の文明が地球と比べて遅れているとは言え、人類として大丈夫かと心配するほどの野生満ち溢れる生活だった。
それも元地球人の俺にしてみれば尚更だ。
割と洞窟で暮らす意味ってなかったんじゃ・・・・・・。
いや、考えるのはよそう。過去の俺がアホっぽい。
まあサイノーシスの効果があったから仕方がないっちゃあ仕方がないのだが。
そんなこんなで今日は編入前日。クシャトリアと服を見に来ていた。
俺たちには金があった。クシャトリアが対抗戦で優勝して勝ち取ってくれた賞金だ。金ならある、と嫌味なことを俺が口にする日も遠くない。
都市ウィラメッカスの商業区は、その都市の外周を円状に囲んでいる。
丸い区画の商業区の中を商店街となるメイン道路が1本貫いている。もちろんその道路も商業区をぐるっと1度に回るために設けられているものである。
俺とクシャトリアはその道路に並ぶ店をぶらぶらと無気力に眺めながら進んでいた。
「なあクシャトリア、服って何を買えばいいんだ?」
「部屋着とかじゃないか?」
「寮室の?」
「あと普段着とか。・・・・・・それにしても」
「ん?」
クシャトリアはふと立ち止まり、何やら真剣な面持ちで周囲を流し見る。
「なんか注目されてないか?」
「そりゃあ、お前クシャトリア。対抗戦では向かう所敵なし。みんなの憧れの魔法使いウサギその人がいるんだ。いい注目の的だ」
その証拠にほおら。道行く都民の話題はウサギで持ちきりだ。
「ねえ、あのウサギと一緒にいるのって敵前逃亡のアスラじゃない?」
「やだ。陰険さがうつったらどうしよう」
「ホントホント。小悪党ぶりではあいつの右に出る者はいないわよ」
通りすがりの婦女子の会話がそろっと耳に入っただけなのに何故だろう。もう死のっかな、と思うのは。いいことないしモテないしやること成すことほとんど裏目に出るし、もういっかな。
自殺声明を心の中で展開している俺に比べて。
「きゃーっ、ウサギよ! どこへ行くのかしら」
「きっと私たちでは考えも及ばないんじゃないかしら」
「お、ウサギだ! 今度剣術教えてもらえねえかな」
「そうだな・・・・・・俺も鎖鎌使ってみようかな」
「いや、もうあんなトリプルエークラスの美人に教えてもらえるなら何でもいい」
街ゆく人たちは口々にウサギという対抗戦の王者に期待を膨らませ、憧れ、尊敬する。
魔法使い皆が憧れる正真正銘、圧倒的な強さを誇るヒーローと。
かたやイカサマまがいな魔法で相手の魔法使いを棄権においやり、誇りと尊厳を踏みにじりながら勝ち進んだくせに、学園編入の資格を得た途端に試合を辞退するという目的のためなら手段を選ばない卑怯者。
そんな不釣り合いな2人が商店街を闊歩しているのだから、良い意味でも悪い意味でも自然と注目を浴びる。
なんせここウィラメッカスでは対抗戦の話題で持ちきりなのだ。
対抗戦の出場選手であればウサギでなくとも、嫌でも注目を浴びることになる。
「いや、アスラも注目されているようだ。私はお前が人気者で嬉しいぞ」
「声を弾ませて皮肉るな」
「??」
ち。この天然め。
でもその小首を傾げる可愛い仕草に免じて許してやろう。
取り留めのない会話をしながら1本の道路からなる商店街を進む。商業区を1周してしまう前にとっとと買い物を終わらせて休みたい。ただでさえ病み上がりなのだ。
とまあ、心配してみたが、クシャトリアがいれば店側から嫌でも声を掛けられる。
「おい、俺さ、あんたをリスペクトしてこの仮面作ったんだよ! どうだ? 本物みたいだろ? 1つ買っていかないか?」
「あんた、ウサギの仮面してた人だろ? ここで服を買っておけば学園に入ってから役立つはずだ。どうだい?」
左手の屋台をご覧ください。
ウサギの人気にかこつけて、ウサギの仮面のレプリカやグッズを急に販売し始めた店です。
そして右手に見えますのは、ウサギが人気になるや否やここぞとばかりにウサギに取り入ろうと必死な店です。
「いい。服はアスラに選んでもらうから」
俺とクシャトリアが立ち止まったメイン道路の両脇に並ぶ店の店主がぎょっとするのが見えた。
その騒ぎで、俺たちの周囲に、都民がなんだなんだと興味をひかれてわらわらと集まって来る。
「ウソだろ!? なんでこんな対抗戦始まって以来の卑怯者と一緒なんだよ!?」
「ていうか、そもそもウサギとこいつはいったい・・・・・・」
「恋人だ」
「だれがだ」
以前、王都でコールソンと話した時は、まだクシャトリアの動向を解放軍側に知られてなかったから調子を合わせて愛人だのなんだのと言ったが、もうクシャトリアの面もわれたことだ。真っ向から否定させてもらう。
しかし精霊だと知られるのも好ましくない。対抗戦で得たせっかくの学園編入の権利が、精霊の参加というルール違反で水の泡になるのは避けたい。ほどほどにしよう。
だがしかし、俺とクシャトリアによる寸劇に、周囲は戦慄を禁じ得ない様子。
「そ、そんな・・・・・・ばかな」
「こんな完璧な人が、こんなごみくずと?」
そんな感じの愕然とした声が多く聞こえた。
そうやって周囲を萎えさせると、自然と俺たちにかかる声も少なくなったように思える。
その方が俺とクシャトリアはより自然体でいられる気がした。
いや、クシャトリアは自然体じゃなかった。それを治すために学園に行くんだ。遊びじゃない。
俺は編入を前に、不意に気を引き締めなければいけない気がした。
そう、遊ぶのはクシャトリアのサイノーシスの効果が中和された後だ。
よくよく考えれば前世ではこんなに学園というものにわくわくした記憶がない。
思えば灰色の高校生活。
思えば大学中退。
友達はいつもパソコン画面の中に。
年甲斐もなく、やたらと気分がはずむ。
クシャトリアの服も嬉々として選んでやろうってもんだ。
やはり周囲の視線は絶えないが、ぼちぼち足を進めると小洒落た服屋が目に留まる。
『エリカの仕立て屋』と書いた看板があった。
エリカ・・・・・・。どっかで聞いた名前だ。
まあいい。これまで見てきた店になかったような、どちらかというと日本にいたころのファッションに似た服が並んでいる。
ジーンズ調のズボンや、生糸で編まれたシャツ。どれも着心地がよさそうだ。
もう歩くのも疲れたし、この店で服の買い物は済ませよう。妥協点だ。
「クシャトリア、この店なんかどうだ?」
「いいんじゃないか?」
まあクシャトリアが俺の意見に反対するわけないか。それがわかっていながらも、聞いてしまう俺は、心のどこかでクシャトリアを独占しているという全能感に近いものを味わっている。
・・・・・・ちょっときもいな。やめよう。
「いらっしゃい」
店に入ると若い店員が出てきた。
金髪を左右で長いツインテールにして垂らしている。
髪を揺らしている仕草はちょっと可愛いと思った。
「あ・・・・・・」
と、クシャトリアが店員に指をさす。
「あ、あんた・・・・・・」
と、店員の子は俺に指をさしてきた。
「なに、クシャトリア。知り合い?」
「いいや。知り合いというか、対抗戦でお前の対戦相手だった娘じゃないか。ほら、アスラの気絶する魔法で最初のエジキになった哀れな女」
「え、いたっけそんなん」
クシャトリアは俺の試合中に魔力提供するため、観客席で俺の戦いを見ている。それで覚えているのかもしれない。
しかし俺の記憶の中には、一向に見つからない。
すると今度は店員の女の子が怒鳴り声で答えた。
「いたわよ! 今年こそは決勝トーナメントいけると思ったのにっ! あんたのせいで1年の努力がオジャンよっ!」
「ああー。俺のこと挑発するだけ挑発して瞬殺されたコーデイロさんね。思い出した思い出した」
「ヤなことで関連付けて覚えてんじゃないわよっ!」
「あっさりしすぎて忘れてた。まるで記憶に残らない料理の前菜のような女だな」
「う・る・さ・い!」
「風属性魔法使いだっけ?」
「土よ! 土!!」
なんだ。話してみると面白いヤツじゃないか。なんかこう、いじめたくなるような感じの。
エリカは肩で息をして、顔を真っ赤にしている。
「あ、あんた。私をからかいにきたの? ウサギを連れてるせいでここらへん大騒ぎよ」
「いや、編入前に服を買いに」
「そ。じゃあ一応お客なわけか。いいわよ。見繕ってあげる。私に勝てたご褒美よ」
「格好つかないご褒美だことで」
「うるさい」
「いた」
耳をぎゅっとつままれた。軟骨の所が妙にジンジンする。
「さっさと選びなさい」
「客に対する態度としてどうよそれ」
「ウサギ、これなんかどうかしら? あなた美人でスタイルもいいから、これも似合うかも」
客の対応に温度差がありすぎる。俺の抗議は一蹴された。
「私は便宜上ウサギという名になっているが、本当の名前はクシャトリアだ」
「へえ。かっこいい名前。私はエリカ=コーデイロ。よろしくね」
女子同士は仲良くなるのが異常に早い。しかしそれを女子力とかで片付けるのは片腹痛い。
これは俺という反乱分子がいるから、女の子は女の子同士で仲良くなれるのだ。
明確な敵がいれば、仲間はより一層団結が深まるものだ。
でもまあ、クシャトリアは敵でもなんでもない。俺の契約精霊だ。サイノーシスの効果が続く限りは俺の仲間のはず。
ふん。まあいい。
仲良く服の選びっこしてろ。俺は勝手に服を手に取って、肩の位置を合わせ、サイズを大雑把に測る。
この店内はログハウス調で、木の家をイメージした内装だ。カジュアルな服から子供向けの服まで。ざっと見たところ若者向けの店のようだ。そりゃ店の名前がこんなに若いお嬢ちゃんなら需要と供給は必然的に若者に目を向けた商品が増えるだろう。
数分後。
俺はある程度目ぼしい服をキープして、エリカとクシャトリアの声がする方へ向かう。
「おい、もういい・・・・・・か・・・・・・」
息が詰まりそうになった。
そこには平成の日本らしいファッションに身を包んだクシャトリアがいた。
東京のガールズなコレクションでモデルウォークをすれば間違いなく他のモデルなど目じゃないくらいの美しさ。
しばらく呼吸をするのも忘れて眺めていた。
白いカーディガンのしたにはやわらかい緑のシャツ。シャツは体のラインを強調し、カーディガンは全体をふわっとした印象を与える。ブラウンで短めのパンツにニーソックス。パンツとニーソで若干露出した太ももに嫌でも目がいってしまうほど主張的だった。
「きれいだ・・・・・・」
思わずこぼれた俺の本音。
「ッ・・・・・・!!」
一気に赤面するクシャトリア。
「なに、あんたらデキてんの?」
ひやかすエリカ。
そこではしばらく夢のような時間が流れた気がした。少なくとも俺とクシャトリアの間には。
******
「へえ。あんた結構センスいいじゃない」
エリカは俺が選んだ服を見て、そう言った。
当たり前だ。
俺はユニ〇ロオンリーでもそこそこ、ユニク〇に見えないようにブランド物っぽくコーディネートする技術がある。
あまり自慢できたものではないが。
安上がりで貧乏な俺が別に誰に見せるわけでもないのに高めた服のセンス。
いつ空から美少女が降ってきてもいいようにとか考えてのことだ。悲しいかな、それが十代の俺だ。
「アスラは何を着てもかっこいい」
「ひわわわ」
横から急に抱きついてくるクシャトリア。さっき褒めた自分の精霊に褒め返されて、さらに密着されて鳴き声を上げる俺。
「んむぅ」
「ひわわわわわ」
さらに顔をうずめてくるクシャトリア。動揺して目を泳がせる俺。クシャトリアのこういうのには慣れたと思っていたのに。
「あんたたちホントに仲がいいわね。うらやまし」
「なんなら俺のこっち側に抱きついてもいいんだぞ」
「ばかなの? 百歩譲って抱き着くとしてもクシャトリアに殺されそうだから遠慮しとくわ」
俺たちはひとしきりはしゃぐと、そろそろ帰るとエリカに告げた。それを聞いたエリカは店の前まで見送ってくれる。
「また来てよ。案外楽しかったわ」
「というか学園で会うだろう?」
「んー、学年が違うし、それに・・・・・・」
クシャトリアの言葉への反応に困るエリカ。今まで快活そうだった彼女の顔に、一瞬陰りが見えた気がした。
「それに?」
「あんまり学園では会いたくないかな。なんて」
「??」
俺とクシャトリアはその言葉の意味を理解しかねる。そこにどういう意図があるのかわからなかった。
「いやだってほら。アスラ、あんたみんなに嫌われてるのわかってる!? そんなやつの近くにいるなんて願い下げよ」
異様に元気そうに笑うエリカ。変に声を張り上げて笑っている。どことなくだが、違和感を覚えた。
「エリカ、それは今日も同じ気持ちだったのか? アスラといて嫌だったか?」
クシャトリアが尋ねる。するとエリカの笑い声が、急にのどに詰まったように止んだ。とうとう眉をハの字にしてしまうエリカ。やはり何か裏があるように見えた。
「そう、じゃないけど、でも・・・・・・」
言葉に詰まるエリカ。
どんどん顔が下を向き、俯いてしまった。
んー、こんなの俺のキャラじゃないと思うんだが。
「はっ その嫌われ者に負けちゃったのはだあーれかなぁ?」
「う、うるさいわね! この卑怯者! 早く帰れ!」
「・・・・・・」
俺はエリカを揶揄し、エリカは顔を真っ赤にして怒鳴った。クシャトリアはその様子をただ無言で無表情に見守っていた。
「じゃあな」
「2度と来るなぁ!」
そうして俺はクシャトリアと店を後にした。
宿に帰る道中、クシャトリアが尋ねてくる。
「よかったのか?」
「なにが?」
俺は間髪入れずに聞き返した。
クシャトリアは諦めたように溜息をつき、俺の腕を抱く。俺はというと、なんだか全てをクシャトリアに見透かされているような気がしてならなかった。
編入前日は妙な空気になってしまい、そのまま流れるように編入当日を迎えてしまった。
******
暑くもなく寒くもない。しかし半袖を着るには春風が少し肌寒く、厚着をしようとすると、目に留まる桜がそれを許さない。そんな気候。今日は晴れだった。
昨日かった服で俺とクシャトリアは宿をチェックアウトして、ウィラメッカスの中心部、エアスリル魔法学園に向かう。
門を抜けると、試験を受けた建物を真っ直ぐ通り過ぎてその先の横に長い建物に入る。
「職員室ってここじゃないか?」
俺たちが入った建物。これが本館だ。編入のガイドブックに書いてあった。横に長いが、奥にも長い。漢字の口の形の建物であり、建物に囲まれた四角い場所は中庭になっているのだという。
その本館の1階部分。
職員室で寮室のカギを貰いに来た。
そこで、ちょうどタイミングよく、中から女性の教師が出てきた。俺とクシャトリアの編入試験を担当した人だ。
「おそいぞ。一体何分遅れたんだ?」
「すみません。朝食後に便意を催し、それで――――――」
「ああ、もういい聞きたくない。とにかくこれが鍵だ。なくすなよ」
投げやりに鍵をよこしたその教員はすぐに職員室に引っ込んでしまった。きっと俺たちは面倒に思われているに違いない。
仕事とはいえ、子供を預かるのだ。しかもその中に今日から問題児が2人。中でも俺は問題児が異世界からやってくるそうですよタイプの人間だ。別の世界ですでに修業を終えている。
きっと俺は可愛げのない子供だと思われているに違いない。
本館を入ってきた方とは逆の出入り口から出て、見えてきたのは左右に並ぶホテルのような建物だった。
その2つの建物は外観がほぼ同じで、建物同士の一階のフロアをドームが中央でつないでいる。2つの建物の接点はそこだけ。
あとは互いに独立した建物だ。
「あれが寮棟か。クシャトリア、お前は女子寮だから右だ」
不満げに唇を尖らせるクシャトリア。
俺たちは入寮するには荷物が少ない方とは言え、生活するだけの物があるのだからそれなりの量はある。
それを口実に。
「荷物重いだろ。寮に一旦入って、荷物置いたらまたここで落ち合おう。どうせ始業式には一緒に行くんだ」
「ん・・・・・・」
なおも不満が残るのか、釈然としないような表情でトボトボ寮へ歩いて行った。
さて、俺も寮へ向かった。
寮室は個室だった。ベッドとテーブル、勉強用の机の上には教科書らしき本がずらっと並んでいる。
広さは6畳ほどで、侵略者が来てもある程度難なく暮らせる面積があった。
見回すとクローゼットもあり、中には支給された制服が入っていた。シックな落ち着いたデザインのブレザーが気に入った。
今日から学園の授業が始まる。俺は早速それに着替えた。
荷物を床に置いたままで、俺は寮室を出た。
かなり荷物の整理をはしょって来たつもりが、すでにクシャトリアが寮棟の前で待っていた。
寮棟の前の噴水の縁に腰を掛けているクシャトリアの制服姿は絵になる。足を組み、足の上に肘を置いて頬杖をしている。
クシャトリアも俺の着ている制服の女子生徒用を着用し、ブレザーのデザインのせいか、いつもより知的に見えた。
「お待たせ。早かったな」
「いや、今来たところだ」
「嘘つくな。そこそこ前からここにいたろ」
どこのカップルだよ。クシャトリアが昨日愛人とか口走ったおかげで、こんなのを聞かれたら噂が加速しそうだ。
「まあいい。とっとと指定の教室に向かおう」
「ああ」
俺とクシャトリアは小走りになって、本館へと足を運んだ。




