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第三十一話 ウサギの正体と満月がのぼる空

時系列が前後しています。

悪しからず。

「お帰りなさいませ、ゼフツ様」

「うむ」



これは2週間前、屋敷に帰ってきたときのことだ。

王都で仕事、ナイト・リベリオンと呼ばれているらしいが、それ以降しばらくエアスリルとレシデンシアの間で解放軍の幹部として仕事をしていた。

エアスリル側には俺がレシデンシアの間者だということは、まだ知られていない。

その間、この屋敷にも何度か帰ってきたのだが、いかんせんノクトアとミレディは魔法学園にいるので家にいても、あまり意味がない。



ノクトアとミレディには、あのルースの子供とは違い、しっかりと愛情を注いできたつもりだ。

2人の母親のミカルドとゼミールはエアスリル国民だ。

だからだろうか、仕事とは一線を引いて接することが出来る、本当の意味で家庭と呼べるのかも知れない。



だけど、その愛情はどこか曖昧だ。

エアスリルとレシデンシアのハーフであるノクトアとミレディは兎も角、純粋なエアスリル国民であるミカルドとゼミールの母国を乗っ取ろうとしている。

なのに、家族だって?



ミカルドとゼミールは、おそらく俺とルースの関係に勘づいている。

2人のことは嫌いではないし、魔法に関しても優秀で、子供のノクトアとミレディもそれを色濃く受け継いでいる。

家族のことは大切に思うが、それは矛盾だ。

どこか虚ろな感情だ。

その原因は俺が家族の母国の転覆を目的としているからだろう。



目的を達成した暁には、エアスリル国民だとしても、家族には優遇措置を講じることが出来るかも知れない。

一番都合が良いのは解放軍に入ってもらうことだが、それは半分諦めている。



目的達成のための対価というのであれば、甘んじて家族を手放そうという考えもある。

所詮その程度なのだ。



だからノクトアが解放軍の入隊を志願した時は驚いた。

今はもっぱら魔法の腕を学園で磨きながら、情報収集というのがノクトアの役目になっているが、俺は純粋に魔法の才能を伸ばして欲しいと思っている。


願わくば、俺と同じ魔法属性のミレディだって―――――




「ゼフツ様、王宮より伝言をお預かりしております」



最近、よくそんなことを考える。

解放軍の動きが本格化してきたことも、要因だろう。

そしてその考えは一時中断で、ソフィが俺に申し送りをしてきた。



「聞こう」


「はい、ラトヴィス国王陛下からです。2週間後に開催される魔法学園の対抗戦についてです。対抗戦日程の最後に国王陛下が賛辞のお言葉を呈する時に、会場の来賓としてゼフツ様にご出席してほしいとか。おそらく王宮勤務の体裁を整えるためかと。いかが致しましょう?」



国王からか。

一応、俺にはエアスリル王国の王宮での地位もある。

解放軍が動きやすくなるための潜入だが、まだこの地位も必要だ。



「わかった。王宮には出席する旨を伝えてくれ」


「かしこまりました」


ソフィは恭しく姿勢よくお辞儀をして、その場を後にした。



2週間後か。

国王が出席する、ということは確実に国王の娘である、姫も来る。

中身はルースだ。



これはナイト・リベリオンの汚名を晴らす良い機会だ。

2週間という期間は少々短いが、少し無理をすれば練られない策ということもない。

勝手に気分が高揚する。



もうこの時には、家族云々のことは頭の中で希薄になっていた。





******




ーーー現在



『さあ、日も暮れて、会場はライトアップされました! でも対抗戦の熱は収まらない! 決勝トーナメント、1回戦です!!』




今日1日、散々喚き散らしたり、大声で叫んだりで観客も疲れていると思ったんだが、そうでもなさそうな今日この頃。

まさにこれからが対抗戦の始まりだと、ここぞとばかりに盛り上がる。

あの後に小休憩を挟んでから、決勝トーナメントが始まった。



私は今回の対抗戦が初めての参加だ。

そして決勝トーナメント進出を遂げることが出来た。

正直、今年でそれが果たせるとは思っても見なかった。

相手に恵まれていたのだとしても、実力は実力だ。

そして嬉しいものは嬉しいのだ。



こうなったら、勝ち進めるとこまで進んでやる。

しかも今回の相手は顔見知り。

この会場で知り合ったのだが、私は魔法使いとして彼をとても尊敬している。




彼の戦い方は一風変わっていて、急に相手を気絶させるというものだ。

それを周囲の人間は良く思っていないが、彼はその自身の弱さを認め、周りを納得させられないのも自分の弱さだと言った。

それは自分の力を認めてもらえなくても、それを次の努力の原動力に変える強さだった。

私はそれを羨ましく思った。




ウサギのような分かり易い強さにも、もちろん憧れる。

あんなに強い魔法使いは見たことがない。

無属性魔法は元来、扱いにくく弱い魔法だと言われてきたが、それを根底から覆したのが、あの仮面の人物だ。

謎の力や正体は、話題性もある。

ああいうのを、カリスマ、とでも言うのだろうか。




しかし、彼――――


アスラというのだが、カリスマとか、魔法とかがなくても決勝トーナメントに進出して学園編入の権利も得た。

そう簡単には果たせないことだ。



しかし私だってここまで勝ち進んできた。

強くなった。

アスラの魔法も原理は分からないが、防いで見せる。

だから、1歩ずつ踏み出して行った。




『東のコーナーから現れたのは、エアスリル魔法学校の第8学年のソーニア=キーリスコール!! 初めての対抗戦参加にして決勝トーナメント進出を見事果たしました! そして! 今回の対戦相手は彼女にとって、これまでとは明らかに異なるタイプです!! 西のコーナーから現れたその相手は―――――――』




ライトアップされたフィールドが眩しい。

私はまさか自分が決勝トーナメントで名前を読み上げられるとは思わなかったが、それは紛れもない現実だと噛み締める。

と同時に気持ちを引き締めた。

対戦相手と真正面から勝負するためにも。




でも。



『えーっと、これから西コーナーから現れるのは、アスラ選手です! もう少しお待ち下さい!』



誠実さとか、正々堂々とか、そういうのを私は大切にしてきた。

過去の自分を振り返って、悔いることがないようにだ。

どんなに切羽詰っても自分に恥じることのないように生きてきた。




『えー、係員からの報告によると』



だからかも知れない。

他人の不誠実も見逃すことは嫌いだ。

一度認めた相手が実は、なんてことの場合は尚更かも知れない。



『アスラ選手は出場を辞退したとのことです』




本当に真っ直ぐな人間だと思ったのだ。

強い相手にも、必要とあらば勝てないと分かっていても勝負を挑む程には。



少なくとも、そんな力強さを感じられる瞳をしていた気がした。

そう、気がしただけだ。

見込み違いなどこの世にはごまんと存在する。

見掛け倒し、口先だけの。



こういうのを、見損なった、と言うのが正しいか。



私はソーニア=キーリスコール。

決勝トーナメントに出場するという狭き門をくぐり抜けた私はその日に、さらに勝ち進むことが出来た。

しかしこの不戦勝は、私の中に1つ新たな雪辱を刻み込んだ。




もう一度言おう。

私はソーニア=キーリスコール。

アスラという男をこの手で、正々堂々と倒す者だ。




******






「大丈夫かい? アスラ君」



ぼんやりと目を開けたとき、目の前にはノノの心配そうな顔があった。


身体は熱くて、汗もビッショリなのに寒気が止まらない。

おまけに鼻水も。

頭痛もする。

額には濡れタオルが乗せられていた。



「ノノさん・・・・・・ここは?」


「ああ、君が試合を辞退したって聞いたから待合室に行ったんだ。そしたら係の人がアスラ君が急に倒れたって・・・・・・」




次はソーニアとの対戦だった。

それは覚えている。

俺は気を引き締めるために、自分の頬を両手で軽く叩いた。

それも覚えている。

で、俺は急に立ちくらみを覚えて、ふらふらと地面に座り込んで、額を触ると驚く程熱くて、意識が緩やかにフェードアウトしていって。


最後に覚えているのは、倒れ込んだ床が冷たくて気持ちいいということぐらいか。



「ノノさんがここに運んでくれたのか」


「ああ。ここは観客席だけどね。治癒魔法もかけたんだけど、君の身体は既にそれを受け付けなかった」


「そっか・・・・・・」




俺はノノに施された治癒魔法の効果持続時間が徐々に短くなっているのを常々感じていた。

治癒魔法に対する耐性が身体の中に出来つつあったのだ。

しかしそれもさっきので限界か。

俺の身体は完全に治癒魔法が効かなくなっているのだろう。



ま、本来の目的である学園編入もギリギリ果たせた。

結果オーライか。

俺の大好きな言葉だ。




「で、ノノさん。クシャトリアのヤツはどうなった?」


俺は重い身体を半ば無理矢理起こして、試合の現状を尋ねた。

俺の試合の後だから、おそらく決勝トーナメントの2試合目が終わった頃だろうか。



「ああ、それなら――――――」



何やらノノが明後日を向いているのが気になる。



『それでは、これにて第89回魔法学園対抗戦の表彰式を終了致します。会場では後夜祭を執り行う予定ですので、参加される方はフィールドにお集まり下さい』



アナウンスの声が俺の頭痛をより酷くする。


熱で普段より回りの悪い頭でもすぐに理解できた。

あれ、これって俺がここで寝込んでいる間に全てが終わってしまっているパターンじゃないのか。

いや、パターン化されても困るが、何と言うか、俺としては、どう言ったらいいのか分からないが、困る・・・・・・。

とにかく、困る。その一言に限る。



「困ったな・・・・・・」



******




これはアスラ君が待合室で倒れてから、いろいろと処置を施した後の話である。

取り敢えず、治癒魔法を試してみたが、効果がなかったので身体を冷えないように私は羽織っていたベストを彼にかけて、ハンカチを水魔法で濡らして額に当てることしか出来なかった。



そうこうして、慌ただしくしていると、大会は順調に進んで、終わりを迎えたのだった。




『第89回魔法学園対抗戦の優勝者は、ウサギです!!!』


「ワアアアアアアッ!!!」



興奮気味なアナウンスの声と観客の喚声が空気を震わせた。



対抗戦はもうすでに終わっていたのだ。

しかも優勝はウサギ、つまりアスラ君の契約精霊という形で。

ああ、アスラ君が眠ったままなのが悔やまれる。

この最高の瞬間を見逃してしまうなんて。

なんて言ったって、目標が達成できたのだ。

およそ、考えられる限りで一番いい結果の1つだろう。




『上位5名の選手にはラトヴィス国王陛下から直々に賞金の授与があります!表彰台までお越し下さい!』



「国王陛下が?」


私は思わず、目を向けた。

ああ、こんな特典もあるんだな、と思った。

素晴らしい。

国王陛下直々の表彰だなんて。

アスラ君、君の作戦は大成功だよ。





開催国の王である、ラトヴィス国王陛下からの賛辞が5位入賞者達に次々と述べられる。

その後ろには来賓と思しきお偉いさん達が座っていた。

案の定、ネブリーナ姫殿下の姿もある。

あのお姫様は父親である国王の行く所どこにでもついてくると噂で聞いたことがある。



来賓もそうそうたる顔ぶれだ。

フォンタリウス公爵の姿がまず1番に目に入った。

あの男とは過去に一悶着あった。

ゼフツ=フォンタリウス・・・・・・。


最近ではあまり表には出て来なかったが、さすがに国レベルの大会ともなると、最後には顔を出すか。


それに、キーリスコール伯爵。

私の息子。

ノア=キーリスコール伯爵。




―――――貧乏臭ぇことしてんじゃねえよ! そんなんだからコロナが死んだんだろうがッ!



何年も前にそんなことを息子に言われたな。

と言うか、怒鳴られた。

ソーニアが生まれてすぐにコロナは亡くなった。

ノアとコロナは婚約していた。


いや、もう思い出すのはよそう。




表彰の様子を、観客は息を飲んで見つめている。

私も警戒をしつつ、そちらにも目を向けた。



「第5位、ビブリオテーカ魔法学園、エルダ。よく頑張ったね、おめでとう」



そう言って、国王は柔和な笑みを浮かべて表彰状らしき紙と包みを手渡した。

包みは金封だろうか?

それを手にした総合5位の少女は照れる。

ゲンキンだなぁ。

私は自分が苦笑いしているのがわかった。



「第4位、エアスリル魔法学園、ソーニア=キーリスコール。よく頑張ったね。おめでとう」



ソーニアは結果的に大健闘だった。

この対抗戦で自分より強い相手を倒さないと進出できない決勝トーナメントに出場し、今では5位入賞まで果たす程だ。

すぐにソーニアの元に走って行って褒め称えてやりたいところだが。

アスラ君を放っては行けないし、それに・・・・・・。



そのまま表彰は続いた。

3位もエアスリル魔法学園の生徒。

そして2位はレシデンシアの生徒。



みんなどこか誇らしげで、どこか照れくさそうに表彰台を昇り、自国もしくは他国の王に褒め称えられて、降壇していく。

その各々の表情が、対抗戦が終わったんだな、ということを私に思い知らせる。

何と言うか、こう、楽しい催し事が終わった時に感じる名残惜しい雰囲気がどことなく会場に漂っている。


そう、楽しかったんだ、と思う。

特にアスラ君に出会えたのは大きかった。

彼は何者なんだろう。

私達の住む世界とはどこかずれているように感じる。


こう・・・上手くは言えないが。



荒野にいる彼はどこか都会的で、都会にいる彼は旅人のようだ。

不思議な雰囲気がある。




『さて、それでは優勝選手の表彰ですが、これに限り、ネブリーナ姫殿下の申し出によって姫殿下が賞状をお渡しになります。それでは登壇して下さい。優勝選手、ウサギ!!』




こつ、こつ、こつ。



アスラ君が変装のついでに彼の精霊に買ってあげていた靴が嫌に響く。

たぶん、会場の誰もがその様子を見つめている。

そして、そんな視線を全く気にしていないように表彰台に向かうウサギは、妙に絵になる。




誰もが息を飲むその空間に、ネブリーナ姫の声が流れる。

最近はよくこういった催し事にお顔をお見せになるが、立派に成長なされたという事か。

いや、何にしても喜ばしいことなのだろう。国民としては。




「2年前のナイト・リベリオンでは助けて頂けて本当に嬉しかったです。ちゃんとしたお礼を言いそびれてしまったので、この場を借りました。ありがとうございました」



あの噂は本当だったようだ。

王都騎士隊内での与太話だとばかり思っていたが。


「では本題の表彰に移らせて頂きます。第89回魔法学園対抗戦の優勝、おめでとうございます。それを讃え、ここに表します」




姫殿下に手渡された表彰状にウサギは頷いただけで、無愛想に受け取る。

しかも片手で。

それを見兼ねた側近の騎士隊の鎧を身に付けた男が、ウサギを諌言する。


「おい、貴様! 姫殿下に何という態度を!」



あはははは。

私は思わず笑ってしまった。

ウサギの中身はアスラ君の精霊だ。

精霊を人間が作った礼節に当て嵌めようとする方がおかしい。



そして観客は私とはまた別の意図で笑いを誘われていた。



「ははは! ぶれねえな! ウサギ!」

「姫様のお言葉に頷くだけって・・・・・・」



さらに姫殿下まで。


「うふふっ 良いのですよ。あなたはそういうお方でしたね。しかし、お顔も見れないのは残念ですわ。もしよろしければここでお顔をお見せになって頂けませんか?」



「そうだー! ウサギー、顔くらいファンに見せてくれー!」

「ウサギ様ー、お願いしますーっ!」


『おーっと、ここで姫殿下とファンからの熱烈な顔見せコール!! しかしこれは私も個人的に大変興味があります!』



あはははは・・・はは・・・・・・は。


私の笑いは途中から乾いた笑いに変わり、最後にはびっしりと汗を浮かべた苦笑いに変化していった。

なんてこった。

これはさすがにアスラ君でも望まない事態だろう。

ウサギの仮面を付けて表彰台に立っているのは、アスラ君の契約精霊の偽物のウサギだ。

しかも契約者のアスラ君は熱にうなされてダウンしている真っ最中だ。



あー、もう。

見ていられない。

これからどの方向に転がっても、アスラ君の望まない方向だ。

彼は執拗に仮面を付けるように、精霊に言い聞かせていた。

顔を見られては何かマズイのだろうということは、安易にわかる。



しかし、この状況に私は見ていることしか出来ない。



だけど、ウサギは――――――。





******





俺は意識が回復してから、大会が終わった後の少しだけ疲れたような、少しだけ、やりきったような気持ちの良い達成感に会場の中で包まれている。


後夜祭というのは、ノノに聞いた話だとこの対抗戦の醍醐味の一つでもあるようだ。

観客が選手たちと直に触れ合うことが出来ると言う。

あれだけ俺を心配していたノノも、俺がもう大丈夫だと言うと、お孫さんにお祝いをしに行った。

ホントは孫に会いたくてウズウズしていたくせに。


さっきまで選手たちが魔法をぶちかまし合っていた戦闘フィールドで、選手や観客、大会役員関係なく料理や飲み物を楽しんでいる。


無礼講というヤツだろうか。

文化祭が終わった後の、あー、楽しかったなー的な余韻をみんな味わっている。

これだけの人数がいると、いくら広い会場と言えども、熱がこもる。



俺も寝てある程度回復したが、まだ若干熱があるし、外で涼もうと思い会場をそっと出た。





観客席の階段を下りて、待合室を通り過ぎる。

盛り上がっているフィールドで飲み物だけをもらって、会場の開いたままの大きな門を出る。




今日は満月だった。

もらった飲み物は何かの果実のジュースだ。

オレンジジュースの味に近い。


ずずず、と、ちびちびジュースを啜っていると遠くから話し声が聞こえてきた。



会場の外ではあるが、建物の中の喧騒は外まで響かせるには十分な音量があった。

別に話を盗み聞きするつもりはなかったが、聞こえてきてしまったのだから、気になる。



少しだけ、なんとなくに、本当にこれといった理由も目的もなく声の方へ近づいてしまう俺。


すると、聞きなれた声が。




「ガノシュタイン、これはどういうことだ!? 何故ウサギの仮面を精霊クシャトリアが付けているのだ!?」

「も、申し訳ございません! ゼフツ様! ナイト・リベリオンではネブリーナがウサギの正体はアスラだと言っていたので、私もてっきり・・・・・・」



ん!?

解放軍の幹部のお2人さんお揃いでまた何か悪巧みですか。

もし今から動きがあるようなら・・・・・・。


いや、少しだけ話をここで聞いてからにしよう。

仮面の下がクシャトリアだということも知られているようだし、それは失態だったが・・・・・・。

俺はもう完全に盗み聞きという方法で話を聞くことにした。

俺は会場の建物の影に息を潜める。



「しかしナイト・リベリオンでは確かに、『言っていただけ』で実際にアスラの顔を見たわけではない」


「で、ですが表彰式だけ入れ替わっているということも考えられます! 選手名簿を見たところ、アスラも参加はしていたようですが、途中棄権していますし、時系列としては信憑性もあります!!」



「いや、そうと決め付けるのは危険だ。レオナルドとジュリアも言っていたが、元はウサギの仮面はアスラの物だった。これだけでも、アスラとクシャトリアが接触したのは確実だ。少なくともクシャトリアが加担していることは確かなのだ」


「そ、そうですね。それにしても、ネブリーナがウサギの正体をアスラだと偽っただけで、真のウサギの正体がクシャトリアと考えると恐ろしいですね。もしそうだとすればナイト・リベリオンの時には既にクシャトリアはアスラと接触していたことに」


「ああ。だが今のところは保留だ。様々な事態も考慮して動け。さしあたり、今回の作戦は中止だ」



「そんな・・・・・・。あんなに苦労して人を掻き集めたのに」


「実行するには危険が大きすぎる」



「くそッ! あの精霊が人間に手を貸すなんて・・・! あの人間の手によって生み出せれただけの兵器が!」


「ガノシュタイン、声が大きい。気持ちは分かるが。しかし今回はこちらが退く。いいな?」

「・・・・・・は! 申し訳ございません」




ここで、2人の声は聞こえなくなる。

そっと覗き見てみると、2人の姿はなかった。


声、そしてお互い呼び合っていた名前。

それから察するに、あの2人は確実にゼフツとガノシュタインだ。



話の内容からも、それが伺える。

今回、解放軍はこの対抗戦に乗じて一騒動起こすつもりだったに違いない。

ネブリーナ姫の姿に扮したルースに接触するためか、それとも国王の命を狙ってか。

どっちにしろホントに悪いヤツらだな。



それにしても。


――――――あの人間の手によって生み出せれただけの兵器が!



どういう意味だろうか。

そう言えばクシャトリアの過去はよく知らない。

機会があれば聞いてみたいものだが、ガノシュタインに言う通り、人間が生み出したものなら大変なことだ。

聞きづらいことこの上ない。


まあ人が精霊を作ることなんて可能かどうかも定かではないのだし、また期を見てで構わないかな。


しかし、もしその質問を俺がするとして、ちゃんと答えてくれるのはサイノーシスの効果で俺にご執心中の時に限られるかも。




******






おかしい。

アスラが棄権するなんて。

私が知っているアスラは、こんな曲がったやり方は選ばないはずだ。

きっと体調が悪いとか、熱があるとかそんなんだ。たぶん。

そうだ。それに違いない。

そういうことにしよう。



「ねねっ ミレディさん、さんざん人を不戦勝に追い込んで勝っておいて、あいつ棄権しましたよ? ひどくないですか?」

「ええ、そうね」


私は気のない返事をする。


他の生徒も、アスラに対する印象はあまり良く思っていない。

それは、あれだけ謎な勝ち方すれば、謎というより、何かズルをして勝っているんじゃないかと疑わしく思うかも知れない。

でも確証もないのにそんなことを言うのは失礼だ。


これは、私の個人の主観がかなり入っているけど・・・・・・。

主に、アスラに対する想いが混入されている。

それが正しい考えを阻害して、事実がどうであってもアスラを弁護してしまう。




「あいつ、ウサギを相手にする前に棄権だぜ」

「腰抜けじゃねえか」

「そんなヤツが学園に編入するのかなぁ」



みんな、本当にアスラを良く思っていないようだ。

今までの勝ち方が良くなかったのが拍車をかけているのだろう。




その後、大会側からはアスラに関する情報は流れて来ずで、結局はウサギの優勝となった。

なんだか予想通り過ぎる形で幕が下りた。


ウサギはというと、今はネブリーナ姫殿下とファンに仮面を取ることをせがまれている。



「―――――しかし、お顔も見れないのは残念ですわ。もしよろしければここでお顔をお見せになって頂けませんか?」



「そうだー! ウサギー、顔くらいファンに見せてくれー!」

「ウサギ様ー、お願いしますーっ!」


『おーっと、ここで姫殿下とファンからの熱烈な顔見せコール!! しかしこれは私も個人的に大変興味があります!』




観客も、実況の人も、みんな興味深々だ。

だって今まで顔を隠し続けてきた謎の最強魔法使いの正体が分かるのだ。

斯く言う私だって、仮面の下を見られるのであれば、是非とも見てみたい。

と言うか、見たくて仕方がない。



そして、ウサギは―――――。


急に周りをキョロキョロし始めた。

誰かを探しているようだけど、見つからなかったようで、何かを考えるように少し間を置いてから諦めたように仮面に手を伸ばした。



仮面を頭に固定しているベルトが外され。

ゆっくりと仮面に手を掛けて。

頭全体を覆い隠している、仮面に付けられている暗幕がそっと上に上がり。

仮面がカコっという乾いた音と共に外される。



すると、ウサギは、いや、仮面をしていた人物の長い黒髪が今まで押さえつけられていた仮面から逃れて、バサっとしたに落ちる。

首を何度か左右に振って、黒髪を軽く整える。



『・・・・・・・きれい・・・・・・』




実況の人の声がポロっと溢れた。

それはうっとりとした感嘆の声だった。


私もそう思った。

ウサギの仮面の下は、とんでもない美人だった。

年齢で言うと、10代後半に見える外見だけど、その佇まいには自身が満ちているように感じる。

きっと色んな経験を積んできたに違いない。

だからこそのウサギの強さなのだと納得する。


「え、ウサギって女だったのか・・・・・・」

「すっげえ美人」

「はあ、あんな綺麗な人見たことない・・・・・・」



エアスリル魔法学園の生徒も含め、観客席全体が、今まで謎に包まれていたウサギの正体の美しさに魅せられる。

それはとても長くも、短くも感じられた。

思わず溜息が出てしまいそうな美しさだ。



でも姫殿下は少し違った反応。

2人は知り合いだったのだろうか?



「な、なんであなたがここに・・・・・・」

「久しぶりだな、ルース。いや、今はネブリーナで通っているんだったな」

「何故人間に手を貸しているのですか?」


「そんなに声を殺さなくちゃいけないことか? それに、別にお前には関係ないだろう? ネブリーナ姫殿下(・ ・ ・ ・)?」


「・・・・・・」



どうやら2人は知り合いのようだ。

ウサギは仮面を外した後も、観客の視線は気にも止めず、ネブリーナ姫殿下と気軽に話している。

もしかすると結構身分のある人なのかも知れない。

所詮、私が知っているのは顔だけだということだ。

それ以外のことは全く知らない。


姫殿下は何やら恨めしげな顔をしている。



「さあ、ネブリーナ姫殿下? 今はこの瞬間を楽しみましょう」


「・・・・・・ええ、そうですね。優勝おめでとうございます。今後もあなたの健闘を祈ります」


「ありがとうございます・・・・・・」



ウサギが姫殿下を促して、姫殿下がそれに快く答える。

讃えるべきものだと思うのだが、どこか意味ありげにウサギと名乗る女性が微笑むのが気になる。

遠目にしか見えないが、何だかしたり顔だ。

2人の間に何があるのだろうか。



こつ、こつ、こつっとウサギの女性は表彰台を降壇する。



『それでは、これにて第89回魔法学園対抗戦の表彰式を終了致します。会場では後夜祭を執り行う予定ですので、参加される方はフィールドにお集まり下さい』





後夜祭だ。

これも対抗戦の目玉の1つだと聞く。

色んな国の、色んな年の魔法使いと接する良い機会だと、先生は言っていた。



「ミレディさん、一緒に行きませんか? お料理お取りしますよ?」

「ええ。でも料理は自分で取るわ」



色んな選手と接する良い機会。

私もそう思う。


一般参加の選手もいるはず。

つまり、アスラも来るかもしれない。


「み、ミレディさん、歩くの早いですよっ」

「あ、ごめんなさい」


私は少し早足で向かった。




さっきまでお互い戦っていた選手同士とは思えない程、仲良く騒いでいる。

観客席から後夜祭の会場となっているフィールドに降りると、そんな雰囲気だった。

私もこういうワイワイした空気は結構好きかも。


そう思いながら、盛り合わせの料理を自分の皿に移す。

これだけの参加者の分の料理を用意しておいて、味も悪くない。

量も質もあるなんて、至れり尽せりだ。

と思った矢先。



「これ、もらってくぞ」

「あ、テメエ。待てよイカサマ野郎!」



一緒に後夜祭に来た男子生徒の飲み物が何者かに取られたようだ。

男子生徒から飲み物を取り上げた人物を目で追う。


あの少年だろうか。



「あいつ、マジでありえねえよ。ミレディさんに渡そうと思って取っておいたジュースを」



別にいらないが、可哀想に。

でもイカサマ野郎は言い過ぎじゃ・・・・・・。


そこでふと思った。

この会場でイカサマ野郎と呼ばれる者は、1人だけだ。

そう思った私は、もう誰にも止められなくなる。

もちろん、自分でも。



「ジル、ちょっとこのお皿持っててくれないかしら」

「え、いいですけど。どこに行くんですか?」



私はそれを無視して、グラスのジュースをこぼさないように歩いていく黒髪の少年の背を追う。

しかし、人混みを綺麗に躱していく少年に対し、私は人の波に流されてしまう。

少年は会場を出るつもりのようだ。


ようやく私が会場の大きな門に辿り着いた時には、その少年の姿を見失ってしまっていた。

私はいつも、屋敷にいるときからそうだった。

彼には一歩届かないところで立ち往生している。



でも、どうせ学園ですぐに会えるだろう。

だってそうじゃなければ、この大会に出場する意味がない。

賞金が目当てであれば、賞金授与対象の5位入賞する前に、棄権するはずがない。

彼は必ず学園に来る。

そんな予感が、満月の夜風に後押しされて、私の中で確かな希望に変わっていく。




この満月を彼も見上げているだろうか。


「アスラ・・・・・・」






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