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第二十九話 イカサマ

『第11試合出場のエアスリル魔法学園のエリカ=コーデイロ選手、一般参加のアスラ選手は入場して下さい』



俺の初戦。

今回はクシャトリアに魔力提供をしてもらう手筈になっている。

クシャトリアには能力が3つある。



1つはオールシェア。

クシャトリアと契約した者は魔力を吸われる。

そして、その魔力が底を尽きたら次は契約者の記憶を共有される。

その記憶は契約者間においても共有され、最終的には意識が入れ替わることも往々にしてあるのだと言う。



2つ目は魔力提供。

契約者が吸われた魔力は、有事に際して、例えばこの対抗戦のような要戦闘時に契約者に返上される。



3つ目は身体強化のエンチャント。

クシャトリアは身体強化という無属性魔法を使うことが出来る精霊だが、その身体強化は契約者に付与することができる。




この対抗戦でクシャトリアからの魔力提供は2度目だ。

以前、ワイバーンと戦った時はクシャトリアから提供される魔力の量が予想外に多くて、俺の魔力保有上限以上の魔力が身体に流れ込んできて、気を失ってしまった。



だが、もしクシャトリアからの魔力提供を上手く使いこなせれば、おそらく誰にも負けない魔力量と魔力回復が手に入るのだろう。

それだけ、クシャトリアから受け取ることが出来る魔力量は多いということだ。

まあ、クシャトリアからの魔力の量は俺がクシャトリアに吸われた魔力の量に比例するから、俺の魔力量も誇れないでもないが。



俺は戦闘フィールドに足を踏み入れる。

視界のほとんどを観客が埋め尽くす程の観客席の人の数。

観客席から見たのとは全然違う、肌を焼くような視線の数と、注目されていると主張する心拍数。



手汗がヤバイとか、考える暇もなく。


『それでは選手紹介です。東のコーナーから現れたのは、エアスリル魔法学園第14学年のエリカ=コーデイロ! 彼女は昨年からの対抗戦参加です。昨年は惜しくも決勝トーナメント出場を逃してしまいましたが、今年のエリカ選手は一味違う! 1年で力をつけた彼女の土魔法をご覧あれ!』



土魔法使いか。

土魔法を使う相手と戦うのは初めてだ。

どういう魔法だろうか。

やっぱりベタな感じに、土でゴーレムとか作って、それを使って攻撃とか、そんなんだろうか。



『そして西のコーナーから現れたのはウサギと同じ一般出場のアスラ! さらに無属性魔法使いというところまで同じ! ウサギは強力な無属性魔法でしたが、彼は一体どんな魔法を使うのか!』



どんなもこんなもないが、今回はクシャトリアに付与してもらう身体強化、もしくはウサギがまだ使っていない、他者に知られていない魔法を使うしかない。

そう考えると、放電が使えないというのは、なかなかのハンデを背負わされていることになる。

ゼロ距離で放電して相手の身体に電流を流せなくもないが、万が一バレたことをを想定するとやめておくべきか。




『それでは、両者揃ったところで試合開始ッ!!』




「・・・・・・」



「・・・・・・」



『おっと、どうしたんだ!? 両者、一向に動こうとしません! 相手の出方を伺っているのか!?』



さっきのクシャトリアの対戦相手のメイガス?

いや、メルセデスだったかな・・・・・・。

メイ・・・・・・何とかのように、エリカも初っ端なからフィールドを駆け巡りながら魔法を放ってくると思ったのだが、みんながそうでもないらしい。



確かに相手のエリカとかいう土魔法使いは様子を伺っているのかもしれないが、俺はクシャトリアからの魔力提供を待っていたところだ。

だが、それもたった今、完了した。



洞窟生活の間に大幅に高めた俺の魔力保有上限をもってすれば、際限なくクシャトリアから送られてくる魔力を身体に溜めつつ、身体強化の方にも魔力を回して、上手い具合に調整できるかもしれないが、前回のこともある。

今回は出来るかどうかもわからない、危ない橋は避けようという俺の考えだ。



どんどん魔力が身体の底から湧き出る感覚だ。

何はともあれ、これで対峙し合ったままの緊迫状態を、俺は解くことが出来る。




「君、適正魔法ないそうね。無属性魔法使い風情が、私に勝つつもり?」


でもそれを解いたのは俺ではなく、対戦相手のエリカだった。

しかも挑発して。

俺を煽っている。



「そのつもりでなけりゃ、こんなとこいない」


「あくまで勝つつもりなんだ? 何? 君もウサギに影響されちゃったクチの人なんだ?」



ピーチクパーチクさえずるな、とか言いそうになる。

あー、駄目だ駄目だ。

まんまと相手の挑発に乗せられてしまいそうだった。

ここで悪態をつきまくってもいいんだが、ここは対抗戦の会場だ。

力で示してしまえばいい。



一般参加と言えど、俺はエアスリル王国の選手としての参加なのだ。

気合いとか、やる気とか、一番嫌いな言葉だけど今はそういう頑張る姿勢と言うか、気概を示さないといけないと思うのだ。





そうと決まれば、ここはせっかくだし、クシャトリアからもらった魔力を存分に使わせてもらおう。

そうこうしている間にも提供された魔力はどんどん俺の保有できる隙間を埋めつつあるのだ。

早めに使って、早めに決着をつけないと、俺の風邪のこともあるし、また気絶しかねない。




最近では、砂鉄というものを操ることが出来るようになった。

あれは鉄の粒子の集合体と認識して操る分には、それ程魔力は必要ないのだが、一粒一粒を意識して操るのには、集合体として操る時よりも魔力が必要になる。

ある一定以上のサイズより小さくなると、より繊細な動作をするため、より多くの魔力が必要になるという話だ。



細かい物を操るための魔力ならいくらでもある、と言えば俺の増長になってしまうが、クシャトリアのお陰でこの方法に臨めるのだ。



だが、ここには砂鉄はない。

ならば―――――

俺はクシャトリアに感謝しつつ、仰々しく手を前に突き出す。




『おぉ!? 先に動いたのはアスラ選手! この緊迫した空気に何を起こすのでしょうか!?』



「へえ、無属性魔法でも使うつもり? ほら、使ってみてよ。どうせ身体強化が関の山でしょうけ――――」



バタ。



『おぉっと!? エリカ選手が急に倒れた!! 一体何をしたんだアスラ選手!?』



実況がうるさくて魔力の調整に集中出来ない。

興奮気味の実況の声の音響が耳で嫌な響き方をする。

駄目だ、思い出せ。

洞窟生活で砂鉄を操った時のことを。

集合体じゃなくて粒子単体で操った時のことを。




そうだ、安定してきた。

脳幹の血管を流れる血液を50%カット。

こんなところだろう。



『エリカ選手、起き上がりません。勝者アスラ選手です』



いつもの実況テンションはどこへやら。

この勝敗のつき方が呆気なさ過ぎて、納得がいっていないという不満が言葉に込められている。

観客たちもそうだ。

さっきまでも盛り上がりは完全に収まってしまった。

俺のせいで。



これは魔法により身体の異変を引き起こしただけだが、それは突き詰めると攻撃でもなければ精神ダメージに変換されることもない。

これはれっきとした生物学上の人体の異変だ。

エリカが気を失って倒れたのは精神ダメージによるショックが原因ではない。



およそ4分が限度だ。

まだ3分30秒ほど残っている。

でもさすがに殺人ざたは御免だ。

俺はエリカに、いや、彼女の血中の鉄分にかけた魔法を解く。




『と、そこでエリカ選手が起き上がりました! でも少し遅かった! 勝敗は既に決した後です!』



エリカは気を失っている間の記憶がない。

30秒ほどだが、記憶が飛んでいる。

当然ながら今の状況が掴めていないようだ。

辺りをキョロキョロ見渡して、自分の今の状況を必死に確認しようとしている。



「ねえ、何があったの? なんで私は負けているの?」


それを俺に問うか。

弱ったな。

エリカを納得させられるような上手な言葉が見つからない。



俺は失礼極まりないと自覚しつつも、エリカに背を向けてその場を去った。



だってそうするしかなくないか?



1度の心臓の心拍で送り出される血液のうち、他の臓器と比べて脳に送り出される血液量はなかなか多い。それは脳が血中の糖分を必要としているからであり、血中の鉄分を操作して、血管内で塞き止めることによって低血糖症にすることで、意識を失わせた。



なんて言ってみろ。

この低い文明程度の世界の人間に話したところで理解してもらえない。

では何の情報も与えないのが一番の得策だろう、というのが俺の考えだ。



だがその俺の行動は魔法使いの道を生きる者にとってはあまり褒められることではなかったようだ。

俺は一部の観客に野次を飛ばされた。



「おい、何とか言えよ無属性野郎!」

「逃げるのかよ!」

「そうよ、エリカさんに失礼よ!」

「なにかイカサマしてんじゃねえのか!?」

「そうだイカサマだ!」




失礼なのはお前たちの方だろう。

こっちの気も知らないで。

無属性野郎ってなんだ。

悪口なのかそれは。

だがしかし、イカサマだと見抜いた観客、褒めてやろう。

でも証拠がないだろう?

そんなようでは答える義理はないな。



いい気味だ。

せいぜい喚いていろ。

とは言わないものの、女の子をキャーキャー言わせたかったのに、これでは前途多難だ。




『えー、審判員の判定の結果、反則をしたという事実はないとのことです。繰り返します―――――』




俺が待合室に戻った後も、エリカは戦闘フィールドの上に立ち尽くして、俺が歩いて行った方を見ているだけで、観客のように俺を罵ることはなかった。

実況の人の声がしばらく会場内に響き渡る。

そして間もなく、係員に退場するように促されて、待合室に戻っていった。




と、俺もそこでふらつきを覚えた。

熱が上がってきている。

俺は待合室の壁に魔法で表示されているトーナメント表の俺の名前が、一段登るのを確認してから、おぼつかない足取りで観客席のノノの元へ向かった。




******





な・・・にを、したの?



私を含め、観客席で観戦していた魔法学園の生徒は唖然としていた。

エリカと言えば、去年決勝トーナメント寸前まで上り詰めた、学園でも有名な生徒のうちの1人のはず。

それをあんなにも呆気なく打ち負かしてしまうなんて。



アスラは屋敷にいた頃、ううん、今だってこの会場内で無属性魔法使いと馬鹿にされ、野次を飛ばされている。

それを気にも止めずに戦闘フィールドを出て行くアスラ。

何だか、昔のアスラが変わってしまったような気がする。



それにあの魔法。

アスラがエリカに手の平を向けると、エリカがふっと倒れてしまった。

まるで操り人形の糸が急にちぎれたかのように。

私も、お兄様も、お父様でさえ、アスラの魔法の能力を知らない。

無属性魔法使いの中には特殊な魔法を使う者もいると聞く。



そんな特殊な魔法の類なのだろうか。




「ミレディさん、ミレディさん、やっぱりあれズルしたんでしょうか?」


後ろの席からジルが話しかけてきた。

そう言えばこの子、どこかエリカの身を案じている風だった。

エリカの負けを受け止められないのだろう。



私だってそうだ。

エリカとアスラの対戦予定を目にした時、アスラのくじ運の悪さを静かに嘆いた。

でも結果はどうだ。

彼は数回、エリカと会話を交わした後、あっという間に勝利を収めた。



曲がったことが嫌いなアスラだ。

誰よりも努力を大切にする彼の性格を私は知っている。

ズルなどするはずがない。



「いいえ、あれはズルなどではないわ。たぶん」

「へえ。随分あの無属性魔法使いの肩を持つんですねえ」


別にそういうつもりはないのだけど。

でも確かに私はアスラに肩入れしている節がある。

でもそれとこれとは話が別だ。



「そういうわけではないわ。証拠がないってだけ」

「なるほどぉ。確かに。実況アナウンスでも言ってましたもんねぇ」



アスラがどんな魔法を使ったにせよ、大会側は反則としなかったのだ。

それを私達がどうこう言っても仕方のないこと。



『それでは、審判結果も大会係員により決定となりましたので、次の試合に進みます』



アナウンスに不満を漏らす観客が多い。

ウサギのように圧倒的な力と強さがなければ、アスラのような無属性魔法使いは世間に認められにくい。

無属性魔法の中にはあまり世の中に知られてはいない魔法もある。

そのため、人によっては異端と言われることもある魔法なのだ。



アスラはそれを特に気にした様子もなく、エリカに背を向けて去っていった。

見てくれは地味で、何をしたか他人には理解されにくいだろうが、勝ちは勝ちなのだ、と思うことにした。




******





「よお、お前。それでもエアスリル国民かよ」

「こんな勝ち方して、君にはエアスリル国民の誇りというものはないのかい?」

「そもそも勝ち方自体が怪しいのよ」




ノノに治癒魔法をかけてもらった後、待合室に戻ると俺に物申さんとするエアスリル魔法学園の生徒たちが待ち受けていた。

さすがは待合室だぜ。

こんなイベントも待ち合わせているとは。




要は俺の勝ち方では、他国の生徒に勝利しても素直に喜べないと言いたいのだろう。

もっともだ。

君たちは正しい。

そしてそれを堂々と俺に面と向かって言えるのも尊敬できる。



何故かというと、現に俺は不正を働いているからだ。

他の魔法使いがこの不正の方法を思いついても、不可能だと即座に他の案を練るだろう。

でも俺には、その方法で不正を出来るだけの材料が揃っている。

その中でもクシャトリアの存在は大きいだろう。



そもそもの話、精霊を参加させていること自体がおかしいのだ。

でも人型の高位精霊という存在を知っているけど、見たことがないという人間が一般的には多い。

クシャトリアという非常識な存在を、はなから考慮に入れていない人間がこの会場に多いということが何よりのこの作戦の(かなめ)なのだ。




だから俺には嘘をつき通すことしか出来ない。




「エアスリル国民だというのに、こんな魔法しか使えなくてすまない。でも俺にはこれが精一杯なんだ。これで勝ち進むしかないんだよ。情けないけど」




「ふんっ 理由はわかったが、みっともない負け方するんじゃないぞ」

「そうか、雑魚は大変なんだね。ま、せいぜい頑張りなよ」



俺に物申した男子生徒2人はイマイチ納得していない様子だったが、俺の不憫さをこれ以上責めることはなかった。

ありがとう、単純で。


が、もう一人の女子生徒はその場に佇んだままだ。

ちっ 厄介な女だな。

まだ何か不満に思うことがあるのだろうか。



否、何やらその女子生徒は(いた)く感銘を受けたように、目に水滴を溜めながら顔の下で両手を握っている。




「そ、そうだったのねっ! そんなことも知らずにごめんなさい、私ったら。ズルをしているのかとばかり・・・・・・」


はははは。

こいつも中々おめでたい頭をしている。

どこまで脳内お花畑なんだ。

でも脳内に花を咲かせてくれたお陰で、何とかこの場は凌げそうだ。



「いや、俺の魔法が弱いのが悪いんだ。多くの人を混乱させてしまった」



ここで俺が下手に出て、こいつに自分は俺より格上なんだと思わせることが出来れば、尚良い。


「そんな、いいのよ。その力でも一般参加した勇気は凄いと思うわ・・・・・・そうよね。遠隔で魔法を発動させる事なんてそうそう出来ることじゃないものね。しかもあんなにフィールドと外には距離があるっていうのに」




俺が見誤っただと!?

この女、想像以上に鋭い。

遠隔で魔法を使うという発想までは良かったが、それを使っているのは俺の方だ。

まあ、これは逆に言えば、まだ他人には俺とウサギの関係を知られていないという証拠だろう。



「疑ったりして本当にごめんなさい。私の方こそエアスリル学園の誇りを忘れていたわ」



そう言って、深く頭を下げてきた。

しかしこの女子生徒は悪いやつではない。

あそこまで偉そうに言っておいて、それが間違いだと分かればここまで素直に謝れる人間は少ないだろう。

そう思うと騙している俺の心が痛んできた。



「いや、俺も無属性魔法だなんて、おかしな魔法だから」

「気にしなくていいのよ。それでも勝ったんだから」



どうやらただの脳内お花畑女ではなさそうだ。

いや、これも俺を懐柔させるための罠かも。

・・・・・・考え過ぎか。




「私はソーニア=キーリスコール。キーリスコール伯爵の娘よ。今年からの参加なの。君は?」


ソーニアと名乗った女子生徒は、俺に握手を求めてきた。

キーリスコールか・・・・・・。

キーリスコール、キーリスコール。


どこかで聞いたことのある名前だったので口の中で反芻すると、1つ思い当たる人物がいた。

ノノも確かファミリーネームがキーリスコールだったな。

てことはソーニアはノノの言っていた孫か。

今年からの参加ということも、ノノが言っていたことに合致する。



「アスラだ。ただのアスラ。俺も今年が初めての参加だよ」


そう言って、俺は差し出されたソーニアの手を握る。


「ふーん。まあ名前に関しては深くは聞かないでおくわ。新参者同士、頑張りましょうね。同じ国って言ってもこのまま2人とも勝ち進んだら、トーナメントで当たるかもしれないわ。覚悟してなさい」


「そっちこそ」


ソーニアは気軽に笑うと、その場を離れた。


ここでソーニアには出会いたくなかったな。

ノノは基本的に子供にアマアマだからソーニアには俺の秘密もバラしてしまうかも、という一抹の不安がある。

いや、ノノだって協力してくれると、確かに言った。

それを破るほど、軽率な男ではないはずだ。



俺は友人の元に走り去っていくソーニアを見送りながら、そう思うのだった。






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