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第二十八話 再来のウサギ

会場に入る前には年齢確認があった。

ここの生徒の場合は学生証を提示して、学園参加の規定年齢である13歳以上だということを確かめる。


そして一般参加の選手はというと。


一般参加の人間は俺が見渡す限りでは、俺以外に一人もいなかった。

ここには観客席入口と、選手入口がある。

観戦を目的でここに来たノノとはここで別れた。

選手入口から入るのは制服を着た生徒ばかりで、俺はこの上ないアウェーを演出する。



「君、一般参加かい?」



今までは学生証でしか年齢を確かめていなかった職員の男は、俺を見ると物珍しげに声を掛けてきた。

そのお陰で俺のテンパり具合が一気に上昇する。



「そ、そうです」

「そうか。今日の一般参加は君が2人目だ」


1人目はおそらく、ウサギの仮面を付けたクシャトリアだ。



「見るからに13歳以上という学園参加年齢に達していない生徒には、学生証の提示を求めたが、君は一般参加で、かつ明らかに6歳以上だ」



俺は予想以上にすんなり入れた。

もう少し事務手続きで、もたつくかと思っていたのだが。


しかし、見るからに、ということは判断基準を見た目に頼っているところが大きいということか。

ではこいつにもクシャトリアの顔を知られた可能性は高い。



「この学園の生徒の場合は学生証があるからパス出来るが、一般参加の君には、ここで選手登録をしてもらう」


やはりあったか事務手続き。

だがそれも想定の範囲さ。

なんてったって今回はようやく本名で参加出来るんだ。

つまりは俺と特定されて試合に臨むことが出来る。

もうウサギなどという記号的なものは身に付けなくていいのだ。



精霊祭でガノシュタインがたくさんの女性のファンを作っていたのを思い出す。

あれを、俺も体感してみたい。

さぞ気分の良いことだろう。



俺は妄想を膨らませながら、選手登録を手早く済ませる。



「ん、これで登録完了だ。通っていいよ」

「ありがとうございます」



精霊祭の時と同様、明かして問題がない程度の個人情報を登録した。



氏名:アスラ


適正魔法:なし


出身:国境付近


所属:なし


と、ここまで確認して思い至る。



クシャトリアは何と登録したのだろう。

サイノーシスでおかしくなってからのクシャトリアは、何をするか考えもつかない。

指示を与えていないことになると特にだ。



クシャトリアを操るのは簡単だ。

下衆な考えだが、俺を好きだという気持ちを上手く利用して、誘導すればいい。

大事なことはそうしていれば、大体は思い通りになる。

他はクシャトリアの好きにさせてやれば、今まで上手くいっていた。

しかし俺の管理下にクシャトリアがいない時は話は別だ。



あいつは俺を喜ばせようとする。

それ自体は嬉しいのだが、ここで下手に俺のためを思ってした行動が裏目に出るのは極力避けたい。

この選手登録が良い例だ。

妙なことを書いて登録してないだろうな・・・・・・。



俺は不安半分で選手の待合室に向かった。




******





今日の授業は休みだ。

13歳から生徒の参加権が得られるこの対抗戦では、まだ12歳の私達第7学年の生徒が来るべく来年の出場の時に備えて、ここで試合の見学をするというカリキュラムが組まれている。

だから授業の代わりに、対抗戦の観戦をしなければならない。

授業がないのなら、寮の部屋で大人しく寝ていたいのだが。



と思ったところで私は考え直す。


いやいや、アスラのために強くなろうと決めたのだ。

ここでの観戦もきっと強くなるための材料になるかもしれない。

しっかり見学しなければ。




ぴこん



そこで観客と生徒に配られる銀のプレートが、新たに選手が登録されたことを告げる。

この銀のプレートは登録された選手情報が表示される、この対抗戦専用の魔導具だ。

対抗戦を観戦する観客と生徒全員に配られるのだから、一体学園はどれほどの予算を持っているのか気になってくる。



私は今度はどんな生徒が登録されたのか確認する。

プレートを手に取り、それに視線を落とした瞬間には、私は自分の目を疑った。

登録されていた選手は、学園の生徒ではなく一般参加の選手だった。



氏名:ウサギ


適正魔法:なし


他情報不明



こんな情報が表示された。



「ウサギ!? あの精霊祭のウサギか!?」

「一般参加だぞ! 誰も一般参加枠には登録しないと思っていたのに」

「そりゃ学園の生徒相手に一般人は勝負にならないけど、ウサギは別格だろ」



他の生徒の方にもウサギの参加情報は行き渡ったようだ。

一気に観客席の温度が上がるが感じられる。

学園の生徒の誰しもが心のどこかで期待していたことが起こったのだ。

またウサギの戦いが見られる。





ぴこん



続けて選手登録情報が、手元のプレートに送られてくる。



氏名:アスラ(ファミリーネームの入力なし)


性別:男


適正魔法:なし


出身:国境付近


所属:なし



私は、それを目にした時、身体の温度が一気に上がるのを感じた。

アスラ。

その文字を見るだけで顔が熱くなる。

胸がどうしようもなく高鳴ってしまう。

そして最後には何が何だか分からなくなって、ただひたすら、銀のプレートに表示された選手情報に目が釘付けになる。



しかしまだ、あのアスラだという確証があるわけではない。

アスラなんて名前、多くはないが少なくもない。

フルネームの登録じゃないから家名が分からない。

でも何となく感じるのだ。


あの、アスラだ、と。




「お、また一般参加だぞ」

「こいつも無属性か。どんなやつだろ」

「どうせウサギに影響されて無属性魔法に夢見ちゃった可哀想なやつでしょ」

「違いねえ、ぎゃははは」




そんなアスラを馬鹿にする声がどこからか聞こえる。

普段の私なら、それを聞いた時にどうしていただろうか。

激昂していただろうか。

駄目、思い浮かばない。

私は、銀のプレートに目を奪われたままで、外界の声はどこか遠い。



でもそこで不意に誰かに肩を叩かれて、私はふと我に返る。



私の親衛隊とやらをしている女子生徒だ。

名前は、確かジルだったはず。

いつもニコニコしている人懐っこい子だ。

ちょっとユフィに似ているかも知れない。

そして彼女はいつも通り、ニコニコして私に笑顔を向けてくる。



「ミレディさん、ミレディさん。このアスラというのはどうでもいいですが、またウサギの試合が見れますよ! 精霊祭での対戦相手としてはどんな気持ちですか?」




そんなの答えは決まっている。



またしても、その声は遠くに聞こえた。

気付けば、私はプレートの画面にかじりついて、アスラの名前に目を奪われていた。




「ウサギなんて、どうでもいい・・・・・・」



気付けば私は呟いていた。




******




待合室にはたくさんの参加選手がいた。

エアスリル魔法学園の制服以外にも、様々な制服を来た生徒がいる。

でもそりゃそうか。

これは各国の魔法学園の対抗戦だ。


色んな人がいて当然だ。



中にはソフィやユフィのように猫の耳を生やした生徒もいれば、ヴィカのように尖った耳を持つ生徒もいた。

俺はその状況に年甲斐もなく浮かれる。



そんな珍百景な待合室は青い壁や床で覆われている。

サラサラとした手触りの壁で、見たところ材質としては岩石っぽいのだが、少し違う。

その壁は短く点滅すると、次の瞬間にはあらゆる学園、あらゆる所属の選手情報が次々に表示される。

言わば、壁一帯が全て登録した選手情報を表示する画面のようなものになっているのだ。


これも魔導具の一種なのか。

そう言えば、さっき学園校門前で顔の確認をとっていた女性職員も、こんな役割をするプレートを持っていたな。



その中の「一般参加」と書かれた欄に「ウサギ」と「アスラ」の文字が浮かぶ。


良かった。

どうやらクシャトリアはちゃんとウサギの正体を隠したまま選手登録をしている。

疑って悪かったな。

もっとクシャトリアを信頼するようにしよう。

人がたくさん居るため、クシャトリアを見つけることは出来ないが、後で褒めてやろう。

あいつの嬉しそうに目を細める顔が目に浮かぶぜ。




表示された選手一覧を見てみると、この対抗戦に参加している学園は全部で3校あるようだ。

1つはこのエアスリル魔法学園。

そして残りの2つのうち、1つは隣国のレシデンシア王国。

最後の1つはビブリオテーカ王国。

ビブリオテーカ王国は、レシデンシアを挟んでエアスリル王国の東側に位置する国だ。

この3つの国が1つの大陸を成していると、前に屋敷でヴィカに聞いたことがある。



レシデンシア王国は白をベースにした赤のラインが入った制服だ。

エアスリル王国と比べると、少し派手な印象を受けるが、俺はいいセンスをした制服だと思う。

そしてビブリオテーカ王国の制服はというと、エアスリル王国に似ていて、落ち着いた色合いの制服だ。



制服にも学園の特色によっていろいろと個性が出るものなんだなと思っていると、後ろから優しく肩を叩かれた。


振り向いてみると、そこには赤毛の利発そうな顔のいい男が爽やかに微笑んでいた。

制服から察するに、エアスリル魔法学園の生徒のようだ。

ちなみに顔のいい、という意味はもちろんイケメンという意味だ。




******





僕が会場の待合室に入ると、見掛けない格好をした黒髪の少年が目に付いた。

一般参加だな・・・・・・。

少し興味を惹かれて、僕はしばらく様子を伺う。



「あの黒髪・・・・・・どこかで・・・・・・っあ」



僕の頭はあの黒髪の人物に一致する同年代の少年のことをちゃんと正確に記憶していたようだ。

それから居ても立ってもいられず、こんなことは滅多にないのだが、思わず僕はその少年の肩を叩いて声を掛けていた。



するとその少年は半眼で睨むように、僕の方を振り返った。

漆黒に染まる瞳は何も映さず、感情が読めない。

少し古ぼけた服は王都でよく見かける安物の服だが、それもこの少年が着ると何故か風采が栄えて見える。

若干、人相が悪く見えてしまうのは相変わらずだな、と思った。




「やあ、君、アスラだね。僕のこと覚えているかな」

「・・・・・・」



少年は僕の問いに一旦、首を傾げてから、驚いたように少し目を見開いた。



「ああ。覚えてるよ。お兄さん」

「ははは、この年になって初めて兄扱いされるとは。変わらないね」

「そういうあんたは随分と変わったな。ノクトア」




ありゃりゃ、お兄さん扱いしてくれたのは最初だけか。

もしくは皮肉られていたのかも知れない。

そのふてぶてしい態度は屋敷にいた時のままだ。

もしかして誰にでもそうなのかな。



「その格好、一般参加だね。君は無属性魔法を使うようだけど、自信はあるのかい?」

「今日はあいにく体調不良だ。全力は出せない」



それは負けた時の言い訳にでもするのか。

それとも本当の事か。

お父様から聞いた分では、アスラなど恐るるに足らないらしい。

お父様を怒らせて勘当されたヤツだ。

本当に大した力を持っていないのかも知れないが・・・・・・。




「そう言やさ、なあ、ノクトア。解放軍にお前は興味あるか?」


今度はアスラの方から質問してきた。

しかもここ最近で最も問われたくないことをいきなりにだ。

屋敷にいるときからそうだったが、やけに頭が切れる。

一体、何を考えている。


「ああ、2年前のナイト・リベリオンで世間を騒がせているね。興味はないと言えば嘘になるかな。そういう君はどうなんだい?」



実は僕は解放軍の一員で、既に部下もたくさんいるんだよ。

なんて口が裂けても言えない。

お父様を追って、この世界に足を踏み入れたのだ。

ここでヘマをしてお父様に迷惑などかけられない。



「そうか。俺は興味津々だね。是非幹部とやらに会ってみたいよ」



どういう意味だ。

駄目だ、彼の漆黒の瞳には何の感情も映らない。

それとも本心なのか。



僕はナイト・リベリオンの工作員をしていた。

その時の成果が認められて、今に至るわけだが、その作戦の前からお父様とは会っていない。

結局、ナイト・リベリオンの目的も動機も聞けないままでいる。



その時にウサギとやらも現れていたようだが、あいつは姫を助けた。

全く、作戦に支障が出たじゃないか。

と、当時は思いもしたが、今となってはその想定外も素直に経験として受け入れられる。

アスラの場合もそうだ。



昔の屋敷では彼のことをうっとおしく感じていたが、屋敷の外の世界を目にすると、そんな小さなことはどうでも良くなってしまった。

その問題だけではなく、彼自身のことだって、どうでもよく・・・・・・。




「僕はね、屋敷にいる時、君が苦手だったんだよ。知っていたかい?」

「ああ、何となくだが」

「そうかい。でもね、屋敷を出て、色んな世界を見ているうちに、そんな事はとっても些細なことに思えてきたんだ。だから君ともこうしていられる」

「それはわからんでもない」



彼もミレディに比べれば、感情の機微がある方だが、なかなか感情を表に出さないタイプのようだ。

まあミレディは本当に感情があるのかと疑わしくなるくらいなのだが。

アスラは淡々と僕の話に相槌を打ち、僕の質問には答える。

ただ、聞かれたことを最小限でしか答えない。





『では魔法学園対抗戦第1回戦を開始します。選手のお2人はフィールドに出てください。次にコールされる選手は準備をして待機してください』



「おっと、試合開始だ。じゃあ僕は失礼するよ。またトーナメントで会おう」



そう言って、僕は適当に切り上げた。

それでも尚、訝しげに僕の背中を見つめているアスラの視線を感じる。



ふう。

あのアナウンスのお陰でこれ以上の解放軍についての僕への詮索はキリがついた。

全く、侮れないな。

とぼけているようにも見えるが、一体。




「――――何を企んでいるんだ」




あの顔はお父様がナイト・リベリオンの計画を立てている時の顔にそっくりだ。

血は争えない、というのはこういうことか。



******






待合室の外では激しい戦闘音が聞こえる。

何かが爆発する音だったりとか、強い風が吹きすさぶ音だったり。

それに耳をつんざくような絶叫。




このすぐ外では学園の名誉を賭けた、戦いが繰り広げられているのだ。

待合室の空気も自然と引き締まってくるわけで。

話し声は次第に小さくなり、今となっては誰も一言も言葉を交わしていない。

それに比べ、俺とクシャトリアはフリーだ。

何も気負うことはない。



だが、ただ一つだけ挙げるなら、この風邪だろう。

風邪の症状は抑えているのではなく、風邪が発症する以前の状態に一時的に戻り、先伸ばしにしているに過ぎない。

時間が経てば、また発症する。

発症までの時間を見誤ると、今回の対抗戦は失敗に終わる。




それにしてもだ。

久しぶりに会ったっていうのに、ちょっと詮索されたらすぐこれか。

その警戒するのが態度に出てて逆に怪しいっての。




『――――――それでは第5試合、ビブリオテーカ魔法学園第12学年、メイソン=ラック選手とウサギ選手はフィールドに入場して下さい』




そこで招集のアナウンスが鳴る。



クシャトリアのデビュー戦だ。

俺はここより観客席の方が、戦況がより見やすいと思ったので、その場を離れ観客席に向かう。

待合室を出る時に係員に声を止められたが、ウサギの試合を見ると言ったら、すんなり通してくれた。

それほどウサギの知名度は高いのだと言うことを再認識する。



俺は今回、クシャトリアをウサギに仕立て上げなければならない。

そのためにも、クシャトリアにウサギの仮面を付けさせ、出場してもらい、さらに俺が遠距離でウサギが特有とする雷魔法を使い、さもウサギに扮装したクシャトリアが使っているかのように見せなければならない。



遠距離からの魔法の発現はかなり余分な魔力量を必要とするが、洞窟の2年間で増えた俺の魔力をもってすれば大した問題にはならないだろう。

無詠唱というのにも余分に魔力を取られるが、それはいつものことだ。

ここにきて無詠唱という事実が、俺という魔法の使い手を特定しにくくする。

これは思いっきり反則だ。

だがしかし、要は俺が魔法を使っていると分からなければいいんだ。




『それでは選手紹介です! 西のコーナーから姿を見せたのはビブリオテーカ魔法学園12学年Aクラスのメイソン=ラック選手! 彼はAクラスの名に恥じぬ水魔法の使い手! 入賞候補選手との、昨年のデータがあります! さあ、その力をここで存分に見せてくれるのでしょうか!』




あのメイソンという男子生徒は、観客席の自国の生徒に向かって手を振るような浮かれたヤツだ。

特に女子に向かって手を振るような。

俺も女をひいひい言わせたいものだぜ、全く。

でもそれだけの人気は強さに起因するのだろう。

油断は出来ない。



『そして東のコーナーから現れたのは、2年前の精霊祭以来、姿を消していたウサギ! 一部では解放軍の仲間とも言われていましたが、解放軍に囚われていた姫を助けたのも、またこのウサギ!! だが今回は武器の使用は禁止されている! 鎖鎌を使えないウサギには2年前の力が健在なのか!? 解放軍を物ともしない力を、とくとご覧あれ!!』




実況が進行がスムーズになるように、会場を上手く盛り上げる。

その声に観客達は歓声を上げる。

観客の数は精霊祭の時よりも格段に多い。

それだけ、この会場も大きいのだ。

すり鉢状に設けられた観客席に囲まれているのは、直径200メートル程の戦闘フィールド。

ここでは肉体へのダメージは全て痛みと疲労と精神のダメージに変換され、蓄積される。



そこでクシャトリアは戦うのだ。

今はどんな気持ちで臨んでいるのだろう。

やっぱり緊張しているのか?

いや、あいつに限ってそれはないか。




『それでは、試合、開始!!』



観客の歓声が程良く収まったところで、試合開始の合図がある。

観客の盛り上がりは最高潮。

だが観客席は思ったよりうるさくはない。

魔法に集中できそうだ。





「行くぞッ! 水の精霊よ、我に力を! アイスアロー!」


メイソンというビブリオテーカの生徒は勢い良く駆け出した。

およそ魔法使いを名乗る者は、あまり肉体を使う戦術は用いない。

このレベルまでくると、さすがに魔法だけで何とかしようとする魔法使いも少ないか。

身体の動きも織り交ぜて、魔法を放ってくる。



お陰で一体どこを狙っているのか予測が遅れる。



メイソンは氷の矢を放ってきた。

初めの1発目と2発目はクシャトリアの足元を狙ったダミー。

それに目を奪われると、足を氷漬けにして動けなくする。



だがそれも予測済みか、もしくは力でゴリ押しするつもりだったのか。

クシャトリアは身体強化でアイスアローを弾き、氷で押し固められた足を無理やり動かし、氷を割る。



「身体強化でどうにかなる魔法じゃないぞ! どうなってる!?」




メイソンはクシャトリアの身体強化を舐めてかかっていたようだ。

この精霊は馬鹿みたいに俺の魔力を吸い続けて、その俺のものだった魔力を身体強化にすべて注ぐ、否、身体強化にしか注げないのだが、その魔力の量は計り知れない化物だ。

まあその膨大な魔力を提供している俺が言えたことではないが。



一体俺たちがどれほどの魔力量を誇ると思っているんだ?

聞かせてくれないか、メイソン君。



「ば、ばかなッ 俺の魔力は100万を超えているんだぞ!? なのに! なのに!」




100万?

それは2年前の俺だ。

お話にならないな。

もういいだろ、クシャトリア。

ここで終わりにしよう。



俺は未だクシャトリアに吸われ続けても、全く底が見えてこない魔力の入れ物だ。

その入れ物からひとすくい、魔力を放電に使う。



ジジジジ・・・・・・バチッ バチッ バチッ



クシャトリアの周りでスパークが断続的に起こる。

そして激しい発光の後、戦闘フィールドの地面に横たわるメイソンの姿が見えた。





『で、でました!! 雷魔法です! メイソン選手の氷の魔法を身体強化でいとも簡単に打ち破ったウサギは、ウサギの唯一にして最強の魔法で、勝利しました! 勝者、ウサギです!!』




観客席にいる俺思わず耳を塞ぎたくなるような、そんな大きな喚声が上がる。


俺は魔法の発現位置をクシャトリアの右隣に定めて、観客席からという遠距離で雷魔法を使う。

完全に不正だが、俺達の作戦のためだ。


クシャトリアはメイソンにも、その喚声にも興味が初めからないように、フィールドを後にする。


俺はそれを見て、再び待合室に戻る。


俺は別に、メイソンを見下していたわけではない。

ただ、俺の力を少ししか出さないで勝てる相手に、体調のことを考えて喜ぶべきが、力試しとしては物足りないと思うべきか。

でも、今回の目的はこの対抗戦で編入することだ。

このまま事が上手く運んでくれたら、儲けものだ。




******





私はメイソルニア・・・・・・いや、メソッド?

メイ・・・・・・何とかというビブリオテーカの選手に勝利してから、待合室に戻った。



待合室では私の試合を見て、騒いでいる選手がたくさんいる。

驚嘆、それか羨望なのか。

いずれにせよ、私はこんなのは初めて味わった。



「すごいな、アンタ! いや、話には聞いてたけどよ、まさかあんなに強いなんてな!」


「ウサギ、あなたはエアスリルの選手として一般参加しているのですよね!? 一緒にエアスリルの魔法の素晴らしさを世界に知れ渡らせましょう!」



こんなに大勢の人にほめられたのは初めてだ。

もちろん、アスラに褒めてもらった方がこの何千倍、いや、比べ物にするのも失礼なくらい嬉しいが、これもこれで、悪くない気分だ。



今までは私は、レシデンシアをはじめ、エアスリルの王族の姫たちと契約をした。

ルースとの契約はまだ残っているが、あの頃ではこんなことは味わえない。

ずっと洞窟にこもって、人の心にも触れず、温かさも知らず、世界を気にも止めてなかった。



こんなに大勢の人に囲まれることすらなかったのに、アスラ、お前は―――――。




そこに前から黒髪の少年が歩いてきた。

私とよく似た黒さの髪だ。

その少年の顔からは、どこか達観したような余裕と、少しばかりの誇らしさが伺える。


そしてすれ違いざまに小声で言うのだ。



よくやった、次も頼む。



それを耳にした瞬間に、ゾクゾクッと身体に快感が押し寄せてくる。

ぶるっと身体を震わせて、どう我慢してもニヤけてしまう。

瞳孔が広がり、仮面の目の穴を通して見える光景がよりクリアになる。



その少年の言葉でしか、こうはならないだろう。

こんな姿、誰にも見せられない。

仮面を付けていてよかった。




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