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無属性魔法の救世主(メサイア)  作者: 武藤 健太
フォンタリウス屋敷編
3/80

第三話 書庫の半壊

俺の一日の活動は午前をヴィカ講師による勉強、午後は休みと時間が割り当てられている。

午後の休みというのは、昼寝やお遊びといったような極めて幼児的な内容のことだ。

だが不肖、精神年齢二十四歳のアスラ様は見た目中学生のメイドとおねんねしたり、人形を使ってメイドと戯れたりしても、悪いが少しも楽しくない。

まあ、前者は別の意味でお楽しみだが、そういうことを言っているのではない。



俺はこの平凡で平坦な生活に飽きてしまったのだ。

普通の四歳児ならまだしも、俺は見た目は子供、頭脳は大人の名探偵……ではなく、中身は完全に独立できる大人だ。

元ひきこもりが何言ってやがるという意見ももっともだが、四歳児と並べられては、たまったもんじゃない。



家族には見放されて、一日で顔を合わせる人間がヴィカ一人というのにも、不満はないのだが、何というか……アレだ。

いや、別に飽きたのはこの生活にであって、ヴィカにではないんだけど、ヴィカにとっては一日に相手をするのがまだ年端もいかぬ四歳児のガキオンリーっていうのも、何か申し訳ないじゃんっていう、いわば俺の優しさね? うん。


だから今日も俺を抱き枕にして昼寝をするヴィカの腕をすり抜けて、書庫に向かう。

特にこれといって本が好きなわけではないのだが、読む度にその内容が頭に入り込んでくるので、面白くなってきた。

幼いうちからの方が知識をつけやすいと聞いたことがある。

そのせいかもしれない。



勉強と同じ。

テストで良い点を獲れる教科には自然と身が入る。

本に詰まっている知識がスラスラと頭に入ってくるのであれば、読むのが楽しくなるってもんだ。



そんな風に生活に刺激を求めたのが悪かったのか、最近よく書庫でミレディと鉢合わせる。

最近はほぼ毎日だ。

ヴィカ並にエンカウント率が高くなっている。



「こんにちは」

「また来たのか」

「ごあいさつね」



鉢合わせると言っても、言葉を交わすのはいつもこれぐらいで、その後は二人とも黙々と本を読む。

その間は終始無言だ。



ミレディは子供向けの本を読んでいるが、それでも小学生が読むような内容の本だ。

四歳児とは思えないブックチョイスだ。

絵本とは違い、所々に挿絵が挟まれているものの、基本文字の羅列しかない小説。

彼女はそれをいつもこの書庫へ読みに来る。



俺はというと、ミレディが読むような小説が置いてある棚とは別の棚に挟まれた細い通路で魔法について記述のある本を読んでいる。

その内容によると個人の持つ魔力という、魔法を発現させるのに必要な力は出生時に個人差がある上で決められているそうなのだが、訓練次第でいくらでも増やせるというのだ。



要は筋肉と同じ仕組みらしい。

筋肉は使えば使うほどに、筋肉の断裂と破壊が繰り返され、それを補うために新しい筋肉が形成される。だが人の身体というのはそれをする際に、以前を上回る筋肉の再生をする。

この、超回復という原理が魔力にも適用されているようだ。



魔力を使えば使うほど、身体に疲労が募るが、それを回復する際に以前より多い魔力が生まれるということだ。



これをゼフツは狙ってノクトアに魔法を教えていると俺は推測している。

と言うか、ゼフツに限ってこれしかないだろう。

ゼフツは人に能力を求める人間だ。

ゼフツから見たノクトアの能力期待値が仮に百だとしたら、ミレディが八十、俺が十といった塩梅。

いや、俺のはゼロに等しいかもしれない。



俺はこれを逆手にとって、ゼフツの知らないうちに魔力量を増やしてゼフツ、退いてはここの屋敷の人間にヒエラルキーの頂点とは誰か、改めて教えてやる。


……とは意気込んだものの、実際にはそんなことよりも、日本にはなかった魔法というものにただならぬ興味がある。

その分野において、才を伸ばさない手はない。



本の記述によると、魔力は適正魔法の種類に応じて、固有の色が目に見えるらしい。


火は赤、水は青、風は緑、土は黄色、光は白、闇は黒、といった具合だ。


属性のイメージそのままの色だったので覚えやすい。

でも、たしかミレディの話しだと無属性ってのもなかったか?

無属性だと色はどうなるんだろうか。

それについては書いていなかった。



まあ、それは何にせよ、魔力を体外に出すのを試みる。

今のうちに自分の適正魔法を知っておくのも手だろう。

本にはこうある。



身体中の血を一点に集め、そこから身体の外へ解放するイメージ、なのだそうだ。



早速やってみることにする。

目を瞑り、本に書かれてあった内容その通りにする。

俺はとりあえず、今日のところは魔力を集める部位を手の平にした。

定石過ぎてつまらないという意見はさておき、手の平に身体中の血を集めるイメージ。



イメージ……。



イメージ……。



イメージ……。



と、次の瞬間。



ボッコオォォォンッッ!!!



耳をつんざくような爆発音。

身体を揺さぶり、俺を所構わず吹っ飛ばさんとする爆風。

びっくりして目を開けてみると、書庫の部屋が半壊していた。

というより、壁や天井が部屋の中心に向かって吸い寄せられるように、へしゃげている。

いや、部屋の中心にではなく、俺に向かって吸い寄せられている。



俺はそこでそんな事を考えている場合ではないことに気付く。

この部屋にはミレディがいるのだ。

俺はミレディの安否を確認するべく、呼びかける。

呼びかけようとしたのだが、思うように身体が動かず、声もかすれて上手く出せない。

俺は自分が酷い倦怠感に見舞われているのを感じた。




そして、俺はその場で倒れて、意識を失った。



―――――――――部屋の柱に打ち込まれている鉄の(くい)、そして本棚のネジが俺の手に握られていることにも知らずに―――――――



***************




目が覚めたのは、翌日の朝だった。

結局、自分の適正魔法を知ることはできなかった。

倒れたのは昨日の午後だったので、およそ半日以上は軽く寝ていただろう。

身体を起こすと、まだ身体がだるい。

もう一度横になる。



だがヴィカが床に膝を付き、俺の寝かされているベッドに突っ伏しているのが見えた。

組んだ腕に顔を押し当てて寝息をたてている。

付きっきりで看病してくれたのだろう。

だが、その腕の袖にはじんわりと水気が浮かんでいた。



「う、んん……」



そこでヴィカが目を覚まして、窓から入る朝日に目をしかめる。

日光があたることでわかったのだが、ヴィカの目は赤く腫れていた。



「あ、アスラ様。もうよろしいのですか? お加減の方はどうですか?」

「うん、大丈夫」

「それは何よりです」



お腹が空いているでしょう、朝食を持って参ります、と言ってすぐにヴィカは部屋を出て行ってしまった。


ヴィカ、泣いてたな。

無用な心配を掛けたかもしれない。

これからはしばらくの間は、いたわろうと思う。

俺の元気な子供らしい姿を見せでもすれば、少しはヴィカも元気を取り戻してくれるだろうか。




がちゃ。



そこで扉が開き、部屋に誰かが入ってくる。

ヴィカが朝食を取ってきたにしては、少しばかり早い気もする。

急いでくれたのだろうか、と思うのも束の間。

そこに立っていたのはゼフツだった。

書庫での事は屋敷の主であるゼフツにも当然伝わっているだろう。




「聞いたぞ。書庫にいたそうだな」

「うん」

「……さすがにもう喋ることはできるか」



気不味い空気。

今まで距離を置いていた実の父親。

見限って、一切親子の関係を持たなかった息子。

それが顔を合わせたともなると、盛り上がることなど夢のまた夢というものだ。

やはりこの状況でも、ゼフツから厳格な雰囲気が消えることはない。

ずっと険しい顔をして、こちらを向いている。




「書庫で魔法を使ったのか」

「たしかに魔法の本は呼んだけど、魔法は使っていない。それよりミレディはどうなんだ? 無事だったのか?」

「言葉遣いがなってない……が、今は良い。ミレディは無傷だ。そもそもあの後お前のことを私に知らせに来たのはミレディだ。いつも無表情のミレディが顔をくしゃくしゃにして泣いてお前の事を心配していたから何事かと思ったぞ」



あのミレディが?

信じられないし、想像もつかない。

それは兎も角、ミレディが無事で良かった。

これで俺より重態だったりしたら、目も当てられない。

ミレディにはあとで礼を言わなければ。



「それよりだ。アスラ」

「!?」


ゼフツが初めて俺の名を呼んだ。

名付け親にして、四年もの間その名前を一度も口にしなかったゼフツが俺の名前を読んだのだ。

本当に、本当に悔しいが、まったくもって情けないことなのだが、俺はそのことに自分が少し認められた気がして、嬉しかった。



「明日からお前も、ノクトアとミレディの受けている魔法の講義に来なさい」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。今まで別々だったお前達兄妹の生活を元に戻すんだ」

「元に戻すも何も、元から別々だったじゃねえか。何を目論んでいる?」

「……何も。とにかく、明日の朝食は八時に食堂だ。遅れるなよ」



それだけ一方的に言うと、ゼフツは部屋を後にした。

そして、ゼフツとすれ違うように部屋に朝食を運んでくるヴィカ。



「ゼフツ様!? どうなされたのでしょう」

「俺に明日魔法の講義に来ないかって。親父が」

「え!? そ、それは誠でござりまするでしょうか!?」

「うむ。誠だ」


驚き過ぎて意味不明な敬語を駆使するヴィカ。

俺はそれに仰々しく答える。



「やりましたね!! ゼフツ様に認められたってことですよ!!」

「そうなのか」

「もっと嬉しそうにしたらどうなんですか!? わ、私なん、私なんて、嬉しくて、う、うええええんっ 」

「お、おい、ヴィカ!?」

「わだしっ わだしっ アスラ様が死んじゃったかと思ったっ ひっく、ひっく、うええええんっ」



俺のことをまるで自分のことのように喜んでくれるヴィカ。

そして溢れる涙に引っ張られて、先程まで我慢してこらえていた感情も決壊したかのように漏れ出してくる。

そんな風に俺の事を大事に思ってくれる人がいたというだけで、俺ももらい泣きしそうになる。

いや、実際虚空から雨滴がひとしずく、頬を伝って流れてきた。



その後、ヴィカが泣き止むまで三十分程の間、可愛い声が部屋に響き渡った。



*********




数日後。

俺は朝の八時きっかりに食堂へ入る。

ヴィカにはめちゃくちゃ応援されて、それと同じぐらい大丈夫か心配された。

そのヴィカはというと、今日は休暇をとって帰省している。

エルフの里に帰ったのだとか。

今日はお付きのメイドはいない。



食堂ではすでにノクトアとミレディが席についていた。

けれど、ゼフツはまだ来ていない。



「あっ……おはよう、アスラ」



さっそくミレディが俺に朝のあいさつをしてくる。

だけど、いつもとどこか様子が違う。

いや、どこか、と言うより全体的におかしい。


眉をハの字にして、時折心配そうにこちらをチラチラと俺の隙を伺うように見てくる。

そして身体を揺すって、もじもじとして落ち着きがない様子。

俺はそこまで阿呆ではないので、その意味を察する。




「もう大丈夫だ。休んで良くなった。それと助けを呼んでくれてありがとな」

「え、ううん。それなら、いい」



今日は妙にしおらしい。


かと思うと、急に無表情に切り替わる。

女の子ってよくわかんない。



「おはよう」


そこで、ゼフツが食堂の扉を開けて入ってくる。



「「おはようございます、お父様」」

「よお」



俺は言ってから、ノクトアとミレディの挨拶とかなりの温度差があることに気付く。

ノクトアは信じられないと目をひん剥いて驚いていた。


「アスラ、今日は講義の後、ひとまず言葉遣いを学びなさい」

「……はい」


これは身から出た錆だ。俺が悪い。

ゼフツは別段怒ってはいなかったが、不憫そうな顔をする。


いただきます、とみんなが一斉に口にして食事を始める。

どうやら、食べているものはミレディ達も俺と同じメニューだったみたいだ。

まあ食事の時間をずらせとまで言われていたわけだから、今更そんな些細な共通点嬉しくも何ともないけどな。



***



朝食が終わると、屋敷をでて、広い庭に集まる。

俺は屋敷の外に出るのは初めてだ。

初野外だ。

俺もルースのこと引きこもりとは言えねえ・・・。


「今日は魔法と人体の関係について説明する」



ゼフツがいつもこうして教えているそうだ。

ノクトアは何が始まるのか楽しみで仕方ないといった風に目をキラキラ輝かせている。

ミレディは通常運転で、無表情。


「人には魔力に限界がある。これは先日、魔力を増やせるということを説明したね。だが、もし魔力が底を尽きたらどうなるのか」


そこでゼフツが俺に向けて指をさす。


「それは次男のアスラが良く知っている。ノクトア、アスラとは一年ぶりだね。お兄さんとして、教えて上げるんだよ」

「はい! お父様!」

「うん、いい返事だ。ではアスラ、魔力が尽きたらどうなるか、わかるかな」



数日前の事を踏まえての今日だ。

余裕でわかるぜ。

何てったって俺は峠越えのバズーカ、アスラ様だからな。

って、ここで峠越えしても意味ねえか。



「酷い倦怠感を感じ、意識を失う。最悪、死に至ることもあるんじゃねえか?」

「そう、その通りだ。察しがいい。昨日アスラが気を失った原因は魔力の消耗によるものだ」

「ねえ、お父様、けんたいかんってなんですか?」



ノクトアが無邪気に質問する。

こいつ、魔法の才能はあるかもしれんが、ヴィカをも凌駕するアホの子かもしれん。

俺の兄だと思うとひどく悲しくなるのは気のせいだろうか。

苦笑いをしたゼフツは優しくノクトアに倦怠感について教える。


ゼフツは基本的に教えるのが上手い。説明もかなりわかりやすい。

家族をぞんざいに扱うようなクズな一面もあるが、有能な男だからこそ、この屋敷の主であることを改めて実感する。



「じゃあノクトア、今のことを頭に置いて、魔法を使ってみなさい」

「はい!」


ノクトアはゼフツから杖を受け取る。

その杖は先端に赤い石が付けられており、火属性魔法の効果を高める作用があるそうだ。

ノクトアはそれを構えると、呪文を唱え始める。


「火の精霊よ、我に火の力を! ファイヤーボール!」



すると、杖の石が赤く発光し、そこからサッカーボール大の火の玉が放たれる。

それは地面に着弾すると、激しく燃え上がり、地面を焦がす。


「ノクトア、少し身体がしんどくなったね。それが魔力の消耗による倦怠感だ」

「はい!」


ノクトアは依然、目を輝かせて、この講義が楽しくてたまらないといった様子。

それにしても初めて目にする、火属性魔法。

殺傷能力は十分に持っている。

この魔法を使うため、屋外にでたのだ。



「魔術師同士の戦闘においては、例えば今のファイヤーボールを水のウォーターボールで相殺したりするんだ。それと、これが重要なんだが、魔石というものがある。それはノクトアの杖に付いている石のことだ。これの効果は火属性魔法を増幅し強化することだが、普通は魔力を溜め込み、魔力を保存する用途で使う。そして、その魔石を用いた道具のことを魔道具という。この杖が魔道具そのものだ」



魔術師の戦いにはそういう要素も加わってくる、と言ってゼフツは締めくくった。

どうやらこれで講義は終わりのようだ。

本当に短い時間だったが、四歳児の集中力を考えたらこんなものだろう。



俺は、その後礼儀作法をミレディに教えられた。

元々敬語などの礼儀は習得しているものの、誰に対してもわきまえていないだけだ。

だから言葉遣いはすぐに直せる。



「何故敬語が使えるのに使わないの」

「それは極めて果てしなく地の果てまで面倒臭いからでございます。お嬢様」

「理由になってない」

「それでも、私にとっては十分な理由になるということを、お含み置き頂ければ結構です」

「本当に別人みたい」



俺は綺麗に腰を折り、ミレディに頭を下げる。

ミレディは俺の変貌ぶりに戸惑い、最後には大層嫌そうな顔で礼儀作法の授業を終えた。



「なんか、アスラが仮面をつけてるみたいに見えるから、私の前では普通でいてね・・・」

「わかったぁ」


ミレディは悲しそうな顔をして俯いて、俺に釘を刺す。

俺も相手に尻尾を振っているみたいで嫌だったので、ミレディの前で敬語を話す気はさらさらなかった。


「それにしても、敬語からの落差が激しいわ」

「うっせっ」


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