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第二十六話 二度目の膝枕と発熱と

クシャトリアが俺に代ってコールソンに答えたあと。


「そっかあ。お前も女好きしそうなツラしてるもんな、はは」



もうそんな年になったのか、とでも言いたげなコールソンは遠い目をする。



人型をとる王級精霊を連れている人間は世界に僅か数人しかいないと聞いている。

それを思えば、コールソンにとって最も現実的に受け入れられる返答だっただろう。

愛人だと言ってしまえば、例え契約精霊だとバレたとしても、おそらくその非現実をなかなか受け入れられないだろう。



そうなってしまえば人型の精霊なんて確証も曖昧なままでいられる。

そのどっちつかずな立ち位置が、勝手に他者が考えるクシャトリアが契約精霊だという非現実を排斥してくれる。




まあ、愛人と誤魔化せるうちはそうしておこう。

がっちり手を握っている様子じゃあ、友達って言うのにも無理があるし。



こうしているうちは、変に周囲を嗅ぎ回られたり、俺達の素性がバレることもない。

契約したクシャトリアの今の状況を解放軍に知られることも避けたい。

何が解放軍に刺激を与えて、またクーデターなんてものを起こす原因になるかわからない。

そう考えると、クシャトリアの答えは正しかったか。




「そうです、俺達ラブラブなんです」

「ッ!?」



俺はクシャトリアの肩を抱くと、そのまま引き寄せる。

こういうときに柄にもなく、びくんと身体を震わせて驚くクシャトリアは妙に可愛げがある。



「へえへえ、お熱いこって」



「そういうコールソンは何をしているんですか?」


ちょっと驚いたような顔をしたコールソン。


「へえ、本当に王都の情報を持ってねえみたいだな。いいぜ。教えてやる。まず、王都のギルドは無期限で活動を停止している。働き口のない冒険者は、他の街のギルドに拠点を移すか、俺のように身を窶して生活費を稼いでいるわけよ。お前の想い人のニコの姿もしばらくは見れねえだろうな」



愉快愉快、と冗談を言うコールソンは、ちょっとだけ悲しそうな笑みを浮かべたように見えた。

あの豪快な斧使いの冒険者もこんな顔をするんだ。



「で、そういうアスラは何しに来たんだ?」


「えっと、王都の様子を見に・・・・・・」


嘘は言ってないよな。




「へえ。デートにしちゃあ場所を間違えたな」


「間違えた? 賑やかな良い街ですよ」


「そりゃあ見かけはな。ある程度の都民もナイト・リベリオン以前のような生活に戻ってるさ。でもな、あの日に耐え難い思いをして今も立ち直れずにいるヤツだって、少数だがいるんだ」


「そうですか? 俺にはそんな風には見えないですがね」



俺が見た限りでは、大人も子供もみんな、そんな風には見えない。

そういう人間は表には出てこないのかもしれないが、それでも生活を続けるために多少は家の外に出てくるものだろう。

それでも、街を行き交う人々は生き生きしているように見えた。




「それはこいつのせいだ」



そう言って、コールソンが手で摘んで俺たちに見せたのは、クシャトリアが食べたキノコに酷似していた。

色はカリフラワーのような白で、椎茸の色を抜いたようなキノコだけど、間違いなくこのキノコに茶色を足すと、クシャトリアの食べたキノコだ。




「そのキノコ・・・・・・」


「なんだ、興味あるか? でも悪いことは言わねえから、やめとけ」



コールソンは手で摘んでいたキノコを元あった場所に乱雑に、ポイっと投げるように置く。

このキノコにあまりいい印象はないらしい。


「こいつはな、強烈な催眠作用を持つ大型菌類だ。こいつを食べりゃあ、例え精霊でもおしまいだろうよ。まあ言ってみれば精神薬物だよ」




コールソンは簡単に説明をしてくれた。

どうも、コールソンの話によると、このキノコは色によって作用に違いがあるのだとか。

白色は不満解消に用いられるらしい。

普段は他にも材料を混ぜて一般販売用の精神安定剤に加工するために効果を抑えるのだが、キノコ単体で食べると効果の効き目と持続性がかなり高まるとの話だ。



他には睡眠作用のある黄色のキノコがあった。そのままの意味で、眠くなるらしい。


鎮静作用のある緑色。これは普段は鎮静剤の材料として用いられるらしいが、そのままの生で食べると睡眠効果が逆に高まり、黄色のキノコとほぼ同じ効果が得られるようだ。


食べると凶暴になる黒色。凶暴というより、理性が飛んで生き物の野生本能を引き立てると言う。




そして、茶色。

他の生物に対しての異常な固執が症状として挙げられるらしい。



この全ての種類のキノコの効果は個人差があるようだが、クシャトリアの場合の「固執」は俺への果てしない愛情になっている。



「名前はサイノーシス。ナイト・リベリオンのことを忘れて、それ以前の楽しい生活にすがりつくお客様には大人気だ。効果の持続力はお墨付きだぜ」



コールソンはどこか自嘲気味に言う。


過去にすがりつく都民。

そりゃそうか。

人は大事なものを失ってから、その大切さに気付く生き物だとどこかの著名人が言ってたな。



「俺だってこんなものを商品にしたくはねえよ。でもな、俺の今の生活が続けられるのはな、このサイノーシスのお陰なんだ。こいつのお陰で俺は食っていける。俺にも生活があるんだよ。わかってくれ」



コールソンは自分を悔いている。

でもそれでも生活がかかっているから売ることは止められないと、この男は言う。

歳だってもう若くはない。ゼフツと同じような年代だ。

冒険者の依頼を受ける、なんていう無茶も、住み慣れた王都を離れてまで続けようとは思わないだろう。

それか、もう少し待てば、また再び王都のギルドが再開されるかもしれない。

そういう希望も含まれているのだろうか。



コールソンが自らそれを選んだのなら、俺にどうこう言う資格はないだろう。

それに王都もこのサイノーシスとやらの禁止や取り締まりはしていないようだし。



だが、コールソンがここで屋台をしてくれていて、俺は助かっているのも事実。

運良く、情報が転がり込んできた。




「効果を解くにはどうすればいいんですか?」


「それは魔法の分野になってくる。治癒魔法か何かで、サイノーシスの催眠成分を中和できるって話だが」


「魔法か・・・・・・」


俺は無属性魔法しか使えない。

治癒魔法は水属性の魔法だ。

こればっかりはワイバーンを瞬殺した俺とクシャトリアでも、手の出しようがない。


ここでの希望は潰えたか。


あとはその手の水属性魔法に詳しい人間を、しらみつぶしに探して行くしかないようだ。




「そんなこと調べてどうすんだ? アスラ」

「いえ、ただの興味です」



それにしても困ったな。

サイノーシスのことは一旦保留にするとして、宿を探さなくては。

往復に2週間かかる洞窟に戻るわけにもいかないし。



「コールソン、この辺に安い宿ってあります?」

「宿かあ。王都の復興後はどの宿も経営難で、割高になってるな」



な、成る程。

いや、予想の範疇ド真ん中すぎて、俺は一切動揺なんてしてないし、これからの生活をどうしようなどと迷ったりはしない。



「あ、そうだ、アスラ。生活費の困ってるなら、コレなんてどうだ? お前の魔法の腕は確かなんだろ?」


そこでコールソンは思い出したように、手の平を拳の底で軽く叩き、俺にある紙切れを見せてくる。

何かのポスターのようだ。




『第89回魔法学園対抗戦 開催


みだしの件について、今回もエアスリル魔法学園も参加することが決定しました。


一般国民の皆様につきましては、去年と同様に学園入学年齢に達している方に限り、参加を募らせて頂いております。なお、対抗戦では魔法の使用のみが有効攻撃となっております。魔法使いの方々、ふるってご応募下さい。


・一般参加対象年齢6歳~23歳。(学園参加の生徒は13歳が下限)

・肉体ダメージの精神ダメージ変換あり。

・上位10名以内の優秀選手に選ばれた一般参加の国民は魔法学園への編入が可能。

・上位5名の優秀選手には学園参加、一般参加を問わず賞金を授与』




ざっとポスターに目を通したところ、こんな感じだった。


まず、一番に目が行ったのは賞金についての文章だ。

どのくらいの金額なのかはわからないが、そろそろ金貨袋が寂しくなってきたところだ。

まさか上位5名の賞金が数日の生活費で収まることは、まずあるまい。


だがしかし、学園対抗ってことは、他の学園も参加するはず。

総勢何人の試合になるのだろうか。

ポスターを見る限るでは、恒例行事のようだから親善試合だと思えばいいんだろうが、きっと学園の名誉のために、とか言ってるガチな生徒ばかりだ。


学園参加を許されるのが13歳からなのは、生徒には実力を伴ってから出場してもらいたいという学園側の意志が働いているからだろう。

幼いまま出場させても結果は負けるだけで、学園の評判にも関わる。

それなら、魔法の技術をしっかり学んで使いこなせるようになった生徒が出場した方が、学校の評判も良くなり、入学を希望する家が増える。

それに比べると、学園側の取り決めに関係のない一般参加の俺は12歳のままで出場できるのだから、ある意味僥倖だろう。




そして、学園への編入だ。

魔法学園なだけあって、アホほど魔法使いがいる。

いやむしろ、魔法使いしかいないのだ。

サイノーシスの効果を止める方法もあるはず。

こんな旨い話はない。



俺はニヒルな笑いを浮かべて、ポスターから目を外す。




「これはどこで開催されるんですか?」

「ああ、5日後に都市ウィラメッカスでだ。ここから馬車で4日だ。かなり間際の到着になる。手配できるがどうする?」


本当にギリギリだな。

なかなかハードな予定になりそうだ。

馬車の旅での疲れを癒さないまま対抗戦突入っていうのには、体力が持つか心配もあるが、洞窟でも野生生活を2年間してきたんだ。

ある程度の無理は承知の上だ。



「お願いします」

「わかった。1万ゴールドだ」

「か、金はとるんですね・・・・・・」

「当たり前だろ? これは商売だぜ」



どこまでも生活に必死なコールソンだった。

俺はコールソンにこの場で会えたことに感謝しながら、情報料としてコールソンの屋台の果物をいくつか購入して売上に貢献した。

それでコールソンは満足したようで、俺は後腐れなく、コールソンに別れを告げて南門の馬車乗り場へと足を運ぶ。

コールソンに出会えたことで、予定を大幅に繰り上げることが出来た。

彼からもらった情報の対価としては、果物は妥当だと俺は思いながら、さっそく馬車でウィラメッカスを目指した。




もし少しでも遅れていたら、対抗戦出場は叶わなかっただろう。

でも、人の幸運というものは長くは続かないもので・・・・・・。





******





「アスラ・・・・・・。想い人とは何だ。ニコとは誰だ」



クシャトリアは久しぶりにご機嫌斜めだ。

コールソンの冗談を真に受けてしまっている。

確かにニコは可愛いが、どっちかって言うと愛情と言うより保護欲を掻き立てられる感じだ。

クシャトリアが考えてるのとは、ちょっと違うかな・・・・・・。




「あれはコールソンの冗談だ。気にするな」

「本当か? なら私のことを愛していると言ってみろ」



ご機嫌斜めと言うより、ご立腹と言ったらいいのだろうか。

拗ねてる?

クシャトリアは俺に頬を少しぷくっとさせて見せる。

こいつ、小癪にも可愛いじゃないか。




そういや親に勘当されてから間もない頃、馬車で王都に向かう時にはジュリアに膝枕をしてもらったものだ。

彼女は今はどこで何をしているのだろう。

やはりまだ解放軍としてゼフツと行動を共にしているのかな。

あの膝枕が得られるのなら俺もいっそ解放軍に・・・・・・。





いやいや、何を考えているんだ。

膝枕に惑わされるなんて、俺も落ちたものだぜオイ。

解放軍は俺の仇なんだぜ。

なんの仇かっていうと、たぶんネブリーナのだが、よく考えたら俺あんまりネブリーナのこと知らねえな。

なのに、何で仇とか思ってるのかな。




なかなかどうして、不思議なものだ。

自分でも自分のことが分からなくなることが、こちらの世界に来てから増えたような気がする。

きっとそれはこの世界に思い入れが生まれてしまったせいなんだろうな、と俺は思う。



気休めと言っては、本人にとって失礼に当たるだろうが、俺はクシャトリアの膝の上にコテンと頭を乗せ、横になる。

ジュリアの太ももには引き締まった柔らかさがあったが、クシャトリアの膝枕には女性特有の柔らかさ、という感想を抱かざるを得ない。




そして、クシャトリアの膝枕は温かい。

体温もさることながら、何と言うか、包容力があるというか、包み込まれるような温もりがある。



コールソンに手配してもらった馬車で王都を出てからもうだいぶ時間が経った。

この馬車には細い木をドーム状に組み立てて、その骨組みを布で覆い、雨を凌ぐための屋根が設けられている。

馬車後方の入口からは夕日が差し込んでいる。

夕日に照らされる黒色の髪に馬車の振動が伝わって、優雅に揺られている。




クシャトリアはというと、先程の不機嫌な様子はなく、優しく俺の髪を撫でている。

そんなクシャトリアに、俺は嘘をつけるはずもなく、それは今のうちだけの、ほんの瞬間的な感情だったのだが。



「・・・愛してるよ・・・・・・」


ほんの一瞬。

ほんの一瞬だが、クシャトリアの紅い瞳に幸せの光が弾けた気がした。



「このまま寝てていいぞ」


クシャトリアは顔を上気させて微笑む。



ああ。

甘えられる人がいるというのは、安心できるものだと、しみじみ感じた。

まったく、子供か俺は。

久しぶりに年相応なことを考えた気がした。





*****






馬車の外は雨が降っている。

ザーっという雨独特の雰囲気を漂わせる音と、びちゃびちゃとぬかるんだ地面をえぐる音が聞こえる。


翌日、俺はかなり早い時間に目を覚ました。

と言うのも昨日、日も沈みきっていない時間帯から寝たということも原因だろうが、おそらく今の俺の体調のせいだ。



鼻水と咳が止まらない。

身体の節々が痛い。

頭がぼーっとして、だるい。

寒気がして、汗が止まらない。


これは風邪だ。

自称、峠越えのバズーカである俺は風になるとは言ったが、こっちの風邪になりたかったわけではない。

かなりしんどい。

こちらの世界で初めて体調を崩した。




俺に釣られるようにクシャトリアが目を覚ました。

俺はクシャトリアの膝枕で寝ていたようで、クシャトリアは座位のまま寝ていたようだ。

悪いことをしたな。

もしかすると、その罰がこの突然の発熱なのだろうか。



でもどうやらそれではないらしい。

目を覚ましたクシャトリアはこの世の終わりを見るかのような顔になって、俺の心配をし始めた。




「あ・・・あす・・・ラ・・・・・・」



心配と言うか、錯乱し始めた。



「死んじゃ嫌だぁ!! 死ぬなぁ!! なんでこんなに身体が熱くなっているんだ!? なんでそんなに汗を掻いている!?」



クシャトリアは半ば狂乱気味に泣きべそをかきながら、寝たままの状態の俺を抱きすくめる。

クシャトリアのひんやりとした手が気持ちいい。

でもその手も俺の体温をすぐに吸って、熱くなってしまう。



馬車を馬に引かせている人、つまりこの馬車の運転手なのだが、その人がクシャトリアの叫び声に近い声を不審に思ったようだ。

馬車が一旦停車し、後方の入口から麦わら帽を被った、髪と口髭を白くした人の良さそうな老人が顔を見せた。



「どうしたんだい、お客さん」


「あす、アスラ・・・ひっく・・・アスラがぁ・・・・・・」




涙で顔をくしゃくしゃにしたクシャトリアは、俺を抱くのを止めて、俺の顔と状態がその老人によく見えるようにして、助けを懇願している。

もう鼻水なんか俺より多い量が出ているんじゃないだろうか。



クシャトリアは精霊だ。

風邪なんていう概念自体がないのだろう。

どうしていいのかわからないのだ。



「おやおや、これはいけない。早く治療しないと」



老人はおもむろに俺の身体に手を触れ、目を瞑る。

すると、俺の身体に魔力が流れ込むのを感じる。

これはクシャトリアの力強い躍動の魔力ではなく、ひんやりと身体に透き通るような癒しの魔力だ。



俺はたちまち身体の熱が引き、咳も鼻水も嘘のように止まるのを感じる。

思考がはっきりとして、頭が正常に回り始める。



「じいさん、あんた魔法使いか・・・・・・」

「ははは、ご名答だよ。でもあまり長い間は効果が持たないから、またしんどくなったら言いなさい」



俺は驚いて、敬語を使うのを思わず忘れてしまった。

それでも、柔和な笑みを浮かべて頷いた老人は馬車を出て、再び雨の中、馬に馬車を引かせる。



あまりにさり気ない、見返りを最初から求めない人助けに、俺は少し興味を引かれた。

普通はもう少し礼を言う時間を相手に与えたりしないか?

3分間待ってやる、とか言ってさ。



「アスラ、ぐすんっ・・・大丈夫なのか?」


某大佐の台詞は名言しかないな、と思っていると、クシャトリアは泣き止んで鼻をすすっていた。



「ああ、今のところはな」

「今のはなんだったんだ? 何故苦しみ始めたんだ?」

「今のは風邪って言って、身体の調子が悪い時に出る症状だ。でもそれは身体が治ろうとしている状態だから、心配しなくてもいい」


「なんだ・・・そうか」



クシャトリアは、ほっと胸を撫で下ろす。



それにしても、さっきの治癒魔法。

てことは水属性魔法を使うことが出来るというワケか。

ちょっと掴み所のない老人だが、これは後で話を聞く必要がありそうだな。





*****





それから3日後。

何度も馬車の老人に魔法で症状を和らげてもらいながら何とか都市ウィラメッカスに到着した。

だけど終始クシャトリアの心配そうな顔を見るのは、とても心苦しかった。

しかもクシャトリアは看護とか、そういう人間に関する医療方面の知識が皆無だ。

その歯痒さが俺に伝わってくるからこそ、申し訳なくなる。




で、今も。



「ごほっ ごほっ」


「アスラ、もう一度あの老人に魔法で良くしてもらった方が・・・・・・」



馬車を降りるのも辛い。

発症するたびに、治癒魔法で治してもらっているから、症状が次に出る時はいつも一番辛い初期症状だ。



「おや、こりゃいかん。何とか宿をとるまで持たさないと」



そう言って、いつも治癒魔法で症状を和らげる老人の男。

もうこれで何度目だろう。

はあ、またもうちょっと時間が経てば、あのしんどさにまた見舞われるのか。

俺の身体は魔法で症状が和らぐたびに、治癒魔法に対する耐性が強まっていて、治癒魔法の効果時間が少しずつ短くなっている。

最初のうちは半日ほどは効果が持っていたが、今は3時間くらいが限度だ。





都市ウィラメッカスは城壁で囲まれた王都とは違い、とても開放的な街だ。

いきなり地面が土から石畳に変わり、蜘蛛の巣状に張り巡らされた大通りが、街の中心にある魔法学園を終着点にして続いているような構造の都市だ。


ここにも商業区という区画があり、そこでは王都ではお目にかかれない、魔導具がたくさんある。

屋敷にいる時にゼフツに教わった魔導具や杖以外のものが並んでいる。



が、今の俺にとっては、そんなものは後回しだ。

また身体が重くなってきた。

まだ熱は出ていないようだが、早く宿を探さないと。



大丈夫だ。

対抗戦で勝ちさえすれば、賞金が手に入り、おまけに魔法学園に入学が出来るかも知れないんだ。

そうなりゃこっちのもんよ。




「クシャトリア、しんどくなってきた。肩、貸してくれないか」

「もちろんだ。私で良ければ使え」



やっと私にも出来ることが見つかった、とでも言うように、はりきって俺の身体を支えてくれる。



ウィラメッカスは円状に街が広がっていて、その外周一帯が商業区だ。

商業区を抜けると、居住区も円の形になっているのだが、そこは民家はなく宿しかないようで、このウィラメッカスに住む人々は商業区で働いている商人と魔法学園の生徒だけのようだ。


そして居住区で周りを囲まれているのが魔法学園だ。

今回の対抗戦の会場はこのエアスリル王国の魔法学校、つまりウィラメッカスだ。




しかし対抗戦が始まるまでは宿で過ごさないと。

俺はクシャトリアに支えてもらいながら宿に向かう。

宿までは、心配だ、と言って馬車の老人も見送ってくれている。

まったく、クシャトリアはさることながら、こんな年寄りにも気を遣わせているなんて・・・・・・。

自分の不甲斐なさが恥ずかしいよ。




俺にはウィラメッカスという新たな都市の風景を楽しむ余裕もなく、ようやく居住区に辿り着いた時にはとてもじゃないが、歩けるような状態ではなかった。




「こんにちは。2部屋借りたいのですが」



馬車の老人が差し当たって、俺たちの分の宿の部屋もとってくれた。

どうやらその老人も宿で休むそうだ。

馬車で俺たちをウィラメッカスに送る仕事以外にも、ここには目的があるらしい。



部屋に通された俺は真っ先にベッドで横になった。




「大丈夫か? アスラ」

「ああ。ありがとう、クシャトリア。それに馬車の人も・・・・・・」

「なあに。困ったときはお互い様さ。1週間もすれば元気になるだろう」




1部屋は老人が、もう1部屋は俺とクシャトリアの分の部屋だ。


でも、おちおちここで寝込んではいられない。

明日には対抗戦が始まる。

1週間だって?

そんなの待っていたら余裕で対抗戦が終わってしまう。

この状態で出場するしかない。

いや、もっと良い手がある。

許してもらえるかはわからないが。




「なあ、馬車の人。名前は何て言うんだ?」

「ノノだ。ノノ=キーリスコール」



初対面での会話ではうっかり敬語を使い忘れてしまった。

もう今更取り繕う必要もあるまい。

しかし、今の俺は滞りなく会話をするのが精一杯だ。

辛いが、話を進める。



「そうか、ノノさん。俺はアスラって言うんだ。訳あって本名は言えないが、ちょっと手を貸して欲しい」

「ふむ。アスラ君か。君の事情は伏せたままでいい。話を聞こう」



やけに優しい、と言うか甘いな。

俺はこんなにサクサク話が進むことに、若干の疑いを抱き始めた。




「ありがとう。実は、俺は明日の魔法学園の対抗戦に出なきゃいけないんだ。でも身体がこんな状態だし。だから当日、出場の時だけ、ノノさんの魔法で症状を和らげて欲しいんだ」


「対抗戦って、明日からじゃないか」

「ああ。よく知ってるな」

「私の孫が出場するんだよ」

「へえ、じゃあ今日ここに泊まったのはお孫さんの戦いを見るためか」

「そうさ。君達が馬車の依頼をしてくれたのは渡りに船だったよ」



「じゃあ、尚の事、俺の戦いぶりを見たいと思わないか? それにもちろんタダでとは言わない」



俺はノノを煽れるだけ煽る。

でも、金の話を出せば折れるだろうと思っていた俺は、甘かった。



「でも話には乗れない。どうも君は孫と年が近くて、孫を重ねてしまう。はっきり言って、アスラ君のような子供が無理をするもんじゃない」


「なっ!?」



ちくしょう、騙された。

氏素性も知らない、馬車に乗せた客というだけの俺の話を、何故あそこまでホイホイ聞くのかと思えば、ただの子供好きかよ。

こっちは何か隠してんじゃねえかって裏読んだりもしたんだぞ。

無駄に深読みして損した気分だ。



でもこれで振り出しに戻ったわけだ。

この状況を打開する手はあるには、あるのだが、それは本当に奥の手だ。

まだノノを信用したワケじゃないし、何よりリスクが高すぎる。


そして次はノノが質問をしてきた。



「では逆に問おう。何故そこまでして対抗戦に出たがるんだい?」


「それは――――」


俺は一瞬、逡巡してから。


「賞金を手に入れるためだよ・・・・・・」



「ふうん。答えになっていると言えばなっているが、他に何か隠しているんじゃないのかい?」



くそう。

なまじ俺みたいな年頃の子供の孫を可愛がっているだけあって、俺の子供の仕草から考えが読み取られている気がする。

この老人、出来る!


また一瞬、逡巡した結果。



「ノノさん、サイノーシスって知っているか?」

「ああ。知っているよ。強烈な催眠作用のある菌類だね。それが何に関係があるんだい?」

「今、部屋の隅で、除け者にされて不機嫌な美少女がいるだろ」



「あ、ああ。いるね。君のガールフレンドかい?」

「いいや、あれは俺の契約精霊だ」

「えッ!? 人型の精霊・・・・・・君、高位精霊と契約しているのか!!」



やはり一般人がここまで驚いてしまう程のことなのか。

あまり言わない方が良かったか。

いや、背に腹は替えられないし、今更だ。



それにしても、ガールフレンドって言い方もそうだが、反応がいちいち古臭いな。

俺はとりあえず、全て話すことにしてみた。

このノノという男が俺の予想通りの男なら、クシャトリアの情報が他に流れることはないはず。

しかし危険な賭けだということに変わりはないのも事実。



「で、だ。この精霊、クシャトリアっていうんだが、誤って茶色のサイノーシスを食べてしまってな。俺にベタ惚れ状態なんだ。今はそれが解けなくて困っている。だから魔法学園なら方法があるかもって思ったんだよ」


「そ、そんなことが・・・・・・では目的は学園への編入か」

「そうだな。まあ賞金にも興味はあるが、二の次だ。それにノノさん。あんたの水属性魔法で何とか治せないか、とも思ったんだけど・・・・・・無理そうだな」


「ああ、そうだよ。私には風邪を完治させることも出来ない魔法使いだ。サイノーシスの催眠作用を解くなんてとても出来ないな」


「そうか。残念だな」

「申し訳ない」

「いいさ。別に」



俺の話が一段落したところで、ノノは大層驚いた様子で、腰が抜けそうだ、と言って近くの椅子に腰を下ろした。

俺も体力の限界だ。

もう使い切ることすら出来るかどうかわからない魔力の量があるにも関わらず、体力の上限はすぐだった。

まったく、魔力鍛える前に、身体も鍛えろって話だよな。

剣術では上級剣士のジュリアに互角で戦えたが、所詮は剣士、人間の体だ。

弱る時は弱る。

これは身体強化でも補えない部分だ。




俺は急に身体の倦怠感が増悪するのを感じ、ベッドに寝た状態で目眩がして、そのまま視界が真っ暗になった。







感想の返事が遅れています。

おそらく、まだまだ遅れます。

でも感想は必ず読ませて頂いております。

感想、ありがとうございます。

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