第二十五話 カムバック 王都
「それでは連絡していた通り、本日の授業は『魔法学園対抗戦』についてです」
教室に入ってきた女の先生が言った、『魔法学園対抗戦』という言葉を聞くと、クラス全体の空気が引き締まるのを感じる。
私はエアスリル魔法学園の第7学年のSクラスで授業を受けている。
つまりこのクラスの生徒はみんな12歳だ。
この学園のクラスは習熟度別に分けられており、魔法能力が最も高いとされる生徒が集まるクラスがSクラスだ。その下はAクラス。あとは能力値が低くなるにつれ、アルファベット順にクラスが割り振られていき、一番低いクラスはFクラスだ。
ちなみに、アルファベットというのは物事の優劣を決める時に用いられる記号らしい。あまり詳しいことは知らないのだが。
と言っても、今日は魔法の勉強ではなく、私たちが来年から出場が許される『魔法学園対抗戦』の説明だ。
「来年からあなたたちも出場することになるのですから、よく聞いてくださいね。魔法学園対抗戦は、文字通り各国の魔法学園が魔法の親善試合をして、交流を深めようというのが目的です。ですが、やはりそこで活躍できればこのエアスリル魔法学園の名が売れるのも事実。ですから、期待を背負っているSクラスのあなたたちが、今から準備を進めていき、頑張らなくてはなりません」
先生の説明を聞いている生徒のやる気が、静かな教室でひしひしと感じられる。
今日から魔法の練習をし始める生徒もいることだろう。
期待を背負っていると言うより、背負わされていると言った方がしっくりくるとは言わないでおこう。
「そして去年からの国王陛下のご意向なのですが、魔法学園に入学できる年齢以上卒業年齢以下、つまり6歳以上23歳以下の国民は魔法使いであれば一般人でも参加できることになっています。2年前に起こった、解放軍による『ナイト・リベリオン』以降、各国で協議した結果の決定事項です」
『ナイト・リベリオン』
2年前に王都へ解放軍が攻め入った事件。
ルースはあれ以来、行方不明のままだ。
ユフィの情報収集の進行もあまり芳しくないし、ウサギの行方も手掛かりもまだ掴めていない。
私は半分諦めかけていた。
お母様が隠している「何か」が分かる気がしたのだが・・・・・・。
「この制度は件の事件の後ということで、よりこの対抗戦を盛り上げて、活気を付けさせる目的があるそうです。各国もそれには賛同してくれているようで、さらに、対抗戦で好成績を残した一般人には魔法学校への編入もあるそうですよ。どんな人が来るか楽しみですね」
どうやら、その一般人参加の制度は他の国でも適用されているようだ。
もしかしたら、ここにまたウサギが現れるかも知れない。
しかし、その確信を得るには、まだまだ情報が足りないのだった。
「ただ、注意点として、この親善試合で使うのは魔法のみです。魔剣武祭のように剣士の出場は許されていません。と言っても、あなたたちSクラス生徒には関係ない話でしたね」
先生は若干の茶目っ気を含みながら、説明を付け足した。
と、そこで授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
今日の授業は全て終了で、これからは放課後だ。
そう言えば放課後に呼び出されてたんだ、ということを思い出す。
「では、明日からは来年からあなたたちが出場する対抗戦に向けた授業内容となりますので、頑張っていきましょうね」
先生はそう締めくくり、教室を後にした。
その後は生徒は思い思いのことをして、教室を出て行く。
その中には私に何故か付き従う生徒たちも居るワケで。
「ミレディさん、今日は寮にお戻りになられますか?」
「さっそく対抗戦に向けて魔法の練習をする生徒もちらほらいますけど、ミレディさんもどうですか?」
私ははっきり言ってあなたたちとベタベタしながら寮に戻るのも御免だし、今から来年の練習をするのも気が乗らない。
だって私はあまり対抗戦には興味がないもの。
「いいえ、今日は用事があるの。先に戻っていてちょうだい」
「え、その用事って・・・?」
「こら、あんた失礼でしょ。ではミレディさん、また明日」
集団のうちの男子生徒を女子生徒が諌めて、そそくさとその場を離れていった。
あの者たちは極力私には逆らわないし、意見もしないけど、何だか私が取り巻きを付けているみたいで嫌だった。
聞いたところによると、親衛隊とか勝手に名乗っているらしい。
私の迷惑とか考えているのだろうか。
まあ、もう言っても遅いことだろうとは思うけど。
私は教室をみんなより少し遅れて出ると、呼び出されていた教室に向かう。
今日の朝、教室の私の机の中にある手紙が入っていた。
その手紙の内容は、指定された教室に来るように書いてあっただけだった。
はあ・・・これで今月2通目か・・・。
まあいい。
さっさと終わらせて寮室に戻ろう。
私は指定された教室に到着すると、扉をノックをする。
「どうぞ」
男の声だった。
私はドアを横にスライドさせて、教室に足を踏み入れる。
この教室は空き教室で、予備の机が壁際に積み上げられていた。
開いた窓からはそよそよと風が吹き込み、私の髪を揺らす。
夕日が私達の影を引き伸ばし、外からは放課後の喧騒が聞こえるが、どこか遠い。
そこには私と同じ学年色の赤いネクタイをしている男子生徒がいた。
「僕はディットナーっていうんだ。アイゼンシュタット公爵家の長男。君の同学年のAクラスだよ。適正魔法は君のお兄さんと同じ火属性。僕は――――」
「肩書きはいいから、用件はなんなのかしら」
「あ、ああ。あの、その、僕は、実は・・・・・・ずっと君のことが好きだったんだ。お付き合いしてほしい」
「申し訳ないのだけど、お断りするわ」
「な、なんでっ・・・・・・」
ここに来る前から、私の答えは決まっていたのだ。
いや、手紙が届く前から決まっていたと言ってもいい。
どんな相手であろうと、彼には程足りないのだから。
私の即答に狼狽するディットナー。
私がもう少し逡巡するとでも?
私が、考えさせて欲しい、と答えるとでも?
甘えているのではないか。
と思いつつも、他人の甘えに、私は甘いところがある。
そこまで完膚無きまでにフるつもりは毛頭ない。
私だって多少の妥協がないと、今後良い関係が保てないことは知っていた。
良い関係と言っても、付き合うのはまっぴらだ。
だから。
「では友達でいいかしら」
私が妥協案を提示するとディットナーの顔はさっきまでの落胆の表情とは打って変わり、ぱあっと輝いた。
「本当かい!? ありがとう!」
どうやら本人はそれだけで嬉しいようだ。
このまま進展のない関係でいようと密かに心に誓う。
その後、ルンルン気分で去っていくディットナーと、若干の後悔を含みながら帰路につく私。
ああ、彼なら何と言うだろうか・・・・・・。
『何? 付き合って欲しい? しゃーねーな』
とか。
私は最近、妄想ばかりしてしまっている自分に気付きながらも、その場面を想像するとニヤけそうになる。
私はそれを必死に抑えながら、寮室に戻るのだった。
******
これはマズイ。
「なあ、アスラ。今日はずっとこうしていような」
「あ、ああ。そうだな」
俺は顔が引き攣るのを堪えながら、左腕をクシャトリアに預けている。
クシャトリアはその腕を抱いて、頭を俺の肩に載せている状態だ。
身長差のある俺とクシャトリアがこの体勢でいるのには少々無理があって、主に、クシャトリアに負担がかかっているのではないかと心配するが、クシャトリアはそんなことは気にも止めずに器用に身体を曲げて俺にもたれかかってくる。
その身体のくねらせ方はどちらかと言えば、そこはかとなくセクシーで、くびれが強調されている。
そして極めつけはこの幸せそうな顔。
こんな顔で目を細められては、腕を振りほどこうにもほどけない。
ビックリするような事なのだが、ホントにビックリなのだが、今日1日はずっとこの状態で過ごして、翌朝を迎えた。
「なあ、アスラ。今日はずっとこうしていような」
これってまさか無限ループじゃなかろうな。
昨日も聞いたことあるような台詞だぞコレ。
昨日はずっとこのままの体勢で、クシャトリアは幸せそうに目を閉じて、あとは一言も交わさなかった。
お互いが傍にいることだけをその距離で伝え合っていた。
何故こうなったかって言うと、数日前に俺がクシャトリアのキスを拒んだからだ。
あの瞬間に俺の酔い、とでも言うのだろうか、きのこの効力が切れた。
きのこ、ひとかじりで二年だったのだ。
それを十数個食べたクシャトリアは俺が生きている間に元に戻るかどうか。
まあ元に戻ったとしても、きっと黒歴史扱いになるだろう。
我ながらよくも、俺はあんなにクサイ台詞を言えたものだ。
そしてそれでクシャトリアに通じるのだから恐ろしい。
クシャトリアは俺がキスを拒んだことで、自分が嫌われていると思っているようだ。
その不安からだろう。
ずっと同じ体勢耐久レース、2日目突入だ。
しかし、長い間寝るわけでもなくじっとしていると、思考が活発になってくる。
胸の感触、いいな、とか。
煩悩はもちろん働くが、その他に充実した魔力量がズシンと身体で感じられる。
魔力という体内での存在感は圧倒的であるが、身体は軽い。
前までは魔力の管理はクシャトリアがしていて、それは魔力を吸われた時の倦怠感やそういった諸症状が身体に現れないようにするためのものだ。
だけど今はこんなにも魔力を感じられる。
きっとクシャトリアが管理出来る、吸い取れる範疇を超えて、俺が魔力を増やしてしまったからだ。
この2年間、俺はクシャトリアのためだけに魔力を増やし続けた。
クシャトリアのためだけにだ。
自分でも、ここまで一途になれるとは思ってもみなかった。
しかしそれが幸いして、結果的に魔力を吸われても魔力の底を尽きることはなくなった。
目的としていた、強くなることからは脱線したが、結果的には魔力をかなり効率的に増やせたのだ。
それもきのこのお陰なのだから、皮肉なものだ。
何時間こうしていただろう。
今までずっと身体を動かしていただけに、こうしてじっとしているのは性に合わない気がする。
「クシャトリア、ちょっといいか?」
「んん? なあんだ? アスラ」
俺の声に酔いしれるクシャトリア。
まるで別人だ。俺が言えたことではないが。
どうにかして、これがまやかしの恋なのだと気付かせてやりたいけど、俺が陥った同じ症状なだけに、それは不可能だと思い知る。
以前の俺はクシャトリアへの恋心を、完全に自然な、そして運命的なものだと信じて疑わなかった。
きのこという証拠材料が目の前にあっても、違和感があることを考える思考すら手放したのだ。
クシャトリアの今がその状態なのだから、言っても無駄だということがわかってしまう。
「一旦ここを離れて、王都の様子を見に行かないか? 2年経ってどうなってるか気になるんだよ」
俺は兎に角、日常に変化を求めていた。
ずっとこの調子ではおかしくなってしまう。
というのは半分建前だ。
実際には、本当に王都の現状が気になっている。
おそらく、復興とか他の村への救援要請とか、そういった措置が講じられていることだろう。
このままそういうのを任せっきりで、俺は悠々自適にクシャトリアと洞窟生活を続けてもいいのだが、それにも負い目を感じる。
だから少し様子を見に行ってみようと考えたのだが。
それにクシャトリアを正気に戻す手段だって。
「駄目だ。ルースの記憶にある通りの解放軍の動きがあったのなら、まだ大人しくしておいた方が安全だ。ここにいよう。私と、ずっと」
クシャトリアは二つ返事で、肯定してくれると、俺は高をくくっていた。
だけど、クシャトリアの言うことも、もっともだ。
最後の方に言ったことが彼女の本音だろう、という予想は置いといて、正論を言われて俺はたじろいだ。
無理を言って我を通すとか、そこまでの気はなかったので、少しだけ落ち込みつつも諦めようかと思ったその時。
「で、でもアスラが、どうしてもって言うなら。行ってもいい」
俺が項垂れているのを見兼ねてなのか、クシャトリアは実に甘いことを言い出した。
正気に戻ってわかったのだが、クシャトリアは俺に嫌われることを極端に嫌がる。
俺が嫌がることは絶対にしたくないらしい。
かなり俺に依存している様子がたまに見受けられる。
だからなのか。
手に取るように、クシャトリアの思考パターンがわかってしまうことが多々ある。
まず、彼女の思考の絶対条件として、「アスラが大好き」が全てに優先されて、先に来る。
俺はその条件をクリアしてしまえば、クシャトリアを意のままに操れるかもしれない。
だが、それではクシャトリアがより一層、俺に依存するだけだ。
考えることを止めてしまう。
でもこういう時にしょんぼりした様子を見せるとかなり有効だ。
俺とクシャトリアは翌日の朝から、洞窟を離れることになった。
*****
俺は洞窟を2年ぶりに離れ、王都に向かった。
王都から洞窟まで歩いた時に一度通った道を引き返す形で、王都を目指す。
ただし、クシャトリアは俺の腕を抱いたままだが。
かなり歩きにくい。
「なあ、クシャトリア、俺の腕を掴むんじゃなくて、手を繋ぐ方が良くないか?」
「何故だ。私はこの方がアスラを近くに感じられて幸せだぞ。それともアスラはこの格好が嫌なのか?」
やはりクシャトリアは俺に嫌われることを恐れている。
まるで世界がこれで終わってしまう、というような重大なミスを犯したような顔をするんだからな。
でも嫌われることを避けるためなら、好かれるためなら、クシャトリアが何だってすることも、俺は知っている。
「ち、違うんだよ。手を繋ぐ方が恋人っぽいだろ?」
「こ、恋人っぽい? ・・・・・・そうか。ならば手を繋ごう」
照れたようにそっと俺の手を取り、ギュッと握るクシャトリア。
指と指を絡ませて、いわゆる恋人握りをする。
そのままの手を繋いで、俺とクシャトリアは一路、王都へ向かう。
2年前に見た、同じ道。
1週間程度で王都には着くだろう。
俺とクシャトリアは旅先で行商人から食料と水を買い、そうやって野宿と行商人の経由を繰り返しながら王都へ向かった。
ヴィカにもらった金貨袋もだいぶ軽くなってきたところだ。
進む道には魔物がほとんど出てこなかった。
魔物には生き物の保有する魔力量を感じ取れる器官があるらしい。
俺の魔力量を察知して、避けられているのかもしれない。
それなら好都合なのだが、やはり油断は出来ない。
と言うのも、本当に稀なのだが魔物は出没する。
現に、こうしてゴブリンが一匹目の前に立ちはだかっている。
「私がやろうか?」
「頼んでいいか」
「ああ、アスラの頼みなら何だって聞くぞ」
声を弾ませて嬉しそうに答えるクシャトリア。
クシャトリアは完全に尽くすタイプだ。
もしこれが本性だったら、俺は多分、本気で惚れている可能性がある。
クシャトリアは自身に身体強化を施すとほぼ同時に、弾かれたようなスタートダッシュでゴブリンに詰め寄る。
それに反応しきれないゴブリンはクシャトリアの容赦ない右ストレートをモロに食らい、顔面を変な方向に潰して吹っ飛ぶ。
以前に俺がクシャトリアのトカゲ料理をけなして殴られたパンチの強化版がこれだと思うと、ゾッとする。
「あ、ありがとうクシャトリア」
「ふふっ」
返事は返さずに微笑みながら俺にハグを求めてくるクシャトリア。
俺は笑顔を顔に貼り付けて、それに応じながらも内心辟易する。
このクシャトリアも早めに正気に戻さないとな・・・・・・。
******
王都の復興作業は終わりつつあった。
俺とクシャトリアが到着した王都は解放軍のクーデター以前の姿をほとんど取り戻している。
瓦礫の山は撤去され、血が染み付いた石畳は新しいものに取り替えられていた。
むしろ以前の街並みより綺麗に見えるぐらいだ。
街に住む人も戻ったようで、俺とクシャトリアの前を横切る人々はまるでクーデターを忘れたかのように、笑顔を取り戻して、活気づいている。
煤がこびりついた南門は塗装し直され、噴水広場にも澄んだ水が戻っている。
俺はそこから北に向かって街並みを流し見ながら進んでいると、商業区に辿り着いた。
かつての王都の賑わいが商業区の屋台群にも見受けられる。
そして、その中で一人、見知った顔を見つけた。
コールソンだ。
俺がギルドの依頼で全身骨折した時に助けてくれた冒険者パーティメンバーのうちの一人。
でも、そのいかにもな冒険者を物語る筋肉の男が、なぜ商業区で屋台している?
「コールソン」
「へい、いらっしゃい、ってお前。しばらく見ないと思ったら、アスラじゃねえか。ナイト・リベリオン以来どこで何してたんだ?」
「ナイト・リベリオン?」
俺は聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「知らねえのか。解放軍のクーデター事件のことを、みんなそう呼んでる」
そういう名前になったらしい。
「そうなんですか。俺は国境付近で身を隠していたんです。で、ほとぼりが収まるのを見計らって戻って来ました」
「まあ、無事ならそれでいいか。で、その隣の美人は? 紹介してくれんのか?」
お前はどこの女好きだ。
歳を考えろ、年を。
見たままじゃゼフツと大差ないぞ。
「こいつは、俺の潜伏先で助けてもら―――――」
「愛人だ」
「「!?」」




