第二十四話 nymphルエンザ
今回の話は、語り手である2人がある程度語りを放棄して狂います。
悪しからず。
まさか、そんなはずは。
この私がだぞ。
私がそのことを疑ったのは一度や二度ではない。
人間は会話をする際、話題に欠くとまるでそれが義務であるかのように色恋の話をする、というのをずっと昔に他の精霊から聞いたことがある。
私もそうだと思った。
そして私はそのような浮ついた話ばかりする、能天気な人間とは違う、高位の精霊なのだと見下したりもした。
だけど、あの日の朝から気付くと私の目はあの少年しか捉えなくなっていた。
気付くと思考に暇さえあれば、その空白を少年で埋めていた。
それを意識した時とか。
あとは、少年の寝顔を見ているだけで、どうしようもなく気分が浮ついているのを感じた時とか。
私は精霊でありながらも、そういう面では人間と大きな差はないと実感する。
私は恋をしている。
少し前の私なら思わず眉をひそめるような陳腐な言葉を、舌の上で飴玉を転がすように反芻する。
その飴玉はとても甘くて、美味しくて、幸福な気分を味わわせてくれる。
しかし、私はそれを味わえば味わうほど、自分が飢えていくのを感じた。
だと言うのに、相手が人間で自分が精霊であるという事実が、深い溝を作る。
最初は、何の奇跡が起こったのかは知らないが、彼は私のことを愛してくれていた。
でも1年前程からは妙に態度がよそよそしくなり、挙動が不自然になった。
何故かはわからないが、1年前のその時からは彼の様子が変わってしまった。
そう、わからないのだ。
その事に関して尋ねでもして、嫌われるのは絶対に嫌だ。
でも。
彼が私のことをもっとよく知ってくれたら、絶対に私のことを好きになる自信があった。
見た目だって悪くないはずだ。
自分の姿をかたどろうとして、偶然生まれた姿が今の私なのだ。
決して狙って出来たものではないのだから、悪い気はしないと、思いたい。
でも今はこれ以上、人間と精霊という壁を乗り越える手立てがない。
そう考えると、初めてこの洞窟で出会ったとき、契約をしておいて良かったと思う。
本当に良かった。
よくやったぞ、3年前の私。
今の彼に3年前のおぼこな子供の面影はなく、立派に少年へと育っていた。
黒い髪と漆黒に染まる瞳は、彼にミステリアスな雰囲気を与えているが、私は髪の色がお揃いなので大変気に入っている。
まだ身体は成長しきっていないが、身長は私に追いつく勢いで伸び続けている。
そしていつもぼんやりとしているのに、いざという時に見せる真剣な瞳は、私を虜にさせる。
不意に思うのだが、いつからこの気持ちが芽生えたかはイマイチわからない。
恋は突然とか言うけど、自分でも気付かないうちにこうなっていた。
その辺りの事情は彼も確信をもって原因を知っているわけではないらしい。
彼の名前はアスラ。
それが私と契約を結んだ者の名前。
もう私は彼の言うことしか聞かないだろう。
******
俺は抱きついた、と言うか、抱きつかされたままの状態で茫然自失としていた。
そんな俺にお構いなしに、クシャトリアは俺を自身の身体に埋める。
身体強化を無意識に使っているのだろうか。
力が強くて、抜け出せる気がしない。
しかし何て言った、今。
大好きだから、だと?
これは新手の嫌がらせか、何かなのか?
と、そう思うのも束の間。
この現状になった原因に思い当たる節がある。
あの椎茸の見た目をしたきのこだ。
いやしかし、あれは見るからに食用のきのこだ。間違いない。
でも逆に言えば、見た目しか食用に見えないということ。
もし食べた後にこのようなことになるのなら、今後のために原因調査が必要だ。
これからもここでしばらくは暮らすのだ。
食べ物に関しては詳しくならない手はない。
「もごもが・・・」
「うん? どうしたんだ?」
「ぷはっ ・・・ちょっと離してくれないか、と言ったんだ」
俺はクシャトリアの身体に押し付けられて、身動きできない口を何とか動かす。
俺の拘束を一旦解いて、幸せそうに尋ねてくるクシャトリア。
「ギュッとするのは嫌なのか?」
俺は一瞬固まった。
もしこれが俺に対しての嫌がらせなのだとしたら、大成功もいいとこだ。
俺は寒気すらするほど、今の現実が、これまでの現実とは思えない何かに、誰かが置き換えてしまっているような錯覚を覚える。
本当にどうしちまったんだ、この精霊。
俺は少々混乱気味に考える。
俺が魚ときのこを採って帰ってからのクシャトリアは普段通りだった。
つまりこれ以前に原因がないことは火を見るより明らかだ。
やはり、この魚かきのこか・・・・・・。
いや、俺は原因が十中八九きのこじゃないかと疑っている。
俺はその疑いが間違いであることを願いながら、まだ余っているきのこを拾い、火で熱を通す。
少し焦げ目がついた頃合を見計らって、火から離す。
匂いを嗅ぐ限りでは日本で食べていた椎茸そのものだ。
食べてみるか?
しかし今後このようなことがないように、と言えば記者会見でありがちなフレーズだが、そのために俺が自ら実験体になるのか?
もし効果が本物なら洒落にならない。
俺の好奇心と理性がせめぎ合う。
だけど、そこには思わぬ伏兵が潜んでいた。
「どうした食べたいのか? 口を開けろ」
俺の手からワイバーンの骨で串刺しにしている、椎茸と俺が仮定しているきのこを奪い取る。
まるで俺を甘やかしたがるように、嬉しそうにそれを俺に向ける。
そして有無を言わせずに口の中に突っ込んできた。
身体強化とは存外厄介な能力で、こんな些細な動作も目で追えなくなる。
口を反射的に閉じたはいいが、少しだけかじってしまった。
クシャトリアの食べた量に比べたら、量に含まれないほど少量のはずなのだが、俺はその時すでに身体の異変を感じていた。
だが、時すでに遅し。
俺の意識が、まるで別の、もう一人の俺が乗っ取るかのように塗りつぶされていって、最後にはその意識は今までの俺とは別人の「俺」で形成されてしまった。
俺には違いないのだが、それは別人なのだ。
しかし、もはやその思考すら俺は手放して、その「俺」は声高々に叫ぶのだ。
何でこの精霊は、こんなにも可憐なんだ、と。
何故こんなにも美しい少女に気付かないのだ!?
今までのあんな態度でいた自分に腹が立ってきた。
朝飯を用意してあげよう、という気概があったことは、辛うじて許せるがそんなのはあって然るべきだ。
彼女と一緒に居られるのであれば、それぐらいして当然なのだ。
だと言うのに、昨日の俺ときたら、クシャトリアが夕食を用意してくれたのに喧嘩などをして。
本当に情けない。
でも過去に目を向けているだけでは、前に進めないのだ。
少し前までは解放軍のことや、強くなることで頭がいっぱいだったのに、今はこんなにも前を向いていられる。
恋というものは、何と素晴らしいんだ。
それからの2年間の日々は、本当に最高だった。
******
翌日。
洞窟で。
もっと俺の魔力量を増やしたいのだけど、どうしたものか、と悩んでいると。
「どうしたんだ? 渋い顔をして」
クシャトリアが俺の横に腰を下ろす。
ああ、彼女のこんな一つの動作でどうしてここまで胸が高鳴るのだろう。
もうそれだけで悩みなんて吹っ飛んでしまいそうだ。
「いや、魔力がなかなか増えないな、と思って」
「・・・・・・そんなに私に魔力を吸われるのが嫌か?」
彼女は自身の気持ちにとても正直だ。
だからこうして下を向いて不安そうにしているんだ。
まるで何かを怖がっているように、手が震えている。
「ではもう、アスラの魔力は吸わない・・・・・・」
クシャトリアはとても悲しそうな顔でそう、俺に伝えてきた。
そんな顔をされると、俺の方まで悲しくなるよ。
顔を上げて。美人さん。
その意を込めて、クシャトリアの未だに震える手に手を重ねる。
「違うんだ。クシャトリアにもっと自由に魔力を使ってもらいたいから、魔力を増やしたいんだよ」
俺は魔力が絶対的に足りないことに囚われていた。
強くなりたい、という願望もあった。
でも、今はもっと大事なものが目の前にあるのだ。
今はそれを優先したい。
その理由は極めて端的かつ単純なもの、それは恋だ。
ここまで自分に正直な自分が恐ろしいぐらいに、何故か清々しい思いだった。
そう、きのこなんて結局は関係なかったんだよ。
すべては俺の心を満たすために、事に当たっているまでだ。
俺の声を聞いて、クシャトリアは両手で俺の手を握り返してくる。
「あ、アスラ・・・・・・」
うっとりした目をして、動く彼女の唇はとても魅力的で、一瞬のことだが俺の思考がストップした。
危ない危ない。
危うく押し倒すところだった。
俺は前世の記憶があり、そのくせ身体は子供なのだ。
自重しないと。
と、そこで自分の考えの矛盾に気が付いた。
あれ、なんで俺に前世の記憶があるからって、自重しなくちゃいけないんだ。
だが俺の中ではすぐにその思い至った矛盾が、全く俺の気持ちとは関係のない方向から働いた力により正当化されていく。
ついには、その考えは思考の奥底に埋もれていった。
そして俺はそのことに、現時点では何の疑問も抱かなかった。
俺が一瞬感じた別方向からの、若しくは外部からの力が途切れれば、いずれはすべてが明るみに浮かび上がるというのに。
*****
クシャトリアという名前は少々いかつい気がする。
でも何故か本人を前にすると、その名前も可愛いと思えてしまうから不思議だ。
以前にクシャトリアと話した魔力のやりくりに関してだが、クシャトリアが驚くことを提案したのだ。
そして情けないことに、俺はそれに甘えるしかなかった。
「しばらく私はアスラの魔力は吸わない。だからその間に魔力を増やしてくれ。ま、まあ、アスラが望むのなら、ずっとそのままでもいいが」
「いや、ずっと魔力をクシャトリアに渡せないのは嫌だ。でもそれまでの間、待っていてくれ」
「もちろんだ。私はアスラの言うことなら、何だって聞く」
クシャトリアはとても頼もしくて、優しい。
でも、だからこそ彼女との繋がりを断ってはいけないのだ。
魔力の供給は唯一と言っていいほどの、俺とクシャトリアとの繋がりであり、契約しているという確固たる証拠だった。
それは客観的には俺が思っているほど重要視するようなものではないと思うが、俺にはそのチンケな繋がりが、クシャトリアを一番近くに感じられる大事な綱なのだ。
それは彼女も同じだろう。
どういう僥倖なのか、クシャトリアも俺のことを好いてくれている。
彼女にとってもこの綱を一時的に手放すのは心細いだろう。
全く同じ気持ちの俺だからわかることだ。
しかし、今の俺ではその繋がりを長く保つことは出来ない。
時間を置く、という表現が好きではないが、クシャトリアには待ってもらうことになった。
彼女には感謝しなければならない。
クシャトリアが俺の魔力に一時的に手をつけなくなった途端に、俺に自分の魔力の感覚が戻ってきた。
しばらく、クシャトリアには俺の魔力なしで、ルースの魔力を吸ってもらう。
クシャトリアには悪いが、ルース、お前にはざまあみろの一言に限る。
クシャトリアに待ってもらっているのだ。
少しでも早く、より多くの魔力を増やさないと。
俺はその旨をクシャトリアに短く伝えて、洞窟を出ることにした。
******
私はアスラの力になりたかった。
誰よりも頼って欲しかった。
だから、アスラが魔力を増やしている間は、我慢しようと心に決めたのだ。
普通なら、こんなことは精霊としてあってはいけない事なのだが、好きな人の悩みというのなら話は違ってくる。
私はアスラの魔力を増やす、特訓、と彼は言っていたが、その様子をしばらく眺めることに1日の大半を費やすようになった。
最初の半年は、アスラの魔力は思うように増えなかったようだ。
彼は雷という、大変珍らしい魔法を使う。
説明をしてもらったが、その仕組みは難解を極めた。
アスラはその魔法にかなりの魔力量を必要とするようで、この半年の期間では1日に30発がいいところだった。
調子が悪い時には、10発も放つことができていなかった。
好きな人の頑張る姿は見ていて飽きない。
私は彼が特訓で疲れ果てて洞窟に戻った時には、可能な限り休んでもらって、その分私が頑張ろうと心掛けた。
彼は特訓を終えて洞窟に戻るやいなや、死んだように眠りに就く。
魔力を限界まで使った証拠だ。
食事をさせてあげたかったが、無理に起こしたくはなかったので、私はアスラが寝ている夜のうちに動物を狩ったり、朝食を準備したりで、出来る限り彼の支えになりたかった。
「おはよう、いつも朝食をありがとう」なんて言ってもらえた日には、私の心は幸せで満ち溢れて仕方がなかった。
アスラは無属性魔法使いだ。
私と相性が良い魔法だということに、私はまた胸を弾ませる。
というのは置いといて。
適正魔法というのは、手の指でイメージができる。
一番器用に動く人差し指が適正魔法で、その他の属性魔法は他のどれかの指に当てはまる。
訓練の次第によっては、いくらでも他の指も器用に使うことは可能だ。
魔力操作のみの身体強化は差し詰め、小指といったポジションだろうか。
手を握る際に小指がなかったら、ほとんど力が入らないと聞く。
しかし無属性魔法はいわゆる奇形の手だ。
遺伝、または発育途中の不全によって生物体に生じる、変異の範囲を超えた形態。
その奇形は指が一つにまとまってしまう型で、無属性魔法という、一つの魔法に絞られてしまう。
ほとんどの無属性魔法使いは一つだけ使用を許された魔法を身体強化にしてしまうが、他に類を見ない特殊な魔法を授かる者もいるのだ。
その例がアスラだ。
彼はこの半年を超えたあたりから、急に魔力量が増えた。
それはこの森や洞窟一帯の岩石や土に含まれる鉄鉱石が大きく起因している。
前にアスラが魚を捕まえた川の底に、砂粒状になった鉄が積もっていたのを見つけたと、アスラは言っていた。
彼が言うには砂鉄というモノらしいのだが、私にはよくわからない。
そしてアスラは磁力を操るという能力で、その砂鉄を操り始めた。
一つ一つの鉄の砂粒を操るのは、かなり神経を磨り減らすようで、一気に魔力がなくなるのだとか。
でもその魔力消費による超回復のお陰で、アスラの魔力量は格段に増えたというわけだ。
日に日にアスラが操る砂鉄は複雑な動きをするようになる。
まるで雲のように、砂鉄の集合体は形を変え、予想不能な方向に蠢動する。
と、そこでアスラが操っていた黒雲が地面にさらさらと落ちた。
魔力切れだ。
アスラはそのままフラフラとおぼつかない足取りで、洞窟に歩いていく。
その様子を遠目に見ていた私は、アスラの元に駆け寄るのだった。
******
俺の魔力が切れて、フラフラになるとクシャトリアはいつも必ず、決まって俺の傍に来て身体を支えてくれる。
支えてくれているのは身体だけではない。
この生活、この特訓を支えてくれているのはクシャトリアだ。
いつからこんなに優しくなったのだろうか。
確か出会ってすぐはかなり無愛想で俺を小馬鹿にしていたような。
まあ半年前に何が原因で彼女が俺を好きになり、俺が彼女を好きになったのか、なんて今はどうでもいい。
この環境で砂鉄の存在に気付たのは幸いだった。
こいつは磁力でいくらでも押し固めて、様々な形態をとらせることが出来る。
そして一つ一つの細かい砂鉄の粒子を意識さえすれば、個々を独立させて動かすことも出来て、大変便利だ。
この一粒の鉄の砂という、極小単位を操れるようになれば、いずれは人の体内の鉄分すら操れるかもしれない。
王都でも俺を庇って刺されたネブリーナの傷口を塞ぐ際には、血中の鉄分を操作したが、それは大雑把に鉄分の塊を意識して作っただけだった。
砂鉄を個々ではなく、集合体と認識して操っているようなものだ。
操るものがある一定のサイズより小さくなれば、逆に消費する魔力の量は増える。
単純に大きな鉄球を操る方が楽なのだ。
細かいものを個々で意識して、それぞれの粒を特定して操るというのは、それだけ骨が折れる。
でもまあ、その分の魔力の超回復で魔力量は確かに増えているのは実感している。
この調子で魔力を増やせば、いずれは。
******
さらに1年が経過した。
私は相変わらず、アスラの生活を眺めているだけ。
でも愛しい人というのは、見ていて飽きるものではないのだ。
だから1年という期間、ずっとただ魔力を消費して、洞窟で寝て、起きたらまた魔法を使う、という彼の平坦な生活だけでも、それが私の傍にあると考えるだけで私は嬉しくなってしまう。
この1年で、アスラの魔力は私が例え1週間吸い続けても底が尽きることがないほどに、量が増えた。
もうここまででいいのでは、と思いもしたが、アスラが特訓をする姿ももう少し見ていたい気がする。
きっと私は今の生活に満足しているのだ。
今までこんな気持ちを抱いたことなんて一度たりともなかった。
こんな生活が続くのなら別にアスラの魔力など必要ないとも思える反面、魔力を常にもらって彼の魔力で身体を満たしたいとも思う。
でもアスラは私のために魔力を増やし続けるべく、毎日あんなに努力しているのだ。
今では鎖鎌を併用して、雷や、砂鉄を組み合わせて特訓をしている。
その姿は格好良いのなんの。
どんな言葉を尽くしても言い表せない程の、いわば芸術に近い。
私は自分の契約者が強くなることが、誇らしくもあり、嬉しかった。
そんな私の気持ちにアスラは気付いているのだろうか。
否、だろう。
でもこれでいいのだ。
私がアスラの契約精霊で、アスラが私の契約者という事実だけでいいのだ。
でもそう思う日々は、そう長くは続かなかった。
それからさらに半年が経った頃。
******
俺は今日の特訓を終えて洞窟に戻って来た。
最近では魔力の量がかなり充実してきて、ちょっとやそっとじゃ魔力が切れることはない。
さすがに2年前に赤いワイバーンを倒したときのような雷の永続的な同時発現は出来ないが、単体で放つ分には魔力残量を気にしなくていいぐらいにはなった。
そしてぶっちゃけた話、砂鉄があれば鎖鎌は必要なくなる。
砂鉄を限りなく強力な磁力で凝縮させて、刃物をかたどってしまえば十分に鎖鎌の代用、若しくはそれ以上のものになる。
でも折角学んだ鎖鎌術だし、捨てるには些か後ろ髪を引かれるような未練がある。
そんな即物的な考えに対しての嫌悪があった。
この日も魔力を使い果たして、さて寝よう、とした時だった。
落ち葉で作った寝床に先客がいた。
クシャトリアだ。
彼女はこの2年間、甲斐甲斐しく俺のサポートをしてくれた。
何度も俺に好きって言ってきたり、休憩してる時にはずっと俺の腕を抱いていた。
きっと彼女も2年経った今もまだ、俺と同じ気持ちでいてくれるのだ。
魔力をクシャトリアが吸っても1日で尽きることはないと、俺はそろそろ思い始めている。
「クシャトリア」
「今日もお疲れ様だ」
ああ、何て綺麗な、心に染み渡る声なんだ。
この声だけで俺は感極まってしまいそうだ。
「俺の魔力はもう十分な量があると、俺は思うんだが、どうだ?」
クシャトリアは俺の質問にはとりあえず答えずに、俺の頬に手を当ててくる。
そしてうっとりとした目をして。
「もう十分過ぎるぐらいだ。でも、もういいのか?」
「ああ。クシャトリアのための魔力だ。使ってくれ」
「・・・・・・あすら・・・」
クシャトリアは熱に浮かされたように、俺の名前を呟く。
俺と対面する時のクシャトリアはいつも顔を赤く染めて、目を嬉しそうに細める。
俺の頬に当てたままの彼女の手。
その手はクシャトリアが寝ている状態で伸ばしている。
彼女は不意に起き上がると、腕を折り曲げる。
すると、必然的に俺の頬に当てた手、そして俺の顔は彼女の眼前に迫る。
クシャトリアの息が直に感じられる距離。
俺の目の前には赤い瞳を潤ませているクシャトリアの顔がある。
この近さで見ても、白く綺麗な、透き通るような滑らかさをした肌のきめ細やかさは変わらない。
そしてクシャトリアはそっと目を閉じた。
俺は今年で12歳だ。
クシャトリアとは手を繋いで森を散策したり、抱きしめ合ったことはあっても、キスはしたことはなかった。
好きって言ったこともクシャトリアに比べると少ない。
12歳って、まだ子供だ。
身長だって、クシャトリアより低いほどだ。
そんなことが一瞬頭をよぎった。
でもそれがどうした。
好きならそれでいいんだ。
言葉にしなくても、気持ちが変わることはない。
何の問題もない。
俺も目を閉じて、ゆっくりと彼女の香りが迫ってくるのを感じながら、顔を近づける。
俺とクシャトリアの前髪が触れ合ったところで、俺はふと気が付いたのだ。
いや、目が覚めたと言ってもいい。
一瞬で俺のこの2年間の日々が、実際は存在するのに、俺の中では崩れ落ちて虚実に変わった。
俺は目を開けて、クシャトリアから顔を離す。
その速度は顔を近づけようとする、さっきまでのゆっくりとした動きとは全然違うもので、趣も感慨深さもへったくれもない。
そして俺は2年間眠っていた「俺」を呼び戻し、見えるものがよりクリアになっていくのを感じ、呟く。
「やっぱり、原因はあのきのこか・・・・・・」
莫空様の意見を使わせてさせて頂きました。
ありがとうございます。




