第二十二話 評論家を気取るということ
「これ食えるのか?」
「当たり前だ。用意された料理はちゃんと食べろ」
「これ、料理って言うより、生だよ」
俺は不服を申し立てながらも、クシャトリアが用意したトカゲの死体の尻尾をつまんで下に垂らす。
炒めることもしなければ、味付けもしていない。
死んだまんまのトカゲを夕食として用意された。
初めはクシャトリアは食事を必要としないのに、俺のために「食事を用意してやる」と言って洞窟を出るあたり、なんだかんだ言って優しいヤツなんだ、と思った。
精霊には物を食べるという習慣がない。
それは常に魔力を精霊が生み出して、それを自身のエネルギーにするからだ。
クシャトリアの場合は例外だが、精霊はそうして生まれた魔力の余った分だけ、契約者に与えたり、この世界に撒いたりするのだ。
精霊も人間のように食事をすることは出来るが、それはあくまで人間の真似事に過ぎない。
だから食という習慣を持たないクシャトリアが捕まえてきたトカゲを、俺が食べられると彼女が思ってしまったのも仕方のないことなのだが。
せめて火が欲しいと思った。
「なあ、お前精霊だろ? 魔法で火とか起こせないのかよ」
「無理だな。私は無属性の精霊だ。どの属性にも当てはまらない。故に火属性の魔法は使えない」
「精霊に属性とかあるのか?」
「そりゃあ、あるさ。一つの霊体に一つの属性だ。私は無属性だから適正魔法がない人間との相性が良い。お前も無属性だろう?」
「ああ」
火を起こせないことに若干落胆しつつ、何の偶然なのか無属性の精霊に巡り合えたことに人為的なものを感じる。
ネブリーナの思惑通りというわけだ。
そして一先ずは、このトカゲの死体をこのまま口に入れなきゃいけないということだ。
俺がこれを食べるのを今か今かと待っているクシャトリア。
俺はクシャトリアが悪意なくトカゲを持ってきてくれたことに感謝しながら、どうしてもトカゲの内蔵の味や食感のことを考えてしまう。
まずいんだろうな。
俺はクシャトリアの善意に負けて、トカゲを丸呑みにする。
噛まなければ大丈夫だ。
デカイ異物が喉頭蓋の上を窮屈そうに通る感覚は若干の痛みを伴った。
でもこれでわかった。
この精霊に食事を任せるのは危険だ。
明日からは俺が食事を担当する。
元はと言えば、クシャトリアには食事など必要ないのだ。
彼女に必要のないことを彼女にやらせるのはおかしい。
俺のことは俺で何とかしよう。
「どうだった? うまいか?」
「ああ、何というか、独特の食感と言うか、今まで知らなかった味って感じで、えっと。そんな感じ」
俺は歯切れの悪い曖昧な言葉で味の評論をした。
わかるわけないだろ、味なんて。
丸呑みしちゃったんだから。
味の評論で、わかるわけないだろ、なんて言えるわけがない。
何て評論家だ。
と俺は思い、その場で横になる。
「今魔力どれくらいだ?」
「半分といったところだ」
「わかった。そろそろ寝る」
「食事はもういいのか?」
俺は全ての魔力を吸われてしまう前に寝てしまえ、と思ってクシャトリアに返事をしてから目を閉じる。
寝ている間に精霊は魔力を取り上げることは出来ない。
しかしいつまでこうやって魔力の消費を恐れて生活するんだ。
魔力を増やそうにも、超回復のために魔力を消費すれば、その分クシャトリアが魔力を吸って、俺の魔力の全損する恐れも否めない。
クシャトリアの分の魔力と、超回復のために消費必要がある魔力の配分を上手いことやりくりしないと、この状況で魔力を増やすことは無理だ。
そもそもこの洞窟での生活をずっとってわけにもいかないしな・・・・・・。
そんな先行き長そうな悩みを抱えつつ、俺は眠りについた。
*****
「ミレディ様、ウサギを含めて、依然ルース様の行方もまだわからないんだって」
「そう、ありがとう。ユフィ」
私は王都での解放軍のクーデターの日からルースの行方を探っている。
あの日から逃げたという情報はおろか、最悪死体が見つかったという報告もまだないのだ。
私はクーデターが起こった時、決勝トーナメント会場の外にいた。
本当はウサギの試合を観戦したかったんだけど、ユフィが屋台の食べ物の匂いにフラフラ釣られるのに付き合っていたら試合に間に合わなくなってしまったからだ。
でもこの時ばかりはユフィに感謝した。
彼女の食い意地のお陰で、逃げ惑う民衆の群れに押し流されずに、無事に王都から逃げ出すことが出来たのだ。
逃げる私の頭には王都ではぐれたルースのことがふと浮かんだが、すでに南門に付けてある馬車の中でお母様と一緒に逃げる準備をしているだろうと、不安を打ち消したのを覚えている。
私は逃げるのを妨害してくる解放軍の人間を魔法で蹴散らしながら南門に向かった。
しかし、南門で待機していた馬車の中にはお母様しかいなかった。
お母様に尋ねても、曖昧に笑って、結局ははっきりとした返事はしてくれなかった。
お母様はルースに関して何かを知っている。
私は勝手にそう、確信している。
そのことをユフィに秘密裏に探ってもらっているところだ。
主に王都の復興活動をする騎士隊や街の人の聞き込み。
彼女は獣人族の優れた嗅覚故なのか、事件の匂いを嗅ぎ分けるのが上手だ。
騎士隊の人からウサギが姫様の救出をしたという情報を既に掴んでいる。
「引き続き調査を続けてちょうだい。ユフィ」
「了解だよ。じゃあまた連絡に来るよー」
ウサギに接触できれば、また更なる情報を期待出来るかもしれない。
そうやって期待をしながら、私は寝巻きから制服に着替える。
今は魔法学園の始業前の朝だ。
私は授業の用意をして、寮の部屋を出る。
寮の建物を出た後は、学園の校舎に向かう。
そこにはラウンジがあり、生徒の大半はそこで朝食を摂っている。
ユフィの報告を聞いていたこともあり、今日の朝食は少し遅めだ。
私がラウンジに着いた時には既にたくさんの生徒がいた。
ラウンジに入ると、ああ、疲れるな。
いつもこうだ。
みんな談笑を続けていればいいのに、私のことを見ると黙って視線を向け続ける。
「ミレディさん、おはようございます! 良ければこの席、使ってください!」
「いいえ、結構よ。料理を取ってこなくちゃいけないから」
「それなら私がお持ちしますっ ここにお座りになってお待ち下さい!」
生徒の集団は私に声を掛けてくると、半ば強引にも思える流れで私に着席を促す。
そのうちの男子生徒は椅子を引き、女子生徒は私の食べ物の好みを知っているかのように今日の私に気分に合った料理をトレイに乗せて運んでくる。
「・・・・・・ありがとう」
内心辟易しながら、私は料理に手を付ける。
みんなが親切心でしてくれていると分かっているから、余計に止めて欲しいなんて言いにくい。
これは友達のような近しさではない。
どちらかと言うと、まるで腫れ物に触れるかのような、親しさと言うよりかは敬意にも感じる。
私が理事長の娘だから何だと言うのだ。
向こうの気持ちもわからなくもないが、とても疲れる。
「どうしたんですか、ミレディさん? 溜息をついて」
「いいえ、何でもないわ・・・・・・」
ああ、ユフィ。
早く帰ってこないかな。
貴族の生徒はこの学園にもいて、メイドや執事を連れている生徒がちらほら見受けられる。
ユフィが居れば多少気が楽なんだけどな。
私は彼女の笑顔が好きだった。
と言うか、いつもニヤニヤ笑っているけど、私には無い明るさだと思う。
かと思うと、あんなにぽわぽわしているユフィが王都では別人みたいだった。
あの真剣な顔ったらなかった。
ユフィの冷静な判断がなければ私はあんなに上手く逃げ果せていなかったかも知れない。
彼女は過去にどんな経験を積んだのかは知らないが、とてもいつも見ているユフィとは思えないような、掛け離れた姿だった。
また今度聞いてみようかな。
私は周りの視線を気にしないフリをして、黙々を食事を進めるのだった。
******
この洞窟の口は東を向いているようだ。
朝日が洞窟のぽっかり開いた穴から覗く。
俺はその日光に目をしかめながら、目を覚ました。
前にもこんな感じのことがあったな。
そうだ。
前世の部屋でカーテンから覗く日の光に似ている。
あの時は受験した大学を全部落っこちて、バイトの面接で馬鹿にされた翌日のことだ。
最高に萎えていた時期だ。
今はそれに似ている。
でも今なら受験で失敗してもバイトの面接が悉く駄目でも、笑い飛ばす自身はある。
確かに俺はこちらの世界で内面的な部分が成長したと思う。
それでも、俺は今、最高に萎えている。
レオナルドとジュリアに騙されていたことや、ルースだと思っていたヤツが目の前で殺されて、その真相を知って。
昨日はそれを俺の脳が処理しきれてなかったが、頭が冷めたら、一気にわからなくなった。
俺はそれをどうやって受け止めて、何て感じたら良いのかわからない。
こんな風に自分が弱っているとか思いたくない。
昨日のトカゲもそうだ。
あんな意味の分からない、食べ物と呼べるかどうかも怪しいもの。
昨日のトカゲみたいに、この悩みも丸呑みにできたら良いのに。
そして俺はそれを曖昧な表現で、美味しいとも不味いとも、わからない言葉で評論するのだ。
その物事の善悪や価値とか、すべてを引っ括めて、良いとも悪いとも、何と評価をしているのかわからないまま締めくくる。
そんな風に全部投げ出して、他人事のように客観視すれば楽なのかも知れない。
だってそうだろ?
わからないんだよ。
レオナルドとジュリアがなんで解放軍なのかも、ネブリーナが我が子を守るように俺を守ったのかも。
そしてそれを自分がどう感じているのかも。
わからないっていっていう結論しか浮かんで来ない。
残念ながら、俺はトカゲ料理の評論家でも、解放軍の評論家でもない。
そんなものの答えはこれから見つけていけばいいんだ。
明日から本気出す的な思想だけど、元引き篭りの俺にはなんの抵抗もなかった。
引き篭り万歳だ。
「お前、朝が早いんだな・・・・・・」
少し遅れて目を覚ましたクシャトリアが目を擦りながら起き上がる。
若干くぐもった声を掛けてくる。
おはようの挨拶の前に昨日の晩飯の感想を改めて言ってやろう。
「クシャトリア。昨日のトカゲ料理だけどな」
「なんだ? 今更」
じっくり溜めた後に俺は言ってやった。
「かなりまずかったよ」
その後に俺が左頬にパンチを食らって、数メートル飛ばされたという事実に目を伏せれば、俺は自分の知らないうちに折り合いをつけて、今回の悩みを克服して割と良い方向に向かっていたかも知れない。
ただ、整理の時間が必要だっただけなんだと思う。
*****
俺が左頬に激しく打ち込められた衝撃で気を失ってから、目を覚ましたのは昼過ぎだった。
「お、お前。何で殴ったんだ・・・・・・?」
「料理を馬鹿にされて怒らない女はあまりいないんじゃないか?」
別に馬鹿にしたわけじゃない。
これは冤罪だ。
誰か、弁護士を読んで可及的速やかにこの濡れ衣を晴らしてくれ。
「て言うか、お前殴る力強すぎ・・・。口の中切れてる」
「私は自分を含めて、人に身体強化系の魔法を付与することが出来る。その効果を少し使った」
「それ初耳なんだけど」
「当たり前だ。言ってなかったんだから」
よくもまあ、ここまでいけしゃあしゃあと言えたものだ。
呆れを通り越して清々しさすら感じるよ。
まあいい。
あれだけの力を出しておいて、「少し」なのだ。
本気を出せば割と使えるかもしれんぞ、こいつ。
勝手に契約させて、阿呆みたいに魔力をばかばか貪って詐欺まがいなことこの上ないけど、その能力を俺の魔力が残り少ない時には使ってもらおう。
とりあえずは、俺の魔力を増やさないことには何も出来ない。
俺の当面危惧するべきは、魔力を吸われて記憶にまで手を付けられることだ。
それを恐れて、魔力確保のために寝るだけでは何も解決しない。
そもそも、この洞窟での長い生活も考えものだ。
まずは食料確保が第一優先かな。
思い立ったが吉日だ。
確か近くに森があったはず。
早速その森を目指して朝飯を探しに行くことにする。
***
できればリスとか、野うさぎとか。
そのあたりがいいな、とか動物の丸焼きを頭に思い浮かべる。
しかし火はどうやって起こそう。
落雷が木に直撃して木が燃える映像は何かで見たことがある。
でもそんなに上手くいくだろうか。
やっぱり木とかの摩擦で火を起こすしかないかも知れない。
ということで、嫌々付いて来たクシャトリアと食べられそうな物を探していると。
「おい、アスラ。美味そうなものを見つけた」
「ホントか! でかし・・・た・・・・・・」
俺は意気揚々とクシャトリアの方を振り返り、現在俺が危険に晒されていることを知る。
目の前には真っ赤な鱗のワイバーンがいた。
こちらの動きを探るように、俺たちを見つめている。
げっへっへ、美味そうなサルどもめ。
とか言いそうだ。
まさか俺が朝飯になる寸前だとは思いもよらなかった。
前に戦ったワイバーンに似ている。
ただ鱗が緑ではなく、このワイバーンの鱗は赤だ。
ワイバーンの目が赤く光り、俺とクシャトリアを見据える。
口元の歯の隙間から炎が漏れているのがわかった。
だが目標目の前。
これはチャンスだ。
絶対に逃がすなッ!
と言うのも、これはクシャトリアの言う、有事だ。
精霊の魔力提供とはいかほどのものか、知ることができる。
でも下手すると、この前みたいにワイバーンに全身全霊で突っ込んで、全身骨折ということになりかねない。
クシャトリアもその事についてはちゃんと心得ているのか、さっきまで吸われていた魔力がどんどん増えていくのがわかる。
それは止まるところを知らず、増え続ける。
さすがは王級精霊と言うだけのことはある。
魔力提供、天井知らずだ。
「え、ちょっとお前・・・」
そして俺の魔力は飽和状態にまで高まり、でも、それでも魔力はどんどん内側から湧き上がってくる。
魔力が上がるにつれ、自分の調子が良くなってきたことを感じていた俺は、逆に気分が悪くなってきた。
早く魔力を放出しないと、このままぶっ倒れる!
俺の動物的本能と思われる脳の部分が、そうやって警鐘を激しく鳴らす。
俺は反射的に魔法を放っていた。
俺の中で最も一度の魔力消費が激しく、尚且つ威力を最も期待できる魔法だ。
辺りに青白い閃光が爆発するように広がる。
そう、俺は反射的に魔法を使っていたのだ。
このまま俺の容量をオーバーしかねない魔力を減らすために、一気に使う。
それでも魔力は増え続けて、俺の意識を削っていく。
雷はワイバーンの上から次々に降り注ぎ、止むことはなかった。
以前は放電を一度するのにあんなにも魔力消費を恐れて、苦労していたのに。
あ、今の1秒間に10回ぐらい雷がワイバーンに直撃したんじゃないのかな。
そうやって際限なく魔力を使っているにも関わらず、俺の内包できる魔力の容量を超えて、クシャトリアは魔力を俺に送り続ける。
辺り一面が青白い閃光に包まれる。
まるでその光しか存在することを許されないかのような、圧倒的な力と目を潰すような眩しい光。
ワイバーンを含め、森の木々や岩が元からそこになかったかのように、光に包まれていく。
激しく鼓膜を打つ、電気特有の轟音。
俺が最後に見たのは、そんな綺麗な光景だった。
魔力が俺の上限界を突破した時、俺とワイバーンは仲良くその場に倒れた。
クーデター辺りの真相がすんなりとわかる(と作者は思う)ように伏線っぽい話を割り込み投稿しています。
もっと物語を上手に変えたかったのですが、より変な流れになりそうだったので、怖くなってやめました。私の力足らずです。
勘弁してやってください。




