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第十七話 ルースと魔剣武祭の異変

〈ミレディ視点〉


「申し訳ございません。お父様」


「なに、気にすることはないさ。これも良い経験だと思いなさい」


「はい」



私は魔剣武祭、第六会場での最終試合、トーナメントの頂点の戦いで負けてしまった。

あれだけアスラのために強くなると息を巻いて来たのに。

アスラのことだけを、それだけを想って、あれから五年間魔法を磨き続けた。


お兄様は私とは違い、ひたすらお父様を目標としている。

学園ではお兄様は魔法に秀でた優等生だ。

ただ、何がお兄様を突き動かしているのか、お兄様はただ一心にお父様を目指して自分の魔法を鍛えている。

現に今日も魔剣武祭の選手には興味がないといった様子で、精霊祭に行くとは言わなかった。


私は鍛えた力を試そうと思い、この精霊祭に来てみたのだが、やはり世界は広くて、私より強い者などごまんといる。


後輩だってたくさんできた。

後輩や同級生から教えを請われ、上辺を取り繕って教えているうちに勝手に人気や期待を抱かれた。

魔法学園では世紀の天才児だの、魔女になるべくして生まれたなどと、もてはやされた。


でも、それで図に乗るつもりはない。

そこで満足すれば私は歩みをやめてしまうからだ。

私の目的はアスラと再び、誰の目も気にせずに会うこと。

だから私はもっと上を目指して、アスラと一緒に居ることに誰にも口を出させないくらい強くなる。

だって、アスラはどんなに理不尽を突きつけられても努力を止めなかったのだから。


でも一つだけ気になる。


「ウサギがつけてた青い魔石のペンダント……まさかね……」


何夢を見ているんだろう。

そんな妄想じみた願望、そろそろ捨てなくては。



*****



王都には家族で来ていた。

お父様はこの後に仕事で大事な用があると言って、会場を出たときに別れた。


「ミレディ、欲しいものがあれば言いなさいね?」

「はい、お母様」


私は今、母親のゼミールと王都の商業区をぶらついている。


「ここは学園ではないのだから畏まらなくてもいいのに。私が学園理事長だということは今日は忘れなさい」

「はい、お母様」

「もう、何であなたはいつもそうなのかしら」



お母様は呆れたような顔をして、肩をすくめる。

お母様の仕事は魔法学園の職員。

役職は理事長。学園のトップだ。

私はその娘ということもあり、教師にも生徒にも一目置かれている。

人の目を気にしなくてはいけない生活にはもう慣れてしまった。

というか、アスラ以外の人間に心を開けなくなっていた。



「ねねっ、ミレディ様、あのお店に行ってみましょうよ!」


付き添いのメイド、ユフィが頭についている猫の耳をピコピコさせて、尻尾を忙しなく振っている。

このメイドは使用人という型にはまりきっていないところが良い。

私には友達のような感覚で接してくれる。


「ええ、そうしましょうか」



私はさっきの戦いで負けた憂さ晴らしに丁度良いと思い、ユフィの誘いに応じる。

それにしても、あのウサギの仮面は強かった。


まさかアイスアローが全て鎖で足蹴にされ、あまつさえアイスロックさえも通用しないなんて、第六会場の戦闘レベルの範疇外だ。

あれで同年代だなんて、信じられない。

それに最後の雷の魔法。

どの属性にも属さない、無属性魔法だ。

あんな力は見たこともなければ、聞いたこともない。

まさに化物のそれだった。

アスラも適正魔法がない無属性魔法使い。

無属性魔法しか使えなくても、あんなに強くなれるんだっていうことをアスラにも知ってほしいな。


なんて、今更会えるわけでもない相手のことを考えながら、私は出店の食べ物の匂いに誘われるがままにいざなわれていくユフィについて行く。


「あれ、ルースは? 急にいなくなっちゃった」


お母様が素っ頓狂な声を上げる。

実は今日、珍らしいことに、アスラの母親のルースも一緒にこの王都に来ている。

外に出ることすら珍らしいルースが遠出だなんて、今日は雨でも降りそうだ。


でも今は急に姿を消して、はぐれてしまっていた。

いつも着飾らないのに、今日は外行き用の服をしている。

あの美貌ならいつ男に捕まるか、時間の問題だ。

屋敷にいる時は容姿に頓着しないくせに美人なのだ。


私はあまりルースとは接したことがないので、ルースという人間は知らないのだが、たまに部屋を出て姿を見せたと思ったら、その度に性格が変わっていることがあった。

お父様は心労のせいでおかしくなったと誤魔化していたが、あの姿には絶対何か秘密があると私は踏んでいる。

今日も何を思ったのか、私も連れて行って下さいませんか、と言って付いて来た。

普段なら、私は放っておいてくれ、とか言いそうなのに。

そしてふらっといなくなったのだ。

本当に、美人はわからない。


そんな愚痴を心の中でこぼしつつユフィの店は後にして、私は行方不明になった無駄美人を探すのだった。



******


〈アスラ視点〉


「あー、疲れた」


俺はミレディとの試合後、会場の外で油を売っている。

商業区の立ち並ぶ店の一角で食事という名目の暇つぶしだ。

仮面は見られるとまずいので、人の目に付かないように懐にしまう。


夕方から第一会場から第六会場までの、それぞれの会場でのトーナメントのトップに立った者がぶつかる決勝トーナメントが始まる。

ここで胃を満たして、本番で腹痛をこじらせて、敗北の体の良い理由にするためにも、ちゃんとここで食事を摂っておかなければ。


と、その時、何やら店が騒がしくなってきた。


その方向に首を回すと、どうやら一人の女に三人の男が声をかけている。

すげー。

リアルナンパだ。

この世界にもあるのな。

白昼堂々とするのはどうかと思うが、それと同時に尊敬の念を抱く。

童貞の俺にはあんな真似は出来ない。



「うひょー、すげー美人じゃねえか」

「なあ、あんた、どっから来たんだ?」

「俺たちと食事でもしねえか?」


前言撤回だ。

あの程度のセクハラなら俺にもできる。

男たちはコンプライアンス的にどうなんだソレ、という疑念を抱かれかねない血走った目で女性の身体をマジマジと見ている。

俺だって本気を出せばそれぐらいの視線だけのセクシャルハラスメントはできる。

マジ舐めんな。


まあ相手にもよるが、今ナンパされている女性を見る限りは、さもありなん、と言うしかないだろう。

艶やかな髪に、白い肌。

恐ろしく整った顔に、服の上からでも判る抜群のスタイルの良さ。

男に声を掛けられても文句無しの美しい容姿だ。


そしてどこか俺に似ている目つきに、どこか俺に似ている黒髪。

どっかで見たことあるな。

例えば五年前、屋敷で引き篭もりをしていたルースとか。



「ちょっと、止めてください……」


て言うか、ルース本人だった。


だけど、その声には五年前の俺との別れ際に発した声のような覇気はなく、めちゃくちゃ弱々しい。

どちらかと言うと、守ってやりたくなるようなキャラになっている。

普段なら、離せ、とか言って睨みを効かせて、それだけであの程度の男共なら撃退出来そうなはずなのに。

一体この五年で何があったというのだ。


身内が、そして母親がナンパにあって困り果てているという絵柄は何とも微妙な感情を俺に抱かせる。

あれが赤の他人なら、童貞の俺に別れを告げるべく、格好よく助けてその後にムフフな展開を期待するのだが、母親だったら俺になんのメリットがあるというのだ。

でも一応身内だし、何より俺の食事の光景として母親がナンパされる図が用いられるのは、心の底から嫌だった。



俺は立ち上がってナンパの現場に向かう。


「おい、その手を離せ」

「なんだぁ!? このガキは」


俺が声を掛けると、男その壱がうっとおしそうに振り返る。


「俺のハニーを離せと言っている」


一瞬、店内の空気が凍りつく。

それは十分すぎる間を持って、しばらく沈黙した後に男その2が口火を切る。




「いや、何歳差だよっ!?」

「二十だが、何か?」



「それが本当だとすれば、こ、この女、俺たちと並ぶ犯罪者臭がするぞ」

「一端退くか……」

「ちっ、覚えてろよ!」


面白いぐらいに俺のギャグが状況の好転を招く。

三流キャラが口にするような台詞を残し、男たちは店を出て行った。

上手い具合にルースから興味を削ぐことができた。

しかもその興味がなくなる原因をルース本人に持たせるという、俺のウルトラテク。

自分の強さが怖いぜ。


「あの……」


「ああ、忘れてた。大丈夫か? 久々の再会がナンパ現場とか、お前ソレ一体なんていう演出?」


「再会? え、私達以前どこかでお会いしましたっけ?」


「……」


ルースは予想外の返事を返してきた。


*******


そのルースは見た目は変わらないのに、性格は全くの別人だった。

というより、そもそもの記憶がないみたいだ。

その証拠に俺のことを一切覚えていない様子だ。

もしこれが悪ふざけなのだとしたら、ルースは大した成長をしていることになる。

主にボケ要員としてのだが。


しかし何故記憶がなくなる?

この若さで痴呆とか?

何にせよ、一方的に親から忘れられるというのは、さすがに応える。


「あのぉ、お名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「名前?」

「はい、助けて下さった恩人の名前ぐらい知っておきたいじゃないですか」


かなり遠慮がちに、俺に尋ねてきた。

それに言いようのない虚無感を感じる。

今まで価値のあったものが崩れ落ちた。

俺は混乱を避けるため、一時的にフォンタリウスの名前を伏せて、アスラ、とだけ名乗っておいた。

そして今度はこちらから質問をしてみる。


「なんで家を出てこんなとこまで来たんだ?」

「うーん、それが覚えてないんです。たまにあるんですよね。私物忘れ激しくて」



あの引き篭りのルースだぞ。

何故こんな遠出をしたのか、俺は腑に落ちないままだ。



だが、やはりルースの答えは記憶がないの一点張り。

これは物忘れどうこうの話ではないだろうに。


でも定期的にルースが記憶を失っていることが分かった。

頭の中に消しゴムがあるとかで、映画になりそうだ。


「そういうアスラさんはどうなんですか? 観光ですか?」


うーん、何か俺だけが母親を相手にしていると意識してるみたいで馬鹿らしくなってくる。



「そんなとこだ。それと、俺が年下なんだし、アスラでいい」

「そうですか? それでは私のこともルースとお呼び下さい。ルース=レシデン……違った、それは前だった。えっと、ルース=フォンタリウスです」

「なんで自分の名前は覚えてるんだよ」

「えーっと、何故でしょう?」


妙な名乗り方が若干引っ掛かり違和感を残したが、そう言った目の前の美人は微笑む。

なんか、調子狂うなあ。

ルースは俺のことも完全に他人だと思っているようだし。

何故記憶がないのかという疑問が残ったままだ。


「ねえ、アスラ」

「なんだ」

「夕方から魔剣武祭という催し物があるそうですよ。一緒に行きませんか? 私何もわからないし。また男の人に絡まれるかもしれませんし」


なに普通に誘ってんだ。

あんた母親だぞ。

その股から俺がひねり出されて生まれたんだぞ。

記憶喪失という最強カードが状況のすべてを否定している。


とは思いつつも、実の母親をここに置いてきぼり食わせるのも俺の良心が咎める。

やはり俺はノーとは言えない日本人の美徳とも短所ともとれる性格が残っているようだ。

だけど、実はそんなことはどうでもよくて、久々に会う母親とのコミュニケーションを楽しみたいと思っている俺がいるというのも確かだった。


*****


俺はルースを連れて第一会場に来ていた。

決勝トーナメントはこの第一会場で行われる。

ここまではいいんだが、俺が出場することをなんて言って誤魔化そう。


考えあぐねながら、観客席に座る。

ほとんどの観客席は既に埋まっていて、空席を探すのに苦労した。

試合が始まる前に観客だけで盛り上がってしまっている。

この魔剣武祭はそれほど国民にとって大事なものなのだ。


第六会場のトーナメントが終わったのが、今日の昼過ぎ。

それからルースに会って、ぶらぶらこの第一会場に辿り着いたのが、日が沈みかけてからのことだった。

この第一会場は特別で、戦闘フィールドの地面に魔石が埋め込まれている。

それが夜になると発光して、この会場内を照らすのだとか。

幻想的な景色を俺は期待する。



『魔剣武祭、決勝トーナメントの準備が整いまいした。出場者は待合室までお越し下さい』


お呼びだ。

そのアナウンスで更に観客の盛り上がりが増す。


「ルース、俺ちょっとトイレ行ってくる」

「え、今からですか? もう始まりますよ?」

「わかってる。すぐ戻るから」

「はい……」



俺はルースに嘘を付いた。

何故今になってトイレ? と疑問府を浮かべるルース。

あの食事していた店でルースを助ける時に仮面を被っておけば良かった。

いや、でもそれはルースの記憶がないと知って初めて思うことか。

俺はルースの記憶がないなど予想だにしていなかったのだから、素顔のまま会ったのは不可抗力だろう。

記憶がないと初めから分かっていれば、仮面を付けて初対面を気取るのに。

今、この状況になってから困った事になった。


俺は罪悪感を感じつつ、待合室へ足を運ぶ。


待合室には既に五人の選手が集まっていた。

俺を除いた、第一会場から第五会場のトーナメントを勝ち抜いてきた選手達だ。

俺はウサギの仮面を付けて、入室する。


「おお、全員お揃いですね」


昨日、噴水広場で受付をしていた者と同じ黒い燕尾服と、山高帽の男が出場選手の集結に安堵する。

この男も運営側の職員だ。


「では今回のトーナメントについてご説明致します。これは精霊祭の目玉となっております故、王族の方がご覧になられる大会です。国王陛下、王妃殿下は居ませんが、ネブリーナ姫殿下は試合をご覧になられます。礼は欠かぬよう、くれぐれもよろしくお願いします」


一同が王族の名前に息を飲む。

俺も少し緊張してきた。

さっきまでルースをどう対処するかで頭が一杯で魔剣武祭のことに集中できなかったが、俺の苦手な礼儀の話になり、徐々に身体が強ばってくる。


「一回戦は第二会場勝者のガノシュタイン選手と第六会場勝者のウサギ選手の試合です。それ以外の選手の方はここでお待ち下さい。お二人に限り初戦ですので、ネブリーナ姫殿下の挨拶があります。その間は戦闘フィールドで向き合った状態で挨拶をお聞き頂きます。よろしいですね」


うう、この形式ばった式典は苦手だ。

よりによって王族の人間がツラツラと社交辞令をのたまっている間、観客の注目を浴び続けなきゃならんのか。

戦いが始まってしまえば、それに集中して観客の声は気にならなくなるのだが、どうもこういうのは苦手だ。

しかも初戦で、あのガノシュタインが相手とか、俺もジュリアのくじ運を馬鹿にできないな。


「それではアナウンスがあるまで、ここでお待ち下さい」


そう言って、係の職員は待合室を出て行った。


それにしても、この張り詰めた空気。

これから死闘をする相手が一度に同じ場に居合わせている。

呉越同舟とはよく言ったものだ。


だけど、その気不味い雰囲気をイスカ○ダルの彼方まで超重力で吹き飛ばしたのは、メガネが似合う緑色の髪の青年。

その髪の色は自然な感じで、無理がない綺麗な緑色。

雰囲気は穏やかで、草食系を思わせる。

そしてメガネの奥にある知的な瞳は髪に似た色のエメラルドだった。

本屋で店員でもやっていたら、女性客が増えそうだ。


「やあ、君がウサギだね。僕はガノシュタイン。君の初戦相手だ。よろしくお願いするよ」


俺は声を発することができないので、代わりにガノシュタインに握手を求める。

俺の無言には嫌な顔一切せずに、笑顔で俺の握手に応じるガノシュタイン。


「ミステリアスだね。君、表立っては口にはされてないけど、裏では熱狂的なファンがいっぱいいるんだよ。知っていたかい?」


「……」


俺は首を横に振って、否定を答えにする。


「何を隠そう、僕も君のファンなんだ。初戦相手が君だなんて光栄だよ」


「……」


男にファンって言われるとか、俺って……。

俺は尻の穴が若干縮み上がるのを感じながら、再び握手を求める。

それに飽くことなく、笑顔で応じてくれるガノシュタインは少し俺の予想とは違っていた。

ガノシュタインって名前から、もっと厳格で険しい表情のおっさんを想像していたものだから、目の前にいる二十代半ばと思しき好青年とのギャップが激しい。


『定刻となりましたので、魔剣武祭決勝トーナメントを開会します。第一試合の選手はフィールドに入場してください』


「始まるね。胸を借りるよ」

「……」


俺は頷いて、ガノシュタインの言葉に返事をする。

そして俺の首肯に、ガノシュタインはまた笑顔を返すだけだった。


だけど、今回の笑顔はどこか冷たくて、目は細められてはいるが、俺をせせら笑っているように思えた。


って、何これからの対戦相手に嫌悪感抱いてんだ。

俺は自分の失礼を心の中で詫びる。

だけど、俺の中ではやはり俺を嘲り笑っているようにしか見えなかったガノシュタインの笑顔が頭から離れなかった。


『さあ、精霊祭の目玉にして魔剣武祭の決勝トーナメントが始まりました!! ですが、その前にネブリーナ姫殿下の激励の言葉です! 姫様、お願いします!』



特別大きな観客席が設置されていた。

その一部貸切となっている観客席に座っていた姫が、名前を呼ばれて立ち上がる。

そして音響の魔石を喉に当てて、挨拶を始める。


「ご紹介に預かりました、ネブリーナ=エアスリルです。この魔剣武祭にお招き頂き、ありがとうございます。この大会は常日頃、私達の生活には欠かせない精霊に感謝をするお祭りです。私もみなさんと一緒に感謝を捧げます。それではその感謝を持って、試合開始の音頭を取らせて頂きます」


昨日、街中で聞いた音響を使った声が、今日はより濃厚な直接的な声となって、俺の耳に入ってくる。

それはまるで川のせせらぎの音が気持ちよく耳に広がるような、綺麗な声だった。

声優とか目指せばいいんじゃないかな。


などと能天気なことを考えつつ、俺は対戦相手のガノシュタインと向き合う。

結局俺が礼儀を気にするようなアクションはなかった。

助かった。

これからの試合で助かるかどうかは不明だが。



「それでは、試合、開始っ!」



それを合図に観客は大盛り上りを見せる。


『さあ、試合が姫様の合図で始まりました! 今回は強者揃いのトーナメント! 今まで六つの会場に分けられていた年代の差も、最早関係なし!! 第一回戦は第二会場で余裕の勝利を次々と果たしたガノシュタインと、第六会場の瞬殺王、ウサギの戦いです!!』



『ガノシュタイン様ぁ~』

『頑張ってくださいねー、ガノシュタイン様ぁ』

『キャー、ガノシュタイン様ぁ! キャーっ』


ガノシュタインに女性の黄色い声援が降りかかる。

あいつは女子に人気があるらしいというのはこの瞬間だけでわかる。

まあ、それには納得のルックスをしているが、俺の目の前でその人気を博するのは俺の嫉妬や妬みが増幅しかねないぞ!

何て羨ましい奴なんだ!

どうせここで俺が勝ったとしても、ガノシュタイン様に何してんのよこの小動物、とか罵られそうだ。



『ここで女性の声援を一手に集めるのはガノシュタイン! だが凄いのは美男子としか言い様のないそのルックスだけではない! ほとんどの属性魔法をほぼ同じレベルで引き出せる魔法の技術! 四つの属性を組み合わせた魔法は弱点なし!! さあ、今回は一体どんな魔法を編み出してくれるのか!』



そんなに強いヤツを相手にしているのか俺は。

だが俺には既に嫉妬の炎が灯ってしまった。

嫉妬すらも力に変えて、ガノシュタインに俺は攻撃をする。



ガノシュタインは魔石が埋め込めれている杖を持っている。

だけど、その魔石は四つあり、火、水、風、土の4系統を網羅していた。


俺は手始めに、磁場で鎖鎌を縦横無尽に宙に浮かべて、振り回す。

分銅でも、両刃の鎌でもなく、鎖鎌そのものを舞わせているのだ。

俺はその鎌と鎖の嵐の中に、自らの身を置き、鎖鎌の動きに合わせて足の裏の鉄板や服の内に仕込んでいる金属の骨格を操作し、あたかも俺が宙を舞って鎖鎌を操っているように見せる。


『先手を取ったのはウサギ!! 見てください! あの華麗な鎖鎌さばき!! その目にも止まらぬ剣術で敵を圧倒してきたウサギは何と無属性魔法使い!! この仮面の選手はいったいどれほどの努力の姿を映してくれるのか! とくとご覧あれ!!』


「素晴らしい。まさに逸材だ。君を選んで良かったよ」

「……」


選ぶ?

一体どういうことだ?


「火の精霊よ、我に力を。ファイヤーボール!」



だがそんな思考は一瞬で消え去るぐらい、強力な魔法をガノシュタインが打ち込んできた。

特大のファイヤーボールだ。

俺は地面に急降下しつつ、分銅を強力な磁場で炎の塊に向かって振るう。

ファイヤーボールは一瞬で爆散し、俺は地面に降り立つ。

そしてまるで蛇がうなるように、俺の掲げた手元に戻ってくる分銅。


「あっはっはっは! 何だ!? 何をしたんだい? 君は」


とても気分が良さそうに高笑いするガノシュタイン。

ちょっとさっきからキャラが変わってるような気がする。



「風の精霊よ、我に力を。ウィンドウォール!」



それでも俺に攻撃を放ってくるガノシュタイン。

今度は風の魔法だった。

シンプルに俺を風で吹き飛ばそうとするものだが、範囲があまりにも広すぎる。

横に飛ぶだけでは避けきれない。


体に纏っている金属の骨格に磁場を当て、俺は思いっきり高速で跳躍する。

足の裏の金属板と地面の間に磁場による強大な斥力を発生させる。

まるで地面に弾かれたかのような十メートル程の急上昇。

その時の余りに強い空気抵抗で、俺の骨が悲鳴を上げる。

俺は顔をしかめながらも、ウィンドウォールを避ける。




「凄い凄い! じゃあ次はこれなんてどうかな? 水と火と風の精霊よ、我に力を。ヒートストーム!」


ガノシュタインが呪文を唱えた直後、目の前に竜巻が現れる。

竜巻がはじき出す水しぶきが俺に当たる。



「!?」



だがそれは熱湯で、小さく火傷する。

仮面をつけているから顔は防がれるものの、服でも覆っていない手や首には熱湯が降りかかる。

ガノシュタインは風の魔法を駆使して、自分には熱湯が掛からないようにしている。

あんなのに巻き込まれたらタダじゃ済まないぞ。

いくら精神ダメージに変換されるからと言って、その痛みは本物だ。


『ここにきてガノシュタインの大技! この規模は今までに見たことがない! それまでにウサギはガノシュタインを追い詰めてしまったのか! どうするウサギ!?』



実況の声が対処を考えている俺の頭の回転を鈍くする。

集中出来ない。

だがここで放電を使えば一発できまるぞ。

いや、竜巻を導体にして吸収されてしまうかもしれない。

それにこれはおそらく、そう何度も使えない技だ。


いや、その逆だ。

あの竜巻に帯電させてしまえば、後は金属を媒体にして放電させるのと要領は同じ。



俺は一気に魔力を練り上げる。

そして一日に限られた数しか放てない放電を引き起こす。


バリバリバリィッ!!!



それを竜巻が帯電するまで続ける。

俺の魔力がゴリゴリ削られていくのがわかる。

どんどん押し寄せてくる倦怠感。

吐き気も感じてきた。


『出ました!! ウサギの雷魔法!! おそらくこの世でウサギにしか使えない魔法です! だがその雷は竜巻に吸い込まれてしまう!』




『何だあれ!? 雷だぞ!?』

『馬鹿、あのフォンタリウス家の長女を一瞬で打ち負かしたの見てなかったのか』

『ああ、聞いたぞ。何でも第六会場でウサギに攻撃をまともに食らわせたヤツはいないって』



「何だい!? その魔法は! 見たこともないよ! 素晴らしい! 素晴らしいよ!」



ガノシュタインが狂ったように叫んでいる。

さっきまではあんなに知的だったのに、今は興奮のあまり周りが見えていない。

もうすでにこの戦いにしか興味がないといった様子。


だがその興奮もすぐに収まる。

ガノシュタインは顔を真っ青にした。


今度は帯電した竜巻が自ら放電し始めた。

先程、熱湯が自分にかからないようにしていたガノシュタインのように、今度は俺が自分に通電しないように磁場を駆使して電気の流れを制御する。



「くっ!」



それに身の危険を感じたガノシュタインは竜巻の魔法を打ち消した。

帯電していた電気は地面をアースにしてあっさりと消える。


「僕のヒートストームに何をしたんだ!?」

「……」


俺はそれに答えることなく、無言でガノシュタインの方へ駆ける。

足の裏の鉄板、そして身体に付けている金属の骨格に磁場を発生させ、推進力にする。

俺は自分でも信じられないような速さでフィールドを駆け、およそ百メートルも離れていたガノシュタインの元に一瞬で到着する。

と同時に俺は一気に跳躍し、磁場を使って鎖鎌をありえない向きやありえない勢いで振り回す。


ここまで掛かった時間はおよそ数秒。



「火の精霊よ、我に―――――」



ガノシュタインの詠唱が終わる前に足の裏の鉄板を使ってほぼ水平に跳躍し、彼に肉迫する。

俺の体の周りで、なぜ絡まらないんだ、と言われてもおかしくない動きをしている鎖鎌を一気に振り下ろす。



両刃の鎌がガノシュタインの胸にめり込む。

初めからこうしていれば良かったのかもしれない。


最後に情けない声で気絶してしまったガノシュタインはピクリとも動かない。

そして。


『しょ、勝者、ウサギ!! 何という強さ、そして速さ! もう圧巻です! ウサギに誰が適うというのでしょうか! しかも無傷! みなさん、勝者に拍手を!!』



『ワアアアアアア!!』


会場に喚声の渦が巻き起こる。

誰もが立ち上がり、誰もが労いと賞賛の声を俺に向けているのがヒシヒシと感じられた。

俺の鼓膜を、心を振るわせる。


何とも言えない達成感と魔力を使った脱力感に包まれていると――――――



「誰もそこから一歩たりとも動くなあぁッ!! さもないと、お前たちの大好きな姫様の首が落ちるぞ!!」



声の方向を見れば、ネブリーナ姫が数人の男に取り押さえられて、首に剣を突きつけられている。

その周りを護衛していた兵士達は胴体から血を流した状態で、その足元に倒れている。


何故か観客の耳が痛く成る程の喚声の中、その声だけは妙に響いた。

それは観客の喚声を掻き分けるほど、俺たちにとって危険を知らせる声だったからだ。


「あはは、ありがとう。ウサギ。君が試合を盛り上げてくれたおかげで事が上手く運んだよ」


姫様の方に気を取られていると、背後から声が掛かった。

その声の主はあろう事か、ガノシュタインだった。

いつ気絶から目を覚ましたかは分からないが、今ははっきりと俺をあざ笑う笑みを浮かべて立っている。

ようやく、試合前の笑みの意味が分かった気がした。


「我らは解放軍!! 要求することはただ一つ!! ラトヴィス国王とセブリダ王妃の殺害である! 姫の命、退いては貴様らの命が惜しくば、ここに国王と王妃を引きずり出せ!!」


ネブリーダ姫に剣を向けながら、男は続けた。


国王と王妃の殺害?

解放軍?

解放軍のテロ活動は小規模じゃなかったのか?

何故今になって。


いや待て、この観客の中にはおそらくレオナルドとジュリア、ミレディもいる。

そしてルースも。

俺にとっては国王と王妃の命より、そっちの方が先決だ。


そうと決まれば、俺はフィールドの出口に向かって、さっきの何倍もの魔力で体に仕込んである金属の骨格、足の裏の板に推進力を与え、超高速でフィールドを駆け抜けた。



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