第十六・五話 エアスリルと精霊
エアスリル王国には当然、ラトヴィスという王様がいる。
王国と言うぐらいだから、いなきゃおかしい。
それは当たり前も当たり前なんだが、その国王には娘、つまりお姫様にあたる子がいる。
姫の名前はネブリーナ。
ただ、このネブリーナという子は特別な力を持っていた。
それは平均的な人間と比べ、並外れた魔力を身体に宿しているということだった。
そしてラトヴィスは考えた。
この力を国のために活かせないか、と。
ラトヴィスはちょうどその時、問題をいくつか抱えていた。
エアスリル王国はレシデンシアという王国と、外交上での擦れ違いが問題となっている。
その国とは隣り合わせで、国境付近ではたまにちょっとした武力のいざこざが起きることがあった。
だけど、両者とも非を認めることはなく、いろんな問題がうやむやのまま放置、若しくは揉み消される始末。
これに頭を抱えるラトヴィス国王には持って来いの話だったかも知れない。
幼いながらも、父親である国王の背中を見て育ったネブリーナは喜んで、国の力になることを引き受けた。
それは僅かながらも国の力添えになりたいという、明確な覚悟の元に芽生えた思いなのか。
それとも、ただ単に家族である父の助けになりたいという幼い子供が考えそうな思いつきなのか。
おそらく両方だろう。
それはネブリーナ本人にも分からなかった。
さらにラトヴィスは考えた。
他国との会談の場にネブリーナを連れて行き、国の直接的な力にはならずとも、王の子供ですらこれ程の力を持っている、という静かな牽制になるのではないか。
例えば魔法のお披露目の場を設けるとどうだ。
きっと他国の人間はその力に驚くぞ。
しかし、そうは言っても所詮はあくまで会談の場。戦いではないのだ。
そしてまだ幼いネブリーナの力だ。
そんな小さな牽制は牽制と呼ぶには些か焼け石に水な気がしたが、藁にもすがる思いでラトヴィスは姫に更なる力を与えた。
そしてそれは思わぬ好転を見せた。
この先、戦争にまで発展するんじゃないかという勢いだったレシデンシア王国との問題は瞬く間に収まった。
しかし、それは誰が予想できただろうか、レシデンシアの思惑通りの結果なのだ。
だけどそこに別の方向からの力が働いていることをラトヴィスは知らなかった。
****
ネブリーナは生まれながらにして持った魔力の他に、更なる力を得ることができた。
それは『精霊』との契約。
精霊は常日頃から世界に魔力を与えながら生きていると言う。
しかし精霊と契約すると、より専属的に魔力を提供してくれる。
ネブリーナが契約したのは王級精霊。
王級、というのは魔法の階級と同じで、トップクラス階級である神級の一つ下位のランクである。
だが、王級というランクに変わりはない。
物凄い力を持っていた。
しかし、何が、そんな高ランクの精霊とまだ幼いネブリーナとの契約を可能にしたのか。
それは、精霊の強欲だった。
魔力が欲しいという、強い欲。
精霊は確かに、有事の際には魔力を提供してくれるが、それ以外の時は契約者の魔力を吸い取って、自らの物とする精霊もいる。
ネブリーナが契約した精霊はそれだった。
王級ともなれば、より多くの魔力を吸う。
これが、この精霊の持つ欲。
人間から吸う魔力は、精霊にとって一種の嗜好品だった。
魔力のためなら、こんなにも安い考えをしている精霊がいるとは、ラトヴィスもネブリーナも知らなかった。
問答無用で吸われていく魔力。
それは詐欺に近い。
だけどそれを契約とされてしまっては、文句を言おうにも言えなかった。
ある程度の条件を満たせば、誰でも契約ができてしまうのだ。
そして魔力を吸われ続けた結果、魔力が底を尽きた人間が精霊との契約を保つために必要なペナルティがあった。
そしてそれはネブリーナも例外ではなく……。
*****
時を同じくして、ネブリーナが精霊と契約した頃。
そのことを知らないエアスリル王国の隣国、レシデンシア王国の王にも。
娘がいた。
そして何の悪戯か、それとも必然か、はたまた偶然の産物なのか。
そのレシデンシアの姫もあの王級精霊と契約していたのだ。
そしてその結果。
エアスリルとレシデンシアを巻き込む事件が起きると、誰が予想しただろうか。




