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第十六話 第六会場戦

今回キュリー温度の話が出てきますが、それは読者の方が感想で教えて下さったネタです。

「では、対戦前に必要事項をこの紙に記入して下さい」


「……」


俺はウサギの仮面を付けたまま、声を発せずに頷いて返答する。

渡された紙の必要事項記入欄には以下の通りに記入した。



選手名:ウサギ


性別:


年齢:


使用武器(剣士のみ):鎖鎌(バイドンの武器屋)


適正魔法(魔術師のみ):なし(無属性魔法)


出身:


所属:



選手名はレオナルドに言われた通りに、本名の記入は避ける。

使用武器については、さりげなく店の広告をしておいた。

適正魔法の記入は控えた方が今後のためかな、とも考えたが、俺以外に適正魔法がないという理由で魔法の道を諦めている人達にも希望はあると伝えるため、敢えて記入した。

もちろん、性別や年齢、出身と所属も無記入だ。

どこから足がつくか分からないからな。


俺は今、魔剣武祭の第六会場、第十三試合の招集を受け、待合室にいる。

対戦の前に実況アナウンスで使用する個人情報の報告を依頼されたので、必要事項記入欄はこのザマだ。

係の人間に記入済みの紙を渡して、試合開始の合図を待つ。


係の男は俺に渡された紙を一目見るなり、嫌な顔をした。

レオナルドの言いつけを守ると必然的にこうなる。

何故俺が嫌な顔をされなきゃならない。

解せぬ。


『それでは試合の準備が整いました。選手の方は入場して下さい』


アナウンスの声に、俺は身体が強ばるのを感じた。

おいおい、緊張するなんて情けねえ。

やれることは全てやってきたんだ。悔いはない。

当たって砕け散ればいいのさ。


いや、砕け散っちゃったらダメだろ、と自分と格闘しつつ、俺は入場した。


薄暗い待合室から出ると、そこは戦闘フィールド。

仮面をしていても、一気に視界が開けるのを実感する。

見渡す限り、この戦闘フィールドを囲んでいる観客席は人でいっぱいだった。

そして、俺とは反対側のフィールド入口から、俺と同年代の男の子が姿を見せる。


『さあ!  始まりました、第六会場、午後の試合一つ目ということもあり、観客席は既に満員! また熱い戦いが始まります!』


実況の女性が観客を盛り上げる。

それに応えるように、興奮した喚声を上げる観客。


『では選手紹介です。東のフィールド入口に姿を見せたのは、エアスリル王国の東端の村、コイゼカ出身の少年剣士、トール=ヘーメナー! だが侮るなかれ、彼の剣は火の魔石が仕込まれた業物! そしてその剣を使いこなす腕前はいかに!』


相手は剣士らしい。

レオナルドと同じような剣を使うということか。

それを俺の懐で振るわれたらヤバイが、その前に一瞬でカタを付ける。


『そして対するは今回の魔剣武祭唯一の鎖鎌使い! その名も……ウサギ? えっと、出身と所属は不明です……あと、適正魔法はありません。無属性魔法使いのようです。えーっと、い、いったいその仮面の下にはどんな顔が隠されているのか! 謎が多いだけに力も未知数! さあ、勝つのはどっちだ!?』


さすが実況。

俺の無茶苦茶な情報に戸惑いつつも、すぐに進行を立て直して最終的には観客を盛り上げる。

実際、ここまで実況に苦労をかけながら正体を隠すのはちょっと悪い気がする。


心の中で謝った俺は、相手のトール君だったかな?

彼と向き合う。

俺と向き合うやいなや、彼は剣を構えた。

剣の柄に埋め込まれている魔石が光り、刀身が炎に包まれる。

レオナルドの剣と比べると作りはちゃちに見えるが、凄まじい熱気は俺の皮膚を焦がしそうなくらい伝わってくる。

炎はガチもんだ。


「君、鎖鎌を使うんだろ? そんな剣士を相手にするのは初めてだ。全力で行かせてもらう」

「……」


相手は誠心誠意、尋常に戦うつもりだ。

騎士の心というヤツだろうか。

そこで試合開始のアナウンスがはいる。


『それでは試合、開始!!!』


俺は無言で鎖鎌を構える、と思わせておいて魔力を解放する。

トールの頭上に強力な磁場を生み出し、剣を取り上げる。

見たところ、トールの剣の柄は金属で構成されている。

これで元も子もないだろ。


だけど。


磁場を生み出したにも関わらず、トールは剣を握ったままだ。

それも姿勢一つ変えることなく。

まるでその剣が磁場の干渉を受けていないかのようだ。

俺はこの初戦始まった直後の不足の事態に焦る。


否。実際に干渉を受けていないのだ。


その証拠に、俺が発生させた磁場は消滅している。



―――――――キュリー温度。


強磁性が失われる、ある一定の温度だ。

剣に組み込まれている鉄。

その鉄という強磁性体が、剣の放つ炎の熱でキュリー温度に近づくことによって、磁化することがなくなったのだ。

つまり、あの剣に磁場の干渉はない。


でも鉄のキュリー温度って滅茶苦茶に熱かったはずじゃ……?

それこそ建物が火事で燃えた時の温度くらいあるんじゃないだろうか。

よくその温度の剣を握れるものだ。

俺はこの距離でも肌が少し熱いというのに。



その一方で、馬鹿か俺は。

何故そこに気が付かなかった。

磁場を使うとなれば、当然加味するべき要素の一つだ。

浅はかだった。



「……」


くそ。

こうなったら剣を取り上げることは諦めて、鎖鎌で応戦しよう。

相手は剣士だ。

魔法は抜きにした純粋な剣術のみの戦いはレオナルドに勝つようになってからは、久しくやってない。

いいだろう。

力比べだ、トール。



「行くよ」

「……」



トールが俺に向かって彼なりに全力で、彼なりに精一杯に剣を振り抜いてきた。

俺はそれを最小限の動作で躱し、剣の柄を左足で蹴り上げる。

面白いぐらいにトールの手をすっぽ抜けた剣は地面を滑る。

丸腰になったトールに俺は鎌を向ける。


「ま、参った・・・」


トールが負けを認めた。


『えー、っと、勝者、ウサギ……』


観客の誰一人として沸かない。

あっけらかんの実況アナウンスの声がこの第六会場の静寂に虚しく響き渡る。



呆気なさ過ぎる。

誰もがそう思ったのだろう。

お互いに接敵し始めて、トールが参ったと言うまでは五秒とかかってない。

実況が口を挟むことすら出来なかった。

確かにトールは剣術を教わり始めた時の俺と比べると、格段に強かったと思う。

太刀筋はしっかりしていたし、踏み込みの勢いも良かった。



今、ここでレオナルドの言いたかった事が分かった。

確かに仮面を外してはならない。

これが自分の力への自覚というものなのかも知れない。

あまりにも主張の強い、仮面を外したりした上での、強さをひけらかしでもすれば具体的にどうなるとは分からないが、確実に面倒事に巻き込まれるだろう。

俺は自重しなければならないのだ。


しかし、かと言ってキュリー温度のことを勘定に入れ忘れるようなヘマも避けなければならない。

線引きが難しい。


俺は戦闘フィールドから待合室に戻り、観客席に向かう。

再びお菓子を仮面の間から口へ忍ばせて、俺は観戦を続けるのだった。



******



『引き続き、第二十七試合を行います』


その後、トーナメントで負けて行く選手が増えていく中、俺は今日ニ回目の試合に臨んでいた。


『さて、東のフィールド入口から出てきたのは、昼の初戦で相手を僅か数秒で破った、全てが謎に包まれた、ウサギの仮面を付けた人物! 本当に、男か女かすらもわかりません! ただわかっているのは卓越した鎖鎌の技術と無属性魔法を使うということのみ! さあ、次は相手を何秒で破ることが出来るか!?』



『オオオオオオオッ!!』



今度ばかりは実況の声に観客も反応してくれた。

ここで無言だったら、俺はウサギの目に開けられた穴を蛇口にする他に逃げ道はないだろう。

少し安心。



『そして西のフィールド入口に見えたのは、魔法学園第3学年の神聖魔法の使い手、セレスティアのセラ! セレスティアのみに許された適正魔法、神聖魔法! 彼女の力をとくとご覧あれ!』



目の前に現れたセラという女の子は、天使だった。

この天使という表現はもちろん、外見を指している。

だって金髪の髪に青い瞳が可愛い女の子なんだもん。

まるでお人形さんみたいだぜ。

スマイルと一緒にバリューセットで注文して、お持ち帰りした後に食べちゃいたいくらいだ。


そうじゃない。俺が言いたいのはそうじゃないんだ。

俺の色欲が理性に逆らう。


背中には白い翼が付いており、頭の上には天使のシンボルとも言える光る輪っかが浮かんでいる。

文字通り、天使の風体だ。

以前ミレディに書庫で教えてもらった種族だ。

このセレスティアにしか神聖魔法の適性は現れない。



「ねえ、君は仮面を外さないの? お顔を見せてよ」

「……」

「ふうん。つまんないの」



魔法学園の三年生だと言っていた。

俺より二つ年下だ。

ヴィカが魔法学園には様々な人が入学してくると言っていた。

セレスティアもその一つだろう。

学園の制服を着ている。

趣味の良い、シックな色合いのブレザーだ。

俺がもし入学していたら、これに身を包んでいたのだろうか。


『両者揃ったところで、試合開始!』


そのアナウンスが流れた直後のことだった。


「神聖なる精霊よ! 我に聖なる力を! スターライトアロー!!」


セラがそう呪文を詠唱した瞬間、自分の影が今までにない程にくっきりと地面に映る。

頭上には際限なく流れ星のように俺に向かって降り注ぐ光の矢があった。


え、これチート?


辛うじて避けた矢が地面に、ビィン、と突き刺さる。

地面、石畳だよな。

それに突き刺さるとか、洒落になってねえぞ。

光り輝く綺麗な矢で、思わず見蕩れそうになるが、我に返りその危険を再認識する。


当たったら終わり、当たったら終わり、当たったら終わり……。


俺は呪文のように自分に言い聞かせながら、レオナルドに鍛えられた反射神経で光の矢を躱す。



「どうして当たんないの!?」


『次々に降り注ぐ矢を避けるウサギ!! いったいどんな動体視力をしているのでしょうか!! 信じられません!』


実況の声に観客席の歓声が大きくなる。

ただ、俺がウサギと呼ばれるのは少々不満。

考えてもどうしようもないクレームを心の中で訴えていると、急にセラの攻撃の手が止んだ。



「ハア、ハア、君、すばしっこいね……」

「……」


どうやらセラは魔力が切れたようだ。

俺の魔力切れの時とそっくりだ。

膝に手を付き、息を切らすセラ。

今がチャンスだ。


俺は鎖鎌を腰から引き抜き、構える。

と同時に、磁場を発生させてスピードを上げに上げた分銅を、セラの腹部にブチ込む。

ゴッ、という鈍い音と共にセラは声もなくその場に崩れる。

俺の攻撃が痛みと精神のダメージに変換されて、セラは気絶。


『何が起こったのでしょう!? ノーモーションで放たれた鎖鎌の分銅がセラ選手のお腹に直撃!! セラ選手の戦闘不能により、勝者ウサギ!!』


『ワアアアアアッ!!』


俺は観客の声を背に受けて、フィールドを後にする。

係の人間が気絶したセラを運び出すのを確認してから、俺は観客席に戻る。


そんな風に正体をひた隠しにしながら、俺は一日目の第六会場での試合を勝ち進んでいった。

まだ第六会場のトーナメント上位の選手との試合が控えているが、それは次の日になるのだと言う。

今日はもう試合が無いのなら、もうここには用はない。

どれほどのレベルの戦いなのかある程度の調べも付いた。

俺は第六会場を後にする。



だけど精霊祭はまだ続く。

その元気はどこから来るのか、昼と同じテンションと熱気を保ちながら盛り上がっている。

商業区はちょっとした出店や屋台が立ち並んだ、夏祭りを彷彿とさせる風景になっている。


噴水広場に今日の魔剣武祭の集計結果が貼ってあるらしい。

それを確認しに、噴水広場へ足を運ぶ。



***



噴水広場には今朝と同様、たくさんの人で賑わっていた。

だが、朝の緊迫した雰囲気はなく、今日の試合を勝ち抜けたことに安堵する者ばかりが集まって、談笑している。


俺は第一会場から第六会場までの結果をざっと見てみる。


第二会場ではレオナルドが翌日に勝ち進んでいるようだ。

でもジュリアは初戦で負けてしまっている。

ランダムにトーナメントが組まれているため、誰と当たるかは分からない。

ジュリアの初戦相手が運悪く強い奴だったのかも知れない。

力が拮抗するように年齢を基準にトーナメントが組まれてるが、そんな力の差がある相手と突然第一回戦から当たるという事も肝に銘じておこう。



その下に実況の一言欄が設けられていた。



『第二会場の注目の選手と言えば、何と言ってもガノシュタイン。魔法が多彩で、適正魔法以外にも強力な属性魔法が使えることが何よりの強み。明日の試合に期待が集まる』


ガノシュタイン。


適正魔法以外の属性魔法の威力は格段に落ちると聞いたことがあるのだが、そのガノシュタインという人物はそんな事は物ともしないらしい。

まあ期待が集まるってなったら、それぐらいのステータスは必要だわな。



続いて第六会場の結果。


俺はそれを見て、自分の目を疑った。

それはもう凄い勢いで疑った。

目から光線出る寸前まで目を見開いて驚いた。

なぜなら、この第六会場の明日の試合に勝ち進んでいる者の名前の中に、ミレディの名前があった。

この魔剣武祭に出場しているのだ。

しかし何か事情があるのだろうか、ミレディが出場していると言うのに、ノクトアの名前が見当たらない。

まあ、いずれにせよ、このまま俺が勝ち進んでいくと、ミレディと試合で当たることもありうる。

覚悟しておかなければならない。



『第六会場の注目選手は、歴代初めてにして唯一の鎖鎌使い。その鎖鎌を操る姿は常軌を逸していて、見る者を魅了する美しさと危険を秘めている。だがその正体はウサギの仮面に包まれており、他の情報は一切集まらない。そんな謎多きウサギに期待を寄せる』


実況者の一言欄には俺のことが書かれていた。

悪い気はしないが、いますぐお兄ちゃんに妹だって言うワケにもいかないのと同様、俺がウサギの正体だとは言えないのが歯痒い。

このまま強さの象徴のような記号になっていくのだろうか。



俺はそんな気分が晴れないまま、噴水広場を離れる。

取り敢えず、家に戻ってレオナルドとジュリアに合流しよう。

それから飯などのプランを立てる。


俺はトボトボ家に向かった。



*****



家に着くと、テーブルに突っ伏して塞ぎ込んでいるジュリアがいる。


「な、なあジュリア、気にすんなよ。な? また来年頑張ればいいじゃねえか。な?」

「兄さんは勝って明日も出場できるからそんな事が言えるのよ」



お、重い。

負けた人の気持ちは本人にしか分からないのだから、しょうがないだろうに。

レオナルドが慰めるが、ジュリアはテーブルの上で組んだ腕に押し付けた頭を上げようとはしない。

これで大人なのか?


「た、ただいま……」

「おう、お帰り」

「お帰り、アスラ。どうせアスラは今日は勝ち進んだんでしょ? 強いもんね、アスラは」


帰るなり、いきなり皮肉られた。

どうしろと言うのだ。


「負けたことが悔しいんですか?」

「そうじゃないわよ! どうして私の初戦の相手がよりによってガノシュタインなのよ!?」



うわー、くじ運ないな。

としか言えないぞ、この状況。

仕方のない事だ、と誤魔化すのに、これ以上適した場面はかつてあっただろうか。

いや、ない。



「し、仕方ないですよ。ジュリアもわかってるでしょ?」


と俺が言うと、ジュリアはとうとう声を上げて泣き出した。

ここまでくると、ちょっと、どうすればいいかわかんないなあ。


俺はしばらくジュリアを放って置くことにした。

偶発的放置プレイだ。

明日の魔剣武祭に備えて準備をする。


準備のため、地下室に下りた俺は壁に並べてある剣を手に取り、前の要領で磁場による変形を施す。

粘土のようにどんどん形を変えていく剣。

前回はこれに苦労したが、慣れてしまえば磁場の使い方が身に染み付いた。

今ではちょちょいのちょいの、お茶の子さいさいのさいだ。


俺は元剣の金属で俺の身体にぴったりフィットするように、サイズを合わせた金属の骨格を作る。

それは胴の肋骨を覆うように、上肢の骨に沿って作った、胴当てと小手だ。

そして、足の裏には例の金属の板を入れる。


これで身体の保護もできるし、何より俺の魔法で役に立つ。


準備を終えたところで、地下室を出てリビングに戻ると、まだジュリアは泣いていた。

今晩は、ジュリアの泣き声はしばらく続くのだった。



****



昨日の第六会場でのミレディの試合は俺が帰った後に行われたらしい。

というのが知らされたのも、精霊祭二日目、第六会場での俺の出場試合招集がかかってから直後のことだった。

この試合がこの第六会場最後の試合だ。

つまり、トーナメントの頂上だ。


『さあ、みなさん、精霊祭二日目です! そして第六会場最後の試合です! そして最後にふさわしい両選手好カード!! 昨日の最終試合に出場したミレディ=フォンタリウスと、第二十七試合の出場選手、鎖鎌使いのウサギの対戦です!!』


俺が待合室でのんびりしていると、そんなアナウンスが流れた。

仮面の下で俺の顔がどれほどアホ顔で驚いていることか。

仮面をつけていると良い事尽くしだ。

係りの人に俺の驚愕の表情を見られずに済んだ。

ミレディは決勝戦まで勝ち進んで来たのだ。

それだけ強い。

こんな巡り合わせになるなんて予想もしていなかった。


どっかの強いヤツに負けて、ミレディが俺とトーナメントでぶつかることはないと、心のどこかで望んでいたのかも知れない。

だけど、そのどっかの強いヤツは、ミレディだったのだ。


いかにも、全然驚いていませんが何か? といった足取りで戦闘フィールド入口へ進む。

でもさすがに、くつろいで座っていた椅子から驚いた俺が転げ落ちた瞬間には、係りの人はギョッとしていた。

学校の授業中にいきなり大きな音を立てながら椅子から落ちる恥ずかしい生徒になった気分だ。



『さあ、それでは両選手の入場です!!』



あー、どきどきする。

もう心臓がズッキンドッキン状態だ。

……ちょっと古い言い回しだったかな。

でもまあ、兎に角、ミレディはウサギの正体が俺だとは知らなくても、俺にとっては実に五年ぶりの再会になるワケだ。

手汗がやばい。


『お待ちかね、選手紹介です! 西のフィールド入口から出てきたのは、昨日の一回限りの対戦で観客全員に凄まじい強さと印象を残した、フォンタリウス家のご令嬢のミレディ選手!! 魔法学園の学生その成績は学園内トップクラス!! 昨日見せた氷の魔法が今日はウサギに牙を剥く!!』


『頑張れ! ミレディ嬢!』

『今日も派手な魔法をぶちかましてくれ!!』

『相手はたかが剣士だ、負けるわけがねえ』



観客が黄色い喚声を上げる。

みんな言うことは様々だ。


やはり依然として手汗が止まらない。

もしここがデートだったら、俺は一瞬でフられる手汗の掻き方をしている。

こんなようでは、精霊をデレさせることなど出来ないレベル。


ミレディを前にしてビビっているのか俺は。

屋敷にいた時と変わらない銀髪、無表情。

セラと同様、魔法学園の制服を着ている。

観客の声援には一切興味がないといった様子。

だが、確実に成長しているのがわかる。


昨日から覚悟してただろ。

戦うしかないんだよ。


『さあ、ミレディ選手に対するは、謎の人物、ウサギ!! 彼? 彼女? なんと呼べばいいかすらも謎!! ただ確実なのは、その剣術! そして魔法使いすらも軽くあしらってしまう鎖鎌術は、美しいの一言に限る! だがその剣術はミレディ選手にも通用するのか!?』


『さすがにミレディ相手には無理だろ』

『昨日の体術は凄かったけど、やっぱそれじゃあ魔法には敵わないよな』


ほんと、好き勝手言ってくれるよ。

俺が無言なのをいい事に。

だがここで力を爆発させるワケにはいかない。

それはミレディがこの五年間で付けた実力を見極めてからだ。



『それでは、試合開始!!』


その直後。


「水の精霊よ、我に力を。アイスアロー」


抑揚のない、平坦な声で呪文と唱えるミレディ。

完全に対戦相手、つまりウサギへの興味は元よりない。

それだけの自信があるのか、それとも何かしらの決意があるのか。

俺には推し量ることは出来ない。


セラの光の矢が氷の矢になった攻撃だ。

しかし昨日のセラのライトスターアローと比べて、スピードが桁違いに速い。

それに一度に顕現する矢の数が尋常じゃなく多い。

ミレディはこの五年で確実に実力をつけてきている。


避けきれないと判断した俺は、鎖鎌に磁場を当てて、鎖に縦横無尽にうねりを効かせ、アイスアローを叩き落とす。

ミレディの適正魔法は水だ。

氷という、水の個体を使って攻撃してくる。

今回はキュリー温度を気にする必要はないだろう。


『アイスアローを手も足も使わずに叩き落とすウサギ!! 手を使うまでもないということか!?』


「……」


誰もそんなこと言ってないだろ。

人聞きの悪い実況はよせ。


「水の精霊よ、我に力を。アイスロック」

「……!?」


ミレディは実況にカチンときたのか、新たに魔法を使う。

その呪文を唱えると、俺の足が氷漬けにされた。

ふくらはぎを伝う冷たく、堅い感触。

その地面から生えたような氷は、どんどん俺の身体を足から包み込んでくる。


ダメだ。

ここで鉄針を飛ばすか?

いや、さっきのアイスアローという魔法を使われたら、俺の磁場の制御だけでは氷の矢を避けながらミレディまで辿り着く前に俺が氷漬けにされてしまう。


なら足の裏に忍ばせてある金属で俺を浮上させて、氷から逃れるか?

いや、ダメだ。

俺の皮が氷に張り付いていて、表皮がえぐれる。


違う。

手ならある。

出し惜しみをしてはダメだ。

日に三十発程度しか放てないが仕方ない。


俺は磁力を駆使し、前の感覚を呼び覚ます。



ピリ……


来た。


俺は髪の毛が静電気を帯びたように逆立つのがわかる。

いや、実際にここで電気が生じているのだ。

ミレディに接触した時にスタンガンを食らったような作用になるように魔力を調整する。

俺とミレディの間の気体が電離する。

イオン化が起こる。


そして次の瞬間。


バチィッ!!


目の前が急に光ったかと思うと、ミレディはその場に倒れる。

瞬間的にアーク放電が起こる。

一瞬熱を感じ、閃光が広がった。



ミレディは不定期に身体を震えさせる。

身体は痺れて動けないはずだ。

ミレディは倒れると、魔法を維持できなくなり、俺は氷の魔法から解かれる。


俺はミレディに歩み寄り、鎖鎌を構える。

後生だ。

悪く思わないで欲しい。


鎌の柄をミレディの鳩尾に打ち込む。



「うっ」


少し、いや、かなり罪悪感がある。

だって五年ぶりだぞ?

五年ぶりに会っておいて、最初の接触が鳩尾って。

やばい、また手汗が湧いてきた。

戦闘にまでこんな考えを引きずっているから、苦戦するんだ。

俺は自分を叱咤する。


そうして、ミレディは完全に意識を失った。

攻撃は全てミレディの身体に傷を残すことはないだろう。

精神ダメージに変換される。

じゃなきゃこんなこと出来ない。


『い、稲妻です!! 稲妻が起きました! そして気付けばミレディ選手が意識を失っています!! いったいどういうことでしょう!? と、兎に角、勝者はウサギです! あのミレディ選手にウサギが勝利しました!!』



『う、嘘だろ!? あいつ勝っちまいやがった!』

『あれ魔法か!? 雷の魔法なんて聞いたことねえぞ!!』

『何が起こったかサッパリわからん』



実況と観客は驚きを口々に述べている。

俺はここで観客に向かって手を挙げて答えてやりたいとこなのだが、自重しよう自重。

あー、こんなに歓声を受けるといい顔してみたくなる。

みんなにもてはやされると気持ちいいんだろうな。きっと。


でもそれでは俺がテングになってしまう。

これで良かったのだ。

いいんだ、これで。

もうこれ以上観客席を名残惜しそうに振り返るのは止めろ、俺。

格好悪い。

そろそろ本気でやめておこう。


『これで第六会場の勝者が決まりました!! 誰がこの結果を予想できたでしょうか!! 明日のトーナメントに進むのは、謎の正体と魔法を持つ鎖鎌使い、ウサギです!!!』


『ワアアアアアアッ!!』




観客の歓声を背に、俺は戦闘フィールドを離れる。

待合室で一息着く。



「ふぅー」


あ、声出しちゃいけないんだった。

そこまで張り詰めていた気が抜けたということか。

まあ、ミレディという正念場は切り抜けた。

後は夕方から、思う存分に戦うだけだ。


しかし、この時の俺はこの精霊祭の裏で密かに進行している危機に気付く(よし)もなかった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] ジュリアに来年もと言ってるけど、精霊祭は5年に1回なのでは?
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