第十五話 ウサギの精霊祭
「はい、これっ!」
「何ですか、これ?」
「ウサギの仮面よ」
「いえ、それは見ればわかります。何故急にこんなものを」
俺はジュリアに木で作られたウサギの仮面を渡された。
ウサギの目には丸い穴が開けられており、正面から見ると目が点で、実に無機質な顔をしている。
ウサギのシンボルとも言える長い耳が付いた白いウサギ。
そして口だけは可愛らしく作られており、穴も開けてあって息もしやすそうではあるが、何故にウサギ!?
「昨日のアスラの雷の魔法を見て、兄さんと話し合ったんだけど、こんな強力な魔法を使える人間を王都の色んな団体が見逃すはずがないって思って」
「それで王都で引っ張りダコにならないように、これで精霊祭の間は顔を隠してもらうってわけさ」
ジュリアとレオナルドが何故か得意げに説明する。
要は俺のために考案してくれたプロジェクトなのだろう。
確かに、雷の属性の魔法はこの世界ではまだ解明されてないらしいし、雷属性なんていう概念も存在しない。王都の研究対象になって不自由な生活を強いられるかも知れない。
それはゴメンだ。
そう考えると、この仮面の意味もあるのだろう。
「大丈夫だ。精霊祭では盛り上がるために仮装をして参加する者はたくさんいる。色物だと思われることはないさ」
「そうじゃなくて、何故ウサギなんです? 自分の仮面ぐらい自分で選ばせてくださいよ」
「ああ、それはね、昨日の稲妻が地下室の壁に衝突して、散り散りに壁を伝ってピョンピョン跳んで分散する電気を見てね、『あ、ウサギみたいだ』って思って、近くの店で買って来たのよ」
「いや、買って来たのよって……」
「それに可愛いじゃないっ」
それが本音か!
て言うかコレ可愛いか?
目が点になってて笑ってないし、口だけちょっと可愛くしてみましたよって感じで、逆に笑ってない目とのアンバランス具合が不気味で、焼け石に水なだけだ。ぶっちゃけ可愛いとは思えない。
女の子はこういうのを好むのだろうか。
「これを付けて魔剣武祭には出てね?」
俺はその場凌ぎの曖昧な返事をしておいたが、当日はそのまま押し切られて俺がウサギの仮面をしている姿が目に浮かぶ。
****
精霊祭が開催されるまで日がもう残り少ない。
それまでに以前の放電を使い物になるように仕上げなくてはならない。
初めて地下室で稲妻を起こした時に比べると、今ではかなりスムーズに放電できるようになった。
最初は一日に一回の放電で魔力の底が尽きてヘトヘトになったのだが、それを続けているうちに魔力量が超回復で増えてきた。
あの日からニ週間が経った今では、1日に三十回以上の放電は可能になった。
日を重ねるごとに、放電可能な回数は爆発的に増え、俺ぺディアによると、どうやら一度の魔法で消費する魔力が多ければ多い程、超回復分の魔力も多くなるようだ。
それに磁場反転を一度に発生させる魔力、つまり磁場の操り方も随分と慣れてきた。
慣れたというか、感覚に染み付いてしまった。
もう以前のように金属を浮かせて、それを媒体にせずとも放電ができる事が嬉しい。
これでまた魔力の底を尽きさせる手段が見つかった。
バリッッッ!!!
地下室で激しい放電をしていると、電気の逃げ場が限られているので、放った稲妻が霧散して、気付けば俺の髪は逆立っていた。
それに壁のいたるところに放電痕が残されている。
この痕跡で、これが俺の無属性魔法だぞ、と今なら自信を持って言えると思う。
俺は壁や天井が焦げて黒い煤を纏っているのを見ると、とうとうここまで来たのだと実感する。
もう後戻りは出来ない。
今まで頂点には立てずとも、俺なりに努力をしていたのだ。
自己満足かもしれないが、満足出来ているのならそれでいいじゃないか。
悔いはない。
そう、俺はこの生活に満足していたのだ。
レオナルドとジュリアは兄と姉のようであり、父と母のようでもあった。
とても現実からは考えられないような他人からのスタートだった生活が、今ではこんなにも愛おしい。
本当に二人には感謝をしている。
それを糧にして精霊祭に望む。
それが俺の精一杯の恩返しだ。
口に出すのは小っ恥ずかしいが、その気持ちは本当だ。
小っ恥ずかしいとか、俺も大概レオナルドに似ているのかも知れない。
そんな風に満たされた気持ちで、俺は精霊祭当日を迎えた。
********
精霊祭当日。
その日は朝日が昇る前から王都の街は賑わっていた。
外からの喧騒で俺は開眼。
眠気まなこをこすったら、一日が始まるわ。
今日も朝のランニングのため、居住区を出て南門に向かう。
と、そこで。
今日ぐらい別にサボってもいいんじゃねえの?
俺の中の悪魔が囁く。
いや、でもできるだけいつも通りのリズムで魔剣武祭には臨みたい。
それが一番リラックスできる。
へえ、偉いじゃねえか。ま、頑張れよ。
俺の中の悪魔は納得してくれたようで、それ以上悪魔の囁きは聞こえてこなかった。
聞こえてこなかったのだが。
ちょっとお待ちなさい!
なっ 俺の中の天使!?
私が出る幕もないままで終わらせるとお思いですか!?
いや、もう十分悪魔と話し合って解決したし。
何ですかそれは! きぃーっ もうちょっとサボろうかな、とか迷えよ! このカスがっ!
天使とは思えないような台詞を置き土産に、俺の心の中から姿を消した。
そんな寸劇が脳内でできる程、今の俺には余裕があった。
程良く力が抜けている。
だが魔剣武祭に向けての高揚感は確かに俺の中でくすぶっているのだった。
しかし、今日のランニングはランニングにはならなかった。
街に人が多すぎるのだ。
商業区の店はいつもより開店が早いし、他の街から来た人でごった返している。
結局、俺はいつものコースの途中までは走れたものの、最終的にはトボトボ歩くハメになった。
ただの散歩じゃねえか、と思いつつ家に戻る。
「なんだ、緊張してんのか?」
「し、してないし?」
さっきの余裕はどこへやら。
いつも通りランニング出来なかったことで、俺のペースが乱れた。
レオナルドは、緊張してんだろーが、とツッコミを入れることもなく、気不味そうに視線を外す。
それが余計俺にプレッシャーを与える。
ランニングを終え、家に戻ると朝食の準備が出来ていた。
いつもと同じパンとスープだ。
二品のみだが、量が割とあるので腹は十分に膨れる。
「ちょっと兄さん。誰だって緊張するわよ。私だってしてるもの」
「え、ジュリアも出場するんですか?」
「ええ、兄さんもするわよ」
「魔剣武祭で好成績を残すと、魔法使いや剣士関係の称号がもらえるんだ。俺とジュリアは上級剣士の一つ上のランク、国家級剣士の称号を目指してるってワケだ。ここ五年はお前に付きっきりだったから仕事はしてないし、そろそろ国家級称号に見合う仕事が欲しいところだ」
では俺は今回初めての称号をもらうというワケか。
こういう正式な催し物でないと、称号はもらうことは出来ず、もちろんギルドカードに登録する事も出来ないのだとか。
ギルドで登録している冒険者のほとんどが募る祭だ。
そういうのも醍醐味の一つなのかもしれない。
「あ、あとアスラ」
さらにレオナルドが続ける。
「仮面を付けるのもいいんだが、声もなるべく出すな。あの魔法はお前が考えている以上に画期的だ。くれぐれも正体を晒すんじゃないぞ」
レオナルドは俺に釘を刺す。
考え過ぎじゃないか、と思う俺はどうやら甘かったようだ。
この甘さをアイスクリームにして販売すると良い売上が期待できそうなぐらい、俺は甘かった。
ウサギが無言で鎖鎌を振り回す図かあ。
シュールすぎるぜ。
そんな風にレオナルドとジュリアと話していると、自然と緊張なんてものはほぐれるもので、俺はいつも通りの調子を取り戻せた気がする。
******
朝食を終えると、俺たち三人は魔剣武祭の準備をして家を出る。
俺は鎖鎌を腰に、ポーチの中に手の平サイズの鉄針を備えて、さらにウサギの仮面を被る。
付けてみると、木のひんやりした温度が丁度良い。
本当にただのお面だな。
「可愛いじゃない。似合ってるわよ」
「いえ、お嬢さん。あなたの方が可愛いですよ?」
「あら、ウサギさんに可愛いって言われちゃった」
いや、俺的にちょっと頬を赤くして照れてくれると嬉しかったんだが、まあいい。
にしても、俺以外に仮装している人が本当にいる。
イベント内のコスプレイヤーみたいな感覚なのだろうか。
「じゃあな、アスラ」
「頑張ってね」
唐突にレオナルドとジュリアが俺に別れを告げてくる。
え、なに、これ。
「ここからは別行動だ。噴水の広場に居れば、魔剣武祭の招集がかかる。十歳のガキを一人にするのは抵抗があるが、まあお前なら大丈夫だろ」
「私達とウサギの仮面の子に関係があると思われても困るからね」
そこまで徹底する必要はあるのだろうか、という顔をどうやら俺はしていたようで、レオナルドが最後だぞと言わんばかりに釘を刺す。
「いいか? お前は自分の力の凄さをわかっちゃいない。それで増長しないのは偉いが、少しは自覚を持て」
久しぶりにレオナルドが真面目な顔をしていた。
俺は素直に頷く。
それしか出来なかったと言えば、何か俺が小物みたいで癪だが、少しレオナルドに気圧された気分だ。
それだけ言うと、二人は俺から離れてすぐに解散した。
『自覚』
レオナルドはそう言った。
あまり軽率な行動はするなという事だろうか。
責任を持てという事だろうか。
そう諭してくれているのだろうか。
俺は心得違いをしているつもりはないが、少なくとも俺に剣術を教えた男の言葉だ。
心に留めておくことにする。
******
噴水広場では既に大勢の人が集まっていた。
その人混みの中心には、山高帽を被り、黒い燕尾服を着た男が立っている。
「聞かれよ聞かれよ。これより魔剣武祭の出場者登録を行う。冒険者であればギルドカード、魔法学園の生徒であれば生徒証、それ以外の者は身分を確認できる物を用意すること」
それを山高帽の男が声高らかに伝えると、噴水広場に同じ山高帽を被った人間がゾロゾロと押し寄せてきた。
みんな同じ格好をしているところを見ると、係、もしくは何らかの職員の服装で統一しているのだろう。
「これより魔法学園の職員に身分証を見せ、出場者登録を済ませること。その後、身分証に出場する会場と出場時間を記載します。記載されている内容をよく読み、遅れることのないようにして下さい」
それを聞くと、人混みはワラワラと動きだす。
俺もその人の波に流されるように前の人の後をついて行き、職員の構える列に並ぶ。
山高帽の職員にギルドカードを渡し、それを職員が懐から取り出した小さな石盤にかざす。
職員から俺の手元に戻ってきたギルドカードには、次に俺が出場する会場とその時間が表示されていた。
『第6会場、12:00』
今は朝の九時頃だ。
あと三時間ある。
先に会場で観戦をしながら、魔剣武祭の雰囲気を掴むのもいいだろう。
商業区で適当に観戦用のお菓子を購入し、会場へ向かう。
この王都には王都の騎士が訓練で使う会場が全部で六つある。
普段は王都が占有しているため、俺たち国民の使用は許されていないが、この精霊祭に限って一般開場しているようだ。
精霊祭は一週間ぶっ続けで行われる。
その間は王都側もこの催し事を盛り上げる事に協力するのだとか。
第六会場は街の東側、ギルドの近くにある。
俺はお菓子を抱えて商業区を歩いていると、音響を使った声が街中に響いてきた。
何らかの魔法を使っていることは容易に想像できたが、問題はそこじゃない。
王都の北に位置する巨大な城のバルコニーに人影がある。
『今日は天気の良い、絶好の精霊祭日和だ』
音響に乗せられて声が街中に広がる。
「国王様だ」
「ラトヴィス国王陛下だ。セブリダ王妃殿下もいらっしゃるぞ」
城のバルコニーにいるのは国王と王妃のようだ。
しかしここからではゴミ粒サイズにしか見えない。
仮面で視界を遮られていることもあり、かなり見にくい。
見ろぉ、王がゴミのようだぁ、とか冗談で言ったらリンチは必至の国民の雰囲気。
『今日は娘の十歳の誕生日である。従って娘が我に代って精霊祭のあいさつをする』
「ネブリーナ姫もいるのか!?」
「大きくなられた」
『国民の皆さん、私は今日で十歳になりました――――――』
みんなここからは小さな埃程度にしか見えない姫に心酔している様子だった。
へえ、まだ十歳で俺と同い年なのに、みんなの前に出て挨拶だなんて偉いんだなあ。
それに綺麗な声だなあ。
なんて考えつつ、俺は歩みを進める。
「おい、ウサギの仮面の奴、ちゃんと姫様のお言葉を聞けよ」
「?」
え? って言いそうになったが、努めて声を押し殺す。
周りを見てみると、姫様の言葉も聞かずに歩くなんて、という視線が俺に集中していた。
成る程。
ジュリアはこのために俺に仮面を付けさせたのか。
顔が隠れているから全く恥ずかしくない。
『―――――――しかし、解放軍による王国への不穏な動きもまだ残ります―――――』
解放軍。
レオナルドが以前、俺に何かを言いかけたやつだ。
エアスリル王国の反王国組織らしい。
定期的に極めて小規模なテロ活動をしていると聞く。
それを小規模、最小被害に留めているのは、この王国の騎士だというのだから凄い話だ。
俺はまるで他人事のように右から左へ聞き流す。
「――――――私の挨拶は以上とさせて頂きます。一週間、精霊祭を楽しみましょう」
お姫様の話は終わったようで、バルコニーの人影は城の中へ入っていった。
王都中の都民が歓声を上げているかのような賞賛の声が街を震わせる。それほど都民からこ支持がある王族なのだ。
歓声の中、俺は周囲の視線が痛かったので、足早に開場へ向かう。
*****
「頑張るんだぞ、我が息子よ」
「はい、お父様」
「無理はしないでね」
「はい、お母様」
俺はどうやら小学校の運動会の会場に間違えて来てしまったようだ。
そんな錯覚を引き起こすこの光景。
この第六会場には子供連れの家族ばっかりだ。
おそらく魔法学園に入学したばかりの子供とその親だろう。
王都に点在している会場には、内部に直径百メートル程の戦闘フィールドと、それをすり鉢状に囲む観客席が設けられている。
その観客席で家族が和気あいあいしているのが俺には我慢ならないのは何故だろう。
俺の推測に過ぎないのだが、おそらく年齢を基準に会場の振り分けがされているのだろう。
この魔剣武祭は一対一のトーナメント形式だと聞いた。
最終的にはもっと上の年齢層の人間と、トーナメントでぶつかる事もあるだろうが、初っ端からそれでは面白くないとの趣向を凝らした計らいだろう。
まあ、もっとも、ここで俺が勝ち残れたらの話なんだけどね。
そこで、国王の挨拶の時と同じような音響を使ったアナウンスが、吹き抜けになっている石造りのドーム状会場に響き渡る。
『まもなく十時からの第六会場第1試合が始まります。選手の方は待合室までお越し下さい。なお、作年と同様、全ての会場のフィールド上での魔法攻撃、物理攻撃問わず、一切の攻撃は全て相手の精神面への攻撃に変換されます』
それはレオナルドとジュリアから聞いた内容だった。
攻撃に伴う痛みは感じるが、実際には傷は付かず、精神への重度の疲労やストレスに変換される魔法陣が敷かれてあるのだとか。
こういった摩訶不思議分野では地球よりこちらの世界の方が圧倒的に進んでいる。
剣とか相手に突き刺したらどうなるんだろうか。
すり抜けるのだろうか。
これは思ったより本格的な試合になりそうだ。
そう思ったのも束の間。
『それでは第一試合、開始!』
勢い良くアナウンスの女性の声が試合開始を告げる。
フィールドで戦っているのは俺と同い年ぐらいの子供だ。
片方の子供は魔石のついた杖を持っていて、もう片方の子供は魔石の付いた剣を持っている。
剣持った子が相手に斬りかかったら、血とか出るのかな。
俺は別に古典部ではないが、私、気になります!
だが、剣を持った子は防戦一方。
相手の火の魔法を避けるのに精一杯の様子。
そりゃそうだろう。
魔法という強力な遠距離攻撃の前では剣を握っていても、ペロ○ゃんキャンディを握っているのと同じことだ。
剣士がある程度強ければ話は別だが、魔法の前では剣はほぼ無力に等しくなることが多い。
結局、剣の子は一度も相手に剣を突き刺すことはできずに、痛みと精神の疲弊で倒れてしまった。
『勝者、イースムス選手!!』
実況アナウンスの声に、会場が盛り上がる。
俺は仮面と顔の僅かな隙間からお菓子を口にねじ込みつつ、もっさもっさお菓子を食べながら観戦を続け、自分の試合を待った。




