第十四話 スピード解決と磁場
あと一ヶ月で精霊祭だ。
それまでに魔力を高められるだけ高めておこうと思う。
もう金属を浮かせたりするだけでは、どう頑張っても一日で魔力の底が見えないので、金属を変形させることに着手した。
この金属を変形させるのには中々魔力の量が必要だ。
最初はゴブリンの群れの討伐依頼に用いた太い手の平サイズの鉄針を細分することを試してみたが、思うように細く分けることが出来ない。
結局はビー玉サイズまで細分化するのに、朝から晩までかかった。
その時には魔力の限界が迫っていて、屋敷の書庫で読んだ本の通り、翌日には大幅な魔力の超回復が体感できていた。
次の日は昨日の鉄針を際限なく平べったくしたり、細く引き伸ばしたりした。
一度鉄として定着した形を無理やり変形させるのは骨が折れる。
しかし、粘土をこねている感覚に近い。
楽しいのは楽しいのだが、魔力を一瞬にして大量に消費するので、息を荒くしている変態にしか見えないだろう。
無口な後輩に、先輩は変態さんなのですね、とか無表情で言われそうだ。
猫の像にお願い、もとい猫の手も借りたいくらいだ。
「アスラ、お前呪文は唱えないのか? 唱えた方が魔力の減りは遅いぞ」
「俺の魔法はどの属性にも属さない無属性なので、呪文とかは作られてないんですよ。だから必然的に詠唱破棄するしかありませんね」
「へえ、大変なんだな」
「人事ですね」
まあ、無理もないだろう。
レオナルドは魔法の道ではなく、剣の道を進んだのだ。
それに知らず知らずのうちに抜刀すると身体強化をしている男だ。
あまりこの手の魔法については詳しくはないのだ。
それ以前に興味があるのかも怪しいところ。
そう言えばノクトアも呪文を詠唱していたが、俺は手間が省けたと思えばいいだろう。
それに前世の記憶があるだけに、あれは小っ恥ずかしい。
他人がしているのには抵抗はないのだが。
******
それからしばらく経った頃。
俺は魔力の超回復を体感しながら、朝を迎えた。
朝食の前に、俺はいつもランニングをしている。
ペースにして一キロあたりだいたい六分。距離は十キロ。
丁度一時間でランニングを終える計算になる。
距離は目測なのだが、王都の南端から北端までを往復した距離が大体それぐらいだ。
南門近くの噴水の広場を抜け、商業区で開店の準備をする人たちと挨拶を交わし、北端にそびえる国王の棲む城の門兵に話し掛けて、再びスタート地点の南門まで戻る。
「おはようございます」
「おう、小僧。朝っぱらから精が出るな」
「お互い様ですよ」
城の門兵はもっと寡黙で、話し掛けても無視されるのかと思いきや、この気さくな男である。
門兵は明け方と昼、そして深夜に交代するのだそうだ。
一度城に入れもらえないか、可愛くお願いしてみたが、それは叶わなかった。
「ねえ、おじさん、お城に入れてくれたら、ボクが良い事してあげるよ♡」
「うわ、なんだ、気持ち悪ぃ。ダメに決まってんだろ」
気持ち悪いだと?
あんたバカあ!?
弐号機パイロットの真似を心中できてしまう程、外見は男の子とも女の子ともどっちつかずに見えそうなのに、貴様気持ち悪いだと?
正気か!?
俺がウィッグとかつけて、ちょっとメイクしたら絶対に女の子だと思われるね。
絶対にだからな。
冗談はさておき、当然入れてもらえなかった。
何でも、国王とその家族にもしもの事態あってはいけないからだそうだが。
一度は自分の棲む国のトップの顔ぐらいは拝んで見たいものだ。
ランニングの後、レオナルドとジュリアと仲良く朝食を摂る。
食事と言えば、俺は生活費として、二人に金貨数枚を月に一度渡すことにした。二人は渋ったが、こちらの気持ちの問題であると伝え、今月から支払い始めた。
朝食の後は地下室で魔法の特訓をした。
レオナルドとジュリアは地下室に来たり来なかったり。三人とも冒険者だ。収入のある無しは自分で決められる。自由だ。
金属の変形は、何かイメージがあったりするのではなく、かなり感覚的にしている。
これは短時間で魔力を消費することができる。
あんまり無理すると魔力の限界を超えて、また倒れてしまうので、限界が近づいたらこの特訓を切り上げている。
おかげでランニングの筋肉痛と共に魔力の超回復も手っ取り早く望める。
はずだったのだが。
バチッ!!
「痛てっ」
最近金属を操っていると、まま静電気が流れることがある。
金属から離れればいいだけの話なのだが、操る金属から距離を取れば取るほど、消費する魔力は増える。
なるべく金属の近くで操りたい。
とは言っても、静電気は気になる。
「乾燥してんのかな」
そう言いつつも、魔力切れまで追い込みをかける。
今日は例の鉄針を一瞬でビー玉サイズに均等に細分化し、宙を舞わせる練習。
毎日毎日金属をこねくり回していると、魔力が増えていくこともあり、段々とこの作業に慣れてくる。
バチッ!!
「っつ!」
まただ。
金属を操ろうと、必要以上に魔力を大量につぎ込んだりすると静電気が起こる。
気にせず、今度はビー玉サイズになった金属を全て同時に針のように薄く細く引き伸ばそうとすると。
バリバリッ!!
「ぁっ……ふっ、ぅ」
俺は声にならない鳴き声を上げて、そのまま地面に倒れる。
体中がビリビリとしびれて動かすことが出来ない。
今度のは静電気ではなくなっていた。
まるでスタンガンのように、一瞬だが目も開けてられない程の眩しい光を放って、放電したのだ。
「な、んだ……これ……」
体が動かない。
声も思うように出せない。
俺はその放電をモロにくらってしまった。
ようやく体が動くようになったのは、それから数分後のこと。
それまでは涎をブルドッグのようにダラダラ流し、足がガクガクで、筋肉が硬直していた。
意識があったので、余計に辛い。
俺は息を荒くして起き上がる。
「ハア、ハア、痛ってえ……」
まだ放電を受けた手がジンジンする。
それに冷や汗を掻いていて、頭がガンガンする。
おまけに脈や呼吸も浅く、早い。
電気とは関係なしに、痛みからくるちょっとしたショック症状を起こしているようだ。努めて深呼吸をする。
若干の吐き気があるものの、何とか落ち着きを取り戻せた。
もう今日は怖くて魔法を使う気にならない。
このまま精霊祭を迎えてしまったらどうしよう。
感電を恐れて魔法を使えなければ、鎖鎌も使えないし、当然前みたいに鉄針を飛ばすことも出来ない。
いや、待て。
精霊祭の特大イベント、魔剣武祭の主催はエアスリル魔法学園だ。
当然、その学園にはノクトアやミレディもいる。
あの実力屋のゼフツが親ならば、参加させるかもしれない。
そんな場所でこんな無様な姿を晒すのはゴメンだ。
涎ダラダラで陸に上がった魚みたいにピクピク震えている姿を見られるのは死んでもゴメンだ。
絶対に嫌だ。かっこわるすぎる。
そんな姿を魔剣武祭のステージで晒した暁には、みんなから惜しまんばかり喝采を得られるだろう。
主に不名誉な。
笑えるぜ。
ってことで笑っとくか。
「はっはっはっはっは」
ダメだ。
自嘲的に笑ってるんじゃない。
何故こうなったかを考えないと。
まず、俺の魔法は金属を操るだけじゃない。
でなければ電流が流れるワケがないのだから。
そう仮定しよう。
じゃあ、何で放電なんかした?
俺に向かって。
ああ、なんか思い出したら自分の不甲斐なさに腹が立ってきた。
グウ……。
勘違いしないで欲しいのだが、これは俺の腹の音だ。
ここにエド○るみはいない。
誰もサムズアップしていない。
腹は立っていなかった。減っていた。
きっとこれはグウの音も出ないとのダブルミーニングだ。
考えても仕方がない、まずは食べろと腹が言っている。
気付けば、時間は昼を回っていた。
この件に関しては昼食のあとでもいいだろう。
俺は地下室の階段を上がる。
「お腹が減ったわ。兄さん」
「今作るっつてんだろっ」
居間に戻ると、ジュリアがぶーたれながらレオナルドの料理を急かしている。
ジュリアも家事をするのだが、基本的にレオナルドが家事全般をこなしている。
かなり家庭的な男だ。
「何か手伝いましょうか?」
「おう、アスラ。大丈夫だ。座ってな」
レオナルドの言葉に甘え、俺はジュリアの隣に座る。
「アスラ、特訓は順調?」
「いえ、少し行き詰まっていて」
「あら、そうなの? 私にも手伝えるかしら?」
「わかりません。なんせ俺もその原因がわかりませんから」
「うーん、困ったわねえ」
本当に原因がわからない。
何故金属を操る魔力を一定以上増やしたら放電するんだ?
気になってしょうがない。
「痛っ、手ぇ切ったっ」
「どうでもいいわよ、そんなの。それよりお腹と背中がくっつきそうよ」
「どうでもいいってなんだ、どうでもいいって!」
俺はそのやりとりに笑いがこみ上げてきそうになったが、次の瞬間には顔が凍りついた。
その瞬間の反射的な閃きに、俺は自分が怖いとすら思えた。
どこから手を付ければいいかすら分からない難問の解答に至る道が、何の前触れもなく、神託のように舞い降りたような感覚。
その瞬間にはバラバラだったピースが次々を繋ぎ合わせられていく。
「ジュリア、今なんて言いました?」
「え? どうでもいいって……」
「それは本当にどうでもいい事ですね。その後です」
「だからどうでもいいって何だ!?」
レオナルドの、あんまりだ、と言う抗議のは耳を貸さず、ジュリアの返事を待つ。
俺はもう一度ジュリアの言葉を聞いて、さっきの感覚から得た答えが正しかったのかを確認する。
「えと……お腹がくっつきそうだって」
「くっつく?」
「そう、くっつく」
「ありがとうジュリア、大好きだっ」
「え!?」
「おいちょっとアスラっ もう飯できるぞ!?」
「どうでもいいです!」
俺はジュリアに短く感謝を述べて、速攻地下室へ駆け込んだ。
レオナルドの制止の声も振り切り、無我夢中に地下室へと向かった。
途中で、どうでもいいって何だ、とレオナルドに似た弱々しい声が聞こえてきたが、今はどうでもいい。
最早さっきみたいに魔法が怖いとか言っている場合ではない。
好奇心に身体が突き動かされる。
地下室に飛び込んで、息を整える。
早速俺は壁に並べられている目に付いた剣を宙に浮かせる。
先程鉄針を操った時のように、その剣を粘土のように魔法でちぎって、細かい球体にする。
細分化された球体をさらに細く、それも全て同時に行う。
それを何度も何度も何度も何度も、短い秒単位の間隔で繰り返すと、先程と同じ現象が起こる。
ビリ……ビリビリ……。
その球体が短くスパークを起こす。
小さな放電が起こる。
もっとだ。
もっとこの魔法の動作を速く、そして一度の動作でより多くの効果を生まないと。
もうすでに目で見るのも一苦労な程に小さく金属を分けた。
誰もこの小さな小さな球体の集まりの原型が一本の剣だとは想像もできないだろう。
最早数百個の破片にまで分離した金属の粒を同時に、そして一瞬でより小さく、細く分ける。
もうすぐ魔力の限界だ。
ようやく、この魔力の荒っぽい使い方に慣れてきた頃だ。
そろそろ起こってくれよ。
じゃないと、またぶっ倒れちゃうからな。
最後の勝負だとばかりに、限界まで一気に魔力をつぎ込んだ、その時だった。
バリッッッッ!!!
電気特有の耳障りな音が、目の前の虫のように小さくなった金属の集合体から溢れる。
俺に瞬きさせる暇も与えないうちに、何度も点滅をする青白い放電。
それは一気に俺の目の前から正面の壁に激突する。
その瞬間には激しい電撃の音が地下室全体に轟音として響き渡り、俺の鼓膜を震わせる。
激突した電撃は壁から天井へ、そしてまた壁へ、床へと四方八方に駆け巡るように散らばる。
まるでウサギが野を駆けるかのようにリズミカルに跳ね、やがてアースとなる地面へ消え失せた。
そして放電の影響か、肌が少しビリビリと激しい放電の余韻を残す。
「え、稲妻?」
それは俺の声ではない。
俺の仮説が当たったと、達成感や魔力切れによる脱力感を感じていると、俺の後ろの地下室の入口の方から聞こえた。
そこには俺の後を追ってきたのであろう、ジュリアとレオナルドがいた。
と言うか、腰を抜かしていた。
「なに、やってんだ……アスラ……?」
口をワナワナと震わせて、目を閉じることを忘れたレオナルドが聞いてきた。
「ははは、俺も驚きました。これは放電ですよ。肌がビリビリするでしょ」
「雷、だろ……? どう、ちが……うんだ?」
「レオナルド、ちょっと落ち着いてから話しましょうか」
「ああ……」
*****
俺の魔法は狭義で言うと金属を操ることだ。
だが視野を広げてみると、何故金属を操ることができるのか。
それが引っ掛かった。
それは金属全てに作用する力を持っており、人体にはほとんど影響のない、極めて科学的なものだ。
俺はそれを魔法で行使しているから魔法的とも言えなくはないが、俺からすれば科学に変わりはないだろう。
『磁力』
ジュリアの『くっつく』という言葉を聞いて閃いた。
俺の無属性魔法は金属を操る力などではなく、磁場を自由自在に発生させる力を持っていた。
今まで金属にしか働かない魔法だと思っていたばかりに、気が付かなかった。
何故金属を操れるのかということを。
『くっつく』
磁力による引力や斥力の操作。
強制的に信じられないくらい強力な磁場を発生させて、金属をちぎったり、丸めたりしていたのだ。
だけど、もう一つ引っ掛かるのは、何故放電が起こったのか。
ここからはもうこの世界の文明の範疇じゃないだろう。
科学の話だ。
俺はさっきの剣を原型がわからなくなるぐらいにまで細く細く小さく分けた。
それには膨大な魔力、つまり磁力と、何度も磁界の方向の変化があってこそ、できることだ。
そして反復的に起こる磁場反転によって、電流は発生する。
だがそれはかなり微細な電流だ。
先程のような稲妻を室内で起こすには程足りない。
可能な限りの短時間で、可能な限りの磁場反転の回数が必要なのだ。
そして大気という絶縁体に高い電圧を加えて、絶縁破壊を起こす程の高電圧にすることで、あの強い放電が起きるのだ。
だがそれを発生させるために磁場を複雑に操るには、今までにない程に膨大な魔力が吸い取られた。
その量、俺の魔力全てだ。
まさに一度限りの奥義中の奥義。
できれば戦闘では使いたくない。
それは精霊祭も例外ではないな。
「―――というワケなんですよ!」
「ジバハンテン?」
「ごめんなさい、アスラ。私達はアスラの家のように勉学を教わってないの」
そりゃそうだ。
この世界では確立されてないであろう科学だ。
地球の科学はこの世界で言う魔法で補われている。
二人が理解できないのも無理はない。
まあ貴族だとしても、普通は知っているとかいうレベルの話ではないが。
「要は、アスラの魔法の応用で雷が発生するんだろ?」
「ま、そういう事ですね」
「へえーっ、アスラって頭良いのね! 貴族の子ってみんなこうなのかしら」
俺の行き詰まりはその日のうちに解消された。
本当に、俺の無属性魔法はとんだくわせものだったようだ。
高校の物理の教科書とネットを駆使して得た知識です。
不可解な点を見つけても、生暖かい目で読んで頂けたら幸いです。




