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第十三話 仲直りと精霊祭と鎖鎌と

突進してきたワイバーン。

硬そうな鱗に、鋭い牙。その牙の隙間からちょろちょろ見え隠れしている炎。

その全てが俺に敵意として向けられた。



俺はすんでのところでそのワイバーンの牙を躱すことができた。

人間、本当に恐怖を感じた時は声も出ないということを発見した。

今考える内容でもなかろうに。


俺がゴブリンに八面六臂の立ち回りができたのは、相手がゴブリンだからだ。

ワイバーン相手じゃ話が違ってくる。


俺はワイバーンに注意を払いながら足の裏に忍ばせてある鉄の板に魔力を注ぎ、浮いて竹林の中の凹みから脱出して、可能な限りの全力疾走でその場から離脱する……予定だ。

これが俺のプランA。

大丈夫だ。

俺は毎日体力作りのためにレオナルドと走り込みをしたし、自称赤い彗星だ。

振り切れる。そう思った。


俺は計画通りに足の裏に魔力を込める。

俺は無属性魔法しか使えない故に金属しか操れない。

だけど今はそれだけで充分だ。

それ以上何も望みはしないさ。



だからこんな凡ミスは避けたかった。


俺はあろう事か足の裏に目一杯の魔力を込めたことにより、前方へ吹っ飛んだ。

偶発的人間ミサイルだよ。

例えアイシールドしてても、こんな超高速なデビルバッ○ダイブかまさないよ。

なんてったって俺の保有する魔力のほとんどをつぎ込んでのジャンプだ。

体感にして、一瞬だったが、もの凄いスピードだということはかろうじて分かった。


ズギャッ!!!



地面を蹴る音とは掛け離れた、地面をえぐるような、そんな破壊音が俺の遥か後方で聞こえた。


そのままワイバーンに吸い込まれるように突進する俺。

次の瞬間にはごすっ、という鈍い音と同時に身体全体に激痛が行き渡った。


「ギャオオオオ!!」


薄れゆく意識の中でワイバーンの断末魔が聞こえる。


「な、なんてやつだ……生身でワイバーンを……!」

「でもこの子も重症よ!!」

「早く回復魔法を!!」

「ああ、わかってるっ」



先程のパーティメンバーの四人がワイバーンの現状に驚嘆しつつ、俺の手当をしてくれる。

目の前では緑色の光の粒子が溢れる。

俺が生まれて間もない頃に腫れた尻をヴィカが治した時と同じ魔法。


「だ、ダメだ! 折れてる骨が多すぎる!」

「何とかならないの!?」

「ここじゃ治せない! 王都へ運ぼう!」



他人である俺にここまで親身に、こまやかに応急処置をしてくれる。

だけど俺はそんな思考をする余裕すら、最早残されているかどうか怪しい状態。

言うが早いか、斧を持った筋骨隆々の男が俺を脇に抱えて走り出す。

王都に着くまでの間、揺れる度に軋む折れた骨の痛みと戦いながら、俺は意識を失った。



******



俺が意識を失った要因としては、魔力切れもあったみたいだ。

意識を取り戻してから、今までと比べ物にならないくらいの魔力量を感じた。

身体にエネルギーが満ちているような感覚だ。



俺が目を覚ましたのは、自室だった。

別の冒険者パーティの人に抱えられてきたところまでは憶えているんだが、それ以降の記憶がない。

俺は寝ているベッドの上で上体を起こす。

骨がまだ完全にくっついてないのか、身体の節々が痛む。

それと前髪が随分と伸びていて、視界が遮られる。爪もだいぶ伸びていて、少し巻き爪気味になっている。

どうやら俺はかなり長い間眠っていたようだ。

だから骨もある程度治っているんだなと、腑に落ちた。


右腕は三角巾で結ばれて、肩から吊るしてある。

固定されているのは右腕だけだが、それでも身体のいたるところが包帯で覆われている。



俺はベッドから降り、部屋をでる。

階段を下りて、下階のリビングに顔を出した。


そこには台所で料理をしているレオナルドと、机で剣を研いでいるジュリアがいた。


「おはようございます……」



声を初めて出したかのような感覚だった。

思うように声が出なかった。

だが、二人はこれ以上ない程にはっきりと聞こえたように、こちらを振り返る。


「あ、アスラ……」


ジュリアが目に涙を溜めて俺の名前を呼ぶ。


そしてレオナルドも一端台所の火の魔石の使用を止めて、こちらに歩み寄ってくる。

肩の高さまで腕を高く掲げる。

だが、上に挙げた手は強く握られており、腕の血管が浮かび上がっていた。


俺は殴られるんだと直感で感じた。


右手はふさがっていて、咄嗟のことだったので俺は顔を背けて目を閉じるしかできなかった。

次の瞬間には左頬に強い痛みが走り、俺は二、三メートル後方に飛ぶ。


姑の文句一つ許さないであろうレオナルドの掃除の行き届いた床に投げ出され、埃一つない床の摩擦力で停止する。

皮膚が地面ですれて赤くなっている。


「ちょ、ちょっと兄さん!?」

「何だ!」

「何だじゃないでしょ! 重症人相手に何やってんのよ!?」

「俺は確かに同行はしないとは言ったが、無茶をしろと言った覚えはないぞ!」


俺はおずおずと床の上に起き上がる。

治ったばかりの体の骨が痛い。

それに頬も。


レオナルドはジュリアの言葉を聞く気はまるでないようだ。

だけど、俺もその物言いが頭にきた。

あまつさえ、決死の帰還を果たした俺を殴り飛ばしたのだ。

気持ちはわからんでもないが、もう少し俺の気持ちも汲んでくれたっていいんじゃねえのか。


「確かに無茶をしろとは言われていませんし、油断をするなとも言われましたが、ワイバーンを倒すなとは言われていません」

「へっ 言うじゃねえか。もう一回言ってもろ。その歯をへし折ってやる」


その挑発的な言い方に俺の(たが)が外れ、怒りをぶちまけた。

言ってから気付く事もあるもので、俺はただ褒めて欲しかっただけなのかも知れない、そう思った。

後の祭りだったが。



「あのトカゲにレオナルドが勝てんのかって言ってんですよ」

「何だと? おい、アスラ、歯ァ食いしばれ」


レオナルドは模擬戦の時のように全力で俺に掴みかかってきた。

だけど、この四年を超える訓練でレオナルドと幾度となく戦ってきた俺には、その拳は遠く及ばなかった。

それはもう既に出来上がってしまった力関係すらも顕著に示しているようで、レオナルドは一瞬悲しそうに顔を歪めた。


「ここは地下室じゃない。リビングで暴れないでください」


俺は一瞬で相手を無力化する方法を知っている。

右足を思いっきりレオナルドの股間目がけて振り上げ、金的をキメる。


「ぐっ……おぉ……」


レオナルドは下腹部を押さえて、その場にうずくまる。

わかるぞ、レオナルド。

正確無慈悲にキマった金的は股間じゃなくて、腹が痛くなるよな。


「ちょっと、やめなさいよ……。もう兄さんの勝てる相手じゃないのよ」


溜息混じりにジュリアが言う。


******



「まさか、ゴブリンだけでなくワイバーンまで倒してくるとはね」


幾分か落ち着いた食卓でジュリアがいの一番に口を開いた。

俺は意識が朦朧とする中でしか確認できなかったが、確かにワイバーンが地面に崩れ落ちるのを見た。

それは既にギルド側も確認済みなのだとか。


「兄さんはね、アスラが心配だったのよ。別に怒ってるわけじゃないわ」

「それはわかってます。俺の方こそ熱くなり過ぎました」



レオナルドは照れながら頭を掻いている。

まるで昭和のオヤジだな。

家族に対して素直になれない男だ。

それは美徳として他人に感じてもらいにくい性格だが、俺にはレオナルドの気持ちは痛い程に伝わった。

心配してくれていたのだ。

この男は。


「心配を掛けてすみませんでした。それと、ありがとうございます」

「ふふっ、無事なら私はいいわよ。おかえりなさい」

「ふん」


レオナルドは相変わらずそっぽを向いて、拗ねている。



「まだ股間が痛みますか? あれはレオナルドがーー—」

「痛えよっ お前に蹴られた股間も、お前を殴った手も……」


「別にお前を憎んでるわけじゃない。ただ、お前が無事に帰ってくれば俺はそれでいいんだ。じゃないとモーリスに顔見せできねえ」

「素直じゃないですね。心配したと言ったらどうなんです?」

「う、うるせえ」


嫌そうに答えるレオナルドだったが、どこか安堵した表情が生まれたのを俺は見逃さなかった。

それを見た瞬間、本当に、俺は芝居がかった馬鹿だと思った。

骨の髄まで。

俺はゼフツのように人と人を比べて能力だけで区別はしないと勝手に自負していたが、レオナルドを随分と低いラインで見限ってしまっていたらしい。


ああ、もう、かっこわりいな。

大人のこと舐めるとか、前世だけで卒業しようぜ。

ほんと。


「お、おほんっ で、アスラ。お前は既に俺とジュリアに勝ち、俺の与えたクエストにも予想を遥かに超えた成功を収めたが、これからはどうするつもりだ?」



わざとらしく咳払いをして、一拍間を置いたレオナルドは今後の方針を聞いてくる。

そんなのは決まってる。

あの屋敷を追い出されてから揺らいだことなど無い。



「実家を見返すために強くなります。どこまでも」



一瞬、レオナルドとジュリアが呆気にとられた顔をしたが、すぐに理解をしてくれる。

俺は恵まれているのだと、改めて気付かされる。



「そうか、ならば力試しには丁度良い大会がある」



そう言ったレオナルドは席を立ち、木棚から一枚の紙を取り出して、俺たちの前の机の上に置く。

チラシだった。

それは『精霊祭』とデカデカと書かれた紙だった。


「精霊祭?」

「ああ、まだ体調が戻っていないお前に言う話でもないんだが、お前の目標が強くなることなら持って来いの話だ」

「これはね、年に一回、この国、エアスリル王国の色んな街から参加者を募って、王都で開かれる祭りよ。簡単に言うと、強者決定戦みたいなものが開催されるのよ」


ふむ。

どうやら王都あげての超巨大イベントのようだ。

チラシの内容から窺うに、それで間違いなさそう。


「もちろん祭りって言うぐらいだから、その試合に参加しない一般人も屋台や演劇をして楽しむんだけど、やっぱり目玉はこの『魔剣武祭』。たくさんの魔法使いや剣士が一緒くたになって強さを競い合うの」


なるほど。

これなら、俺の現状を見定めるのには丁度良い。

差し詰め、もし俺の力がレオナルドとジュリアを超え始めたら、これを提示しようと見積もっていたのだろう。

この魔剣武祭とやらであれば、手っ取り早く自分の力を試せる。



「この精霊祭は一ヶ月後に開催だ。ここまでで何か質問はあるか?」

「では早速。何故この祭りは精霊祭と言うのでしょう?」

「ああ、俺たちもよく知らないんだが、日頃魔力を恵んでくれる精霊様たちに感謝を捧げようってのが理由らしいが、ほとんど俺たちが楽しむために国が考えた催し物だ」



使った魔力が回復するのは、それぞれの属性の精霊が常に魔力をこの世界に撒き散らし与えているからなのだそうだ。

本で読んだことがある。

精霊は数多く存在し、目には見えないが確かに魔力を提供しているらしい。

その撒き散らされた魔力を俺たちが身体に取り入れて、魔法を行使したり、魔力を回復するのだとか。

話によると、精霊と契約することで、専属的により膨大な魔力を提供してくれると言う。



「へえ、案外適当なんですね」

「そういうのが一番楽しいんだよ。他には?」

「えっと、魔剣武祭は毎年どれくらいの参加者が募るんですか?」

「だいたい、千人ぐらいだ。各地の魔法使い、剣士。それに魔法学園から参加する生徒もいる」

「これには参加できる年齢が決められているのよ。魔剣武祭はギルドも少しは噛んでいるけど、魔法学園が主催だから生徒の最小年齢から最高年齢の六歳から三十五歳までに絞られているわ」


レオナルドとジュリアが丁寧に説明してくれる。

俺はここ三ヶ月ほど眠っていたらしい。魔力切れがその大きな原因である。

眠っている間に俺は十歳になっていた。

そして危惧すべきが、魔力切れの度に寝込む期間がだんだん長くなっているということだ。

もしかすると、次に魔力切れを起こしたら数年間ぐらい目を覚まさないっていうのもありえるんじゃないのか?


「まだ日にちはあるから、今日はゆっくり休め」

「わかりました」



ふと外を見ると、夕焼け空だった。

商業区の店が締まる時間。

だんだんと王都の賑やかな喧騒が収まっていく。

日本と比べれば、日中は盛り上がっていて活気に満ちていて、毎日のようにお祭り気分だが、それも日が沈みかけると静けさを取り戻してくる。

地球では遥か昔に失われた空気だ。


「部屋に戻って、休みます」


俺はそのまま、空が暗くならないうちに眠りに就いた。


******



昨日、夕方に寝てしまったせいで朝早くに目が覚めてしまった。

朝には昨日の身体の痛みはすっかり取れていて、包帯を外しても何ともなくなっていた。

若いというのはこういうことだろうか。



まだ窓の外は暗い。

うっすらと東の空に明かりが見える。

だけど、まだ星空は続いている。


俺は目が冴えて仕方がなかったので、散歩兼王都探索に出かけた。

さっと顔を洗い、簡単に伸びた髪と爪を切る。

レオナルドとジュリアを起こさないように、置き手紙だけ残して、そっと家を出た。

どこに向かうでもなく、商業区に入る。


そこでは店を出す準備に勤しんでいる人がたくさんいた。

食べ物屋、武器屋、花屋。

様々な店が所狭しと立ち並ぶ。

多種多様な店の開店準備の風景を俺はぼーっと眺める。


そうしているうちに、太陽は街を囲む城壁の上を通り越して日光を送ってくる時間帯となった。

俺は起きてから何も胃に入れてなかった。

俺の腹が鳴る頃には商業区の店に客が集まり始める。

ナイスなタイミングで店が開く。

シュタイ○ズゲートの選択だとでも言うのか。


俺は目に付いた店に立寄った。



「あら、小さなお客さんだね。お使いかい?」

「はい、そんなところです。一人前欲しいのですが」

「毎度有り。百ゴールドだよ」


俺はヴィカに貰った金貨袋から小銅貨一枚を取り出し、出店のおばさんに渡す。

すると、十歳児には少しオーバーボリュームのホットドッグを渡された。

この世界と地球の食文化が技術的な差はあれど、メニューには大差がない。



俺はお礼を言ってから、また歩き出す。

商業区の店を眺めていると、今度は武器屋が目に入った。

レオナルドとジュリアの家の地下室より多くの武器がある。

そりゃそうか。武器屋だし。

そこにはもちろんのこと、鎖鎌もあるワケで、かなり興味をそそられる。


そこにある鎖鎌は俺の持っているのとは違い、しっかりとした緻密(ちみつ)な作りになっており、使いやすそうだ。

だが、作りが良い分、値段が張っている。



二十万ゴールドかあ。


「何だ、坊主。鎖鎌に興味があんのか。珍しいな」



頭を丸めた店主の男が話掛けてくる。

さすがは商売人。

まるでナンパでもするかのような感覚だ。おそろしい。

武器屋には王都に来てから何度も入ったことがあるが、買うこと前提で立ち寄ったのは初めてだ



「はい。俺は鎖鎌を使うんで」

「ほお、その歳で鎖鎌を使うのか。てえしたもんだ。どうだ、こいつは? れっきとした業物だぜ?」

「いえ、金がないんで」

「安くしとくぜ?」

「それでもです」



俺は無闇にヴィカの金を軽々しく使いたくはなかった。

おそらくヴィカはそんなつもりでこの金を渡したのではないだろう。



「なら、また来いよ。俺はバイドンってんだ。今度来た時はその名前を出しな。一ヶ月くらいなら、この鎖鎌は取っておいてやるよ」

「……ありがとうございます」



俺はその言葉を最後に、店を離れたが、その今度は来ないかもしれない。

と思いつつも、少しあの鎖鎌には惹かれていた。

しかし迷うな。

でもやっぱり使うなら良質な方がいいよな。

ギルドで稼ぎながら貯めれば買えるかもしれない。


その期待は後に思わぬ好転を見せることとなった。



******


場所はギルド。

ロビーのカウンターの前にいる。


「え、なんで?」

「ですから、ギルドランクA指定のワイバーンを倒したんですから、特例でランクを上げることになったんです。五年に一度のギルドカード更新に併せていかがですか? もう十歳でしょう?」


金になり、かつ楽な依頼はないか、ギルドに物色しに行ったところ、この王都のギルドを取り締まるギルド長の勅命を、久しぶりに会った受付嬢のニコさん伝てに受けたってワケさ。

最初は怪我の具合を心配されたが、あれはこの話題を始めるためのクッションか?

どうやら三ヶ月前にワイバーンを討伐した俺をここまで運んだ冒険者パーティが申告したらしい。

そのパーティメンバーのうちの一人がこの男。


「おう。久しぶり!」


どうやら俺のことを覚えているようだ。


「チャンスじゃねえか。この申し出は滅多にねえんだ。受けとけよ」


俺を抱えて王都まで帰った男だ。

あの斧を背負った筋骨隆々の男。

名前をコールソンというらしい。パーティのリーダーをしていたのだという。

あの時のパーティは即席だったようで、他のパーティメンバーはもう他の街に移ったのだとか。


「だけどランクを上げることがメリットばかりというわけでもないんでしょ?」



俺が質問すると、ニコはそういう点がいくつか思い当たるようで、少し間を置いてから話を進める。



「はい、依頼を受ける時に前払いで契約金を頂きます。それは依頼の難易度を鑑みて、途中でリタイアする冒険者が多いことに起因します」

「だからリタイアしてもギルド側と冒険者で痛み分けってことですね」

「そ、そうなります。そして今回のように長期で依頼を受けない場合は申請が必要になります。あと、有事の祭にはギルドが緊急で招集をかける場合もあります」


「ふーん、と言うと?」

「それは俺が答えるぜ」



コールソンが斧を地面に下ろし、楽になったところで、ニコに代って説明してくれる。



「上位ランクの魔物が急に王都に接近したとか、他の街で上位ランクの魔物に対応できる冒険者が少ないとか、あとは滅多にないが王都の依頼や戦争とかだな」


「穏やかじゃないですね」


「ま、ゴブリン退治ついでにワイバーンを横取りで狩っちまったんだ。仕方ないさ。おかげで俺たちの報酬もパアだしな」


「責任取れってこと……ですよね?」


「そういうことだ。依頼のエリアを大きく移動しちまった俺たちにも非はあるが、報酬はお前のもんになったんだ。むしろ利はお前にある」


報酬がもらえる?

それは初耳だ。

このギルドでは結果が全てらしく、その証拠に俺がワイバーンを倒したという結果がこの事態を招いているのだ。

身から出た錆だ。

もしそれがワサビだったら寿司と一緒に美味しく頂こうと思ったんだがな。

逆に言うと、依頼等がダブルブッキングしてしまった際には、結果主義なところで、いざこざが起きることもしばしばあるらしい……。


今回は稀なケースだとコールソンは言う。



「まあ、兎も角として、俺はランクを上げないと嫌な顔されるってわけですね」

「お前、ホントに十歳か? 話が早いからいいんだが……」

「見ての通り、愛くるしい正真正銘の十歳児ですよ。何を疑うと言うのですか」

「これが最たる証拠だよ。なあ、ニコさんよ」


俺を見ながら辟易とするコールソンとニコ。



「早い話、アスラ様のギルドカードの更新手続きとなりますが、よろしいですか?」

「ええ、いいですよ。どうぞ」


俺はギルドカードを取り出し、ニコに渡す。

ニコはそれをギルド登録に用いた石盤にかざし、石盤が光ったのを確認すると、ギルドカードに目を通し、俺に返すと思いきや。


「ひゃあっ」


腰を抜かすニコ。


「え、どうしたんですか」


「ひゃ、ひゃくまん!?」

「ひゃくまん?」



俺のギルドカードをカウンター越しに除くコールソン。



「な、なんだこりゃ!? お前何でこの魔力でゴブリン狩ってんだ!?」

「え、どういうことですか?」

「これ見ろバカヤロウ」




名前:アスラ=フォンタリウス


性別:男


ギルドランク:A


総魔力量:1,209,306



これが俺が更新後に見せられたギルドカードに書かれてある内容だった。

よもやここまで俺の魔力が増えているとは。

五年で十倍か。

自分の力がおそろしいぜ。


「驚いたぜ。どうりでワイバーンに勝つわけだ」



だけど問題はこれでフォンタリウス家という有力貴族の家を見返すことが出来るかどうか。

いや、ここまで来たんだ俺。

行けるところまで行ってやるさ。


俺はニコからたんまりと膨れた金貨袋をワイバーンの討伐依頼の報酬として受け取った。

ゴブリンの群れの討伐依頼の報酬はこれに比べると雀の涙みたいなもんだった。

でもこれで都合良くあの武器屋に足を運べる。


俺はニコとコールソンに一言言ってから、ギルドを出て商業区に向かう。

目的地はもちろん件の武器屋だ。

霧島○イに道案内されているかのような嬉し恥ずかしの気分で、俺は一路、武器屋へ向かう。



「何だ、もう来たのか」

「はい、さっきの鎖鎌をください」


ワイバーン討伐依頼の報酬は、鎖鎌を買っても余りある金額だった。

金貨二十枚をバイドンに渡す。


「ほら、これでいいな」

「はい、ありがとうございます」

「毎度あり。また頼むぜ」


極めて事務的なやりとりのみで、俺は店を去る。

バイドンは満面の笑みで俺を見送ってきた。

子供の持つ金額じゃないだろうに、と変に勘繰られると面倒だったが、どうやら杞憂だったようだ。

儲かればなんでもいいという風潮でもあるのだろうか。



俺は木箱に入れられた鎖鎌を持って家に戻る。

時間はお昼時だ。

今日は休むと決めたのだと思う反面、この鎖鎌を早く扱ってみたい、慣らしてみたいという気持ちもあった。



****



「はー、また高価なもんを。アスラ、お前ギルドに行っただろ」

「な、なぜバレたし」


「そりゃお前。ワイバーン依頼の報酬金しかないだろう」


家に帰るとさっそくレオナルドに見つかった。

見つかって何もマズイことはないのだが、何か高価な買い物をほぼ衝動的にしてしまった背徳感に似た思いがある。

そこにジュリアもよってくる。



「あ、これバイドンの店のじゃない? あそこ質の良い武器で有名なのよ。アスラ、地下室開けてあげよっか?」



どうやら剣士という人種はみんな考えることが同じようだ。

そう、買ったばかり武器は早く慣らしたいのだ。



俺は地下室で木箱を開ける。

あまりレオナルドとジュリアには俺がクリスマスプレゼントを貰った子供よろしく鎖鎌に目を輝かせているところを見せたくなかったので、二人には今日は控えてもらっている。

純粋にはしゃいでいるのを見られるのが恥ずかしいのはナイショの話だ。


木箱から出した鎖鎌は今まで使ってた鉄の鎖鎌の半分程の軽さだった。

刃渡りや柄の長さは変わらないが、鎖が長くなっている。

ただ、鎌が両刃になっていて、金のこまやかな装飾が施されている。そして刃の根元がギザっと屈折しており、使い手の事がちゃんと考えられている。

それに分銅も、当たればグロいことになりそうなこと請け合いの形だ。



何より、この鎖鎌全体が金属なのだ。

俺にぴったりあった性質で、尚且つ軽い。

魔力の消費も抑えられるだろう。


「うん、使いやすい」



これまで使っていた鎖鎌はこの地下室にあったものであり、俺がジュリアに選らばせてもらって借りたものだ。

元はと言えばこの壁に並べられていた武器。

散々地下室で振り回して気が済んだ俺は、今までお世話になった訓練用の鎖鎌を綺麗に整備し、お礼とお別れを言ってから、元あった場所にそっと戻した。



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