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第十二話 ゴブリン曰く、美しい人間

何日寝ていたんだろう。

目を覚ますと夜だった。

背中と腹がくっつきそうなぐらい腹ペコだ。

空腹感が俺の身体を重くする。


窓の外は暗くて、街の灯りが際立っていて綺麗だ。

この王都は夜中の間ずっと灯りが灯っていて、寝ずに街を歩いたり、酒を飲んだりしている者も少なくはない。


俺は窓を開けて部屋のこもった空気を外気と交換する。

俺はベッドを抜けて、部屋をでる。


階段を下りて、リビングに顔を出す。

レオナルドとジュリアが迎えてくれると思ったんだが、誰もいなかった。

灯りはついているが、人影はなかった。


俺は食卓に食べ物が一人分用意されてあることに気付き、それをもさもさと一人静かに食べる。

食べ終わると再び眠くなったので、自室に戻る。


ベッドに再び潜り込んだが、気分が高揚して目を閉じてもすぐに開けてしまう。

おかしいな。さっきまで眠気を感じていたのに。

俺はその気分が高鳴る理由がすぐにわかった。



俺は上級剣士であるジュリアに勝ったのだ。

参ったとすら言わせた。

ジュリアには申し訳ないが、嬉しくないわけがない。

これならゼフツに再び会ったとしても堂々と顔見せできる。


「……」


いや、まて。

図に乗るな。


今まで他人と比べられて、強さで人間性が決まるわけでもなかろうに、適正魔法がないと見下されて嫌な思いをしてきたのは、他でもない俺じゃないか。


今は俺と他人を比べて、見下して、愉悦に浸ろうとしている。

こんなのはゼフツとやっていることと同じだ。

血は争えないとは良く言ったものだ。

気付かないうちにゼフツと何ら変わらないことをしている。


まだ頂点じゃない。まだ上はある。

満足するな。そこで止まるな。


悲しいかな、俺はこの程度で満足できるようには作られていないらしい。


俺の気分は一気に冷めて、心地の良い眠りについた。



*******



おはよー!

いい朝だぁ!!


どうやら俺は朝になるとその日の最盛期を迎えるらしい。

俺のきのこも栽培時だぜ、と言わんばかりにズボンを押し上げて主張してくる。

なかなかどうして太陽のエネルギーというものは素晴らしいものだな。


俺は部屋を出て一階に顔をだす。

昨晩とは違い、レオナルドとジュリアが食卓で朝食を摂っていた。

俺がその部屋に入ると、二人も俺に気付いたようで、おはよう、と言ってくる。


「おはようございます」

「よく眠れたか? つっても三日も寝てりゃよく寝れたもクソもねえか」


俺の睡眠持続時間最高記録だ。

魔力が底を尽きたことにより、身体が極端に疲弊したのだ。

これは最悪死ぬこともあるらしい。

それが分かっていても、俺は魔力を全て投入したのだ。

気を付けないとマジで死んでしまう。


「私に勝っておいてアスラの方が重症じゃカッコつかないわね」

「そのカッコがつかないガキに負けたのはお前だろうが」

「うるさいわね」

「でもその前にアスラ、お前の体調は大丈夫なのか? 魔力切れだろ?」

「はい、もう問題ありません」



ジュリアは俺に負けたことを根に持っているのだろうか。

割と負けず嫌いな性格なのかもしれない。

いつもはサッパリしているが、剣術ともなれば別なのか?


「アスラ、今日も私と勝負してほしいの。いいわね。朝食を食べたらすぐに地下室に来て」

「わかりました」


何度でも勝負を受けようじゃないか。

寝込んだおかげで体調も万全だ。

それに、一度勝ったぐらいじゃ、まだジュリアに勝てるという確信が持てない。

俺は食事をさっさと終わらせて、急いで食べたことによる腹痛に見舞われ、トイレでほっこりしてから地下室へ向かった。



「あ、アスラ? もうちょっとゆっくりしてくれて構わないのよ?」

「大丈夫です。問題ありません」


俺の異様に早い登場にジュリアが気を遣ってくれた。

レオナルドも俺の後をついてきて、地下室の隅でどっかりと腰を下ろす。観戦するつもりらしい。

俺の返答にジュリアは少々戸惑いながらも、腰に挿してある双剣を構える。



「さっそくで悪いけど、どうにも虫の収まりが悪いの。付き合ってね」

「!? そ、それは結婚を前提にですか?」


「え!? そうなのか!? ジュリア!」


「ち、ちがうわよっ 毎回毎回戦う前にふざけないでよねっ」



いつものキリッとしているジュリアもいいが、プンプン怒るジュリアも見ていて飽きない。

にまにましながらも、俺は腰の後ろに手を回して鎖鎌をつかみ、前で構える。

それを見たジュリアは双剣の魔石を使用し、刀身に炎を付与させる。

俺は鎖を持ち、分銅を回して威嚇。


「じゃあ、行くわよ」

「ええ、よろしくお願いします」



俺の返事を聞いたジュリアは銃弾のようにこちらに突っ込んでくる。

これは剣術どうこうの前に単純な突進だ。

十メートル以上の距離があったというのに、瞬きうして目を開けた瞬間には、ジュリアはすでに逆手に持った剣を振り下ろしていた。


俺はそこで魔力を放つ。

前回と同様、金属を操る。


だが今回操る金属はこの部屋の武器ではなく、鎖鎌のみだ。

それも鎖鎌のごく一部。

それは分銅だ。


まるで生きているかのように、分銅を操る。

その間俺は微動だにせず、鎌も手に持っているだけで鎖を振り回したりなど一切しない。

分銅に繋がっている鎖は蛇のようにうねり、ジュリアに突進する。


まずは剣を掴んでいる両手の自由を効かなくする。

鎖で両手を縛り上げて、俺の金属を操る魔法でその手から双剣を取り上げる。


「あっ……っ!」


そのまま分銅をジュリアの身体にまとわりつくように操作し、さらには身体全体を鎖でがんじがらめにする。

脚すら動かすことのできなくなったジュリアはその場に倒れて、イモムシのようにくねくね動くが、無駄な足掻きだ。

この前この部屋の武器を全て同時に操った魔力には程遠くても、大量の魔力を使って鎖を操っている。

そう簡単には抜け出せまい。


どうやらより多くの魔力を使えば使うほど、金属を操る力も数も増す、というのが特訓するうちにわかったことだ。

それを利用しない手はない。

俺はどんどん鎖のジュリアに対する拘束力を増していき、ついにはジュリアが足掻くことすらできなくする。


「勝負、ありですか?」

「あ、ああ。アスラ。お前の勝ちだ。どっからどう見ても」

「うう……。悔しい」


「にしてもジュリア、その格好エロいですね」

「こんな状態にしたのはアスラでしょ!? 早く解いてよっ」


せっかくの眼福がおじゃんだ。

エロシチュエーションがなくなった俺はしぶしぶジュリアの拘束を解きました。

鎖は股、さらには胸にまで食い込んでいて、実にエロエロしかったのに。

残念だ。



「ふう、今日はアスラの圧勝ね。一度も手が出せなかったわ」

「ははは、アスラはもうお前の手に負えるような奴じゃねえよ」

「じゃあ、今度は兄さんが相手してみれば?」



「ああ、確かに順当にいけばそうなるな。アスラ、魔力はまだ大丈夫か?」

「ええ、まだいけます」


「はは、そうかい。楽しくなってきたじゃねえか」


レオナルドは怪しく顔に影を作りながら微笑み、腰に下げている剣の柄に手をかける。

ゆっくりと、剣と鞘の擦れる音を大事にするかのように、剣を鞘から抜いて構える。


なんて迫力だ。

今までの特訓の時のどのレオナルドとも違う、恐ろしい威圧感。

剣の魔石が輝き、剣が炎に包まれる。



「アスラ、今日の俺は手加減できねえかもしれねえ。上手く防いでくれよ……」



俺はゴクンと固唾を飲んで、鎖鎌を構える。

それが始まりの合図になったかのように、一気に突進してくるレオナルド。


鎖を操作し、分銅をレオナルドに巻きつける。



え、なにこれ、え? と言うレオナルド。


とうとう身動きが取れなくなって、地面に這いつくばるレオナルド。


さっきの威勢と強さが全く比例しないレオナルド。



*******




「はっはっは、この四年で強くなったな。アスラ。もう俺とジュリアがお前に教えることは何もない!」

「教えることがなくなったって言うか、この先勝てることがなくなったんでしょ?」

「そうとも言う!」


爽やかに金髪をなびかせながら、豪快に笑うレオナルドにジュリアはジト目を送る。


「ではアスラ、次の段階に進めるぞ」



レオナルドは仰々しく腕を組み、俺に言い渡す。



「明日、ギルドの依頼を初めて受けてもらう。依頼内容はゴブリンの群れの排除だ」



ゴブリン。

読んだ本の記述には小さな人型の魔物だと記していた。

ただ、知能が低くて凶暴で、身体は赤い色をしており、鬼の顔をそのまま取り付けたような顔をしている。

小鬼と言ったほうがしっくりくるかな。


「わかりました」


「だが、俺とジュリアの同行はなしだ。昨日ゴブリンの群れの位置も大体確認してきた。今のお前になら楽勝の依頼だろう。ただし、油断禁物だ」


レオナルドが釘を刺してくる。

俺はそれに、はい、と答えて、今日は明日の準備に時間を費やすことにした。

昨日まで寝込んでいたとは言え、魔力が元に戻れば、体調が悪いわけでもないので問題ない。

レオナルド達が現場の下見にまで行ってくれたのだ。

おそらく昨日の晩に俺が目を覚ました時に下見に行ってくれていたのだろう。


俺は大船に乗ったつもりで、その時は過ごしていた。



*******



「いってらっしゃい、アスラ」

「いってらっしゃいのキスはなしですか?」

「なあに? してほしいの?」

「いや、ごめんなさい」

「ふふっ いってらっしゃい」



俺のあしらい方をジュリアがマスターしていた、この朝。

俺はゴブリン討伐依頼を受けるべく、朝早くからギルドに向かった。

レオナルドはまだ寝ている。

起きてきた時には、依頼を手早く終わらせて驚かせてやろうというサプライズを俺は目論んでいる。


それにしても俺が童貞だという事が極めて残念だ。

もし俺が経験者なら、あそこでジュリアに引けを取ることはなかっただろうに。

だが心配ない。

俺はあの色欲ジジイ、ことゼフツの息子なのだ。

俺が女遊びをし始めるのも時間の問題かもしれない。


などと妄想たくましくしているうちにギルドへ到着。

朝だというのに、ここだけは賑やかだ。

行き交う人々は多種多様。

人間もいれば、ヴィカのようなエルフや、ソフィやユフィと同じ獣人族もいる。


ギルドの中に入ると、ロビーにいる受付嬢が目に付いた。

俺のギルドカード発行の手続きをしてくれた人である。


俺はそのままカウンターに直行。


「おはようございます、フォンタリウス様」

「おはようございます。俺のことはアスラでいいですよ。もしくはお兄ちゃん」

「わかりました、お兄ちゃん。本日はどのようなご用件でしょうか」

「はい、依頼を受けようと思いましす」

「畏まりました。私、ニコ=メルカトルが担当致します」


ニコと名乗った彼女は四年前会った時と同じ、西洋風の給仕服。

頭に白い三角巾をしている。

前は俺が貴族ということに、緊張というか畏怖に近い反応をしていたが、今日はにこやかに可愛い笑顔を振りまいてくれる。

歳は二十代半ばぐらい。

めっちゃ地図を描くのが上手そうな名前だ。


何かに記録されているのだろうか。

俺のことをちゃんと覚えてくれているという嬉しさを噛み締めながら、手続きを踏む。


「現在、お兄ちゃんが受注できる依頼は以下のものです」


ニコは俺に依頼が一覧になって載っている紙を渡してきた。

その中にゴブリン討伐依頼を見つけると、ニコにその依頼を受ける旨を伝える。



「はい、Fランククエスト、ゴブリン討伐依頼ですね。分かりました。持参品はそれだけですか?」



俺は今腰に小さなポーチを巻きつけてある。

荷物はこれだけだ。

九歳の子供にも付けられるポーチはかなり小さいが、その内容物は十分に充実している。

このポーチにはある秘策の準備物が入っている。

それを考慮した荷物だ。


「はい、これで十分です」


「わかりました。ただし以前お話した通り、依頼に関してギルドは一切の責任を負いかねます。了承であれば、ここに拇印をお願いします」


「わかりました」


俺は言われた通りに、朱肉に親指を付けて、紙にその親指を押し付ける。

これで受注完了だ。



「では健闘を祈ります、お兄ちゃん」

「……」

「どうしました? お兄ちゃん」

「やっぱりアスラって呼んでください」

「ふふっ、わかりました。アスラ様」


このニコという受付嬢、俺をからかったな?

貴族様だなんだと言っておいて、結局は子供だと思って馬鹿にしてるんじゃ……。


スムーズに進んだ契約を終えると、俺はギルド内に設けられているクエスト専用出口から王都を出て、依頼で指定されている場所に向かった。



******



ゴブリンの群れの洞窟までは割とすぐに着いた。



王都のすぐ東にある、たくさんの竹が生い茂る竹林を歩いていると、何かの生き物と思しき甲高い鳴き声が聞こえてきた。

その声に誘われるように、声の聞こえる方向へ足を進めると、その場だけ五メートル程凹んだ空間を見つけた。

凹みの一端には岩の洞窟があり、その前では赤い小鬼がたむろしている。


ゴブリンだ。



初めてその目で見る魔物は珍しく、しばらく眺めながら戦闘の準備を進める。

何か意味があるんじゃないかと思わせるような鳴き声で意思疎通を始めるゴブリンたち。

顔が醜い鬼じゃなかったら、ちょっと可愛かったかもしれない。



そんな感想を抱きつつ、俺はポーチから用意した薄い鉄の板を取り出し、靴の中敷きの下に入れる。

鉄は硬く、かなりの量の魔力を込めないとできないが、思い通りの変形させることができる。

これは昨日、家の地下室にあった訓練用の武器を俺の魔法で加工したものだ。

硬い金属であればある程魔力を必要とする。

すでに加工されて作られた武器をちぎって薄い板の形に押し広げるのは骨が折れ、俺の総魔力量の三分の一も消費した。


とある実験に使おうと思って持ってきた。



そして、もう一つの用意として、手の平サイズの太い鉄針をポーチから取り出す。

これも昨日用意したものだ。

宙に浮かべる金属は大きくて重いほど、大量の魔力を消費するが、この大きさなら量のうちに入らないので、予備も入れて十個持ってきた。

操るのは簡単なのだが、これも武器から加工したものだ。

これを削り出したころには魔力は底を尽きる寸前だった。

また魔力の超回復を望めるというのも事実なのだが。


俺は準備万端とばかりに、立ち上がる。

そして足の裏に仕込んだ鉄の板を意識して、それを宙に浮かせる。

浮かせると同時に、その板は俺の足の下敷きになっているわけだから、俺の体重を持ち上げるのと何ら変わらない。

俺は体重を持ち上げるだけの魔力も加算して、板を浮かせる。


俺の下の金属を浮かせる。

つまり、その上の俺も宙に浮くワケで。


俺は自らを足の板を支点に浮かせる。

思ったよりもバランスをとるのに苦労をする。

だが上級剣士二人がかりで育てた魔法剣士の運動神経は知らないうちに伊達ではなくなっていた。

足の裏を中心に宙に浮くという感覚をおぼつかないながらも、体に馴染ませていく。


足を後ろに向ける。

そうすると、今まで直立で保っていた上体が重力に負けて前のめりに傾き始める。

俺は足に分配している魔力を増やして、推進力に変える。

すると俺の身体は姿勢を立て直し、宙を滑らかに浮遊する。



******


〈ゴブリン視点〉


オデは今日は群れの寝床となっている洞窟の見張り番だ。


オデ達ゴブリンの群れの数が増すと人間たちの魔物退治はぱったりとなくなった。


今日も面白おかしく、人間の村を襲って、子供でも攫って食べよう。

子供の甘い肉は旨くて好きだ。


でも最近、この辺にワイバーンが出没するから、注意するとすればそれだけだな。


なんて計画を立案していると、仲間のギザが叫んだ。


「アレハナンダ!?」



ギザは仲間のゴブリンだ。

歯がギザギザしているからギザと呼ばれている。


続いて、ドブが叫ぶ。



「人間ダ!! 人間ノガキダ!!」


ドブも仲間だ。

泥遊びが好きだからみんなからはドブと呼ばれている。


だが、いつもの退治に来る人間とはどこか異なる。

この竹林の中の五メートル以上も高低差のある凹みを降りてきた。

この時点で初めてのタイプの人間だ。

他の人間は凹みの上から矢を放つだけで、オデ達を恐れて決して降りては来なかった。



だが、この人間の異様さはこれだけじゃない。


人間は宙に浮いているのだ。


本当にこいつは人間なのか?

空を飛ぶ人間なんて聞いたことがない。

そいつは茶色のフードを深く被っており、口しか見えないが、その口は怪しく笑っていた。

こいつはヤバイ。

オデ達ゴブリンの本能がそう告げる。


「コブ、洞窟ノミンナニ知ラセロ!!」

「ワカッタ!」



ギザもオデと同じことを感じたのか、オデに呼びかけてくる。

コブと呼ばれたのはオデ。

頭に大きなコブがあるのが由来らしい。


オデは洞窟の中にいる仲間に敵が来たことを知らせる。

みんなを連れて洞窟を出て、目の前に広がる光景に目を疑った。



ギザとドブが血だらけで倒れているのだ。


「ギザ! ドブ! ヨクモヤッタナァ! オデノ大事ナ仲間ヲォ!!」


呼びかけても二匹はピクリとも動かない。



この二匹は群れの中でも特に強かった。

動きが俊敏で、力も強い。

戦い慣れたゴブリンだ。

それをオデが仲間を呼びに言っている僅かな時間に倒すなんて。

だがオデ達は三十匹を超える数の群れだ。

その数を目の当たりにすればこの人間も尻尾を巻いて逃げる、そう思っていた。



だがこの人間は。


手を前方に構えると。

それと同時に、人間の懐から十個程の手の平サイズの太い鉄針が飛び出した。

鉄針は目にも止まらぬ早さでオデ達に襲いかかる。

それも十個同時にだ。

次々に仲間の断末魔が響き渡る。



あっという間に群れの半分が倒された。

オデは運良く生き残ったが、次の鉄針の攻撃から逃げるのは不可能だろう。


おそろしい。

よく観察すると、こいつの魔力量は桁外れだった。

魔物には生き物の魔力量を感じ取る器官がある。

その器官が悲鳴を上げる程の魔力量だ。

いったい何回魔力切れで気を失ったらこうなるんだ。



その答えを考える暇も人間は与えてくれない。

人間が手を後ろに回したかと思うと、隣に立っている仲間の首が落ちた。


「ヒイッ」



やっとわかった。

これは天罰なのだ。

人間の村を襲ったとき、怯える人間を問答無用に殺した。

だが今回、殺される順番が回ってきたのはオデ達だ。

オデは何かを悟った。


ただただ、人間の姿を目で追った。



その動きは、美しい。

そうとしか言い様がない。

ゴブリンは美しいなどという言葉には無縁の生き物だが、そんなオデでも美しいと思うのだ。

その身のこなしはまるで宙を舞っているかのような体捌き。

いや、実際宙を舞っている瞬間もある。



オデ達の頭上で宙返りしたかと思うと、仲間が次々に切り刻まれていく。

人間の武器は鎖鎌。

だが、人間の鎖鎌の使い方は常軌を逸している。

普通は片方の手で鎌の柄を持ち、もう片方の手で鎖を振り回すのだが、人間は違う。

人間がこの武器のどこにも触れていないというのに、鎖鎌が縦横無尽に駆け巡る。


何と言えばこの状況にふさわしいのだろう。

そう、まるで鎖が、分銅が、鎌がこの人間の周りで踊っているのだ。

人間を中心にクルクル回ったかと思えば、いきなりビンと一直線に伸びて、この空間の一切合切を薙ぎ払う。

まるでそれは鎌いたち。

気付けば切り刻まれている。

この動きは、人間と鎖鎌、そのどちらにも当てはまらないものだった。


襲いかかるゴブリンも逃げ惑うゴブリンも関係なく、切り刻まれる。



ああ、この人間は何と美しいのだろう。


こんなに美しい人間を見たことがない。

人間なんて恐怖を感じると他人を蹴落としてまで生き延びようとする醜い生き物だと思っていた。

こんなにも美しい人間がいるのだ。

飛び散る鮮血すらその身に浴びない動きは神業としか思えない。


こんなに綺麗な人間もいるんだ。

次に生まれ変わったら、人間もイイかもしれない。


なんて。


そこでオデはこの世とオサラバした。



******


〈アスラ視点〉



「ふう」


あらかた片付いた。

一匹、全く無抵抗で立ち尽くしたまま、こちらを眺めているゴブリンがいた。

それを殺すのには抵抗があったが、洞窟には数え切れない人骨があった。

後生だ。

おあいこってことにして欲しいと思う。



俺がゴブリンの群れの討伐を報告に王都に戻ろうとした時、近くで何かの爆発音が鳴り響いた。


ドオオン!!



竹が折れて、小鳥が逃げ惑う。

土埃が舞い上がる。



目の前に現れた、その生き物は推定全長七メートル、高さは二メートルぐらいの鱗を持った竜だった。

ただ、前肢が膜のある翼となっている。

後ろ足だけで立っている。

鋭い角に、長い尻尾、口から漏れ出す炎、緑の鱗。


初めて見る生き物だが、本で読んだことがある。

ワイバーンという魔物なのだそうだ。

討伐依頼はギルドランクA。

それもパーティを組んで戦うことが初めてできる魔物だ。



「おい、何でこんなところに子供がいるんだ!?」

「ガキ!! 早く逃げろ!!」



その後すぐにパーティと思われる四人組が現れた。


一人は筋骨隆々の斧を持つ男。

魔法使いの杖を持った男女。

一人は大弓を持つエルフの女。


「グワアアアアアア!!」



竹をぶち折りながら、ワイバーンは俺に大口を開けて突っ込んできた。



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