第十一話 剣術と無属性魔法
俺はその後、毎日のようにレオナルドに実践の相手をしてもらい、戦いの中で自分の戦術を身に付けていった。
それは剣術において、正しいのか間違っているのかはわからない。
だけど、俺にとってはそれがしっくりくるという戦い方が成り立ってきた。
レオナルドの教え方は俺に合っていたようだ。
レオナルドは以前のようにギルドの依頼を受けることは少なくなり、ほぼ付きっきりで俺と向き合ってくれる。
俺の負ける要因を粗探し、そして荒削り。
どんどん俺のミスはなくなっていき、負けるまでの時間が長くなってきている。
まあその時間は一瞬に変わりないのだが、本当に僅かだが、時間が長引いてきている。
ジュリアも参加したそうにしているが、家事や掃除、武器の手入れに手を回してくれている。
本当によくできた妹さんじゃないか、レオナルド。俺は嬉しいよ。
王都の生活にもだいぶ慣れてきた。
商業区の人とは仲良くなったし、ご近所さんともよく挨拶を交わす。
前世にはなかった人との繋がりだ。
今の俺の生活は豊かそのものなのかも知れない。
もちろん、魔力増強にも余念はない。
魔力が底を尽きるまで、毎日魔力を使う。
初めは銀皿やスプーンを浮かしていたのだが、その内一日では魔力を使い切れなくなった。
より繊細かつ微細で複雑な動きをさせたり、浮遊させる金属を増やしたり重くしたりして、一度に消費する魔力を何とか増やして、一日で使い切るように工夫をする。
そんな生活が四年を過ぎた頃。
今日も今日で実践あるのみだった。
全く子供にするような内容ではないだろうに。レオナルドはいつも全力だった。上級剣士の力を余すことなく発揮してくる。
「構えろアスラ。いくぞ」
「いつでもどうぞ」
地面を蹴るレオナルド。
爆発的に加速するのは無意識下で使われている身体強化の魔法。
その剣を振るうレオナルドの動きは、まるで宙を舞っているかの如く鮮やかな剣さばき。
だけど剣を振るう時には問答無用で切り伏せてくる。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
その体さばきは見る者を魅了するが、あまりにも危険なものだ。
俺は美しいとすら思ったことがある。しかし見入っているとこちらの集中が途切れる。もしかしたらそれを狙っているのかもしれないと思わせるほど、危うい美しさだ。
普段のアホなレオナルドからは想像がつかない。
俺はレオナルドの剣を以前と同じく、鎖で受け止める。
四年前まではここで地面に伏せられて終わりだったが、人は成長するものなのだよ、レオナルド君。
俺はそのまま鎖を持ったまま、剣の刀身に一周回させて、鎖を絡ませる。
鎖を持つ左右の手で鎖を引っ張り、摩擦力で剣を固定する。
だが所詮、この四年で筋肉は付いたというものの、九歳児の腕力だ。
底が知れている。
俺はそのまま鎖を引っ張ったまま、レオナルドの頭が鎖の下をくぐるように、レオナルドの背中に鎖を回す。
「何!?」
この四年間で初めて聞いたレオナルドの素っ頓狂な困惑の声。
今のレオナルドは、剣を握ったままの手を自分の後頭部に回し、脇をみっともなくガラ空きにしている隙だらけの格好だった。
もらった。
だが、レオナルドの対応は速かった。
あっさりと剣を捨てて、俺の両腕を弾き、鳩尾に重い一発の拳を打ち込んできた。
「ごっ……」
「よし、ここまでだ」
レオナルドは終わりを告げると、額の汗を拭い、息を切らせる。
俺もだいぶレオナルドを追い詰められるようになったが、まだまだだ。
戦いが始まってからここまでは僅か数秒だ。
まさに秒殺。
「アスラ、お前俺が剣を離さないと思ってただろう。こういうことも頭に入れておかなくちゃだめだぜ? ちょっと休憩だ。しばらく休んでろ」
「はい……ごほごほっ……」
俺はそこで、鳩尾に食らった衝撃が内蔵を揺らし、船酔いに似た感覚に陥り眠るように意識を失った。
その後にジュリアとレオナルドが話している姿が見えたが、何を話しているか聞き取れずに、俺はズルズルと壁を伝って倒れる。
「兄さん、ちょっと手加減したら? 最近の兄さん、本気そのものじゃない」
「バカヤロウ……。今のあいつには本気出さないと勝てないんだよ……」
「え……だからあんな一瞬の勝負で……?」
「ああ、こいつ、そのうち化けるぜ?」
******
翌日、今日は特訓内容がガラリと変わっていた。
「今日の相手は私よ、アスラ。お手柔らかにね?」
今日はレオナルドは監督役。
今日の実践相手はジュリアだった。
「はい、その綺麗な形をした胸を借ります」
「うむ、それに関しては俺も同意だ」
「ちょっと……」
俺の意気込みにレオナルドが同調する。
それに辟易するジュリア。
「アスラ、いつも同じ実践相手だったら剣術が凝り固まっちまう。これからはジュリアの相手もしておけ」
「わかりました」
レオナルドが今日の特訓の主旨を説明する。
だが、その後もレオナルドは続ける。
「そしてジュリア、昨日も言ったが本気でいけよ」
「わかってるってば」
え、今日本気で来んの?
確かジュリアもレオナルドと同じ上級剣士だったはずじゃ……。
俺相手に上級剣士が本気を出すだと?
ゴミ粒相手にクイッ○ルワイパーじゃなくて、ダイ○ン投入するのと同じ意味だぞ、それ。
「いくわよ、アスラ」
「ど、どうぞ」
その妖艶な笑みは酷く戦いという概念から懸け離れて美しかったが、それもジュリアの武器なのだと知る。
こいつ、できる……!
ジュリアは持ち前の双剣を両手に逆手で持つ。
剣自体は前腕程の長さで短いが、それにもレオナルドの剣と同じく、火の魔石が埋め込まれている。
そして本気というのは、そういう意味で、刀身が赤く光り、熱が行き渡る。
発火し、メラメラと音を立てて燃え盛る。
魔法は術者側には危害を与えない仕組みになっており、こちらにまで痛いほど伝わってくる熱風もジュリアはまるで気にしていない。
「魔石使うんですか!?」
「ええ、そうよ」
こ、これは卑怯と言えるのか?
そんな負けたときの言い訳を考えている間に、ジュリアはこちらに突進してくる。
そのスピードはレオナルドのそれと何ら変わらない。
逆手に持った剣を下から、上から、縦横無尽で切りつけてくる。
俺はすんでのところで躱してはいるが、体力の限界が来れば、あっさりをやられるだろう。
俺は体力作りもしてきたが、やはり9歳児という事実が邪魔をして、ある一定の限界まで昇り詰めると、それ以上は体力が増えなくなった。
そんな事が今の俺に災いする。
ヒュンッ
ちり……。
あっぶねえ!
髪の先が焦げた!!
俺のキューティクルが悲鳴を上げる。
このまま防戦一方では埒が明かない。
ジュリアの双剣の軌道上に鎌を添える。
ギンッ
俺の鎌は弾かれ、遥か後方に飛んで行く。
だが、同じ勢いと衝撃でぶつかったジュリアの剣も同様に、ジュリアの後方に飛ぶ。
少しでも鎌を構える力が強ければ俺の腕が弾かれるし、弱ければ問答無用に切り伏せられる。
角度もタイミングも力加減も完璧にしなければできない技だ。
単剣となったジュリアは僅かに歯噛みする。
「やるじゃない、アスラ」
「それはどうも……」
今はそれどころじゃない。
ジュリアの余った方の剣が俺目がけて振るわれる。
昨日のレオナルドの時のように、鎖で剣を受け止めて、絡ませる。
だが昨日学んだ事を活かす。
そのまま鎖を下へスライドさせて、俺の胴体の前に持って来させ、それを俺は右足で蹴り上げる。
「しまっ……!」
剣を失ったジュリアは顔に焦りを浮かべる。
大きく仰け反った剣を手放した腕。
もうすでにジュリアには武器はない。
これで終わりだ。
レディに分銅を打ち込むのは躊躇われるが、これは真剣勝負だ。
手を抜けば逆に失礼だろう。
俺は大きく鎖を振りかぶり、その遠心力で分銅の威力を増加させる。
そしてこれが鎖鎌の強み。
分銅を前に放つと同時に、鎖で繋がっている後方に飛んでいった鎌を手元に引き寄せる。
だが分銅はジュリアに避けられて、地面に衝突する。
そんなに甘くはないか。
だが、これはいただけない。
甘くはないというか、ハードモード過ぎる。
ジュリアは分銅を避けたと同時に壁に並べられている手近な武器を手に取る。
「え!? 武器追加ですか!?」
「あら、武器は戦場に一つとは限らないわよ?」
そう、これは戦闘を想定した、極めてそれに近い模擬戦。
相手に勝つためなら何でもありだ。
ジュリアが手に取ったのは、クナイ。
忍者が使ってそうな、アレだ。
それを何本か手に取り、際限なく俺に投げつける。
おい、そんなん避けれねえぞ!?
「おい、ジュリア!! 熱くなり過ぎだ!! 」
さすがにヤバイと思ったのか、レオナルドが声を上げるが後の祭り。
「しまったっ!」
避けれたら最初から避けてるよ。
ここにきてボケるんじゃないよ。
俺はもう眼前に迫ったクナイから身を守るように腕で顔を覆い、重症覚悟で背を向ける。
ああ、痛いだろうな。
絶対、グサッとか聞こえるよな。
ああ、こんなことになるなら決死の覚悟でジュリアの胸に飛び込んで、気の済むまで堪能してから負ければ良かった。
それならプラマイゼロ。
いや、むしろプラだ。
にしてもなかなかクナイ刺さらねえな。
痛みは愚か、刺さった衝撃すらないぞ。
いや、想像以上の痛みが伴う場合は神経の防衛本能で痛みを感知しないなんて聞いたことがあるぞ。
怪我したら、ジュリア優しく手当てしてくれるかな。
なんて思いつつ、目を開ける。
そこには、俺の目の前で勢いを完全に殺し、浮遊しているクナイがあった。
「お、おい、アスラ……それ……」
レオナルドは口をポカンと開けて、驚嘆の声を上げる。
そう言えば、このクナイ。
鉄で出来ている。
と言うか、この地下室の部屋にある全ての武器、金属で作られている。
俺は身の危険を感じたためか、無意識に魔法を使っていた。
何故気付かなかったんだろう。
無意識のうちに剣術と魔法を別々に考えていて、結びつけようとはしなかった。
ジュリアは言っていた。
自分だけの剣術を編み出して欲しいと。
俺はここで初めて、自分の魔法、無属性魔法が、この能力で良かったと思えた。
そう、心の底から。
――――――ええ、別にいいわよ。魔法剣士という人もいるぐらいだもの。
――――――おお、それいいな。魔法剣士!
二人との会話が頭をよぎる。
ああ、良かったよ。
いいな。
魔法剣士。
俺はクナイをゆっくりと、だが確実に操ってジュリアの方に切っ先を向かせる。
そして鎖鎌を手放す。
だがそれは地面に落ちることはなく、一人でに分銅を回転させ、浮遊する。
まだまだこんなもんじゃない。
俺が日々増やしてきた魔力はこんなもんじゃなくならない。
俺は身体から放つ魔力を激増させる。
「ジュリア、あなたは戦場の武器が一つではないと言いましたね」
「!!!ッ」
俺の言葉が何を意味するのか、ジュリアは悟る。
レオナルドも唖然として、固まっている。
ここで聞こえるのは金属の乾いた音のみ。
それだけ、金属で溢れているということだ。
何だ。
考えてみれば簡単なことだった。
勝手に俺の魔法の限界を決め付けて、制限していたのは、他でもないこの俺自身だ。
情けない。
俺はジュリアの後ろに転がっている、尚も炎をけたたましく上げている双剣を浮かせて、こちらに寄せてくる。
そして俺の肩の上に浮かべ、睥睨する。
「え!? 俺の剣もかよ!?」
俺はレオナルドの腰に挿してある剣も取り上げる。
日々積もりに積もった鬱憤、ここで晴らさせてもらうぞ。
壁に並べられている武器全てを構える。
大槌、斧、レイピア、ハルバード、槍、大鎌、鉄扇、薙刀、などなど。
全てを導入する。
何とか自分に向けられる武器に死角はないか探すジュリア。
俺はジュリアに最高の敬意を持って、現時点の俺が持つ最高の力でねじ伏せる。
そこでジュリアの目から戦意が削がれた。
肩をすくめて、少し残念そうだが、どこか誇らしげに微笑む。
「参ったわ。私の負けよ」
俺は取り出した武器を全て壁の定位置に戻し、ジュリアに双剣、レオナルドに剣を返す。
そこで、俺の身体に限界が来た。
酷い脱力感。
めまいすら伴う倦怠感。
止めどなく吹き出る冷や汗。
跳ね上がる脈拍と呼吸。
俺は魔力切れで、その場に倒れた。




