『月虹―御伽草子―』
昔々あるところに、不思議な力を持つ泉がありました。
ですが、その泉の存在は村の人間も森の動物たちも誰も知りませんでした。
――ある一匹の子狐が見つけるまでは。
空に雲ひとつない暖かな日のことでした。
子狐の兄弟たちは母狐が見守る中、追いかけっこをして遊んでいました。
すると突然、子狐たちの足元が崩れて末の子が落ちてしまったのです。
「コーーーーン」
落下していく子狐の母狐を呼ぶ鳴き声が響きます。
バッシャンと、そのあとに水の跳ねる音が聞こえました。
一緒にいた子狐の兄弟たちは大騒ぎです。
母狐も駆けつけますが、自分が影になって底が見えず、水音がするばかり。
狐の親子は穴の中へと必死に呼びかけます。
やがて、末っ子の返事が聴こえました。
どうやら無事のようでした。
落ちた末の子狐は水の中で必死に手足を動かすと地底に上がりました。
地面の下は大きな空洞になっており、水が湧いていたのです。
小さく浅い泉でしたが、水底から湧きあがる水がやわらかな砂が舞いあげていてクッションになりました。
末っ子の鳴き声が穴の奥底から聞こえてきます。
しかし、狐の親子には末の子狐を地上に戻すこは出来ませんでした。
ぽっかり空いた小さな穴は、狐たちにはどうにもできない深さだったのです。
それから母狐は、末の子狐のため食べ物を穴に落とすようになりました。
子狐は落とされた食べ物を泉から掬って食べ命をつないでいました。
洞窟の中は広くて暖かい横穴もありましたが、泉がある他には食べ物はなにもなかったのです。
そうして季節が一つ廻った頃。
暫く前から食べ物が落とされなくなりました。
子狐に泉の水だけを飲み空腹を耐え忍ぶ日々が続きました。
母狐はどうしてしまったのか、兄弟狐たちの声すら聞こえません。
洞窟には末の子狐の鳴き声だけが響くのでした。
月の明るい夜、子狐はもう動くのもやっとの状態でした。
なんとか泉の水を飲んで暖かな横穴へ戻ろうとしたその時のことです。
洞窟に静かな羽ばたきが聞こえました。
子狐のもとに飛んできたのは一羽の梟でした。
梟は云いました。
「オヤ、マダイキテイタノカ」
子狐はとても驚きました。
そして母狐たちはどうしたのか聞きたいと思いました。
梟はそんな子狐の様子に気づくと云いました。
「オマエノハハオヤトキョウダイタチナラモウコナイヨ」
――シンデシマッタカラネ。
梟は話続けます。
「ハハギツネハ オマエニタベモノヲヤロウト ヒトガカコウ トリヲ トロウトシテ ワナニツカマリコロサレタ」
狐の子は身体が震えて止まらりませんでした。
「ノコサレタ キョウダイハ オオカミタチニ タベラレタ」
身体の中から何かが溢れ出していくような気します。
「ミンナ オマエノセイデ シンダ」
「オマエハワタシニタベラレルガイイ」
子狐が鳴く声が夜のしじまに響き渡ります。
次の瞬間、凄まじい音と衝撃が起こりました。
洞窟が轟音を立てて崩れてゆき泉が勢いよく噴き出し水を撒き散らします。
全てが崩れ去った望月が照らすその場所には、梟の喉元を食んだ、銀色に輝く毛並みを持った狐の姿がありました。
それは、穴に落ちた時には兄弟の中で一番小さかった末っ子の狐でした。
子狐というには大きくなり過ぎた末の子が梟を振り捨てて仰いだ天には、吹きあがった泉の水が霧雨のようにさざめいて降り、月の光を浴びて白く輝く虹を創りだしていました。
――嗚呼、綺麗ダ――
狐の目もとから一筋の雫がこぼれました。
それから狐は森の狼たちを食い殺し、麓の村を壊滅にまで追い込みました。
狐の子が落ちたその泉は力を宿していました。
梟が驚くほど狐の子が生き伸びていたのも泉の力が影響していたのです。
こうして、月虹の耀いたその夜に。
一匹の妖かしが生まれたのでした。
以前書いた続くような続かないようなお話。
感想等頂けると嬉しいです。
※ 2014/03/13 感想にてご指摘頂き、最後の場面を少しを加筆修正しました。