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『眠るて、マジでナイルくん死んでるの?』

 ◁

 真っ暗になった配信画面にはその場に残っていたメメジェットたちの叫び声や怒鳴り声だけが響き渡っていた。


「黒湖さん! 起きて下さい黒湖さん!」


「メメジェット、もう無駄だからとっとと手を貸しやがれ!」


「でも、私のせいで黒湖さんが……」


 サラーマの叱咤に、メメジェットは涙ぐんだ声で反応する。

 

 『え? ナイル氏どうなった?』

 『まさか死んだ?』

 『死んだら声も聞こえなくなるだろw』

 

 コメント欄はナイルの生死を気にしており、今なお続く仲間たちのやり取りに耳を傾けている。


「黒湖さん、起きて下さい黒湖さん!」


「メメジェットよ! 前を見ろ!」


 ラーザの切り捨てるような声で、メメジェットの嗚咽がピタリと止む。


「黒湖ナイルの勇姿を無駄にするつもりか! 私に力をよこせ、黒湖ナイルのために、お礼参りをしてくれるわ!」

 

 『お礼参りてw』

 『なんでそんな言葉知ってんだ異世界人w』

 『それ言うならサラーマさんもバフって単語理解してたぞ?』

 

 このゲームのキャラクターたちは時々、ゲームやアニメ言語を当たり前のように使う。 それはおそらくプログラムした人間の深層意識が宿っているからなのか? それとも単なる仕様だったのか。


 けれど、メメジェットはそんな事に思考を割く余裕など無かった。


「ラーザ様。 この中でチート性能を持っているのは黒湖さんだけでないというところを見せて下さい! 尾がないレインボースコーピオンなんて、ただのエビです!」

 

 地の文の特権を使ってツッコミを入れる、エビにも尾はあるぞ?


「黒湖ナイルが活躍したのなら、私とて遅れは取れん! 美味しいところはいただくぞ黒湖ナイル……だから今は、安心して眠るがいい!」

 

 『眠るて、マジでナイルくん死んでるの?』

 『よく見ろ、HPバーは満タンまで回復してるぞ!』

 『さっき取り乱したメメジェットさんがオーバーヒールしてたからなw』

 

 そう、黒湖ナイルの視界が暗転した直後、メメジェットは泣き叫びながらクリアとヒールを連発し、画面の右端に映っているHPバーは満タンとなり、状態異常を示す表記も消えていたのだ。


 HPが満タンになっても取り乱してしまったメメジェットが何度もヒールをかけたが、ナイルは目を覚まさなかった……


 ラーザの鼓舞を受けて冷静になったメメジェットのもとに、何者かが駆け寄る音が響く。


「ナイルくんはあたしが見てるから、メメちゃんはふたりの援護に回るにゃ!」


「いいえ。 あなたこそ早く二人を援護しに行って下さい! 私は黒湖さんの側から一時たりとも離れません!」

 

 『あれ? これって俺ら聞いていい会話なの?』

 『メメちゃんデレたな』

 『デレちまったかメメジェット氏』

 

「子供みたいなこと言ってる場合じゃないにゃ! 戦闘中なんだからちゃんと言うこと聞くにゃ!」


「うるさい! 私は離れないと言ったら離れません!」


「何をぐだぐだやっているのだ貴様ら! そいつはただ痛みで気絶してるだけだ! とっとと戦線に復帰しろ!」

 

 『気絶してるだけかーい』

 『ナイル氏はこの会話聞いてないのかな?』

 『この【ナイル氏奪い愛戦争】を知っているのは視聴者の俺等だけってことかw』

 

 ナイルの無事が確認できたことで、視聴者たちのふざけたコメントが一気に調子を取り戻していく。


「あたしにナイルくんを渡すにゃ!」


「渡しません!」


「渡せにゃ!」


「断固拒否します!」


 それでもなお喧嘩を続けるメメジェットとサナに、サラーマから皮肉交じりの声がかけられた。


「おいおいお前ら、さっきのナイルは確かに超かっこよかったが、奪い合いで喧嘩するなよ?」


「「サラーマさんは黙ってて下さい!」」


「はいすみません」

 

 『よかったなナイル氏、異世界ハーレム街道まっしぐらだぞw』

 『おんぶしてた時まんざらでもなさそうだったしなw お幸せにw』

 『ママ悲しい、このままじゃナイルきゅんがキズモノにされちゃうわ!』

 

 こうして、ナイルの知らないところでからかわれるネタが増えていたのだが、本人がその事実を知るのは遥か先のことである。

 

 ◁

「にゃんパス!」


 突然全身に電流が走り、上半身を飛び上がらせた。 言っておくが寝ピクで目を覚ましたわけではない。

 

 『とんでもねえ寝言だなw』

 『目を覚ましたか色男』

 『にゃんぱす〜』

 

 目を覚ますと同時に視聴者たちが目覚めの挨拶をくれる。 どうやら俺はまだダンジョンの中にいるらしいが、ここはボス部屋ではないようだ。


 ボス部屋よりも小さな部屋で横になっていたらしく、眼の前にはよくわからない壁画が見えている。


「おお、目を覚ましたか軽薄野郎」


「黒湖さん! 痛むところはないですか?」


「ナイルくん、大丈夫かにゃ?」


「戦闘中に気絶するとは、軟弱な奴め!」


 みんなが駆け寄って無事を確認してくれた。 心温まる光景に思わず頬が熱くなる。


 改めてコメント欄や自分のステータスを確認してみる。


 同接数は悲しいことに最高時だったときよりも減っているが、それでも八万ちょっとの視聴者が残ってくれていた。


 この状況を見る限りレインボースコーピオンは無事討伐できたのだろう。 しかし厄介なことに鉄の剣をぶん投げた後の記憶が綺麗サッパリなくなっている。


 死んだかと思ったがどうやら無事なようだ。


 なにやら視聴者たちは俺を茶化すようなコメントを多く書き込んでいるようで、状況が全く把握できない。

 

 『嫁を心配させんなよw』

 『面白そうだから黙ってた方が良い説』

 『それだ!』

 

「は? 嫁って何? 俺の記憶がない間に何かあったの?」


「ああそれか、それはだな……」


「「サラーマさん!」」


「あ、すみません」


 なんだかサラーマさんがしょぼくれている。 ラーザさんは壁画の前で拗ねているし、メメジェットさんが異常に優しい気がする。


 そんでもってサナさんがさり気なくボディータッチしてくるのが気になる。


 とまあ気になることは後で視聴者に聞くとして、今は状況の把握が先だ。


「レインボースコーピオンは?」


「聞いて驚け黒湖ナイル、やつにとどめを刺したのはこの私だ!」


「さすがラーザさんですね。 いやはやラーザさんがいてくれて助かりましたよ」


「んなっ! そんな事を言ったところで嬉しくなんてないやい! くくく、悔しいからと言って私を無駄に褒めたって、なんにもしてあげないんだからね!」


 なぜだろう、プイッとそっぽを向いてしまうラーザさんなのだが、尻尾はブンブン振り回している。 こころなしか尻尾が揺れた反動で風が吹いていた。

 

 『さり気なくラーザ様も攻略しに行くのかw』

 『とんだ軽薄男だw』

 『ラーザ様はみんなのラーザ様だからな、調子に乗るなよ黒湖ナイル!』

 

 視聴者から野次が飛んでくるし、ついさっきまで優しげな眼差しだったメメジェットさんは突如ゴミを見るような視線を向けてくる。


 シーツみたいな布を被っているから視線しか見えないせいで、どんな表情だかわからないのが困りものだ。


「そんなことよりナイル。 無事にジョブチェンクエスト達成だぜ?」


 サラーマさんが鼻を鳴らしながら部屋の奥に書かれていた巨大な壁画を親指で示した。


 おれはのっそりと立ち上がって壁画の前に立つ。


「ずっと聞きたかったんですが、ここってどこなんです?」


「ボス部屋の奥にあるジョブチェンジの間だ。 その壁画の前に立って祈りを捧げろ」


 ラーザさんが壁画の前を指で指し示したため、誘導に従って壁画の前に立つ。 壁画の意味はよくわからないが、世界の不思議を発見する番組とかで見た古代の壁画チックな模様が壁一面に書かれている。


 専門家でないとこの壁画の意味は解読できなそうだ。 絵面の良し悪しは難解極まる。


「なにか祈りの呪文とか必要ですか?」


「呪文なんていらん。 普通にひざまずいて数秒間両手を重ねればいいだけだ」


 そう言われて俺は壁画の前に移動し、二回腰を折り、二回拍手する。 無論音は出さない。 最後に深く一礼し、ひざをついた。


 後ろでその様子を見ていたラーザさんが声をかけてくる。


「今の儀式は何だ?」


「あ、すみませんクセでやってしまいました」

 

 『壁画の前で二礼二拍手一礼w』

 『まあ気持ちはわかる』

 『いや分かんねえよw』

 

 とまあちょっとばかしおちゃめなことをしてしまったが、膝をついて両手を組み合わせると、体の中がじんわりと暖かくなるような感覚に包まれた。


 熱が引いた後立ち上がり、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。


「おお! レベルが一になっている!」

 

 黒湖ナイル

 職業:モンク ・Lv.1

 体力:82

 魔力:36(+843)

 攻撃力:43(+843)

 防御力:41(+843)

 素早さ:38(+843)

 幸運:43(+843)

 

 戦闘スキル

 ・戦術眼

 

 固有スキル

 ・信者の助言

 ・信者の声援

 

 同接数のお陰でステータスがとんでもない数値なのは変わりないが、こうして無事にモンクにジョブチェンジができたわけだ!


「よし、ナイルもジョブチェン出来たことだし、街に戻ってモンク用の武器買い行くか!」


 サラーマさんの声掛けに従い、みんなで部屋の隅に描かれていた魔法陣に歩みを進める。


 淡く光っている真っ白な魔法陣はおそらくこのダンジョンの入口に転移するための転移陣だろう。 なんの疑いもなくみんなについていったが、初転移はどんな感覚なのだろうか、すこしそわそわする。


 結果的に言うと、瞬きしている間に眼の前の景色が変わっただけだった。 少々拍子抜けである。

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