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『ラーザ様が楽しそうなら何でもいいじゃないか』

 ◁

 シーナイの中央には巨大な修道院が建設されている。 全面真っ白の石壁で生成された修道院の入り口には幅が広く、見上げるほどに長い階段が立ち塞がっている。 まさに心臓破りの階段だ。


 息を切らしながら長い長い階段を上がっていく俺たち。 やさぐれた顔でのっそのっそと階段を登っていた俺に、背後から涼しげな声がかけられる。


「なさけないな黒湖ナイル! この程度の階段で息を切らせるとはな!」


 鼻歌混じりに俺を追い抜きながら得意げに口角を上げたのは、もしかしなくてもラーザさん。


 そんなラーザさんへ、斜め前をドタドタ歩いていたサラーマさんが細目を向ける。


「お前、一緒に行くのは途中までとか言ってなかったか?」


「勘違いするなよサラーマ。 私はちょうどシーナイの近くに寄ったから、ついでに少しばかり修行しようとしているだけだ」


「ああ、さいですか」


 サラーマさんは肩を窄ませながら苦笑いを浮かべている。 ここに来る途中、ラーザさんがペラペラ喋ってくれたのだが、どうやらシーナイのダンジョンに挑む方々は一概にジョブチェンジが目的ではないらしい。


 ジョブチェンジクエストに出て来るモンスターはそのジョブに応じてポップするモンスターが異なるため、仮想敵を想定しての修行にもってこいなのだとか。


 例えば俺が今から挑むモンクのジョブチェンクエストには状態異常攻撃を主体にしたモンスターがポップするらしく、パラディンやソルジャーなど、前衛で戦うが最大HPが低い職業は苦手とするダンジョンらしい。


 対して状態異常に強いモンクやプリーストは優位に戦える。


 こういった相性の問題もあり、多くの傭兵や騎士はこの修道院へ修行しに来ているらしいのだ。 実際、修道院に向かってる人々の大半は修行が目的だとか。

 

 『モンクのジョブチェンは割と難易度高いぞw』

 『毒もうざいけど暗闇はマジでファ○ク』

 『パラディンのラーザ様は相性最悪なんじゃないか?』

 

 毒状態になると一定間隔でスリップダメージが入り、暗闇状態だと視界が遮られてまともな立ち回りが出来なくなる。


 他にも麻痺や裂傷、石化や呪いなど、状態異常は多数存在する。 モンクのジョブチェンクエストでは攻撃力こそ低いが、こういった状態異常付与してくるモンスターが多いらしい。


 まあ、プリーストが割と早い段階で習得するクリアという魔法があれば大抵の状態異常は解除できるらしいのだが……


 視聴者達からも色々な事を教わり、なんとなくジョブチェンクエストの内容を把握しつつある俺。 中でも、パラディンにとってこのダンジョンは相性が悪いと言う情報はちらほらと上がっている。


「それはそうと、モンクのジョブチェンクエストで挑むダンジョンには、状態異常攻撃が主体のモンスターが多いんですよね? パラディンのラーザさんは相性悪いんじゃないですか?」


「ああ、確かに今までの私だったら足が重くなっていただろう。 だがな黒湖ナイル。 それは今までの話だ」


 ラーザさんはスキップするように階段を駆け上がり俺たちの前に立ち塞がると、両手を腰に添えて今日一番のドヤ顔をしながら、


「先ほどは私に討伐数が劣っていた黒湖ナイルはさぞ悔しかったろう。 まあ、私も大人げなかったとは思っている。 だから、ハンデを与えてやるのだ!」

 

 『ラーザ節が全開だw』

 『飛車角落ちと言ったところだな。 すぐに詰んでやれ!』

 『ラーザ様が楽しそうなら何でもいいじゃないか』

 

 どうしよう、ラーザさんの言っている意味がわからない。


 引き攣った顔でみんなの様子を窺ってみたのだが、ほぼ全員同じような表情をしていた。 約一名だけ瞳をハートにしていたが。 こいつは多分もうダメだ。


「私が苦手としているモンクのジョブチェンクエストで、再戦を受けてやろうではないか! はっはっは、どうした黒湖ナイル。 怖気付いて声も出ないか? 怖いのなら逃げても構わんのだぞ? お〜ん? 何とか言わぬかこの臆病者め!」


 ラーザさんは俺をからかうように目の前をうろちょろし始める。 階段が長くて億劫としていると言うのにこのだる絡み。 マジで迷惑極まりない。


 しかしラーザさんはさぞ嬉しそうに尻尾をふりふりしており、メメジェットさんはそんなラーザさんの姿に影響されたのか、真っ白なシーツを赤く染めている。 赤く染まってるのは多分、というか絶対鼻のあたりだ。


 どうしたもんかと頭を悩ませていると、隣を歩いていたサナさんに肘のあたりをツンツンとつつかれる。


「ねえねえナイル君。 面倒だから相手してあげて欲しいにゃ。 ラーザさんの機嫌損ねたらあたしたちまでとばっちり受けそうだし。 そうなると今以上にめんどうになりそうだにゃ」


 後輩に小声で面倒な人扱いされているラーザさん、乙です。


 ふとサラーマさんをチラ見してみると、『早くこいつを黙らせろ』的なメッセージがこもったアイコンタクトを送ってきている。


 二人ともすでに疲れ切った表情をしている。 一番疲れているのは俺だというのに、まったく……


 しかたがない、俺としてもこれ以上調子に乗られると少々面倒だ。 それに、こう言ったキャラを泣かせた時は非常に萌えるものなのである。


 ラーザさん信者の皆さんは、ハンカチを噛みながら「これは三回勝負なんだもん!」と泣き喚くラーザさんを見たがっているに違いない。


 実況者としては美味しい絵面はぜひとも欲しいものだ。


 同接数に応じてステータスが上がる俺にとって、面白い企画の一つでもやって視聴者を楽しませるのは自分のためにもなるのだから。


「ラーザさん、先に断っておきますけど。 もし負けたとしても、ここは私と相性が悪いダンジョンだったんだもん! な〜んて負け惜しみ、言わないで下さいよね?」


 俺が挑発的な笑みを向けながら煽り散らすと、ラーザさんの尻尾はプロペラのようにぶんぶんと回り出す。 同時に面白いおもちゃを見つけた幼子のように満面の笑みとなり、


「フハハハハ! それでこそ私が認めた男だ! その喧嘩、買ってやろうではないか!」


 喧嘩を売ってきたのはそっちだが? とは思ったが、ものすごくワクワクした目をこちらに向けながら尻尾をぶんぶんと振り回すラーザさんを見ていたら、頭をわしゃわしゃと撫でてあげたい衝動に駆られてしまった。


 もちろん自制心は保ったが。

 

 ◁

 モンクのジョブチェンクエストが始まった。 このダンジョンは最初に入ったチュートリアルダンジョンとは違って神殿内部を探索しているような感覚だ。


 薄暗い洞窟ではなく真っ白な石材で作られたダンジョン内に、一定間隔でたいまつが設置されており、天井からも太陽光が差しているため視界は良好。


 基本的に攻略の流れはほとんど一定で、舗装された真っ白な一本道を進むと大部屋にたどり着き、その大部屋から正面または左右どちらかにまた直線の回廊が繋がっている。


 大部屋によっては三方向全てに回廊が伸びている時もあれば、逆に一方しかない時もある。


 大部屋に出ると大体戦闘が始まり、これを倒すと報酬が出現する。 報酬の内容は宝箱だったり回復アイテムだったりお金だったり。


 たいして貴重なものは出ないが無いよりはマシと言った感じだ。


 行き止まりの大部屋にたどり着いてしまうと比較的多めの敵が出現するらしく、ダンジョンの構造は入るたびにランダムで変わってしまうようで、視聴者に方向を聞いても意味はないだろう。


 なのでコメント欄はこんな感じ。

 

 『右行ってみれば?』

 『今日は直進な気分!』

 『その部屋は次の階層への階段か、じゃあ戻るしかない!』

 『いるよねマッピング完璧にしないと次の階層行きたくないって人』

 『拙者も全部マッピングする派でござる』

 『こういう仕組みのダンジョンは好き』

 

 こういうダンジョンは単純な造りだが探索のしがいがある。 入り組んで迷子になりそうな大自然のダンジョンもいいが、こういう単純だが奥が深い作りのダンジョンも好きだ。


 ちなみにおれも、こういうダンジョンは全部マッピングしてから次の階層に向かう派である。


 というか、今回ばかりはそうしないといけないのだ。 なぜなら、


「わーはっはっはっはっは! 今ので八匹目だ!」


「あれあれー、ラーザさんまだ八匹しか狩ってないの〜? ぷぷぷ〜、ちなみに俺、今ので十匹目w」


「ななな! なんだと! き、貴様! さっきから姑息な手を使いおって!」


 俺は敏捷を活かして戦闘と同時に敵を引き連れて移動。 そうして俺を追いかけてきたモンスターを一直線上に並べてまとめて狩っている。


 がむしゃらに剣を振り回しているラーザさんと違い、撃ち漏らしや無駄のない計画的な狩りだ。 その証にダンジョンに入ってから数分、俺はラーザさんと大きな差をつけている。


 俺のあからさまな煽りを受け、ラーザさんは「ぐぬぬ!」なんて言いながら頬を膨らませている。


 あれ? なんか可愛いと思ってしまったのは気のせいか?

 

 『ナイル氏、面倒だ何だと言ってたくせにムキになっている件』

 『ラーザ様がものすごくいい表情をしている、幸せだ』

 『あの「ぐぬぬ」はたまらんよなw』

 『いいぞもっとやれ!』

 『悲報、サラーマさん達棒立ちな件』

 『にしてもナイル氏の敵をひきつける立ち回り、勉強になります!』

 

 コメント欄も盛り上がっており、俺自身も心なしか楽しくなってきてしまっている。


 しかしこのダンジョンは三階層まであり、俺たちが暴れているのはまだ一階層。 楽しくなるのはまだまだこれからである。

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