⑪光粒の祝福
※世界観の補足や設定まとめはnoteにあります(プロフィールから)
11.
封印の間に鎮座していた古代賢者の“魂核”は、ふわふわと螺旋の軌跡を残しながら昇っていった。
それは羽根のように軽い。なのに、重い。――この国が、どれほど多くの祈りと犠牲で支えられてきたかを、沈黙のまま告げている気がした。
魂核は、破壊された天井の裂け目へ吸い込まれるように抜け、リユニエの赤黒い空へ舞い上がった。
風が唸る。けれど、あの魂核の周りだけは、風さえ遠慮しているみたいに静かだった。
やがて、目映い光が膨らみ――ひと呼吸、間を置いて、粉々に砕けた。
紫紺・青碧・紅蓮。三つの色の光粒が、ちらちらと宙を泳ぎ、ゆっくりと地へ降り落ちる。
それは、まるで三姉妹を……リユニエの未来を祝福するかのように。
そして同時に、誰にも見えないほど小さく、けれど確かに――「あとは頼んだ」と置き土産のように残していく別れの光にも見えた。
「空が……晴れてく……」
オルディナが感嘆の声を漏らした。
封印の間の裂け目から覗く外の空。赤黒い血に染まっていたそれが、リユニエ城を起点に、同心円状に瑞々しい青へ塗り替えられていく。黒紫の色が引き、朝の色が戻り、光が空気の粒をひとつずつ洗い直していくみたいだった。
朝陽が裂け目から差し込み、床に散った三色の光粒を煌々と輝かせた。
血の匂いに混じって、焦げた石と、冷えた鉄の匂いが残る封印の間。その冷えた空気が、陽光で少しずつ温度を取り戻していく。
陽光に照らされた大地や海は、再び息を吹き返し、生命の呼吸を整え始めている。
遠くで、鳥の声が戻る。海の匂いが、ほんの一瞬、鼻腔をくすぐった。
「瘴気も消えていくわ……みんなのルミナの流れが元に戻っていく……」
ロゴスが眩しい陽光に青碧の眼を細めた。
彼女の《オラクル・アイ》に触れる世界の脈動が、ゆっくりと“正常”へ戻っていくのがわかるのだろう。呼吸の乱れ、心拍の悲鳴、歪んだ思考の震え――それらが鎮まり、各地のルミナが本来の速さと温度へ帰っていく。
黒紫の瘴気に侵されていた民や精霊の呼吸は安定し始めていた。
リユニエ各地で歓喜と安堵の声が上がる。泣き声も、笑い声も、祈りも、怒号も――
混じり合って一つの大きな波になり、三姉妹の耳までルミナを介して確かに届いていた。
「生きてる」「助かった」「空が戻った」
その言葉の熱だけは、封印の間の冷えた石を突き抜けてくる。
けれど。
アクシオンは、ぼんやりと空を眺めていた。
胸の中で、ざらざらとしたものがうごめいている。影のものを退け、リユニエを救ったはずなのに、素直に喜べない。
空は晴れている。
歓声も届く。
二人の妹は笑顔を取り戻している。
――その眩しい笑顔を見ても、アクシオンの心は晴れなかった。
追い返しただけだ。
救ったのではない。
「さよなら」と言った。
自分の声が、いまも喉の奥に残っている気がした。
アクシオンの背後で、慌ただしくこちらに駆け寄ってくる靴音が響いた。
封印の間の二枚扉が開き、ルーガを先頭に、親衛隊や医術師がぞろぞろと入ってきた。汗と薬草、消毒液の匂いが一気に流れ込み、現実の輪郭が戻ってくる。
「三姉妹の方々……終わったのですね……」
ルーガの重苦しい声に、アクシオンは振り返った。
彼の目には安堵がある。けれど、それ以上に“これから”を数える冷えた重みもある。
「ええ……終わったわ………」
言い終えて、アクシオンは一瞬だけ視線を落とした。
終わった。
――この言葉が、いまの自分には軽すぎる気がして。
「アマリリス女王は?」
ルーガの問いに、アクシオンは首を横に振った。
「そうですか……」
ルーガの顔に陰りが差した。
終わったはずの戦いが、別の形で続く。そんな予感だけが、沈黙に混じって漂う。
医術師が傍らでオルディナの両手やロゴスの眼の傷を診始めている。
布を裂く音。薬を溶く音。傷口へ触れる指の気配。
消毒薬や薬草の匂いがアクシオンの鼻腔をつついた。オルディナの「し、しみる~!!」という声が、やけに生々しく封印の間に響く。
「でも……彼女はまだ生きているはずよ……」
アクシオンは紫紺の瞳をルーガに向けた。
その目に、迷いと決意が同居しているのが自分でもわかった。
「え?どういうことです?」
ルーガが虚をつかれた顔をする。
「私たちはアマリリスと影のものを殲滅したわけではないの……影のものの次元――"影界"に送り返したのよ……」
「なるほど……それなら、その"影界"とやらでご存命の可能性はありますね……」
ルーガは顎をさすった。
背後の親衛隊たちが、息を呑む気配がした。生きている可能性――それは希望にも、火種にもなる。
「影のものから女王を切り離すのは難しかったのですな……」
「ええ……彼女は自分自身を器にしていたから……」
二人の間に、重い沈黙が走った。
器。器という言葉が、アクシオンの胸のざらつきをさらに擦る。――器にしたのか、器にされたのか。その境界すら、あの白い瞳は曖昧にしていった。
ルーガは大きくため息をついた。
「最悪の危機は免れたのでしょうが、やらねばならないことは山積みですな……アクシオン殿、しばらく、リユニエ王国の建て直しに力を貸してくれませんか?」
その言葉は願いに見せかけた“命令”に近い。
王が不在となり、女王が消え、民の不安が増える。再建には象徴が要る。
そしていま、象徴になれるのは三姉妹の長女だけだった。
「……わかったわ……」
アクシオンはもう一度、封印の間の中央に視線を向けた。
歯車陣が刻まれていたはずの大理石の床は、そんなものなど最初からなかったかのように陽光を煌々と反射していた。
まるで“傷”を隠すように。
第7章 完
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